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LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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両親と大ゲンカ

boxer

注:家族が好きな人は読まないで下さい。読んだあとの責任は負いかねます。>

昨日は、通院日だったが、もう書けないくらい悲惨なことになってしまった。

Kっちの診断は、「アルコール依存症ではない、ただ依存症に近い飲み方をしてるから、とにかく朝から飲むのはやめとき」というものだった。
うまくしゃべれない、短期記憶が出来ない問題に対しては、彼は診断しなかった。
「とにかく、1回、朝から飲むの、やめてみ?」
それ一辺倒。
今回はかろうじて5分間を確保したが、ほかの患者は1分半~2分間診療だったよ…。

――で、問題は、そのあとのことなのだ。
母は、「依存症ではない」とキッパリ診断されたのが不満だったらしく、いまだに頑として、わたしを依存症だという前提で、話をしてくる。
父親もだ。
「紹介状もらえなかったけど、一応(専門病院に)行くのは行くんやろ?」
「でも、紹介状なかったら、診察出来ませんって、2つの病院とも言うてたし、わたし最初から一言も、酒やめるって言うてないで」
「………」
「いったんアルコール依存症として治療開始したら、それは一生酒をやめることやって、Kっちも言うてたやん。わたし、そんなん出来へんし」
「………」

なんで、そこで無言になるんだよ。
反駁はしないの?

その後、いつもの習慣として、通院のあとは自動的に回転寿司屋に行くのだが、なんと父母はわたしに内緒で、勝手に回転寿司屋を通り越してしまった。
「お腹空いた」と車内でわたしはつぶやいていたのに、それを無視して、気がついたら「もう、家の近所やで」と父は平然と言うのである。

「えええっ?!? なんで??? いっつも回転寿司に行ってるやん! そのつもりで買い物したのに」
「………」
「なんで? なんで?」
「あんたの言い方はしつこいわ」:母。
「!」
「いつもじゃないやろ、このまえは行けへんかったやろ」
「それは、わたしがゲーげーやってたし、見かけがちょっと、人前に出たらおかしく思われるからっていう理由やったやん!」
「……行ったら飲むやろ」
「そら、飲むで」
「酒はあかんって言われたやろ? やめるんとちゃうんか」
「わたしは1回もやめるって口にしてないで! だいいち、いつもの予定変更するんやったら、最初から言うたらええやん! <酒飲むんやったら、今日は寿司屋には行けへんで>って言われたら、わたしは<あっそ>で納得してたで!」
こういう、夫婦で共謀して、子どもになんの説明も説得もせず、納得させないまま、強制的になにかを実行してしまうっていう手口は、小さいころからあった。
だから、この夫婦のことは、わたしは嫌いなんだ!(もっとも、それだけではない。)
子どもは大人が思っているほど、バカじゃない。

そんで、もーえーわ! 帰ろ、帰ろ、とか言っているうちに、父親がいきなり切れた。
「俺はもう、こんな家族、捨てる! おお、捨てたる!! こんな家族もう要らん!!!」
彼は、車の運転中なのに、大声で叫んで、ドカンとどこかを叩いた。
父が激昂することは滅多にないのだが、じつは超几帳面な人で、のんびりしているようで中身は違うんだよね。

前もって言っておくと、わたしは両親が小さいころから好きではなく、こういう切れ方をされると、ますます冷酷にいびりたくなる性質がある。
幼児体験があるんだな。臨床心理士が言ってたけれど。

「へー。そんで? どこ行く気なん?」
「?」←父
「家族を捨てるってことは、どっかにあんたが行くってことやろ? どこ行くのん?」←<あんた>になっている。
「俺は、どこにも行かん!!」
「ということは、母親(わたしは自分の母親をこう呼ぶ)を、どっかへ放り出すってことやな。そんで、どこに放り出すのん?」
「………」
「家族を捨てるって言うんやったら、自分が出て行くのが筋やろ。あんた、母親を追い出したらあかんで」

とまあ、こーゆー極めて冷酷な言い方をして、わたしは涼しい顔をしていた。
彼らは、とくに母親は、言い返すカードがなくなると、罵倒してくる。
これも、小さいころからずっとだ。
でも、わたしから言わせると、この人、もっとカード持っているのにな。わからんねんな。
繰り返すが、子どもは決してバカじゃない。

案の定、母親はわたしを罵倒し始めて、結局、もーこんな親の世話になるか! とわたしは車を降りてすぐ、本屋へバイト情報を買いにいった。
ところが…、体調が悪いいま、わたしはバイト情報のあのチカチカしたページが読めないのだ。
まいったな。しゃべれない問題もあるし、正直言って、働ける体調ではない。
たぶん、いまフルタイムなんかで働いたら、頑張りに頑張りつくして、また廃人状態に逆戻りってことになりそうだな。
でも、死ぬつもりでやるしかないか。…

【続く】
(もっと悲惨な会話が続きます。気分の悪い人は読まないようにお願いします。)

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両親と大ゲンカ・2

boxer2

【前記事の続き】:前記事

注:家族が好きな人は読まないで下さい。読んだあとの責任は負いかねます。>

――そんなことを考えていたら、ケータイが鳴った。
父親からだった。
彼は、帰宅して間もないというのに、べろべろに酔っ払っていて、「4合飲んだ」と言う。
たかが4合だが、彼は年齢とともに酒に弱くなっており、ふだんはたしなむ程度で、わたしから言わせれば、ほとんど飲まないと言っていい。
ましてや、べろべろ状態なんて、初めてだ。

「いま、4合飲んだ。俺はもう、このまま死ぬ」
「おーおー、もっと飲め飲め、毎日一升飲め。そんで、アルコール依存症になって、その苦しさを思い知れ!」
「ゆみさんに悪かったなあ。ごめんな、ごめんな。幸せにしてあげられずに…、俺らがもっとちゃんとしてたら…、」
彼は、嗚咽しながら、完全に酔っ払いになっていた。
わたしは、正直に言って、こいつぁー完全やな、まともな話はできへんな、と思った。
(まーわたしも、けったくそ悪いので、ビールを飲んでいたが。)

それでも、彼は一方的に話し続けて、
「俺は、自分で自分の身体の始末をする。だから、お母さんだけは…、面倒みてやってくれ」と言う。
「自分の始末をする? あのなぁ、それ簡単なことちゃうで。←(未遂経験者)それに、面倒みてくれって言われても断る。わたしはわたしの生活で手一杯や。あんた、自分の妻を守るくらい、自分でせーよ(=しろよ)。それが、あんたの役割やろ」
「俺ら、なんも出来なくて…」
「あんたはちゃんとしてたやないか、車で送迎してくれたり、金銭面でも援助してくれたし、それには感謝してるで?」
「…もっと、ちゃんとしてあげられたらなあ……」

そんなとき、ちょうど配達のベルが鳴ったので、わたしは「いったん切る」と言って、電話を切った。
で、用事が済むと、もう彼とは話したくない気分になっていた。
どうせ、このまま話し続けても、埒があかへんに決まってるしなあ…。

考えた末、わたしは双子のゆき妹に電話したのだが、いつものように、彼女は出なかった。
彼女は、自宅の電話は留守電で内容を聞いて、意に沿わないものは取らないし、ケータイに至っては、まず一切出ない。
だからわたしは、とりあえず両方の電話にかけて、伝言メモを入れた。
「ちょっと、電話に出て! 緊急やねん。父親のことやねん。すぐ電話して!」

その後、気が進まないまま実家に電話をかけると、再び父親が出てきたのだが、わたしはすぐに「母親と代わって」と言った。
そして、母親に言った、
「いったい、どういうことなん? これ。こんなん、なんぼ話してても埒があかんで」。
「………あんたには、心ってもんがあるのか……」
母は、心底、嘆き悲しんでいた。
それはわかったけれど、だからといって、ドラマみたいに「ごめんね、ごめんね、わーん」みたいな展開にする気は、毛頭なかった。
「それは、あんたがうちらに、小さい頃にやってたことや。わたしはあんたのことを《鬼》、ゆきさん(妹)は《冷たい人》って、思ってたって言うたやろ? うちらは、昔のあんたの鏡や」
「…………」

母は、いきなり電話を切ってしまった。
いまのは、母親という人種にとって、相当効いたやろうな。
そやけど、怒鳴りあいになったら、やっぱ大阪弁の方がハッタリ利くというか、勝つな。
大阪に出てきて40年以上も経つのに、あいつら、いまだに大阪弁もまともにしゃべられへんって、どういうことやねん。
――わたしは、興奮していたせいもあるが、彼女の言うとおり、ひどく冷酷な一面があるのを、自分で知っている。

そんで、大ゲンカはいまだ行方知れずになっているのだが、果たして、今後どうなるのだろうか。
ゆき妹は、わたしが電話をかけたのは昼過ぎだったというのに、夜になって、メールで「いま具合悪いねんけど。緊急じゃなかったら、あとにして」とそっけない返事を返してきた。
すげーよな。
最初から緊急だって言ってあるし、もしその《緊急》が父親の心筋梗塞だったとしたら、彼女は彼が死んだあと、数時間経ってから「なんの用?」とか、トボけたメールを送ってくるんだろうな。
それで、事態を知ったあとでも、「あーあ。間に合わなくてごめんな。ナムナム」みたいな感じで、ドラマみたいに「わーん、おとーさーん」には絶対ならない、これは断言出来る。

ま、そういう一家だということだ。
本物の悪人は、一人もいないんだけれどね。
いるとしたら、わたしか。

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