LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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振り返ったとき



昨日も、自宅マンションで考え事をしていた。
そしてなんかの拍子で、よく言われている、ある命題を思い出した。
「もし、目の前に津波が来て、死ぬ! となったとき、後ろを振り返ったら、そこに誰がいて欲しいか?」だ。

わたしは、津波が迫ってくる様子を、うーんと想像し、それからやぶからぼうに、パッと後ろを振り返った。
ところがあれ? 誰もいない・・・。

ここに、両親や妹が来ないことはわかっていた。
でも、えー? 誰もいないの??
私は2回、同じことを繰り返した。
だけど、そこには襖があるだけで、やっぱり誰もいない。

しまいにわたしが見たのは、津波から逃れるべく、より生存率の高そうな場所へ逃げている自分だった。
わたしは最後まで、自己中心的で、一人なのか。
なんだか寂しい人だな。

昔、「ディープインパクト」というアメリカ映画があったが、そこでは各々が、どの人と生きるか死ぬかで、大波乱を起こしていた。
彗星が落ちてくるんだけど、いきなりこの人! じゃないんだよね。
家族だったら、全員大事だろうし。
この命題を考えた人は、独身だったのかもしれないな。
そしてきっと、ロマンチストだ。

そんなことを考えながら、ふと、先日読んだものを思い出した。
それは、「死ぬ前に、思い残したこと」の一覧だった。
わたしはそのなかの、「会いたい人に、会えなかった」というのに目を奪われた。
ふーん。
わたしに、特別に会いたい人なんて、できるのかな。

これから先、わたしは多くの出会いが、期待できるわけじゃないから、いま、知っている人を大事にして、会える時には会う、という形でいいのかな。
そして津波が来たとき、振り返ったら、そこに大勢の人達がいるという・・・。
まーいいけど、それもちょっと寂しい話だね。
わたしにとってはこの人でも、向こうにとっては、大事な人の、一人でもないんだから。
独身を貫いた人の、宿命かな。

そしてさらに、考えを広げた。
実際わたしが死ぬときは、誰が最後にいるんだろう。
わたしは、マンションを買った、20年前にいた人たちのことを思い浮かべた。
それから、現在周りにいる人のことを。
もう全然、入れ替わっている・・・。
たぶん、これからもずっと入れ替わり続けて、だけど、まったくの一人ぼっちには、ならないんじゃないかな。
たとえ一人でも、誰かがいるような気がする。
でもそこにあるのは、一抹の不安だ。
強く、誰かに向かって、さよならと言えない、中途半端な気持ち。
この世との別れなのに、寂しい気持ち。

もっとも、まだ寿命が来るまで長いし、この時点で いろんなことを諦めるのは、早いだろう。
ちなみに、べつにわたしは、孤独死を恐れているわけではない。
むしろ、わたしらしい気もする。

でも、周りにいっぱい人がいる人は、肉親を含めた付き合いのなかで、どの人が自分にとって大事なのか、ときどき後ろを、振り返ってみるのもいいかもしれないね。
もし、その人と目が合えば、それは幸せなことだと思う。

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ホワイトカラーとの別れ



昨日は診察日で、わたしはお金の不安を、H主治医にぶちまけた。
「将来、切り崩しの生活は、精神衛生上よくないです」
「作業所Aで働くとか」
「Aですか・・・」
「どこに問題があるねん」

それは、週休2日フルタイムですから。
なんで就労支援は、バイト程度の軽い段階がないんだろうな。
仕事の内容じゃなくて、拘束時間などが、辛い理由なんだけどな。

うだうだ話していると、何かの際に、先生が「お嬢さんやろ?」とわたしのことを言った。
お嬢さん??
いえ、わたしの家は貧しいですけど。

どうして先生がそんな事を言ったのか、気になったので、帰宅してから考えてみた。
先生が知っている過去のわたしは、先日お見せしたアルバムから、推し量るしかないだろう。
だとすれば、アルバムには、どんなわたしが写っていた?

高校時代の仲間と、陸上競技をしている写真があった。
職場の様子や、その飲み会での写真があった。
職場で誘われて行った山の会で、登山をしている写真があった。
これのどこがお嬢さんの生活・・・?

わたしは、デイケアに来ている障害者の人たちを思い浮かべた。
でも意外に、生まれつき貧困の人って少ない。
なかには、いまでも両親に大切に世話されている、お嬢さんと言える人もいる。
あれとわたしの、どこが違う??

そしてわたしは、あーっとひらめいた。
ホワイトカラーなんだ!
あのとき周りにいた人も、わたしもみんな。
変な言い方だけど、趣味が高尚なんだよ。
学生時代からやっている競技を、社会人になってからも続けていますとか、総勢70人の登山の会で、異業種の人と交流を深めていますとか。
なにか周辺を含めて、知性があってきちんとしてるんだよね。
デイケアにいる人にないのは、それなんだよ。

だがそのことを思いついたとき、わたしは冗談なくめまいがした。
わたしは昔、ホワイトカラーだったんだ。
でもそれは過去だし、いまからは?

母が言っていた。
ある清掃のバイトに行ったとき、本当にこの世の中には、底辺人間がいるものだと。
そんなことを言う母ではないので、よほど凄かったんだと思う。
わたしは、自分の身の上を案じた。
底辺人間と仕事をしたことのないわたしは、ある意味、先生の言う通りお嬢さんだ。

作業所Aって、大丈夫なのか。
フルタイムの仕事はできないので、予め無理だと
わかっているが、仕事をするにしても、この先どんな環境が、わたしを待ち受けているんだろうか。
わたしは、障害者になってから、落ちてしまった穴の深さを、ズシリと感じた。
もう、普通の人とは仕事できない・・・。
周りは恐い人ばかりになる?

ここでわたしは、すべてから逃げ出したくなった。
自殺・・・、いやそれは駄目だ。
お金がないって、どうしたら・・・。

いろいろ考えた末、わたしは、また考え着いた。
社会復帰で苦労している、デイケアの人々が持っていなくて、わたしが持っているものといえば、人脈だ。
いま考えただけでも、バイトないかな? と尋ねたら、ちょっと調べてみる、ぐらいは言ってくれそうな友人が二人ほどいる。
もしかしたら、障害者雇用枠で入れてくれるという、大当たりもありえる。
ただ、やっぱりフルタイムは無理なのと、ツテで入ると、失敗した時に申し訳ないというリスクが伴う。

まーどっちにせよ、いま目の前にある危機じゃないのに、あれこれ悩んでるわたしは、やはり異常なのだろう。
貧困妄想っていう症状があるんだけど、それなんだろうか?
今度、先生に聞いてみよう。
こんなしんどい悩みが、ただの妄想だとしたらいいんだけどな。

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一生の貧乏の重さ

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今日は、しんどい・・・。
お金の心配ばかりしていたら、ちょっと人生が辛くなってしまった。
診察日だけど、こういう話は、薬で解決しないしなあ・・・。

とはいえ、こういった話は、精神科医はカルテに書く。
患者の家庭とか経済状況が、症状に影響してくるのは、精神科ならではってところか。
1億円あったら、うつ病は治るっていわれるくらいだもんね。
世の中、たいていのことは、お金があったら解決するのかもしれない。

わたしはいままで、女性が経済的に豊かな男性を求めるのをバカにしていたが、彼女らを完全否定することもできないと思う。
やっぱりなんだかんだ言って、配偶者の稼ぎによって、生活が変わってくるもん。
うちの妹の旦那は、3000万円とは言わずとも、1000万円以上は稼いでいるが、この妹は、旦那が亡くなったあとでも、わたしのように一桁の生活費で耐えぬくこともなく、のんびり乗馬クラブにでも通っていると思う。
わたしと同じ双極性障害で、一銭も稼いでいないのに。

妹の場合は、そういう男性がいいって言って結婚したんじゃないけど、わたしみたいな、一生に及ぶ貧乏はしたくない、と思う女性に、「金のない男はイヤだとかいう女は最低」って言いきれるか・・・。
そんなの、人の勝手じゃんってなるよね。
ただ、収入が高ければ高いほどいいって思っている女性は、やっぱりバカだけどね。
どんなに収入があっても、稼いでいる人が、病気で倒れたら終わりなんだから。
実業家なんかの場合、負債ができて、一生奥さんパートってこともあり得るもんね。

しかしこういう、お金のなさってやがて、風体にも現れてきて、いつか妹とはまったく見た目が変わってくるんだろうな。
女性にとって、お金があるかないかで、外見が変わってしまうというのは、惨めなことだよ。
死ぬ間際に、「一生、貧乏との闘いだったなあ・・・」って思うのも、辛いな。
たった一回の人生なのに。

そんなわけで、わたしは貧乏生活の辛さループに入り込んでしまっているので、脱出するために、気分転換をしなきゃいけないと思っている。
ただ、人には会いたくないな。
一人で、なんかボーッとしたいな。
ついでに、どっかに消えてしまいたいような気がするな・・・。

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永○(○=久)認定率

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昨日、ダラダラ年金関係を、ネットサーフィンしていたら、えっ! と希少な資料を発見してしまった。
精神障害年金の、永○(○=久)認定率である。

健常者にはつまんないことだと思うが、障害者の年金受給者にとっては、これからの生き方が変わるほど、大きな問題である。
ネット上では、わかんない人同士で、精神障害者には出ないとか、いや何年受給したら出るとか、あてのない噂ばかりが行き交っていたので、わたしは、こりゃ年金機構の方で、情報が絶対洩れないようにしているんだなと思っていた。
ところが、なんの偶然か、見つけてしまったのである。
元彼Sちゃんは、じつに嗅覚が利いて、ググるのも早いのだが、そんな感じだったのかな。

それによると、永○(○=久)認定(←一生障害年金を受給できる)は、障害国民年金で28%、障害厚生年金で4%だった。
わたしは厚生年金だから、たった4%の確率? である。
遠い・・・。
国民年金の方が多いのは、該当者がたぶん、10代発病で病歴が長い、予後がよくない、などの原因なのかなあと思う。
でも、国民年金の受給額って、月66,000円だから、一生もらえても自立は難しい。
わたしの周りにはいっぱいいるけど、生活保護で決まりかなって感じ。
要するに、障害年金だけで、一生食っていける人なんて、ほとんどいないのだ。

わたしはまた、「やっぱり一生、お金の心配をし続けなきゃいけないのか・・・」と、ガックリきた。
もう、ここから逃れたい。
生きるのがしんどい、死んだ方が楽かも、と思うが、いや生きるのが仕事だろ・・・、と肩を落とす。

夕方、母にこのことを話すと、何回目かの同じ話をされた。
「もう、長いこと2級が通ってんねんから、いまさら(等級落ち)って話にはならんと思うよ」
「そうかなあ」
「ふつうに働けるようになりました、とかやったら、ともかく」
そうかなあ・・・。

Sちゃんも同じようなことを言って、落ち着きはらう。
「まず、ゆみはいまの状態だったら、落ちないと思うよ」
「そうかなあ・・・」
「いまの状態だったらね」
そうかなあ・・・。

結局、わたしがしんどいのは、一生約束された年金がないってところなんだろうな。
「だと思う」で安心できはしない。
これから、寿命も上がっていくんだし、貯金の切り崩し生活じゃ、足らなくなって、早く死ななきゃってこともあり得るし。

健康だったときは、「なに、お金がない? 働こう!」と、なんでも楽しくやったが、いまは稼げる身体がなくて、ほんとうに残念だ。
昔は、求人広告を見るのが好きで、数々のバイトをして、いろんな体験をしてきた。
いまでも、求人広告は好きだ。介護職ばっかりで面白くないけど。
これからの時代、ふつうの人でも、足らない年金を補うために、働きましょう! ってみんなで言っているのに、わたしは参戦できなくて、ますます疎外感にかられる。
貯金するしか生きる道がないなんて、そんな消極的なやり方、わたしじゃない。

結局、最悪のことを考えておくと、高齢になってから、わたしは経済的に行き詰って、生活保護を受けなければならないこともあり得る。
精神障害者の生活保護率は高い。
割り切ってしまえばいいんだろうけど、そして現になんとも思っていない人はいるけれど、わたしは生活保護っていうのは嫌なんだよね。
身辺整理をして、タンス預金して、ケースワーカーに来訪されて・・・、なんか侘しいじゃない。

それにしても、障害厚生年金の永○(○=久)認定率が、たった4%だって知っただけで、こんだけ落ち込むんだから、これからずーっと金欠アレルギーは続いていくんだろうな。
発想の転換をするか、なんらかの収入を得る方法を考えるか。
このままじゃ、ほんとうに、人生が楽しくなくなってヤバい。

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2○25年問題について

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昨日は、2○25年問題について、調べていた。
なんで、伏字になっているかって・・・、こういうワードって、結構ヒットするんだよね。
そんで、知り合いにこのブログを知られたら、困るからね。

さて、いろいろ調べているうちに、これは脅しじゃなくて、ほんとうに深刻な問題なんだと、暗い気持ちで受け止めた。
団塊の世代が、後期高齢者(75歳以上)になる2○25年に、介護・医療などの社会保障費が、一気に膨れあがり、介護の手が足らなくなる、病院にも行けなくなる・・・、という日本の8年後の未来だ。
もちろん、この負担は、働く世代の人々にとって、重くのしかかる。
わたしのような中途半端な人間でも、年金給付の年齢が上がるだろうとか、移民が入ってきて治安が悪くなるんじゃないかとか、悪いことばかり考えてしまう。

いますでに、介護も医療も「在宅でお願いします」になっているけど、日本はとっくに大家族時代じゃなくなっているのに、一人の人が介護とか、独居老人とか、よくそんなのをスタンダードにして、素知らぬ顔をしておけるなと思う。
老老介護とか、認認介護とか、明らかに無理があるでしょ。
こんなになる前に、財源を確保する手立てはあったんじゃないのかな。

働く世代になる子どもを減らしてしまった原因は、わたしは、女コドモに優しくない男性社会にあったと思う。
たとえば、「保育園おちた」後のいまなら、会社に託児所を設けることに、みんな反対しないかもだけど、以前は「会社に子どもなんて、とんでもない!!」という強い風潮があった。
まー会社という男の戦場に、お母さんと生ぬるいミルクの匂いを、持ち込まれたくない、という気持ちはわからんでもないが。
ただ、男性社会において、女性が子どもを産むと不利益になる、という考えの人たちに対して、政府が早く対策を取ればよかったんじゃないかという気がする。

さてそんな世情のなか、うちの母は、後期高齢者だが、まだ元気である。
しかし、弱って歩けなくなるようになったら、在宅での介護をどうしよう、といまから悩んでいる。
「いまは、介護サービスも施設もあるよ」という人は、あんまり介護のことを考えたことがないんじゃないのかな。
介護サービスを受けていても、毎日家にいなきゃいけないんだし、「いつ終わるかわからない展望のなさ」を考えると、わたしの障害のある精神がもつかどうか、絶望的になる。
施設なんか、数年間待つか、お金がなければ入れない。
介護保険は、万能じゃないのだ。

2○25年問題などを考えていると、これからの日本は、みんなが辛い時代になるのかなあ、と思ったりする。
一億総中流社会だった、懐かしい昭和の日々。
そんな時代には、二度と戻れないと試算が出ているので、いまのうちに日本の夕焼けを、ゆっくり眺めるのもいいかもしれないね。
2○20年東京オリンピックの花火。
日本を背後に、笑顔で去っていく外国人たち。
用意したかのようなタイミングで宴があって、終わり方としては、充分じゃないかと思う。

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R&Bを聴きながら

supika

昨日の昼過ぎ、無性に音楽が聴きたくなって、自宅マンションへ行く。
実家にもあるけれど、80年代のポップスばかりで、めちゃくちゃ軽いので、そういう気分になれなかったのである。

それで、今度、元彼Sちゃんが来たときのために、スローなR&Bをより分けていた。
とともに、自分も聴いていた。
うわー! 懐かしい!!
なぜかわたしは、大音響で音楽を楽しむという趣味を忘れていて、「あーそうそう、これはこんな曲だった」と、ほれぼれしていたのだった。
でもこれ、Sちゃんの気に入るかな・・・。
ダイアナ・ロスの時代とは、もう全然音も変わっているし。
わたしが聴いていた80年代の流行は、バスドラムとシンバルの対比を大きした、人工的な音だった。
これが、わたしは好きだったんだけど。

80年代アメリカのR&Bは、じつは「小室ファミリー」みたいな集団がいて、小室さんがつくったものはどれも売れて、でもどれも同じじゃん? って感じだった。
アメリカ国内でも、真似っこが出ていたくらいだから、日本に飛び火したのは、このへんの時代なのかな?
それにしても聴いていて、ほんとJ-POPって、洋楽のパクリが多いよなーと思った。
自分で、手法を編み出すってことを、はなから考えていないよなって感じ。
わたしが聴いていて、いちばん恥ずかしいのがラップなの。
まえにも書いたけど、「ヘイ! ヘイ!」「アーン」「ヨウ!」とかって、日本語でしゃべるときに、絶対でてこないじゃない?
それなのに、悦に入っているのが、すごく恥ずかしい!!

付け加えると、わたし的にはEXILEも恥ずかしい。
ダンスが・・・、なんでこう、みんな黒人になろうとするの?
服装とかも、頑張り過ぎていて、めちゃ恥ずかしい!!
スタイルだけ真似ても、ソウルがない・・・、あれが好きだって言う人は、本物を知らないんだと思う。

あとですね、これを書くと、非難ごうごうがわかっているんだけど、わたしはSMAPさえ、「真似だ!」って思ったの。
だって、アメリカに「SNAP」っていうグループがいたんだもん。
わたしはそれのコンサートに行って、前座が「電気グルーブ」だった。
ほんとうに、名前まで真似しなくても~、と思ったけど、どうやら勘違いみたいでよかった。

もう一人、気になる人は、黒人じゃないけど、浜崎あゆみ。
この人はいま、マライア・キャリーを目指しているんじゃないかと思う。
本物のマライアは、世界的セレブで、デブだがそれをものともせずに、ゴージャスな自分を見せびらかしている。
なんか、そっくり~と思うのは、わたしだけ??
でも、マライアは世界中で通用する、正真正銘の歌姫だけど、浜崎あゆみはしょせん国内・アジアだけ。
あの、メディアのまえで堂々と男をとっかえひっかえし、「アタシが世界で、いちばんの女よ!!」と、大輪の笑みを浮かべる女王さまとは、スケールが全然違うよ・・・。
マライアがあゆを見たら、鼻先で笑うだろうなと思うと、これまた恥ずかしい!!

さて、またしても好き勝手なことを、つらつら書いてしまったが、日本のR&Bに絶望を抱いているわけではない。
最近、FMを聴いていたら、RIR○という17歳の女子高生が、なんかすごい歌唱力で歌っていた。
これは本物かなあ? と思う。
ただこの人、残念ながら、世界を目指しているそうだから、あんまり国内では活躍しないのかも・・・。
いい素材はやっぱり、狭い池から出ていきたいだろうな。
歌といえば、AKBとか真似っこばかりの、日本の音楽シーンは、音楽というより芸能っていうのがふさわしいのかなと、わたしは思う。

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ジャズの日

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さて、一昨日から昨日にかけて、元彼Sちゃんと、「ジャズを聴きながら読書」というテーマで過ごしたわけだが、こういうことをやりたい、と言ってきたのは、Sちゃんの方だった。
それを聞いたとき、わたしは「また、前回と同じことがやりたいわけか」と思った。

前回、Sちゃんは、古本屋で本を調達したあと、部屋で「音楽がないからなあ・・・」と、不満げにつぶやいてくれたのである。
え? ないって、どういうこと??
CDをかけてほしいんだったら、言ってくれればいいのに。
うちには、R&Bを中心に100枚くらいのCDがある。
一方、Sちゃんは音楽オンチで、「好きなアーティストは?」って聞いたら、「美空ひばり」「坂本冬美のジャズ版」「矢代亜紀のジャズ版」、「ダイアナ・ロス」「シュープリームス」くらいしか、たぶん聞いたことがない。

CD100枚は、音楽好きってほどじゃないけど、Sちゃんよりは、知識があると思う。
でも彼は、いつも自分の話ばかりするから、わたしは自分の好みの音楽について、ただの一言も語ることができずにいた。
おまけに、CDラックはタダの棚のように見えるから、Sちゃんは部屋にCDがあることに、気づかなかったのかもしれないな。
それで、わたしを音楽オンチに仕立げて、得意げに音楽を語っていたのかー。
うーん。
「音楽がない」と文句を言ったとき、いったいどんな音楽を所望していたのだろう。
演歌は間違いなくないし、スーパーのBGMになっているラリー・カールトンみたいなやつ?

それで結局、たまたまCDプレーヤーに入っていて流したのが、ジャズだったのである。
なんかわたしは、自分はR&Bの人かと思っていたが、ジャズも結構持っていて、それはスタンダードその他いろいろなのだった。
Sちゃんはスタンダードが気に入ったみたいだけど、わたしはキース・ジャレットが、うぉおお! と叫びながらピアノを弾いていたりするのも好きだな。
でもそういうの、Sちゃんに解説すると、ぜったい独自の理論で逆襲してくるから、面倒くさいのでしない。

ところで、こんなことがあった帰りの車の中で、珍しくSちゃんはR&Bをちょっとだけ、かけた。
それは、スローな、気怠いラップだった。
「あれー? なんでこんなん、聴いてんの?」
「ちょっと、ごちゃごちゃしてたら、出てきたから」
ふーん・・・。
でもこれ、きっと前回のジャズに触発されているよね。

それで、わたしはもう一歩踏み込んでみた。
「こんなスローなラップって、80年代以降かな」
「んー」
「80年代でも後半かな」
「うん」

じつは、デタラメを言っているのである。
いや、正解かもしれないけど。
まーわかったことは、歩くグーグルSちゃんでも、音楽については、知らないことが多いってことだ。
でも、わたし的には、助かることだよ。
音楽に対して、あまりに視野が狭いSちゃんが、あちこち模索くれるようになったら、話題が広がる。

そんな感じで、「わたしにはこういう趣味があるんだ」とわかってもらえるのは、幸せなことだなあと思った。
自分を理解してもらうってことだもんな・・・。
あんまり必死になる必要はないけど、ちょっとした機会に、「自分は、こんなことが好きです」って、つぶやくのは悪いことじゃないなと思う。

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読書のはずが


昨日は、元彼Sちゃんが自宅マンションに遊びにやってきた。
この日の予定は、読書と居酒屋に行くことである。
わたしたちは、午後の間ずっと、ジャズを聴きながら、ゆったりと読書をした。
なかなか、楽しいひとときだった。

それから居酒屋へ行って、たくさん食べて。
Sちゃんは、焼酎を飲んでいた。
でも、なんだかここから、雲行きが怪しくなってきたのである。

またマンションに戻ってから、二人でBSを見ていたのだが、Sちゃんが自分の横に来いと言う。
「いやだよ」 と言ったのだが、いいからいいからと手招く。
結局、ぴったりと身体をくっつける形となった。
Sちゃん、酒臭い・・・。

わたしは、そういうのは不本意なので、「ちょっとやめてよ」 と逃げたのだが、逃げては捕まえられるというのの繰り返しで、わたしはついに、頭に来た。

「Sちゃん、触り方が変やから、嫌やって言ったやんか! こそばゆいねん!!」
彼氏時代で嫌だったのは、そこもあるんだよね。いきなり、痴漢みたいな触り方をするんだよ。
あの嫌な感じは、男性にはよくわからないか。
それにしてもやっぱ、女性に近づく時は、雰囲気作りは、大事じゃないだろうか。

それでも酔っ払っているSちゃんは、懲りなかったので、わたしはついに、さっさと和室に布団を敷いて寝ることにした。
冷房が利いていないので、暑い・・・。

それにしても、Sちゃんが酒に酔って、あまりに強引だったので、わたしはまたまた、Sちゃんについて、うんざりした。
経済的な力関係が、あまりにも大きすぎることもある。
まかり間違えばわたしは、居酒屋代で、大金持ちに身体を要求されても、「誘われただけマシじゃん」と言われそうな身の上。
Sちゃんにこんなことを言ったら、激怒されるだろうけどね。
○億円長者が、しょぼい年金受給者に望むことは、やっぱり女性性なのかななどと考えてしまう。

また、ぐずぐず考えてしまうが、もしわたしが、発病前のように仕事を続けていられたら、Sちゃんとの関係をいまのように、続けていられただろうか。
・・・無理だろうな。
私の周りには、おそらく同年代で、経済的に同じぐらいの人が集まっているような気がする。
世の中には、唸るような大金持ちに、近づきたい女性もいるようだが、わたしはそうではない。

8月はSちゃんは、忙しいから会えないと言っていたけれど、わたしもなんだか、しばらく会いたくないな。
また、迫られたら嫌だし。
Sちゃんはわたしの人生にとって、大事な存在だが、男女関係と引き換えであるとすれば、わたし自身が惨めで情けないし、そのときはバッサリ、友だち付き合いを切るしかないな。

あんまり考えたくないけど、経済状態によって、人付き合いって、変わってくるよな。
Sちゃんと、こんなにも経済格差がなければ、わたしもややこしいことを考えないのに。
貧困な女性という弱い立場は、人を選ぶ余地が狭くて、嫌になる。
来世は、強い雄ライオンにでも生まれてきたいな。

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貧乏にうんざり

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将来を案じ、金の亡者となったわたしは、「母は、ほんとうに介護費として、□□□万円持っているんだろうか」と強く気になり始めた。
あの人、話がこっちに行ったりあっちに行ったりするからな・・・。
ここは、自分の精神衛生上、ちゃんと確認しておいた方がいいのかもしれない。

そんなことを考えていると、母が「車で買い物に出かけてくる」と言った。
わたしは、「あら? 意外と早くチャンスが・・・」と思った。
そして、母が出ていったあとで、引き出しをゴソゴソと怪しく探ったのである。

通帳をチェックしてみると、ふ~ん・・・、なるほど□□□万円はある。
しかもあの人、つましく暮らしていけば、年金が毎月わずかに残るから、それを貯金していけば、5年後にはもっと増えているはず。
母に関しては、なんとかなりそう・・・。
やっぱり、問題はわたしなんだな。

わたしはそれから、元彼Sちゃんの資産家ぶりに、ちょっとうんざりした。
これは嫉妬なんだろうな。
所持しているお金のケタが違いすぎて、ほんとうに惨めになる。
そりゃ、室町時代からの旧家と、田舎から出てきた団地族じゃ、まったく住んでいる世界が違うわけだけどさ。

人はみんな平等だ、って言っている人、わたしはちょっと間違っていると思うよ。
だって、人の幸せって、究極は「衣食住」が足りていることでしょ。
だから、これらが満足していない人は、概ね不幸。
あとは、お金を持っていようがいまいが、不幸になる確率は、ケネディ一族でなければ、関係ないはず。
「大金持ちでも、病気になったら終わり」っていう人、計算がおかしくない?
「極貧だって、病気になったら終わり」でしょ?
大金持ちも極貧も、平等だって、わたしには思えないけどね。

そんなわけで、夕方、母と散歩しながら、わたしは重い気持ちで彼女に言った。
「Sちゃん、利息でマンションが買えるって、すごいなー。利率が4%のときなんか、どうやってんやろ・・・」
「あるところにはあるってことやな。まあ、収入がなくなっても、1年食べていくだけの貯金があればいいっていうから」
「それ、働ける身体がある人の話やろ」
「・・・・・・」
「いまじゃなくて、わたしは将来の心配をしてるねん」
「・・・・・・」
「こんな、細かいお金の計算、ほんまに嫌になるわ」
「そうやなー。ほんまに嫌になるわ」

母も、少ないお金のことで、ずっとあたまを痛めてきたのだろう。
それを思うと、わたしはますますめげてきた。
そもそも、母に老後資金がないのは、わたしが病気になって、親の財産を食いつぶしたからなのだ。
そのことで、わたしは自分にふがいなさを感じるし、自分の人生に嫌気がさしている。

かえすがえすも、ないお金の計算をしながら、チビチビ貧乏をしていく生活って、辛いなあと思う。
なんか、暗いトンネルで、穴を掘っているみたいなイメージ。
一生、こんなことが続くのかなあ・・・。
学生が、一時的に貧乏をしているのとは、訳が違うからなあ。

将来、一人になったら、一個100円のチキンハンバーグとか、56円のセミ餃子を、水で食べているのかなあ。
それだって、消費税が上がっているだろうし。
そんなとき、Sちゃんは、「俺だって庶民してるよ」アピールで、「スーパーで、親父の好きなナントカを買ってきた」とか言って、わたしに「それ値段見てないだろ・・・」とか思われるんだろうな。

何度もブツブツぼやいているけど、昔、働いていたころは、こんな貧困になるなんて、思いもよらなかった。
上ばっかり見ても仕方がないって言われそうだけど、下ばっかり見るのも嫌だし、同級生はやっぱり上だし、経済状態に関しては、同調できる人がいない。
歳をとると、ますます上との格差が広がるんだろうし、それもまたしんどいな。

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資産家と貧乏人のはなし

yashiki

昨日、元彼Sちゃんに防犯の話をしたら、彼ははなから、「盗るものがないような家には、入らないよ」と決めつけた。
む・・・。
そりゃ、うちの実家もマンションも、どうみても庶民の住宅だが、そうはいっても、実家の並びで、まえに夜中に空き巣があったのよ。
おじさんが寝ていたので、逃げたらしいけど。
Sちゃんは、自分ちのような屋敷だけ、泥棒に狙われると思ってんのかなあ?

わたしはSちゃんの認識を改めようとしたが、人の言うことを聞かないSちゃんはやっぱり駄目で、結局わたしは、「あなたには、お金もなにもないじゃないか」と言われただけになった。
Sちゃんは自分の言ったことに気づかなかったみたいだけど、こういうの、貧乏人からすると、すごく惨めになるんだよね。
でも、この話をこれ以上続けると、どんどん資産家による私見が繰り広げられるのがわかったので、あえてなにも言わなかった。

そしてその後、財産の話になったのだが、0.1%の利息で食っていくには・・・、と資産家ならではの話題になった。
するとSちゃんは、耳を疑うようなことを言った。
「××銀行にある預貯金を0.1%で回せば、○○○○万円になる」
「えっ、それって? Sちゃん、いくら持ってるの」
「・・・・・・」
「あっ、内緒?」
「でも、自由に使える金は、△△△万円くらいだよ」

えー・・・、その△△△万円があれば、わたしは年金と合わせて、一生食っていけるんですけど・・・。
金利が0.1%になったら、利息でマンションが買えるって・・・。
なんか、Sちゃんとの間に、スーッとスクリーンが下りてきた。
この人は、一生食べるのに困らないし、末代に渡って心配がいらないんだな。
いくら、お金持ちだって悩みがあるとはいえ、お金がない人のどうにもならなさっていうのは、どうにもならないよ。
ほんとうに、この世はお金なんだから。

わたしは、自分の境遇を悲しく思った。
わたしは、この先ずっと、障害年金が下りるかどうかで、お金の心配をし続けなければならない。
なにもかも、病気で働けなくなったせいだけど、もしそれなりに豊かな家だったら・・・と、「もし」の話を考えてしまう。
わたしの妹は、大学時代つきあっていたカレシがお医者さん一家だったのだが、なにを言われたのか、「なんでうちは、貧乏なの」と泣いていたことがあった。
あれは、親が困惑しただろうが、思春期の女の子には、自分とは関係ない家柄による差別は、辛かったことだろう。
やっぱね、格上から格下に向かって、「お金ないくせに」みたいなことは言っちゃ駄目だよね。

Sちゃんは、だいたい正しいことを言うけれど、こと庶民の生活については、なんにも知らないと言っていい。
うちの実家の預貯金の額なんか、たぶん信じないと思うよ。
だってそれ、△△△万円以下なんだから・・・。
もしかしたらこれは、Sちゃんに教えてやった方がいいかもしれないな。
そしたらいくらなんでも、「おまえはお金を持っていないじゃないか」って、事実そのままを放言できないんじゃないかな。