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LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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80年代バブルの日々

shima

やったー! ついに47kg台だ!!
とはいえ、まだ48kgみたいなもんだけれど。

サテ、わたしはダイエットのために、毎日てくてくウォーキングをしているわけだが、道路の向こうに逃げ水を見てから、山下達郎の「Loveland, Island」があたまで鳴り続けて仕方ないのである。
しまいに、歌まで出てしまった。
あれ、考えたら素敵な歌詞だよね。
よくできていると思う。

「Loveland, Island」が発売された頃は、確かわたしは高校生か大学生だったと思うが、あの頃、トロピカルが流行ったんだよなー。
ヤシの木の横にフラミンゴとかさ。
喫茶店に置いてあったりするんだよねー。
高中正義@ギタリストなんかも、トロピカルを意識した曲をつくっていた気がするなー。
あーなつかし。

80年代は、良くも悪くも強烈な印象をわたしに残していった。
ディスコ!!
ボディコン!!
ワンレン・ソバージュ!!
競馬!!
株!!
全部やりましたがなー。
あの頃は、みんながみんなド派手で金持ちだったので、わたしのやっていることなんか、全然普通だった。
夜な夜な高いバーで飲んで、ディスコに行って、給料20万円全部飲んでしまったりとか。
つけているネックレスを、いいわねって言われただけで、その場であげちゃったりとか。
お金なんて、どっかから湧いてくるわよって感じだったなあ。
若かったし、おバカさんであった。
いまのわたしが見たら、「あんたって、ほんとにバカね」と一言言い捨てるわ。
ほんとにバーカ!!
若いことがいいばかりでもないわね。
わたしは、いまの自分の方が充実しているって言えるわ。

トロピカルのほかになんかあったっけかと思うのだが、どうも思い浮かばない。
ハウスマヌカンという職業の人もいましたな。
お高くとまっている服屋のねーちゃんよ。
あれ、なんであんなに偉そうだったの?
服がやたら高かったなあ。
いまみたいに、ユニクロみたいなのがまったくなかったもんね。

まー、80年代が狂乱の時期であったのは間違いないだろう。
あんな時代、もう二度と来ないだろうな。
流行に関しては、ワンレン・ボディコンの再燃はあるかもね。
単純にセクシーだもん。
期待していいと思うよ。

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鬼の母

kazoku

昨夜、恋人Sちゃんと話していて、びっくりしたことがあった。
一般家庭で、子どもに対してやっていることである。

S「通信簿をもらって帰る日は、ケーキを買って帰ってあげてたよ」
私「なにそれー!」
「ふつう、どこの家でもやってることでしょ」
「はぁ?? なにそれ。マジで?」
「やってあげてるでしょ」
「なにそれ?? 何%の家がそんなことしてんの?」
「7割か8割か」
「嘘でしょーー!! なにそれ。じゃ、成績がオール5だったらどうなんの?」
「家族で宴会だよ、わっはっは」
「!!!!!」

ちょっと待って。
その話、ついていけないわ。
通信簿をもらって帰る日はケーキ??
オール5だったら宴会?????
そんなの、してもらったこともないよ。
それどころか、ほめてもらったことも一度もないよ。・・・

わたしは、商社で勤めていた頃にいた後輩のことを思い出した。
彼女はいつも、幸せな自分の家族の話ばかりするのだ。
「お兄ちゃんがね、お母さんがね、妹がね、・・・」
わたしは正直言って、彼女をバカにしていた。
なに職場で、自分の家の自慢話してんだよ。
――しかし、周りの反応はまったく違って、ニコニコと笑顔でその話に聞き入っているのだ。
その頃、わたしは普通の家庭は、こんなにも温かくて幸せに満ちているのだと知って、仰天した。

わたしの母は、わたしたち双子に虐待ではないが、恐怖政治をした。
小学校5・6年までのことだ。
言われたとおりのことを、きちんと守っておとなしくしているのに、なんの前触れもなく、いきなり怒鳴られる、叱られる、邪見に扱われる。
言われたとおりのことをしているのに、「口答えだけ一人前で、ひねくれてて、憎たらしい。あの子の方がよかった」と、ぜんぜんなにも出来ていない他人の女の子を指して言う。
1時間のうち、たとえ59分が幸せでも、いつ落ちて来るかわからない1分間の雷に、びくびくおびえていなければならない。
いつも、母のご機嫌を伺っている。
妹が冷蔵庫からカルピスを出そうとして失敗し、こぼしてしまう。
すると、恐怖の怒号が飛び散り、「出ていきなさい!!」と、関係のないわたしまで一緒に、玄関から放り出される。
泣きながら、開けて、開けてと扉を叩いても、返事はない。
怖い、怖い母親。鬼のような人。

大人になってから妹に、「小さい頃、母親のことをどう思ってた?」と尋ねてみたら、即答で「冷たい人」と返ってきた。
だから、わたしたちには、いまがどうであれ、母親、家庭というものが温かくて優しくて光に満ちたものとは、どうしても思えないのだ。
なので、いまでもSちゃんが言う7割から8割の家庭が、通信簿の日にはケーキを買って帰ったり、クリスマスにはこっそりとプレゼントを用意してあげた、などという話を信じることができない。
そういう家庭はあると思うが、7割8割という数字が信頼できないのだ。

同時に、そんな幸せいっぱいの家庭に対して、強い憎しみを感じる。
嫉妬じゃない、憎しみだ。
腹が立って仕方ないのだ。
Sちゃんが、自分の子どもにはこんなことをしてあげたよ、とか言うのを聞くと、ものすごく複雑な気持ちになる。

いまはどちらかというと、わたしの方が鬼で、誰の目からみても、母の方が弱弱しくて優しい天使だ。
それでも、いまだに夫婦喧嘩などで腹の立つことがあると、この母は家のなかで、わざと乱暴にバーン! と音を立てて扉を閉めたり、ドスドスと歩いてみせたりする。
すると、大人になってはるかに強いはずのわたしなのに、やっぱり「やめて、やめてよ。怖いよ」とこころのなかで縮こまってしまうのである。

繰り返すが、いまはもう、どちらかというとわたしの方が暴君で、母は優しくて思いやりのある母である。
でもわたしが物心ついた頃から、家庭をもつことは自分にはないと思っていたのには、おそらく鬼のような母が関係している。
双子の妹は結婚はしたが、子どもはつくらない前提であった。
やはり、幼心に沁みこんだなにかは、一生消えることはないのだと思う。

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Sというジャズ喫茶

woman6

そのジャズ喫茶は、4回付き合って別れた彼に教えてもらった。
薄暗い部屋。そして、ものすごく大きなスピーカーがあった。
大音量。
でも、ご主人はとても控えめで、ぼそっと注文を聞きに来るだけだった。
そして彼は、おそらく一日中、好きなジャズを聴いているに違いなかった。

わたしたちは、高校生の分際で、たまにそこへ行った。
そして、別れてからは、わたしは一人で。

ある日、わたしは仕事で落ち込んで、その店でカクテルをあおっていた。
すると後から聞いたのだが、その場にわたしの同級生がいたらしい・・・。
恥ずかしかった。なんで声をかけてくれなかったのかと。
「なんか悪い気がしたから」と言われた。
また、失恋したとでも思ったのかしら?

テーブルには、小さな野の花が飾られていた。
わたしはいつも、古いレコードのブツブツいう音のなかで、カクテルかバーボンを飲んでいた。
ときどき、曲のリクエストもした。
「クルセイダーズの新しいの」。
でもそれは、ご主人の趣味ではなかったのを知っていたのだけれど、彼のやさしさに甘えさせてもらった。
なんだか、不思議と心地のいい空間だった。

でも、どうしてだろう?
その店は、あるとき行ってみたら、突然移転していた。
嘘でしょ? と張り紙をしばらく眺めた。
あの大音量で、またバーボンを飲みたかったのに。
わたしの高校時代から、社会人になってからの時期を、すべて知っているあのお店。

わたしはジャズに詳しくはない。
でも、あの空間で聴いたジャズは、ほんとうにこころに沁みている。

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久々のアルバム

usagi_tanpan

一昨日、久しぶりにアルバムを開いて、自分の学生時代の写真を見たら、ひょえーー! こんなに顔が変わっている! とどびっくりした次第なのである。

自分で言うのもナンだが、かわいいなあ~、やっぱり高校生・大学生時代は!
女には、やっぱり花盛りってもんがあるのよ。

ラブレターみたいなのも出てきたよ。
あと、当時付き合っていた恋人との写真とか。
こういうの、女性は置いておくもんなんだよね~。
シャーロック・ホームズも言っていたけれど。

そんで、少し心が痛んだ。
なんで、別れちゃったのかなぁ。
若くて、いくらでも次があるという時代にいたから、なんか少しでも気に入らないところがあると、すぐ別れていたような気がする。
ばっかだなーー。
女性は、いつまでも若くてモテるわけじゃないのよ。

で、全然モテなくなったいま(つーかまず外に出ろって感じだな)、あーつまんね、とオヤジ臭くビールをあおっているのである。
まさか、こんな大人になるとはね。
まず病気に罹ることを、まったく想定していなかったよ。
大誤算だ。
でも、20歳やそこらの人間に、「もし自分が病気になったら」を前提に、将来設計を描くのは難しいと思われる。

それと関係あるのかどうか知らないが、わたしは昨日、1日じゅう、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』を歌っていた。
1日じゅう、飲まず食わずですよ?
どっか、おかしいんだなぁ、やっぱりわたしっていう人間は。
たぶん、なにかから逃げたかったんじゃないかな…、よくわかんないけれど。

…ここまで書いて、しばらく寝ていた。
あかん。
冒頭に述べたが、わたしはいま睡眠不足で、だがしかし、眠剤なしでは1~2時間以上続けて眠れないので、たぶん今日は1日じゅう寝ているんじゃないかな。
こんな身体に誰がした。
って、わたし自身か。

アルバムの、陸上競技選手時代の、健康そのものの自分に戻りたい……。

※追記:『ホテル・カリフォルニア』のラストの方の歌詞は、まるで自分そのもの。どうしても重ねてしまう。(出口を捜すんだけれど、逃げられないのです。)

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廃人・うつ病入院日誌

notebook

…7年前の、うつ病で廃人状態だったときの、1回目の入院日誌を読んでみた。(いまの病院ではない。)
わたしは、どうやら解離もあったようだ。
これは、知らなかった。
じつは、このあと2~3年間の記憶も、かなり失われている。

どこかの病院で、車椅子に乗せられて点滴を受けていたとか、高校からの親友2人が押しかけてきて、必死の様相で「ええか、いまのあんたには、中学生並みの判断力しかないねんで!」と、諭されてコレマタ意味がわからなかったこととかは、断片的に思い出すことは出来る。
でも、それがいつのことだったかは、もう全然わからない。

【1回目の入院日誌の一部】

・「休めない。しんどい。辛い。(中略)今の私は声も出ないし、こんな字しか書けないし、ヘタするとあと3日の登校さえできないかもしれない。薬に頼らなきゃ。」
・「…なんか自分の動作全体がとろくなってる気がする。歩容が全然ちがうし、家族やクラスの子に言わせると、『眠そう』らしい。明日外出届け出してたのも忘れてた。両親が来たのも今日だった気もするし、昨日だった気もするし、なんか時間がややこしくなっている。」
・「なんか私は歩くのがのろくなっている。動作そのものがのろくなっているらしい。そーいえば歩く時変だな…と思ってるんだけど。不快感はない。」
・「なんかほんとに歩くのトロトロしてるなあ…。ふつー通りに歩けないのはどうしてだろう。」
・「ベゲAなんてふつーの人がのんだら腰ぬかすよーなのと、さらにプラスしてドラールとかものんでるし、いつの間にこんなんなったんかなと思う。…いつもより字が小さい。何故だろう。わからない。パーキンソン様ではあるな。」
・「呆けている。言葉が出ない。体が動かない。」
・「なぜか昨日、日記書いてない。呆けている。入院して4日目?いやそんなに経っていないよね。夢と現実が交錯している。他の患者さんから奇異な目で見られている。一人には『本当にうつ病?』ときかれて少し傷ついた。違うのかも。ヒステリーかな。」
・「××Drが思春期の女の子みたいだと言われたが、H(注:親友)もそう思う、と言った。」
・「△△に会えるのはいつになるだろう。…私がまともに話せるようになって、まともに歩けるようになって、心が本当に晴れた時。」
・「ベゲAは私を休養させてくれる。ボーッとして気分がいい。(中略)みんながじろじろ私を見る。『大丈夫ですか?』と聞いてくる。」
・「気づいたら4日。日にち感覚がまるでない。Hが来たのを昨日と間違えたり…(1W前だそうだ)ちょっとおかしい。歩き方だけではないようだ。」
・「昨夜のこと思い出した。確か目覚めて、誰かに必死でメールを打ってた。Nsによるとボーッと音楽をきいていただけらしい。『何してんの?』の言葉で、初めて自分が携帯をもっていないことに気づいた。これは記憶障害か?」
・「物忘れがものすごい。私は△△に送ったメールをcheckしてたら、2~3回同じことを書いたりしている。おそろしい…。」
・「私はとんでもないことをした。夜中目覚めてトイレに行き、帰ってきて他の病室の他のベッドで寝ていた。(中略)→ 今Drにきいたら、前からある解離だろうとの事。? 私解離なんかなかったけどな。薬のせいにしよう。」
・「朝はやっぱりダメ。歩いてもフラつくし、字も上手く書けないや。」
・「目はとろんとしてるけど…これは初診時からあったそうで、どうも症状の方らしい。ベゲのみ続けてるのにだんだん元気になっていく、ということは奇異な表情、しゃべり方、歩き方すべて症状やったんかなあ。(中略)今だいぶ声がまともになってきつつあるそうだが、自覚全くなし。」
・「それにしてもこの日記の字…自分じゃないみたい。いつになったら自分が戻ってくるんだろう?平気のつもりだけど、ズボン・くつ下はく時すごくよろける。『?』ってかんじである。ふらついているのだ。」
・「あれ…不思議。2~3日が知らない間に過ぎてる。」

どーにか読めた文章の中から引用。
小さなミミズ字で、まったく読めないページも多々あり。

ちなみに、この入院初期、わたしはまだ理学療法士の学校を退学していなくて、あとの単位を取るために、タクシーで学校へ通っていた(無茶)。
退院後は、まともに歩けるようになるまで1年間、しゃべれるようになるまで2~3年間かかったと、周りから聞いている。
うつ病をとことん悪化させると、こんなんなっちゃうという一例です。

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鬱病が最悪だった頃のこと

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「鬱病、ひどいときって、どんなんやったん?」
とゆき妹に訊かれて、うーんと悩む。

ひどいときって…そりゃ、ひどかったよ…。
病院実習でダウンして、入院するまでの数日間、わたしはマンションで一人ぐったりと、トイレと食事と寝返り以外は、ピクリともせずに寝ていた。
食べ物は、母が弁当を差し入れてくれたのを、腹ばいで食べた。
眠れず食べられず歩けず座れず、床をずるずると這い、もうろう状態で、まさに生きた屍だった。

入院してからも、手すりなしでは歩けなかった。
車椅子に乗せられたこともある。
「わたしが車椅子を押す役目になるはずだったのに(理学療法士の学校に行っていた)、なぜわたしは押されているんだ?」とぼんやり考えたのを覚えている。

意識は混濁していて、いまとなっては思い出せないこともたくさんある。
あの数年間は、まさに暗闇にいて、わたしは人間じゃなかった。
人間に戻れたのは、いつの頃だったか、とりあえず眠れるようになってからである。

でも、そのような数々の悲惨なエピソードを、一言で説明するのは難しい。
わたしは、ゆき妹に、
「病院で、手すりなしでは歩けなかったくらい」
と答えてみた。
ゆき妹は、「ふーん…」と言って、なんだかあまりイメージ出来ていないみたいだった。
父が、正面で聞いていて、忌々しいことを思い出したかのように、首を振る。
「そりゃーもう、病院を抜け出して、道路の真ん中で突っ立ってたんやから。あれ、ほっといたら轢かれてたで」
「……」
「ときどき、死のうと思ったな」とわたしは説明した。
それは確か、べつの病院で通院中のことだったのだ。
待合室で待ちきれなくて、廊下で寝ていたら看護師に起こされ、しんどさのあまり、ふらふらと外に出て行ってしまったのである。

いまの状態は、当時に比べたら、具合が悪いといっても格段にいい。
こう言っちゃーナンだが、ゆき妹の抑うつ状態なんて、かわいすぎるもんだ。
でも、病人に「あなたのなんて軽いよ」と言ったら、まず100%腹を立てられるので、そんなことは言わない。
「しんどいのはわかるよ」というスタンスである。

それにしても、彼女はわかっちゃーいないのだ。
「わたしも、薬が切れたかどうか、親分(夫)に言い当てられるよ」とまた話し始める。
そんなレベルじゃないんだってば…。
自分のレベルに話を戻して、結局のところ、彼女は自分のことしか話さないのだった。
まったく、わかっちゃーいないよ。

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ダンスの時間

usagi_dance

今日もまた、社会で役立った大学時代の授業の話である。

それは、「ダンスの時間」であった。
当時、わたしは、くるくる回っても目が回らないようにするには、進行方向のある一点を凝視していればいいということを、知らなかった。
「ダンスの時間」は、それを初めて教えてくれたのである。

さっそく、進行方向の一点を凝視し、くるくる回りながらバレエダンサーのように移動してみる。
だが、最初の方はなんとかついていけるのだが、10mもいくとヨロヨロヨロ…と、体操部とダンス部以外のみんなは、酔っ払い軍団となってへたるのであった。
なぜなら、首がそんなに速く回らないからである。
一点を見つめているうちに、徐々に徐々にズレていって、やがてわけわからんあらぬところに、目も身体もいってしまうのだった。

でも、数回転なら、なんとか首もついていけるし、ヨロッとなってもごまかす技術を習得した。
人がやっているのを見ていても、首の回転速度によって、本格的にダンス・体操・バレエ・スケートなどをしている人なのか、ふつうの素人ダンサーなのかがよくわかる。
(ちなみに、ジャニーズの首は回らない。←つっか、踊る芸能人で首回る人いるのかな。)

社会に出てから、当時はバブルの後半だったので、わたしは夜遊びをよくした。
それで、素人くるくる回りをマスターしていたわたしは、がぜんディスコとかクラブ(当時は両方の呼ばれ方をしていた)で踊るのが好きになってしまったのである。

さらに、踊りつかれたときのために、わたしが発明したのは、「相手の目を見ながら1回転くるりん」であった。
これは、すごく簡単である。
そりゃ、首を少し上げて、相手の目を見て回るだけだから、首を立てたままくるりんするより、はるかに楽だー。
それでいて、なんだかダンスが上手く見えるのである。
お得ですよー。

しかし、大学の授業で学んだことが、こんなアホな使われ方をするとは、なんとトホホな話だろう。
しょせん、大学で学ぶことなんて、こんなものよね…と、納得することにする。

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