LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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だんまりの人々


サテ、両親と決別中なので、わたしはいま帰る家がない。
自分のマンションがあるが、いまのわたしは一人で電車・バスを乗り継いでいくのは無理である。
あれは結構、精神力を必要とするものなのだ…。

親友Hからメールが来た。頼まれてたあれ、OKだったよ。元気?今日は○○で××してきた、緑が綺麗になったね!…

わたしはありがとうの返事を書いた。じつはまだ入院中やねん、ちょっとまた体調崩して…。

Hは驚いていた。ごめん、とっくに退院したのかと…。
無理もない。約一ヶ月前、わたしは彼女ら親友3人とお茶を飲みにさえ行ったのだ。だがそのときすでに電車が駄目で、ラジオの音もやめてくれ~状態だったのを、親友たちはいまでも想像しないだろう。

わたしは続いて、「自分の意志で行きたいところに行けないのか辛い」と書いた。
こういう泣き言を書くと、人々は急にだんまりになる。
ダラダラ続けられるんじゃないかと心配になるのだろう。わたしだって、彼女らの立場に立てばそうしたんじゃないかと思う。

それで、いろんな人にだんまりされてちょっとしんどいここ数日間である。
看護師にぼやこうとナースステーションに行ったら先客がいた…。みんな辛いのだ。
わたしはセルシン(抗不安剤)をもらうだけにして、夜中にずっとコーヒーを飲んでいた。
この時間帯はある意味、いちばん辛い。


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4つの選択肢


いつものように喫茶室でコーヒーを飲んでいたら、看護師に呼ばれ診察に入った。
担当医はこの日は上機嫌だが寡黙だった。

一通り体調のことを報告すると、わたしは退院のタイミングについて尋ねた。
「しばらくここにおるか、実家に戻るか、マンションに戻るか、第四の選択肢を探すかやな」と担当医は要約して答えた。
第四の選択肢?初めて聞く提案だ。

だがわたしはそのことに触れず、マンションに一人で戻るには経済的な理由のほかに、わたしが一人で身の回りのことをするのは無理だと母・妹から指摘されていることを告げた。

担当医は一蹴して「そんなもん、掃除や洗濯なんかせんと生きとる人間いっぱいおるで?」と言った。
言われる通りだ。なにも完璧な生活をすることはない…。
「それに一人暮らしはずっとやっててんやろ?経済的なことはどうにもならんけど、そのほかはなんとかなるで?」

いままで一つの選択肢を推したりしない医師なので、わたしは少しとまどった。だが、専門家が言うんだからそれもありなのか…?という気になってきた。

わたしは恋人Sに電話した。
両親はSを通してわたしの近況を得ていた。医師とも…。どうやら両親は、わたしのマンション暮らしを検討しているようだった。
だが、わたしのほんとうの望みはマンション暮らしではない。Sは経済的自立がテーマであることを説明してくれたようだったが、わたしは同時にべつのことを考えていた。

第四の選択肢って、もしや結婚のことなのか?あの医者め!
世間一般の考えを責めはしないが、わたしは女だからその手があるだろう?と思われることに強い抵抗を覚えるのである。


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元気になりすぎた同室者


最初、ぐったりして入院してきた同室Sさん69歳(改・スモックさん/いつもスモックを着ている)だったが、元気になるにつれ、だんだんうるさいオバサンになってきた。

わたしがぐったり横になっているのをよそに、「あ~るぅ日♪くまさんが」と歌い出す。
最初は1フレーズだった。
だが次第に歌のレパートリーが増え、昨日はついに、なんだか訳のわからない鼻唄を3フレーズくらい歌ってくれやがったのである。

「歌うのやめてもらえませんか」
わたしの口が勝手に言った。
「あっごめんね、おほほほ」とスモックさんは言った。
しかし、その他の癖――なにかやるときにいちいち《さて、次は○○をして》などと口に出す――までは、さすがに言い出せないのである。

昨夜は昨夜でまたやってくれた。
2時過ぎ、わたしはスモックさんの苦しそうなうめき声で目が覚めた。
「ウッ、ウウッ…ウッ、ウッ…」
これは寝言ではない!
わたしは飛び起きて裸足ダッシュし、彼女のカーテンを開けてどうしたんですかっ?!と尋ねた。

「ああ…あはは、起き上がれないの…」
わたしは寝呆けたついでにポカーンとした。あれが、ただ起き上がれない人のかけ声か?あのうめき声を聞いて飛んでいかない人はいないと思うぞ?

そしてその次は早朝5時だった。
スモックさんはなにやら野太い声でつぶやきながらベッドでがさごそしていたのだ。わたしははじめ、ドクターが来たのかと思った。なんで人が寝ているのに(しかも不眠)しゃべるんだ!?

彼女の退院は来週末と決まっているが、もっと早くしてくれ~とわたしは願っている。


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また同窓会のお誘いが


知り合いの患者さんたちのほとんどがGWで帰ってしまうので、わたしもそうすることにした。
ただし、冷蔵庫に電気も点いていない自分のマンションへである。

恋人Sが一日付き合ってくれるが、都合上、翌5日は一人で電車・バスを乗り継いで病院に帰って来なければならない。大丈夫だろうか?いまからかなり不安である。

そんな折、「明日飲み会やるからおいで!」と大学時代の陸上部仲間から突然連絡がきた。
いっ行きたい!……行けるはずもない。……

わたしは連絡をくれた二人に事情を説明し、今回は駄目だ~と返事した。
ああ、ほんとうはこの毎日老人ホーム状態の現実から気分転換したいのに…!わたしが飲み会の誘いを断るなんて、よっぽどである。病気なんかだいっ嫌いだーー!!

だがこれで、鬱病のことを同級生らに少しわかってもらえたかなとも思う。
鬱病は一直線に治るものではなく、良くなったり悪くなったりの繰り返しなのだ。
だから、「これからはどんどん良くなる一方だからね」というような言葉はやっぱりしんどい。
一見完治しているように見えても、寛解しているだけの場合があるからだ。

大学時代の友人と話すと、とうぜん当時の元気な自分を思い出す。
わたしはいったい、こんなところでなにをしているんだろう…。
また虚しさが胸に去来する。


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久しぶりのマンション


昨日は結局、朝から病院を脱け出して、昼は恋人Sと海辺でビールとバーベキュー、夜は同窓会(ってか最早ただの飲み会)でビールビールビール…の一日となった。
そう、入院中にも関わらずわたしは飲み会に行ってしまったのだ…、学生時代の友人と話していると元気だった頃の自分に戻ったようで楽しいのだと恋人Sに話すと、彼はじゃー行ってきたら?(しかも!)一次会で終わるなら送ってあげるよ…と神の言葉をくれたのだった。この人、マジで神だ。

まとめ役のRちゃんに連絡すると歓迎してくれた。
待ち合わせ場所で、大丈夫?と聞かれ、じつは付き添いがいるのだと言うと、その人も一緒に!と合唱された…が、恋人Sはたぶん辞退するだろう。少しで帰るつもりだからと言うと、皆それ以上なにも言わなかった。

だが…、少しで終わらなかったのだ…。
わたしはケータイをバイブにしてアラームを付けていたのだが、これにまったく気付かなかった。
さすがに長いなと思ったらしいSからメールが入る、これには気付く。
わたしはすごく上機嫌なレスをしているが(覚えていない)、この時かなり足に来ていた。もう、支えられながら歩く格好となっていたのである。

「マンションに着いたで」と恋人S=神が言う。
わたしは一人になるのが嫌で、だだをこねていた…と思う…。だが、はじめから恋人Sはこの日は帰らなければならないのはわかっていた。

で、気付いたら朝である。
久しぶりのマンションだが、わたしは落ち着かず、不安でたまらなくなり、早々に病院へ帰ることにした。
実家を離れ、ここで再び一人暮らし出来る日が来るんだろうか?
なんだか信じられない。


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ぼんやりな雨の一日


昨日はその後、神=恋人Sに「病院まで車で送ったろか?」というまたまた神発言電話がやって来たので、途中食事や公園散歩を交えながら楽に病院に戻ることが出来たのだった。
やっぱり電車などの乗り物は精神的にきつい。

それにしても、恋人Sと別れて病棟に入ってからのわたしは、ひどい不安と恐怖に悩まされた。どうしてなんだろう。どこにいても、一人になると不安で恐ろしい気持ちになる。生きていくのが怖いので、いっそ誰か苦しまずに一気に殺してくれないかなと思うくらいだ。

夜、眠れず看護師さんに話をすると、「でも、ちゃんと病院に帰って来れただけで偉いわよ」と言われた。「中には、着替えも出来なくて外泊から帰って来れない人もいっぱいおるんやから」
「《今日はこれが出来た~》だけでいいのよ、その他のことはなにも考えないでいいの」

いろいろと諭されて、わたしはようやく眠りについた。
なんだか淋しい子どもに帰ったような感じだ。

そして今日、わたしは誰とも話をせず、世間のGW最終日ともまったく無関係のところでぼんやりしている。
小雨の薄いグレーの空が、いまのわたしにちょうど心地よい。


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両親を罵倒してしまう件


子ども時代に母が怖かった話をした。大人になったら殺してやると思ったこととか。

今日のカウンセリング、どうやった?と恋人Sにメールで尋ねられて、わたしはそう答えた。

言いたいことも言えなかった、その頃の自分がいま出てるんやね…。

わたしは小学校低学年のとき、二段ベッドのなかで確かに殺意を覚えたのだ。

臨床心理士は、そのことを重要視していた。
大人になってからのエピソードではなく。


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午前の倦怠と午後の陽ざし


ここ数日間ずっと、午前中が辛くて起き上がれない。
だから、10時の検温まで着替えもせずダラダラ寝ているわけだが、今日はとくに辛かった。

だが、睡眠不足というわけでもなく――不眠における「よく眠れた」っていうのは、とりあえず自分が満足したという意味だ――、なにか変わったことがあったわけでもないので、わたしは自己申請の体調欄になにも書かなかった。

すると、それを見た看護師は、「眠れてるし変わったことはない、健康優良児やね」と言うのだった。
だら~っと背を丸め髪をボサボサにしたままのわたしは思った、どこがやねん…。
昨夜は2時過ぎに目が覚めていたし、こういう病気はしんどくなるほど患者はなにも言わなくなるっていうだけの話じゃないか。

…と怒る気力さえないので、午前中はほんとうになにもせず、TVをつけたまま横になっていた。トイレで出くわしたMKちゃんにサテンに誘われるも、とりあえずいまは寝る~…と言ってまたゴロンと横になる。

午後、あまりに天気がいいのと、珍しくソフトクリームが食べたくなったので、院内の自販機でアイスクリームを買って歩きながら食べた。さすがにこの状態でスーパーまでは行けない。
わたしはソフトクリームから妥協したチョコミントアイスをかじりながら、病院の庭のなかを歩いた。5月の陽ざしに、色とりどりの花と緑がまぶしい。

これからの予定は、週一回のシーツ交換と5日ぶりの風呂である(シャワーは入っていましたよ)。
課題は、風呂へ行く体力・気力をどう出すかである。

あと、たったいま外泊から帰ってきた、元気いっぱいの同室者・スモックさん(69歳)のエネルギーに耐えられるかどうかかな…。(14:33筆)


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看護師の言葉に荒れる


その日検温に来た看護師は最悪だった。

ここ数日間、朝の調子が悪くて寝ているわたしに、
「寝てばかりいないで」
「ご両親のためにも」
「これから仕事も探さなきゃならないんでしょ」
だからさあ起きて、というようなことを言ったのだ。
これらは一般的には正論だが、鬱病患者にかける言葉だろうか、ふつう…。

わたしにはいま両親との確執があり、働けない自分に大きな負い目を感じている。
毎日きちんと起きて仕事をしたいと切望しているのは、ほかならぬこのわたしだ…。この人はなんにも知らない。というより、やっつけ仕事しているのだ。
朝、ダラダラ寝ている患者を叱咤激励して起こす――それが自分の責務だと信じて、どの病気の患者にも同じ対応をしているに違いない。

わたしはべつの看護師に苦情を言って、セルシン《イライラ薬》をもらった。MKちゃんにも愚痴をこぼした。それでも悔しさはおさまらない。

わたしはとっさに現金を掴み、病院の昼食を無視して外でビールを飲んでやろうと思った。
…が…駄目なのだ……玄関にも到達出来ず…わたしは…しんどい……午前中は駄目だ…。

仕方ないので、売店でオムライスを購入してとぼとぼ病棟に帰った。
昼食を食べなければなんか言われるだろうが、そのときは「急にジャンクなものが食べたくなったんです」と言えばいいだろう。ここは穏便に済ませるのがいちばんだ…。

だが結果的にわたしがしたことは、様子を見に来た看護師に背を向け、ケータイを見ながら「頭に来ること言われたから昼食は要らないです」とつぶやくことだった。
なんて子どもじみた抵抗だろう。
だが、めし食わないとか手首切ったとか、具体的な記録が残らないと彼らはまず問題にしない。
それでオムライスはいま、箪笥のなかに鎮座している。

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一人スーパーのなか


昨日・今日の二日間、問題発言をした看護師への抗議の意味で病院食拒否していたわたしだが(それにしても無器用なやり方だ!)、病院側も考慮したのだろう、今朝来た検温の看護師はもと鬱病患者で、わたしの気持ちをよく理解してくれる人だった。

わたしは少しは気がおさまったが、問題I看護師への怒りがおさまったわけではない。
ほんとうなら逃げ出したい場面――健康な人なら一日でそうするだろう――なのだが、気力・体力がないわたしは、今日もこうして病院周辺をごろつくしかないのだった。
一人前の人間なのに、他人にプライベートを干渉されなければならない人生…ほんとに情けない&生きる元気をなくす。

昼食を断ったわたしは、近くの大型スーパーでワンカップ酒と寿司をやった。リラックスする。こういう状態の人間に、健康とか将来が…などという説教は無為である。やめた方がいい。非常事態に入っているのだ。根本をえぐるような、腹のわった話し合いでしか意味がないと思う。

サテ、コーヒーも飲み終わったし行くところもないわたしはこれからどうしようと思う。
さっき、大型スーパーの休憩所で、わたしと同じように一人弁当を食っていたおじいさんは何者で、いまはなにをしているんだろうとふと思う。


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退院勧告にまつわること


入院4ヶ月目に入るMKちゃんが、主治医から「そろそろ退院の時期を考えましょう」と言われ動揺している。
曰く「5月のキャンペーンきたっ」である。

なんでもこの病院では昨年、患者の回転率を上げるために5月に一斉に中長期入院患者に対し退院勧告がなされたとのことである。
病院の経営もあるだろうからわたしは多少は仕方ないかと思っているが、それはいざとなれば帰れる安全な家があるから簡単に言えることなのだろう。
でも、患者さんのなかには「家に帰ったら自分は自殺するかもしれない」などの深刻な不安を抱える人も少なくない。

MKちゃんの家は高層マンションで、言葉が悪いが比較的死にやすい環境が整っている。昼間は周囲に誰一人としていない。そして彼女には死にたい願望がある…鬱病の症状だ。「さっき車に飛込もうかと思った」などといまでも口にするくらいである。スピード足らなすぎだよ、このへんの車は。わたしはそう言って、MKちゃんの死にたい願望をただ聞いてあげるのみである。

MKちゃんは無理に明るくふるまう癖があるので一見わかりにくいが、頻繁に話をしたがるあたりに退院への不安が見てとれる。
わたしはちょっとしんどかったが、Kさん(40代♂)と昼から夕方まで、彼女に付き合って話をしていた…いや、形的には彼ら二人の間にわたしが入っていたって感じか。

ところで、わたしも今月22日で入院満3ヶ月となる。
そろそろお呼びがかかってもおかしくはない。


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病室ドロボーを思い出す


今日、同室のスモックさん(69歳)が退院した。
病棟内を牛耳るオバハン軍団のなかでも、ひときわ声がでかくおしゃべりで、音に神経質な鬱病患者群にはとくに忌み嫌われていた存在だった。退院おめでとう&ありがとう。

それはそうと、わたしのいる四人部屋はわたし一人になってしまった。やったーとかいう感慨はあまりない。

でも一つ気になることがあった。
スモックさんのベッドはとっくに無人になっているのに、昼間人気のない廊下から、オバハン軍団の一人が「すみません」と入ってきて、奥のベッドで寝ているわたしを見つけて「あら?」ととぼけたのだ。

ちなみにわたしのベッドは窓際で、スモックさんのベッドは手前廊下側である。
他人の病室に入ってはならない規則があるにも関わらず、さらにこの人はスモックさんのベッドもわたしのベッドの位置も知っていたにも関わらず、なにが「あら?」なんだ?

わたしはいぶかしんでベッドから立ち上がり、彼女が開け放たれたドアの近くで「あら?あら?」を繰り返して立ち去るのを見ていた。なんなんだあいつは??

しかしその後外を歩いていてふと考えついてしまった…わたしは前の入院のときに、初日にドロボーさんに遭いすっかり底意地がひねくれているのである…あいつ、物取りに入ったんじゃないか?

それを考えつくとわたしは急ぎ足で病室に戻り、あれもこれも隠して、今後ドアを開けたまま不在するのはやめようと思った。
疑い深いかも知れないが、スモックさんが出た直後のあのタイミングは確かに絶妙だったと思うのである。


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恋人は杖じゃない。


恋人Sとしばらく距離を置くことにした。
理由は、いろいろある。

「心のエネルギーは、夢や希望から生まれてくるのに、ゆみさんにはそれがなくなってしまったんやね」とゆき妹が言う。
その通りなのだ、いまのわたしには夢も希望もない。

恋人Sは病気のわたしの面倒をよくみてくれてとても感謝しているが、わたしの夢や希望は皮肉にも、彼によって妨げられている部分があるような気がする。

それで、しばらく一人になってみようと思った。
でも今日も朝から身体が動かない。


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自覚できないしんどさ


ブログを読んでくださっている方々から、「最近しんどそう」とのご指摘をいくつか頂いていて、わたしはえっそうなの?!とちょっとびっくりしています。

たぶん、本音を出しているブログの方が、表面上のお付き合いをしている入院患者さんとの雑談より、真実を反映しているだろうと思います。
ほんとうに、ご心配おかけしてすみません&貴重なご意見をありがとうございます。

どうやら自覚以上にしんどいらしいわたしですが、いつまでも病院に安住しているわけにはいきません。
そろそろ退院のことも考えなきゃなあ…ということで、週末は実家に戻る訓練をしようかなと思っています。

ただし、いまのわたしは時計の音さえ嫌なので、家じゅうに響き渡る父の大イビキに切れやしないかと、かなり不安です…。


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なんちゃってAC


はじめ、「ニセ鬱」患者が嫌いだと言っていた鬱病患者のKさん(40代♂)が、「なんちゃってAC(アダルトチルドレン)」になってしまった。
MKちゃん(年齢不詳♀)にいろいろ知識を吹き込まれたためである。

「家に帰ったとき、ネットで調べてみたら」とKさんは言う。
「ACの評価表の殆んどが自分に当てはまるねん。そういえば自分は親の愛を感じたことはないし、一時期家庭内がぎくしゃくしたこともあった、だから女性にかける言葉とかもわからへんねん」

…わたしはミックスジュースのストローをくわえたまま、顔を上げる気にもならなかった。
ACの人の多くが、アル中などの親の激しい喧嘩の元で育ったり、虐待を受けたりしている。親の愛かそれに代わるものを、一般人から見れば異常な行動を伴って得ようとしたりする。院内にもいるが、Kさんレベルではないのだ。

わたしは、とりあえず女性にかける言葉っていうのは、思春期に自分で学ぶものじゃないんですかと言ってみた。果たしてKさんは「うーん」と唸ってしまった。あたまの悪い人だな…。

MKちゃんはそんなKさんに必死で説明していた。話がトラックを10周くらいしていた。同じ回るにしても、せめて螺旋状に上がっていかないものか?

専門家から指摘されたわけでもない《なんちゃってAC》の特徴は、他人との交流に失敗するとすぐ「ごめん、自分はACだから」と言い訳するところである。
現時点で自称ACのKさんがなにを言い訳したかったのか考察してみると、一つは昨日論争で泣かせてしまったMKちゃんへの自己弁護、もう一つは夫婦仲不和による離婚かなと思う。

さて、ミックスジュースを飲み終えたわたしは疲れきっていた。
だがその夜、Kさんが本物ACのNちゃんに説教していたと聞いて、まったくこの人はなにがしたいんだ?とむしろ興味さえ覚えてしまったのである。
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会津若松の母親殺害~空想~


スキーのジャンプ競技では無限の可能性を感じていた。
駅伝も野球もよくできて、おまけに勉強も優秀だった、そんな自分に誇りを持っていた。

母は大喜びだった。
だけど、あんなにはしゃいで応援してくれていたジャンプ競技をあきらめるように簡単に促したんだ、この人は。

ぼくにとって、それがどれだけ大きな犠牲だったか、なぜ気づいてくれなかったんだろう。
一度子どもに与えたものを奪い取るなんて、ひどいじゃないか。

だんだんわかってきた、この母親は、子どもを自分の思い通りにしたいだけなんだ。
自分の本当の気持ちなんて理解してくれていない。

こんな見知らぬ土地で、今度はぼくになにを期待してるんだろう。
ぼくはあのままでよかったのに。

ああ、今日も彼女は汗を流して洗濯している。
自己満足の笑みで、ぼくのために、ぼくのために、ぼくのために!!

気休めの言葉も励ましも要らない、もうご期待には添えないんだよ、出ていってくれ!!!
ぼくを、こんなにしたおまえが憎い!!!!

……もしわたしが当該少年なら、こんなところですね…。


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カウンセリングにて


(5/7 『両親を罵倒してしまう件』の続き。)

「お母さんに対して、なにかこう、温かいとか優しいとかいったイメージはなかったですか?」
とカウンセラーは尋ねた。
わたしは、「いえ、なかったです」と即答した。
小さい頃、わたしが母から憎しみを感じていて、いつかあいつを殺してやると思ったことがあると話したあとのことだ。

わたしの母は、わたしが小学5年のときに豹変した。
いきなり、優しい、どちらかというと過保護な母親に変わったのだ。
わたしはあれはロボットじゃないかと思った。
そのくらい、奇妙な変身だったのだ。

思いついて、双子のゆき妹に尋ねてみた。
「小さい頃、母親をどう思ってた?」
妹はバイトの合間で忙しく即答してきた。
「冷たい人」。

やっぱりそうだったよな。

いま、どんなに優しくされたって、おまえなんか信用しないぞ!と幼い自分が心の奥底で叫んでいる。


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復讐

hammer

高校生のときに、父親に胸をわしづかみにされた。
わたしが、コタツで眠っているのを寝床に移そうとした、その最中のことである。

最初は両脇を抱えていた。しかし、わたしがどうやら完全に寝入っているとみた瞬間、やつはいきなり、ぐわしっとわたしの両胸をわしづかみにしたのである。

わたしは驚いて、とっさに父の腕を払った。
やつは完全にうろたえていた。「だ、大丈夫か…?」――なんて、間の抜けた質問だろう!
わたしは答えず、不機嫌なまま自分で寝床に消えた。
そして、朝はいつものわたしに戻っていた。

若いから、元気だから、信頼できる仲間が外にいたから、そんなことが「小さなこと」として受け止めることが出来たんだと思う。
でも、42歳になったいまでも、彼のことは気味の悪い人だと思っている。
他にも、彼については不可解な行動がいろいろあった。
そういうのって、一生ものなのだ。

いちばん不愉快に感じる人の世話になるのは、わたしのものすごいストレスだ。
いま、わたしは病院を離れて実家に一泊することになっているが、彼のいびきを聞いただけで踏みつけてやろうかと思うくらい腹立たしい。

主治医にそれを言ったら、「踏みつけるのはやめときやー」と言われたので、いつものように、こうしてやつの知らないネットの隅に、やつのしたことを落書きしておこうと思う。

  
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洗濯好きな男

hunger

新しく入ってきた患者のなかに、へんな男性がいる。
ぼーっとして応答できないとか、見るからにへんならば誰もが納得するのだが、この人の場合は、「おはようございますっ!」「こんばんはっ!」と誰かれとなく大声で挨拶してくるのだ。

「あいつ、なんの病気やねん?」とKさん(鬱病・40代♂)が不愉快そうに言った。
「うっさいですよねーとにかく」とわたしも同意する。
「躁病?」とMKちゃん(鬱病・年齢不詳♀)が思いつく。

「躁病ってあんな感じじゃないよ、もっと一日中だらだらしゃべり続けたり歌ったりする…」
「うーん…?」

そういうわけで、軍隊の下士官もどきのIさん(30代くらい?)なのだが、先日洗濯物を外に干すときに一緒になったので、びっくりした。
いままで洗濯物を干している男性がいなかったから知らなかったが、ここの病院の洗濯物干し場は男女共有なのだ!そんなのって、ありか??

わたしは、同伴してくれていたヘルパーさんに「男女一緒なんですか?」と座った目で訊ねた。
ヘルパーさんは気の毒にわたしの異変に気づいて、「そ、そうなんです…」とすまなそうに言って、物干し場の鍵を開けに行った。
その直後、下士官はくるりとわたしを振り向いてにっこり笑った、「いつもご自分で洗濯されるんですか?」

なんだコイツ!さわやか青年を演じているつもりなのか?
オレに話しかけるならまず、その床屋で刈った気持ち悪い首のブツブツ刈り上げと、ピチピチケツの半端丈ジーンズの穿き方をなんとかしろ!!
わたしは、「自分のほかに誰がやるんですか?」と無表情で答えた。

「アハハ…そうですよね」とやつは笑った。あだち充の世界に生きてるんだこいつはきっと。
喫茶店のマスターと仲良くなったりして、ちょっと恋の打ち明け話をしたりして「これはおごり」とかマスターにコーヒーを差し出されたりするのを夢見ているに違いない。バーカ!

女をあきらめていない女なら、見知らぬ男に自分の下着を見られることに抵抗を感じることくらい見抜けよ。
「お互い災難ですね」みたいな態度が正解だろ、あの場合。

しかし翌朝、その下士官がまた元気に洗濯物を干しに行っているのを見て、「あいつまさか、女の下着チェックが趣味なんじゃないだろうな…」と疑ってしまったわたしである。
入院生活でそんなに洗濯しまくる人っていないよ…。

  
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心ない言葉


今日はもう、誰とも話したくないので病室にこもっている。
天気がよくて、外は気持ちよさそうだな…。

実家から病院へ帰ってきた昨日の夕方からのわたしは、ぐったりしていた。たぶん両親もだろう。お互いの神経戦で疲れたのだ。

だからといって、他人との合宿である入院生活に安堵できるわけではない。
わたしは、その不安定さをゆき妹にメールで伝えたつもりだった。

ところが彼女は断定するのだった、「行くべきところはアル中病棟やろ」
――え?
「そんだけ辛いんやったら、その力を根本治療に使えばいいのに」

この人は、わたしがアル中が主症状だと思っているのか?
わたしは、鬱病から這上がってきたこの数年間を思うと、悲しさと悔しさでいっぱいになった。
彼女は、わたしが鬱病で落ちているところを見たことがないのだ、ただの一度も!
かなり良くなってから、断絶していた姉妹関係を復活させてきた。

だから、彼女はなーんも考えずに気軽にメールしてきたのだろう。
しかし、気弱になっている入院患者に「アル中病棟に行け」は、心がなさすぎるんじゃないのか。


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夜空を横切る旅客機


消灯後、眠剤が効くまでのあいだ、ひとり窓の外をぼんやり見ている。

天気のいい日は、大きな明るい星と小さな赤い星が2つ見える。

それらを横切るように、旅客機の光が点滅しながら近づいてくる。
航路なのだ。

あの中には、機長がいて副操縦士がいて客室乗務員がいて大勢の人たちが各々の用事のために乗っている。
行き先は関空だろうか?
あのキラキラまぶしく広い空港で、乗客乗務員みな荷物を提げて、それぞれの場所へ向かうのだ…。なんて生き生きした世界なんだろう。

旅客機は考える間もなく、2つの星を行き過ぎてわたしの目の前から消えていった。
そして、なんの用事も使命もないわたしが、病室に残された。

わたしはなぜ、窓の外を見るのだろう。
SOSも発信せず、ひとりこの錆びついた惑星で救助を待っていても、誰も助けに来てはくれないのに。


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『嗚呼!!花の応援団』


気分のいいときは、ときどき漫画を見たりしている。

この場合、問題提起するような作品やひたすら前向きなスポ根ではなく、パラパラめくって「あほらし~」みたいなものであることが重要である。もう一つ、既読であるのが望ましい。

それで古本屋で買ってきたのがこれ…『嗚呼!!花の応援団』である。
こいつを先日、何気なく見ていたのだが、一ヶ所、「これは…」と考えさせられるシーンに出くわしてしまった。

漫画の舞台は、70年代頃のどーしようもない三流アホ大学なのだが、そこの応援団員が「あいつ、小学生の分数もできへん噂やで…」と、一人の同級生に黒板に書いた分数問題をやらせてみるのである。
曰く、
4 1/3 + 1 1/2 =


わたしは一瞬えっとうろたえた。大丈夫、計算出来る…。
でももしかしたらこれ、いま学力低下が嘆かれる一流有名大学で出題して、正答率が決してケアレスミスレベルではなかったような分数問題では…。

漫画では、アホ同級生がチョークを鼻に刺して、「わからんわ」と読み手を笑わせる場面なのだが、いま果たしてこれがギャグのネタになるだろうか??
わたしは決して笑えないと思うのである。


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週末か……


今週末、入院先から実家に戻るかどうかで悩んでいる。
週末を選ぶ理由は、週末は見舞い客たちがやって来て院内が騒がしくなるからである。子どもなんかが走っていると、こっちが逃げ出したくなる。

担当医が「家に帰るごとに悪くなっていくなあ~」と言うので、今週はどうしましょう?と尋ねたら「無理せんでもえんちゃう」という話だった。
だからここは無理せず、病院でゆっくりするのが自然な流れのように見えるのだが…、ただわたしには心配事が一つあった。

現在、個室状態のこの四人部屋に、いつどんな人が入ってくるのか?である。

一度、個室の静かさを満喫してしまったらもうあとには戻れない。
次に入ってきた人が物音のうるさい人(いるよね、引き出しの開閉とか)だとか、二人同時に同世代(←必ず二人でしゃべり出す)だとかだったらどうしよう!
そうなったとき、サドンデスで「いますぐここを出ていきます!」と医師に宣言しかねないわたしである。そのときのためにも、少しペースを上げた方がいいのかも知れない。…

それにしても、親子関係も一旦こじれると、なかなか修復が大変である。
3ヶ月前まではストレスをそれほど感じることなく過ごしていたはずの実家だったが…、いや、わたしはもう3年間かけてずっと、あの6畳間のなかで、無意識にストレスを限界まで溜め込んでいたかも知れない。


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行方不明の患者さん


昨日の昼頃から患者Yさんが行方不明になっている。

「スタッフが病院の敷地内を捜しまわってるよ…」とMKちゃんから初めて噂を聞いたのが昨日の昼で、つまり失踪してから丸一日経っていることになる。

「前日もいなくなって看護師さん、捜し回ってたよね」とわたしはコーヒーを飲みながら言った。
「えー!?」
「あ~捜した捜した、あそこもここも見てようやく…みたいなこと言って連れ帰ってきてたよ」
「うそー!二日連続?!」
MKちゃんは信じられない!と目を見開いた。

MKちゃんがどう感じたか知らないが、わたしは一昨日のそのとき、一件落着ムードを背中で感じながらふと思ったのだ…周囲の状況判断ができずに外にふらふら出ていってしまうような患者さんは、開放病棟に入れない方がいいんじゃないのか?

Yさんは病気ではなく、仕事中に事故で頭を打ってぼーっとなってしまったんだという。すごく気の毒な話だと思う。
そういう事情もあってか、ご家族が閉鎖病棟に難色を示したんだろうか。…

「今朝、家族の人が来てたけど、よろしくお願いしますって感じで冷静やったよ」とMKちゃんは言う。

しかし、外は本格的な雨。
おそらくすでに、警察に通報して院外を捜しているだろうが、お金も持たずスリッパ姿で、あのおっさんはいったいどこでどうしているんだろう?

Yさんとちょっぴり仲良しだったというMKちゃんは力強く言った、
「Yさん、そんなに遠くに行ってないと思う!」
彼女は根っからのいい子なんだな…。
わたしは、悪いけど『恍惚の人』を思い出して、病人の足って案外速いんだよなとか考えながら彼女に同意した。


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行方不明の患者さん・2

fukei_torigake

朝、ベッド周りで実家へ泊まる準備をしていると、MKちゃんからメールが飛んできた。
「Yさん、警察から車椅子で帰ってきたよ」

Yさんは、少しやつれていたが、怪我などはなく無事だったらしい。
医師が「どこへ行っていたの?」と尋ねると「よそ」と答えたという。
それにしても、2泊3日の旅である。昨日の晩は警察にいたのだろうか?
べつの患者Kさんによると「けっこう遠くまで行ってたらしいで」とのことだった。謎は深まるばかりである。

そういうわけで、Yさんの病室は大部屋からナースステーションのなかにある個室へ移動となってしまった。
一部始終を見ていたMKちゃんによると、かけつけた家族らは、病院の不手際などを指摘することはなく、逆に平身低頭で「よろしくお願いします」だったとのことである。

「たぶん、家でも失踪して、家族もどうしようもない状態だったんじゃないかな…」
とMKちゃんは言う。
わたしもそんな感じがしてきた。
Yさんのように、高齢者でも病気でもなく、事故で高次脳機能障害(と呼んでいいのかな)を負ってしまった人は、いったいどこへ行けばいいのだろう。
リハビリ期間は過ぎているし、ほんとうに精神病院くらいしか受け皿がないような気がする。

元気に働いていたのに、ある日突然、人生が変わってしまうことがあるんだな…。
わたしの鬱病なんかは、まあ半分くらいは自分でもたらしたものと言えるが、Yさんには自身にまったく非はない。
人生って、どんな試練でも用意するものなんだなと改めて思う。

  
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小さな巨人


外泊から病院へ帰ってみると、MKちゃんが憔悴していた。

どしたん?と尋ねると、以前からずっと関わってきたKさん(40代♂)のことが、ついに我慢出来なくなったのだという。

わたしは会って数日間で見切りをつけたが…、何しろ女性にだけ説教臭くて、ステレオタイプな男らしさ・女らしさを押しつけてくるので面倒だなあと思ったのだ。
嫌とは言えないMKちゃんのことだから、いままで多少のことは目をつぶってきたんだろうが、この土・日は部屋から一歩も出れなくて、ひどくしんどかったと言う。

「だよね、どこにいても必ずつかまっちゃうもんね」とわたしは夕食をとりながら言った。
MKちゃんはうなずいて、もう自分の病気に対して、あーしろそーするなと説教するのははやめて欲しいと愚痴った。
そしてさらに、彼女の異変に気づいたKさんが、手紙を書いてくるんだとうんざり言った。
その内容がまた説教だというから、やっぱりあいつはアホである。

「それはむしろ、MKちゃんのためを思ってじゃなくて、自分が楽になりたいからじゃないかな」とわたしは勝手な感想を述べた。
そんな話をしていると、当のKさんがナースステーションに現れた。どうやら退院を早めたい旨を伝えていたようだ。

あいつは気が小さいから、MKちゃんに嫌われただけで男としての自信を失ったんだろうな。だから、初めからそんなもん持って女性患者に接しなきゃいいのに。

でもその後、責任を感じたMKちゃんがKさんに直接話をしに行ったら、退院の時期はまだ考え中と対応を変更してきた。

どっちなんだよ。
わたしは、だから特定の患者にあまり近づき過ぎないことにしている。


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わたしの身の丈


あたまが整理されていないので、なぜ一昨日の晩、OD(薬の大量摂取)をしてしまったのかよくわからないのだが、一つにはカウンセラーによる誤解らしきものがあったように思う。

その日、カウンセラーは気になることを一つ言った。
「憎いご両親を罵倒するために(マンションに帰らず)実家に帰っているのではないですか」
わたしはその指摘を聞いてびっくりしてしまった。
そんな考え方もあるのか?
嫌いな人の所にわざわざ行ってうさ晴らし???この人は、なにかわたしのパーソナリティを見誤ってはいやしまいか??

誤解の理由で思い当たるのは、先週の外泊である。
わたしは医師に無理せん方がええんちゃう?と言われながらも実家への外泊訓練を強行した。
その動機は、いつまた患者の構成により、病棟の居心地が悪くなるかわからないからである。
わたしは、ほんとうは病院でゆっくり寝ていたかったのだ…。
でも、その努力がそんなふうに受け取られることもあるとはな……。

さらにカウンセラーは言った、「百貨店でしか売っていないブランド品をスーパーで買い求めるようなことを、ご両親にしているように見える」
それはわたしも感じている。
なんでカタカナが読めないんだとか、なんでこんな一般常識を知らないんだとか、本人たちにはどうすることも出来ないことで苛立つ。

妹にぼやくと、彼女は「百貨店なんかでなくても、自分の身の丈に合った場所があればええやん」と言うが、わたしの身の丈って、スーパーのレジ打ち程度だったのか…。

そんなこと、誰が簡単に認めることが出来るだろう。
わたしは、まだ到底自分の立場を受け入れることなんて出来ない。


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