『レ・ミゼラブル』な話
2009 / 11 / 24 ( Tue )
今日も朝から虚しい。
昨日は、親友たちは、わたしの「退院祝い」と称してあちこち連れ出してくれたが、わたしは…、祝われた感じがまったくしない。
なぜなら、すべての費用は折半にされたからである。
彼女らは、いまの世間でいうところの勝ち組で、所得は大きい。
彼女らにとっては、高級な焼肉店も、「ちょっと高かったけど、美味しかったからいいよね」と笑える範囲なのだ。
でも、わたしは今日、財布の中身を見て、少しの年金で生きている人間にとって、あの高級焼肉店の出費はあまりに大きいと改めて思った。
これが、友人のための例えば昇進祝いであるとか、そういう種類の集まりであれば、出費も仕方ないと思う、あるいは欠席する。
でも、これはわたしの「退院祝い」ではなかったか。
所得がないわたしの実情をわかっていながら、自分たちのペースで…、好きな店に連れて行って…、
彼女らにとっては、よりよいお店に連れて行ってあげる、というのがお祝いだったのかも知れない。
でも、実際祝われたらしいわたしにとっては、「困るんだよな、こういうの…」という気持ちが拭い去れない。
もし、今後、彼女らがわたしを元気づけようと、あっちに行こう、こっちに行こうと言ってきたら、わたしはどうするだろう?
いまは、食べるのにまだ困っていない段階だから、誘いに応じるかも知れない。
が、近い将来、わたしには必ず貧困が待っている。
そのときのために、少しでも貯蓄しておきたいという気持ちが、彼女らに理解出来るだろうか?
理解出来ても、じゃあ安い店にしましょう、という気概が彼女らにあるだろうか。
もし、そこの部分がわかってくれていれば、例えば外国旅行しましょうと言われても、いまの自分なら一生は一度だからと、貯金を崩してなんとかするんじゃないかと思う。
でも、そこがわかっていなくて、「わたしたちと一緒に」と言われたら、たぶん行かないな。
またこんな…、経済状態みたいな、いやらしい話を親友に説明しなきゃならないのかな。
もううんざりだ。
ほんとうに、困っている人のことをわかるのは、同じく困っている人だろうと思わざるを得ない。
わたしは、力を失くしてしまった。
口で、いくら「いつでもわたしたちはここにいるよ」などと言われても、最終的にその人がわたしを救ってくれるわけじゃない。
『レ・ミゼラブル』みたいな話になってしまうが、貧困のあまりパンを盗んでしまう人間のことなんか、彼女らにはまったく理解出来ないだろう。
わたしにはわかる。
真実を、ほんとうの意味での人を救うってどういうことなんだっていうことを、間違っていようとも、わたしは少なくとも考える。
生きていることの地獄
2009 / 11 / 23 ( Mon )

昨日は結局、親友A、H、Oとともに4人で、紅葉のカフェや温泉へドライブし、焼肉を食べた。
わたしは当日の朝から、しんどくてたまらなかった。
ボロボロの状態で、とにかく迎えに来てくれた車に乗り込む。
乗り込んですぐ、入院中のことを話し始めると、急に涙が出てきてもうめちゃめちゃだった。
彼女らとは30年間近い付き合いになるが、わたしは涙を見せたことは一度もない。
近畿インターハイのリレー決勝に破れたときだって、彼女らと監督は泣いていたが、わたしは泣かなかった。
親友たちは、わたしが後部座席でへろへろ泣いているのを、うんうん…とか言いながら、黙って聞いていた。
そのうち、わたしは気を取り直す。
紅葉のカフェも温泉も素敵だったが、わたしはなにも感じなかった。
親友たちは、よく食べるし、あれこれ買い物をする。
「そんなによくモノを買うねえ」と言ったら、親友Hは「なに言うてんの、季節の場所で季節のものを買う。これがええんやんか」と、明るく笑うのだった。
わたしは、いまに限ったことじゃないけれど、財布の中身が気になってしまう。
大根の漬物の塊一つが、600円とかなあ…。要らないなあ…ほんとに。
その後、焼肉屋で何気ない話をしていたら、わたしはまた泣いてしまった。
もう、感情の制御が利かない感じである。
今回は、いきなりわたしの退院祝いを宣言されてしまったので、わたしは調整不足で出てきてしまった。
ほんとうは、人に会うまえは数日前から調整が必要なんだとか、会って帰宅したあとは倒れているんだとか、風呂に入るのもままならない日常生活のなかで、自分がどれだけ絶望感を感じているのかとか、泣きながらそういう話をした。
みんなは静かに聞いていたが、どう思ったかは知らない。
ただ、親友Hは代表するかのように、「そういう話をしてくれたことは意義があると思うし、そういう×××(←わたしのニックネーム)やからって、今後誘えへんとかいうことはないし、昔と同じ×××やと思ってるよ」と言った。
わたしは、昔とはまったく違う自分になっているんだけどな…。
わかってくれようという気持ちはありがたいけれど、その一瞬、わたしは彼女がちらっと腕時計を見たのを視界の隅で捉えた。
一気に現実の地獄に引き戻される。
親友たちと別れたあと、わたしはさらに孤独感を深めてしまった。
今朝は、起きてからずっとビールを飲んでいる。
自分がかなり神経質になっているんだと思うが、生きる意味なんて、ほんとうにもうないな。
飛び降り自殺を少し考えたが、両親はすごくトンチンカンな人たちなので、わたしの遺影にきっと変な写真を出すに違いないと思うと、あちこちに残っている画像を全部処理しなきゃならないとか、どーにも面倒くさくて仕方ないのだった。
一息で、痛みも苦しみも恐怖もなにも考える暇もなく、誰か殺してくれないかな。
死ねたら、どんなに楽だろう。
いきなりの退院祝い
2009 / 11 / 21 ( Sat )
昨日は、元気を出そうと昼4時頃、ごはんを茶碗に山盛り2杯とビールと少しのおかずを食べたのだが、食べた直後に胃が破裂しそうになって、痛くて苦しい思いをした。
ほんとに苦しかったよ…すぐ横になったけれど、夜の8時になっても、まだ胃が痛かったもん。
もちろん、夕ごはんが食べられるはずもなく、今朝もあまり食べられなかった。
以後、爆食には注意しようと思う。
昨夜、『天空の城ラピュタ』を観ていたら、ケータイメールが鳴り、なんだと思えば親友Aたちからの退院祝いの遊びのお誘いなのだった。
え? いまごろになって?!
22日って…、明後日じゃないか!!
つか、明日なんだどさ、もう。
わたしは、正直に言って、怒りを覚えた。
いま、しんどいんだってば…。
一週間前に決まっていれば、それなりに体調の調整をしたのに、急に言われたら、鬱病患者は困るんである。
下がっている気分を持ち上げなきゃいけないし、風呂にも入らなきゃならない。
わたしとしては、今週末はフィギュアスケートでも見て、のんびり酒でも飲んでいようと、腹積もりが決まっていたのに、外出・談笑か…。
うう…しんどい……。
断ろうかなどうしようかなと、ずいぶん迷った。
身体は、もうしんどいよ、やめてよ、頼むよ…と言っているのだが、気持ちは、でもわたしはいつも孤独だし、たまに誰かと食事するくらいのことをしたいよなと思う。
結局、いったんOKの返事を出したのだが、うーん…やっぱりキャンセルにしようかな…。
気分がなあ…どーーも下がっているし、もしかしたら車のラジオだってうるさいと思うかも知れないしなあ。
本当言うと、断った方がお互いのためのような気がするなあ。
それで、まだ迷っている。
返事、早く出すか出さないかしないとな。
あ〜でも、一回OKしたものを、キャンセルってやな気分だよな。
それに今回、キャンセルしたら、たぶん次はもうないと思うのである。
それを考えると、やっぱり無理して行くかなと思う。
どんぶり飯に活路を見出す
2009 / 11 / 20 ( Fri )
昨日も今日も、しんどくてやる気が出ない。
TVなんかを見ても、なにも感じないなー。
見れるだけましなんだけれど。
しんどいので、夜は9時台にもう寝床に入っているのだが、その結果、朝9時台に起きることになる。
とりあえず、メシをつくって食べる。
午前中が長い。
なんか甘いものが食べたいような気がするが、買いに行く元気がない…。
甘いものを食べたら、元気が出るのかな?
しかし、甘いものがどっかから飛んでくるわけじゃないので、結局電気ファンヒーターの前に寝転がって、のたのたしている。
よくない感じだなーー。
こういうのが何日か続くと、だんだん疲労が蓄積して、「しんどい」から「苦しい」になるのだ。
それで、病院に駆け込んで、「助けてください」→「入院します?」という黄金パターンになる。
一度、実家に帰って、気分をリセットした方がいいのかなー。
しかし、わたしはいま、どーも両親の声を聞きたくない。
一度、甘いものをたらふく食べてみようかな。
炭水化物が少ないと、やる気が出なくなるとも言うな。
ほくほくごはんを炊いて、どんぶり飯をお腹一杯、食べてみようかな。
どんぶり飯のドカ食い、いいかもな…。
いまから、ごはんを炊くか。
どっかから、うなぎが飛んでこないかな…。
落ち込み続く。
2009 / 11 / 18 ( Wed )

引き続き、落ち込みが続く。
べつに、なにを考えているわけでもないんだがな。
訳もなく気分が沈むのである。
今日は、歩いて2分のスーパーが安い日なのを知っているが、買い物なんか出たくもない。
朝、ぱーっと夕方のための惣菜を2品つくる。
いまやらないと、絶対やる気が起こらないと考えたのである。
その後、少し朝食を摂って、ビールビールビール…。
わたしの酒量は、ストレス度と完全に比例する。
朝から続けてビールを3本も開けてしまって、相当きてるなーと思う。
で、今日の寒さにはついに耐えられず、わたしは電気ファンヒーターを入れた。
手足を温めると、今度はごろんとカーペットの上で横になって、そのまま居眠り。
昼寝をするのは、わたしはけっこう珍しい。
なんだかんだと、ごろごろして2時間くらい眠ってしまった。
ぬくぬくと昼寝をして、さぞかし気持ちよく目覚めるかと思えば、逆で、起きたら気分が悪い。
思わず、もう1本ビールを開ける。
あかん。今日はなんか駄目な日だわ…。
まあ…誰でも、こんな日はあるよね。
しかし、ここ2・3日は、どうも気分が下降線を辿っている。
よくないなあと思う。
週末に予定されていたわたしの退院祝いが、行方知れずになっているのもやばいなーと思う。
「どうなってんの?」ってメールを入れることは簡単だけれど。
すぐに返事が返ってきそうな気がしないんだよね。
するとさらに落ち込むに決まっているので、あえて連絡しない。
なんなんだろー。忙しいのはわかるけどさ。
たぶん、無理なんだろうな。
入院中は、わたしの方が体調的に無理で(←当たり前)、でも頑張って持ち上げたのに、結局口約束だけかー。
わたしも、親友との約束が手につかないくらい、忙しく仕事したいよ。
ほんと、なんか落ち込む。
風呂でバッド・トリップ
2009 / 11 / 17 ( Tue )
今日の大阪は、しょぼしょぼと雨が降って寒いので、わたしは一日じゅう風呂に入ることにした。
今シーズンはまだ暖房を入れていないので、なるべく今日も入れたくないと思ったのである。
あれは、一度入れると翌日からなしではいられなくなってしまう。
一日じゅう風呂だと、風呂のなかで本を読んだりして、ぬくぬくと過ごせるので、なんか得した気分になるのである。
しかし、お湯を熱くしすぎたせいか、わたしは長く入ってはいられなかった。
なにより、バッド・ドリップをしてしまったのである。
風呂はわたしにとって、LSDみたいなもんで(LSDを飲んだことはないが)、そのときの気分を増幅させる効果がある。
だから、気分のいいときはより気分がよくなるし、悪いときはとことん悪くなるのである。
今日は昨日、昔の家計簿なんか見たせいか、仕事についていろいろ考えてしまった。
いま、わたしになにが出来るだろう。
例えばバイトで週に2回、決まった時間に着替えて外に出て行く。
これだけのことが、出来そうにないのだ。
なんで、そんな簡単なことまで出来なくなってしまったんだろう。
自分で自分が信じられない。
たぶんいまは治す時期で、先のことを考えるのはあとにすべきなのだろう。
でも、やっぱり落ち込む。
毎日働いて、少しの余暇を楽しむ。
当たり前の一人の社会人として、生きてきた自分はもういなくなってしまった。
生きている価値がない…。
元気に働いている同級生の親友たちが、今週末の連休に、わたしの退院祝いをしてくれるという話も、どこへいってしまったのか。
親友Aは、わたしが退院すると知るや否や、「焼肉を食べに行こう、連休あたりに」と誘ってくれたのだが、その後連絡がない。
みんな、忙しいんだよなあ…。
一週間先のことも、どうなるのか連絡出来ないくらい、忙しいんだなあ、やつらは…。
実際、高校教師の親友AとHは、休日がないくらい働いていることを、わたしは知っている。
一人取り残されている自分を実感して、ふと泣きそうになるが、駄目だ、自分は間違っている、と思い直す。
自分はもう、昔の自分ではないことを、きちんと認めるべきだ。
「まともに働くことも出来ませんが、社会の隅でこそこそ楽しんでいますよ」という価値観を、わたしはこれから見つけなければならないのだ。
でないと、生きていけない。
仕事している自分こそが自分、みたいな価値観を捨てなければ、いつでも心に膿んだ腫れ物を持って、哀しみに明け暮れることになる。
1995年の家計簿
2009 / 11 / 16 ( Mon )
昨日、なにを読もうかなーと本棚を眺めていたら、何冊かの家計簿が目に入った。
思わず手にとると、「1995年」と書いてある。
1995年といえば、わたしが30歳のときで、ちょうど商社に勤めていた頃である。
何気なくぱらぱらしていると、うっと目につくのが月収。
手取りで平均23万円くらいある。
ボーナスは手取りで74万円くらい×2回。
ということは、年収でとりあえず400万円超えしていたんだなー。
現在はこんなにボーナスが出ていないかもだけれど、リストラされずにずっと働いていたら、いまとは全然違った生活になっていただろうな。
いまはしょぼい年金生活で、食べていくのがやっとの収入である。
それでもとてもありがたいと思っているけれど、はあ…なんかレベルが違うな…。
勤務していた頃は、あれでも「男性社員に比べたら少な過ぎ」と思っていたが、あんたそんなに働いていたわけじゃないし、それで充分だったでしょー。
月々の支出を見てみると、節約はしているが飲み屋にもしょっちゅう行っている。
そして少し驚いたのが、本を月4・5冊買っている!
毎月毎月、そうやって知識を広げていっていたんだな。
いまはっていうと、新刊がほとんど読めなくなってしまっているので、本からの知識量は極端に減少している。
あー…こうやって、鬱病患者を長々とやっているうちに、バカになっているんだーきっと。
同級生の親友たちと、話のレベルが合わなくなって来るのも、当たり前かと思う。
過去を振り返ってはいけないと言い聞かせるが、この家計簿は、わたしを落ち込ませるのに充分だった。
自信満々で奔放に生きていた頃の自分と、いまの自分が違い過ぎる…。
そして、たぶん同級生たちとも。
唯一、過去の自分が偉かったと思うのは、そうやって稼いだ金をがつがつと貯めこんで、マンションの頭金にしたことである。
あの時期、買わなかったら、その後のわたしにチャンスはなかった。
もしマンションを買わなかったら、いまは肌の合わない両親と狭い家で一緒に暮らして、さぞかししんどい思いをしていただろう。
とにかく当面は、食べられるだけの稼ぎが出来るようになることだ。
老後のことまでは、もう考えられない。
たぶん、同級生たちが年金生活を満喫しているとき、わたしは毎日あくせくと働いていなければならないのだろう。
老齢年金がほとんどないとすれば、一生涯働くってことになるのか。
辛いよなー。
わたしの人生って、鬱病に完全に破壊されたよ…。

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