LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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なにをするにも面倒くさくて

kousui

やっぱりいま、躁病相にあるのか、アホなことを思い立って仕方ない。

とりあえず、いましたいのは、ゴージャスなマンションに一人住んで、食事も掃除もぜんぶ家政婦さんまかせにして、NEXとおかきをばりばりやりながら(肥満防止)つまらんTVを鑑賞し、時々思い立ってはシルクのパジャマ(上)に毛皮、ハイヒール姿で、下階にあるブランドのブティックへ行って「これからカフェの庭でぼんやり過ごしたいの。それに合うような何点かを持ってきてくれる?」とファッションショーを楽しんだあと、お気に入りの格好を選び出して、その通りの午後を過ごす。

みたいな感じなのだが、ほんとーにアホくさいな…。

よく考えたら、この「やりたいこと」って、いまでもほとんど実現出来ている。
家事はぜーんぶ母親がやっているし、父親に頼めば車は出してくれるし。
ブランドのブティックは無理だけれど、やっすいお子様用の店に場所を変えたら、たぶん1万円ちょっとで揃うんじゃないかな。
まったく、スケール小さいなー。

なぜ、こんなに「やってみたいこと」のスケールが小さくなってしまうのかを考えたら、やっぱり病気のせいでしょうと思うに至るしかない。
人としゃべるのはしんどいし、もう、わたしのことは放っといてくれる? の気分だから。
いまいくらお金があっても、外国どころか東京にさえ行かないんじゃないかと思う。
めんどくさいもん。それだけ。

今日は、ちょっとやりたいことの一片でもやってみようかと思って、マンションに来ているのだが、「いまから昼食を買いにいくのよ。下界にある店は、みんなわたしのものなの」と思い込んで出かけてみたら、途中で信号に引っかかって、ちょっと憂鬱になってしまった。
信号。厄介なものね。夢をぶち壊しにされるわ。とほほー。

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躁うつ病患者の怖さとか

wani_kaizoku

今日は、診察日だった。
父親の運転する車に、送られてゆく。

「調子はどうですか?」
「えっと…、ここ2週間、朝昼晩の薬が、2回になっています」
そこで、H医師の表情は険しくなった。
「ちゃんと3回、飲まなきゃ駄目です」

そうでした。
もしかしたら、ここ2日間の躁転モードは、薬を飲んでいなかったせいか。

躁転すると、わたしは記憶を失くしてしまうからなー。
あれが怖い。
なにを忘れるかわからないので、わたしは自分を閉じ込めている必要がある。
今回は、両親にかくまわれて、実家にこもっているわけだが、両親の前では、さんざんバカなことをしでかして、もう忘れたいくらいのキチガイぶりだったのだ。
あんなの、他人には見せられませんよ。

なんとなく2chを見ていたら、「恋人が躁うつ病になって、寛解期のときに別れを告げてきた」みたいな相談があったが、そりゃそうなるだろうなと思う。
たぶん、恋人さんの気持ちは「こんなキチガイな自分を、いちばん好きな人には見せられないし、一生の病気だから隠しきれない。このまま別れたい」ってところじゃないかなあ。

だとすれば、相談者さんの争点は、こんなキチガイな恋人を、どこまで許容できるかってところだよね。
相談者さんにお尋ねしたいが、大丈夫ですかぁ? こんな、いきなり自分を無視して、ゲラゲラ笑い出す恋人、仕事もままならない恋人、返せないほどの借金をつくる恋人、あちこちの女性に声をかけてコトに及ぶ恋人(←多い)を。
わたしなら、許せませんねえ。
どんな自由奔放なふるまいをしようが、フラットになったときに「あれは病気の自分がしたことだから」って、けろっと言い逃れられるのも許容のうちなんですよ。
それを、「いいの。あなたは病気だから」って許せるんですか? わたしなら許せませんね。

なんとなーく、躁うつ病の患者を舐めている健常者がいるのではないかなあ。
まあ、うつ病より認知度が低いと思われるので、仕方ないか。
ともかく、わたしは健常者に迷惑をかけないように、こそこそ生きていく方を選びますよ。

困るのは、健常者でも無頼者がいることね。
ワインボトルを叩き割って、喧嘩しなきゃいいけれど。
ああ、恐ろしい。

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やる気0%の日々

yamucha

昨晩、母親に、
「明日、飲茶を食べに行こう。そのあと、あちこち都会を散歩したい。もう家でじっとしているのは嫌だ」
と言ったらしいが、サテ、今朝になってみると、全然そんな気分じゃなくて、それどころか「飲茶なんてとんでもない」のやる気0%気分だったので、母親に謝って今日も一人だらだらすることにする。
ふう。飲茶か。
確かに、いつか食べに行きたいのだがな。

髪もながーーく伸びすぎて、レロレロになっているので、おしゃれ好きなわたしとしては、これもなんとかしたいのだけれど、今日はとてもじゃないが、美容院に行く気力なし。
せっかく秋の風が吹いて、気持ちいいのにな。
なんで、こんなにやる気が出ないかな…。

実家からマンションに車で来る途中、遠回りをしたら、たまたまKくんのマンションが見えてしまったのだが、やつはベランダにカーペットを干したままにしていた。
アホがー。また酔っ払って、カーペットの上に粗相をしたのよ。
ふふん。きっと土曜か日曜の朝に干したのね。ここ2・3日、雨が降ったから乾いていないのよ。

そんなKくん探索をしたのち、わたしは自分の部屋で、「平日に働いていないわたしって何」と少しだけ考え、それから、いまの症状が治まったら、次のバイトはコールセンターかなんかはどうかなと思った。
どうせ次の躁だか鬱の波が来たら辞めるんだから、職場はあんまり選ぶ必要がないな。
あ。そのまえに、すでに40歳代の女性のバイトなんて、見つけるのが困難か。
ああ面倒。とりあえず、いまはやる気0%。

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富豪ごっこ

garden

今日も実家からマンションに来る途中、Kくんちのベランダをちらりと見たのだが、相変わらずカーペットは干されたままだった。

あれ? あ、そうか。
そういえば、あの家、カーペットが二つあるんだっけ。
確か、一つはわたしと一緒にいたとき、やつが酔っ払って粗相をして買い換えた→わたしが古いのをベランダに干した、んだっけ。
なーんだ。
ふふん。永遠に干してろ。

それで、しばらくKくんのことを思い出していたのだが、不愉快になったので、今度はわたしは「富豪ごっこ」を始めた。
自分は100億円の資産を持つ、独身貴族だと思い込むのである。

そしてわたしは、Kくんのことを、「Kくん? ああ、あのブルーカラーの男ね。確か賃貸料5万円の部屋に住んでいたわ。わたくしとはもう別の世界の人ね」と思考の外に追いやった。
これが、ほんとうに思考の外に出て行ってしまうんだから、おかしなもんだ。
これって、病気じゃない人から見て、セーフ?
きっと、口に出さずに自分だけで遊んでいるぶんには、大丈夫よね?…

この「富豪ごっこ」、もしかすると、究極の貧乏性のわたしには、便利かも知れないのである。
究極の貧乏性のわたしは、「安物買いの銭失い」というやつを、しばしばしてしまう。
それがバッグだのコートだの、毎日使うようなもので発揮されるから、人生が一段階楽しくないのである。
バッグやコートくらい、いいのを身につけようよ。他になにを買うわけでもないんだしさ。

と思ったが、今年はバッグもあるしコートはミリタリーで充分だ、ブーツももこもこのかわいいやつがあるし、なんだー。買うものがないぞ?
だいたい、あなた、病気でぜんぜん出かけられないじゃないですか。
えーん。
かくなるうえは、マンションの下の上等なパン屋さんで、1個200円のパンを買って、なんだか贅沢しているつもりになろっと。
毎度のことながら、スケールちいさー。

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5歳のゆみちゃん

tsumiki

じつは、わたしは先日6月30日に死んでおり、7月1日に生まれ変わっている。
いまのゆみちゃんは、ゆみちゃん・ナンバー3なのだ。

ナンバー3は、実家のお風呂場で生まれた。
ちょうどそのとき、わたしは5歳くらいで、初めて意識を持ったのだ。

5歳のゆみちゃんは、母親をまだ母親だと認知していなかった。
母親が言う。
「お風呂に入るんやで。服はこれ。くしはここで、ここにシャンプーとリンスがあって」
「うん」(なんでこの女性、わたしの欲しいものがわかるんだろう。魔法使いみたい!)
「なんかわからんことがあったら、”ママ!”って呼ぶんやで。わたしが飛んでくるからな」
「ホント?」
「そうや。家族は仲間やねんで。なんでも言うたらええねんで」
「へえ~~」(なぜかインディアンの丸い家を思い出している)

そんで、ほんとうに家族は許されるものなのか試したくなったわたしは、いきなり浴槽に服のまま飛び込んだ。
すると、母親がすぐ現れて、わたしの服を脱がせ始めたので、わたしはゲラゲラ笑って言った。
「アインシュタインって、数学者? 物理学者?」
「数学者かなあ」
「ブー。物理学者!」
「そうか。じゃ、お風呂に入りなさい」

そして、やっとお風呂に入ったかと思えば、今度は浮力の発見にびっくりするのである。
(あ! 身体が浮いている。なにこれ、気持ちいい~~!!)
うわあ、うわあ~~とお風呂で遊んだあと、わたしはなにかが足らないことに気がついて、今度はおそるおそる、風呂から出て、静かになった居間の方に向かって、「ママ!」と呼んでみた。

するとどうでしょう、またママは魔法のように現れて、「アレが足らない」と言ったら、ちゃんと持ってきてくれるではないか!
なんだか、魔法使いの召使を一人、手中に収めたかのようだった。
再び浴槽に入り、わたしはぽわんと温かいお湯につかりながら、じっと自分の身の上について考えてみた。

「ママってなんて便利なんだ。こんなの手放してしまったら、そりゃ”ママが死んだら大変だ”とか”ママがいなくなったら死んじゃう”とか言う人が出てくるよな」
「家族ってなんて心地いいんだ。そりゃ、大事にしなきゃ駄目だよな」
「ああ、なぜかわたしは、ママも家族も見失っていたらしいが、ここでまた手に入れることが出来たんだ。お湯は気持ちいいし、ああ、まるで天国にいるみたい!」
「あれ? 天国って、いまここにあるじゃん。そうだ。天国はあの世にあるものじゃない。”ここが天国だ”と思った場所が天国なんだ。なーんだ、そういうことか」

――それ以来、わたしは実家のお風呂が自分の発祥地のように思えて、仕方ないのである。
5歳のゆみちゃんは、ほかにもいろいろ母親の手を焼くようなことをしたらしいが、「○○をしなさい」「○○はしたらあかんで」と言うと、素直に「うん!」「うん!」と言うことを聞くので、母親曰く可愛かったそうである。

いまはすっかり大人のゆみちゃんだが、ナンバー3はナンバー1・2に上書きされたような形で、記憶はすべて残っている。
残っていないのは、7月1日から約10日間、赤ちゃん時代だったときのことだ。

こんな症状、躁うつ病の人で聞いたことがないが、主治医によると、「躁状態でやった、嫌なことを忘れようとする機能」だそうである。
大脳って、不思議だなあ。
今度、激躁になったら、また5歳のゆみちゃんが現れて、子どもの目から見た世の中を、記憶していくことになるのだろうか。

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人んちのベランダ考察とか

mado

木曜日の朝は、Kくんちのベランダにはカーペットが干されていたが、金曜日の昼は違った。
おや? カーペットの上に、敷布団が干されているぞ?
馬鹿め。今度は、敷布団に粗相したな。
それにしても、平日は、粗相をするほど大酒を飲まない習慣だったのに、いったいどうしたんだろう。

っということで、人事だが、ベランダが道路に面しているようなところに住むべきではありませんな。
日常生活が全部読まれてしまう。
今日日曜日はといえば、おやおや? 今度はカーペットも敷布団もなし。
カーペットは干しっぱなしじゃなくて、粗相をしたから干していたのか。
なんだか、わたしが知っていた頃より、生活がルーズになっているっぽいな。

ひとしきり、勝手に人んちのベランダについて考察したあと、わたしは今日マンションでなにをするか考えた。
えっと今日は。
「3億円当たったつもり」で、大阪府の分譲物件を探そうかな。
みすぼらしい趣味だが、考えたらこの遊び、わたしは小学生の頃からすでにやっていたのだった。
チラシにあるめぼしい物件に、家具とか描いて喜んでいたなあ。
なんて、いじらしい。
そういえば、自分で間取りも描いていたっけ。
わたしは、いまでも4畳半とかが描ける。

もし、3億円当たったら、1億円は両親にあげて、3LDKの駅近物件を買ってもらい、わたしがまた躁転したら、そこで面倒みてもらおーっと。
って。
ふつう、親が70代に突入したら、こっちが面倒をみることを考えるものではないのか。
いや、もうなにも考えるな。
まずは、買え。宝くじを。こんど3億円をふるまってくれる宝くじはいつ?

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母と娘の会話というもの

yasai

ひねもす、見たくもないTVを見ていると、ついケチをつけたくなるもんである。

わたしがいま、もっとも不愉快に思っているのは、○康家族のにんにくナントカの通販である。
あのCMをつくった人は、きっと料理をしない男よ。
間違っても女じゃないわねー。母と娘の会話がなんたるかを知らないのである。

「お母さん、これ食べて」――料理の皿だけを持ってくる――
「えー。なあに?」
「うふふ。これ、にんにくなの」
「にんにくぅ? ちょっとー。いまから仕事よ」
「うふふ。ねえ、これ、匂ってみて」――どっかから錠剤を出してくる――
「あらあ? なあに?」
「これ、にんにくなの。匂わないでしょ?」
「ほんとう。これなら、大丈夫ね」
 ――中略――
「でも、高いんじゃないの?」
「うふふ。いまから電話、してみるね」
「はい。○康家族でございます」
 ――後略――

んでもって、母娘は安いことを知ってにっこりご購入、なのだが、おかしーだろ、この母娘。
おかしいところを順に挙げていくと
1.料理を持っていくときは、皿に箸かフォークを添えるもんだろ。
2.お母さんというものは、娘が朝、パタパタと急いで料理をつくってきたときに、第一声で「仕事なんだけど」とは言わないのである。→「えー。どうしたの、これ?」「すごーい。美味しそう」などが最初につく。
3.だいたい、これ、母と娘の役割が逆だよ。
4.○康家族はそんなに朝早くから電話受付しているのか。

料理をしない人って、皿に料理が盛られた状態しか知らないから、ああいう描写になるんだろうな。
わたしの知っている漫画家は、皿に盛られたフライドチキンに、パッパッパと胡椒みたいなのを振って、素手で形を整えている奥さんを描いていて、ううむう…であった。
○康家族! あのCMは、たぶん年配女性が見るように製作したんだろうけれど、全然駄目ですよ!
女子会を覗いて研究しろー。ガールズトークというものを。

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マンション復帰はいつに

takenoko

今日、Kくんちのベランダをチラ見したら、また敷布団と、今度は掛け布団まで干してあった。
確か、先週も、おねしょをしたのは金曜日だったよな。
ん? 最近、木曜日に深酒する習慣があるのか?

ということで、これ以上やったらストーカーになるぞの、人んちのベランダ覗きなのである。
しかしなー。いかんね。平日ほとんど飲まなかった人が、木・金・土・日の大酒飲みか。
なんか、やり切れないことでもあったのかも知れんな。
酒で、仕事を失いかねんよ、まったく。

考察を終えると、わたしはいつものパン屋で、焼きたての美味しいパンを2つ買って、マンションにこもった。
このマンションで、自分で自分の面倒を見られないほどの躁状態になり、実家で世話をしてもらうようになってから、もう2ヶ月半になる。
こんなに長引くとは、思っていなかった。
そろそろ、マンションに帰る訓練をしなきゃ。

マンションに本格的に帰るにあたって、いちばん重要なのは、自分の食事の世話である。
爆躁転したときの食生活は、朝:なし、昼:レトルトカレー、夜:COOP弁当、であったが、これだと顔や身体にブツブツが出るなど、美容・健康にとってどうなのであった。
これからは、昼ごはんをなんとかしなきゃ。
しんどいなあ。

いまは軽躁状態らしいが、それでも家事はなぜだかしんどい。
うつでも躁でも、家事は出来ないみたいだな。
それにしても、激躁状態の自分が、実家に助けを求めたのは正解中の正解であった。
もし、マンションで一人暮らしを続けていたら、間違いなく警察沙汰になっていたと思う。
実家でわたしは、服のまま浴槽に入ったかと思えば、裸でぼーっと部屋で突っ立っていたり、さまざまなキチガイ行為をしたようでございますよ。
ぎゃー。あれを、マンションの廊下とかでやっていたら。
結局、躁状態の人がしでかすことって、本人が正気になったときに困ることなんですね。

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知らないメール

keitai

昨日は、怖いことがあった。
また、記憶を失くしてしまったのだ。

わたし:「昨晩、どうやって寝たか、覚えてないわ」
母:「ええっ? なんかケータイで電話しようとしてたで?」
わたし:「えええ!! いまはまずいよ!」
母:「だからわたし、止めたんやで。そしたら、”そーやな”って」

知らん。
それで、ケータイを調べてみたところ、電話はしていなかったが、メールをしようとしていた痕跡があった。
あぶねえええっ!!
誰にしようとしたかというと、これが不可解な選択なのである。
一人は千葉の人で、何年も音信不通のうつ病患者さん、もう一人は、冬ごろお見合いパーティで出会った人であった。
わからん。
この二人に共通項はないし、いったい自分はなにをしようとしたのか。

いまは軽躁で、ありとあらゆる知り合いに連絡を取りかねないので、ほんとうに気をつけなきゃならない。
今回の失敗は、眠剤を飲んでから、しばらくTVを見ていたことである。
眠剤は、飲んだらすぐ寝ないと、ふつうのときでも記憶を落とすからなー。
ほんっとーに、あぶねえ、あぶねえ。
何度も書くが、躁病患者にとって、恐るべきは、人に迷惑をかけることより何より、自分の名誉に傷をつけてしまうことである。

それにしても、自分がなにをしていたのかわからないって、嫌だわー。
そのときの自分を、穴を掘って埋めたいくらいなのである。

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親と同じマンションって

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もし、親が自分の住んでいるマンションに引っ越してくるとなると、ふつうはどう反応するだろうか。

わたしは、寒気が走った。
うちの親は過保護で、いつも子どもを見張っていたい感じなのである。

父:「おまえのマンション、いまいくらや?」
わたし:「××××万円」
父:「そうか。そろそろ買わなあかんなー」
わたし:「!!!!」

父は高所恐怖症なので、低層階を狙っているようだが、わたしが住んでいるのも低層階である。
気まぐれに外に出たら、親とばったり出くわすなんて、嫌だよ~。
それでなくても、うちの部屋の窓を点検しては、「起きているな」とか「どこへ行くんや」とかやりそうな親なのである。
「夕ごはん余ったから食べ」「これもらったから食べ」――ああ、絶対やる! 絶対だ!!

だからと言って、資金繰りが限られている親に、駅前で便利で破格に安いうちのマンションを買うなとは言えない。
困ったのだ。
でも、これを阻止しないと、わたしがノイローゼになる。

わたしは、外に出て、高層階から順に、どこまでならうちの部屋が見えるか、チェックした。
10階だ。10階なら、どこからも見えない。
しかしこの高さ、あの親たちには耐えられないだろうな。
このまえ、母とともに飲茶に行ったとき、11階の高さで「怖い、怖い」と連発していた母だしな。

困ったわたしは、マンションで母に電話した。
「いま、チェックしたんやけど、もし高層階しか空いてないとなったら、わたしの部屋と入れ替えにして~。そうじゃないと、困る」
「まだ、決まったわけじゃないよ。でも、いいよ」
しかし、これって実質引越しなわけだから、とっても面倒な作業になるな。
アタマが痛い。
でも、一緒に低層階に住むのはなんとしても避けたいから、頑張るのだ!

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躁状態が治らない

dash

明らかに躁転しているのだが、H医師に「ジプレキサ(←副作用で太る薬)は嫌だ」と言ってみたら、「じゃあジプレキサをなくして様子をみましょう」ということになった。
わーい。これからは、自分の本能のままに、食べたり食べなかったりすれば、激太りは避けられるはずだ。

しかし、躁状態のことは、先日激昂して、また記憶がなくなったので、まだまだ注意が必要である。
うちの妹が、わたしに「どうせあんたの将来は生活保護」とか言うので、プンスカ怒っていたら、実家に「帰るからマンションに迎えに来て」と、2回も電話してしまったらしい。
その他、このことを言われたあとのことは、あんまり覚えていない。…

あと、いまの眠剤が、飲んだあとで眠れなかったりするとき、わたしがわたしの知らない間に起きて、すごい上機嫌で勝手にしゃべったり、いろいろしでかしている。
おとといは、「わたし宝くじ買うねん!」とか、母親にすごくうれしそうに話していたそうだぞ? 知らんがな。

ともかく全体を通して、「記憶がなくなる」というのが、とっても困る。
ああ、こんなことならうつの方がましだよ。
恥かかなくて済むもん。

先だっては、今度の土曜日に、高校陸上部の恩師の退職祝いに行く予定なのだが、当然アルコールは抜きのつもりである。
アルコールを飲むと、気分の振幅が大きくなるので、たぶん危ない。
アルコール依存症の異名? をとるわたしが、断酒しているのを昔の仲間が知ったら、たぶん説明を求めてくるだろうが、まー肝臓の数値が悪くて、とでも言っておくか。
実際γ-GTPが600もあったんだし。

高校のときはスプリンターで健康そのものだったので、こういうイメージは壊したくないなあ。
なるべくおとなしくしていよう。
うん。騒ぎを起こさないようにな。それだけは。

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高校陸上部の恩師のお祝い

kyougijou

おととい、高校陸上部の恩師の退職祝いの会があって、わたしは20人くらいだろうと思っていたら、70人くらいも集まって、懐かしの先輩に再会したりして、きゃーーーなのだった。

まさかまさかの初恋の先輩まで来たので、しかもわたしの席の隣に来られたので、わたしは幸せで目がくらみそうであった。
先輩は、わたしが予想通り、ぽよんと太っていて、誰かに似ているなーと思ったら、あ~! 恋人Sじゃん!!
でも、わたしは先輩の顔に惚れたんじゃなくて、声だったのである。

それにしても、あの頃、見つめているだけだったのに、じつはあのときあーいうことがあって、とか逸話をいっぱい聞けて嬉しかった。
あの頃、まさかこんな形でお話することになるだろうとは、まったく思ってもみなかったなあ。
わたしは軽躁状態だったので、うんとしゃべくり、質問しまくってしまった。
先輩はいま、19歳の男の子と高校生の女の子のおとーさんになっていた。
「いまでも競技場へ行くよ」「え! なんでですか?!」「娘が陸上やってるから」「ええっ!! 種目はなにを?」「100・200」「あああっ! じゅあね、○○大会のプログラムを見てください、わたしの大会記録、いまでも残ってんです!!」「(苦笑)」
軽躁状態だったわたしは、元憧れの先輩のまえで、《ポン魔法》の使い方、まで実演して、笑われた。
ほかの先輩も、わたしがべらべらニコニコしゃべくりまくるので、面白がってくれた。
ふう。
まあ、病気のことはカムアウトしたので、よかったことにしておこう。

恩師は、わたしがやる気がないように見えて、じつはいかに陸上競技に熱を上げていたか、必死でべらべら話したら、あたまをナデナデしてくれた。
この年になっても、先生にとって、生徒は生徒なのですね。
幹事たちは、先生があとですごく喜んでいたと言っていたので、みんながハッピーの、ほんとうにいい会だった。

――サテ、話がここで終わるかというと、そうではないのである。
わたしの4個上の先輩で、大学に行かれてからも、高校の合宿や夏の強化練習や試合に来てくれた人がいるのだが、その方とわたしが今回急接近~~、LOVEの気配なのである!!
M先輩が名刺をくださったので、わたしが「ここの電話にかけたら、M先輩とつながるんですね」と冗談を言ったら、「あ、ケータイの方を書くわ」と、名刺の裏側に書いてくださって、そこから話が「大阪に来たら、おごってください」「じゃあ電話して」「違いますよ、先輩が電話くださって、”いまからメシ食いに行くぞ”ってやらなきゃ」「じゃアドレス教えて」というふうに、繋がっていったのである。

次の日記に続く!!

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