LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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トラックに飛び込みかける。

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さっきまで大泣きに泣いていた。
病気のせいだ。
昨日というか、今朝午前1時すぎに胃のむかつきで目が覚めてから、わたしはげえっげえっとえずきながら、パソコンにただ向かっていた。
なにかしていないと、とても寝ていられる状態じゃなかったのだ。

気がついたら、朝の6時を回っていた。
どうにかしなくては、と精神科にかけこむことを考え、わたしはパソコンを落としたのだが、その後いきなりまたげえっげえっと吐き気が来る。
わたしは、両親に電話し、無理を言って精神科に連れていってもらった。
でも…、担当医Kっちは、たくさんの患者を抱えていて(今日は混んでいた)、「ほな、胃薬出すわ」と軽く言うのだ。

「胃が悪いんですか?」と尋ねたら、Kっちはうるさそうに、
「そやけど、吐き気するんやったら、胃薬出すしかないやろ?」と突っぱねた。
この人は…、ほんとうに、主治医として信頼していいのか?
わたしは、すごく不信感を覚えた。
それで、そのあとは、勝手に涙が出てきたんだけれど、わたしはもう限界で、ほんとうに苦しくて、しんどいのレベルじゃないのだ、誰もわたしを助けられる人はいない、薬を増やすなりなんなりして、なんとかならないのか、と訴えた。

そうしたら、Kっちはとりあえず抗不安剤のセルシンを出してくれたけれど、あれはわたしには本当に効かないのだ。
Kっちは、やたらルーランを使いたがるが、ルーランを飲むとわたしは急性ジスキネジアという副作用を出すので、飲めない。

院外薬局で、薬順番を待つあいだ、ちょっと古本屋へ寄ろうと両親と車に向かいかけたのだが、そのとき、母が「あんたがお酒をやめれば…」という話をし始めたところで、ちょうど時速40km/hくらいのトラックが来たので、わたしは瞬間的に飛び込もうとした。
でも、身体が動かなかった。
生物って、自分の命を守るための防御が、あらゆる器官で備わっているのだな。
それに、すごく中途半端な速度だったこともある。
時速100km/hくらいだったら、いま、わたしはいなかったかも知れないな。

その後、いつもの回転寿司屋に行ったが、わたしはおかしくなっていて、食べるどころじゃなかった。
(もし、あのとき飛び込んでいたら)という回想が、何度も浮かび、そして、そのたび自分がぼーっとしているのを発見する。
傍目からは、オカシイ人に見えたと思う…実際、そう扱われたし。

いつまで、この地獄は続くのだ?
あのとき、トラックに飛び込んでいたら、違う道が開けただろうか?
そろそろ、なにか光明が見えないと、わたしはもう辛すぎて…、
いまは、とにかくアルコールに頼っている。

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セルシンOD

20100302165425
昨夜は、なんとか救急車に運ばれずにすんだ。
わたしはホリゾンの筋肉注射をしてほしかったけれど、どんな精神病院に運ばれるかわからないと考えた両親が躊躇。
そりゃわたしだって、両手両足をベッドに繋ぐようなところは嫌だけどさ。

どうにもならないとわかった時点で、わたしはセルシンのOD(薬の大量服用)を追加した。
じつは、両親がマンションに来る前にもやっていたのだ。
セルシン、全然効かないし!

わたしは父に全力で止められた…けど、どうだろ? 全部で20錠は飲んだかな。
それで、やっと落ち着いた。
その後は酒も飲んでいたし、ぼんやりしていたけれど、結果的に母がマンションに一緒に泊まることになった。
朝、起きるとまた地獄の始まりだ…。
わたしは、あまりに状態が悪いので、実家にいま帰っている。
でも、なにもする気力が湧かない。
食欲もなし。
「うつ病患者に安楽死を認めてくれ!」って、どっかの掲示板に書いてあったけれど、まったく同意見だ。
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よくならない体調

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昨晩の発作(と呼んでいいだろう)も激烈だった。
わたしは実家にいたのだが、ほとんどごはんを食べられず、ただぐったりとしていた。
そのうち、げえっげえっと吐き気が始まり、止まらなくなる。

しばらくしてから吐き気がおさまると同時に、今度はあたまがおかしくなってしまった。
苦しくなって、うう~~と唸りながら、背を丸めてあたまをかきむしっていると、もう、このあたまをなんとかしたい! と思い、わたしはあたまを壁にガンガン打ちつけた。
うちの実家は安普請なので、壁が柔らかくて、コンクリートのように全然、脳天に効かない。
その間、両親はぼそぼそなにか話していた。
救急車を呼んでも、どうにもならないことがわかっているんだろう。
これはわたし自身の問題であり、わたし自身がどうにかするしかない。
それで、ぜーぜー息をしながら、「いま! 台所の包丁で腹部大動脈を刺そうか?! どうする?」と考えた。
わたしの狂った脳みそがはじき出した答えは、「自分で自分を刺すときは、生物本能で、必ず手加減する。たぶん、ぐさっと刺した時点でうつぶせになってしまい、切腹のように横に切るのは難しいだろう。あの、三島由紀夫だって、子分に介錯させたからこそ、成仏出来たのだ。だいいち、この状況ではすぐ救急車が呼ばれてしまうじゃないか」だった。

頚動脈を切るという発想が、なぜかそのとき湧かなかった。
でも、たぶんはじき出す答えは同じだっただろう。
ともかく…わたしは、自力で自分で自分を刺す方法では、死ねない気がするのだ。

……あまりに苦しくて、ものも言えなかった。
じつは、節約と称して読みたい本を我慢していたのを、昨日病院帰りに古本屋で何冊も買っていたのだ。
けれど、読めない。
数ページ読んでも、すぐ投げ出してしまう。
読みたいのに!
なにかしていれば、気分が紛れて、吐き気もキチガイ沙汰もおさまるのに。

2・3時間くらいそうやって苦しんでいただろうか?
時間なんてわからない。
とにかく、午後11時を回った時点で、わたしは眠剤を飲み、幽霊状態で床に入った。

今朝は今朝で、午前4時半から、また吐き気で目が覚めて、げえっげえっの繰り返しだ。
いつまで、こんな状態が続くのか。
明日も今日の続きで、明後日も一生もだったら、もう生きていけない。

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惜しむ声たち

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今日も、吐き気で苦しんでいる。
ごはんが食べられない。
なにかしていると気が紛れるので、実家からマンションに車で連れてきてもらって、いまパソコンの前にいる。

そんな昨晩10時ごろ、元入院仲間のMKちゃんから電話があった。
MKちゃんは、わたしから見ればほんとうに人がよすぎるくらいよくて、ストーカーにさえ優しくしていた人なのである。
もっと、ガンって言えばいいのに! って当時わたしの恋人だったキャプテンと2人で、彼女に説教したこともある。

そんな思いやりにあふれた彼女だから、夜に電話してくるのは、よほど辛い状況なのだとわたしは察した。
「じつは、わたしもいま激鬱で…」と前置きしながら、話をする。
MKちゃんもやっぱり状態が悪くて、先日、自分のマンションの11階のベランダに立ち尽くして、考えているうちに家族に取り押さえられたということだった。

「でもね」とMKちゃんは告白するかのように言う。
「ゆみちゃんと一緒にいたときのことを思い出すと、元気が出てくるの。ゆみちゃんは、わたしが中学生のときに親友だった子に話し方もそっくり。院内から出られなかった自分を、近所のスーパーまで連れて行ってくれて、しかも服とか靴を見立ててくれたりしたでしょ。ふつう、自分が着ているものは、他の女の子には真似されたくないとかって思うのに、ゆみちゃんは逆に、自分が履いていた靴がすごくいいからって勧めてくれた。すごくこころが温かい人だよー」と言った。

わたしは、ぼんやりしたあたまで、「はあ?」と思った。
そんなの、ほとんど覚えていないよ…。
だいいち、そんなことで感謝されることなの??
でも、MKちゃんはちゃんと覚えていて、わたしにいまでも感謝してくれている。

「ゆみちゃんからもらった、超ミニスカート、いまでもたまに穿いたりするよー」と彼女は続けた。
ああ…、あれ、わたしにはきついから、より身長の低いMKちゃんにあげたんだよね。
そうか~穿いてくれているのか。
しかし、わたしはそんなに大したことは全然していないのにな…。

「自分が思ってもみないところで、人に感謝されることがあるんだねー」とわたしはぼんやりと正直に言った。
「そうやで、だから、ゆみちゃん死んだら、わたし困るで~」
「へえ…」

わたしのいまの状態は、あまりにきつくて、言葉のありがたみをかみ締める余裕はない。
でも、そうなのかなー。
自分が死んだら、泣く人がいるのか。
メールでも、何通か同じ内容のものを頂戴している。
ありがとう。
でも、なんか自分には実感が湧かないんだな。
わたしはなにもしていないのに、なんで、どこを惜しまれることがあるのか、さっぱりわからない。

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担当医への不信感

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吐き気の話ばっかりになって申し訳ないけれど、昨夜は午前3時半に胃の不快感で目が覚め、そのままげえげえと、空吐きしていた。
寝れる状態ではないので、台所に降りて、ぜーぜー言いながらカップスープをつくり、とにかくコタツに座る。

……実家って、ネットを引いていないから、こんな時間に起きても、なにもすることがないんだよね…。

わたしは仕方なく、「眠い…気持ち悪い…しんどい…」をあたまの中でぐるぐるさせながら、じっと座っていた。
横になろうとすると、余計気持ちが悪くなる。
はっきり言って、苦しい。吐き気止めが効かない。
はっはっと口で息をしながら、これはあんまりだ、一晩中こうしてろっていうのか? と、とにかく救いを求めて、朝が来るのを待っていた。

そうこうするうちに、午前6時くらいになって、ようやく気分がちょっとましになってきた。
両親も、そのころ起きてくる。
しかし、わたしは疲労で、話をするどころじゃなかった。
母が黙って、おかゆをつくってくれた。
わたしは、おかゆにスプーンを入れて、とにかく何口か食べた。
カップスープは、半分も食べていなかった。
駄目だ、疲れた…。

その後、わたしはようやくコタツで横になり、2時間くらい眠った。
そして起きてみると、不思議なことに、すっかり胃の具合がよくなっていたのである!
ほんとうに、訳がわからない。
わたしは、そこで冷めたおかゆの残りをまた少し食べ、「こんなんじゃ、栄養が偏るな」とかぼんやり考えた。

じつは、こんな不調が続いても、胃薬を出すだけで精神薬を変えようとしない担当医Kっちに不信感を持ち始めたわたしは、近々、ちょっとばかり知っている精神科医にセカンドオピニオンを申し入れようと考えている。
聞きたいことは山ほどある。
「調子が悪くなっても、全然薬を変えないのはどういう訳なのか?」
「何年間も通っているのに、まったくよくならない、抗うつ剤の量が足りていないんじゃないのか?」
「10年間も罹っているうつ病は、治るのか?」
「この吐き気を抑える方法はないのか?」
「薬物療法以外で、なにか効果が期待出来る治療法はないのか?」

どれも、ごくふつーの質問だと思うが、Kっちは答えてくれない、あるいは質問すると怒り出すので、口に出せないことばかりである。
考えたら、へんだよなー。
Kっちって、ふだんは気さくでフレンドリーだから、患者の間で悪評が立たないんだけれど、話をしてレスポンスがあるのは、こっちの体調がいいときの雑談だけ。
逆だよな、ふつう。

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飲まずにはいられない。

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また、午前3時半起きだよ…もう、いい加減にしてくれ。

ただ、今日は吐き気はなかった。
だから、午前6時くらいまで床のなかでぼーっとしていた。
ほんと、実家にはネットがないから暇なんだよ。

6時に起きたら、同時にげっげっと吐き気発作が起きる。
どうも、移動するときに出やすいみたいだ。
わたしは、ぜえぜえ言いながら、残り物のシチューにスプーンを突っ込んで、かきまぜていた。
食べる気はあるのに、口に入らない…。

昨日、母が厚生年金更新のための白紙診断書を病院に持っていったのだが、そのついでに2週間分の薬をもらって、わたしは次の診察日の月曜日は休める…思っていたのに、彼女はなんと吐き気止め5錠だけを処方されて、素直に帰ってきたのだった。
はああああ????
……じゃあ、わたしはまた月曜日にKっちと不毛な会話を続けなければならないのか。
それなら、べつに、すべてが月曜日でよかったのだ。
彼女は、「子どもの使いみたいになってしまって…」とすまなそうに言ったのだが、わたしは即座に「ほんまやな!」と言ってしまった。
「でも、今日はすごく混んでいて、1人2分くらいで終わってたから、その間に話さなあかんと思って…、急いでたら忘れてしもたんや」
…!……!! じゃあ、片道40分かけて病院に行った、あなたの努力はどうなるのだ?!
目的を忘れてどうする?!
だいたい、この人は自己犠牲がひどすぎる。
他人さまのために、他人さまがこうしているから…、じゃあ、自分はどこにあるんだ?!
みんな、もっと勝手にやってるよ! 周りをよっく見てみろ!!
これだから、田舎者(土地の問題ではない)は、弱々しくて駄目だなと思う。

腹が立つのは、わたしが少なからずその影響を受けているからである。
ルールを守らない人間に対し、わたしは腹が立って仕方ない。
昔、「他人さまに迷惑をかけてはならない」とわたしたち(双子だからさ)に教え込んだ彼女が、ルールを守っていない子どもを、「あんな素直な子ならよかったのに」と、憎憎しげに言ったのも、はっきり覚えている。
だから、ルールを守らず、病室で煙草を吸ったり真夜中に電話をしたり、自由奔放に楽しくやっている人間のことが、羨ましくて、憎らしくて、仕方ないのだ。
もう、これは幼児体験だから、治らないな。

それなのに母は、前回の入院時にまたそういうやつがいて、あたまに来たから退院すると言ったわたしに対して、「あんたなんかいなくなればいいのに!」と半泣きで言ったのだ。
ちなみに先日、そのことを尋ねてみたら、彼女はまったく覚えていなかった。
「ええっ? わたし、そんなこと言わんで?!」
ばかやろー。こっちははっきり覚えているし、日記にも書いているんだよ。
そうやって、小さいころから、彼女は無意識にわたしたちを傷つけてきたんだな。
そんな嫌いな母親とは、31歳くらいでとっくに決別していたはずの44歳なのに、病気のせいで、また厄介にならなければならない。
わたしの悔しさは、表面過保護の彼女にはまったく理解出来ないだろうな!

そんで…、今朝、妹の主治医でわたしが会ったこともある、J医師のところのセカンドオピニオンをお願いしたのだが、回答は「予約がいっぱいで、一週間後しか話が出来ない」というものだった。
1週間後!
そのあいだ、わたしはずっと苦しみ続けて、それからだって、すぐに問題解決するわけではないだろう。
わたしは苦しくなって、とにかくネット! ネットがあるマンションに連れて行ってくれ」と父に懇願した。
いまのわたしに、雨のなか、20分間も自転車をこぐ元気はない。
実家で繰り返される無知過ぎる老人の会話(NYってイギリスにあるのかと思っていたと、母親が昨日言った…この程度は日常茶飯事)をやり過ごさなければならないしんどさ、一般論として「無意識にやった行動は、自分がほんとうにやりたいことなんだよ」というわたしの言葉に反応して、「じゃあ、わたしが昨日、自分の毛布にあんたのための湯たんぽを入れたのを、そんなふうにしか言えないの!」と叫ぶ母親。
もうたくさん。
体調が、こんなに悪くなかったら、絶対実家にはいないよ。

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具合悪し。悪すぎ。

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昨晩、実家の両親と口論になり、今日からまたマンションで暮らすことにした。
いま苦しくて細かいことは書けない。
さっきまでましだったのだが、明日は診察日なので、わたしが行けるかどうかで、電話で両親と話をしているうちに、具合が悪くなってしまった。

うーーーーん苦しい。
もう、肩で息をしています。過呼吸状態。
少しましになったら、またなにか書くかも。

今朝起きたのは午前4時。
食べられないし、ほんとうにしんどい。

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救急病院に駆け込む

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昨晩は、いままで以上の吐き気・苦しみ発作が出て、また夕ごはんを吐いてしまった。
過呼吸も止まらず、マンションで一人うなっていたが、どうしようもなく、元入院仲間のMKちゃんに電話して、先日彼女がちらっと口にしていた「いのちの電話」の番号を教えて、といきなり用件だけ言った。
MKちゃんはすぐ察してくれて、余計なことを言わずに番号を教えてくれた。
電話をかける。
……何回かけても、予想どおり、虚しく通話中のツーツー音が鳴るだけだった。
あかん、しぬうううう…。

その次にわたしは、両親に電話をかけて「苦しい~」とだけ言った。
すると、彼らはまもなく飛んできて、「目のまえの救急病院に駆け込むか、それとも救急車を呼んで精神科へ連れて行った方がいいのか、どうするか」と、しばらく検討していた。
なにしろ、胃が悪いのか脳が悪いのかがわからん。

結局、目のまえの救急病院へ行くことになり、わたしは歩いていったのだが、途中の道で何度か座りこんだ。
直立してなんか歩けない。

幸い、順番は早くきて、すぐ診てもらえたのだが、念のために持っていった投薬一覧を見せると、当直医は、「もしかしたら、薬のアレルギーかも知れませんね…」と言うのだった。
「吐き気の副作用の出る薬を、こんなに飲んでいるし」
「でも、いままでも、ずっと飲んでいたんですよ?」←母
「途中から出てくるっていうことがあるんですよ」

そ…そうだったのか。
わたしは診察台で、ただうなっていた。

しかし結局、当直医曰く、「主治医がいるなら、その先生と相談してみてください、(精神)薬のことはこっちではわからないから。精神科にも内科はあるし、出来たら同じ先生に診てもらう方がいいし…、でも内科であれば、希望があればこっちで診ることは出来ますよ」とのことだった。

数時間苦しんだが、夜中にようやく吐き気がおさまる。
もう、くたくたのヘロヘロだった。
今日は、これから精神科の担当医Kっちのところへ行く。
わたしの予想では、「ほな、吐き気の出る薬やめよかー」か、「薬なんか関係ないわ(怒)」か、「入院しよか」か、やな。
なぜか、過呼吸は移動中に必ず出るので、診察室に入ったとき、ぜーぜー言ってたら、入院しよかになる可能性大だな…。
絶対、拒否するつもりでいるけれど。

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もう担当医が信頼出来ない

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人間って、一度不信感を持ってしまうと、なかなかそれを払拭出来ないものだ。

わたしは今朝書いたとおり、いつもの精神科へ通院した。
それで、母親も一緒に診察室に入って、昨夜の救急病院で、当直医から薬アレルギーの可能性があるので、主治医と相談してくださいと言われた旨伝えると、Kっちは急いで、
「どの薬が吐き気の副作用があるって?」とわたしに2度も尋ねた。
「アレとアレとアレです」と答えると、彼は即座に、じゃあその薬はやめましょう、と言う。

「えっ?! でも、レンドルミンがないと、わたし、サイレースだけじゃ眠れないと思うんですけど」
「ほな、サイレースを2倍にするわ」
……! このまえは、サイレース(睡眠導入剤)をいくら増やしても、ヒルナミン(向精神薬)を増やさんと、どうせ寝られへんでーって言ってたくせに!
「メイラックス(抗不安剤)かて、同じ種類のもんやったら、どうせ全部吐き気出るで」
………!! ほんまかよ!!! あんなに多々の製品があるのに?!?

そうやって、Kっちは、3種類もの薬を一気にぶった切ってしまった。
とにかく、彼は患者を早くさばこうとして必死なのが、明らかに見てとれた。
46番の患者が20分以上も話し込んだので、55番だったわたしまでの患者全員が、マジで2分以内で診察室を出てきたのだ。
そして、わたしも2分間で追い出された!
母親が、なにか質問しようとしていたのに、「はい」「はい」と、なにも聞かずに処方箋を出すだけ。

しかもだな、やつはわたしが「吐き気止めが効きません」と言ったときに、「ほな、ほかになに出すねん!」と怒ったのだ。
わたしは、自立支援法という公的医療援助を受けているため、不必要な薬は断るようにしている。
だから、「効かないから、要りません」と言おうとしたのに、まるで、「俺の処方に文句つける気かっ?」と言わんばかりだった。
患者として、薬の作用がどうだったか医師に報告するのは、義務だとさえ思うのに、これじゃあ、なんにも言えないじゃないか。

――でも、こっからが話が複雑になるのだが、わたしは「こんな医者、もう変えてやる!」という気でいたのに、母親がそれを躊躇するのである。
理由を訊くところによると、Kっちのまえにかかっていた医師に、わたしはいろんな薬を試され、いろんな副作用を出して、家で暴れたりして、手がつけられなかったというのだ。
「やっと…、安心して入院させられる病院が見つかったのに…、また病院を変えて、同じようになったら…」と、彼女はさめざめと泣くのであった。
それでもわたしが、「わたしは治りたいねん!! このまま、入院・退院を繰り返して、一生病人でおれって言うんか?!」と主張したのだが、彼女は怒りや憎しみを込めて、「どんだけ、うちらが苦労したか!! 警察呼ぼうと思ったこともあるんやで!!」と小さく泣き叫ぶのであった。

わたしは、黙ってしまった。
……じつは、その頃の記憶が、わたしにはあまり残っていないのだ……。
新しい医師を見つけたところで、そこで治療がうまくいくとは限らない。
母親の言うとおりのことが、ほんとうに起こってしまうのかも知れない。
だから、なにも言えなかった。
家族の負担を減らすために、わたしはいまの病院にいなきゃいけないってわけですか…。
彼らはもう70歳。なにかあったら、実家ではすでに対応出来ないのだ。

「入院出来る病院なんて、ほかにいくらでもあるでしょ?」と、不思議に思う人がいるかも知れない。
でも、わたしの両親がほんとうに怖がっているのは、わたしが初めてうつ病で入院した時の廃人ぶりがすごかったからなのだ。
表情皆無、眼球さえ動かない、まともに歩けるようになるまでに、丸1年かかったという。
彼らは、いまだにその病院を指して、「あんなところでひどい処置を受けたから、廃人同様にされたのだ」と言う。

それと…、精神病院っていうのは、やっぱり一般病院とは明らかに違う。
そりゃ、大昔みたいに和室6畳にごろごろいっぱい寝かせて、動物を飼うみたいに扱っているところは少ないと思う(←ないとは絶対言わない。)…けれど、持ち物検査されて所持品にぜーんぶ名まえを書かれて、だいたいは鍵つきの狭いフロアで、自由をかなり制限されて、建物は綺麗でも、オムツをつけてまともにしゃべれない人ばっかりだったりとかね。
数年前、わたしがあるクリニックに紹介されて、1日で抜け出した某病院なんか、廊下で患者がゴロゴロ寝ていて、うんちはもらす、その横で人がメシ食ってる、トイレに鍵がついていない、紙も持参、ぎゃーぎゃー響く叫び声、看護師は知らんふり、泥棒当たりまえ、マジで動物病院だったよ。
クリニックにしたって、入院施設にしたって、どこでもいいってわけには、絶対いかない。
あまりに遠い地域だと通えないし、とにかく難しい問題なのです。

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飲めない、食べられない。

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吐き気の副作用のある薬を全部やめてみたわけだが、今朝も胃の気持ち悪さで起きた。
まあ…、まえに同じようなことがあったとき、断薬してから吐き気がなくなるまで、2日くらいかかったしな。
もう少し様子をみることにする。

それにしても、いまも気持ち悪い。
水分も受けつけない。
飲まないわけにいかないから、飲むけどさ。
苦しいわ。

今日、食べたのは、カップスープ半分とマクドナルドのハンバーガー半個だけ。
じつはいま、空腹を感じているんだけれど、食べたらさらに気持ち悪くなりそうなので、そのまえにブログを書いている。

ほんとうは、おかゆがいいのかも知れないが、貧乏性なので、食べかけのハンバーガーや、昨日のうちに買っておいた弁当などが気になる。
弁当は、たぶん、明日は料理する気力なんか湧かないだろうなと思って、昨日、通院の帰りに買ったのだ。
あーでもこわ。
食べて、また数時間うなることになったら、どうしよう。

元入院仲間のMKちゃんに、「いのちの電話」番号を教えてくれたお礼メールを送ったら、彼女自身も昨年末、ストレスと不安のためにゲロゲロ状態、水も駄目だったと教えてくれた。
ストレスだけで、そんなになることもあるのか。
うー。もし、わたしがそのケースだったら困る。
だって、なにがストレスになっているのか、わからないじゃないか。

……考えられるのは、まったくの孤独と退屈と自殺願望との闘いかな…。
一日じゅう一人部屋のなかで、表情も変えず、誰とも話さず、しんどいから、TVや本や、パソコンさえあまり見られず、ほとんどぐったり寝ている状態がずっと続いていたからなあ…。
そんで、「わたしはなんのために生きているんだろう」「将来の収入はどうなるんだろう」みたいなことを、ぐるぐる考え続けていたわけだから。
実家にいるときはする必要がなかった、買い物や料理も、少なからず負担になっていただろうしなあ。…

あかん。気持ち悪いわ。
もう書くのやめる。
ぶった切りで悪いけれど、マジでいま胃が気持ち悪い。

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吐き気が治った?!

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ななんということでしょう!
あれほど、何日間も苦しめられてきた吐き気が、今日は1回も起こらない!!
べつに、なにも変わったことはしていないのに。
ということはやはり…、薬アレルギーだったのか??!

今日は楽だ~。
ああ、やっと人心地つけた気がする。
まだ、あんまり硬いものを食べる気はしないけどさ。
3日まえに買った弁当を、しょぼしょぼと1日かけてだらだらつついている。
食べるんじゃなくて、たまにつつくくらいがちょうどいい感じなんだな。

それにしても、もしほんとうに薬アレルギーだったとしたら、それを一発で見抜いた若い夜間当直医と、ベテラン精神科医のはずのKっちの差は、いったいなんなのだ。
Kっち…、ちょっと疑うくらい、しなかったのかな!
薬の副作用とかアレルギーで、吐き気を出す患者なんて、いままでいっぱい診てきたはずだよ。
胃が気持ち悪いなら胃薬を出すしかないでしょう、なんて瞬時に言ってのけるあの2分間診察は、やっぱりどうかしている。

…と素人なりにわたしは思うので、予定どおり、明後日はインフォームドコンセントに行ってきます。
訊いてみたいことは、吐き気の件だけじゃないしね。
もう、いっぱいあるので、きっとあたまが混乱すると思ったわたしは、今日、元気を出して(←まだ本調子では全然ないのよ)、パソコンに向かって、なにを具体的にどう尋ねるか、ずらっと書き出して整理していた。
そしたら、思いのほか、時間がかかってしまって。
何時間もかけて、まあこんなところやろ、とプリンターをつなげたら…、
うわあぁあ! 今度はプリンターが、印字してくれない!!

ああ~~なぜなんだ?!
プリンター自体は正常に稼動しているので、どうもこれは、インクの問題であった。
そういえばわたし…、まえに「インク、買わなきゃなー」と思って電機屋の売り場で立ち尽くして、しばらく製品を見ていたんだけれど、結局あのとき、「型番を確認してからにしよう」と思って、やめたんだっけか??!
――覚えていない!!
なんか、あのとき買ったと思っていたんだけどなあ…、「や~めた、確認してからにしよ」と考える自分がいそうなのが否定出来ない。

せっかく一生懸命書いたのに、これボツになったら悲しいよう。
いちばんいいのは、明日、父に車で近所の電機屋に連れていってもらうことだが、彼はどうやら疲れているそうなので、頼みにくい…。
その疲労は、おそらくここ数日間、苦しみまくっていたわたしと無関係じゃないと思うしね…。

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ひどい物忘れ

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さっき、TVを見ていたら、わたしは最近ずっと、「セカンドオピニオン」のことを「インフォームドコンセント」と言い間違えていることに気づいた。
わあぁああ!!
どうして??
わたしのあたまは、どうなっているの??

こんなの、医療関係に携わっていた人間が間違えたら、とんでもないことです。
twitterにも書きましたが、足し算と掛け算を言い間違えているようなものです。

わたしが、仕事を辞めざるを得なくなって10年、その後医療関係の専門学校に入って、病気でドロップアウトして約6年。
そのあいだに、使っていない知識はどんどん失われていく。
もう、もとの仕事に戻れない可能性の方が高いと思う。
わかってはいても、すごく虚しい。

それで、今日は胃の具合はよかったけれど、すごく落ち込んだ。
だんだんアホになっていく自分を見ているのは辛い。
最近は、とくにあたまの回転が遅い。
昨日は、今年が平成何年だか、さっぱりわからなかった。
9年なのか? 22年なのか?
1年や2年の忘れ方じゃないのである。

――そんで、調べたらわかったはずなのに、またいま忘れているのである。
大脳の海馬が壊れているんじゃないのか?
いくらなんだって、たった44歳でこの忘れっぽさは変でしょ。
見たくない事実だから目をそむけていたけれど、このままじゃ…。
ああ、でもしんどくて、動けない。

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アルコール依存症だと?

wine6

今日、妹の主治医のところへセカンドオピニオンに行ったら、わたしは<アルコール依存症>と診断され、「アルコール依存症を治さない限り、うつ病は治りませんよ」と言われて、すごくショックを受けた。
アルコール依存症の傾向があるのは認めるが、そのJ医師曰く、「アルコール依存症専門病院に入院した方がいい」とまで言うのであった。
げげっ?!?
それって…、要するに閉鎖病棟で毎日シアナマイドを飲まされて、断酒会に出て、一生一滴も飲んではいけないっていう治療をされるところじゃないか。

母曰く、わたしが昼夜関係なく飲み始めたのは、理学療法士の学校でドロップアウトして入院した頃からだそうだ。
たぶん、あそこでわたしの世界は崩壊したから、アルコールに逃げたんだろうな。
実際、ものすごく辛かったのを覚えている。
うん、語りようもない辛さだった。いまでも学校中退はトラウマになっている。

しかし、不思議だな。
入院中は当然断酒しているし、ある時期は飲酒を咎められてあたまに来て、確か半年間くらい酒を絶っていたこともある。
だからといって、うつ病がよくなったわけじゃなかった。
それにさ~、「アルコール依存症のスクリーニング」をやらされたんだけれど、それってたった10項目に○をつけるだけで、質問のなかには「いままで医師に酒をやめろと言われたことがある」とか、「アルコールをやめようとしたことがあるが、出来なかった」とか、なんか生活習慣病を抱えた中年のおっさんなら、1回は当てはまる人がいるだろうと思われる項目が結構あって、こんなので診断出来るの? と正直思った。
「生活のうちで人に代わってもらわなければならないことが出来た」みたいな項目もあったけれど、それ、はっきり言ってうつ病のせいだしな。
それに、女性用と男性用があるというのも、意味がわからん。
女性は結婚して仕事をしていないのが前提になっているのか?
手のふるえなど、身体的症状はまったくないし、泥酔するまで飲むわけじゃないし、マジでこんなもんで入院対象になんの?

結局、J医師のみたては、「いまの医師の言い方はきついのかも知れないが、処方が間違っているとはいえない。まずアルコール依存症を治してから、うつ病治療に移るべき」というものだった。
わたしは、呆然となった。
はあぁあ? 一生酒をやめる??
無理だろ…。たとえ、一時的に入院して断酒会に参加していても、もともと将来への経済的不安や頼るもののなさ、うつ病の辛さがある限り、絶対また手を伸ばすと思うな。

でも、担当医Kっちも常に「アルコールはやめや~」と言っているし、まーそりゃ「飲んでええで」という医師なんかいないと思うけれど、そんなにわたしにとって、一生の断酒って必要なものなの??
よくわからなくなってきた。
これから、ちょっと調べてみようと思う。

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アルコール依存症専門病院を調べる。

sake9

で、結局また夕食にワインを飲んだ。
一日じゅう、アルコール依存症についていろいろ調べたのだが、あたまが混乱してしまって、疲れたのである。

それと朝、お酒なしでごはんを食べてみようと思ったのだが、ぜーんぜん楽しくも美味しくもないので、やっぱりビールを飲んだ。
食事だけなんて、味気なさすぎるよ。
空腹を満たすための食事なんて、ただの作業に過ぎない。

J医師からもらったアルコール専門病院のHPも、すべて調べた。
だが、これと思われるのは府内で1ヶ所だけだった。
じつは、もう1ヶ所あったのだが、そこは男性のみ受け付けであった。
なんでだろ…。やっぱり、圧倒的に男性が多いのかな。

そして、さらなる困難が待ち受ける。
病院に訊いてみないとわからないが、治療カリキュラムを見ていると、ビデオ鑑賞だのカラオケだの読書だの、いまの自分に出来ないことだらけだ!
いま、わたしは体調が悪くて、TVの音だって、モノによっちゃーうるさいのにさ。
だいたい、うつ病患者独特のしんどさと、アルコール依存症の禁断症状とを、どう区別するのだ。
わたしの場合、たぶん禁断症状が抜けたあとでも、ずっとしんどいぞ。
そのしんどさを、何年間も引きずって、ボロボロになったあとで、「ああ、やっとうつ病が治った」と思ったときには、すでに高齢になっていて、職もなく金もなく。
いったい、なにが楽しいんだ? そんな人生。
もうすべてが遅すぎる、って感じ。

また、入院の治療カリキュラムを見ていたら、「家族はぼろぼろのはずです」というのが前提になっていて、まーぼろぼろだけれど、それはうつ病のせいであって、アルコール依存症患者に困り果てた家族らとは事情が違う。
なーんか、ちょっとやっぱり違うんじゃないかなあ。
ちなみに、毎日通院して薬を飲むという治療もあるが、わたしの場合、毎日の外出は無理だ。
なんだかな~。
J医師、大げさじゃないのかなあ。

そんなわけで、いまいち入院なんて考えられない現状なのである。
うつ病は治したいけれど、方向を間違ったら、苦しいだけで意味ないしなあ…。

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グルメ番組を見ながらぼー。

TV5

さて、今日も元気にアルコールを飲んでいます。
朝350mlビール半分と、夕方ワイン4杯くらいかな?
ここ約2ヶ月間の胃のむかつきと吐き気はすっかり治って、なーんだ、やっぱりあれは薬アレルギーだったのかあとわたしは結論づけた。
やっぱり担当医Kっち、駄目だな。
あれだけ日に日に悪くなっていく吐き気を、なんでアレルギーと考えなかったのかな。

それにしても、なんか一昨日かその前くらいから、あたまがぼーっとする。
なにを見ても、あたまに入ってこない。
さっきも、B級グルメ特集の番組を見ていたのだが、途中でうとうとしたりして、はっと目を覚まして見ていても、なにをやってんだかよくわからないのだった。
味噌ダレがどうのこうの…とか、お稲荷さんがどうのこうのとか…。
断片的には、ああ、なんかやっているなと思うのだが、どーも全貌がつかめない。
見ていても、よくあたまに入ってこないのだ。
次の瞬間、ふと我に返ると、また別のシーンになっている。
しまいには、早く番組終わらないかなとまで思ってしまった。

なにを考えているんだろうな。
とにかく、すごく疲れているのを感じる。
すぐに横になって、漫画でも見ながら眠りたい。

アルコール依存症の件については、明日、もし体調がよければ、目星をつけた病院に電話をかけて、「うつ病で、出来ない治療プログラムばかりなのだが、どうやって入院治療するのか」あたりを尋ねてみたいと思う。
たぶん…、「とにかく一度、診察に来てください」と言われて、教えてくれないような気がするけどな。
いきなり行って、門前払いされるのも馬鹿馬鹿しいし。
まあ…とにかく、明日だ、明日。

そういうことで、今日は寝ます。
ああ疲れた…。おやすみなさい。

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アルコール依存症の恐怖

cat_drinking

今日(というかもう昨日)、アルコール依存症専門病院に、電話をかけてみた。
わりと、親切にいろいろ教えてくれた。

わたしがかけたところは、2軒で、大阪府内で女性患者といえばだいたいここ、みたいな病院だったが(やっぱ圧倒的に男性患者が多いみたい)、入院治療といえば、1日1時間くらい講義がある程度で、あとはまったくの自由ということだった。
閉鎖病棟なのかなと思ったら、鍵は全然ついていないらしい。
まー、どうせシアナマイド(この薬を飲んでアルコールを飲むと、死ぬほどのたうち回る)を毎日飲まされるから、外へ出ても飲酒は出来ないという考えなのだろうな。

どっちにしろ、いまの主治医からの紹介状が必要だと言われた。
それはまあ…、なんとか言い訳して、Kっちに紹介状を書いてもらうことは可能だと思うけれど。
あと、Kっちの診断とJ医師の診断とが違うので(Kっちはアルコール依存症の一歩手前だと診断)、そのへんもよく話し合ってくださいとのことだった。
うーん……。

でもなあ。
やっぱり、いまの段階では、どーしてもアルコールを一生やめられる気がしないんだなあ…。
一生やめるには、わたしの双子の妹みたいに、パニック障害で、ものすごい恐怖を体験した、とか、かなりの動機づけが必要だと思うよ。
わたしの妹は、結婚してからしばらくの間、ほとんどなにも食べずに、1日じゅうジンをあおっていた。
姑との間に確執があったらしいが、ある日家にいるとき、「突然ケツに火がついたような」恐怖を味わって、二度とこんな目にはあいたくない、そのためにはJ医師に言われたとおり、薬がちゃんと効くように、アルコールを一切やめなければと、キッパリと飲まなくなったのだ。
これには、J医師も「よくやめられたな」と、びっくりしたらしい。
パニック障害って、それくらい、すごい発作なんだね。

でも、そういう強い動機がないわたしは、相変わらず「いくらうつ病がしんどくても、アルコールをやめたら、余計しんどくなってしまう…」という不安と恐怖が拭い去れない。
アルコール依存症専門病院のスタッフは、「うつ病からアルコール依存症を併発する人は多い」と言っていた。
また、ちょっと調べてみたら、うつ病をもつ場合のアルコール依存症の再発率は、それ以外よりさらに高いとのことだった。
恐ろしい…。それだけ、苦しいってことだ。
再発の果て、自殺率が高いのもうなずける。もう、どうしようもないところまで追いつめられるんだな…。

しかし、こんなに怖いアルコールってものが、どうして合法なのだ?
少なくとも、アルコール依存症の怖さを、もっと周知すべきだ。
Kっちも言っていたけれど、昼間からビールを飲んでいるCM、あれやめろよ!
昼夜かまわず飲み始めるのが、アルコール依存症への入り口なんだからさ。

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あたまがおかしい。

question

昨日(一昨日)から、わたしは、ちょっとあたまの様子がおかしい。
いや、じつは数日前から、なんか妙だなと思っていたんだけれど…、
どこから説明したらいいのかな……。

えっと、一つは、うまくしゃべれないことだ。
じつはわたしは、10年以上前に1人暮らしを始めてから、あたかも人と会話しているかのような独り言(というのか、壁に向かっておしゃべり?)をする癖があるのだが、ここ1週間まえくらいからだろうか…、途中で、自分がなにについて話していたのか、忘れるのだ。

それはとても奇妙な感覚で、『ノルウェイの森』/村上春樹風に言うと、話がA→B→C(:結論)という具合に流れるはずのものが、A→B→突然空白になる→「あれ?…あれ??なに言おうとしたんだっけ?あれ?」→Bを振り返る→Aが思い出せない→もう一度Bを思い出す→今度はBも出てこない→AもBもCも全部思い出せない!!!
――という具合なのである。
しかも、それが頻回に起こるのである。

5日前、セカンドオピニオンに行ったときに、すでにそういう症状?は出ていて、わたしは、J医師に話している最中に、突然ぴたっと口が止まって、「…あ、あれ?あれ?…わたし、いま、なにを話していたんでしたっけ?」「~~で、………???……あれ??…わたし、いま、なにを質問されていたんでしたっけ?」と何回も尋ねていた。
絶対、おかしいのである。
話している側から、次々と言葉が消えていく感じ。

もう一つは、これもまたなにかに気を取られているかのように、トンチンカンなことをしでかすことだ。
昨日(一昨日)の晩、湯豆腐をつくっていたのだが、「えーっと、人参…」とか独り言を言いながら、冷蔵庫を開けて、ふと気がつくと、自分はトマトを切ろうとしていた。
「ありゃー。ミスった」と軽く思ったが、次に「豆腐…豆腐の残りを冷蔵庫に…」とかなんとかつぶやきながら、豆腐を浸すためのボウルを棚から出そうとした…はずなのに、ふと気がつくと、皿を出してそれに豆腐を入れようとしていたのである。
おかしい。こんなことは、ふだん絶対ない。

ちなみに、素面のときでも、アルコールが入っているときでも、同じようにそれは起こる。
今日はとくにひどくて、1日じゅう、なにも出来なかった。
苦しいよりは、はるかにましだが、ちょっと困る。

去年の今ごろだったか、あたまに<雲>がかかった状態で、ぼんやりが続いた日々があったが、あれとも全然違うんだなあ。
どうも、大脳を、長期に渡って薬であちこちいじられているもんだから、どっかが故障しているんじゃないかという気がしてならない。

いまもさ。
電卓でなにかを計算しようとしたんだけれど、「45」と打った瞬間、なにを計算しようとしたか忘れた。
さっきもやったよな、この動作。
なんだっけ? 引き算しようとした…、あ、体重だ…。
でも、ブログを書いている途中で、なんで体重の計算が必要なんだろう??

ちなみに、ただの引き算で電卓を使ったのは、今朝、体重を量ったときに、45.4kgの数字が出て、ここから服の重さ1.3kgを引こうとしたら、なんと結果が出てこないのである。
結局、1分間くらいかかったかな。
そんで、せっかく計算した結果=44.1kgも、2~3分後に忘れて、また1分かけて計算し直したのである。
もっと言うと、最初に量った45.4kgの数字も、1分後くらいに忘れて、わたしは2回量り直したのだった。

念を押しますが、いつものわたしは、いくらなんでも、こんなにアホじゃないですよ。
どっかおかしいんだよ、今日(昨日)はとくに。

あっ。違う。
いま、思い出した。
「45」を電卓に打ったのは、「10年以上前から1人暮らし」ってさっき書いたけれど、具体的にマンションを購入したのは何年前だっけ?と、いまの年齢-当時の年齢を計算しようとしたのだ。
おい、それにしたって、まだわたし、44歳なんだけどな!
どうなってんの? 絶対あたまがおかしい。

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断酒会見学に行って

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昨日の夜、断酒会の見学に行ってきた。
出席者全員が、入院経験があり(あるいはその妻)、1日1日酒を飲まない努力を重ねている人ばかりだった。

アルコール依存症って、昔でいうところのアル中だけれど、覚せい剤中毒と一緒で、いったん快感の本能が出来てしまうと、一生、食欲よりも強いほどの欲求に悩まされる、れっきとした大脳の病気なんだよね。
だから、アル中患者って、食事よりも飲酒を優先するでしょ。覚せい剤中毒患者と同じく。
つまり、アルコール依存症や覚せい剤中毒患者にとって、それをやめろと言われることは、一生食べるなと言われているようなもの。
いったん断酒して、中毒による手のふるえ・幻覚・幻聴などがおさまったとしても、それで「治ったー」ってわけじゃないんだよね。
自業自得と言われればそれまでだけれど、たぶんアルコール依存症になった人たちは、最初はそんなことを知らずに飲んでいたと思う。
アルコールを飲む習慣のある人なら、誰でも罹る可能性のある、不治の病なのだ。

だから、わたしは繰り返させてもらうけど、なんで、こんな危険なものが合法なわけ?!
昼間からビールを飲んでいるCMやめなさい!
知らず知らずに、人生辛いときに飲酒量がどんどん増えていった人がほとんどなんだから。

――とまあ、言っているわたしは、すでにたぶん…アルコール依存症に限りなく近いんだろうな。
だって、一生一滴も飲まないでいる人生なんて、考えられないもん。
でも、こんな地獄の病気だと知っていたら、早い段階でなんとかしただろう。
くそぉ…。
わたしの症状は、入院経験のあるような人たちからみれば、「まだ依存症じゃないし」くらいの感じらしいが、アルコールを断たないとうつ病が治らないと言われれば、どうしようかと葛藤してしまう。

断酒会の人々は、「また来てくださいね」と歓迎してくれた。
わたしと同じように、うつ病が辛すぎて依存症になった人も、「いつでも話をしてください」と連絡先を教えてくれた。
ありがたいことだ。
でも、ここで「わかりました」と言えないから、やっぱりわたしはヤバイのである。

ところで、断酒会で、自分のことを話すとき、また言葉が出てこなくて…、途中でなにを話そうとしていたのか忘れて、隣の母に「いま、なにについて話してた?」と聞きながら、ぼーっと、ときには無言になりながら、ぽつりぽつりと話す羽目になってしまった。
わたしは本来、雄弁で、例えば学校のグループワークの発表で、「錐体外路の神経線維について、20分で話してくれ」と班長に言われれば、「えー!無理や、短すぎる!」と言いながらも、超早口で、スライドを(当時パワーポインターなんて、学生は使ってなかったからね)、「はい次」「はい次」みたいに入れ替えさえて、20分で終わらせたりすることなんか、わりと簡単に出来たんだよね。(←ほとんどの同級生が、速すぎて理解に苦しんだようだ。)
論理的に、ディベート式に、相手を正しかろうがどうだろうかおかまいなく、論破するのも得意だったしな。
人前でしゃべるのなんか、お手のもの。

それが、いまはこれだ。
もう、人間が変わっちゃったんだよな…。
昔の自分は、もういないんだな…。

明日は診察日だから、担当医Kっちに、アルコールのこととか、言葉が出ない問題とか、いろいろ話があるんだけれど、なにしろ2~5分間診療のKっちだから、言葉が出ないいまの自分にどこまで話せるか…。
はぁ。やっぱ、紙に書いて、見せるのがいちばんいいんだろうな。
けれど、プリンターのインクが切れているんだった。
あー。うんざり。どうしよ。

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両親と大ゲンカ

boxer

注:家族が好きな人は読まないで下さい。読んだあとの責任は負いかねます。>

昨日は、通院日だったが、もう書けないくらい悲惨なことになってしまった。

Kっちの診断は、「アルコール依存症ではない、ただ依存症に近い飲み方をしてるから、とにかく朝から飲むのはやめとき」というものだった。
うまくしゃべれない、短期記憶が出来ない問題に対しては、彼は診断しなかった。
「とにかく、1回、朝から飲むの、やめてみ?」
それ一辺倒。
今回はかろうじて5分間を確保したが、ほかの患者は1分半~2分間診療だったよ…。

――で、問題は、そのあとのことなのだ。
母は、「依存症ではない」とキッパリ診断されたのが不満だったらしく、いまだに頑として、わたしを依存症だという前提で、話をしてくる。
父親もだ。
「紹介状もらえなかったけど、一応(専門病院に)行くのは行くんやろ?」
「でも、紹介状なかったら、診察出来ませんって、2つの病院とも言うてたし、わたし最初から一言も、酒やめるって言うてないで」
「………」
「いったんアルコール依存症として治療開始したら、それは一生酒をやめることやって、Kっちも言うてたやん。わたし、そんなん出来へんし」
「………」

なんで、そこで無言になるんだよ。
反駁はしないの?

その後、いつもの習慣として、通院のあとは自動的に回転寿司屋に行くのだが、なんと父母はわたしに内緒で、勝手に回転寿司屋を通り越してしまった。
「お腹空いた」と車内でわたしはつぶやいていたのに、それを無視して、気がついたら「もう、家の近所やで」と父は平然と言うのである。

「えええっ?!? なんで??? いっつも回転寿司に行ってるやん! そのつもりで買い物したのに」
「………」
「なんで? なんで?」
「あんたの言い方はしつこいわ」:母。
「!」
「いつもじゃないやろ、このまえは行けへんかったやろ」
「それは、わたしがゲーげーやってたし、見かけがちょっと、人前に出たらおかしく思われるからっていう理由やったやん!」
「……行ったら飲むやろ」
「そら、飲むで」
「酒はあかんって言われたやろ? やめるんとちゃうんか」
「わたしは1回もやめるって口にしてないで! だいいち、いつもの予定変更するんやったら、最初から言うたらええやん! <酒飲むんやったら、今日は寿司屋には行けへんで>って言われたら、わたしは<あっそ>で納得してたで!」
こういう、夫婦で共謀して、子どもになんの説明も説得もせず、納得させないまま、強制的になにかを実行してしまうっていう手口は、小さいころからあった。
だから、この夫婦のことは、わたしは嫌いなんだ!(もっとも、それだけではない。)
子どもは大人が思っているほど、バカじゃない。

そんで、もーえーわ! 帰ろ、帰ろ、とか言っているうちに、父親がいきなり切れた。
「俺はもう、こんな家族、捨てる! おお、捨てたる!! こんな家族もう要らん!!!」
彼は、車の運転中なのに、大声で叫んで、ドカンとどこかを叩いた。
父が激昂することは滅多にないのだが、じつは超几帳面な人で、のんびりしているようで中身は違うんだよね。

前もって言っておくと、わたしは両親が小さいころから好きではなく、こういう切れ方をされると、ますます冷酷にいびりたくなる性質がある。
幼児体験があるんだな。臨床心理士が言ってたけれど。

「へー。そんで? どこ行く気なん?」
「?」←父
「家族を捨てるってことは、どっかにあんたが行くってことやろ? どこ行くのん?」←<あんた>になっている。
「俺は、どこにも行かん!!」
「ということは、母親(わたしは自分の母親をこう呼ぶ)を、どっかへ放り出すってことやな。そんで、どこに放り出すのん?」
「………」
「家族を捨てるって言うんやったら、自分が出て行くのが筋やろ。あんた、母親を追い出したらあかんで」

とまあ、こーゆー極めて冷酷な言い方をして、わたしは涼しい顔をしていた。
彼らは、とくに母親は、言い返すカードがなくなると、罵倒してくる。
これも、小さいころからずっとだ。
でも、わたしから言わせると、この人、もっとカード持っているのにな。わからんねんな。
繰り返すが、子どもは決してバカじゃない。

案の定、母親はわたしを罵倒し始めて、結局、もーこんな親の世話になるか! とわたしは車を降りてすぐ、本屋へバイト情報を買いにいった。
ところが…、体調が悪いいま、わたしはバイト情報のあのチカチカしたページが読めないのだ。
まいったな。しゃべれない問題もあるし、正直言って、働ける体調ではない。
たぶん、いまフルタイムなんかで働いたら、頑張りに頑張りつくして、また廃人状態に逆戻りってことになりそうだな。
でも、死ぬつもりでやるしかないか。…

【続く】
(もっと悲惨な会話が続きます。気分の悪い人は読まないようにお願いします。)

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両親と大ゲンカ・2

boxer2

【前記事の続き】:前記事

注:家族が好きな人は読まないで下さい。読んだあとの責任は負いかねます。>

――そんなことを考えていたら、ケータイが鳴った。
父親からだった。
彼は、帰宅して間もないというのに、べろべろに酔っ払っていて、「4合飲んだ」と言う。
たかが4合だが、彼は年齢とともに酒に弱くなっており、ふだんはたしなむ程度で、わたしから言わせれば、ほとんど飲まないと言っていい。
ましてや、べろべろ状態なんて、初めてだ。

「いま、4合飲んだ。俺はもう、このまま死ぬ」
「おーおー、もっと飲め飲め、毎日一升飲め。そんで、アルコール依存症になって、その苦しさを思い知れ!」
「ゆみさんに悪かったなあ。ごめんな、ごめんな。幸せにしてあげられずに…、俺らがもっとちゃんとしてたら…、」
彼は、嗚咽しながら、完全に酔っ払いになっていた。
わたしは、正直に言って、こいつぁー完全やな、まともな話はできへんな、と思った。
(まーわたしも、けったくそ悪いので、ビールを飲んでいたが。)

それでも、彼は一方的に話し続けて、
「俺は、自分で自分の身体の始末をする。だから、お母さんだけは…、面倒みてやってくれ」と言う。
「自分の始末をする? あのなぁ、それ簡単なことちゃうで。←(未遂経験者)それに、面倒みてくれって言われても断る。わたしはわたしの生活で手一杯や。あんた、自分の妻を守るくらい、自分でせーよ(=しろよ)。それが、あんたの役割やろ」
「俺ら、なんも出来なくて…」
「あんたはちゃんとしてたやないか、車で送迎してくれたり、金銭面でも援助してくれたし、それには感謝してるで?」
「…もっと、ちゃんとしてあげられたらなあ……」

そんなとき、ちょうど配達のベルが鳴ったので、わたしは「いったん切る」と言って、電話を切った。
で、用事が済むと、もう彼とは話したくない気分になっていた。
どうせ、このまま話し続けても、埒があかへんに決まってるしなあ…。

考えた末、わたしは双子のゆき妹に電話したのだが、いつものように、彼女は出なかった。
彼女は、自宅の電話は留守電で内容を聞いて、意に沿わないものは取らないし、ケータイに至っては、まず一切出ない。
だからわたしは、とりあえず両方の電話にかけて、伝言メモを入れた。
「ちょっと、電話に出て! 緊急やねん。父親のことやねん。すぐ電話して!」

その後、気が進まないまま実家に電話をかけると、再び父親が出てきたのだが、わたしはすぐに「母親と代わって」と言った。
そして、母親に言った、
「いったい、どういうことなん? これ。こんなん、なんぼ話してても埒があかんで」。
「………あんたには、心ってもんがあるのか……」
母は、心底、嘆き悲しんでいた。
それはわかったけれど、だからといって、ドラマみたいに「ごめんね、ごめんね、わーん」みたいな展開にする気は、毛頭なかった。
「それは、あんたがうちらに、小さい頃にやってたことや。わたしはあんたのことを《鬼》、ゆきさん(妹)は《冷たい人》って、思ってたって言うたやろ? うちらは、昔のあんたの鏡や」
「…………」

母は、いきなり電話を切ってしまった。
いまのは、母親という人種にとって、相当効いたやろうな。
そやけど、怒鳴りあいになったら、やっぱ大阪弁の方がハッタリ利くというか、勝つな。
大阪に出てきて40年以上も経つのに、あいつら、いまだに大阪弁もまともにしゃべられへんって、どういうことやねん。
――わたしは、興奮していたせいもあるが、彼女の言うとおり、ひどく冷酷な一面があるのを、自分で知っている。

そんで、大ゲンカはいまだ行方知れずになっているのだが、果たして、今後どうなるのだろうか。
ゆき妹は、わたしが電話をかけたのは昼過ぎだったというのに、夜になって、メールで「いま具合悪いねんけど。緊急じゃなかったら、あとにして」とそっけない返事を返してきた。
すげーよな。
最初から緊急だって言ってあるし、もしその《緊急》が父親の心筋梗塞だったとしたら、彼女は彼が死んだあと、数時間経ってから「なんの用?」とか、トボけたメールを送ってくるんだろうな。
それで、事態を知ったあとでも、「あーあ。間に合わなくてごめんな。ナムナム」みたいな感じで、ドラマみたいに「わーん、おとーさーん」には絶対ならない、これは断言出来る。

ま、そういう一家だということだ。
本物の悪人は、一人もいないんだけれどね。
いるとしたら、わたしか。

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かなりダウン状態

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「今日、お墓参りに一緒に行きませんか?」と母からメールが届いた。
……昨日、あれだけひどい大ゲンカをしたのに、どうして急にそういう文章になるのだろう。

アルコール依存症専門病院に誘導するための懐柔、それとも、和解申し入れ?
意図が読めず、わたしは返事を出さずにいた。
なにしろ、メールの内容にヒントが少なすぎる。
「お互い言い過ぎた、水に流そう」という話をしたいのか、「このままでは、わたしがやけ酒を飲んで、ますます事態が悪くなる、だから譲歩しよう」という思惑なのか?

その後、数時間してから、今度は電話がかかってきたが、わたしは出なかった。
なんの用だかわからないので、不気味に感じたのである。
こちらとしては、あのような大ゲンカのあとは、少し冷却期間を置かないと、お互い言われたことがまたメラメラと思い出されて、場合によっては第2回戦になるとも考えたのである。
もっとメールで、どういう意図でお墓参りなのか、ちゃんと書いてくれないとなあ…。

バイト情報誌を見てみたが、もう見るだけで、画面チカチカで、くらくら~って感じだった。
いや、もしかしたら、そのまえに2週間後の通院をどうするか? という問題解決の方が先のようにも思われた。
担当医Kっちの病院へ行くには、バスを乗り継いでいかなければならない、しかも体調がより悪い午前中に!
それにそれに…、
もし通えなくて、病院を変えるとしたら、自立支援法の手続き変更など、役所をぐるぐる回らなければならない。
書類一つ書くのも、困難な自分なのに!
そのうえ、そのまえに新しい病院探し?
精神病院って、いっぱいあるように思われるかも知れないけれど、じつはそんなに数はないし(しょっちゅう通える距離にある、れっきとした精神科であることが必要)、医師のアタリハズレがすごくあるので、かなり情報収集して行かないと、飛び込みで入ったら、たぶん高い確率で間違える。
また、役所に提出した、ある1つの病院を指定した自立支援法を使わなければ、その他の病院で診察を受けたら、精神科の1回ぶんの診察料・薬代は、軽く6,000円~8,000円以上といった額になる。
つまり、ドクターショッピングなんかしていたら、お金がいくら飛んでいくかわからないってことだ。
さらに、もし、新しい処方箋で強烈な副作用が出たとき、休日の個人クリニックじゃ対応出来ないだろうし、そうなったときに、救急もあるKっちの大病院にもう戻れないと考えると、それも恐ろしいのである。
救急車だと、どんな動物病院に回されるか、わかんないしさ。
「医師を変えた方が」というメールを数件頂戴したが、ほんと、簡単じゃないんですよ…。
経済的にも体力的にも、いろいろな事情があって。

とにかく、いまのわたしにはエネルギーがなさ過ぎる。
正直言って、一人暮らしは困難な状態だ。
今日の夕ごはんは、3日くらいまえから食べている、パックのお好み焼きだった。
買い物に行けないんだよね。しんどくて。
いろんな意味でまいってしまって、料理も出来ない状態。

はぁ。…どうしようかな、これから。

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大食い大会に魅せられる。

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今日もなにも出来ず。
食欲も湧かないなあ…。
今日は、2時過ぎにブランチ?を摂って、いまは9時だけれど、ぜんぜん食べる気がしない。
大食い大会とかを見ていたら、少しは食欲が湧くんだけどなあ…。

そういえば、昨日は、どこの局だったか忘れたが、女子大食い大会を見ていたんだった。
女子とつけたのは、これはれっきとした競技だ、と感じたからである。
ベテラン選手ほど、自分のことをよく知っていて、食材によって食べ方を工夫したり、ペース配分が上手かったりする。
そして、時間との闘い。
まるで、マラソン競技みたいだなー。
ちょっと心配なのは、お子さまが真似しなきゃいいけれど。

それと気になるのは、種目(っていうのか?)に、有名店の高級ひつまぶしのようなものを選ぶのは、どうなんだろ。
いま、世界はもちろん、日本でだって、食べるのに困っている人が多いのに。
わたしだって、うなぎを食べたくても滅多に手を出さないし、買うとしても、危険と知りながら中国産だもんね。
そこを、大食い大会の選手は、たった数分間で、2万円ぶんも3万円ぶんも食べてしまう。
全部だといったい、いくら爆食したことになるんだ?
もちろん、それは彼女らの責任ではなく、用意する側の責任なんだけれど、うーん。
同じひつまぶしでも、もう少し安いのにしたって、いいんじゃないのかなあ…。

もう一つ言わせてもらえば、大食い大会に協力するような店は、有名店といっても、あんまり大したことないような気がする。
だって、真心・信念をかけてつくったものを、ふつーはあんな競技種目にされたくないよね。
宣伝になるっていう考え方もあるけれど、そういう宣伝の仕方は、たぶん心からの料理人はしないんじゃないかなあ。
まー空前絶後の大不況だし、店の命がかかっているんだ! という店主もいるのかも知れないけどさ。

そんな複雑な思いをはせながら、わたしは大食い大会を見ていたのだった。
その結果、少しは食べることが出来たと思う。
なにをどれだけ食べたか忘れたけれど。
しかし、冷蔵庫の食材がいつまで経っても減らないところをみると、あんまり食べていないんだろうな。

さて、10時になってしまった。
相変わらず、食欲が湧かない。
まーいっか。一食くらい抜いても、どってことないよな。
食べる人ほど元気がいいっていうのは、わかっているんだけれどね。
力が出ないわ、はぁ。

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雨のなか、買出し断念

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今日は、なにか買出しに行かないと…と思いながら、大阪は雨だったので、結局出かけられずじまいだった。
買い物を1回すると、両手に2~3袋を抱えることになる…、つまり、傘がさせない。
世の働く兼業主婦たちは、いったいどうやっているのだ?

それにしても、食欲がないので、夕ごはんも適当に済ませる。
はっきり言って、冷凍ピザとワインだった。
やろうと思えば、切干大根やぜんまい煮に鮭の切り身、鳥肝とこんにゃく煮と大根おろし、具たっぷりのオムレツ、豚ステーキにレタス&キャベツ&トマトとか、いろいろ、つくれる材料はあったのだが、どーーも、料理をするだけのエネルギーがない。
だいいち、食欲がないのだ。
いまも、昼に食べたきつねうどんの残りが、冷蔵庫で待機している。
あれ、どうなるんだろうな。

今月は、わたしの誕生月なので、来月末までに運転免許証更新にも行かねばならない。
それと、健康運動指導士の資格保持のための講習会は、今年どうしよう~。
あと、病院は…、まあ今度の1回は、担当医Kっちのところへバスに乗ってでも行くだろうな。
「もう、自力では通えません…」という話になるかも知れないけれど。
だからといって、自分の足で通える次の病院って、ほんとにないのだ。

わたしって、ほんとうに、昔、陸上選手だったの?
いまは、100mの完走さえ出来るかどうか?
まさか、電車に乗って、たかが数十m歩くくらいのことが、こんなに困難になるなんて、微塵にも考えていなかったよ!
ああ、なんか過去のことを考えると、気が遠くなるので、このことは考えるのはやめよう。

ともかく、いちばんいいのは、両親と和解することである。
それにしてもなあ…。
彼らと和解したとしても、病院まで送ってくれる父親の運転が、最近、歳とともにやばくなっているのは事実である。
車のあちこちに擦り傷だの、凹みだの、いままでなかったものが、どんどん増えているし、運転を見ていてヒヤッとする場面が多い。
そのうち、わたし自身がやらなきゃならなくなるのかなあ…、でもすごくしんどいときは、運転どころじゃないよ、マジで。

あかん、またしんどくなってきた。
どうも、気持ちの整理が出来ていないようだ。
もう少し、体調の様子をみよう。

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疲労の塊

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今日は、とても疲れた…。
やるべきこと・考えるべきことが、多すぎるうえに、出来ないからである。

まず、なにから始めなければならないか?
順位づけをして、一つ一つ片付けていかなければならない。

1.担当医Kっちのところへは、とりあえず一度、頑張ってバスで行ってみる。
2.運転免許証の更新
3.健康運動指導士の講習会の参加…いや、そのまえに財団法人に電話して、健康上の理由で、更新期日を延ばしてもらえないか尋ねるか?←延長してもらった人を知っている。
4.場合によっては、次の病院探し
5.場合によっては、障害者自立支援法の変更
6.場合によっては、バイト探し
6.以上のことを遂行するには、交通費も含めて、どのくらいかかるかの試算
7.断酒会で知り合ったYさんの、連日の電話・メール攻撃をどう処理するか。
8.アルコールとの付き合い方をどうするか。

あーわからん。他にも、なんかあったような気がするし、上記の順番も、ほんとはどれを先にやっていいのかわからん。

8.アルコールとの付き合い方についてなのだが、今日、久しぶりに元入院患者仲間のIちゃんからメールが来て、調子はどうだというので、最悪だと説明したら、やっぱり「アルコールはやめとき! これ以上、病気を増やしたらあかん!!」と説教された。
聞けば、Iちゃんには、アルコール依存症だった知り合いがいるそうなのである。
その彼女が、わたしが朝食時にアルコールを飲んでいるのを知って、入院治療した方がいいと言っているというのだ。

でもなあ。
全然知らない人に言われて、「はい。そうします」とすぐ首を縦に振らないよな、ふつう。
とにかく、アルコールに関しては、いろんな人からいろんなことを言われて、正直言って、あたまが混乱している。
わたしはいま、とても疲れているが、ほとんどはアルコールに関することで、悩んでいるような気もする。

いや、それとも、各種手続きってやつが、出来そうな気がしないから、困っているのかな。
運転免許証の更新なんて…、うはーめんどくさ。
写真を撮って、講習を受けて、書類を持って、あっち行ってこっち行って。
いま、わたしは書類の類が読めないのだ。長文も駄目。
すごく簡単そうな書類を、看護師さんから見せられて説明されて、全然わからなかったこともある。
たぶん一人で行ったら、ぼーっとした、ちょっと呆けた人に見えるかも知れないなあ。

あーほんとうに、このままばたっと意識を失って、すべてから解放されたい。

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うつ病患者の雑な生活

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夕方、わたしの好きなフィギュアスケートの世界選手権・男子SPを見始めたのだが、あろうことか、いきなり居眠りしてしまい、絶対見たかった高橋大輔選手の演技が見れなかったのである!!
なななんてことなの??!

ネットで動画を探して見たが、こんなの、全然美しさが伝わらない!!
TVの液晶画面で見たいんだよううう。

そこで、いま、夜のスポーツニュースを待っているところなのである。
演技全部は放映されないと思うけれど…。
あるいは、明日、フリー演技が始まるまえに、今日のSPも放映されるかも知れないけれど…。

とにかく!
わたしはいま、空腹に耐えて、ブログを書いているわけである。
なぜなら、時間配分すると、いまから夕ごはんをつくって食べて、さあTVを見ましょう、となったときに、すでにニュースが始まっていて、そうなると今度はそれに熱中する、あるいはまた居眠りする→もう真夜中→ブログ書いてるところじゃねー、俺は寝る! 寝るぞ!!――というふうになる筋書きが、なんとなく見えるからだ。

それにしても、今日はなにを食べようかなあ。
大阪は、数日間連続で天気が悪くて、わたしはまた買い物に行けなかった。
最後に買い物をしたのは、6日前だ。
それでも、なんらかのモノがつくれる備蓄があるって、なんかわたしって真冬のリスみたいだな。

だが、いくら備蓄があるからといって、「食べられるものなら、なんでもいい」というわけではなくて、やはり「今日はこういうのが食べたい」というものが出てくるものだ。
昨日は、ご飯ものがいいなと思って、ちょっと丼と日本酒にした。
今日は、お腹が空いているから、やや重めのものがいいな。
うーん。あんまり時間をかけたくないし。
…冷蔵庫の中身を見てから、考えよう。

先々週までは、薬アレルギーで、ゲロゲロ状態で苦しんでいたし、先週から現在にいたっては、あり得ない物忘れ症候群と、やることいっぱいありすぎ・でも考えが進まない病で、ずーっと調子が悪いので、よく考えたら、風呂に入るのを忘れていた。
いっつも書くけれど、うつ病患者の多くは、たいてい風呂に入れなくなるのだ。
なんでかは知らん。
ともかく、わたしはカレンダーに風呂に入った日を記載しているのだが、どーやら、…2週間くらい入っていないような…。

そうだよな。
あのゲロゲロ状態で、とても風呂に入れなかったはずだし、その後は呆けたみたいに、ぼーっとなっていたからな。
というわけで、明日は絶対風呂に入ろう! というのを目標にしたいと思う。

わたしが、「うつ病で、いままで簡単に出来ていたことが出来なくなった」と悲観すると、善意ある人々は、「小さな、自分の出来ることから、少しずつやり始めればいいんだよ」って言ってくれるのだが、その小さなことって、いまのわたしにとって、ただ《風呂に入ること》だったりするのだな。
そのあたりのことが、わかってもらえているかなあ…。
こんなところから、フルタイムで働けるようになろうとしているんだよ。
何年かかると思う?
もう、その頃には、同級生の親友たちは定年退職して、悠々自適の生活をしているよ。
わたしが、しばしば将来に絶望して、死にたくなるのは、そんな現実があるからなのだ。

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徹夜でふらふら

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昨夜は徹夜で、無茶なことをしてしまった。
なぜなら、わたしの好きなフィギュアスケートの世界選手権・男子フリーの開始時間が、午前4時半くらいだったからである。

とっとと寝て、午前4時半に起きればよかったのだが、昨晩はなぜかTVを見始めたら立てなくなり、そのまま「つまんねー」とか思いながらも、B級アメリカ映画(ドラマ?)を観てしまった。
すると、時間がすでに午前3時をまわっており、あーあと1時間半でスケートが始まっちゃう! と気づいたわたしは、「仕方ない…今夜は徹夜だ」という段取りになってしまったのである。

でも、高橋大輔選手のフリーが観れて、幸せでしたよ…。SPを見逃したから特にね。
たぶん今シーズンはこれで終わりなので、このプログラムを見ることは二度と出来ない。
それだけに、絶対観たかった。

ところがだ!
放映している関西TV(大阪)では、今日になって、高橋大輔が優勝したからだろう、急に番組予定を変えて、今日の昼間もハイライトを放映したのである!
あほかーーー!!
徹夜してまで観ていた人間は、どないしてくれるねん!!
それやったら、最初からそー言うとけや、ボケ! この儲け主義が!!

…とまあ、こころの中で口汚く罵りながらも、そういう理由で、わたしはいま、とてもしんどいのである。
自業自得だが…。
うち、いま録画機能が一切ないのよ。ビデオデッキが壊れていてさ。
次に買うなら、ブルーレイにしようと決めているので、もっと安くなるまで待つつもりでいる。

そんで話の続きだが…、フィギュアスケートが終わったのは、たぶん午前7時過ぎだった?と思う。
そのあと、わたしは眠剤を飲んで、寝た。
だが、そんなへんな時間に飲んでも、効きやしない…、たぶん3時間くらいしか眠れなかったんじゃないかな。

あまりにしんどいので、さっきも仮眠をとっていた。
それでも、まだしんどい。
しまったな。とはいえ、二度と観られない演技を、見逃す気にはなれなかったけれどね。

今夜は、『ディープ・インパクト』を観ようと予約していたが、もう観ないような気がするな。
ごはんは朝からほとんど食べられないし、体重計に乗ったら、43kg台に突入していた。
ここ数日間、わずかながら、日に日に減っていくぞ?
こういう、知らず知らずのうちに痩せていくのって、なにかのサインであって、ちょっと要注意なんだよな…。

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朝からブログの理由とか

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一昨日、フィギュアスケート世界選手権の高橋大輔のフリー演技を観るために、徹夜してから、体調が崩れてしまった。
昨日は、あたまがぼーっとして、偏頭痛はするし、もう朝だか昼だか、わかんない状態だった。
だからって、昼寝が出来そうな気がしなかったんだよなあ…。
午後7時からは、同大会・女子SPを観なきゃいけなかったし。

それでもわたしは、一応シャワーだけれど、約2週間ぶりに風呂に入ることが出来た。
そのあと、食糧品を買いに行くことも出来た。
「自分をなるべくほめてあげて」と言ってくれる人もいるので、ささいなことだけれど、これだけ出来たことを、自分でほめることにしよう。

しかし、その後はぐったり状態で、一応パソコンは見るんだけれど、なにを書いてあるのかよくわからない。
同じ文章を、何度も何度も読み返すのだけれど、あたまに入ってこない。
あれは、悪文だったのかな? それとも、わたしが疲れていたせいだろうか。
とにかく、長文が読めない。

それと…、大好きなフィギュアスケートのはずなのに、いまいち、観客として乗り切れないのだ。
わたしは、選手たちが、バンクーバー・オリンピックのあとで、エネルギーを使い果たして腑抜け状態になっているんだと思っていたが、もしかしたら、腑抜けになっていたのは、わたしの方だったかも知れないな。

その直後も、『ミッション・イン・ポッシブル3』が放映されたので、わたしは必死で観た。
はっきり言って、体調的にきつかった。
でも、トム・クルーズの熱演に魅かれて、つい最後まで観てしまった。
すごい俳優だよね。目の表情だけで、すべてを表現するんだよね。
私生活は変人だって聞くけれど。

はーとにかく、そういうことで、昨日はブログが書けなかった。
いま朝だけれど、今日も3時間くらいしか眠れていないから、たぶん夕方あたりに疲労のピークが来るだろう。
その頃に、女子SPを観なければならない…、今日もきついぞー。
昼寝が出来たら、いいんだけれどね。
あれは、自分の意思では出来ないから。
ともかく、疲労が溜まるまえに、今日のブログは書いておく。

昨日は、夜食に、コロッケ半分とワインをやったので、体重が増えているだろうと思ったら、えっ? また減っている!? のだった。
なんとなく、やばい。
前記事でも書いたが、こういうふうに、食べているはずなのに、日に日に体重が落ちていくのは、要経過観察である。
拒食症の診断を受けたときも、こんな感じだった…、食べていない自分が自覚出来ないんだよね。
(この時点で、拒食症という診断名は間違っていると、わたしは思っている。)

ただ、体重が40kgを割ってくると、ほんとに動けなくなってくるからさ。
事実、もうしんどいし、これはあながち、睡眠リズムが狂ったことだけではないだろう。
頑張って、食べるか。
はあ~…しんどい。
先日の、両親との大ゲンカが、結構こたえているような気がするな…。

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真央ちゃんとか書類のこととか

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昨日は、フィギュアスケート世界選手権・女子フリー演技を観るためだけに、生きていたようなもんだった。
まー結果はわかっていたんですが。
それでも、浅田真央選手が勝ったと知れば、どんな演技だったのか、観たいじゃーないですか。

しかし…、真央ちゃんは、勝ってもちっとも嬉しそうじゃなかった。
なぜって、2009~2010年最強のキム・ヨナ選手が、大失敗のフリー演技をしたにも関わらず、大きなミスのなかった真央ちゃんの方が、点数が低かったからだと思う。
これについては、ネット上でも異論が噴出しているようだ。
まー確かに、得点が出過ぎる感じがするんだよね、キム・ヨナは。
SPの失敗がなかったら、下手したら、あのへなちょこ演技で、彼女が優勝しちゃっていたかも知れないな。

だからといって、真央ちゃんもノーミスだったわけではなく、彼女は武器のトリプルアクセル(3回転半)を2回やったものの、うち1回は回転不足をとられて、ダブルアクセル(2回転半)にされちゃったんだよね。
それにしてもきついんだよなあ…、今大会のジャッジ。
回っていたと思うけどなあ、素人が言うのもなんだけどさ。

フィギュアスケートに興味のない人からすれば、どーでもいい話だと思うけれど、たぶん次の冬季オリンピックはロシア(ソチ)だから、真央ちゃんと同じように、難易度の高いジャンプ――4回転に挑みながら、バンクーバーオリンピックで4回転を回避した選手に負けちゃったプルシェンコ選手♂(ロシア)がいるので、ロシアがごねて、またジャンプの得点に関するルール改正があってもおかしくない感じだけれどね。

そういうことで、昨日はフィギュアスケートの日だったのだが、そのほかの時間になにをしていたかっていうと、ほとんどなにも出来ていない。
じつは、うちのマンションに今度、新しい郵便受けが出来て、どうやら鍵を解除する必要があるみたいなのだが、書類が読めないわたしは、こんなのを突きつけられても意味がわからん。
当たり前だが、病前はふつうに社会生活が送れていた。
とにかく、郵便受け問題は、早急になんとかしないと困るし、どうしよう…と書類を横目で見ながら、放置してある。
管理人さんにお願いして、なんとかしてもらおうかな。

はぁ。これから春になると、やたら役所からいろんな手続きの書類がやって来ると思うのだが、これもなんとしよう。
実際、うつ病を再発してかなり悪かった時期でも、ドクターストップがかかるまで、わたしは一人暮らししていたのだが、その頃は督促状とかよく来ていたなあ。(言っておくが、わたしは消費者金融の類に手は出しませんよ。)
ほんとうは、一人で日常生活を送るのは、困難な状態だと思う。
でも、なかにはもっとひどい人もたくさんいるので、この程度は、精神科医は見向きもしないな。
「生きていられるんやから、ええやん」って感じ。

とは言え、生活レベルを下げるは難しいって言われるのは、事実ですよ。
いまのマンションを売って、財産を使い果たして、生活保護を受けて、隣の音丸聞こえみたいなボロ家に住んで、ラーメンをすすっている生活をするくらいなら、わたしなら自殺を考えるな。
32歳のとき、賃貸マンションを選ばずに、分譲マンションを買った理由の一つは、「なにかあっても、家賃を払う必要がなければ、なんとか生きていけるから」だったしな。

だから、マンションは、絶対死守するつもりなのだ。
そのために、早急に社会復帰できないと、わたしはほんとうに困る。
だからいま、ほんとうに困っている。

あれ? そういえば! 今日って、わたしの誕生日じゃん!?!
45歳になってしまった。ほんとうにもう、時間がない。

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『帰れま10』の分析とか

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相変わらず、脳みそが動かない。
以前から書いているが、わたしは大食い番組が好きで、昨日も『帰れま10』を見ていたのだが、内容の全貌がわからない。
つまり、目で見ているのだが、内容があたまに入っていないのだ。
たまに我に返って、誰かがなにかを食べているなーと思うのだが、ふと気がつくと、またべつのものを食べている。
どれが何位だとか、ふつうなら「へーそういうもんか」といった感想を持つものだが、それもない。
結局、わたしはなにを見ていたんだっけ? 思い浮かぶのは、芸人たちの顔ぶれだけだ。

番組の途中で考えたことは覚えている。
それは、あの番組は、ある居酒屋なりファミレスなりで、人気メニューの上位10位すべてを正答するまで、注文したメニューを食べ続けなければ、家に帰れないというルールなのだが、出演メンバーが、ブレイク中のお笑い芸人たちなので、マジでそんなことをやっていたら、途中で「○○さん、次の収録まで、あと△△時間です! 急いで!!」という話になるよなー…ってことである。
彼らは、ただでさえ、ほとんど寝る暇もなく、分刻みのスケジュールをこなしているはずである。
で、わたしの出した結論は、「たぶん、時間が足りなくなってきたら、スタッフがヒントなり解答なりを、出演者に教えているだろう」ということだった。

ふん。つまらん結論だ。
わたしは、なぜこのようにいろいろ分析しては、物事を単純に楽しもうとしないのだろうな。

途中で、はるな愛が「ドラマの収録がある」という理由で、帰ってしまったところも覚えているが、あれもさー、彼女は去年、すごいダイエットをしたから、この番組の収録があまり長時間続くと、彼女にとって好ましくないという、マネージャーだか誰だかの判断があったんじゃないのかな。
ドラマの収録があるのは事実だったかも知れないけどさ。
ほかの芸人たちだって、スケジュールいっぱいのなか、この収録はだいたい何時間で終わるなとか、計算しながらやっているんだろうから、言い方を変えると、はるな愛(あるいはそのスケジュールを組む人)は、そこまで自分(彼女)は、この番組をやり遂げるつもりがなかったと言えるかと思う。

それと…、冒頭に書いたことと矛盾しているけれど、世の中、食べられずに困っている人がたくさんいるなか、「げー気持ち悪い」と言いながら、無理やり料理を食べている姿は、あまり愉快なものじゃないな。
んー。それもあるのかな、あたまに内容が入ってこないのは。
ほんとうは、こんな番組、見たくないのかもな。

もともと、TVを見る習慣がなかったわたしが、こんな情けないことになっているのは、かなしーことに、うつ病の悪化時期で、他にやれることがないからだ――、いまは本も読めないし、好きなことがなにも出来なくなっている。
もうすでに、70過ぎのばーさんだよ、この生活は。
TVを見るしか、出来ることがないなんてね。

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あたまボケボケの日々

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もう、ほんとになにやってんだろう…。

しゃべっているうちに内容を忘れる病は、いまだ続いているようだ。
しゃべる相手がいないから、具体的な例は挙げられないけれど。
「そんなの、誰にでもあるよ」って、誰でも思うかも知れないけれど、明らかにそういうのとは違うんだって!!

身体が止まる病もあって、わたしは、ただのブランチ――目玉焼き、ソーセージ、あらかじめ切ってあるキャベツと玉葱、レタス、トマト、トーストを用意するのに、下手すると20分くらいもかかってしまう。
こんなの、ふつう5分の仕事だよ…。
気がつくと、身体が止まっていて、ぼーっと台所に突っ立っている。
動作をする。しばらくしたら、またぼー。
わけがわからず、台所とテーブルをうろうろしたりしている。
なんなんだよこれ! おかしいじゃないか?!

また、本日からマンションの郵便受けがダイヤル式に新調されて、ダイヤルを一定の方向に回すことによって、扉の開閉が出来るようになった…のだが、説明書の類が読めないわたしは、何度試してみてもわからん!!

管理人室に行こうとすると、たまたま管理人さんがそこから出てきて、わたしがうろついているので、「郵便受け?」と先に聞かれて、「はあ」と答える。
「これは、右に○回回して、次にこの番号に合わせて、次にまた○○回、左に回して……」
はぁあああ??
わっわからん!!
わたしは、金庫破りする気はないんですが。

結局、何度も管理人さんのまえで、「えっと、こうやってああやって」と繰り返して、ようやく、なんとなくわかったかな? と思ったけれど、数日間経てば、どうなっているかわからない(わたしは、郵便受けを毎日開けることはない)。
あたまがスカスカになったというよりは、なにかを覚えることが出来ない感じかな…。
ほんとうに、このくらいのことは、調子のいいときは、簡単に出来るはずなんだよ(当たり前)。
なんにも、あたまに入ってこないのだ。

3日後、両親と決別状態にあるわたしは、自力でバスを乗り継いで、通院しなければならないのだが、こんな調子で、ほんとうに大丈夫なのか??
もう、明らかに「変な人」と思われることを覚悟で行かなきゃならないだろうな。
それともう一つ。わたしは、診察のあとで、病院の近くにある、行きつけの美容院に予約を入れている。
なぜなら、時期も時期だし、ちょうど1,000円引きのハガキが舞い込んできたので、この機会を見逃すわけにはいかなかったからだ。

自分でも、無謀なスケジュールだと考えている。
おそらく、通院、美容院行きをした時点で、わたしはすでにオーバーワークになっているだろう。
ど…どうやって帰るつもりだろう…。
いま、春休みだし、多いときは、バスの中で座れるとも限らないし、ガキの集団のギャーギャー騒ぐ声に悩まされるかも知れない。
これはもしかすると、新幹線で福岡へ行くよりも、難関かも知れないよ…。

………とにかく、場合によっては、担当医Kっちに言おう。
「もう、通えないかも知れません」と。
帰りは、どうしようもないときは、大枚はたいて、タクシーだな。
いったい、いくらかかるんだよ、タクシー代。
道路が空いていたとしても、推定6~8千円くらいか。
恐ろしい。2週間に1回もそんなことをしていられるわけがないよ…。

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