LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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ゆき妹の引っ越し話

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ゆき妹が、実家に帰ってきている。
彼女は結局のところ、いまの自宅マンション(数軒先に姑がいて、周囲はコンクリートジャングル)にいることがストレスで、あらゆる精神症状を引き起こしているのだった。

先日、カウンセラーに「お母さんのために、あなたをこんなにするような夫なら別れなさい!」と言われて、それを夫《親分》さんにそっくり伝えたところ、あっさりと「じゃ、引っ越そう」という話になったらしい。
親分さん…この人はあらゆる意味で偉い。

そういうわけで、いま、鬱状態にあるゆき妹は、物件をネットで探しつつ、週の半分を実家で過ごし、鬱がよくなってから本格的な物件探しと、車の免許を取るつもりだと言っている。
バイトは辞めるよ、と言う。
「もー絶対、病気にはなりたくない! 実家を行き来して、完全にこの状態を抜け出す!」と宣言している。
彼女はわたしと違って、まだ治る精神疾患なのだ。
ほんとうに、引っ越して環境が変われば、ころっとよくなりそうな気がする。

「マンションは閉じ込められ感があるから嫌、一軒家にしようと思う」「周りに適当な自然があって、乗馬(ゆき妹の趣味)に行きやすいところ」「親分が定年になるまでの仮住まい」ということである。

「商店街があるような、やや下町がいいかも」とわたしが口をはさむ。
「河川敷とかもいいかもね」
「うーん…、淀川沿いはいいけど、馬に行きにくくなるなあ」

わたしとゆき妹の一致する意見は、「ざまーす族のいる高級住宅街はやめた方がいい」である。
そーゆーところは、たぶん近所づきあいもウルサイ。
治安を維持するために、いろんな奉仕をさせられる可能性がある。

最終的に、どこに決まるのか楽しみだが、これでゆき妹のギャル服屋バイトもなくなり、わたしにとっては古着をもらえない苦境に陥ることになった。
ゆき妹が、長年にわたる苦しみから解放されるなら、そっちの方がいいに決まっているが。

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手紙ってものを書く。

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ひゃー。久しぶりに、手紙というものを書いた。
字が…、字を書き続けていると、指が疲れる。
ふだん、ほとんど字なんか書かないもんなあ。
筆記持久力というものが、てんでなくなっているのである。

宛て先は、高校時代の陸上部仲間の一人だ。
彼女Iは、よく手紙を送ってくれる。
内容は、お子さんのことが多いので、わたしはあまり言及することがないのだが、今回は、『一瞬の風になれ』という本を紹介してくれて、「陸上部時代を思い出してワクワクするよ」と教えてくれたので、それについてちょっと調べてお返事を書いた。

『一瞬の風になれ』は、amazonで調べたところ、なんと3部作の大長編なのだった。
一冊1,470円だとぅ?! 高いっ!!
本の値段には、ほんとうに泣かされる。
これは読んでみたいけれど、ちょっと買えないなあ…。
図書館で一度、聞いてみよう。

わたしは、ガキっぽいマンガの便箋に、大人のぐちゃぐちゃ字で、いっしょけんめー手紙を書いた。
わたしは、ガキっぽいマンガの便箋をたーーくさん、持っている。
封筒に張るシールだってある。
20代のころ、マンガの同人誌をやっていたころの名残だ。
わたしは、手紙のしめくくりに、封筒の裏にシールをぺったんと張った。
あまりにも大人気ないが、Iもたいがい子どもの便箋を使って書いてくるので、まーいいだろう。

思い出したが、わたしには、小学6年生から20代前半くらいまで、文通していた相手がいたんだった。
すごいよなー。全然、会わないのに手紙だけで10年間。
当時は、メールという便利なものがなかったので、手紙になったわけだが、メールだったらもっと続いていたかも知れないな。
Iはなぜだか、いまでもメールじゃなくて手紙なのだが、いったいどんな事情なのだろうか。
次のお返事を書ける自信のないわたしである。

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6月の午後の風

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朝、起きたら10時過ぎになっていて、わたしは母がつくってくれたソーセージ・エッグと食パン1枚というお弁当を持って、自分のマンションへ行く。
実家からマンションへの、通勤生活だ。
まだ、一人で身の回りのことが出来るほど元気がないので、こんなかたちをとっている。

わたしは、マンションに着くと、まずあらゆる窓を開け放って、パソコンの電源を入れる。
そして、食パンを焼き、ビールを開けて、ネットサーフィンしながら、ソーセージと卵を食べ、青虫なみと言われるほどの大量のキャベツ・レタスを食べる。
一日の始まりは、やはり食事である。
なにかを胃におさめないと、なにかをする気が起きない。

でも、それらをたいらげると、わたしは再び眠くなって、パソコンから離れて、ベッドルームでべたっと横になる。
ベッドサイドにある、昔の漫画を読んでみたりする。
ますます眠くなる…。

それで、食後わずか1時間足らずで、わたしは昼寝してしまった。
ざわざわと、遠くで人の声や生活音が聞こえてくる。
6月の風が、開いた部屋のドアをきいきい鳴らす音が、肌に心地よい。
やがて、眠りに落ちる…。
この季節の風は、睡眠薬のようだ。

数時間後、再びドアのきしる音を聞いて、わたしはふーっと、「ああ、窓を閉めなくちゃ…」と思う。
なんとなく、そんなことはあり得ないのだが、窓から人が入ってくるような気がするのだ。
だから、昼寝のときは、ラジオをつけっ放しにしていたりする。
今日は、ラジオをつけていなかった。
窓を閉めるか、ラジオをつけなきゃ…。

それで、必死で起きようとするのだが、ここからが難しいところなのだ。
なぜなら、あたまは半分起きているのに、身体が起きていない――つまり、金縛りのような状態になっているからだ。
わたしは、何度も「これで起きた」と床を歩いているつもりなのだが、それはやっぱり夢なのだった。
何度目かで、ようやく目が覚める。
深海から浮き上がったばかりの魚みたいに、あたまがどよんとする。

わたしは、窓を閉めるかわりに、CDをかけた。
'80年代の、R&Bが部屋に流れる。
もう一度寝ようかと思ったが、気が変わって、こうしてパソコンのまえで文章を書いたりしている。
風がそよぐ。
あー。いい午後だなぁ。

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今年もまたスポーツ大学

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昨日は、今年初のスポーツ大学に参加してきた。
スポーツ大学というのは、夕方1時間半の講義・実技があり、参加すると健康運動指導士の単位がもらえたりするんである。
わたしは健康運動指導士だが、この資格は5年ごとに更新があって、5年のあいだに必要な単位をとっておかなければ、資格喪失してしまうのである。
どーも、厚労省の誰かが、この事業で儲けているようなのだが、とはいえ、いまはこれがなければ、運動指導的な仕事は出来ない。

この日は、通院もあってしんどかったが、実技の単位がいまのところ足らないので、受講しなければならないはめになった。
実技…かんべんしてくれー。
最近、運動をぜんぜんしていないので、ちょっと動くだけでも、身体がぐったりしてしまう。

実技は、たいていの場合、「二人一組になって」と指導されるので、これがまた嫌である。
見知らぬ人と、身体を触れ合って、なにかをしなければならない。
ほんとーに、しんどい。
でも、今回あたった人は、運動指導を日ごろからしている感じの女性で(なかには保健師などもけっこういる)、照れ照れしない人なのでよかった。
こういうのは、えへっとかおほほといった恥ずかしがりの態度で臨むと、習得出来るものも出来なくなる。

隣にいた二人組は、男女ペアになっていて、男性の方が卑屈になっていて、見ていてうんざりした。
「女は女同士の方がええやろ?」などと女性に向かって言っている。
だからって、ほかに代わりがお互いいるわけではないのに。
女性の方は、運動指導者らしく、背筋をピンと伸ばして、凛として返事をしなかった。

わたしは、この男性は、ふだんなにをやっている人なのだろう、スポーツ大学に来た目的はなんなのだろうと考えた。
運動指導するのに、男だの女だの言っていられない。
どの人にも、平等に接するのが鉄則である。
したがって、思うに、この男性はふだん運動指導をしている人ではないなと感じたのだが、子どもかなんかのスポーツを見てあげている人だろうか。
その人は、実技をしながらも、「こんなん、適当でええねんな!」とか照れ隠しの独り言を言うのであった。
あ~~うざい。
みんなが、仕事に役立てようと真面目にやっているのに、オマエも大人になれよ。

わたしは、実技でギャロップなんかをやりながら、どうにか1時間半を終えた。
これから数ヶ月にわたって、今年は13単位取る予定である。
役にたつかどうかもわからない資格だが、これを落としたら、わたしの13年間やってきた仕事の蓄積が無駄になってしまう。
がんばらねば。

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マイケル・ジャクソン伝

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朝、起きたら、ネット友だちMからメールが来ていて、「マイケル・ジャクソンが亡くなった件」をぼよぼよのあたまで知ったのである。
あらー。
早死にしそうだなと思っていたけれど、まさかこんなに急だとは思わなかった。
マイケルさん、「早くマイケル・ジャクソンの伝記が読みたい」などと、以前書いてしまってごめんなさい。

わたしはその後、通院日だったので、TVもなにも見ていなくて、いまどういう情報が流れているのかも知らない。
でも、近日中に、死因が特定されることだろう。
ちょっとまえに彼が、鼻の手術が原因で、メチシリン耐性黄色ブトウ球菌に全身を侵されたという情報が流れていたが、あれはほんとうだったのだろうか。
そして、今回の死と関係あるのだろうか。

病院に行くあいだに、母が「あの人、あんなに整形しなくてもカッコよかったのになあ」と、平凡な感想を述べる。
「いつの間に、あんなに肌を白くしたんやろう?」と父。
「まえに、コカコーラのCM撮りのとき、大やけどしたとか言って、全身包帯でぐるぐる巻きになってたの、見たよ」とわたし。

でも、全員が、マイケル・ジャクソンに関して、そんなに情報を持っているわけじゃないので、そこで話が途切れる。
やがて、いつもサザエさんなみにトンチンカンな父が、口を開く。
「(マイケル・ジャクソンが)売れてた頃、もう一人、おったやんなあ、ほら…」
「妹? ジェネット・ジャクソン??」
「ちがう、ちがう。ほら、ゆきさん(わたしの妹)が、好きでよく見てた、白人の人」
「(…白人だとぉ?)……マドンナ?…」
「そうそう、それや」
…………!!……………!!! それとマイケル・ジャクソンのどこに共通点があるのだ!!! 父よ!!!

その後、また平凡だが、「莫大な遺産はどうなるのだろう」「子どもはほんとうにマイケルの子どもだったのか」などといった会話が、父・母・わたしの3人のあいだで交わされた。
とくに、遺産問題は、なんだかとってももめそうである。
わたしはよく知らないが、ゆき妹によると、マイケル・ジャクソンの子どもたちは、白い肌なんだとか???
それって、優性遺伝を考えると、ほぼあり得ないことなのではないだろうか…。
すると、いきおい、「この子どもたちに遺産相続の全権利はあるのか」といった邪念も渦巻こうものである。
なんといっても、著作権がなぁ。
莫大な財産だもんなぁ。

とにもかくにも、意外とわたしが生きているあいだに、読めるかも知れない、偉人・『マイケル・ジャクソンの伝記』なわけである。
相変わらず、俗世を生きるわたしの関心事は、そこに彼の少年愛嗜好や整形地獄が描かれるのかどうかである。

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どうにも記事が多すぎる。

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ブログも同じサイトでずっと書き続けていると、自然と大量の記事が溜まってくるものである。

今日、わたしは「ブログのお手入れ日」として、ほったらかしにしている別ブログ『LIFE,LOVE&ごはん』と、自分のプロフィール(詳細)を書き直した。
ほったらかしにしていて困るのは、自分の年齢やなんかが、どんどん変わっていくことである。
別ブログの方は、ダイエットブログなので、当時の年齢を書いておかなければ意味がないし、プロフィール詳細については、言わずもがなである。
そこで、わたしは考えた。
そうか。○○歳じゃなくて、19××年生まれ、にしておけばいいのだ。
ダイエットブログの方は、(2007年当時)と記載しておけばよいだろう。

これで、年齢問題は解決したが、残るは、当ブログの「カテゴリー分類」である。
《日常》が、385件になっている!
これでば、分類してあるとはいえない。
それに、最近のテーマとして、《書評》と《美容》も加えたい。
でもでも…、そうなると、3年半ぶんくらいの記事を、全部洗いなおさなきゃいけなくなるのだ――それは無理ってもんである。

ただ、この問題を置き去りにすると、これからまた数年間にわたって、悩まなきゃいけなくなるんだろうな。
ううむ。どうにも、記事が多すぎる。
それだけ、ここFC2ブログの居心地がよかったってことだが、こんなにも記事が溜まってきては、収集がつかん。

だからといって、引越しなんかする気は、いまのところないのである。
せっかく、お気に入りやリンク集に入れてくれている方々がいるのに、記事の整理整頓が出来ないくらいで、簡単に移動する気にはなれない。
それに、当ブログの画像ファイルは1352点にも及ぶが、使用率ときたら、まだ0.62 %なのである。
いったいどんだけキャパがあるねん。
全部使い切る人、いるのかー。

ブログが世の中に浸透してきて、もう5・6年になるだろうか。
その頃、あるいはもっと以前から書き続けている人たちは、どうしているのだろう。
わたしはもう、以前、なにを書いてなにを書かなかったか、忘れつつある。
「まえと同じネタやん」みたいな記事が出てきたら、どうかゆるしてほしい。

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不眠改善のツボ

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「不眠改善のツボ」ってもんがあるのだと、ゆき妹が言ってたなと思い出す。
確か、全6ヶ所くらいで、つまようじを6・7本束ねた柄の方(注:先じゃないよ!)で、そこを押すといいんだとかなんだとか、腕のいい鍼灸院で聞いてきたのだ。

昨夜、わたしはなにげなく、それを実行してみようと思い立った。
わたしが覚えているのは、5ヶ所だ。
① 頭頂部よりやや前方(前頭部分)
② こめかみ
③ 眉間
④ 頸の付け根部分
⑤ かかと

つまようじがなかったので、わたしは、それらを指でぽこぽこ押していた。
あたまが…、あたまへの刺激が、気持ちいい~。
とんとん、とつい力が入って、あたまを叩いていく。
そうそう、かかとも叩かなくちゃ。
とんとんとん。

で、はっと気がついてみると、わたしはあぐらをかいて、あたまをポコポコ、かかとをポコポコと、その姿はまるで「シンバルを持ったチンパンジーのぬいぐるみ」になっていた。
うきーー!!
この姿は、誰にも見せられない!!

でも、その成果があってか、今日は朝10時までなんとか眠れた。
最近のわたしは少し眠りが浅くて、午前1時だとか3時だとか5時だとかに目が覚めて、困っていたのである。
ゆき妹も、最近はよく眠れているらしい。
効いたのかなー。ツボ。
あんまり、薬に頼らないで眠れるなら、それに越したことはない。

ゆき妹は、パニック発作予防薬による躁転状態から脱したあと、いまは鬱期に入っている。
でも、もともと鬱病じゃないので、抗鬱剤は使わない予定だということである。
しんどいしんどいと訴えているが、眠れているなら大事にはならないだろう。
不眠改善のツボがあってよかったものである。

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クーラー初稼動日

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昨日の大阪は、すごく暑かった。
風はあるけれど、空気がねっとりしていて、湿気が身体にまとわりつくような感じだった。

風呂から出たあと、わたしは扇風機だけじゃなく、うちわを取り出してきて、ぱたぱたとせわしなくあおぐ。
「暑いよ~」
と言いながら、NEXを冷蔵庫から取り出し、おっきなコップに氷を入れて、それにNEXを注ぎ込む。
冷たい液体を胃に流すと、身体の芯が冷えて、気持ちいい。
でも、コップのなかの氷はあっという間に、どんどん溶けていくのだった。
次から次へと氷を注ぎ足し、わたしは最終的に400mlもの水分を飲み干した。
さすがに、お腹がちゃぷちゃぷする…。

台所では、猫がフローリングの床にべったりと伸びている。
そんなとき、寝ていたはずの父親が奥の部屋から起きてきて、問答無用といった面持ちで、居間にいるわたしと母を無視して、クーラーのスイッチをぷちんと入れた。
記念すべき? 実家の今年初クーラー稼動日である。
母親も、この日ばかりは、「お父さん、まだ早いで」とは言わなかった。
父親は、眠ることと食べることだけに、情熱を燃やしている人なのである。

そのうち、猫が起きてきて、クーラーのまえに座った。
猫が、いちばん気持ちのいい場所をとるって、ほんとうである。
「くろちゃん、涼しいやろ?」
と言って聞かせても、猫はそこにいるのが当たり前みたいな顔をして、まったくいつものマイペースだった。
わたしも、猫になりたいわ。

クーラーの効果は、絶大だった。
さわやかな空気が、部屋一面を覆っていく。
乾燥した肌がひんやりと室温になじんでいき、こころがすーっと軽くなる。
ああ、これでこそ風呂あがり。
今年は、この日を皮切りに、クーラーにがんばってもらうことになりそうだ。

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箸とペンの持ち方

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ふだん、さんざん両親のワルクチを書いているわたしだが、彼らについて、感心することがないわけではない。
例えば、箸の持ち方だ。

昨日、一緒に夕ごはんを食べていたとき、わたしは正面にいた父の手元を見た。
箸の持ち方は、完璧である。
新聞や本の扱い、その他はきわめて乱雑なのに、そこんとこはちゃんとしているのである。
次に、斜め横にいた母の手元を見た。
彼女の箸の持ち方も、完璧だ。
人差し指と、中指、くすり指が、箸のあいだで行儀よく並んでいる。

わたしも、箸の持ち方で、人から異議を唱えられたことはない。
幼いころのわたしは、この両親の真似をして、育ったにちがいないのだ。
それを考えると、感心するとともに、ありがたい気持ちになる。
よく、ちゃんとした箸の使い方を教えてくれました。
どうもありがとう。

もうひとつ例を挙げると、例えば、ペンの持ち方である。
ペンは、親指と人差し指と中指でおさえるものとわたしは思っているが、巷でけっこう見かけるのは、幼稚園児みたいに手を団子にして、ぎゅっとペンを握ってしまっている人である。
あれは、見ていてスマートではない。
たぶん、幼児がなんにも習わずに、ペンを使うとしたら、あの握り方になるんじゃないかな。
つまり、あのペンの握り方をする人は、親からペンの持ち方を学ばなかった人のように思える。
事実かどうかはともかくとして、わたしはあの握りペンが好きになれない。

わたしは人の親ではないので、親になっている人を諭すようなことは出来ないのだが、やっぱ、箸の持ち方とペンの持ち方は、自分が見せてあげて教えるべきじゃないのかなあ。
うーむ。でも、すでに親が間違っている場合は、その癖が世襲されることになるのか…。
考えようによっては、たかが箸でたかがペンなのだが。

8

顔のメンテナンスの日

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美容の日々である。
今日は、写真の自分撮りをして、昔の写真と比べてどこが違うんだろう? と考えていた。

なんか、昔はにこっとするだけで見れたものだが、いまは同じにっこりでもどっか間が抜けているのである。
そして、わたしは気がついた。
眉毛と目の間の距離だ!
もしかしたら、年齢とともに、わたしの上瞼は、下がってきているのかも知れない。

それで、眉毛と目の間を縮めるために、わたしは眉毛の上を剃った。
そんで、眉毛の下にアイブローを入れた。
おっ。眉毛と目の間が縮まった。
ちょっとくどい顔になるが、この気難しい表情には、それが合っているかも知れない。

かくしてわたしは、哲学者でもないのに、哲学者のような気難しい、神経質そうな顔を手に入れたのだった。
あ…いや、哲学者が気難しい顔っていうのは、偏見だな。
キルケゴールみたいに、毎日同じ服を着て、同じぼろ傘を持ち歩いている、ノーテンキな? 哲学者だっているのだ。
でもわたしは、ノーテンキじゃないのにノーテンキな顔をくっつけて歩くのは、なんかやだ。
それで、今日の美容教室のテーマは、「気難しい(≒賢そうな)顔にする」ということになったのである。

いま、目指す場所は、「毎日、頭脳活動をしているがために、目の下にくまが出来てしまった人」である。
我ながら、すっごくアホらしい。
でもねえ、顔って、女性の場合とくに、たまに点検して、おかしいなと思ったところは修正していかなきゃならないと思うのよ。
でなきゃ、いまだに一昔まえの化粧法や髪型で、なんか歳だけとって「取り残された人」になりかねないと思う。
自分の顔、たたずまいに、ある種の「哲学」がなければ。
歳をとった女性は、とくにとくにである。

点検期間は、わたしの場合、何ヶ月だか何年かおきに必ず来て、その日々はそればっかりやっている。
期間は短くて、せいぜい数日間だ。
アホらしいけど、これはやっておかなきゃならない。
女で生まれたことの宿業だーとさえ思う。

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目元のケア化粧品とか

keshobin

目の下のくまというか、たるみがなくならないので、悩んだ挙句、アイケア化粧品を購入することにする。
でも、いったいどれがいいんだか、さっぱりわからん!!

薬局でわたしはずいぶん迷った。
結局、2,000円くらいのヒアルロン酸入りアイジェルと、炭酸ガス配合のアイパックを買ってきた。
こんなもんで効くんかいなー。
わたしは、さっそくそれらを使ってみた。
目元がピンと張る? あんまりそんな感じがしないが。
保湿効果はありそうである。
でも、べつに乾燥しているわけじゃないんだけどな。

ただ、こういうものは、つけて即たるみがなくなるとしたら、それはたぶん接着剤であり、ふつうは有効成分が効くまで何週間か使ってみなければならない類のものだろう。
そういえば、故スズキソノコさんとか近藤マッチとかって、目じりを必ずしっかり隠してたけど、あれまさか目じりにテープ張ってたんじゃないだろうな。
近藤マッチなんて、数年前にちらっとしか見ただけだけど、コンサートで激しく動いているのに、髪が目じりにぴったり張りついて離れなかったんだよ。
ネットの片隅で陰口叩かせてもらうけど、あれはテープかのりを使ってたんじゃないのかなあ。

このように、自分の気になるところは、人のを見ても気になるものである。
ゆき妹は、わたしに「目の下がどーとか言うよりも、問題は、無表情とか、あとアゴやろ」と言う。
そうなの…わたしにはエラがないばかりか、耳元からアゴにかけて途中で多少へっこんでいて、エラ削りの整形手術失敗例みたいなカーブなのである。
でも、さすがにアゴのないのだけは、どうにもしようがない。
たぶん、小さい頃、あまりごはんを食べなかった(=噛まなかった)ことが原因の一つだと思っている。

だから、ゆき妹の言うように、たぶんわたしは気にしすぎなのだ、てか気にするべきところを間違っているのだ。
わたしだって、他人の美容整形の before-after を見たら、「おい、直すべきはそこじゃないだろう…」と突っ込みたくなることがある。
こんなに顔が垂れてるのに、鼻かい! とか、鼻を高くした代わりにほうれい線が出ているのに、それは気にならないの? とか。
自分のことは棚に上げておくが、ほんとに人が気にする自分の顔の部分って、わからないなあと思う。

ただ一つ思うのは、「歳を隠そう」根性が見えると、化粧にしろカツラにしろ駄目ですな。
むかし、上品なオバサンは、なんでみんなグラデーション色つきメガネをかけているのか、あれをかけているだけで若くてもオバサンに見えるのに、と思ったことがある。
いま思えばあのサングラス、目元のシワ・たるみ隠しじゃないかな?!
気持ちはわかるけど、隠そう根性のために、余計年齢がわかってしまう悲しさである。
紫外線予防のためのグッズなんかも、つけすぎると危ないな。
ヨーロッパ中世時代の疫病対策じゃないんだから、というくらい全身くまなく隠しているのは、あれは、若さを保とうとして逆にオバサンになっている例かと思う。

8

冷房シーズンがやって来る。

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ゆき妹は、実家で一泊したのち、今日、夫と愛猫のもとへ帰っていった。
ハリが効いたのか、なんと連続9時間睡眠したという。
しかし、「それはよかったね」と言っても、彼女は浮かぬ顔をしているのだった。
「家帰って、もう一回眠れたらいいけど、ゴハンつくらなあかんし!」

主婦の毎日の労働は、大変らしい。
なにしろ、一日たりとも休めない。
「適当にするよ」と夫から言われても、3日もすればだんだん相手の機嫌が悪くなっていくのがわかるそうだ。
でも、一方で、ゆき妹は「猫がおらんかったら、実家で一ヶ月泊まりとか出来るねんけどなー」と言うので、夫は夫で、一人ならそれなりにやっていけるらしい。
ゆき妹の夫《親分》さんとは、もちろん実際お話したことも何回もあるが、ゆき妹の10倍は大人な人で、ゆき妹の癇癪によく我慢出来るものだ…(どうやらあたまの上で聞いているらしいが)と、わたしはいつも感心している。

ゆき妹を地下鉄の駅まで送る父の車に便乗して、わたしは今日はマンションに来た。
すべての窓を開け放して、風を入れると、部屋の空気がみずみずしく変わるのがわかる。
夏が来るなあ。
今日の大阪の予想最高気温は、32℃である。
もう、実家の南向きの部屋には日中、いられない。

わたしは毎年、夏は電気代節約のため、《裸族》になって、ぱんついっちょの姿で部屋をうろうろするのだが、実家ではさすがにそれは出来ない。
猫と一緒になって、家の涼しいところを求めて、本と一緒に寝っころがっている。
父も、暑い暑いと部屋をうろうろするが、まだ冷房は母から認可されていないのである。
「どうしたらええんや?」と訊いてくるので、水シャワーを勧めると、彼は「水は老人にはきつい」と言って、生ぬるいお湯を浴びたようであった。
中途半端だが、それでも裸族だけは勧めたくない。

いまはまだ、朝晩は暑くないのでいいのだが、このぶんだと、あっという間に冷房シーズンがやって来そうである。
電気代節約のために、マンション住まいは引き伸ばして、実家で両親と一台のクーラーとともに過ごすか。
エコロジーの意味においても、そっちの方がいいかも知れないなー。

2

ゆき妹が帰ってくる。

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ゆき妹が、また実家に帰ってきた。
眠れないんだそうだ。

「何時間寝たん?」と尋ねると、「2時間」とか「4+1.5時間」とか、頼りない数字が出てくる。
それでもバイトは行っているらしく、「昨日はさすがにくたびれた」と言う。
「だから、バイトはまだ無理やって言うたのに」
「でもな、夕方からのシフトはなしにしてもらってん。…来月からやけど」
「無理やわ…」
「でも、今月末かな?からバーゲン始まるし」
などの会話が、ゆき妹、母、わたしの間でかわされる。

ゆき妹はさらに、食欲も全然なくて、無理矢理食べている状態である。
わたしが欝病による食欲不振→拒食症になった経験があるので、「体重減るのなんか、あっという間やで~。40kgなんか油断してたらすぐ切るで」と言ったら、彼女はそんな恐ろしい、というように手を横に振って、「無理して食べる!」と朝からラングドシャをつまんでいた。
いま、体重は44kg台らしい(身長162cm)。

じつは、体重的にはいまのところわたしと変わりないのだが、わたしにはちゃんと食欲がある。
わたしは、「もっと食べられる」「お腹が空いた」とか日々思いながら、いくぶん節制しているのである。
このトシになってから太ると、手足ではなくお腹周りばっかり大きくなる。
手足が細いので、「もっと食べたら?」と言われることもあるが、それはちょっと違うんである。

ゆき妹の話に戻るが、彼女はさっき、近所にある腕のいい鍼灸院へ父母に連れられて行った。
どんだけ腕がいいかというと、母が20年も悩まされてきた膝痛が、たった1回のハリで完治したというくらいである。
それで、眠剤を飲んでも眠れないゆき妹のために、不眠に効くハリはあるのかと電話で聞いて出ていったのだった。
驚いた、あるのか、そんなツボ。
何回か通わなきゃならないみたいだけれど。

ともかく、先月の異常な躁状態がなくなっていたのでよかった。
彼女については、不眠が解消出来れば、かなりの問題が解決しそうな気がする。

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2

熱帯のスコール期

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手持ちの未読本が少なくなったので、新たに買いに古本屋へ行く。
先日、買おうかな、どうしようかな?と迷っていた本がなくなっていてクヤシイ。
思ったより、入れ替わりが激しいのですね…。

それにしても!
2軒まわった古本屋の両方が、デビット・ゾペティ著『いちげんさん』を外国文学に入れているのはどゆこっちゃ。
あれは、日本語で書かれた、日本の文学賞を受賞したれっきとした日本文学だぞ?
この調子だと、あと1年後には、先日、文学界新人賞を受賞したイラン人女性の作品も、外国文学に入れられかねないな。
恐るべき古本屋の分類法。

根がイジワルなわたしは、そういう重箱の隅つつきばかりしていて、今日は一向に読みたい本を見つけることが出来なかった。
外国文学をターゲットにしていたのだが、あるのは映画化された小説や推理・サスペンス・ミステリー・ロマンスばっか。
もっと普通のはないんですか。純文学でもエンターテイメントでも、面白ければなんでもいいよ。

それでわたしはふと考えた。
これは、もしかして土地柄が悪いんではないか?
言っちゃーなんだが、わが実家の周辺って、ハイソサエティーとは真逆にあって、一言で言うと「お下劣な下町」なのだ。
今日通ってきた道路沿いなんか、しょっちゅうケチな暴力・殺人事件やらが起きているしな。
大阪も北部に行けば、古本屋もマシなものを置いているかも知れない。
って、もしかして古本屋自体なかったりするかもだけれど。

あまり気は進まないが、これにでもしておくか…と最終的に4冊の古本を購入した。
未読本を読める時期は限られているので、読めるうちに読んでおかねば。
あたまがインプット期を過ぎると、ほんとに本なんか見向きもしなくなる。
インプット期でも、読めないときは既読本しか読めない。
こういう熱帯のスコールみたいな時期があるので、そのうちに水を溜め込まなきゃならないのだ。
ああ忙しい。

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『対岸の彼女』を読む。

20090615200926
わたしは学生時代、女の子同士でつるんで遊ぶことはあっても、ベタベタトイレにまでくっついて歩くような関係をつくったことはない。
女の子集団の習性――過剰なベタベタと、その表裏一体となっている裏切り観念――がどうも好きになれなかったのだ。
グループ意識はあったが、それはおもにクラブ活動に基づくもので、決して自分が一人にならないためのグループではなかった。
当時は、いまの子ども社会みたいに、集団に属さないことの怖さなんてなかったのである。

かのように、女集団が嫌いだったわたしは、滑り止めで受けた私立の女子高を下見に行ったとき、この高校にはぜーーったい入らない!とこころに決めた。
ちょうど下校時間で、路上を女子高生で埋めつくされている初めての光景を見て、「アリンコ集団!」とぞっとしたのである。

そういうわたしが、今日読んだのが、角田光代著『対岸の彼女』なのだが、あまりに女々しくて(誤用)身体がねばねばしそうだった。
もう、いたるところに女の子、女同士の関係が綴られているのである。
この既視感は、まさにあの女子高生軍団をみたときのものであった。
うげっ、ぞっとする!

でも、物語そのものは悪くないと言わねばなるまい。
現代と過去が輪唱のように語られ、やがておだやかなラストへとつながる。
未婚、既婚、立場によってなにもかもが変わってしまう女の世界を、よく描ききっていると思う。
主人公の夫が、悪しざまに描かれているのも、現代日本文学のお約束であろう。
しかしこの「お約束」、年月が過ぎ去れば、かなりクサイものになるんじゃないかな。
いま、学生運動時代の若者群像を読まされたときみたいに。
現代夫を、働く女の敵みたいに描くのは、なんか危険な気がする。

ところで、この作家は、こういうものばっかり書いているんだろうか。
ほかの著作もチラ読みしたが、女の視点で描くことが多いのかな??
女臭い小説は、いや漫画だって、わたしは好きになれないのである。
そういう傾向なので仕方ない。

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4

『ダ・ウ゛ィンチ・コード』とか

20090614183218
昨日買ってきた『ダ・ウ゛ィンチ・コード』を読んだ。
わたしは、ミステリー小説ってほとんど読まないのだけれど、ミステリー小説ってこんなものなの??

どこがって、描写がほとんどないところである。風景にしろ、心情にしろ。
それで、事実だけがハリウッド映画のようにだーっと並べられて、突き進んでいく。
ぬぅ。これは…、もしミステリー小説が全部こういうもんならば、わたしにとってこのジャンルは辛いものがある。
同じく、推理小説も読まないのだが、アガサ・クリスティーは別である。
クリスティーの小説には描写がある。
美味しそうな場面がいっぱい…そして人物描写。
ミス・マープルをはじめとする登場人物の人間洞察がすごくいい。
推理小説でも読める本があるんだから、ミステリー小説でもたぶん読ませてくれるものはあるんだろうな。と思いつつ、めんどくさいので捜さない。

さて、そんなある日、うちの父が漫画『美味しんぼ』を実家のわたしの本棚から抜いて読んでいた。
なんでわかったかというと、彼が読みかけのページを開いたまま、テーブルの上にかぶせてあったからだ。
そんなことをすると、本が傷む!とわたしが父を諭すと、彼は「…?なんで?」と当惑の色を見せるのだった。
ふー。最近、父が著しく老人化してきて、あぶなかしいな。
親を、幼児を叱るようにはなりたくないものだ。

父は食いしん坊なので、この漫画が気に入ったらしく、「美味しそうやな、つくってみろうかな」などと、なかば母の方に呼びかける。
母は、「わたしんにゃ~、できんちや(大分弁)」と軽く切り捨てる。
父がつくれる料理っていったら、牛スジ煮込みくらいだ。
『美味しんぼ』に出てくる料理が、父一人で出来るとは思えない。

そういえば、『ダ・ウ゛ィンチ…』では食事場面はわずか、登場人物はトイレさえ行ってなかったな。
空腹のはずなのに、クラッカーだけ?とか、この人質、トイレ我慢してないかなとか考えていたわたしは、やっぱりミステリー向きではないのだろう。

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6

古本屋巡り

20090613182624
脳みそがインプット期に入ったので、昨日から古本屋巡りをする。
昨日買ったのは、飯島愛の『プラトニック・セックス』と、田辺聖子のエッセイだったが、前者はこころになんの感動も残さず、「あ、そう…」で終わってしまった。
著名人の自伝的作品として、どうしても比べてしまうのが、内田春菊の『ファザーファッカー』なのだが、後者はさすがに直木賞候補に上がっただけあって、読みごたえがあった。
飯島愛とは別物である。
わざわざ自転車に乗って、なんでそんなもん買ってくるんだって感じだが、駅前のさびれた本屋の上にある古本屋!には、さして読みたいものがなかったのだ。
唯一、読みたいなと思ったのが、本屋の方にあった田村某の『ホームレス中学生』だったが、これを新刊で買う気はしない…リリー・フランキーの『東京タワー』も同様である。
ただ、前述二つはあまり古本屋で見かけない。
わたしの見ている場所が悪いのだろうか?
でも、なんとなく側に置いておきたい本と、そうではない本があるのはわかる。

そういうわけで、わたしは今日も別の古本屋へ出かけた。
あっついのに、また自転車に乗って20分くらい…。
そこで仕入れたのが、上画像の本たちである。
『ダ・ビンチ・コード』なんて、いつ流行った本だ…。
でも、3冊315円はお買い得である。
案外、たっくさんの古本があるブックオフでも、やっぱりコレ!という本は揃っていないのだった。
あるいは、わたしがあまり体調がよくないので、読めそうな本が限られているせいかも知れない。

ともかくこれで、数日間はジタバタせずに済みそうである。
これで安心して、本の山のなかでわくわくしながら、別世界に入り浸ることができるというもんである。

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4

日差しのなかチャリに乗る。

090612病院

今日は通院のあと、昼過ぎにヌーディーなピンクの口紅が欲しくなって、駅前の薬局を目指して、久しぶりに自転車に乗った。
やや暑い日差しのアスファルトに、緑や建物の影が濃くひろがる。

ふだん、脚を使っていないわたしは、自転車をこぐのものろのろ~である。
そのスピードは、さながら、釣りを観戦しつつガニ股でチャリをこぐおっさん、ってところである。

目当ての口紅が見つかり、わたしは満足した。
そのついでに、本屋へも立ち寄る。
下町の商店街の本屋は、相変わらずというかまえにも増して「雑誌屋」になっており、ふつーの小説なんか店の棚1つぶんくらいしかないのだった。
いま話題の、村上春樹の新刊『1Q84』も案の定、品切れであった。
BOOK2がわずかに2冊残っていただけである。
この本屋は! いつだってこのように肝心のものを切らすのだ!!
あたまに来ることこの上ない。

それで、今度は図書館に行ってなんか見つくろって帰ろう…と考えたのだが、そのまえにマンションに寄って郵便物を点検しようと思ったら、なんでか家まで入ってしまった。
それでいま、パソコン部屋にいる。

図書館は確か5時までだったと思うので、これからなにか見つけてこようと思う。
なにしろ、一日が暇すぎる。
既出『シビル』は具合が悪くなってしまったので、つぎはあまり毒の入っていないやつにしようと思う。

6

『シビル』を読んでから

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昨日あたりから憂鬱になって、今日はなんだか自分が空っぽになってしまった虚しさを覚えている。
わたしは、精神安定剤と頭痛薬を飲み、ビールを飲んだ。
一緒にしたら駄目なんだけどな、ほんとうは。

一昨日から昨日にかけて読んでいた本は、『シビル(失われた私)』だ。
1950年代~1960年代にかけて、シビルという名の多重人格者が、16人いた別人格を統合していく、ドクターと彼女自身の闘病物語であった。
ダニエル・キイス著『24人のビリー・ミリガン』の親とも呼べる作品である。

そんな精神疾患の本を読んだせいなのか、わたしの神経はいたくまいってしまった。
いまのわたしには、内容が重すぎたのである。
まったく、わたしは自分が読む本まで制限しなくてはならないのか。

今日は頭痛がして、少しも気分がよくない。
わたしは、入院中に知り合った、多重人格(解離性障害)のEちゃんを思い出す。
そして、チャットで知り合った同じく解離性障害のNちゃんを。
どっちも、天使みたいにいい人だった。
でもその陰には、彼女らの悲しみや怒りや自殺願望を受け持つ別人格がいたはずである。
恐らく、幼い頃に親もしくは近親者から虐待を受けた彼女らは、精神を分割することで、耐えがたい苦痛から逃れたのだ。
そのことを思うと、やりきれない。

自分は人のことを気にするくらいの余裕がないのはわかっている。
でも、わたしの10年に及ぶ闘病は、どうしても精神疾患をもつ人の苦しみに寄り添ってしまうのだった。

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8

冷麺とサンドイッチで幸せ

20090609174432
今日の朝ごはんは、イレギュラーだった。
毎日毎日、ウインナーエッグと生サラダを食べているのだが、この日は起きてみると冷麺が出来ていて、「食べる?」となったのである。

もちろんそれを食べてから、もっかい寝よう…と思ったのだが、意外と眠れず、わたしは次第に空腹を感じるようになった。
Amazonを見ていて、食べ物ばかりが出てくるヘミングウェイの『日はまた昇る』を思い出したからである。

午後4時過ぎ、わたしはついに、「サンドイッチとワインをやりたい!」と思い、ヒタヒタと台所へ降りてみると、そこには誰もいなかった。
こっそり、冷蔵庫を開ける。
うぉっ、焼豚エッグ&水菜サラダがある!
すぐさま、それをチンして、わたしはゆうゆうとワインの栓を抜いた。
そのあいだにトーストが焼きあがる。
おあつらえ向きの、夕刊もある。
わたしは、焼けた食パンに焼豚とマヨネーズ和えした水菜を乗せ、2つに折り畳んで食べた。
うっまーーい!!
ワインをゴブリとやる。
新聞をぱらりとめくる。
ああ、至福だ…。

その後、わたしは残りの目玉焼きとともに、2つめのサンドイッチを食べた。
ガブリと噛みつくワイルドさが、この場合いいんである。
本来、サンドイッチはカードをしながら片手間に食べるモノだが、今日のわたしは夢中になって噛みついた。
お腹が空くって、健全でいいものだよなあ。

2つのサンドイッチと3杯のワインで、わたしはお腹いっぱいになった。
このぶんじゃ、夕食はほとんど食べられないだろうな。

でも、あの昼どきの、耐えがたい空腹を満足させることが出来たわたしは幸せだった。
今日の一日はこのためにあったんだと考えてもいいくらいだった。
幸せを味わうことは、日々そう簡単ではない。
今日はラッキーだった。

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8

ターミネーター3を観る。

schwarzenegger

昨日は、TVで『ターミネーター3』を観た。
これは駄目だ…。残念賞だ…。

ジョン・コナーが、子ども時代と全然顔が違ってるのが痛い。
あれで、一気に気持ちが萎える。
『ターミネーター』のジョン・コナー役なんて、やりたい役者が山ほどいただろうに、なぜこの人なのだ。
キツイ目をした『2』のジョン・コナー役を、そのまま登用してもよかったんではないか。

さらに気持ちが萎えるのは、新型ターミネーターのお姉さんが、『2』のときの新型兄ちゃんと、そんなに性能的に変わっていないところだ。
もっと、あっと驚く設定は考えつかなかったのか。
旧型のシュワちゃんと、新型お姉さんとの戦いが、見たことのある風景なので、全然新鮮味を感じない。

あとはそうだな~、サラ・コナーには大戦後も少しは生きていて欲しかったな。
だって、「伝説の女」なわけでしょー?
人類が滅んだときのジョン・コナーがあんなに情けないふつーの男だったとしたら、それを陰から支える力強い母がいないと、彼女は「伝説」にはならないんじゃないかな。
もしすでに、母の英才教育のおかげで、異常なくらいジョンの才能が芽生えていれば、べつに死んでてもかまわないけどさ。
それに、せっかくパワーアップしたサラ・コナーには、白血病なんかじゃなく、戦いのなかで死んで欲しかったなあ…。
このシリーズのキーパーソンなのに、もったいない殺し方をする…。

このたび、『4』が新作されたということで、またまた話題を呼びそうなターミネーターシリーズだが、今度は少しは驚かせてくれるだろうか。
シュワちゃんが出演するみたいなことを解説者が言っていたが、ほんとなのかな??
いまやカリフォルニア州知事のシュワちゃんのどこに、そんな暇があるというのだろう。
ちょっと調べてみたら、昔の顔を合成でくっつけるとかなんとか書いてあった。
うーむ。やっぱりなんか、『4』はワクワクして観るというより、「どっかでインチキするぞ」とハラハラしながら観ることになりそうだ。

繰り返すようだが、映画って、長期にわたって続編をつくり続けるのはあまり感心しない。
もとから「これは○部作だ」と決まっていたという『スターウォーズ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ハリーポッター』やなんかは別として。

4

枕元にうんち作戦

20090607202423
さんざん、実家をかきまわしたゆき妹であったが、やつは無事夫のもとへ帰っていったようであった。
ゆき妹の夫というのは、とても寛容な人で、少しのことで動じない。
その夫《親分》によると、なんでも彼女が躁状態になったのは3年前にも一度あり、そのときは今回よりもっとすごかったそうだ。
調子が悪ければ、また実家に帰ってくるかも知れないが、実家とて暇のアリ地獄なので、たぶん戻っては来ないだろう。
なんといっても、ゆき妹の自宅には、最愛の猫《にゃん太郎》がいる。

ところで、実家には《くろ》という黒猫がいるが、こいつがゆき妹なみに朝から人を起こしてまわる。
早朝に父のもとでにゃ~ん、しばらくしてから母のもとで顔にケリを入れたり、身体の上を歩いたり。
わたしはにゃ~ん、くらいでは起きないので、知らんふりされていたが、このまえはなにを思ったか、枕元に自分のうんちを置いていきやがった!
くっさーーい!!

わたしははじめ、枕元にそれが置かれたのに気づかなくて、ぼんやりした意識のなか、「なんだ、今日のうんちの強烈な臭いは!」と鼻を曲げながら、布団をあたまからかぶったのだった。
起きてから、枕元にカリントウが落ちていて、ぎぇっ猫のフン!と驚いたのである。
聞けば、同様のことを、くろは母に対してもやっているらしい。
「枕元にうんち!置いて起こすんやで~!」と笑う。
あまりの臭さにヒトが目覚めることをなんかで知った猫が、わざとやっている仕業なのだな。

おそらくあの日、にゃ~んと泣いても起きないわたしに腹を立てて、くろのやつはうんち作戦に出たんだろう。
でも、わたしは勝った!
結果的に、わたしは起きなかったのだから、彼女は今後、わたしに対してうんち作戦は実行しないはずだ。
眠剤がよく効いているわたしは、いま最強である。
でも、くろに言いたいのだが、もしわたしが具合の悪いときで不眠状態が続いていたら、わたしは鬼のようにくろをどやしつけただろう。
眠剤に感謝しろと言いたい。

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8

《カオナシ》の増加

kaonashi

昨日はTVで『千と千尋の神隠し』を観た。
これで3回目くらいじゃないかと思うが、わたしはこの作品で出てくるキャラクターのなかで、「いるいる、こういうやつ」と毎度思うのが《カオナシ》だ。

気が小さくて、人との交流がうまく出来なくて、そのくせ身分不相応な乱暴な言動をするやつ。
主人公・千尋は「あの人、家にこもってるのがいけないんだよ」と言うが、言えてるなと思う。

その日の昼、チャットしていてたまたまわたしが出会った《カオナシ》は、自称ニートで30代の男性だった。
「人との交流が苦手」「どうすれば職場でうまくやれるのかわからない」「30過ぎてバイトしかしたことがない」「とにかく対人恐怖症」などと自戒しながら、一方で、
「人に命令されるなんて嫌」「時給950円なんてバカバカしくてやってられない」「スーツを着たやつが憎い」「自分は人の上に立ちたい」などとほざくのであった。

「職場では<命令>じゃなくて<指示>でしょ」と他者が言うが、本人に伝わっていたのかどうか。
さらに彼は、「まえにバイトで、やったこともないレジをいきなりさせられた」と怒りをこめて言う。
わたしは、「そういうときは、わからないから教えてくださいって言うんだよ」と言ってみたが、これに対してもレスはなかった。
なんというか残念だが、この人は職場において、先輩や上司の指示をあおぐのが苦痛で、わからないことをそのままにするから、周囲とうまくいかないんじゃないかなと想像した。
これじゃあ、人の上に立つどころか、どこにいっても続かないよな…。

それでもこの《カオナシ》は、自分を責めているぶんまだマシな方で、もっとひどいやつは、「俺様をこんなにした世の中がいけないんだぁ~」(まあ半分は当たってるけど)と、すべてを他者の責任にして、世の中のあらゆるものを憎んでいるのでコワイ。
平日の昼間、精神疾患関係のチャット部屋に入ると、そんな《カオナシ》がいっぱいいる。
それで、ときどきわたしまでめげるのだが、昨日もやっぱりめげてしまった。
《カオナシ》は、あまりかまうと増長するのが特徴なので、わたしはもうこれ以上そいつにかかわるつもりはない。

『千と千尋の神隠し』では、千尋は《カオナシ》の正体がわかったあとでも、彼の面倒をみてやるのだが、これを現実でやったら、完全にストーキングされるだろうな。
そこんところが、現実と違って、ちょっとファンタジーだなと思った。
まー、アニメだからファンタジーでもいいんだけれど。

宮崎作品は、世の中を風刺したものが多いので、そのつもりで観ていたらじつにわかりやすいと思うのだが、うちの老両親は『千と千尋…』は何度観てもわからんと笑う。
彼らの世代は、いま世の中に増えているある種の人間のことが見えないのかな?
あれは妖怪じゃなくて、人間を描いているんだって教えればわかるんだろうか。
金に群がって平身低頭になる妖怪たちなんかを見ていたら、元祖人間の本質って感じがするけどな。

6

いつもモノを失くす、くそ!

tegami

今日は、マンションのパソコン部屋に来ている。
何日ぶりだろう…今回も、久々にメールなんか覗いてみたら、グーグルアドセンスから「PINを送ってくれないと収益が0になるよ」という案内が来ていたので、あたあたとPIN番号が書かれた封筒を探したのだが、出てこねぇ!!
わたしはいっつもそんななのだ。
肝心なモノが、肝心なときに出てこない!!

確かにわたしは、掃除とか整理整頓というのが苦手である。
だが、わたしの言うところの「超整理法」で、散らかしたら散らかしたなりの秩序がそこに存在するのである。
たとえば、いちばんよく使うものは、自然と山積みの本やら書類のいちばん上の方にやって来る。
それでいくと、このへんの地層にグーグルからの封筒があるはず…とわたしは郵便物の山のなかを探すのだが、ありがたいことに、母が中途半端に片付けてくれていたもんだからそれがどうしても見つからないのである。
ぬう~~~。
こんなことを言ってバチアタリだが、散らかしの秩序を乱されては困る!!

それで、今回も、わたしはグーグルに「封筒もっかい送って…」と要求したのだった。
こういうことが、いままで何度繰り返されてきたことか!
なぜ、必要なモノはそこにはなく、要らんNTTコミュニケーションズのチラシやら、期限切れの焼肉屋のクーポンばかりが出てきたりするのだ。
ほんとうに、自分の整理整頓能力のなさは、自分でも信じがたいくらいなのである。

PINを送らなかった理由も考えてみたが、あのときは確か2月で、ちょうど体調の悪いときだった。
「綺麗な封筒だな、でもあとにしよう」と思ったのを覚えている。
その後、すぐに入院したから、「なんかやるべきことがあったよな…」と思いながら、そのままになっていたのだ。
そういえば同時期に、NTTの料金もweb上で見られる設定にしたら、なんか番号を送ってきたが、それからまもなく、なんの連絡なしでもNTTの料金案内はweb設定になったから、これはもうほっといていいやと思っていたんである。
それとあれとが、ごっちゃになったんだな。
記憶力の衰えまでしみじみと実感するこの頃である。

むかしは、「これは絶対失くさない」とか「これは絶対覚えておこう」ということが、ちゃんと出来ていたのだが、最近はほんとうに自分に自信がない。
歳のせいだろうか、病気のせいだろうか。
どっちにしても、自分としては歯がゆい思いである。
大事なものに限って失くす、自分のこんな性質に、いつもいつもわたしは腹を立てているのである。

8

ターミネーターを観る。

20090604111803
昨日は、TVで『ターミネーター』を観た。
好きなんです、このシリーズ。
『4』はもうやめましょうよって言いたいけれど。

『1』は久しぶりに観たけれど、ラストで2025年の最新鋭サイボーグが、1980年代?のレトロな機械でつぶされるところが皮肉でいいですな。
「英雄ジョン・コナーのためなら死ねる」という謎の男(じつはジョンの父親となる人)、彼が持っていたサラ・コナーの写真。
エピソードの一つ一つが面白い。

わたしは首っぴき(死語?)で観ていたのだが、その手前で、ゆき妹と母がなにやら話をしているのが邪魔であった。
ゆき妹はいまだに躁状態で、一日中しゃべっている。
TVで不穏なニュースを聞くと気分が悪くなるとのことで、最近実家ではTVはプロ野球ばかりでニュース番組が見れない。
このたびの、『ターミネーター』も「人の叫び声とか聞くのが嫌」と言われて、わたしはヘッドホンで聞いていたのだった。
うーん。

彼女はさらに、この部屋は猫のうんちの臭いがする!と言ったり、食事なんか手抜きしたらええねん!と自分だけスパゲティを食べて逆に母に手間を取らせたり、実家のあちこちにケチをつけてまるで姑のようである。
このままでは母を中心に家族がまいってしまうので、わたしも母も、これは入院レベルだなと考えているのだが、あの調子じゃ入院先でも嫌われるだろうな。
なにしろ、自分の話ばかりして、人の話をまともに聞かないばかりか、ため息をついていちいち否定するのである。
こんなにもウザイ人だったかなあ、この人は。

たぶん、病気でイライラしているんだろうが、わたしは自分が悪くなるのは嫌なので、なるべく彼女の話は聞かないようにしている。
返事をしないこともある。
そーいえば、『ターミネーター』の途中でも、なんかこっち向いて話しかけていたな。
わたしの目は、もちろんターミネーターに釘づけ(死語?)であった。
残念だが、ゆき妹のヨタ話よりターミネーターの方が、50倍も面白いのだった。

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2

久々のショッピング

20090603074013
買い物に行きたいよう!とジタバタするゆき妹と買い物に行く。
彼女は、この日は6時間眠れたと言うので、大丈夫だと思った。

しかし、ゆき妹とのショッピングは気を使う…わたしに決断力がなくて、商品を見てアレコレ悩むからである。
この日も、わたしはラメ入りサスペンダーを買ったものの、「やっぱりこれ返品して、サスペンダーつきのTシャツ買おうかな」と言い始めた途端、彼女はブンむくれした。
「勝手にすればあ?」と攻撃性を込めて言う。
言い返すと、絶対喧嘩になるので、わたしはあきらめる。
病気のせいもあると思うが、彼女といると、なんだかセカセカイライラショッピングになる。

でも、一応よい買い物をしてきた。
グラディエイター(靴)、セレブ風デカサングラス、キラキラピアス、腕輪、お買い得2000円のコンビトップス、黒ラメサスペンダーである。
全部で、11000円くらいだった。
まぁいいや、ふだん買い物なんてしていないし。

ゆき妹もだいたい同じくらい買っていて、彼女は律儀にメモ帳にイラスト入りで買ったものの値段を書いていた。
「こうすれば、ナニを買ったか忘れんとすむやろ?」と説明する。
忘れるほど買い物しているのか…。

躁病の人がそうだが、症状としてバカ買いをすることがあるので(わたしがかつて出会ったある躁鬱病患者さんは、6つのプロバイダと契約して、嫁に離婚された)、躁状態にあるゆき妹も、要注意である。
それは主治医からも指摘されているらしく、「わたし、買いすぎてない?」とゆき妹はショッピング中に頻繁に聞く。
…まあ…このくらいは買いすぎじゃないと思うけど……。
彼女は、昨日も100円ショップでいろいろ買っていた。
このへんまでが限界かな?と思う。

サテ、買い物を終えたあとの行事、ファッションショーをわたしは帰ってから少しばかりやった。
アラ…ラメ入りサスペンダー、なかなかよいわ。
パブバイトを辞めることにしたわたしは、もうスカート中心生活をしなくてすむのである。
楽だ。

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6

双子の妹との顔の差

20090602091615
ゆき妹が一日中しゃべるので、疲れてきた。
わたしは、しんどいときはそそくさと2階の自室に上がって寝ている。

それはさておき、昨日もうろうろやることを求めていた妹に、わたしはファッション指南を受けていた。
ギャル服屋に勤める彼女の方が、はっきり言ってセンスがいい。

彼女が言うには、わたしは化粧したとき、あまりに肌がピカーとテカるので、顔が浮いて厚化粧にみえる!ということだった。

さっそく、化粧品を持ち出して化粧してもらう。
「アイラインはな、目頭までしっかり描くねん」
「頬紅は、おてもやん風にいっぱいつけた方がいい!」
そんで髪をトップで持ちあげてつくったスタイルが、ゆき妹のギャル風メイクとなった。
「……なんか、目の下のたるみが凄みを帯びてみえる」
とわたしが言ったら、ゆき妹と母親が二人して、
「そんなことはない!!」
と断言する。
そうかな…この目の下のたるみにギャル風メイクは痛くないだろうか。

だが、妹も母親も「気にしすぎだ」と口をそろえるのだった。
「わたしはそれよりも、あんたの無表情が気になる!」
とゆき妹が言う。
「これは病気やから仕方ないよ…」
「笑ったり驚いたり、いろんな表情して鏡見てみ?そうやって鏡って見るもんやで!!」
…そうかなあ。
わたしは一点だけを気にして見つめすぎるというのは、当たっているかも知れない。

笑ったり怒ったり、いろんな表情をせず、一人で闘病してきたわたしは、ほんとに無表情な人になってしまった。
笑っても笑いジワが出ない。かわりに、疲れたような目の下のたるみ。
ゆき妹には、目の下にたるみは全然ない。笑うとちゃんと笑いジワが出る。

生活が顔に出てるんだなあ…とゆき妹の弾丸トーク中にわたしはぼんやり考えた。
わたしは、彼女の話は半分くらいしか聞いていない。
ゆき妹も苦労しているのだが、顔的にはあっちの方が好感度が高いな。
いいなあ。うらやましいなあ。…

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6

家族全員が起こされる。

20090601091030
ゆき妹だが、まだ躁状態が治らない。
興奮を鎮める薬リーマスは、効くまでにやや時間がかかるようなので、効くのを待つしかない。

一昨日の晩は両親、昨日はわたしを含めた全員が起こされた。
正確に言うと、昨日はゆき妹は父を起こそうとしたらしいが、物音でわたしと母が気づいてしまったのである。

「…起きてる?」
とこっそり妹が言うので、昨日の一回目はわたしは起きて、彼女のために食パンを焼いてやった。
彼女はいま、殆んどごはんが食べられなくて体重が激減している。食べる気があるときに、食べた方がいい。
追加眠剤を飲んだあと、彼女は煙草が吸いたいと言い出したので、玄関先までつきあった。
なにしろ、「眠くない」と言いながら、ボ~ッとしていて、火なんか使わせたくない感じなのである。

「夜、起きて一人やったら、誰かとしゃべったりせんとしんどいねん」とゆき妹は言った。
「でも、なにもせん方がいいと思うよ」とわたしが言う。
そんなわたしは、目が半分閉じてボー、完全に寝ぼけていた。
「いま頓服飲んだから、もう一回寝れるよ」と話し足りなそうな妹を寝床に誘導し、サテと自分も寝なおす。

すると今度は2時間後だった。
午前3時に起きてきて、またガサゴソやっている。
このときは、両親も起きてくる。

わたしにとっての最後は、午前5時、たまたま目が開いたらリビングでゆき妹が話す声が聞こえたときだった。
どうやら、午前3時から寝ていない様子だ。
母が相手をしている。
わたしが寝ぼけ眼で「大丈夫?」と言ったら、母は疲れた表情で「ゆみは寝とき。あんたまで悪くなったら、お手上げやわ」と言った。
確かにそうやな…と思い、寝なおす。
ゆき妹は、明日もどこかに出かけたいくらい元気で爽快だ、とぽよ~んとした目つきで訴えるのであった。
なんか、ヤバイ感じがする。

このままだと、彼女もろとも家族共倒れになるんじゃないか。
わたしは危惧を覚えた。
リーマス、早く効いてくれるといいけれど。

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