LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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SOS

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昨日は整形外科で、とう骨神経麻痺した左手に、ギプスと包帯を新しく巻いてもらった。
その後、2つの精神病院に当たってみたのである。

1つめのY病院では、ソーシャルワーカーが、わたしの左手をすかさず見て、「それ、どうしたんですか?」と聞いてきた。
あっ、とわたしは思った。
これでは、リストカットしたばかりの患者にみえるではないか。

急いで理由を説明したが、OD(薬の大量摂取)によっても、とう骨神経麻痺は起こりうるので、「酒を飲みすぎて~」と言うしかない。
今後、聞かれなくてもこれを言わなければならないのだと、心に留める。

見学させてもらったところ、Y病院は駄目だった。
せっかく、建てたばかりの綺麗な病院だったのに、肝心の開放病棟がない。
これでは、綺麗な館内は、まったく無意味になるじゃないか。
アホらしくて、ボツにした。
次に向かったのが、A病院である。

A病院には、ちゃんと開放療養病棟があって、閉鎖病棟に一定期間入る必要もないということだった。
ところが、である。
前回入院したのはいつですか?と聞かれ、3月31日だと答えると、ソーシャルワーカーの顔が急にくもり、
「退院してから3ヶ月以内は、入院できないんです」
と言ってきた。

えっ。
それって、いま通っているH病院の中だけの話じゃなかったのか。
じゃあ、結局わたしは、どこを探しても、まともな精神病院に入れないっていうことだ。
…いままで、なにをしてきたんだろう……。

わたしはショックで、ほとんど動けなくなってしまった。
帰ってから、一人部屋でうなっていた。
助けてくれ。

  
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S病院に辿り着く

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それでも、わたしとわたしの両親は、新しい病院を探し続けた。

昨日行ったS病院では、なんと退院後3ヶ月以内でも、受け入れてくれるという。
なんでも、3ヶ月以内というのは、診療報酬の関係で、べつに法律で決まっているわけではないらしい。

さっそく中を見せれくれ…といいたいところだが、きちんとした病院ほど、診察→入院決定になってからでないと、病室などは見せてもらえない。
たぶん、プライバシーの問題があるからだと思う。

それはいいのだが、話を聞いているうちに、困った問題が一つ出てきた。
携帯電話は所持不可とのことなのである。
あれがないと、入院生活は、かなり面倒になる。
おまけに、ブログが書けないじゃないか。

これもどうやら、口ぶりでは、過去にカメラを使ってプライバシー侵害した経緯があるからのようだ。
わたしもH病院では、写真を撮っていたが、花だの雲だのばかりにするようにしていた。
でも、自分でも思っていたが、これじゃあ、患者さんの姿を思い切り撮っても、ばれないじゃないか…と余計な心配をしたことがある。

結局その他では、いい病院なので、そこに今日、紹介状を書いてもらおうと決めている。
携帯電話は、近くの駅のロッカーにでも預けてやろう。

でも、悲しいかな世間ではGW。
たとえ今日、紹介状をもらっても、S病院で診察を受けられるのは、GW明けの8日なのである。…

  
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母の陰謀

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母が、元恋人Sと、いまだに連絡を取り合っていることを知って、驚き傷ついた。
いったい、なにをコソコソ話しているというんだ。

もともと、母は、元同居人キャプテンのことを、気に入っていなかった。
キャプテンとの会話のなかで、母の、表の態度と、裏のそれとが、違うさまを見てきた。
裏での、「なによ、あの人は…」みたいな言葉に、わたしも傷ついていた。
でも、そうか。
彼女は、元恋人Sとつながっていたからこそ、ああいう態度に出たのか。

キャプテンとは、おかげさまで、別れることになったが、こころの中で万歳三唱をしている母の姿がみえる。
まえにも書いたが、わたしは、この別れには、どうも母親が一枚かんでいるような気がしてならなかった。
でも、残念なことだ、母親。
わたしは、元恋人Sと復活することはない。

悔しさで、わたしのこころが歪む。
だから、わたしは、この人が嫌いなんだ。
わたしはいま、母の手助けをたくさん受けているが、彼女のくもの糸に絡められて、知らないうちに、その術中にはめられているような気がする。

キャプテンが恋しい。
でも、彼の金銭感覚を考えると、やっぱり彼とも別れざるを得ないのだ。

  
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不眠40時間達成

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40時間連続で起きていた。
ゲームをしてみたら、止まらなくなったのである。

巨大な暇が、そうさせたとしか思えない。
ゲームは、昔懐かしい《ときめきメモリアル・ガールズサイト》である。

この中で、どうしても落としたいと思ったのは、「氷室先生」なのだが、一回目はうまくいかなかった。
たぶん、男版ときメモと同じで、1・2年生時は自分を磨き、3年生になってから猛アタックすべきなんだろうな。

こんなことでもしていると気が紛れるので、随分楽だ。
少し楽になったあたまで考えると、やっぱりケータイ所持不可の精神病院なんかに、入りたくないと思ってしまう。


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日本の将来

ari

昼間っから日本酒をやって、わたしはどうやら軽度アル中患者になっているらしい。
精神科医が言うんだから、そうなんだろう。

この先、わたしは、どうなっていくだろう。
日本の未来は暗い。
そして、長期にわたる鬱病とアル中を抱えたわたしは、どんな最期を迎えるだろう。
たぶん、ステレオタイプな貧乏人になって、やせ衰え、酒瓶を抱えたまま死んでいくんだろうな。
そのときになってみないと、どんな心境なのかはわからない。

「日本はどうなってしまったのか」という声が、あちこちで聞かれるが、崩壊はすでに、60~70年代安保理の時代から、始まっていたと思う。
あそこが日本の分岐点だったのだ、とわたしは勝手に想像している。
とっても賢い三島由紀夫は、あの時点で、なにかを起こさないと、今後の日本は駄目になると、たぶんわかっていた。
それで、彼の一生続けたお芝居のフィナーレとして、自衛隊市谷駐屯地で、自決してみせたのだ……残念ながら、彼の思惑通りに、日本は動かなかったが。

言っちゃー悪いが、「日本はどうなってしまったのか」って、そりゃ、60~70年代にヘルメットかぶって角材振り回してた団塊の世代の責任は重いと思う。
高度成長時代で、彼らは、経済を大きく成長させたが、自然も家庭も壊し、結局バブル経済をつくり、崩壊させた。
日本の家庭は無茶苦茶だ。男親にかわいがられた記憶のない20~40代の人は、多いと思う。
こうして、父親不在の家庭が当たり前となり、その精神は、次世代にも引き継がれた。
バブルの影響で、「金さえ手に入ればなにをやってもいい」という女子売春婦が増え、模範となる父親を持たない男子は、少子化も手伝って、ネットの世界しか知らない分からず屋の甘ちゃんが増えた。

多くの退職金と年金をきっちり手に入れた団塊の世代は、このことをどう考えているのだろう。
たぶんアリンコさん達同士、顔を見合わせて、異口同音「このままでは、俺たちの年金は」なんて、それだけを心配してるんだろうな。
そんで、自分たちの方が数が多いから、なんとかなると思っている。


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試練の日々

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左手首から先が、橈骨神経麻痺のため不自由になってから3週間になるが、まだ、一向に快復の兆しは見えない。
全治3ヶ月と言われたから当然かもしれないが、それにしても、気になる点があるのである。

それは、ギプスを包帯とともに巻いてある左前腕が、しわしわ・カサカサになってきたことである。
右手で、左指を触ると、ゾウの肌?と思うくらいザラザラしていて、おまけに、ちょっとむくんでいるような気もする。痺れもある。

ゾウの肌はともかく、むくみと痺れはきっと、包帯を強く巻きすぎたんだろうと思って、巻きなおしたが、相変わらず改善されない。
うう…。なんだか気になる。

今朝、診察に行こうかと思ったが、連休明けの病院の混雑の恐ろしさに負けて、ついに行けなかった。
だが、やっぱり気になるので、午後の診療には突撃しようと思う。
ああ、いやだ…。
しんどいのに、GW並みの人の山か。うえ。

橈骨神経麻痺とは、けっこう思っていたよりも、やっかいなことになってしまったと思う。
タイピングができなくて面倒なばかりではなく、漬物一つ切る気力も失せる。
料理が出来ない、顔がうまく洗えない、服がうまく着れない。…
最近、わたしは、同じような冷凍食品ばかり食べている。

そして、ますます気持ちが落ちてくる。
婚約破棄、鬱の悪化と入院先探しのヘトヘト、左手麻痺。
なんで、こんなしんどいことばかり、いっぺんに神様は、押し寄せさせてくるのか。


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現実逃避の日々

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一日中、『ときめきメモリアル/ガールズサイト』をやっていた。
今日の標的は、主役級の王子さま《葉月くん》である。
攻略サイトを見たら、むちゃくちゃ簡単だと書いてあったので、そのとおりやってみているが、なんか首尾よくないぞ?
このままでは、卒業式までに告白はされまい。…

こんなつまらないゲームに熱中しているのも、すべて現実から逃げるためである。
今日、整形外科に行ったら、わたしの左手橈骨神経麻痺は、とうぶん治りそうにないので、今度、装具をつくろうという話になった。
そんなに長くかかるのか…。気が滅入る。

左手のザラザラは、包帯を巻いていて、ちゃんと洗えないのが原因だろうと言われた。
げっ。早く、装着簡単な装具をつくってほしい。
これは、明後日にもう予約が入れてある。

わたしは、なにから逃げたいのか。
大きな一つは、元婚約者キャプテンとのお別れである。
わたしは、一つの大きな柱を失ってしまった。
これから先、いったい誰が、わたしの支えになってくれるだろう?
患者同士では駄目だというならば、もう一生、出会いというものはないような気がする。

職もなく、社会的つながりを失ってしまったわたしは、これからずっと、一人ぼっちなんだろうか。
両親は世話を焼いてくれるが、彼らを第一の相談者に、わたしはしたくないのだ。

ふとあいた時間が出来ると、必ず頭にそのことがよぎるので、いま、わたしはあいた時間を作らないつもりだ。
でも、それがゲームをし続けることだなんて、ほんとうに情けない話だ。


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キャプテンという人

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元婚約者キャプテンから電話がかかってきた。
入院先の精神科からである。

用件は、「5月中に出て行くって言うたけど、新しい部屋がなかなか見つからなくて…」
というものだった。

なんだ。5月中には絶対、絶対、を繰り返していたくせに、またか。
この人の「絶対」は、まったくあてにならない。
的中率3%くらいだ。

しかし、考えてみれば、そりゃそうだろう、あんなにひどいアトピーと鬱病を抱えて、引越しなんか簡単に出来るわけがないのだ。
なのに、彼は、よぼよぼの身体でわたしに言った、「別れよう」と。

別れるのはいいけど、子どものように可愛がっていた愛車を売って、入院加療中の身で部屋探しに奔走しなきゃいけないということが、彼の頭になかったのか?
なんて、準備不周到なんだ。
これでは、思いつきで別れを言ったか、わたしが「引越しはいつでもいいよ」と言ってくれるのを期待していたとしか思えない。

こっちだって、失恋のダメージで、激鬱に何日間もしんどい思いをしているのだ。
彼の荷物が、いつまでも家にあるのは、わたしをとても憂鬱な気分にさせる。
これらはたぶん、5月中に引き揚げられることはないのだろう…。

キャプテンという人を、少し離れた目で見ると、浪費家で、自信家で、そのくせ傷つきやすく、確定しないことに「絶対」と、口上手く人を丸め込む人間だった。


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DSで暇つぶし

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ニンテンドーDSと中古ソフトを買ってきた。
来るべき入院生活に備えるためである。

第二候補のS病院では、携帯電話は所持不可とのことだった。
第一候補のK病院で、もう診察予約済みなのだが、携帯所持可・不可だけは、聞いておきたい。

で、もしアウトだったら、DSを持ち込んで、地獄の暇つぶしを解決しようと考えたのだ。
精神病院で、いちばん辛いのは、所持品のチェックで、ケータイなどの取り上げにより、まったくの暇空間が出来てしまって、余計に自分にとってストレスになることだ。

しかし、DSの説明書を読んでいたら、ケータイと同じく、飛行機や病院で使うなと書いてあるではないか。
つまり、ケータイと同じ扱いなわけだ。うーむ。
こんだけ金策して、それも駄目だっていうなら、わたしはどうすればいいのか。
行きつけのH病院には、元婚約者キャプテンが陣取っているので、規則上わたしは、入ることができない。
どこか二つ目の、逃げ場がわたしには必要なのだ。


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キャプテンという人・2

pon

また、元同居人=婚約者キャプテンについて、新たな情報が出てきた。
ソースは父親である。

「じつは、Fさん(キャプテンのこと)、1月ごろからもう、うちの母親に電話してきて、《出て行きたい》って言うとってんで」

えーーー?!とわたしは、まさかの話に驚く。
「なんでよ?」と聞かずにいられない。

「ゆみが怖いから、言い出されへんかったみたいやで。母親も途中から本人同士で話してくださいって言うたのに、何回もかかってくるから、最後はもう切れとったな」

なんてことだろう。
わたしの前では、何一つ不平不満を言わずにニコニコしていたキャプテンが、裏でそんなことを言っていたなんて。

わたしはもやもやとした気分を抑えきれず、キャプテンに連絡を取った。

「初めて聞いたわ、こんなこと。本人ぬきでなんやねん。しまいには、母親も怒ってたのは、もう知ってるよな」
「《なにかあったら、また連絡してくださいね》っていう、お母さんの言葉を信じたわたしが馬鹿だったんですね」(いまはキャプテンはタメ口でわたしと話そうとしない。)
「第三者をはさんで言うから、話がややこしなるんやんか。なんで、わたしに直接言えへんねん!」
「二人の関係が壊れるのが、怖かったんです」
「怖いって、なんか問題があったら、なんでも二人で解決していくもんやろー?二人のことやのに、おかしいやんか。そんなことも口に出されへんようじゃ、結婚どころの話じゃないよな!」

あとは、キャプテンは無言だった。
最低だ………。
わたしは、数ヶ月間ものあいだ、ずっと裏切り続けられていた自分に、愕然とした。

まえに、キャプテンという人の特徴を書いたが、もう一つ、付け足しておこう。
彼は、嘘つきだ。


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実家に一時避難

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昨日は朝から気分がたまらなくなって、実家に帰ってきた。
そして、いまでもだらだらいる。

人の気配があるだけでも、孤独感からはかなり救われる。
だが、人がいるからといって、何かを一緒にしたいわけではないのだ…今朝も朝早くに目覚めて、なにもせずに横になっているだけだった。

それにしても、いま左手が麻痺していて、料理が出来ないので、勝手にごはんがでてくるのは、すごく助かる。
やっぱり手が治るまででも、入院したほうがいいかも…と、両親とあまり関係のよくないわたしは、考えたりする。

ニンテンドーDSは、コードを電源につなげたままだと、電波が飛ばないので、病室でも大丈夫だそうだ。
教えてくださった方、ありがとー。

すると残りの問題は、ケータイをどう隠し持つかだ。
わたしは、特に連絡する人もいないので、ブログ書きがなければ、別になくてもそう困らないのだが、精神病院はネタがありすぎて、書きたいことがいっぱいあるので、万が一入院となれば、やはりケータイを外に持ち出して、ポチポチやろうと思います。

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キャプテンとバッティング

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昨日は最低だった。
わたしのマンションの光回線設置と、元同居人=婚約者キャプテンの引っ越しの見積りが重なってしまったのだ。

双方ほとんど無言…というか、わたし、睨まれている気がするんですけど?
なんで自分の家でわたしは、遠慮しなければならないのだ。

おまけに、CD・DVDの類は、棚とケースが総入れ替えになるので、わたしが自分の分をケースから出しておいた(大量)のに、それを見てなんの反応もねえ。
そして、こっちサイドに置いてあった、プレゼントのふかふか枕を、無言で持っていきやがった!

これってどうなの?
一度「プレゼントする」と言ったものは、もうその人のもんじゃないの?

わたしはこのままだと、マリッジリングも返してくれと言われるんじゃないかと思った。
刻印がなければ、実際言われていたんじゃないかって気がする。

キャプテンとバッティングする度に、相手の嫌なところが見えてくるので、もう精神衛生上、悪いことこの上ない。
ちなみに、やつの引っ越し日は29日だそうだ。
早く出ていって欲しい。

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橈骨神経麻痺のその後

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左手橈骨(とうこつ)神経麻痺の治りが遅いので、装具をつくってもらった。
うーん。
手首がきっちり固定されて、台座に包帯ぐるぐるよりは、かなり服の着脱なんかが便利になった。
早く治ればいいが~と思う。

橈骨神経麻痺になると、下垂手といって、手首から先がだらんと垂れたままになる。
手首を上げようとしても、上がらない。
また、大きいパーがつくれない。
指は曲がるが、伸ばせない。
あと、親指・小指が外へ動かせないとか、手首が外側に回せないとか、いろいろあるけれど。

いちばん困るのは、髪を後ろで束ねる動作が、できないことである。
これから暑くなってくるのに、これでは困る。
いまは、髪の束をぐるぐる捻って、あたまの上でクリップでとめているが、これも不完全である。
持ち上げられなかった髪がひとすじ、ふたすじ、首元にかかって、なんか意図せず色気が出てしまって、ああいやだ。

これでも、一応、利き腕でなかったので、わたしはラッキーな方である。
たぶん、利き腕が麻痺したら、日常生活のあらゆることが困難になったと思う。
特に最近は、精神状態の悪さやいろいろな事件があったので、どっかーんと大爆発していたに違いない。

おかげさまで体調の方は、季節のせいか、少し上がってきたかのような感じだ。
あるいは、実家で、2・3日間、上げ膳据え膳させてもらったからかもしれない。


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TVは32型

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昨日は、TVを買いに行っていた。
正確にいうと、買い直しに行ったのである。

新装開店のための閉店セールで、一時わたしは26型液晶TVを手に入れたのだが、あまりに画面がちっこい!
元同居人キャプテンの持つ42型TVを見慣れてしまっていたわたしは、「こんなのただのTVじゃないか!」と帽子を投げ落として、それをふみにじながら、「取り替えが利かないか聞いてみよう!」と電話機を手にとったのだった。

すると、先方は簡単にOKだというではないか。
「早く来てください、売り切れ続出なので」という言葉に導かれ、わたしは両親を拝み倒し車を出してもらって、かの電器屋へ突入した。

そして、4万円近く払って、ようやく32型の液晶TVを買ったのである。
わーすっきりした。
これで、綺麗な画面で、迫力のオリンピックでも何でも見れる。


…なのだが、いまわたしは、一人が怖いよ病にかかっていて、なぜかマンションに一人で落ち着いていられることが出来ない。
今日も実家に寝泊まりするが、これでは新しいTVも新設した光ファイバーも意味がないではないかー。

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忘れられていた疲労

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昨日から今日の昼過ぎにかけても、わたしは実家にいた。
寝ているうちに、ごはんが勝手に出てくるのって、なんて楽なんだろう。

わたしは、「しんどい」を繰り返しながらも、茶の間でずっと眠り続け、ときどき起きては、くしゃくしゃ頭を放置して、ぼーっとしていた。
買ったばかりのDSが真横にあるけれど、遊ぶ気さえしない。
まもなく坐位をとっているのがしんどくなって、またごろんと横になる。
「わたしの人生、終わったな…」と小さくつぶやく。
そして、また眠る。

何度目かに起きて、マンションに戻ろうとすると、母が言った。
「やっぱり、疲れてるんやで。いろいろあったから」

わたしは、あっと、なぜ早くこのことに気がつかなかったんだろうと思った。
いっぺんにいろんなことが続いて、疲れていることは、自分自身でもわかっていたはずなのだ。
疲れているなら、当然、休養は必要である。
「料理とか、ふだん出来ることが出来ない」と思い込んでたが、これは身体が、休養を求めていたのかも知れない。

そこで、わたしは、しばらく怠惰を極めることにした。
ごはんをつくりたくないときは、実家に助けを求める。
ゲームなど、出来そうなものは、気分のいいときにやる。
あとはごろごろ、ひたすら眠っていよう。…

わたしは、意外とバレーボール観戦が好きで、なんとなく、いまやっている北京オリンピック最終予選を楽しんで観ている。
ちょうど新しいTVも買ったことだし、全日本の応援でもして、自分もこの社会の一員であることを確認しよう。


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TVに釘付けの日

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昨日は、一日中TVを見るという偉業?を成し遂げた。
「なんにも考えない」という状態をつくってみたかったのである。

自分で買ったTVは、やっぱり愛着が湧く。
いままでは、元同居人キャプテンの大型42インチを窓際に置いていたが、この位置だと、イタリア製ふかふかソファ(オッドマン付)から見にくかったのである。
新しいTVはもっと小さいので、キャビネットの上に置いて、ふかふかソファからも食卓からも、ストレスなしに見れる。
わたしは、マンションを買うとき、すべての家具をどこに置くか決めていたので、やっぱりTVはここなんだよ、と満足する。

TVをずーっと見続けているうちに、こんな日がたまにはあってもいいなと思うようになった。
世間のことを知ることが出来るし、頭をからっぽにも出来る。
そうこうするうちに、午後7時になって、全日本バレーボール・オリンピック最終予選が始まる。
終わったら、ちょうど眠剤を飲んで寝る時間だ。

オリンピック最終予選は、ライブではないので、試合の途中でどっちが勝ったか、だいたいわかってしまう。
ポイントは、
①冒頭に、Hey! Say! JUMP の歌と踊りが入るかどうか。
②選手紹介をするかしないか。
③第1セット目をどっちが取ったか。(上記①②がふたつともあてはまる場合、第1セットを取ったチームが勝ちとなる。)
といったところである。
こうして、昨日も第3セットを日本が取った段階で、日本の勝ちを逆算予想してしまった。
でも、ドキドキハラハラは嫌いなので、わたしとしては、こっちの方が助かる。

そうして、昨日はわたしは、比較的安らかに眠れた。
でも、今日起きたら、目が痛い。
液晶TVなんだからパソコン見ているのと同じだろうと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「TVの見すぎは、目を悪くする」というのは、いまも昔も同じみたいだ。


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K病院を視察

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今日は、6月3日に初診予約してあるK病院の視察に行ってきた。
紹介状を持っていて入院希望だと言ったら、大抵の精神病院ではケースワーカーが出てきて説明してくれる。

わたしが一番聞きたいのは、ケータイを所持できるかどうかにかかっていた。
まえのS病院もよさげだったが、ケータイは所持不可、家族に持って帰ってもらいますと言われたので、それが心にひっかかっていたのだ。

今回のK病院では、ケータイはナース預かりで、病室の外ならOKということだったので、ここならいいなと思った。
部屋は4人部屋が標準で、建物も美しい。
周辺が都会なので、開放病棟の場合、退屈もしないだろう。
初診予約だけで、1ヶ月間はかかるだけのことはある。

しかし、問題なのは、わたしの体調が少し上向いてきたことだ。
実家にしばらく戻っているうちに、「助けてくれ、いますぐ!」みたいなしんどい状態はなくなった。
これでは、入院希望の必要もない。
じゃあ、K病院への診察依頼をやめれば?ってなもんだが、事態はそう簡単でもないのである。

なぜなら、いま通っているH病院には、まだ元婚約者キャプテンが入院している。
彼の容態は、決してよくない。たぶん、冬くらいまではいるんじゃないかと思う。
すると、またそのうち「助けて、いますぐ!」状態になったわたしは、再び入院先を求めて奔走しなければならなくなる。
もちろん、精神病院と名のつくものはいっぱいあるが、数ヶ月にわたる入院をする場合、病院環境や規則などをよっく確かめておかないと、えらい目にあう。

そんなときのために、いま、気に入ったK病院の診察を受けておけば、おそらく次回は初診より早く診察してもらえるのではないかという魂胆なのである。
今回たぶん、わたしの様子をみた医師は、入院の必要があるとは言わないだろう。
もし、入院ということになったら、それでもいい。

ところで、わたしは、帰りの車を家族を乗せて、するすると運転してきた。
父の不整脈がひどくなったためだ。
「入院が必要な鬱病患者じゃないよなあ」
と母が言った言葉を、わたしもそのとおりじゃないかと思う。


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心労

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昨日は、バレーボール北京オリンピック最終予選・日本×タイを観戦したあとで、なんだか不安感がやってきたので、今日は実家に戻っている。
人の気配があるだけで、不安感はずいぶん軽減される。

明日からは、忙しい週になる。
月曜日は通院、火曜日はなんと無理やり申し込んでしまった健康運動指導士の資格維持のの講義、一日空いて木曜日は元同居人キャプテンの引っ越し、である。
これだけでも、いまのわたしには結構きつい。

特に厄介なのが、健康運動指導士の講義だ。
わたしは、今回、10日間くらいお風呂に入っていなかったが、さすがに今日は、母に励まされて重い腰を上げて、風呂に入った。
精神病院に行くだけならいいのだ、多少臭くても…、でも、一般の人が集まる場所では、やはりマナー的にそういうわけにはいくまい。

最近やっと、曲がったまま麻痺していた左手の指が伸び始めたので、今回は自分で髪を洗った。
前回は母に洗ってもらった。
その前は、美容室で洗ってもらっていた。

そうしてさっぱりして、はぁ~とため息をついて一休みする。
それでも、心はなんだか晴れない。
もしかしたら一番厄介なのは、やはり、マンションからキャプテンの痕跡が消えるまでの心労かも知れない。

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復職のタイミングとか



今日、精神科の診察に行ったら、担当医Kっちはお休みであった。
がーーん。
そういえば、2週間まえにそんなころを言ってたっけか。

代診の医師はいるので、薬はもらえるのだが、相談ごとがあったので、これにはまいった。
わたし:「…これこれの事情で、S病院への紹介状は書いてもらったのですが、それは使ってなくて、第一希望のK病院の方に行きたいんです」
代診医:「じゃあ、やっぱり、K先生に紹介状を書き直してもらった方がいいですね」

がーーん。
誰だよ、S病院宛ての紹介状を他の病院に出してもいいなんて言ってたのは。
うちの母親だ。
彼女は、わたしが「どうせK病院に予約入れてあるんだから、K病院宛てのを早めに書いてもらった方がいいのでは」と主張するのをさえぎって、そんなことをのんびりと言っていたのである。
今週は予定ばかりでしんどいのに、また金曜日に担当医Kっちに会いに行かなければならなくなった。
あーーーしんどい。

ところで、順番待ちのときに、「あれ?ゆみちゃん?」と声をかけられ、わたしは懐かしの入院仲間Nちゃんに出会った。
「調子、どう?」
「2月くらいから、すごく悪くなって…、あの頃みんな悪いって言うてたよね?」
「そうそう、わたしも、わたしも! 2月初旬から徐々に落ちていって、最近上がってきたところ」
――なんだか、二人とも、体調の変動は同じようなタイミングのようだった。
やっぱり鬱病に季節って、関係あるのかも知れない。
だとすれば、今度は、梅雨の頃に不調が訪れるのだろうか。

「復職したいねんけどなー。なかなかできへんねん。前の会社に籍が残ってて、何もせんでええって言うてくれるけど、性格上ついやってしまう。今度復職に失敗したらもうアウトやろうなー」
Nちゃんは、復職の難しさを語った。
「なんもせんでええって言われても、ほんまに何もせえへんわけにいかへんやん?」
「そやなあ…、それに、最初からフルタイムはきついで」
「最初は、週2回くらいのバイトがいいよねぇ」
「うんうん」
「でも、まだこんな状態で働いても、どうせあかんって、Y先生は言うねん。すっごく仕事したい!と思うときもあるのに、しばらくしたら、ど~んと落ちてしまう。…こうやって、だんだん社会から遠のいていくんやろうなー…」

わたしも、まったくの同感だった。
完全に寛解したといえるのは、感じとして、だいたい1年以上体調良好が保てたときくらいじゃないだろうか。
少しよくなったと思って動くと、また奈落の底に落ちてしまう。
復職のタイミングは、とても難しいと思う。


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行けなかった講義

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今日は、健康運動指導士の資格保持の講義を受ける予定だったが、ついに行けなかった。
昼過ぎに、「あれ~? 今日なんか予定があったはず…」と思い出したとき、「えっ、今日は無理!」と、TVを見ながらわたしは思った。

会場にあふれる活気ある人、人、人……。
1時間半じっと座って、スクリーンを見つつ、少なからず勉強しなければならないこと。
そして、それ以前に、服を着替えて身だしなみを整えなければならないこと。
そういう、なんでもないはずのことが、今日のわたしには辛かった。

「あかん。今日は行かれへん」
車で送迎してあげると申し出てくれていた両親に、電話する。
「どうしても行かれへんねんやったら、しょうがないけどなあ…」
母は、やや渋い態度だった。
でも、すぐにでも入院したいほどの苦痛から、最近やっと脱し始めたばかりのわたしには、まだこういう行事は早いような気もする。
とはいえ、健康運動指導士の資格は、5年間で20単位取らないと剥奪されてしまうので、あんまりのんびりやっているわけにもいかない。

矛盾しているようだが、「今日も、予定がこなせなかった…」とわたしは何度目かの落胆をした。
ハードル設定は低い方がいい。
高くて、それがこなせないと、またそれが引き金になって、ますます気分が落ち込んでいくのだ。


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昼間からの酒

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画面のきれいな液晶TVを買ってから、TVを見る機会がなんとなく増えた。
現実逃避の手段としても使っている。

ところで、最近気になるのは、昼間っから酒を飲んでいるCMが、案外多いということだ。
わたしは精神科医曰くアル中だからわかるのだが、いくら楽しいお酒でも、昼から飲むのが癖になったら、やめようとしても、もうなかなか治らないもんだ。

そういうわけで、わたしが特に気になるのが、なんとかガスのCMで、
「これもこれも串にさして、あぶっちゃう~」
とか言いながら、主婦らしき人が、野菜や肉を串に刺してガス火であぶり、ビールだかなんだかを飲んで、「♪」と昼間からソファにごろ寝するアレである。
電気コンロの台頭に歯止めをかけるつもりで考えたんだろうが、ありゃ立派なキッチンドランカーじゃないか。
あんな、一見ウツクシイけれど、危険な生活を提案するCMなんて、よくも非難が出ないもんだなと思う。

わたしは病気の辛さを紛らわせるために朝昼から飲むようになったが、それがアル中への第一歩だなんて、最初は全然知らなかった。
アル中になったらしいいまでは、「なんで酒造メーカーは、アルコールの危険性について、どこにも表示していないんだ」と思っている。
それに輪をかけて、昼間の酒を推奨するようなCMの数々。
この流れは、絶対によくないと思う。

思うに、「煙草の吸いすぎは身体に毒です」みたいなことを、今後、アルコール類にだって書いておくべきじゃないだろうか。
そして、ぐでぐでになるまでいつも飲んでいる人=アル中である、という認識を改めるべきだ。
少量でも、朝昼から飲まずにいられない人=アル中の人、である。
そしてそれは、案外早く、そういうふうになるものなのだ。


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キャプテンとの最後

kagi

今日、元同居人=婚約者キャプテンが引っ越していった。
うちはモノが多いので、あたりががらんとしたりなどしない。

久しぶりにみたキャプテンは、ちょっと性格が丸くなっていた。
病状もまあまあだという。
それはよかったね…と思った瞬間、わたしはギクリとした。
キャプテンの左手くすり指に、まだマリッジリングが光っている!

「これはもう、一生外さない」
彼は付き合っていたとき、そう言っていたが、まさか、まだつけているとは思わなかった。
「もう自分は、一生一人で生きていく」
別れるとき、彼はそんなふうにも言っていたが、ほんとうにこれから一生、彼女をつくらないつもりだろうか。
もともと公務員的堅苦しさのある人だから、将来はともかく、少なくともいまは本気かも知れない。

わたしはとっさに、自分の左指の付け根を、橈骨神経麻痺の治癒のためにつけていたサポーターで隠した。
「わたしも外さないよ」と言っていた自分が、薄っぺらなものに感じて、恥じた。
いま、わたしのマリッジリングは、台座にはめられて暗闇のなかにいる。
なんだか、リングがかわいそうになってきた。
せめて、右指にはめようかなどと考える。

引越しが終わると、キャプテンは、電話で「いままでありがとう」と言ってきた。
「決して、《こんなやつ!》って憎しんで別れたわけじゃないから、よかったです」
「そうね」
「二人とも同時に体調を崩したのが悪かったわけですから」
「そうね。…」

こうして、あらゆることを運命のせいにして、わたしたちは完全にお別れをした。
いつだって、別れは辛い。


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思いがけず分煙活動

kinen

またまた朝から、精神科へ通院する。
ようやく会えた担当医Kっちに、K病院への紹介状を書いてもらう。

待ち時間中、DSをやろうと思って中庭へ出たが、なんと3人もの入院患者がタバコを外で吸っていた。
喫煙室のすぐそばで、である。
わたしが入院していた1年前くらいには、見られなかった光景である。

「ここ、喫煙場所やないで」
遠くにいた一人と、すぐに消してしまった一人を除く、あと一人のおばちゃんに、わたしは声をかけた。
精神病院に、敬語という言葉はない。

「ああ…」
おばちゃんはわかったのかわからなかったのか、かなり時間が経ってから、喫煙室へと入っていった。
わたしはそれで快適に、ベンチで「漢字ゼミナール」とかなんとかのソフトをやっていた。

するとまた、ふっと漂ってくるのである。
タバコの煙が!

そのとき、父から電話がかかってきて、わたしはゲームをやめて、待合室へ行くことになった。
通りすがりに、再び、
「ここで吸うたらあかんやろ」
とおばちゃん2号に声をかける。
おばちゃん2号の反応は、1号と同様、鈍くて、彼女は無言で立ち上がろうともしなかった。
なんで、外来患者のわたしが、こんなところで分煙活動にいそしんでいるんだ?
こんなことは、病院スタッフが日ごろから徹底して、やっておくべきことだろー。

そのうち完全禁煙にするなんて噂も立っていたH病院であるが、これじゃとても無理無理。
もしそれが実現したら、入院患者の半分は、マジでいなくなるであろう。
精神疾患の入院患者は、暇も手伝ってか、喫煙率がけっこう高い。

それにしても、この秩序の乱れはちょっと気になる。
もしいま、わたしが入院していたら、喫煙所付近で、名物ガミガミおねーさんになっていたかも知れない。


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