LIFE,LOVE&PAIN(旧)

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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gomennasai

~~大事なお知らせ~~

いつも、当ブログにお越しくださっている方、初めての方、ご来訪いただきありがとうございます。
突然ですが、当ブログはこの度、移転することになりました。
理由は、当サイトの不具合について、FC2さんに問い合わせをしていたのですが、回答がないためです。OTL OTL
このサイトは、12年間居続けたので、ほんとうに引っ越しはしたくなかったです。
当サイトをブックマークなどしてくださっていた方々、大変申し訳ありません。
今後は、以下のURLになりますので、よろしくお願いいたします。

新URL:http://lifelovepain02.blog.fc2.com/   "LIFE,LOVE&PAIN"

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季節の変わり目に悪化

cup_supu

昨日の朝、H病院で入院中に知り合ったI ちゃんから、連絡が来た。
なんか、すごく調子が悪いらしい。

「フラッシュバックが来て、その度にしゃべり出しそうになる」
I ちゃんは統合失調症だ。
でもそのまえに、ご本人曰く、お兄さんから絞殺されそうになったり、家庭内の問題がいろいろあったようなので、それでフラッシュバックが起こるのかな? と勝手に想像した。

ただわたしは、フラッシュバックだけは、どんな感じなのか実感としてわからない。
とにかく、「季節のせいじゃないか」と話した。
実際、自分も体調を崩しているし、そうじゃないかと思うのだが、ただこういうのは病人が「体調が悪い」って言ってるのに、あたまから「季節のせいだよ、気にしない」って言ってしまうと、腹が立つ。
だから、なんとなく「そういう可能性もあるよ~」くらいの感じである。

I ちゃんは、一人暮らしを始めてから、あまりの体調の悪さに買い物に行けず、戸棚に残ったカップスープで飢えをしのいだこともある人である。
まーわたしも、アイスクリームのピノで似たようなことをしたことがあるけど。
辛いんだよね・・・。何回も冷蔵庫を開けて、食べるものがない・・・とにかくアイスクリームでも・・・、とかやってんの。
わたしは彼女に、買い物は行けているかどうか訊いた。
彼女によると、いまはスーパーが近くにあるので、それは大丈夫だとのことだった。

精神病っていうのは、ちゃんと病院に通っていれば、どんどん悪くなるっていうことはない。
波があるということは、どん底まで落ちたら、また上がってくるということだ。
どん底はかなり苦しいが、こればかりは闘病が仕事だと思って、耐えるしかない。
観衆は、I ちゃん頑張って・・・、と応援しているしかないのだ。

それにしても、病人同士のやり取りは辛いなー。
I ちゃんとは、いつも具合の悪いときとか、困ったときとか、あんまり明るい方向での話はしない。
ふつうの人より、楽しいとか生き甲斐とか、感じることが少ないと思う。
I ちゃんには悪いけど、I ちゃんもわたしも、悲しい人生だなーと感じる。
なんにも悪いことしていないのに、ひどいよねってときどき考える。

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障害者の置かれる世界

dog_guttari

昨日は、ものすごくしんどかった。
朝、起きたときから一日中、布団を抱きしめて、う~~と唸っていた。
なぜこんなにしんどいの??
なんか、うつのときを思い出すんだけど。

わたしの脳は発病後、おかしくなっていて、なにもないのに急に苦しさを感じたりする。
病院の冊子で読んだけれど、精神病の人って、精神だけじゃなくて身体も悪くなるんだそうだ。
そりゃ考えたら、脳は身体の調子もつかさどっているんだからなー。
精神病っていうのは、こころの病気じゃなくて、脳の病気なんだよね。
自分でもどこまでがそうなのかわからなくて、厄介だよ。

さて、そんなことを考えていた翌日の今日、まったく関係ない話なんだけど、テレビを見ていて、「障害者も健常者も仲間として生きる」という、よくあるフレーズが出てきた。
最近、このフレーズにわたしはピクッと反応するんだよね。
見ていたら、知的障害者の人が、農作業なんかをやっていた。
「ふーん」とわたしは思った。
たぶん、この人たちは、すでに健常者からある程度認められる人たちだよ。

ネットなんかを見ていると、健常者が怒りを覚える障害者っていうのは、「働いて税金を納めていない人」なんだよね。
作業所であろうとなんだろうと、とにかく働いている人は、あんまりボコられない。
だから、「健常者と仲間として生きる」というフレーズを掲げたい人は、まず障害者に働いてもらうことだろうな。
そこらへんは、健常者のニートと同じかもしれないね。
働いていない人を見ると、異様な嫌悪感を感じるという・・・。
日本はその傾向が、とくに強いのかもしれない。

だから、前触れもなく具合が悪くなるわたしは、仕事に使えなくて、従って税金を納められず、石を投げられる対象の障害者だ。
いまも昔も、障害者を扱ったニュースとか番組って多いけど、みんなボコられない人たちだよな。
あーいう人たちを見て、「最近は障害者もふつうに生きている」と考えるのは、ちょっと違うなと思う。
刑務所の3分の1だっけ? は軽度知的障害だともいうしね。
テレビに出ない暗部が、まだまだあると思うんだよね。

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秋の体調変化

oden3

今日は、朝起きるのが、ものすごく辛かった。
結局、顔を洗っただけで、食事の支度もせずに、またばたっと寝てしまった。
急に涼しくなったせいか・・・。

食欲もあまりない。
昨日の夜は、母と相談して「もうコンビニのおでんでいいよ」となって、コンビニまで二人で歩いていった。
買ったのは、「大根2つ、厚揚げ、きんちゃく、出汁巻卵」以上である。
これで、父と母とわたしの3人分である。
これらと、ごはんと漬物を食べて、我が家の夕食は終了なのである。
どんだけ、安くつくか・・・。

コンビニまでの道で、わたしはなんとなく、「父が死んだらこんなふうに、母と細々とした食生活をして、地味に生きるんだろうな」と思った。
母も、もともと食には関心がなくて、白いご飯さえあればなんでもいい人である。
残飯が好きで、いつも残り物ばかり食べている。
貧乏症なんだな。

わたしも白いご飯がいちばん好きで、嫌いなものは酸っぱいものとか、いろいろあるけれど、いわゆる「美味しいもの」を食べたいとは思わない。
そもそも、「美味しいもの」がなんなのか、わからないのだ。
脂っこいもの?? 甘いもの??
人類は飢餓との闘いだったから、きっとカロリーの高いものを美味しいと感じるはず・・・、と考えるのだが、自分がわからなければどうしようもない。

さて、いつもはそんな感じだが、今朝はとてもしんどかったので、さすがに身体が甘いものを要求した。
それで、冷凍庫にあった菓子パンを一つ食べて、ジュースを飲んで落ち着いた。
もしかしたら、昨日の夕食が少なかったのかもしれないな。
ちょっとくらい苦しくても、ちゃんと食べた方がいいな。

と考えつつ、さっき甘いパンを食べたばかりだから、次の昼食がまた、まともに入るかどうかわからない。
「食欲の秋って何?」って、わたしは毎年考えている気がする。
秋は一年でいちばん好きな季節だけど、どうも秋の涼風とわたしは、相性が悪いみたいだな。
しばらくは、季節の変動に体調を左右されるかな。

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ジューサーの楽しみ

jusa

ガンの父がごはんを食べられない、ということで、母とわたしは、「ジューサーを買ってこよう」と突然決めた。
うちは交通不便なのだが、なんとかして、いちばん近い電器屋へ辿り着く。

そのなかで、昔からある古風なデザインのミキサージューサを買った。
使用方法がものすごくシンプルだな。
こんなので、ジュースができるとはありがたい。

帰ってから、母とわたしはウキウキと、「さっそく試しにつくってみよう」と、買ってきたパイナップルやメロンやりんごや桃を広げ、家にあった梨を使って、牛乳とはちみつを入れた梨ジュースをつくった。
そして、飲んでみると、近年ビックリするほどの美味しさで、わたしは口に出して「美味しい!」と言った。
ほんとうに・・・、爽やかな香りがして、まったりしているのに飲みやすくて、これはいくらでも飲める! って感じ。
母も目を見開いて、「美味しいなあ!」と言った。
そして、残りを父に持っていった。

なにを食べても、「しんどい」と言っていた父だったが、さすがにこれは「美味しい」と言った。
フルーツジュース、素晴らしい!
外で買ったものとは、全然違うね。
父は、今後、これを食事代わりに飲むそうだ。

まーちょっとでも、楽に栄養が取れる見通しがついてよかった。
まったく食べられないと、本人もプレッシャーがかかると思うんだよね。
これからは、3度の食事に来なくていいから、猫のように好きなときに食べればいいよ、と言っておいた。
食欲のないときに、3度決まった時間に席につけなんて、わたしだってしんどいよ。
それより、自室で食べ物を適当に散らしておいて、気が向いたときに口に入れる方が楽だ。

さて、父のために買ったジューサーだが、今後は母もわたしもジュースを飲むことにしている。
もちろん、一人前がつくりにくいというのがあるが、とにかく美味しかったので、秋の味覚を楽しみたいというところである。
いままで、スーパーで買う果物といったら、バナナ・りんごばっかりだったが、これからはほかにもいろいろ選べそうだな。
そして、父にも、食事の楽しさを感じてもらいたいと思うのだ。

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ガン患者の食事

wagashi

一昨日聞いたのだが、元彼Sちゃんのお父さんが、ガンで亡くなったそうだ。
もうわかっていたので、Sちゃんは冷静に、当日の夕食まで元気だったことを話してくれた。
ご愁傷さまです・・・。

そのことを母に話すと、「まあ」と言いながら、「即死に近い状態? ああ、そう・・・!」と目を見開き、何度も繰り返した。
彼女は、いつもそこにこだわるのだ。
「長患いして死ぬのって、そりゃ大変やから。すぐ死ぬのがいちばんやで」
わたしは彼女が、自分がそうなることを望んでいるのを知っている。

それから、思い出したように、母は同じガンの父のことを話した。
「お父さんな、食欲が全然ないねん」
「また? 一回戻ったんちゃうの?」
「ううん、あかん。今朝も、味噌汁も要らんって・・・。昼もおはぎ一つやし」
「なんか、食べれるもん探さなあかんなー」

ちょっとまえに、やっぱり「食べれない」と父がダダをこねたとき、「食欲がないんやったら、一日中お菓子食べてれば?」とマリー・アントワネットのようなことを提案したのは、わたしである。
それを聞いたのかどうか知らないが、父は昼食は、好きな和菓子やバナナを食べていた。
しかし、甘いものも入らないとなると、ほかになにがあるのか・・・。

母は、そういうのは、あまり上手く考えられない人で、食べやすいものではなく、「美味しいもの」をつくったりして、わたしが見る限りちょっと的を外している。
ほかにも、嫌がっている人に食べ物をしつこく勧める、というよくない性癖がもともとあって、これには父もわたしもうんざりしていた。
戦時中の人は、人に食べ物を無理矢理食べさせることがあるというが、母は田舎にいたので、食糧には困っていなかったらしいけどな。
たぶん、母の心理的な問題で、人に尽くすことで自分の存在価値を見出す、とかそういうのがあるのかもしれないな。

さて、ところがわたしにも、いまのところ解決法が見いだせないのである。
固形物がもうあまり食べられないようだから、液体か・・・、カロリーメイトとかエンシュアリキッド?
正直言って、どれもまずいんだよな・・・。
じつは、向精神薬で激太りするくらい食欲が出るのがあるんだけど、精神に問題がなければ、飲んだら駄目みたいだしなあ。
なかなか、ガン患者の食欲を増やすっていうのは、難しいんだろうな。

ここ数日で、急に秋の気配が来て、ふつうなら食欲の秋だーってなるんだけど、そのときに食欲が出ないというのは皮肉なものだな。
この際、スーパーで、食べやすくて目新しいものを探すしかないな。
果物を葛湯に混ぜる、なんていうのはどうだろう。
とろみをつけた介護食みたいなのとか??
あれ? なんかインスピレーションが湧いてきた。
スーパーで、いろいろ物色してみよう。

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通勤電車を思い出す。



昨日、我ながらいいアイデアを思いついた。
オフィス街で働く人々を見て、世間を知ろうとしたが、よく考えたらそれは、朝の通勤ラッシュから始まってもいいのではないか。
昔は、ふつうにやっていたことだ・・・。

超満員の時間帯は無理だけれど、ちょっと遅らせれば、まあまあそんな感じになるのではないかな。
わたしは、ちらっと想像してみた。
つり革を持つ前後の人々の間に挟まって、鞄を胸に抱きかかえている自分。
すきあらば、前の人の間を割って、つり革を奪い取る。
誰にも目が合わないように、吊り広告を見る。
ドアから全員押し出されて、ひたすら会社へ向かってゾンビの行進。
それぞれ、ビルの中で消えていく。・・・

あー。なんか懐かしいと思った。
行ってみたいなあ、それ。
過去を追体験することによって、まだまだいろんなことを思い出しそう。
それからいま、働いている人たちの生の姿。
考えたら電車って、いろんな職種の人たちの集まりだよね。
通勤電車って、ある意味、世の中の縮図かもしれないな。

続いてわたしは、具体的なことを考えた。
行き先はやっぱり、前に勤めていた会社の周辺だな。
服装は・・・ない。
オフィス街でジーンズ・スニーカーを履いていたら、誰? って感じだったな。
それにしても、わたしって気がついたら、地元の奥さんって風情の服しか持っていないな。
ここから既に、なまっている気がする。

いままで、障害者の作業所だのデイケアなど言われても、いまいち社会復帰としてピンとこなかったのだが、健常者の群れに揉まれるというならわかる。
その目的としても、「世の中を肌で感じる」 「障害者社会で閉じこもらない」 というのは、リハビリとしてごくふつうの考えだよね。
障害者として働くことばかりが、たぶん訓練じゃない。
作業所Bの工賃:60円/hっていうのも、システムとして理解しがたいしね。

わたしはやっぱり、障害者になったからといって、障害者ばかりの世界にいてはいけないと思う。
わたしは最初から、こんな世界から出たいと思っていたけれど、周りは案外そうでもないんだよね。
病気のせいで、気力を奪われているせいもあると思うけれど、デイケアや作業所に留まっていることに、みんな何の不満も感じていないというか。
統合失調症の患者さんなどは、発症年齢が低いことが多いから、あんまり外の世界に関心が向かないのかな?
わたしは一般企業でバイトして、その度入院になってバカをしたと思うけれど、そこまでいかなくても、用意された障害者のレールに乗っかって指図されて、嫌じゃないのかなという気はする。

さて、話は戻って通勤電車だが、そうは言ってもどのくらい実践できるか、いまはわからない。
15年ぶりのラッシュ・・・、大丈夫か? といまから不安になるもんね。
でも、今日は大丈夫だ! と思ったときに、トライしてみよう。
なんでも、やり始めは気が張るんだよね。
ちょっと勇気がいるけど、どこかで自分を打ち破らなきゃな。

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