LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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キャプテンとの再会

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昨日も書いたとおり、今日は通院日なので、いつもの精神科へ行っていた。
いつものように診察を終えて、薬の順番待ちのあいだに、髪を切りに行って、
「おっ、まあまあの出来やん」
なんて思ってヘアケア剤を買って、薬屋に戻っていったときである。

「×××(元同居人”キャプテン”の名前)さんがおる」
と運転中の父がつぶやく。
はじめはなんのことかわからなくて、黙っていたのだが、そのうち母が、
「×××さんが前、歩いて来てるで」
と言うので、そこで初めて、わたしは車内から外を覗いて、そこにキャプテンが一人で歩いている姿を見出したのだった。

キャプテンは、しんどそうに歩いていた。
わたしは取り敢えず、車から降りて彼に手を振った。
キャプテンの反応はない。

近づいて来てようやく、会話が始まった。
「最近、調子どう?」
「うん、ぼくな、来月に退院が決まってん」
「そう、おめでとー…一応」
「そっちはどう?」
「うーん…寝てばっかりやね」

キャプテンは穏やかに話していたが、顔のアトピーはまだひどいし、話し方がしんどそうだし、円満退院というのでもなさそうだった。
療養病棟は住む場所ではないので、ふつうはだいたい長くても半年間くらいまでしかいられないのだ。
そのあとは、自宅で療養ということになる。

「それにしても、すごい偶然やね」
とわたしが言うと、キャプテンは、
「まさか、金曜に診察に来てると思えへんかったから…。いつも月曜やったやろ?」
などと弁解がましく言うのだった。
彼は、わたしと会うのを故意に避けているのだ。…

もう、徹底的にわたしのことを封鎖するつもりなのだなと悟ったわたしは、やりきれない気持ちで、暑い中、言葉を失って立ちつくした。
「薬、取りに行くんでしょ?」とキャプテンがわたしを促す。
「うん」
「じゃ、ぼく、いまから○○○○(近所の大型スーパー)に行ってくるから」

そして、顔を見合わせて別れた。
これが、わたしが最後に見たキャプテンの姿になるのだろうか。

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久々の美容院にて

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これは昨日の話になるが、この頃ボサーッとほったらかしにしていた髪を、なんとかしてもらいに美容院へ行った。
病院の帰りにである。

「あのぉ~…じつは、病気で髪の毛、しばらく洗ってないんです」
とわたしは、洗髪担当の美容師さんに伝えた。
これに関しては、いくらお金を払っているとはいえ、いつも申し訳なく思っているのである。
「あー、そんなん、全然大丈夫ですよ。よくいらっしゃいますよ、そういう人」
と洗髪担当美容師さんが笑って答える。
まあ、そういえばそうか。
ここは、H病院(精神科)の患者が、唯一歩いて行ける距離の美容院なのである。

髪を切る担当の美容師さんは、今回は男性だった。
名刺さえくれれば、前回の女性美容師さん指名でもよかったのに、なぜか彼女は名刺をくれなかったのである。
思うが、話の途中で「どこから来られたんですか?」とどの美容師さんも必ず尋ねてくるのだが、これって遠くて二度と来なさそうな客を区別するためではないかと、わたしは勘ぐっている。
今回もそれを聞かれて、「○○市です」と答えたら、「遠いですねー」と言われた。
む…。だからといって、こっちから名刺をくれとは言わないわたしである。
美容師さん自身が判断して、この人はまた来るから名刺を渡しておこう、という感じじゃないと嫌なのである。

この日の美容師さんは手ごわかった。
「頭皮が荒れてますね」
「えっ。じつは、しばらく髪、洗ってなかったんです。ちょっと病気で」
「あー…(なるほどといった感じ)」
「そんなん、わかるんですか?!」
「わかりますよ、この仕事、2・3年もしてれば。この人、ストレス抱えてるなとかなんかあったなとか、髪を見ればすぐわかります」

おおー。なかなかセンスがありそうだな。
ただ、べちゃべちゃおしゃべりしているだけではなく、こうしたプロの一端を見せてくれる美容師さんには、客も安心して髪をまかせられるというものである。
(向こうの作戦かも知れないけど。)

それで、髪のアレンジの仕方なんかもいろいろ教えてもらって、お会計4,000円を払って、さっぱりしてきた。
美容師さんが、名刺をくれる。
やっほー。これでまたこの人、指名出来るわけね。
やっぱり、髪はなるべく同じ人に毎回切ってもらいたいもんである。

そういうわけで、教えてもらった髪のアレンジをすべく、帰りにコテとかヘアケアグッズを買ってきた。
コテ…ちょっと怖いんだけれどね。
『若草物語』で、エイミーが、前髪をコテでまる焦げにしちゃうシーンを読んでから、コテ→髪焦げる、というイメージがわたしのなかで出来上がってしまったのだ。
まさか、現代のコテにそんなこと起こり得るとは思えないけれど。

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ビールで始まる朝の情景

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酒量がやや上がってきた。
昨日の夕ごはんは、冷やしたワインばかり飲んで、ミニ弁当のごはんとクリームコロッケを残してしまった。
弁当より、ワインの方が美味しい。
そろそろ、スーパー弁当にも飽き始めたのかも知れない。

今朝は今朝で、なんだか気だるくて、なにをしたらいいのかわからなかったので、取り敢えずビールを飲んだ。
昨日の残りである。
そういえば、昨晩は、ワインだけじゃなくビールも飲んだんだっけ。
ラップとゴムで蓋をしたビールは、美味しいとは言えないが、それで今朝はなんとか持ちこたえた。

――残り物のビールを、ぼーっと考えごとをしながら、ぐいっと飲む。
それを飲み終えると、もう1本、冷蔵庫からビールを取り出して開ける。
プルリングを引っ張るとき、長い爪だと折れてしまいそうで怖い。
もう少しだけ切ろうかな…と爪を思いながら、2本目のビールをぐいっと美味しく飲む。

ビールを飲んでいる間、なにを考えていたかは、すっかり忘れてしまった。
あるいは、なんにも考えていなかったのかも知れない。
…気がつくと、わたしは、左手にビールを持ったまま、オッドマン付一人用ソファで眠っていた。
うわーこわ。
よく、左手からビールを放さなかったものである。

吝嗇家なわたしは、飲み残した2本目のビールを台所へ持っていき、またラップとゴムで蓋をして、冷蔵庫にしまった。
こうでもしないと、ケース買いしたビールがせっせとなくなっていくので、ケチンボ節約しているのである。
嗜好品で家計をヒッパクしてはならん。…

ビールを冷蔵庫にしまったあと、わたしはばたりと寝床に横になった。
室温30℃に設定してあるクーラーを切る。
代わりに、扇風機をつける。
ふわ~んと漂う、扇風機からの優しい風。…心が和む。
この方が、わたしは夏らしくて好きだ。

そのまま12時ごろまで、朝寝してしまった。
あー気持ちよかった。
じつはまだ、もっと昼寝できそうな気がしている。
優しい空気のなか、包まれるようにずっと眠っていたい気分である。

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今度はドーナツ中毒??

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最近、なにかを食べている夢で起きることが多いのだが、わたしは朝、お腹が減っているのだろうか?
確かに、前の夕食が午後6時前というのは、早すぎるかも知れない。
朝になれば、かなり血糖値も下がっていることだろう。

今朝の夢は、ミスドのドーナツを食べている夢だった。
正確にいうと、なにを買おうか迷っているところである。
「エンゼルフレンチ、ふわふわでいいよね…。あと、オールドファッションのどっしり感は欠かせないな。それから、オーソドックスなハニーディップ! あ~食べたい!」

そこで無残にも目が覚めた。
時計を見れば、午前6時。
なぁにぃ~~?!
営業時間はいつだ!!

わたしはそこで、ボヤボヤのあたまを駆使しながらも、パソコン検索した。
オーノー!! 午前8時営業!!
2時間も待っていられるか、この空腹ーー!!

仕方なく、わたしは冷凍庫から冷凍ピザを出してチンして食べた。
なんか…虚しい…。
これじゃ、いつもと同じじゃないか…。

ところで、わたしは滅多にミスドのドーナツを食べない。
むしろ、ドーナツはあまり好きではない方だ。
それなのに、なぜ、急に今日に限って食べたくなったのか。
明日目が覚めたとき、午前8時を過ぎてたら、絶対買いに行く予感なのである。

「しかし」
とわたしは思う。
「ソフトクリーム中毒の次は、ミスド中毒。となれば、経済的にイタイのは後者だ。困るな」

だから、ほんとうは、ミスドを忘れるまで、ミスドにドーナツを買いに行かない方がいいのかも知れない。
朝食としてふさわしいのは、ドーナツの方だとは思うのだが。

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NTT西日本のアホ

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今日は朝から疲れまくった。

先日書いたとおり、わたしは5月にADSLからNTTフレッツ光プレミアムにプランを変更した。
電話代の請求書を郵送してもらうと100円ばかりかかるので、通話料はネット上で見る設定にしていた。
だから、通話料とその内訳、あとプロバイダ料についてはわかっていたが、先月の引き落とし分には工事費その他も含まれていたので、いまだNTT電話にかかる固定料金みたいなのが、はっきりしていなかったのである。

今日、やっと6月分の引き落としを見てそれがわかる…と思ったら、アレ? なんだか金額が安すぎる?…
こーゆーもんは、安ければいいというのではなくて、なにが請求されているのかがわからないのが気持ち悪いので、わたしはNTT西日本に電話をかけた。
引き落とし金額の内訳くらい、すぐわかるだろう。

NTT西日本のオペレーターは、ひどく高飛車な態度の女性だった。
「今回の引き落としの内訳を知りたいんですが」
と言うと、ネットによる通話料請求の案内を始めたので、いや、そうじゃなくて、今日引き落とされた○○○○円の内訳を知りたいのだ、と言い足すと、すごくめんどくさそーに、×××料がいま、キャンペーンで2,600円が半額になっているんですよ、と彼女は言う。
だ・か・ら!! 違うだろ!!
引き落とし金額全体の内訳を知りたいって言ってんだろーが!!

「いえ、あのね。知りたいのは、電話をまったく使わなかった場合、いくらの請求が来るかってことなんですよ」
とわたしは言い換えた。すると彼女は、
「キャンペーン中のですか? ふだんの金額ですか?」と言う。
あほか。キャンペーンで半額になっているのを知ってんだから、どっちだろうがこっちで計算できるだろーが。
「どっちでもいいんですよ」とわたしが言うと、彼女は憤慨して、
「ちょっとお待ちください。べつの機械を使わなければわかりませんので!」
とぴしゃりと忌々しさをわたしにぶつけるのだった。
べつの機械ってなんじゃ。そんなもん、客の知ったことか。

しばらくして出てきた彼女は、「×××がキャンペーンで1,300円、△△が600円、…」と説明し始めたが、それらを足しても、今日の引き落とし金額と合わないのである。
「それでは金額が合いませんが…」と指摘したら、
「お待ちください。大きな機械を使わないとわかりませんので、後ほど改めてお電話します」
というショボイ結果で、ヤツは逃げて行きおったのであった。
べつの機械とか大きな機械とか…、この人いったいいくつなんだろ。
NTTが電電公社だった頃からいるんじゃないか。あのオヤクソ態度。

のちほどかかってきた電話は、NTT西日本からではなく、ナントカナントカっていうこれまた知らない代理店のようなところからだった。
「さきほど、NTTの方がおっしゃっていた数字と全然違いますが…」とわたしが言うと、男性は、
「それは、この◇◇◇に含まれる金額が×××料でして、さらにお客様の電話は長く使われていますので、安くなっているのです。…」
と説明するのだった。
「ともかく、おっしゃっている▽▽▽▽円が、毎月必ず支払う料金ですね?」
と確認したあとで、わたしはようやく電話を切った。が。である。
 
その男性が言ったとおりの計算をしてみても、やっぱり通帳に記されている金額にはならないじゃないかぁああー。
あーー気持ち悪い!!
もう、真実なんかコンピュータ以外、誰もわからないんじゃないか。
NTT西日本の光フレッツに関して、以前からあまりにも、あちこちで言うことが違ったりしていたので、やっぱり100円出して、書面での請求書をもらった方がいいのか?…などと考えている。

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コカコーラVSペプシコーラ

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去年の春から、わたしは0Kcalのコーラを飲むようになった。
なぜならその頃、精神科入院中だったので、スカッとしたものを飲みたいときに、ビールを飲むわけにはいかなかったからである。

最初は、0Kcalのコカコーラ(以下コカコーラ)を飲んでいた。
だが、病院の売店で、ペプシコーラにも0Kcalのもの(以下NEX)があるのを知って、どちらも好き好きに飲み始めたのである。

しかし、わたしは次第に気がついた。
NEXの方が、コカコーラより、美味しい!?
どこがどう違うのか、うまく説明できないのだが、NEXは冷えてなくてもそこそこ飲めるし、気がつくと減りも早いのである。
それを確信した日から、わたしは断然NEX派になってしまった。

そして今年。
春がきて、スーパーでNEXを買おうとしたら、それが棚にないという事態に、わたしは何度か見舞われた。
最初は、
「ここのスーパーって、NEX置いてないのかなぁ…。へんなの」
と何も疑わなかったが、ある日、某スーパーで、棚にNEXが2・3本しかないのを見て、
「あっ…、NEXって売り切れることがあるんだ!」
と悟ったわけである。

ちなみに、いつの場合でも、コカコーラの棚は満杯で、品切れということはない。
NEXだけが、売り切れだったり、あっても数本だったりすることがある。
従って、夕方のスーパーの棚を見れば、どっちが0Kcalコーラのシェアにおいて勝敗したか、はっきり見ることが出来る。
それはもう、残酷なくらいである。

「そうかぁ…やっぱりみんなも、NEXの方が美味しいって思ってたんだなー(あるいは宣伝力?)」
とわたしは、自分の舌が正しかったことに安堵する一方で、
「いや待て。これでは、昼すぎまでにスーパーに来て大人買いしないと、思うように手に入らないじゃないか!」
と困惑もしたのである。

ちなみに、コンビニでNEXを買ったら、スーパーより40円も高く売りつけられるので、わたしは絶対スーパーで買うようにしている。
買うときは2・3本単位で、自分ちには、常に3本以上のNEXが待機している。

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日本人の見分け方とか

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わたしは、こんな郊外の商店街のなかでも、女性の服装チェックをする癖がある。
でも、ほとんど全員がわたしと同じく、《ちょっと出かけるだけの服装です》なので、ほっとすると同時に、「普段着ばかりでつまんないな」とも思っている。

そんな今朝、スーパーでNEXを買って帰ろうとすると、レジの外で、小学生高学年くらいの女子が3人が遊んでいた。
うーん。地味だな…。今年モノではないし。子どもだから仕方ないけど。
次に現れたのも、小学生高学年~中学生くらいの女子3人だった。
ううむ。全員、洒落っ気がないな。しかも、ちょっと色彩が暗すぎる。

…と思った瞬間である。
その3人は、日本語をしゃべっていなかった。
「何語だ?」
と耳を傾けるも、さっぱりわからない。
英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、中国語、韓国語ではないのはわかる。
しかも、見た目は外国人であることは全然わからない。
大抵、外国人なら服装や雰囲気でわかるものだが…、子どもは例外だったのか?

わたしが普通に歩いていると、彼女らはわたしの行き先をはばむようにして、さっさとスーパーを出て行き、スーパー前に違法駐車していたチャリに乗った。
その後のことは、知らない。
でも、チャリを持っているということは、けっこう長くここに住んでいるってことなんだろうな。
彼女らはもしかして、姉妹だったのか??

ところで、わたしは先日、
「北京オリンピックでマラソンを沿道で応援する日本人軍団は、警備3倍らしいよ? → 日本人が団体で歩いていると危ない情勢なのかも」
と両親に話したところ、楽観的な父が、
「やー。日本人も中国人も、区別つかんやろ」
みたいな呑気なことを言ったので、
「なに言うてんの、香港に行ったとき、どんな格好しても日本人は日本人ってすぐわかる、って地元の人が言うとったで!」
と、父に向けてマシンガン発射したところだったのだが、サテ真実はいったいどうなんだろう。

しゃべってくれれば、今朝のわたしのように、「元祖日本人ではない」ことがわかるだろうが、見ただけで日本人ってわかるっていうのはいったい?
――少し考えて、もしやそれは、《みんな同じ服装・髪型をしている》 じゃないか? とフト思いついたとき、わたしはヒィィー!! と、普段着がどーのと細かいこと言っている自分が、バカみたいに思えてくるのだった。

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夏はなすびと冷奴と

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母が、「買い物に行くので、ついでに筑前煮となすび田楽を、持っていきます」とメールしてきてくれた。
このところ、惣菜はずっと母からもらっている。
ありがとうございます。

「なにか欲しいものはありますか?」と続いていたので、わたしはうーんと考え、(たんぱく質が足らないな…)と思って《まるちゃんのチキンハンバーグ》をお願いした。
先日、リクエストしたのもそれである。
なぜいつも、《まるちゃんのチキンハンバーグ》でなければならないのかというと、それはわたしが加工食品において、一度食べたことのあるものしか信頼出来ないからである。
なお、この習性は、加工食品の偽装問題が出るよりも、ずっと前からのものである。

だから、「今日なら冷凍が安いです。どっちがいいですか?」と母が再度メールしてきたとき、へんなミンチボールとか食べたくないので、「まるちゃんのハンバーグに冷凍なんてあるの?」と訊いた。
すると、やっぱりなかったみたいで、「了解」と返事がきた。
でも、いま思い返したら、まるちゃんのハンバーグって、たしか冷凍モノで焼くタイプもあったんじゃないかな?

しかし残念ながら、いまのわたしときたら、ハンバーグを焼くのでさえ面倒なのだった。
ほんとうは、焼くだけの魚とかも注文できればいいのだが、現在は白米を炊くのと、食器洗いが精一杯である。
冷凍庫にあるアジノモトのギョーザなんか、もう何ヶ月間あそこにいることか。
どーしても台所に立たなければならないときは、いつも気つけのビールを飲んでいる。

長らく料理をしていないので、油や料理酒やみりんなど調味料が、だんだん古くなってきた。
あれ、全部母にあげようかな。
そう、冷凍庫の化石ギョーザも。
ちょっとへんだが、いつも手作り惣菜を持ってきてくれている母へのお礼だ。

…と書いたところで、母がやって来て、ついでに豆腐も買ってきてくれた。
ありがたい…。
夏は冷奴とビールでぐいっていうのもいいよね。(ついでに花火パーン)

そんなことを考えながら、食料品の数々を受け取っているうちに、北京オリンピックの話になって、開会式何時からだ? とか調べている間に、わたしはすっかり、彼女にあげようと思っていた調味料+化石ギョーザを渡すのを忘れてしまった。
最近、忘れるのもすごく得意なのである。
番組予約を入れておかないと、たぶん開会式も見ないだろうな。

美味しいなすびやら冷奴やらに囲まれて、ビールを飲み、北京の花火をパーンと見たいところだったが、オリンピックの開会式は日本時間午後9時からであった。
夕食にはちょっと遅すぎる。
よって仕方ないが、今日の夏ごはんは、花火バーンは抜きである。

【お詫び】
文中《まるちゃんのハンバーグ》は、《イシイのハンバーグ》の間違いでした。ボケですみません…。

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北京五輪・開会式を見て

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昨日は夜更かしして、つい北京オリンピックの開会式を、最初から最後まで見てしまった。
TVを消したら、急に寂しくなるような花火ぼんぼんだったので、見ていられずにはいられなかったのだ。

ところで、わたしは何にでも難癖をつけてしまうイジワルなのだが、今回の開会式にも難癖をつけてみようと思う。

① 中国の紹介ばっか見せられた気がする。:
歴史の長い国だからわからんでもないけれど、「このオリンピックを機に世界を考えましょう!」じゃなくて、「このオリンピックを機にわたしたち中国を見て!」というメッセージが強すぎて、食傷した。

② 男女の役割分担、激しすぎ。:
開会式の華であるアトラクションの多くが、男性ばかりのモブ(群集)で、女性はほとんど出てこなかった。
出てきたと思ったら装飾品的役割。
ちなみに、アトラクションに出演した男女比は、男性:女性=9:1くらいじゃないかと思う。
この国って、男女間の役割分担が強いのねーと、中国を知らないわたしなんかは思ったものである。

③ じこちゅ~~~。:
活版印刷の文字が波打って、バーンと重々しく「和」という文字を造りあげてみせたが、ほとんどの外国人にとって、あれは「???」だっただろうと思う。
わかったのは、日本人と台湾人くらいまでじゃないか?
まるで、世界中の人が漢字を知っていると言わんばかりの演出は、不親切すぎる。
個人的に興味深いのは、「和」の文字が、日本では日本のことを指すことがあると知っていれば、中国はあの文字を浮かび上がらせただろうか? ということである。

④自爆演出:
開会式もクライマックスの聖火リレーの最終走者の後ろに、いままで走ってきた世界中の聖火リレーの人々の写真が次々と大空に浮かび上がるのだが、あれは見事な自爆だったと思う。
チベット問題により、今回の聖火リレーは、決して平和的ではなかったことは誰もが知るところである。
各地の暴動で、聖火は少なくともフランスで一回消えている。
もちろん原因は、少数民族を弾圧してきた中国のツケだが、最後の最後で、あの数々の事件を思い出させられた人々は、わたしも含め複雑な心境になったと思う。
「あれが、開会式で誇れることか?」

…というような、いろいろ物議を醸し出した聖火だったが、無事、最終走者が宙から聖火台に火をつけて、ようやくオリンピック開催になった。

ところで、これはあくまでわたしの好みなのだが、聖火台への点火は、毎度おなじみ・あの長い階段を昇ってからの方がいいなぁと思う。
あの長い階段が、人類の歴史だとすれば、聖火を持って聖火台へ一段一段昇る最終走者は、まさに火を操り、一歩一歩歩んできた人類の象徴になるじゃないか。
わたしは、そっちの方がカンドー的だと思うけどなぁ。

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【五輪】試合時間遅すぎ。

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今日は、いつにも増して、あたまがボケボケなのである。
昨晩、深夜1時まで、女子バレーボール1次リーグを観ていたからだ。

しかし、なんだってこんな夜中に試合させるかなあ。
オリンピックって、もっと期間を長くしてもいいんじゃないの?
選手にとって、本来なら寝ているはずの深夜0時(現地時間)に試合終了って、きつすぎるんじゃないだろうか。

それにしても、チャイナ、やってくれたなって感じの試合スケジュールである。
女子バレーボールに関しては、中国は1次リーグA組に入っていた。
それなのに、1次リーグはB組から先に、午前中始まったのである。
A、Bとくれば、ふつうAからスタートだろうが…。

そんで、A組の<ベネズエラ-中国> の試合は、現地でゴールデンタイムの午後8時から行われたのである。
こういうのって、開催国の権限で、許されるもんなの?? それとも偶然?? ←よく知らない。
あるいは、なんかのスポンサーが絡んでいるんだろうか。
…なんてことを考えていると、やっぱりオリンピックには、どこかしら暗いものが見え隠れするなあと思う。

結局、わたしがあたまボヨボヨになって観ていた試合<日本-アメリカ>は、3-1で日本が負けた。
やっぱり、あの身長差をカバーするのは、大変なことなんだろうなと思う。
多民族国家のアメリカの選手のなかに、東洋系の人物は一人もいない。
そういうのを見ていても、もともとバレーボールという競技は、東洋人向きではないのかもなーと思う。

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橈骨神経麻痺・その後3

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4月中旬に起きてしまった、左手の橈骨(とうこつ)神経麻痺だが、いまはちょっと握力が弱いかな? というところまで快復した。
しかし、困った問題が残っている。
それは、指の第二関節が、押すと痛いことである。

わたしは、小学生のころから、指をバキバキバキッと鳴らすのが癖で、理学療法士の受験のときでさえ、しんとした教室のなかで「バキボキバキッ!」とやっていたそうである。
これは、予備校仲間から休憩時間に教えてもらったことで、自覚はなかった。
「○○さん(わたし)のは、よく鳴るから、すぐわかる」と言われた。
「受験中にやるか?」とも…。
気が散ったんだろうか。

そのくらい、ボキバキバキッが好きなわたしなので、関節が痛くて鳴らせないのは、とっても辛いのである。
何度か、鳴らそうと思ってぐいぐい押していたが、そんなことをしているうちに、さらに痛くなってきた。
でも、なんで神経の問題だったのに、いま関節なのだろう。
動かせずにいるうちに、関節が拘縮したのか??

ともかく、これは一度整形外科で診てもらった方がいいなあと思っているのだが、暑さと怠惰でなかなか行けない。
それに、「指が鳴らせない」というのが、診察理由になるのだろうか。
だが、経過観察という意味でも、ほんとに一度病院に行った方がいい。
行った方がいいいよ、自分…。

身体が不可逆的に、どうにかなるっていうのは嫌なものだ。
わたしは橈骨神経麻痺くらいで、後遺症は残したくない。
そう思いながら、「病院に行けるようになるのは、いつだろう」と、他人事のように時期が来るのを待っている。
秋…とかになったら、どうしよう。
「あー、これはもう仕方ないね」
なんて言われたら……、あ~~あたまが痛い…。

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指バキボキバキ!の行方

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昨日の記事を書いたあとで、わたしは本格的に指の傷みのことが気になり始め、
「えーーい、迷うより行ってしまえ!」
と、徒歩2分のところにある整形外科へ行ったのである。

すると、医師はこう言うのだった、
「橈骨神経麻痺で固定してたからってことはないわ。ちゃんとその関節、外に出してたやろ? 考えられるのはリウマチやな」
「(ガーーン!)え…でも、タイミング的に、あまりに近いので…」
「そりゃ、少しは固定してたからっていうこともあり得る…けど、ないかな~。ふつうこういう場合はリウマチを疑うな」
「~~~~」
「リウマチの検査受けたことある?」
「ないです」
「じゃあ、検査受けて因子があるかどうか診ますか?…でも、この程度やったら治療せえへんけどね」
「(げーー)」

じつは、わたしは父方も母方もリウマチ患者がいる、リウマチ家系の一人なのである。
だから、ほんとうは検査を受けた方がよかったのかも知れない。
だが、わかったところで治療はしないというなら、知るだけ無駄じゃないか。
リウマチは、進行性の病気である。
わたしの叔母は、最後の数年間は、寝たきりで亡くなった。
もし、自分がリウマチ発症だとわかれば、わたしの軽鬱が激鬱になるのは、間違いない話である。
それに…、血液検査なら、精神科で定期的にやるので、その気になればついでにお願いできる。
何回も針を刺されるのは気分のいいことじゃない。…

いろいろ考えた上で、わたしは結論を言った。
「確かにうちはリウマチ家系なんですが、今回は検査を受けません」
「いいですよ、それで~。またなんかあったときに受けたらいいからね」
そして、診察料を820円もとられて帰ってきた。
くそ。
いつも夕食弁当を買うとき、398円以上のものはなるべく買わないようにしているわたしなのに。

(リウマチっていう言葉が出てくるのは、思いもよらなかったな…)
帰りに、ぼんやり考えた。
いずれにせよ、いまは気にしても仕方ない。
それよりも、肝心の指バキボキバキッ! が治療やリハで出来るようにならないのは、とても困ったことである。
早く、自然治癒してほしいよー。

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水道水は臭いんだってば!

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整形外科での待ち時間、置いてあった新聞を読んでいたら、「うっ。コイツ、腹立つぞ」みたいなじーさんが凛とした態度で、なにやら述べていた。
《読者投稿欄》である。

じーさん(65~75歳くらいだっけ)は、水資源の大切さを訴えていた。
「我が家では、水を買って飲んだことなどない。水道水はちゃんと飲めるようになっているのだから、無駄に買ったりせずに水道水を飲めばよろしい」
といった論調であった。

なんだとぉおおお~~?! コイツ、どこの田舎者だ!!
大阪の水が、どんだけ臭くて飲めないか、おまえわかってんのかーー!!

見たら、千葉県の人だった。
千葉県…まるっきり山の中でもないんだから、たぶん水道水は、大阪と同じように不味いんじゃないかと思うのだが…。
じーさん、各自、自宅用のろ過装置をつけろと提案しているのか。

千葉も大阪も、同じように臭い水道水だとすれば、あれを真夏の暑いときにゴクゴク飲めっていうのは過酷すぎる。
そりゃ、人間、危機に陥れば、泥水でも尿でも飲めるが、「飲めるんだからこれを飲め」と、あの臭いに辟易している人間にまで押し付けるのはどんなもんか。

ちなみに、わたしがいま水代わりに飲んでいるのは、NEXである。
確かに懐にとってはイタイ話だが、わたしは水道水をそのまま飲む気はない。
たまに薬とともに飲むこともあるが、ほんの20ccくらいが限度だ。

――なにかを提案するときに、たとえその内容が良くても、「自分がしているから、みんなもこうすればよい」と呼びかけるのは、人々の反感を買いやすいのではないか。
「自分がしているから」という自分基準ではなく、いろんな人がいることを熟考して、柔和な態度で意見を述べることが大事だと思う。

あの、新聞の《読者投稿欄》には、しばしば、「おいおい、何を言い出す…」というような人が湧いて出る。
たぶん、大反論が出るような投書をも載せないと、その一面に閑古鳥が鳴くから、新聞社はあえて入れているんだろうと、わたしは勝手に思っているのだが。

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ゆっくり眠りたい

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北京オリンピックが始まってからというものの、わたしの睡眠時間は無茶苦茶になってしまっている。
いちばん観たいのはバレーボールで(陸上が始まれば陸上)、あとはメダルを取れそうな競技、体操競技などのふだんあまり目にすることのない競技である。

さて、しかし、こうやって、
① TVに視聴予約を入れる。
② 寝る。
③ TVに起こされる。
を繰り返しているうちに、だんだん体調が崩れてきた。
いちばんよくないのは、バレーボールの開始時間が夜11時だったりすることだ。
昨日の女子<日本-ポーランド>なんか、終わったのはたぶん午前2時ごろ(日本時間)じゃないかと思う。

それで、今日は朝から寝たり起きたりで、どうしても《なにか》をすることが出来ない。
午前10時半、ピンポーンと玄関が鳴った音で目覚めたら、なぜかわたしは右手にケータイを握り締めていた。
そこには、「10時半ごろ、鯖を持っていってあげます」と母からのメールが書かれてあった。
鯖…。わたしは、これを読んだのだろうか? まったく記憶にない。

だらだらと鯖を受け取り、ついでに両親が「クーラーのフィルター掃除をしてあげよう」と言うのでやってもらってありがたかったのだが、身体は「は・早く終わって帰ってくれ…」と言っていた。
とにかく、身体がだるいのである。
横になりたいのである。
いまも、座っているのがしんどいのである。

これから、さらにぐったり寝ようと思う。
自業自得だが、途切れ途切れの睡眠は、長く続くと辛いものである。

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お盆とは知らず

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TVで帰省ラッシュがどのこの言っているので、わたしはえっと思った。
ラッシュ? 行きの? 帰りの?

わたしの知らないうちにお盆が始まっている。
どおりで、上の階がうるさいと思った。
上の階は、ふだんは静かだが、お盆のときだけは、子どもが帰省してくるらしく、どすんばたんとうるさいのである。

しかし、昨日はそれを聞きながら、ほろりと一人淋しくなってしまった。
誰からも孤立して、自宅でゴロゴロしている自分…。
もうずっと、このままなんだろうか。
わたしは、若かったころの元気な自分を思い出して、人生の楽しい時期なんて、ほんのわずかだなあと思った。

それで今日、精神科の通院日だったので、担当医Kっちに現状を訴えたのであった。
もう一人はしんどい。
寝てばかりの日々。打開策が見えない。
アンケート用紙のわずかな一行が読みきれない。気がつくと止まっている。簡単な内容なのにあたまに入ってこない。
家事が出来ない。食べ物は両親から差し入れてもらったりしている。

あと、自分でも嫌になるくらい、声が出ないのである。
話すと、ぼそぼそした感じになる。
これは、誰としゃべっているときでもそうだ。

現状を訴えてみると、なんだかわたしは、鬱病の本でも読んでいるような気分になってきた。
典型的じゃないか…。
Kっちは、「入院するか?」と訊いてきたが、わたしは今回は断った。
入院は、ほんとうに「助けて」状態になってしまったときの、切り札にとっておこうと思う。
また、3ヶ月も待たされたら大変だ。…

帰りは回る寿司屋へ寄ったが、すんごい人だかりで、お盆の怖さを知った。
30分くらい待ったが、子どもが多かったのも手伝ってか、周りのパワーに圧倒される。
本マグロの解体が始まったが、誰も見ていない。
わたしより年取った人たちが、元気に咀嚼している。
寿司くらい、ひとつまみずつ、ゆっくり食べればいいのに…解体されてるマグロでも見ながらさ。

人の勢いに疲れたわたしは、帰りの車のなかでは、すかーっと眠ってしまった。
ああほんとうに疲れた。
お盆はもう結構。

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ふぁ~でゴメンなさい。

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今日は朝、何度も目が覚めながら起きれなくて、やっと起きた感じになったのが午後2時ごろである。
正午ごろにも起きていたが、パソコンのモニターを見ていると、急にウトウトして、あかんこれは…と思って寝なおした。

そのとき、ピザを食べたのだが、わたしは、早朝にもなにか食べたような気がした。
見ると、やっぱり台所にピザを食べた痕跡がある。
そうだ、きっと午前7時ごろだろうか――、あのとき、わたしはすごくお腹がすいていたのである。
たぶん、半分眠りながら、食べたんだと思う。

そういうことで、冷凍庫のピザはあと1枚になってしまった。
今日は夕ごはんがあるので、買い物に行く必要がなかったはずなのに、ピザを買いに行くなんて、そんなぁ~…。
とてもじゃないが、服を着て買い物に行く元気はない。
このごろ、ほんとうにしんどいのだ。
もう、明日のピザは1枚でなんとかしのごう。

ふぁ~とあくびが何回も出てきた。
身体は、また寝るつもりかも知れない。
そういえば昨日、血圧を測ったら80台/50台になっていたな。
もうほとんど、休眠中のクマみたいなもんである。

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中国人観客のトホホ

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昨日の、男子バレーボール<日本-ベネズエラ>はひどかった。
なにがひどいって、中国人の観客が、である。

なんと彼らは、日本人がサーブをするとき、必ずブーイングしてくるのである。
なんの問題もないのに、サーブでブーイングなんて、聞いたことがない。
しかも、日本の相手は、中国と何の関係もない、他国である。
自国との対戦のときも、ずーっとそれをやっていたが、彼らには、ブーイングの意味がわかっているのだろうか。

へんな判定があって、それで観客がブーイングするのは、ふつうの光景だ。
それでも選手は、「審判が判断したことだから仕方ない」と言う。
でも、順調な試合運びをしているのに、選手の集中力を乱すために、わざと日本にだけブーイングするとは、なんて民度の低い国なんだろう。
スポーツに反日感情を持ち込み、試合を妨害するなんて、あっちゃーならんことである。

陸上競技でも、中国人観客のマナーが悪かった。
トラック競技で、"On Your Mark" とアナウンスが入れば、観客はふつう静かにしているものなのだ。
それなのに、わたしの知る限りでは男子400MHのときに、フィールドで中国人選手が競技していたのであろう、観客がぎゃーぎゃー騒いで、選手がいつまでもスタートに入れず、「静かに」という場内アナウンスが流れたほどであった。

今回の北京オリンピックでは、開会式のインチキ口パクや、その他いろいろインチキ演出が暴露されているが、中国はまだ、オリンピックを開くには精神的に10数年早かったんだろうと思う。
中国は、まだ、なにがよくてなにが悪いのか、よくわかっていない模様だ。
ちなみに、インチキ口パクについては、わたしは見た瞬間から、「この子が歌っているようには見えないな」と思っていた。
だって、あんなに感情豊かに歌うとすれば、当然首も動くだろうし、直立不動で笑いながら、というのは無理なように思えたからである。

さて、こうして観戦していくうちに、中国のインチキさとマナーのひどさについて、じゅうぶん周知させてもらったわけだが、その中国が今日、女子バレーボールで日本と対戦するのである。
女子バレーボールは、中国は長身ぞろいで強いので、べつにブーイングしなくても日本に勝てると思うのだが、やっぱり彼らはするんだろうな。
あれを聞いていると、純粋にスポーツを楽しめないというか、憎しみがこちらに伝わってきて、《スポーツと平和の祭典ってナンダ?》と寒気がするほどなのである。

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一人千羽鶴

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「あ~~駄目だ、動けない…」
と今日も悶絶しているうちに、フトわたしは、自分のために千羽鶴を折ってはどうだろうか? と思いついた。

でも、あれって造るのにどのくらい時間がかかるのだろう。
一日一羽で千日…って、ええっ? 2年半以上もかかるの??
じゃあじゃあ、一日二羽では? 1年半足らず?
そんなにかかるんじゃ、無理だよ~。

でも、色とりどりの色紙を折っていくのは、楽しそうだ。
昔むかしは、ゴールドの鶴を折るのが好きだったな。
ゴールドとシルバーの色紙は、あんまり入っていないので貴重だったのである。

べつに、千羽に到達しなくてもいい、出来るところまでやればいいじゃないかと思う。
しかしよく考えたら、一人ぼっちが苦しいっていうのに、千羽鶴まで自分一人で造ってたら、もっと切なく苦しくなるんじゃないだろうか。
その可能性は、じゅうぶんある。
鶴が増えて、部屋を占領していくうちに、余計に孤独感が増してきたら?
やりかけの千羽鶴を見ながら、さらに深い悶絶へとはまっていったら?…

やっぱり、一人千羽鶴は危険だと思うのである。
あれはもともと、千人の人からの励ましで、「よし、頑張るぞ」と勇気づけられるものである。
“自分から自分へプレゼント”って言葉があるが、一人千羽鶴は…、ちょっと意味が違うだろう…。

そういうことで、最初はまあまあなアイデアだと思ったが、千羽鶴は当面、見送ることにした。
そしてまた、わたしは、空中にぽっかりと開いた穴を、ぼんやり見続けることになる。

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板飛び込みの思い出

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オリンピックの男子板飛び込みを見て、思い出した。
あの、水中でのもぐもぐ。

わたしは体育学部出身で、「水泳」の単位を取るためには、数々の試練があった。
①遠泳2時間
②立ち泳ぎ(脚だけ)1分間
③5m板飛び込み
などである。

遠泳はなんとか泳ぎ切り、立ち泳ぎは親指が1本出ていればOKなので、ぶくぶくしながら上がったり下がったりし、そして、5m板飛び込みはただ落ちるだけでよかったのだが、先生がいろいろ事前注意するので、他の試練と比べて、わたしは恐怖を覚えてしまったのだ。
曰く、
「つま先は立てておくように。ケガするから」
「身体はまっすぐ立てておくように。ケガするから」
「手を広げたりしないように。ケガするから」
などである。
そんなに危ないこと、なんでさせるのよ~~と思ったら、どうやら理由は、「いざというとき、高いところから飛び込む経験がないと、実際に出来ないから」だそうである。
実際とは、たとえば船が沈むとき、さっさと海に飛び込まないと渦が出来てからでは遅い。
躊躇していてはいけないのだーー!…と先生に説明(説得?)された記憶がある。

ともかく、落ちなければどうしようもないので、言われたとおりに、わたしは静かに飛び込んだ(←ぴょんと跳んだら距離が増える)。
プールに落ちるまでの時間は、案外長かった。
そして、ドボンと落ちて、予想もしなかったのが、プールの中である。
ヤレヤレと思ったのも束の間、わたしは自分がけっこう深いところに沈んでいて、そこから空気のあるところへ這い上がらなければならないことに気がついたのである。

「ぎゃ~~~!! たすけて~~!!」とそのとき初めて、わたしは飛び込みの第二の恐怖に気づいた。
水泳をしている人ならば、そんな大げさな…と思うだろうが、初めて5mプールの深さに沈んだ者としては、未知の世界で、ほんとうにジタバタだったのである。
慌てるわたしをよそに、ぶくぶくぶく…と水色のなかを、白い泡が立ち上っていった。
わたしは今日、TVを見て、その光景を思い出したのだ。

その後、わたしは必死で平泳ぎして地上に顔を出した。
上がってみれば、なんてことなかった…と思った。
でも、もう一回してみたいとは思わなかった。

ただ一つ、シュミレーション好きなわたしとしては、現在たとえば釣りをしていて、間違って海にドボン! といったときなんかに、あの経験はとても生かせると思っている。
あのときと違うのは、①に「まず靴を脱ぐ」が入ってくることだろうか?

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ダンスの時間

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今日もまた、社会で役立った大学時代の授業の話である。

それは、「ダンスの時間」であった。
当時、わたしは、くるくる回っても目が回らないようにするには、進行方向のある一点を凝視していればいいということを、知らなかった。
「ダンスの時間」は、それを初めて教えてくれたのである。

さっそく、進行方向の一点を凝視し、くるくる回りながらバレエダンサーのように移動してみる。
だが、最初の方はなんとかついていけるのだが、10mもいくとヨロヨロヨロ…と、体操部とダンス部以外のみんなは、酔っ払い軍団となってへたるのであった。
なぜなら、首がそんなに速く回らないからである。
一点を見つめているうちに、徐々に徐々にズレていって、やがてわけわからんあらぬところに、目も身体もいってしまうのだった。

でも、数回転なら、なんとか首もついていけるし、ヨロッとなってもごまかす技術を習得した。
人がやっているのを見ていても、首の回転速度によって、本格的にダンス・体操・バレエ・スケートなどをしている人なのか、ふつうの素人ダンサーなのかがよくわかる。
(ちなみに、ジャニーズの首は回らない。←つっか、踊る芸能人で首回る人いるのかな。)

社会に出てから、当時はバブルの後半だったので、わたしは夜遊びをよくした。
それで、素人くるくる回りをマスターしていたわたしは、がぜんディスコとかクラブ(当時は両方の呼ばれ方をしていた)で踊るのが好きになってしまったのである。

さらに、踊りつかれたときのために、わたしが発明したのは、「相手の目を見ながら1回転くるりん」であった。
これは、すごく簡単である。
そりゃ、首を少し上げて、相手の目を見て回るだけだから、首を立てたままくるりんするより、はるかに楽だー。
それでいて、なんだかダンスが上手く見えるのである。
お得ですよー。

しかし、大学の授業で学んだことが、こんなアホな使われ方をするとは、なんとトホホな話だろう。
しょせん、大学で学ぶことなんて、こんなものよね…と、納得することにする。

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LOVEの功績

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先日、ゆき妹がmixiで「マイミクに好きな人がいます」というタイトルの記事を書いていたので、ゆき妹らしくないな…と思って見に行ったら、それが地雷バトンだった。どっかーん!
ルールは、
・見たら絶対絶対絶対やる。
・タイトルを「マイミクに好きな人がいます」に設定する。
・見たらすぐダッシュでやる。
などだったが、もしわたしがそんなタイトルで書いたら、わたしのマイミク全員が肝をつぶす。

というのも、わたしのマイミクさんはわずか6人で、わたしの日記は「友だち以外は読めない」設定なのである。
びっくりさせた上に、みんなに同じ苦難を遭わせるのは…うーん。
デメリットしか思いつかない。
仕方ないので、わたしはゆき妹のコメ欄に、「国立競技場でもバトン落としてきたので許して~」と書いて逃げてきた。
「いつの時代や」と切り返されたが、一応、自分は逃げ切ったと思っている。
ふぅ。バトンはほんとうに厄介なものだ。

ブログでバトンが流行っていたときも、わたしはすべてスルーしていた。
サイドバーに、バトンは受け取りません。と注意書きを入れていたこともある。
あれを受け取れば、自然にひとつエントリーが出来て楽勝~…という見方もあるが、なーーんかわたしの場合、昔からこういうネズミ算式のものは嫌いなのである。
読んでいるぶんには、「へー、この人そういうところあるのかぁ~」という発見があったりして、不快ではないのだが。

「マイミクに好きな人がいます」に話を戻すと、これは人の関心を寄せ付けるのに、「LOVE」を用いたのが効果的だったと思う。
ヒトは、「LOVE」や「えっち」などの言葉に弱いのだー。
そういえばかなり昔の話になるが、「I Love You」ウイルスなんてのも世界で大流行したな。
タイトルが「I Love You」のメールにくっついてくるウイルスだが、わたしの仕事仲間のメーラーにはそれがなぜか10通くらいも来ていて、ここまでくればアホでも気づく…という域にまで達していた。

で、気がつくと、このブログのタイトルのなかにも、「LOVE」が入っていたりするのである。
これはわざとじゃないよ! 狙っていません。
でも、もしかするとちょっとしたサブリミナル効果が出ているかも知れない…。

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ネコの死

cat_yokomuki

実家の隣にある、叔父Yさんちで飼われていた猫のニャンが、死んだ。
拾われネコなので、年齢はおそらく15歳くらい。
目のあたりに癌らしきものが出来ていたそうである。

「あれはもう、長くないな」
と父が言っていた。
「また新しい猫、飼えばいいよ…」
とわたしは言ったが、Yさんとニャンとの間に深い絆があるのも知っていた。

ニャンは、もう一人の叔父が山歩きしていたときに、ついてきた猫である。
交通事故に遭ったらしく、尻尾が血まみれで切れていた。
それを引き取ったのが、猫好きの叔父Yさんである。
猫も恩を感じたのであろう、ニャンはとてもYさんになつき、一人暮らしのYさんを守るかのように、家の周辺でひっそり座っていたりした。

そのニャンが…。
「猫って、ほんまに消えていなくなるんやなあ」
わたしにカレーを届けに来てくれた母が、ニャンが死んだことをわたしに伝えた。
「もう、何日もヨロヨロで動かれへんかったのに、最後に『にゃん』って鳴いて、外に出るって言うねんて。出してやったら、もう二度と帰ってけえへんかった。周辺、だいぶ捜したんやけどなぁ」
「そんなに長時間歩ける状態じゃなかってんやろ?」
「でも、…たかーい夏草が生えてて、人が入られへんような場所もあるからなぁ…」
ふーーっとため息のあとで、母は言った。
「…動物ってすごいなあ。ほんまに、消えたようにいなくなるんやなぁ…」
「ほんまやね…」
「Yはものすごく落ち込んでるけどな。猫の習性やねんから、仕方ないなぁ…」

猫は死期を悟ったとき、自分からいなくなると昔からよく言われるが、まさかほんとうにこんなに鮮やかに消えていくとは思わなかった。
Yさんのそばを、片時も離れなかったニャン。
そのニャンがどんな思いで、最愛の人のもとを去り、自分の決めた墓へと向かっていったのだろうか。
そんなことを考えていると、なんだかとても切ない。

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サザエさんはいつまで続くのか

wakame

ときたま、ぽちっとTVをつけたら、サザエさんやってたーというときなんかに、そのままサザエさんを見ていたりすることがある。
これの原作は、いつの時代なんだろう。
昭和30年代後半くらい?

じっと見ていると、いまの時代にはもうないものが、ゾロゾロ出てくる。
鉛筆&鉛筆削り。
ワカメぱんつ。
ワカメ刈り。←(いまやったら虐待だ。)
チャンネルを回すTV。
黒電話。(カバー付きは、やっぱり昭和30年代後半~40年代か。)
家族の集まるちゃぶ台…。

そして、あるべきものがないという苦しい場面も出てくる。
シャーペン。
ゲーム機。
ケータイ電話。
コンビニエンスストア。
東京の通勤ラッシュ。
(波平とマスオさんなんか、よく帰りの電車で出くわすが、いつもガラガラで快適な車内環境である。世田谷に住んでいて、あれはないだろ…。)

しかし、これら《ないもの》と《あるべきもの》を同時に作品に入れてしまうと、ほんとうに「これはいつの時代だ?」になってしまって、大きな矛盾を視聴者は突きつけられることになる。
だから、『サザエさん』には、いずれ絶対、日常生活が描けないときがやって来る。
そんときは、色を全部セピア色にして、「これは過去の話です」と開き直るのもいいかも知れない。

ところで、サザエさんと、カツオ・ワカメの歳が、きょうだいなのにあまりに離れているのを、奇妙に思った人はいないだろうか?
サザエさんが生まれてから、10年以上も経って、カツオ・ワカメが立て続けに出生。
10年経って、できちゃったからもう一人、なら話はわかるが、10年経って、計画的に二人、である。
このことに、わたしはなんだか、波平・フネが、サザエさん一人では生み足らなかったという印象を受ける。

とするともしかして、波平は、カツオができる直前まで、出征していたのではないか。
帰ってきて、すぐに子づくりをしたとすれば、舞台は昭和30年代後半~40年代より、少し前の話になる。
原作マンガとTV放映とのあいだにタイムラグがあったはずだから、たぶん本物は昭和30年くらいなのかも知れないな。
だいいち、わたしが生まれたのは昭和40年だが、いなかったもんね。あんなサザエさん髪型の人。

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398円イチジクとの対峙

ichijiku

昼ごろ、急に「純米吟醸と寿司の組み合わせが食べたい!」と思いつき、瞬間、わたしはスーパーに買いに行っていた。
買った酒は、純米吟醸《玉乃光》720ml@995円、寿司は10貫@550円という、わたしとしてはかなりの大盤ぶるまいである。
ふふふ。でも今日はこれで、しっぽりといきますぞ。

なんて思って、ショッピングカートをもとに戻したときである。
わたしの視界に、ある果物の棚がふと入り、一瞬立ち止まって、おばちゃん一人をぶつからせてしまった。
それでも、わたしの足はふらふらと、果物の方へ吸い寄せられていくのである。

「大阪産イチジク…398円6個入り。小粒だけど底値だわ…」
わたしは、じーっとイチジクを見つめた。
完熟している。うーん…旨そうだ。
わたしは果物はほとんど食べないが、イチジクだけは別である。
一皮一皮、手でむき、冷たいのをぽんと口に入れる。
じゅわーーっと急速に、甘く冷たい果汁がひろがる。
あとからついてくる、ほんのり甘いイチジクの香り。
中心部分は花なので、ハチかハエが入っていないかと一瞬気になるが、食べてみるとやっぱり甘くておいしいイチジクだ!
一つ二つ食べれば、一日のビタミンC摂取量がまかなえるという賢いイチジク。
それなのに、一日何個も食べてしまう愛しいイチジク。
あ~~~~、食べたい!

だが、いつも398円の弁当を食べている人間にとって、果物だけで398円というのは高いような気もするのだった。
だいたい、果物全般は高すぎて手が出ない。
それに、今日はもうすでに純米吟醸を買うという贅沢もしている。
駄目だ…、こんなに贅沢をしていては駄目だ……。

それで、わたしはくるりと後ろを振り向き、愛しいイチジク@398円から「さよならっ、イチジク!」と遠ざかっていったのだった。
「今日のテーマは、純米吟醸と寿司。純米吟醸と寿司」
と心のなかで唱えながら。

家に持ち帰った純米吟醸《玉乃光》は、いつもの飽きない飲みやすさだったが、イチジクのことがあたまに残ってしまったので、結果的に、もっとフルーティな純米吟醸《夢の空》を、酒屋まで買いに行けばよかったと思った。
しかし、夏ももう終わりに近づいている。
イチジクとの対峙は、もうこれが最後かも知れない。

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○○の椅子

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今日はネタが出ないなーと、くるくる椅子で回っていたら、そういえば椅子って…、とあることを思いついた。

《課長の椅子》とか《部長の椅子》とか、昔からよく言われるが、小さいころのわたしは、なんで地位を表すものが《○○の椅子》なの? ということがわからなかった。
それが身に沁みてわかったのは、大学を卒業後、某証券会社に入ったときである。

いまとなっちゃーよくわかるが、椅子は昇進するごとに、グレードが上がっていく。
ヒラ社員は背もたれだけ、課長になったら肘つき、部長は革張り椅子、役員になったらリクライニング革張り椅子…。
あ~なるほどね。
入社したばかりのわたしは、世の中の仕組みを知って感心したが、同時に「アホくさ…」と含み笑いをもしてしまった。
要するに、《椅子のグレード》は勲章だかニンジンで、それで社員のモチベーションを上げようというシステムなのだな。

まだ女性は戦力として認められない時代だったので、わたしは指示どおりにお茶くみに徹し、給湯室で菓子をつまみながら、毎日「つまんね~」と退屈していた。
《常務の椅子》からは、「お茶くみしていれば、女の子はいい花嫁修業になるからね」という、いまではあり得ない言葉が何度も飛んできた。
くだらん、もう辞めよう…と思ったその時期、間の悪いことに会社が移転して、机も椅子もスバラシク変わってしまった。
とくに椅子は、ドイツ製とかで、これはヒラの椅子でもものすごく座り心地がよかった。
バブルの時期だったのだ。
あんまり座り心地がいいので、ついわたしは、辞める時期を1年間ほど遅らせてしまったほどだ。
恐るべし、椅子の魔力。

その後、バブルが崩壊して現状があるわけだが、あの会社は、いまでもヒラ社員にドイツ製の椅子を与えているのだろうか。
かなり高額だったと思うよー。
不景気とともに、課長あたりから、現在は椅子のグレードを落としているかも知れないな。
それもまた、日本経済全体のことを考えると、悲しいお話だが。

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テーマは「寝たおし」

fukei9

今日のテーマは「一日中寝たおす」ことだった。
今日だけではなく、最近ずっとこのテーマで生きているんだけど。

・ 9:30…起床。朝食。最近はピザ。
・10:00…睡眠。
・13:30…昼食。今日は八宝菜を半人前。
・14:00…睡眠。
・15:30…ぼけーー。
・16:30…ブログの下書きを始める。
・18:30…夕食。八宝菜の残り。
・19:00…ネットサーフィン。
・21:00…ぼけーー。
・22:30…薬飲んで、睡眠。

<TOTAL>
睡眠…16時間
・食事…1時間半
・ぼけー…2時間半
・ブログ&ネットサーフィン…4時間

ありー。これはやり過ぎだろうか。
一日16時間も寝ていたら、なにも得ることがない。
でも、わたしはいま、過去のことを考えたくないし、未来についても同様である。
最近、眠剤が強すぎるようなので減らしてもらってもいい感じだが、眠れなければ、わたしはきっとなにかを考えて、しんどい思いをする。

でも少し心配なのが、こうも寝ていると、全身の筋肉が落ちやしないかということである。
筋肉の多くは脚にあるので、この場合まず脚を鍛えることが大事だと思うが、先日、整形外科に行くのに3階まで階段を昇ったら、3日間ほど大腿部の筋肉痛が続いてしまった。
ナサケナイ…。
実家に住んでいたときは、部屋が2階だったので、トイレその他用事のあるときに、けっこう階段の昇り降りをしていたのだが、マンションに来てから、それが一切なくなったのである。
わたしは、自分の脚がけっこう好きなので、その筋肉がげっそり落ちて、ぼよぼよの棒みたいになったらショックだー。
なんとか筋肉を復活させねば!

そこでマンションの周りを見渡すのだが、困ったことに駅前なので、散歩する自然な場所がまったくない。
これまた実家の方では、堤防があったので、いまくらい涼しい気候のときは、よく歩いたり登ったりしていたものである。
一日中寝たおすのもいいが、歩く場所も確保して、あまりに常軌を逸しないようにしなければと、…いま考え中である。

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ハリボテだった北京市街

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朝、ワイドショーを見ていたら、「五輪後の北京」みたいなのをやっていた。
それであきれたのが、中国のまたしてもの《虚像》である。

取材によると、なんとあのマラソンのコースとなった、北京市街に立ち並ぶ美しい店舗のほとんどが、ハリボテだったというのだ。
あれらの店舗の裏側を覗くと、昔ながらの崩れかけた民家が立ち並んでいて、ちゃんと人も住んでいる。
ところが五輪が終わったいま、美しい店舗の方はもう、カギがかけられてあって営業はしていないし、冷蔵庫の電源まで抜いてあるところをみると、今後もとうぶん営業しないだろうということである。
さらに笑えるのが、路地への道は大きな扉がつけられていて、そこにはあたかも店舗があるかのように、壁アートが施されていた。

ま・さ・に! あの北京の中心街は、映画のセットだったのである。
いつも不思議なのは、中国は虚勢を張るのはいいが、なんでこんな子供だましなカッコ悪いやり方をするのだろう。
口パクも、CGも、ハリボテも、よく見ればすぐにばれることで、彼らはそういうことに、ほんとうに悪気がないように見える。
ちなみに、あの口パクの本物の歌い手の少女(7歳)は、開会式のとき、自分の名まえが一切出てこなかったことにショックを受け、自分の腕に歯型がつくほど噛みついて、傷心のままどこか遠くへ行っているそうである。
そういうのは、あの国はたぶん…ケアしないんだろうな…。
なにしろ、口パクにしたのは、「歌い手の外見が、国益にならないから」なんて、常識外れなことを平気で言う国だから。
やはり、中国という国は、先進国にするにはどうも異型な感じがしてならない。

閉会式で、ロンドンオリンピックの宣伝カー(と言ってもいいだろう)が来たとき、わたしは心からホッとした。
やっと、ふつーの世界に戻れた気がした。
中国を見ていると、今度はなにをやらかすのか…と、たぶん自然に肩が凝っていたのである。

こんなに的外れな感覚のうえに、嫌味なまでに虚栄心が強く、ガタイばかりがデカイ中国。
だが、そのデカさあまりに世界に与える影響も大きい。
首都をあんなにハリボテデコレーションしなきゃいけない国が、アメリカに追随して世界経済を動かすなんて、わたしはあまりのギャップに不安を覚える。
もし、中国が五輪中に山積してきた問題の数々を解決できず、国内の混乱が続けば、世界各国はどのように動くだろう。
そのことを考えると、わたしは、ワイドショーで北京のハリボテを見て、「わはは、なにこれ」と笑ってばかりもいられないような気がする。

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孤独と秋のジージー虫と

hana8

昨日の夜は、ひどい孤独感と不安感に見舞われて、「あ~もう駄目だ…」と思い、ふとケータイを手にゆき妹にメールした。
でも、彼女はわたしと双子の姉妹でありながら、親身になって相談に乗るということを、絶対しない。
両親に対してもそうらしく、「最近、ゆきから全然メールが来なくなったけど元気なのか」とわたしが聞かれるくらいである。
わたしも多少そういうところがあるが、彼女の場合は、ほんとうに心が氷のように冷たい人間なのだ。

果たして、一回目のメールに返事は返ってきたものの、二回目はもうなにも言ってこなかった。
話の途中でも、自分に興味がなくなったら、彼女は勝手にぶっちぎるのである。
もう、何回もされてきたことなので、「そうだよな…、あいつはあてにならん」と思いながら、秋の虫がジージー鳴いている夜を、わたしは一人布団を抱きかかえた。

やがて、自分はなにをこんなに我慢しているんだろうと、怒りや憎しみにも似た感情が湧きおこってきた。
すると、枕元の時計の音が気になり始めて、わたしはその電池を抜いた。
あのコチコチ音は、体調の悪いときは、なぜか絶対聞きたくないのである。
枕元のコチコチがなくなっても、リビングのコチコチが聞こえるので、それの電池も抜いた。
いけない。医師に相談しなければ。

明日はちょうど、診察日である。
今日、惣菜を届けに来てくれた母に、「落ち込みが激しくてしんどい」と言うと、彼女もまた、「わたしもしんどい」と言った。
「家事さぼれば?」と言うと、どうもそうではなく、やることがなくてしんどいという点で、わたしと同意なのだそうである。
「もう、寝てばっかり。ほかにすることもないしね」
と母は言うが、現在、彼女は60歳代後半、わたしはまだ43歳である。
同じような生活だからといって、わたしが満足するはずもない。

いまは、深い悲壮感がこころを占めていて、それが荷物となって身体が重くなり、わたしはこうべを垂れて移動する。
「もう駄目だ…、もう駄目だ…」と口癖のように意味もなく、あたまから言葉が湧いてくる。
数年前、行政解剖を喜んで見てしまったことへの呪いだろうか。
あのときの死んだ女性が、「はやくお前もこの台に乗るのだ…」と呼んでいるような気がする。
「もう生きている意味なんかない」と思うたびに、わたしのあたまの片すみに、チラッとあの苦悶に満ちた表情の彼女が出てくる。

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通院日・眠りたおしの件

hitsuji5

今日は精神科の診察日であった。
朝の9時に、と両親と約束していたにも関わらず、わたしはすかーっと寝過ごしてしまった。

こんなに朝、眠くて動けなくて大丈夫なのだろうか。
わたしはそのことを、担当医Kっちに相談した。

「平均的な生活をして、睡眠時間を調べたら、一日16時間も寝てるんですよ」
Kっちはふーーん…と、わたしがなにを言い出すのか待っている。
「眠剤が強すぎなんでしょうか? でも、昼寝が出来ないのは困るんです。むしろ眠り過ぎている方が、…どうせしゃべる相手もいないし楽なんですよ」
「ふーーん…」
「それでも、これだけ眠っていると、さすがに人間としてどうかという気がするんです」
「入院するか~? 部屋空いてたらの話やけど」
「いや、でも入院は…」
わたしは入院をまたしても断った。
今年の2~4月、ほんとうに『助けて! 誰かいますぐ!!』状態になったとき、退院してから3ヶ月が経っていないからという理由で(あと元同居人"キャプテン"が入院しているからという理由で)、この病院に入院できなかった体験が、ものすごく辛かったからである。
3・4月はとくに辛かった…。ヨボヨボの身体と精神で、あちこちの病院を駆け回ったが、いまの病院のように鬱病の患者ばかりを集めたような病棟は、大阪にはほとんどなかった。
結局、自宅で一人苦しみ抜いて、ようやく春が深まり夏がきて、暗い落とし穴にもやや光がさしてきたわけであるが、あのしんどさは、もう経験したくない。

「ほな、まえと一緒の薬出しとくわー」
とKっちは言った。
「え。眠ってばかりでもいいんですか?」
「うん、寝ときー。いずれ、やる気が出てくるわ」

やる気が出てくるって…、本当だろうか。
でも、Kっちの言うことだから、そうなのかも知れないと思った。
思えばわたしは、入院してはエネルギーを溜め、退院してから、ぱーっと動き出すということをしてきた。
いまは、エネルギーを溜めなければならない時期なのかも知れない。

それでも、コトは簡単ではない。
しばしば襲ってくる、孤独感や憔悴感や悲壮感などと、闘いながらの眠り姫である。
眠って眠って眠り倒したら、そこにはなにか、光さしこむ野原のようなものが広がっているんだろうか。
そのことを信じて、しばらくのあいだ苦しみもがきながら、眠りたおすしかないのだろうか。

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小食一家

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うちの家族は、小食一家である。
しかし、母がこのたび、「2週間限定・お1人様1,000円以上につき300円引き!」という回転寿司屋のチラシを見て、ぜひ行こうというのである。

それで昨日は、家族3人で寿司屋へ行った。
その店は、魚市場のそばにあって、なかなかいいネタも出すのである。

「1人1,000円なんかあっという間やんなぁ」
と両親とわたしは話していた。
「3人で3,000円食べればいいんやろ? わたし、お酒飲んだらそれだけで400円いくし、余裕やん」

だがよく考えると、このメンバーだと、ふつうに食べると、わたしが酒+3皿、母も3皿、父が5皿くらいである。
しかも、高い皿は取らない。
ほんとうに、3,000円以上のお会計になるのか…。

父がまず100円台のしめ鯖なんかを取る。
母がこれまた安いトロサーモンなんかを取る。
わたしは、鯛はいつも100円台のものしか取らないが、この日は200円台の活鯛にしてみる。

その後は、誰がなにを食べていたか知らないが、わたしはといえば、まず店内が非常に寒かったので、熱燗ばかりを先に飲んでしまった。
回転寿司屋は、衛生面のこともあってあまり室温を上げられない事情もあるんだろうが、あの寒さでは客が長居できんぞ。
しかも、熱燗でお腹がよくなってきて、あまりこってりしたものが食べられなくなった。
活鯛のつぎに、ホタテを取ってみる。
次にタダ券でもらった赤だしを吸っていると、もうお腹がいっぱいになってしまった。

そこで、ふと見ると、父母もあまり皿が進んでいない。
わたしは、皿の絵を見ながら、自分の"ノルマ"を計算した。
う…、まだ1,000円に到達していない。…

「まだギリギリ3,000円、いってないわ」と全体を見て、計算の速い母が言う。
「俺はもう、要らんぞ」と父が腹をさする。
一同、「………」。

「じゃあ、わたしティラミス食べるわ」とわたしが言った。
「お父さん、あのマグロの軍艦巻き、二人で食べよう」と母が続く。

こうしてようやく、3,000円突破したのであるが、無理して食べてキャンペーンを享受するっていうのも、へんな話である。
「うわー、あんなに食べてこんなに安かったわ!」と母は感動していたが、わたしは最後は大食い競争のように苦しかったぞ? と思う。
どうせなら高い皿を食べればよかったのに、小食な上に、わたしたちは貧乏性でもあるのだった。

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