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LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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鬱病が最悪だった頃のこと

hato2

「鬱病、ひどいときって、どんなんやったん?」
とゆき妹に訊かれて、うーんと悩む。

ひどいときって…そりゃ、ひどかったよ…。
病院実習でダウンして、入院するまでの数日間、わたしはマンションで一人ぐったりと、トイレと食事と寝返り以外は、ピクリともせずに寝ていた。
食べ物は、母が弁当を差し入れてくれたのを、腹ばいで食べた。
眠れず食べられず歩けず座れず、床をずるずると這い、もうろう状態で、まさに生きた屍だった。

入院してからも、手すりなしでは歩けなかった。
車椅子に乗せられたこともある。
「わたしが車椅子を押す役目になるはずだったのに(理学療法士の学校に行っていた)、なぜわたしは押されているんだ?」とぼんやり考えたのを覚えている。

意識は混濁していて、いまとなっては思い出せないこともたくさんある。
あの数年間は、まさに暗闇にいて、わたしは人間じゃなかった。
人間に戻れたのは、いつの頃だったか、とりあえず眠れるようになってからである。

でも、そのような数々の悲惨なエピソードを、一言で説明するのは難しい。
わたしは、ゆき妹に、
「病院で、手すりなしでは歩けなかったくらい」
と答えてみた。
ゆき妹は、「ふーん…」と言って、なんだかあまりイメージ出来ていないみたいだった。
父が、正面で聞いていて、忌々しいことを思い出したかのように、首を振る。
「そりゃーもう、病院を抜け出して、道路の真ん中で突っ立ってたんやから。あれ、ほっといたら轢かれてたで」
「……」
「ときどき、死のうと思ったな」とわたしは説明した。
それは確か、べつの病院で通院中のことだったのだ。
待合室で待ちきれなくて、廊下で寝ていたら看護師に起こされ、しんどさのあまり、ふらふらと外に出て行ってしまったのである。

いまの状態は、当時に比べたら、具合が悪いといっても格段にいい。
こう言っちゃーナンだが、ゆき妹の抑うつ状態なんて、かわいすぎるもんだ。
でも、病人に「あなたのなんて軽いよ」と言ったら、まず100%腹を立てられるので、そんなことは言わない。
「しんどいのはわかるよ」というスタンスである。

それにしても、彼女はわかっちゃーいないのだ。
「わたしも、薬が切れたかどうか、親分(夫)に言い当てられるよ」とまた話し始める。
そんなレベルじゃないんだってば…。
自分のレベルに話を戻して、結局のところ、彼女は自分のことしか話さないのだった。
まったく、わかっちゃーいないよ。

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