LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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街にいるキチガイ

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昨日は、なぜかいっぱいの人が、連絡してきてくれて、こういうものは重なるんだなあと思った。
全員に対して、「躁だから、外に出れない」と語る。

3人のうち2人は、まえに入院していたH病院からの知り合いだから、すぐに理解してくれたが、残りの1人はスルーだった。
大学陸上部の同期なんだけれど、「躁で、へんな人になってるから無理」と言ったのだが、「いや、無理しなくていいから、調子がよければ食事に行こう!」という返事が返ってきた。
ふぅ。
100%うつ病と混同しているな。

双極性障害(躁うつ病)を、うつ病とイコールにしている人は、たぶんとても多い。
でも、実際の躁を見たら、さすがにふつうの人は、躁うつ病=うつ病じゃないって、わかるだろう。
もし、わたしがいま、目の前の知らない人と話をするとしたら、こう言うと思う。

「わたしはね、精神病で判断力がないから、人から見ておかしなことを言ったりしたりするのね。だから、あんまり人には近づかないようにしてるの」
「へえ?」
「だから、ふだんはだいたい、家にいるの。それでたまに、こうして外に出てきたりするのね」

じつはこの会話、わたし=キチガイに置き換えたら、ちょっと怖いものになる。
「キチガイはね、精神病で判断力がないから、人から見ておかしなことを言ったりしたりするのね。だからあんまり人には近づかないようにしてるの」
「へえ?」
「だから、ふだんはだいたい、家にいるの。それでたまに、こうして外に出てきたりするのね」

え・・・って、一瞬、ドキッとしない?
このやり取りは実際、わたしがH病院入院中の双極性障害患者さんから、聞いたものだ。
「キチガイは案外、表にたくさんおるで。隠れてんねん。△×□○十▽・・・」←意味不明。
そのときは、ふーん? と聞き流したが、いまになって、とても意味がわかる。
というか、正しい。
わたしだって、街に出ればもと閉鎖病棟患者のキチガイが、堂々と服を着て歩いているんだもんな。
ほんとに、いわゆるキチガイって、あちこちに存在していると思うよー。

というわけで、わたしは正常な人々に、自分のことを説明するときに、正しく伝えようとしたら、やっぱり病名じゃなくなってくるなと思った。
「自分は判断力、社会性、人間構築力がなくなっている。脳の障害」
「障害があるゆえ、基本は一人でいる」
この方が、わかりやすいんじゃないかなー。
うつ病と間違われると、躁のとき動き回るわ、偉そうにするわで、総スカン食うのが間違いなしだしな。

軽躁のせいか、将来そんな自己紹介をしながら、ふふといたずらするのもいいなと思う。
そのときのわたしは、伏し目がちで髪をまとめ、コーヒーを手にする謎のばあさん。
バカな空想ばっかりしているけれど、なんの展望もない人生だから、そのくらい夢を見てもいいよね。

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診察室での攻防

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昨日は、Hクリニックへ向かう電車のなかで、診察で話すことをまとめていた。
診察は5分間なので、自分に有利な成果をあげるためには、こっちが弾丸のようにしゃべらなければならない。
H主治医はあたまが超速いので、遅れをとってアワアワしている場合じゃないのだ。

「おはようございます」と言って、しばらく20・30代の写真を見せてから(まだやってる)、わたしはようやく本題(診察・・・)に入った。
「先生、あの新しい薬、駄目ですよ!」
「ん?」
「これを見てください!」(ケガした脚を挙げて、見せる)
「んん??」
「ここ(額)に、たんこぶもできたんです!」
「・・・・・・」
「なんか、夜中に勝手に歩いてるみたいなんですよ! フラフラするんです!」

事情を把握したH先生が、カルテに向かった。
わたしは、いまの薬を打ち切り、Rという薬に変えてもらうという、困難なミッションの第一段階をクリアしようとして、医師が無視できない患者の切実な訴えをした。
「このままじゃ、とても怖くて飲めません!」
「ええっ?!!」
いきなり、デカイ声で、H先生はあたまを抱えてしまった。

「えええ~~!!!」(←精巧なコンピュータに、バグが出たので混乱中。)
あっ・・・!
予想外だ、ヤバい! 次、大きいのが来るぞ!!
危機を悟った瞬間、わたしは、牛のお産を励ます、牧場のおじさんになった。
「違う使い方、するとか!」
「――50!」(モー!)

ンモモ~~。・・・
よい仔を産んでくれた・・・、予想通りではないが。
つまり、いまの薬100mgが、50mgに減らすだけですんだ。
Rにはならなかったけれど、デブ薬Jにもならなくてよかった。
ひとまず、大きな変更はなしだ。セーフだ!

それにしても、こんだけわたしがリクエストしても、H先生が「もう知りません!」にならない理由の一つに、おそらく重症患者であることが挙げられると思う。
ふつうに考えて、精神病の重症患者と、まともに接していたのでは、折り合いがつかない。
たぶん、患者の特性を見極めて、うまく治療に結びつくようにしているんじゃないだろうか。
わたしの場合、「肥満恐怖症」を特性とし、なるべくそれに触れないよう、処方しているとすれば、H先生の振舞いも納得できる。

某掲示板によると、精神科クリニックは、重症患者ほど、看護師さんその他が優しく接するものらしい。
わたしもそれである。
軽めの人は会計だけなのに、わたしにはニコニコと「カワイイ服ね」などと、毎回話しかけてくれる。
なんでわたしだけ? と不気味だったが、そりゃ親に連れてこられて、外に聞こえるくらい診察室で怒鳴りまくったら、それだけで要経過観察の患者だよ。
わたしは、よくも悪くも、クリニックに甘やかされている。

サテ、終わったことを思い出していても、仕方ないな。
まずは、いまの薬でこの3週間を乗り切れるかどうかだ。
皆さんの慈悲に助けられて、かろうじて脳みそを維持できていることに、感謝しなければならないな。
ゴールデンウィークは、たぶん外は人がいっぱいだから、基本、外に出ないようにしよう。
脳の刺激になるようなものからは、なるべく一生、逃げ回るつもり。

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抗精神薬の変更に向けて

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サテ、一昨日ケガした原因の精神薬を、昨日朝に飲んでみたら、今度は眠気と脱力感で、一日どうにもならなかった。
これは駄目だ・・・・・・。

せっかくほかの副作用がなくて、喜んでいたのに。
わたしは「抗精神薬」というので、とても副作用を出す。
そして、こういった薬の副作用って、ものすごく嫌なものばかりなのだ。

例をあげると、
・肥満・食欲亢進・代謝異常。(1ケ月10~20kg級)
・じっとしていられない。(しんどいのに、這ってでも動く。)
・白目になる。
・姿勢が不自然になる。(首が傾くなど。)
・口・顔が不随意運動する。(これは、表に出られなくなる。一生治らないこともある。)

というわけで、生活の質を著しく落としてくれるものばかりなので、わたしは抗精神薬にあたまを痛めているのである。
本来なら、あたまを痛めるのはドクターだろう・・・、という感じだが、わたしの場合、すでにモンスター・ペイシェントとなっているので、H主治医は、その人をいかにだまして薬を飲ませるかに、腐心している。

今日は、Hクリニックに行かなければならないなー、とわたしは思った。
わたしには、どうしても飲みたくないデブ薬Jがあった。
でもこれ、H先生的に、第ニ選択肢に入っている。
いかに因縁をつけて、H先生に「仕方ないですね」を言わせるか。
因縁をつけるって変だな・・・、要するに、医師として撤回せざるを得ないような、患者としての訴えを、並べ立てるのだ。
このまえは、「太るから嫌です」ではなく、「いくら食べても満腹にならないから、困ります」と言った。
ドクターとしては、患者が困るような薬は出せまい。
しかしこの手はもう使ってしまったから、次はどの手を使うか、考え中である。

ほんとうのところは、わたしはようやく双極性障害(躁うつ病)患者として、薬であたまをコントロールしながら生きようと思ったわけだから、抗精神薬を嫌だ嫌だなんて、言っていられないんだけどね・・・。
吐き気とか、悪心とか、ふつうっぽい副作用ならともかく、白目を向いて、首が傾いているとかって、ほんとうに困るんだよなあ・・・。
わたしは、精神病患者の外見が、ちょっとおかしく見える理由の一つは、副作用じゃないかと思っている。
だからといって、病気を悪くしちゃ元も子もないんだけどね。

サテ、今日勝負したいのは、Rという薬にしたい、というリクエストを通すことである。
これは太るけど少しだし、いままで飲んできたなかで、副作用を出したことがない。
作戦としては、「先週、頓服で飲んだら、翌日に調子が戻りました」と、淡々と事実を告げることである。
医師のまえに、感情や意見は収穫にならない。

診察室に入ってみないとわからないけれど、あたまが超優秀なH先生は、わたしが話を切り出したとたん、「来たな、こう行くか」と、もう次の手を決めてくるだろう。
H先生のスーパー頭脳は、「このまえ、肥満を空腹感に変換しやがった」という、忌まわしい過去のデータを、決して無駄にはしない。
さらなる変化球を投げられたら、こっちはぐうの音も出ないだろう。
だがそのときは、「それくらい、この薬はあなたに必要なんですよ」というメッセージを、素直に受け取らなければならないな。
しかし結構、緊張するな。
やっぱり、なんだかんだ言って、ドクターに立てつくのって、怖いからね。

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躁患者と大阪のおばちゃん

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じつは、前回の診察から処方されている精神薬を飲んだら、あたまがフラフラになるのである。
それで先日、フト気がつくと、いつの間にか、おでこにデカイたんこぶを作っていた。
どこでぶつけてきたの・・・、と思っていたら、今度は朝方に「ギャー!」って飛び跳ねるほどの痛みを、左親指に覚えたのである。

でも、どうやらそのときは、痛みに耐えたあと、寝てしまったようだった。
朝起きると、ものすごく痛い・・・。
いったい、どこで引っかけたんだろう・・・。
なんとなく、内出血もしているし、左足を引きずらなければ、歩けない・・・。

わたしは、去年の今ごろ、同じようにケガをして、しばらく整形外科に通っていたのを思い出した。
あのとき、2週間くらいほったらかしにして、治りにくくしちゃったんだよな・・・。
診せた方がいいよな、これ・・・。
というわけで、自転車は大丈夫なので、それに乗って、まえの整形外科を訪ねた。
そこのT先生は、相変わらず、慇懃無礼だった。

「どうしましたか?」
「じつはわたしは、眠剤を飲んでて、ふらつくんですけど、朝方どこかにぶつけて、どういうコケ方したのか、わからないんです」
「ふーん。トイレには何回行くんですか。ふらつくのは、そっちの先生にね。じゃあ、診せてください」
その後、レントゲンを撮り、T先生はその写真をカチカチと拡大させて、「骨折はしてないですね」と言った。
「これは打撲と捻挫ですから、固定しましょう」
げ!

処置室で、ぐるぐる巻きにされていく足を見ながら、わたしは「これじゃ、ニューバランスが履けないじゃん・・・」と、去年の悪夢の再現を呪った。
そして、駄々っ子のような気持ちになり、思わずポロッと、「あっ、おでこにたんこぶもあるんです~」と隠していた軽薄な、軽躁患者の化けの皮をはがしてしまった!

T先生は、まったく表情を変えずに、ぼそっと「それはそっちの先生に」と言った。
看護師さんも、どこかよそを見ていた。
わーー! やっちまったー!!
軽躁患者は、これだから、あっちこっちで変な人だと思われるんだよー!!

しかしわたしは、こういうシーンはこれからもあるから、前向きに考えなければならないと思った。
そうだな・・・、この、ペラペラと何でも軽くしゃべる感じはどこかで・・・・・・、
あーーー!! そうだ!! 大阪のおばちゃんだ!!

それからわたしは、あたまの中で、「大阪のおばちゃん、大阪のおばちゃん」と唱えていた。
そうよ、わたしだって、大阪のおばちゃん。
どーでもいいことを、誰彼かまわずつかまえてしゃべり、手首をペコペコ屈伸させている人たち。
あれになったと思えば、軽躁患者はふつうの人になるじゃない。

だけど、処置があらかた終わったところで、「でもなんか、服装が違うな」と思った。
大阪ならではのヒョウ柄は、いまは埼玉かどっかに負けているらしいから、最近のトレンドはたぶん、黒地に大柄プリントの長袖シャツ、黒ゴムズボン、黒ぺたんこシューズ、やたら赤い口紅、ゴツイ指輪と結婚指輪、必ず短髪、みたいな感じだろうか。
うーん・・・。そういうファッション、嫌いだなあ・・・。

やっぱり、先日書いたように、サングラスをあたまに乗っけた、奇妙なばあさんになるか。
大阪のおばちゃんの方が、絶対生きやすいだろうけどなあ・・・。
しかし、大阪のおばちゃん、最強だな。
軽躁患者も負けていられないな。

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高齢者とインターネット

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フトなんか、想像してしまったのである。
昨日の、原因不明の痺れに悩まされていた、70代の叔父夫婦が、「インターネットっちゅーんのは、すごいもんじゃのう~! なーんでそんな、知らん他人のことまで、わかるんじゃ?!」などと言っていそうだと思ったのである。

インターネットを知らない人は、うちの両親を含め、この台詞をよく使う。
なんで何でもわかるって?? ・・・いや、それはたまたま、そういうのを見つけたり、検索で引っかかったりするんだけど・・・。
まずどうやら、「検索」の意味がわからないらしい。
何度説明しても、よくイメージが湧かないようなので、これは自分で使ってみなきゃいけないんだろうなと思う。

彼らにとって、インターネットは、まるで宇宙のように、暗くて広いものであるようだ。
その中に張り巡らされる、無数のピアノ線のようなものが、情報を走らせてチカチカと行き来している。
どういう形でそういうことになって、どうやって閲覧できるのか? 
インターネットっていえば、線で繋がっているんやろ?
それやのに、外国のものが見れるってどういうことや??
なんでそんな詳しいことが、一瞬でわかったりするんや??
わからん! 難しすぎてわからん!!

・・・というのが、うちの両親の見解である。
ネットがあるのとないのとでは、まったく生活が変わってくるのにねえ。
まーもしこれから、ケータイからスマホに変えたら、気が変わって、少し勉強するかもしれないけれど。
時代に取り残されると、なんか損をするよな。

そういうわたしは、「自分もいつの日かは、時代に取り残されるときが来るはず」と考えて、母に「デジタルとか、そういう新しいものについていけなくなるのって、何歳くらい?」と尋ねてみた。
「そうやな、60歳くらいやな」
「えっ、そんなに早いん??」
「まあ、そのくらいやったかな・・・」

えー・・・。
元彼Sちゃんは、ちょうど60歳だが、あの人現役だよ?・・・
しかしSちゃんは、もともとパソコンを改造するような人だし、仕事もまだまだ辞めないそうだし、希少なんだろうな・・・。

わたしはもう、隠居を決めようと思っているが、それにしても、どんどん変わっていく社会に、まったく乗り遅れるわけにはいかないな。
このパソコンだって、いつまでふつうのご家庭に、存在するかわからない。
すでにわたしは、ポイントだのチャージだのが、めんどくせえ! と思っていて、貧乏なくせに損をしているのだ。
精神病でじっとしていて、時代遅れのあたま、っていうのは、非常にマズイ。

時代遅れといえば、いまの高齢者も、「健康でいたい」と身体に気を使っている人はいるが、情報弱者であることに鈍感な人も結構いるな。
今回の叔父の奥さんの件だって、痺れの原因を本格的に調べてくれって言われたら、1日くらいでやれたかもしれないのにな・・・。
1年間も闘病してきたというから、このことは、絶対に言えないな・・・。
今後、どんな情報ツールが出てくるかわからないが、わたしもできる限りついていって、隠居生活なりに、うまく楽しく生きていけたらいいなと思う。

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くすりの副作用について

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このたび、父方の叔父さんの、うつ病の奥さんが、とても具合が悪いということを聞いた。
なんでも、手足がしびれて、歩けないほどだという。
3軒の大学病院に行ったが、原因不明とのことだった。
このことは、一族のあいだでも、「Yさん(奥さん)、大変じゃなあ」とささやかれているそうである。

そんで、それを聞きつけた母が、「抗うつ剤じゃないやろうか」とわたしを見るのである。
えー、そんな振られても・・・、わたしは精神薬をよく知っている方だが、手足にしびれなんて、聞いたことがないよ。

でもほんの数日後、わたしがたまたま躁うつ病を調べていると、抗うつ剤で、手足がしびれるという人がいた。
わたしはあまり考えずに、母に「Rっていう抗うつ剤飲んで、手足がしびれるっていう人が、ネットにいたよー」と言った。
すると母は、「えっ」と表情を厳しくし、「Rな・・・。ふうむ」と考え込んでしまったのである。
そこでわたしは、軽躁のノリで、ペラペラと事情を話し始めた。

「精神薬っていうのはな、製薬会社が把握してない副作用が、いっぱいあるねん。そういうのはな、むしろ患者の方がよく知ってたりするねんで」
「・・・・・・」
「わたしが患者になりたての頃も、患者みんなが激太りする! って知ってた薬があったけど、医者がそんな副作用ありません! って言うて、でもいまはちゃんと副作用に入ってて、それ糖尿病の患者には処方せえへんねんで」
「そうなぁ~(大分弁)」
「あとな、やっぱり薬は飲んでる期間が、長ければ長いほど、副作用が出やすいねん。だから、あんまり長いこと、同じ薬を飲まん方がええで」
「はー」

ということで、母は知らないうちに、叔父にこのことを伝えたようであった。
じつは母は、最初から抗うつ剤のせいじゃないかと疑っていて、それを言い出す根拠が欲しかったようだ。
要するに、母にとっては抗うつ剤RだろうがPだろうが、なんでもよかったわけである。

しかし、このRがいきなりヒットした。
「Yさん、Rを飲んじょったんやて」と母は言った。
「ふうん」(←軽躁のため、上の空)
「製薬会社の副作用のことも、ちゃんと言うといたからな」
「ふーん」
「絶対、これやと思うわ。ゆみが正しいわ」
「ふぅ~~ん」

ナンダこのあまりの無関心は・・・。
考えてみると、こういう話って、精神薬では珍しくないんだよね。
わたしは結構、薬にはうるさくて、ネットや入院中に聞いた話を参考にしているけれど、そういうのを考えない人も、当然いるだろうな。

もしこれで、Yさんの不調の原因がわかれば、1年間に及ぶ症状がようやく改善されて、喜ばしいことだと思う。
それにしても、患者歴17年のわたしから言わせれば、わりと製薬会社もドクターも、副作用に関しては、鈍感なところもあるな・・・。
なんというか、ドクターは当たり前だけど、患者の訴えではなく、製薬会社の発表している副作用を信じているから、患者がどれだけ症状を言っても、それは副作用じゃないって否定するんだよね。
大学病院なんかじゃ、まず絶対、じつは訳アリの副作用なんか、探ってみようともしないと思う。
3軒回ってわからなかったら、案外近くに原因があるんじゃないかって、考え直してみるのもいいのかもね。
それは、どんな病気でも、そうなのかなと思う。

そんなわたしは、いままでどんな「躁を下げる薬」を飲んでも、全部強い副作用を出していたのだが、ナント酒をやめると、ピタッとそれがなくなった。
これまで、ずーーっと、「酒をやめなさい!」って言ってくださった先生方、ゴメンナサイ!
わたしは反省して、これからもしっかり襟を正して、躁うつ病のコントロールしていきます。

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大学同窓会の案内

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昨日の夜、大学学部・女子同期会の案内が来た。
これは、幹事がしっかりしていて、毎年行なわれるものである。
直近の3回は、わたしの方で具合が悪くなり、出席できなかった。

この会は、いつも名前がついているのだが、今回はある人が、小学校の校長になったということで、「校長先生の有難い訓示を聞く会」と命名されていた。
うーん、またか・・・。
この歳になると、出世している人は、出世しているんだよね。

わたしには、友だちと呼べる人が、もう大学関係しかいない。
だから、この集まりでは、人間関係のトラブルを起こしたくない。
とにかく、話題はふつうで、おとなしく聞き役に回ろう。
当たり前だが、酒は飲まないようにしよう。
そしてなるべく、連絡先の交換はしないようにしよう・・・、これは求められると、断れないが、連絡先を知ってしまうと、激躁になったとき、ラインのしまくりとかあり得るので、その予防策としてである。

それにしても、こういう会に出て来るのは、揃いも揃って、ちょっと名が知られている「ナントカ先生」ばっかりである。
わたしとは180°べつの世界にいることは間違いない。
50°くらいだったら、「わたしもこうだったのかな・・・」と落ち込んでしまうが、180°となると、もう何でも言ってという感じである。

わたしと同じ陸上部だったRちゃんも、グーグルで引っかかるようなナントカ先生なのだが、いつもわたしに優しくしてくれる。
もちろん、わたしが双極性障害(躁うつ病)1型という、キチガイになって暴れまくる、恐ろしい病気であることを知らないからだ。
彼女はいつ見ても、ツヤツヤの髪をくるくるにして、背を伸ばし、いかにもきちんと仕事してます、という風体になっている。
旦那は警察官で、自分はナントカ先生、子どもは二人とも、有名私立高校・大学、・・・うーん・・・、この人の悩みってなんだろう・・・。
人生には、浮き沈みがあって、トータルすると0になるっていうけど、わたしは生物界における自然って、そんな人間都合じゃないと思うけどな。
努力すればしたぶん、浮くとは一概に言えないと思う。
もっとも、人には、誰にもわからない苦しみがあるというが、じゃあそれって、わたしと比べてどうなんだろう? っていつも思うんだよね。
障害者ってそうなった時点で、不自由だし、一般社会から外されるし、孤独になるし、貧困になるし、しかもそれが一生続くわけだけれど、これほどの生き辛さを味わっている人って、そんなにたくさんいるのかな?

軽躁のとき、危ないのは、こうしたふだんから思っていることが、知らない間にペラペラ口をついて出ることである。
今回は、べつに誰に対しても悪意はないので、「そんなこと考えてたの!」にはならないはずだが、「障害者って大変やねんで」と、熱弁をふるって相手をタジタジさせる可能性はある。
こういうことを重ねて、躁病患者はだんだん、人から敬遠されていくのである。
だからわたしは、この度は、絶対に自慢も不幸話もしないことにする。
それをぐっとこころに念じて、あとは薬に頼って、昔の友だちを失くさないように、頑張ろうと思う。

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