LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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双子の妹の存在

sakuranbo

今日は診察日だった。
H主治医に、「だいぶ、オロオロ病がよくなりました」と報告する。
H先生はへえ? という感じで、「最近はどういう生活をしていますか」と訊いてこられた。

「朝食の用意をして、母と自転車で買い物に行って、昼は母と散歩に行って、その後お茶を飲んで・・・」
「お母さんとは、仲良くやってるの?」
「はい、ふつうですけど」
「○○さん(わたし)は、お母さんの方が長生きしてもらわんとあかんからなー。まあ、長生きしそうな感じやで」

わたしはそれを聞いて、あれ? わたしはそんなに具合が悪いのか? と思ってしまった。
母親がいないと生活できないほどに?
そりゃ、まえはそうだったけど・・・。

帰りみち、駅から20分のところを、ブラブラ歩いた。
そして、ふと、「ああそうか。経済的なことを言ってるんだ」と気づいた。

何度も書いているが、わたしの障害年金は生涯出るものではなく、病気の状態によっては、等級が下がって支給されなくなることもある。
わたしは無年金になることはないが、3級に落ちたら、生活費は出ない。
貯金を切り崩して65歳を迎えれば、なんとかならないでもないが、そこに至るまでの長い道のりには、なにがあるかわからない。

わたしは、家はわたしにくれるよう、妹に頼んでみると母は言ったが、預貯金についてはどうなんだろう・・・と思った。
預貯金は、△△△万円あることは知っているが、これ、半分こしないと、揉めるよなあ・・・。
しかし、向こうは裕福で、郊外に馬を飼おうっていう人たちだから、わたしの生活に関わる切実な△△△万円は、「遊ぶ金ができた、ラッキー」くらいなんだろうなと胸が痛む。
公平に分けたものは、使い道なんて勝手なんだけどね・・・。
うーん。・・・きょうだいで、あまりに貧富の差が出ると、問題が出るね。

妹とは、もう何年も会っていない。
わたしが、彼らを脅迫とやらをしたそうだからだ。
まったく記憶にない。
一度アレルギーが出たら、頑として跳ねのけるような妹の性格からすると、「ママさんの貯金? 要らん。どうでもいいから、もう連絡せんといて」とか高飛車に言いそう。
上から目線は間違いないな。
お金持ちが貧乏人を、あざけるの図・・・わかりやす過ぎる・・・。
しかも、これが双子だから、女性の世界では「結婚してお金持ちになって、成功した女」と「結婚できなくて貧乏になって、失敗した女」と分類されるんだろうな・・・。
まー実際のところは、二人とも同じ躁うつ病を抱えて、しんどい思いをしているんだけどね。

対母親については、ここ数か月間いろいろ考えたが、妹については、なにも考えなかった。
財産分与の話か・・・、いまからため息が出るな。
内容も嫌だし、わたしが脅したっていうなら、まず謝らなきゃいけないんだろうし、ほんとうに気が重い。
ふつうの人は、いまからそんなこと、考える必要ないよって言うだろうと思うけど。

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暗いカオスな記憶

karenda

わたしには日付感覚がなくて、今日は何日で何曜日かがわからないばかりか、過去にあった出来事についても、かなりの部分を忘れている。
この頃、家事手伝いをし、生活することをもう一度始めているわけだが、病気になってから16年間、いったい自分はなにをしてきたんだろう? と不思議に思う。

そこで、このブログの過去ログを、ランダムにぱらぱら読んでみた。
あれぇ・・・、なんだか、しょっちゅう具合が悪いって言ってるな。
あとは、暇暇。
そりゃ暇だよねえ・・・、家から出ずに、寝てばかりいるんだから。
それと、彼氏が必ずいるんだよね。
でも、こんなに体調が二転三転する人が、ふつうの男性と付き合うのは、無理だと思うよ。

住むところも、実家とマンションを行き来している。
なんで、そういうことになったのか、いきさつはすでに忘れている。
なんか、支離滅裂だなあ・・・。
これは、周りをぶん回したに違いない。
でも、もう忘れたことなので、誰になにを謝ったらいいのか、わからない。

病前の記憶は、しっかりと残っている。
何歳のときにこれをやって、何歳のときにこんなことがあって。
ふつうは、こんなふうに記憶が刻まれていくもんだよな。
なんだか、そういうことができた自分って、すごく遠い過去だな。
これからのわたしが、あんなふうに、記憶を繋げていけるのかどうか自信がない。

人生のうちの、失われた記憶があまりに長いので、空恐ろしいものを感じる。
生涯のあいだの、若くて貴重な長い年月が、闇のカオスになっているという事実。
なんて、大きな穴を空けてしまったんだろう、と振り返ってゾッとする。
そして、これから体験していくことも、黒く沈んでカオスとなり、歳とったわたしのあたまの中で、不気味がられるのだろうか。
わたしは、病気になってから、数々の愚かな行為をしてきているので、自分で自分が信じられない。

やるべきことは、一般的に正しいと思われる道を進むことかなと思う。
あとは、あまり自分を過信しない・・・。
信じられる人の意見は、とりあえず聞くことにしよう。
先日、H主治医から「どこまでも他力本願ですねえ」と言われたが、先生でも何でも、使えるものは使わなければ。

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家事手伝いと読書

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まだ、抗ヒスタミン剤のため、身体がだるーいのである。
昨日も、ほぼ一日じゅう寝ていた。

寝ながら、ぼーっと考えたのが、「わたしって、なにしてる人・・・」である。
いまは、家事手伝いをして、自立へのリハビリをしている精神障害者である。
最近は、ちょこっと読書も始めた。
家事手伝いのリハをしつつ、趣味の読書をしている精神障害者・・・、まあふつうか・・・。
それにしても、健康だったときは、スポーツなり仕事なり、「自分はこれやってます」っていうのがあったんだけどな。
そういうのがあってこそ、充実した人生のような気がするが、いまは読書くらいしかできることがないな。

読書はいまのところ、既読は読めるが未読がなかなか読めない状態にある。
病気になってからだ。
しかしわたしはこの状態を変えようと、いままで持っていた大量の本を処分することにした。
じつはいますでに、300冊余りを処分している。
でもこのまえ、元彼Sちゃんと近くの図書館に行ったとき、こっちに寄贈すればよかったと思った。
図書館の本、古すぎるんだよー。いいのが何もない。
古本屋に売っても二束三文だしね。
残りの処分をどうするか、また考えよう。

そんで、所蔵本を処分とはいっても、全部をするわけではないので、わたしは「これは置いておこう」というのを、より分けた。
すると、わたしの大嫌いな渡辺淳一、田辺聖子が残るのである!
あとは、アガサ・クリスティーと外国文学が少し、村上春樹は軒並み落選!!
どういうこと?
思い出したが、わたしの本の読み方の一つとして、内容にケチをつけながらうっぷんを晴らす、という癖があるのだった。
これをしないと、なぜかわたしのストレスが溜まる。
もちろん、内容や表現が好きで、手元に置いておきたい本もある。
「主人公たち、金もないのに酒飲んで遊んでばっかりで終わりかよ」(←日はまた昇る@ヘミングウェイ)も、アホらしすぎて当選である。
どうやら、自分が「この本が好き」という基準で、ずっと持っていたい本になるわけではないらしい・・・。
きっと、本の読み方が間違っているんだろうな。
書いた人からすれば、そういう読み方するな! って地団駄を踏む読み手かもしれない。

16年間の眠りから覚め、ようやく家事手伝いをしようという覚悟ができたところだから、これから春夏秋冬一巡りして、とりあえず1年間ぶんの家事を肌で覚えていこうと思う。
その間、ちょこちょこ読書して知識を蓄えるか・・・というあたりが、「いまのわたしって、なにしてる人」の答えになるのかな。
とりあえず、在庫本を読み返すかなー。
はたから見たら、わたしは静かに読書している人で、まさかこころの中で、ケッとか言って罵っているとはわからないと思うけど。

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抗ヒスタミン剤でうとうと

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抗ヒスタミン剤、ものすごく眠い・・・。
昨日は、一日じゅう寝ていた。
身体が動かないうえ、あたまも働かない。
「昨日、元彼Sちゃんとどこに行ったんだっけ」と思い出そうとしてもできなくて、つい若年性アルツハイマーじゃないかと焦った。
うん、ブックオフだったよね。
数分間かけて、思い出した。

そんなわけで、いまは、人のあたまのなかも心配してしまうというものである。
先日から、母はわたしと双子の妹の名前を、間違って呼ぶのだが、わたしは密かに「そのうち、わたしのことを妹と間違え始めるんじゃないだろうな」と気にしていた。

そして、昨日も「ゆき・・・ゆみさん」と呼び間違えたので、ついにわたしは「なんで呼び間違えるの?」と訊いてみたのである。
すると母は、即答で「似てるねん!!」と言う。
「似てるって? 当たり前やろ??」とわたしはますます、おかしなことを言うなと彼女の脳細胞を疑った。
「いや、そうじゃないねん。顔がな、全然違うかってん、いままでは。あっちは痩せてて頬がほっそりしてるやろ? いまのゆみさん、ゆきさんとそっくりで、あら? こんなに似てるもんかなって、びっくりするねん」

そういえばわたしの体重は、ずっと40kg後半から落ちることは滅多になくて、あっちは高校時代から42kgあたりをキープしている。
そっかー、母親は、どっちの家に住んでいるかで見分けるのではなく、顔で子どもを見分けているのか。
それなら、腑に落ちる・・・。
しかし、体重が10kgも違えば、双子でもそんなに見た目が変わるのね。
バスの運転手に「顔の大きい方」と呼ばれたことがあるので、今後あまり太らないようにしよう。

そんなことを考えたほかは、昨日はほんとに何もなかった。
身体が少しチクチクしたが、将来の不安から解放されて、ぼーっとして楽だった。
なにが原因のアレルギー反応だか、真相は掴めないが、精神的ストレスで免疫力が弱まっていたのは、あり得るな。
自分で一ヶ所でグルグル回っていて、なにをしているんだろう。
目先2・3年のことを積み重ねることによって、10年先の自分があるのにな。
そこのところを、考えを改めなければなと思った。

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トマト鍋と考えごと

tomato_nabe

身体の痒みはとれたが、皮膚科では、原因が特定できなかった。
とりあえず、1週間抗ヒスタミン剤を飲んで、様子をみることにする。

土日は、元彼Sちゃんとトマト鍋をした。
なぜか今回は、わたしがつくることになっていた。
「はい、これこういうふうに切って」と言われるままにやっていると、食べてから「やっぱり、人がつくってくれたものは美味しい」と言う。
「わたし、つくってないよ」と言い返すも、Sちゃんはそれでいいんだ、と満足げだった。

わたしは、その後TVを見ながら、「これはどういう意図だろう」と考えた。
もしかして、わたしが最近家事に目覚めたから、そのお手伝いをしてやろうという魂胆? ・・・さあ、やりなさい、俺がみてやるから。みたいな感じ?

んー。そういうことをしそうな感じではあるな。
自立のお手伝いをしてやろう、みたいな。
ともかく、Sちゃんはなんの考えもなしに行動する人じゃないし、自分的にはこのへんなんだろうと落ちていて思っておこう。

土曜日は深夜まで、米映画を観ながらツッコミまくり、日曜日はふつーにTVを見ながらダラダラしたり、図書館や公園に行ってボケーッとした。
なんか、アレルギーの薬、あたまがボーっとする・・・。
その後、Sちゃんがいろいろ話しかけてきても、生返事して、わたしはいろんなことを考えた。
それで、ふと「Sちゃんって、言うほど炊事が得意じゃないんじゃないかなあ」と思った。
いちばん違和感を覚えるのは、スピード感なんだよね。
わたしも昔は仕事して家事をしていたわけだから、忙しくて家事にダラダラ時間をかけていられなかったのよ。
だから、やらせてみると手つきは速い。
でも、Sちゃんは正確なんだけど、この調子では、家事の手が回らないのではないかと思う。
Sちゃんは、若くして妻を亡くしたあと、3人の子どもを育てた実績がある。
お弁当をつくってあげたりもしていたと言っていた。
いったい、どうやってやりくりしていたんだろうと思う。

そんなSちゃんが、いままでわたしを見守ってくれた様子を、客観的に描き出してみた。
精神病で乱暴な女を、ニコニコと受け入れる男性、女が朝から晩までビールを飲んでも、マイペースで見ている男性、女が自立したいと言い出せば、その手を差し伸べる男性。
うわっ!! Sちゃんって、ものすごくいい人じゃない!!
わたしは、Sちゃんが背中向けで、洗い物をニコニコとしている姿を思い浮かべた。
そしたら、その風景は、クレパスで描かれた優しいクマおじさんになるのだった。
この人を傷つけたら、痛々しい。
大事にしなきゃな・・・。って、この人、元彼のはずなのに大事って、どういうことだ。
懸案にしよう。

そういうことで、土日にのんびりしたものの、心配事とは別の考え事をしてしまったので、ちょっと疲れた。
ほんとにあたまがボーっとする。
でも、心配事はおさまったみたいだし、ゆっくりと休もうと思う。

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中国製? の恐怖

Chemicals

まだ、身体のかゆさに悩まされているのである・・・。

昨日は午前中、いったん治ったと思ったのだが、夕食のあたりで、またゴソゴソとかゆくなってきた。
その前日ほどじゃないけれど、これ、どんだけ強いアレルギーを出しているの・・・?

「皮膚になにかできているの?」と母が聞くので、「あざみたいなものがあるよ」と言って見せたら、彼女は「まあ・・・、こんなの見たことがないわ」と顔を曇らせた。
足にも腕にも、赤い大きな斑点が、どわーっと広がっている。
「でも、かゆみは昨日よりはるかにましだけど」
「そうやなあ。でも、原因は調べといた方が、いいかもしれんなあ」

そういうわけで、今日は元彼Sちゃんとトマト鍋の予定だが、午前中に皮膚科へ行く予定である。
しかしこれ、絶対中国製のベルトのせいだよな・・・。
だとしたら、中国はなんてものをつくってるんだ?
あり得ない!!
しょせん、「売ってしまったら、あとのことはなにも知らない」と公然と言う民族性だから、消費者の健康被害のことなんて、絶対何も考えていない。
どうしてこんなものを、輸入してるんだよ・・・。
日本にも責任があるんじゃないの。

わたしは、こころに決めた。
基本、中国製は買わない!
あんな、ゾンビ肉を平気でつくっている国なんか、信用できるかよ!!
しかし、うっかり買ってしまうこともあるだろうから、そのときは、異変が起きた瞬間に新しく買ったものではないかと疑うこと。
ましてや、中国産の食品なんて、とんでもない!!
中国の人は裕福な人も含め、よく国内で平気で過ごしているよ。
ガンなんて、すごく多いんじゃないのかなあ。
意味不明の体調不良とか。

とまあ、あくまで「中国製ベルトが原因だ」と決めつけたうえで、中国製品にケチをつけてしまったが、言っちゃーなんだけど、中国の富裕層が、あんなに日本製にこだわるのも、自国の製品が信頼できないからだよね。
日本国内で、中国製を完璧に避けることなんてできるのかな・・・。
難しいかもしれない。
でもこんな、悪意に満ちた商売人の手にかかるなんて、腹が立ってしかたないので、「皆さん、中国製を買うのをやめしょう!」とここの片隅に書いておく。

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ベルト被害

beruto

昨日はひどかった。
朝から、まだ身体がかゆくて、全身をボリボリ掻きむしっていたのである。
掻き方もなんだか変わってきて、一ヶ所をボリボリ掻いて、ああ終わり、じゃなくて、次々と痒いところが出てくる感じ。
ついにわたしも、「これ、ほんとに牛肉にあたったのか?」と疑いを持ち始めた。

とりあえず薬局に行って、抗ヒスタミン剤をもらってくる。
そして、自室で本を読みながら、ふと「やっぱりおかしい、考えろ!」と考えたとき、「歯ブラシとベルトを買った」と思い出した。
ベルト・・・、これまさか?
でも、痒いのは腰からきたんだしな・・・。

反射的に、わたしはベルトを抜いた。
そして、心配していた母に「これじゃないかと思う」と言った。
「そうでしょー。わたしもそれじゃないかと思ってたのよ。最初にまずそれが思い浮かんだけど、あんたが違うって言うから」

え? 確かに違うって言ったけど・・・。
母によると、わたしは変で、ふつう「腰がかゆい」→「ベルトじゃないの?」と言ったら、「そっか、新しいベルトのせいか」と思うらしいが、わたしは「なんで? ベルトなんかいつもしてるじゃん」になるのだ。

ともかく、ベルトを抜いたら、急に身体が軽くなった。
なんなの? いったいどんなベルトなのよ!
「中国製はすごいなー」
「こわーー!」
と家族で口々に言い合った。

それでしばらくは楽だったのだが、夕方にかけて、またかゆさが出てきた。
でも今度は、あたまや首が出なかったので、たぶん掻きむしって傷だらけの身体に、衣服がこすれたのだと思われる。

今日は、まだ少し痒みが残っているが、身体全体のピリピリ感はなくなった。
うはー、災難だった。
いま身体じゅう、赤い斑点がどばーっとあって、掻きむしったあとが生々しい。

元彼Sちゃんに話してみた。
すると、「ストレスで免疫力が、下がってるんだよ」という回答が返ってきた。
「そういえばわたし、最近オロオロ病で、ずっとしんどかったからなあ・・・。あれか・・・」
「テレビでも見て、バカ笑いしてなよー」
将来の心配をするまえに、自分の健康だろと自分に言いたい。
ほんとうに、わたしは精神的に弱いし、自己管理ができない。
今回もがっくりだが、母も「家事はちょっとずつでいいから」と言ってくれていることだし、のんびりやろうと思う。

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蕁麻疹がかゆい。

kayui

えーん・・・。
昨日の朝から、なんか腰のへんが痒いなと思っていたら、全身に広がった。
なんだろう、これ? と母に見せてみたら、「蕁麻疹じゃないの」と言う。

「蕁麻疹? なんで・・・」
「食べ物やろ。昨日、なに食べた? ――牛肉や!」
「あー。そういえば、父親が自分で焼くって言って、後ろで待ってたから、急いでんやった・・・。生焼けか」

そういうわけで、昨日・今日と、身体が痒いのである。
とにかく、全身をガリガリボロボロ掻いている。
ああ、気持ちいい・・・。
でもそんなわたしを見て、成人型アトピーを持つ母と、抗ガン剤の副作用で痒みに悩む父は、「病院に行ったら?」と心配する。

「いや、このくらい何でもないよ。本能に従ってるだけ」
今後、わたしは貧乏に備えて、あんまりすぐに病院に行かないことにしたのだ。
これくらいなら、今日一日様子見だと思う。
しかし、週末は元彼Sちゃんとトマト鍋だからなあ。
そのときには、治ってもらわないと困るな。

それにしても、ボリボリガリガリ掻くのは、気持ちいい~。
用事をしたあと、「さあ、やりますか」という感じで、全身を掻きまくっている。
だが、気持ち悪いことに、わたしはいま激ヤセしていて、体重が41kgしかないので、あばら骨が浮いているし肩もゴツゴツ。
膝の裏は、手羽先の軟骨のところみたい骨と皮になっているので、そこを掻くときは足を伸ばしている。
これ、鏡で見たら、相当不気味な身体だろうな・・・。
もちろん、見る気はない。

最近、こっそりご先祖様を信じているので、この試練はなんのためかな? と考えたら、「そっかー。母親がいつも痒みで苦しんでいるから、その身になりなさい」ってことかー、と納得することにした。
自分の体験を通じて、人の身になるって、悪いことじゃないよね。
あとは、「調理は手を抜かず、ちゃんとやりなさい」ってところかな。
今回は、自分一人の被害だったからよかったけれど、家族のぶんをつくるとなったら、大変だったよ。
気をつけなきゃなー。
母が、しつこいくらい肉に火を通すのがわかったよ。

いまでも、身体をボリボリ掻いているが、脇の下も、皮と筋である。
ちょっと太らなきゃな。
秋はダイエットダイエットって、体重ばかり気にしていたのに、いまは無頓着すぎるよ。
ほんと、わたしって極端だなあと思う。

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防波堤と音楽

yuyake

4ケ月間に及ぶ考え事が一段落したのち、わたしはようやく一息つくことができた。
そしたら、スーパーで聴こえてきた音楽に、耳を奪われたのである。
「懐かしい・・・、フュージョンだ・・・」

そして、わたしは無性に音楽が聴きたいと思った。
いままで、ずっと聴きたいと思わなかった。
でもいまは、カフェに流れるボサノバでもいいから、なんか聴きたい気がする。

でもわたしは、一人でカフェに入るのって、しないんだなー。
だって、あれは一人でぼーっとするところじゃないんだもん・・・。
わたしにとって、一人でぼーっとするところは、一杯飲み屋。
もうお酒はやめたけど、カフェは人の出入りが多くて、どうも落ち着かないと思っている。

それよっか、聴くならジャズ喫茶でしょー。
ジャズ喫茶っていうと、ものすごくレトロに聞こえるけれど、大音量で曲を流す、偏屈なマスターがやっている小さな店があったのよね。
その大音量を身体に浴びると、すごく気持ちよかった。
あの店、もうないけど、いまもあったら絶対行くな。

そういうことで、わたしはいま、オーディオを持っているが、隣にいる父がうるさいので、つけれずにいる。
元彼Sちゃんは、音楽の趣味がいまいちだし、いまわたしが気持ちよく音楽を聴ける環境ってないなー。
思えば、音楽って、過去の記憶と直結していることがあるよね。
わたしにとって、それは昔の恋人たちの風景の一つであったような気がする。

そして何気なく思い浮かべてみると、なんだか夕焼けの防波堤が見えてきた。
あー・・・。そんな日もあったな。
当時彼氏と、防波堤で座っていたんだっけ。
なんとなく、クスと笑ってしまう。
いや、いまでもしたいねえ、そういうこと。

これからのわたしは、新しい彼氏を見つけたりすることは、たぶん・・・ないと思う。?
だって、元彼Sちゃんはわたしの人生の指標だから。
あの人がいないと、一人ぼっちで生きていくのは大変なことになるよ。
わたしが彼に対して、「元彼」と呼んでも、「俺、元彼なの?」とのんびりしているので、まあ古くから伝わる一族のドンだから、細かいことは気にしないんだろうな。
ただし、彼氏をつくっちゃーならんだろう。

人生守りの体制に入ってしまったかなと思う。
しかし、明日はなにがあるかわからない。
今日を楽しく生きて、明日も明るい一日を楽しみにして、生きていこう。

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スーパーでの買い物

kato
この数か月間、ほぼ毎日、母親と自転車に乗って、買い物に行っているのである。
母は、たくさんの大阪のおばちゃんと話をして、楽しそうだ。
大阪のおばちゃんは、誰にでも声をかける。
昨日も、母が知らないおばちゃんと話し始めて、その人が81歳であることを知り、「えーー! お若い!!」と思わずわたしもびっくりしたら、彼女は嬉しそうにべらべらと次々しゃべり出し、「これから事業を始めるの」とおっしゃったのを聞いて、また驚いた。
なんか、車の暴走を止めるやつ? らしい。(←よくわかんなかった。)
そんで、たいがいしゃべり倒したあとは、さらっとさよならするんだよね。
大阪のおばちゃんは、観察していて面白い。

まえも思ったけれど、母が死んで一人になっても、大阪の下町にいる限り、淋しい思いをせずにすみそう。
なんだか、わたしも生活が楽しくなってきたな。
具体的には、まだこれからだけど、発病後、なにもできず感じることも見ることも聞くこともできなかった檻の中から、ようやく抜け出したような気がして、これから健常者に近づいていけるのかなあと期待する。

まだあたまがこんがらがっているけれど、スーパーで、わたしは値段の高い安いはわかる。
病前は、ふつうに働いて家事をしていたから、そのへんの金銭感覚はある。
障害年金の診断書の項目に、「金銭感覚はあるか」というのがあるので、たぶんそれがない人がいるんだと思う。
そういう人は、年金額が上がってラッキー・・・というよりは、結局ドバーッと使ってしまって、困ったことになっているんじゃないかと思う。
そういう意味で、わたし金銭感覚があって、ラッキーということである。

物の価値がわかる自分に、安心する。
一人立ちするには、絶対必要だ。
「今日の太刀魚は安い・・・」と思ったら、母も「これ、安いな。これにしようか?」と言うので、今日の晩ごはんは太刀魚に決まった。
まー、一人のときは、太刀魚なんて高いもの、買わないけどね。
だいたいわたしは、赤魚・かれい・鮭・さんま、と決まっているのよ。
一切れ100円くらいで買えるやつ。
わたしから見れば、母は贅沢にモノを買い過ぎである。

でも、買い物も料理も、ほかの家事全般も、まだ感覚を全然取り戻していない。
なにしろ、16年間もなにもできずにいたのだ。
わたしの身体に何が起こったのかわからないが、これから徐々に、ふつうの生活を取り戻さなければ。

しかし長いなー、16年間。
長すぎるわ・・・。わたしの人生って、ここまではかなり不幸よ。
幸福なんてもう自分には関係ないと思っているけれど、万が一、そんなものを手にいれられることがあればいいな。