LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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股上の長いぱんつとか

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はー。今日も踊った踊った。
でも、基礎代謝を上げる+カロリー消費+暇つぶしのために、まだ運動するわよ。

ところで、こんなアホみたいに家で踊り狂っているわたしは46歳なわけだが、先日、実家にいるとき、母が「平成元年には、わたしはまだ46歳で」と言ったので、びっくり仰天した。

えーー!
あのとき、あなた、わたしの歳だったんですか!!

年月が経つのは早いものである。
平成元年、わたしは証券会社に勤めていて、正月明けに会社へ行ったら、あちこちの建物に日の丸が掲げてあったので、「やられたー!(罰あたり)」と思ったのだった。
…もう少し早く崩御されれば、わたくし会社に行かずに寝ていられたのに、なんて…、あーマジ罰あたりだな。
若かったから、許してけろ。

サテ、あのときの母は、どう考えても、わたしより大人であった。
子持ちなんだから、当たり前か。
それと、ばばくさかった(罰あたり)ような気がするわよ。
家で踊ったりなんて、間違いなくしなかったわね。
つか、聴く音楽が演歌なわけですよ。
いまの人は若いって、歳をとった人は言うけれど、ほんとうだと思うわ。
演歌を聴いている世代の人は、若いときから歳をとっていたんじゃないかな。
じゃなきゃ、あの演歌の歌詞に同調出来るか~? わたしはわからんよ。

そゆことで、そんな母が、わたしの洗濯物の下着ぱんつを見て、「あなた、よくこんなの穿けるわねぇ。もっと、股上が長くないと寒いでしょう」と言うので、またびっくりした。
股上が長いぱんつ!!
なんで、そんなだっせーもんを、わたしが穿かなきゃいけないのよ!!
あーゆーことを言うってことは、母が46歳のときは、きっと股上が長いぱんつを穿いていたのね。
やっぱり、昔の人は歳をとっていたんだわ。
あーこわこわ。
股上の長いぱんつを穿くくらいなら、わたしはノーパンで過ごすわ。
ノーパン何回かやったことあるけれど、全然問題なかったわ。

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ダンスしまくり

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昨日も、エクササイズ代わりに、音楽をかけて一日じゅう踊っていたのである。
昨日かけた音楽は、80年代前後のもの。
懐かしい曲がかかると、当時に帰って、はしゃいでしまうー。

あ。でもワタクシ、80年代ディスコ全盛期にマハラジャ(←当時メジャーだったディスコ)には通ってないっすよ。
かかる曲が、ユーロビートばっかのところは、全部避けていたのだ。
ユーロビートって、東京ジュリアナなんかのお立ち台で、羽根扇子を振り回していたボディコン女が好きだった曲よ。
あの羽根扇子女どもはどこへ行ったのだろう。
あのダンス、なんだよ。
盆踊りか? って、当時わたしは悪態ついていたもんだ。

ところで、いまは、わたしは当時と同じようには踊ることは出来ない。
こりゃもー、トシと運動不足だわ。
1曲終わるたびに、ゼーゼーいうようなのは、無理のない有酸素運動とはいえないので、エクササイズという目的からも外れる。
んなことで、しんどくなったら、やめてそこらへんをのたのた歩いている。
そういうのを、ずーーっとやっている。

時々は、ストレス解消のために大声で歌うこともある。
先日、ポリスというかスティングを聴いて、「ロクサ~~ヌ!!」とか絶叫していたのだが、あー気持ちいいわ。
音楽好きな恋人KJに報告したら、彼は、「スティングはソロになってからのアルバムでは、ブルータートルの夢、ナッシング・ライク・ザ・サン(スタジオ録音の1枚目と2枚目、(中略)(後略)」…と、なんだかカタカナばっかの文章が送られてきた。
好きなんだなー。
洋楽に関して、KJは知らないことはない。
わたしは、ポリスというかスティングは好きだけれど、80年代は主にアフリカンアメリカンのための音楽を聴いていたからなぁ。
いま、新しい曲って、聴いていないわ。
本や新聞同様、わたしは躁うつ病になってから、新しい音楽を選ぶことすら、しなくなったのである。

んなことで、だいたい2000年以降の音楽は、わたしのリストには入っていない。
それから、80年代にテープやレコードとして持っていた音楽全部を、どうやって取り戻せというの? という問題がある。
それこそ、KJに言ったらたぶん焼いてくれるだろうけれど、数が膨大だよ…。
あたまの中で、くるくる音楽を回すしかないわねー。
もし、精神病院の保護室行きになっちゃったときは、あたまで再生して踊ろうっと。

おっと。踊ったりしたら、ますます保護室から出られなくなるか。

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いい先生ってナンダ?

doctor

初めてかかった精神科医・うるちゃんは、当時勤めていた会社の同僚看護師が、知り合いだからというので紹介してもらった次第なのだが、いい先生かというと、いまから思えばそうではなかったと思う。
うるちゃんは、患者一人に30分くらいもかけて丁寧に診るので、待ち時間が異様に長くなって、ただでさえしんどいうつ状態のわたしには、拷問に近かった。
でも、人によっては、うるちゃんは「いい先生」なのである。
だって、どこの精神科医も、そんなに時間をかけて、患者を診ないものね。
だから、じっくり話を聞いてもらいたいタイプの患者には、うってつけであった。
だけどさ。
30分間話すわ、4時間の待ち時間に耐えることが出来るわじゃ、あんま、しんどい患者じゃないですね。
あの施設は、たぶん、ごくごく軽い精神状態の異変などを診るのに、適していたのではないかと思う。

わたしの立場からいえば、「いい先生」とは、
1.限られた時間で、必要な情報を無駄なく得て、正しい診断が出来る。
2.1に基づいた薬の処方が適切。
3.年金申請・他院への紹介などのための診断書を、上手に書ける。
…くらいかな?

診断が正しく出来るのなんて、当たり前じゃないかーと、知らない人からは思われそうだが、精神科においては、誤診が続出なんである。
無法地帯と言ってもいいな。
なにしろ、血液検査やCTやMRIみたいに、具体的な診断スケールがないからねー。
わたしは、誤診で10間年以上苦しめられたから、ある意味、精神科医のことは信頼していないのである。

サテ、そんなわたしのいまの主治医・H医師は、私から見ると、合理的でわかりやすい、いい先生だ。
その一方で、2ちゃんねるで陰口を叩かれていたりする。
「セクハラっぽい」という話だったが、あれねぇ、わかんないけれど、理由があると思うよ。
わたしも、「いま付き合ってる彼氏とは遠恋なのに、近くで彼氏を探そうとか思わないの?」とか、診察室で聞かれたことがあるが、それを訊くのは、わたしが躁状態になったら、お見合いパーティだの何だのと行き始めるからだと思う。
躁病患者が、複数の異性と付き合ったりするのは、よくあることなのである。
自分の病気が、どういう類のものかを知っていれば、医師の質問の意図が見えてくるってもんじゃよ。

でもまー、嫌だと思ったら、病院を変えるしかないね。
人によって、「いい先生」が違うのは、要するに「いい先生」とは、「自分の思い通りにしてくれる先生」だからかな。
4時間待って、30分間話したい人は、そうすればいいし、10分間の診察でもそれで正しいと思えば、それでいいし。

こう書いてみると、精神科医選びって、つくづく大変だ。
わたしも、いまのH医師から、べつの医師を探さないといけないとなると、しんどくて寝込みそうだわ。
躁うつ病を診れるのは、精神科医の3人に1人だしね。
ハズレを引くと、とんでもない目に遭うからさー。

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一人避難訓練の巻

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わたしも暇だなーと思うが、今日なんか急に、「非常用バッグの点検しよう」と思いつき、実行していたのである。

わたしの非常用バッグとは、リュックサック型で、中には、飲料水、お金、テレカ、ラジオ、懐中電灯、靴、ティッシュ、タオル、靴下、下着、タンクトップ、長袖Tシャツ、雨合羽、前世代のメガネ、ポストイット、シャーペン、リーマス(躁うつ病の薬)、その他が入っている。

足らないのは、非常食だ。
「人間、食わなくても、数日間はもつやろ?」と思っていたが、やっぱ少しは持っておきたい。

これはいかんと思って変えたのは、懐中電灯の電池であった。
なんで、マンガンが入ってるの?
わたしは、早速、新しく買ったアルカリ電池を入れておいた。
予備までは、手が回らんよ。重いしさ。

ところで、わたしを悩ませたのは、「これ、いったいどういう状況下で使うの?」ということである。
真夜中なのか、昼なのか。
わりと時間に余裕があるときなのか、ダッシュで逃げなきゃいけないときなのか。
うーーんと考え込んで、仕方ないので、中庸をいくことにした。
中途半端ともいう…。
だが、ドロボーなんかが逃げるときに、まず靴がないとどうしようもないっていうしな。
重くなるが、仕方ない。
あと、いったい何日分が必要なんだ?
水を500mlしか持っていないから、どーせ1日ももたないが、これ以上は持てませんよ。
かさはないけれど、重さがあり過ぎて、女の力では、よろりられ~なのである。
とにかく、なんらかの災害に遭ったとして、救助を待つまでの間ってことになるのかな。
けっこう、要るよねー。
これは、大変だわ。

そんで、暇暇なわたしは、「これから、避難訓練を1シーズンに1回行おう」と思ったのだった。
今日も1回やったよ。リュックを出してきて、部屋を外に見立てて、よいしょよいしょ。

でも、考えたら、こんなことを始めるわたしって、躁転していないか?…
一人じゃわからないところが、怖いところなのである。

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二度目の鍵のかけ忘れ

kagi

ああ、なんかちょっと危ないのではないだろうか。

わたしは今朝、急に「ミルクパンが欲しい!」と買いに出かけたのだが、帰ってから…、がーん。ドアが開いているじゃないですか。
つまり、鍵をかけ忘れて出たのである。

まえにも一度、このようなことがあって、そのときは激躁の始まりだった。
自分で戸締り出来なくなって危なくなったので、両親にかくまわれて…、その後2週間の記憶がないのである。

まえにも書いたが、記憶がないあいだ、わたしは一人でゲラゲラ笑いをしたりダンスをしたり、手がつけられなかったそうだ。
もし、またあんなことが起きたら…。
いや、でもいまはまだうつの途中のはず…と思ってみるも、躁とうつの入れ替わりは、劇的に早いこともあるのだった。
まずいよなあ。
戸締りってやつは、わたしは絶対忘れる人間じゃないのだ。…

サテ、ドアの前で思い悩んでも仕方ないので、本来は警察に来てもらって、中の点検をしてから部屋に入るべきなのだが、まえにも同じことをやったし、寒いし面倒なので、一人で部屋に入ることを決行した!
いちお、保険として、「電話をかけているふり」をした。
「…うん、あのな、…そうやねん。まー、どこも荒らされてる形跡はないみたいやけど…、うん、うん。でもまー一応な。あちこち見てるねんけど…、人が隠れるような場所、ないしなぁ…。うん。うん、大丈夫やと思うわ。うん。…そうやなあ。あっはっは。うん、うん」
――はっきり言って、アホである。
でもわたしは、ほんとうはかなりビビりながら、各部屋を見てまわった。
武器の場所もわかっている。(←わたしは各部屋に武器を置いてある。)
ああ、でも、人がにゅっと出てきたら、逃げた方がいいのだろうか、どう考えてもわたしの脚の方がとろいと思うのだが。
武器とは、カナヅチ、ワインボトルである。
ああ、こんなの使いたくないよう。

ともかく、二度とこんなことがあっちゃーならんのである!
わたしは、いきなり戸締りが怪しくなった自分に、異変を感じている。
そのうち、火の元がどうのとか言い出すんじゃないだろうな。
あー怖い。
「激躁の始まりかも」と両親に言えないのは、太る薬・ジプレキサを投薬されたくないからである。
この期に及んで、わたしも往生際が悪いが、あれだけは勘弁だよ。

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街並みとファッションの関係

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雑誌で、道ゆく人々のファッションなんかを見るのが好きなのだが、なんか「あれぇ~?」と思ったことがある。
それは、服の色だ。
ヨーロッパもロンドン、パリ、イタリアあたりが取材されることが多かったものだが(いまは雑誌を買わないから知らん)、特徴として、それらの国々の女性は、ときどき、げげっと思うようなビビッドな色使いをしているのであった。
ベネトンの象徴されるような色合いである。
ロイヤルブルーなんて、普通に着ているよね。
でも、あれを日本でやったらどうなの。
「ド派手~な大阪のおばちゃん」になりはしないか。
あるいは、「結婚式でも行ってきたんですか」かな…。
とにかく、ふつーの女性が、ふつーに着て、おしゃれに見えるのは、なぜか日本では難しいと思うのである。

なんでかなぁと思って考えたのだが、ふと、街並みが違うからだと思い当たった。
ヨーロッパの街並みは古くてくすんでいるから、ビビッドな色が映えるんではあるまいか。
日本の都会ってさ~~、広告やネオンが溢れていて、ちっとも美しくないんだよね。
あれをバックに写真を撮ったら、けっこうおしゃれな服を着ていても、「なんだかなー」になっちゃうよ。
ましてや、ビビッドカラーだと、風景と入り混じって、うるさいのなんのって、手がつけられないのである。

そんでも、大阪人のわたしとしては、大阪は知っての通り、ファッションが豹柄でド派手でもう手に負えないのだが、あえてこの地を、NYのハーレムだと思って、ゴールドじゃらじゃらでもラメでも何でも、許しちゃう。
悪趣味もあそこまでいくと、すでにファッションである。
昔、靴のデザイナーをしていた妹が、「大阪と東京じゃ、売れ筋がまったく違うよ!」と言っていた。
靴に限ったことではないだろう。
そんなド派手な大阪人に染まるつもりはわたしはないが、彼らを、愛すべきマイフレンドと呼んでおこう。

そゆことで、日本は街並みがトホホなので、なにを着ても2割減じゃ。
雑誌に載っている、セレブが街でコーヒーを持ちながら歩いている写真やなんかを、あの通りに真似しても、同じにはならんということじゃ。
そうそう…、それは車にも言えるかも知れない。
CMに出てくる街並みって、殆どが外国じゃん~。
あれを真似ても、あの通りにはならんということじゃ。トホホ。

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『40代から美しくなれる本』

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「なんか読む雑誌はないか」と、本棚をがさごそしていたら、『40代から美しくなれる本』みたいなのが出てきた。
あははー。
これ、確か、20代後半か30代前半に買ったものだよ。
雑誌というものは、自分の歳より、10歳若いのと10歳高いのを、2種類購入する傾向があるというが、見事にはまっているわねー。

これを購入した動機は、「40代女性って、どんな苦労をしているんだ?」という好奇心であった。
ちょっと、意地悪な視線である。
アラサーの頃のわたしから見れば、どんな努力をしているという40代女性だって、一部例外を除けば、ほぼ全員「やっぱり、おばさんやんか」という感じであった。
おばさんポイントは、まず目元が寂しいところである。
わたしが思うに、眉毛が薄いと、おばさん度が上がる。
なんでもやりすぎは駄目だけれど、場合によっては、つけ睫毛もいいんじゃないかな。
眼瞼筋が下がっているのはどーしようもないので、ふだん体操でもしてくださいって感じ。

あと、どーしようもないのが、体型である。
やっぱ、太っていると、トシをとって見えると思う。
背中に贅肉がついたら、ぴったりした服を着れなくなってしまうので、ファッションの選択肢も少なくなってしまうしね。

サテ、40代後半になって、再び手にした雑誌であるが、このトシになっても、雑誌に登場する人々を、「やっぱり、おばさんやんか」と思っている。
わたしは、自分自身のボディイメージが、たぶん少し歪んでいるのだ。
どーも、自分がアラサーくらいな気がしてならない。

それと関連して、かなり精神的に子どもっぽいところがあるんだな…。
アラサーの頃から、精神的成長は、ほとんどしていない。
パリの女性なんか、しわくちゃの顔でも、素敵に見えるのは、精神的に成熟しているからかな。
トシのとり方として、あーゆーのを目指したいところだけれど、いまから果たして可能かどうか。

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ぼさぼさアタマで考える。

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髪の毛がすっかり長くなってしまった…。
だが、うつ状態だと、なかなかあの美容院のハードルは高いのである。
なにしろ、美容師さんはよくしゃべってくれるし、わたしとしてはつい、持って来られた雑誌を見て、「む。熟年キャリアウーマンと見られたかな」とかいろいろ思うところがあって、こころが休まないのである。

んなことで、美容院へは、躁になってから行くことにした。
あ、いや…、その前に、もし恋人KJと会うことになったら、うつでも頑張って美容院へ行くな。
わたしは、この病気にかかっていろんなものを捨てたが、どうやら完璧主義だけは、なかなか捨てがたいようである。

ぼさぼさのなが~い髪の毛で、自分が編んだマフラーをし、はんてんを着ているのが、この頃のスタイルである。
ネットスーパーその他の宅配便の人は、「ああ、この人、また同じカッコしてる」って、ある種の異様さに気づくと思うよ。
でも、許しておくれ~。
わたしは、いま、料理とエクササイズはやっと出来るようになったが、その他はほとんどなにも出来ないデクノボーなの。

そういえば、今朝の「おはようメール」で、恋人KJが「体調はどう?」と珍しく訊いてきていた。
体調…、どう説明すればいいんだろ。
KJは躁うつ病に詳しくないから、いまの状態だったら「だんだん上がってきているよー」かな…。
嘘じゃないんだけれどね。ただ、ふつーの人がこれを読んだら、「ああ、すごく快復しているのかな」って思うかもな。

でも、わたしはKJに、こんなぼさぼさアタマのことを、書き連ねる気はないのだ。
KJは、前にも書いたが、前向きな人なので、あまり負の方向の言葉が好きじゃないのである。
わたしはさー。ぺろっと陰で舌を出して言うけれど、正の方向ばっかの人生なんてあるわけないし、ましてや病気のことだから、負で当たり前だと思うのね。
たまに、「この病気にかかってよかった」なんて言葉、吐く人いるけれど、欺瞞もいいところだと思うんだな。
負は負でいいじゃん。
あんな負け惜しみを書く人がいるから、「そうか、病気は気持ち次第でコントロール出来るんだな」なんて、勘違いする人が出てくるじゃん。

結論的には、病気はなった人にしかわからない、だから裏返すと、なっていない人には、なにもわからないのだ。
なんかそこんところだけは、わたしはKJより理解している部分なんだな。
なんといっても、躁うつ病は、わたしのアイデンティティですからねー。
アイデンティティの一つを理解してもらえないのは残念だが、仕方ない。
だって、KJは健常者だからなー。

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バター味のものが食べられる!

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一人暮らしを再開して、料理を始めて、いちばんの喜びは「バター味、チーズ味、牛乳味のものが食べられる!」であった。

うちの母は、幼い頃、牛の屠殺を見たのがトラウマになり、その後一切、牛関係のものは食べられなくなった。
肉はもちろん、牛乳もバターもヨーグルトも、み~んな駄目。
そういうわけで、うちのすき焼きといったら、なんと鶏肉が入っていたのだった。
すき焼きは、鶏肉でつくるとなぜか臭みが出て、わたしはこっちの方が牛肉よりたちが悪いよと思ったものだ。

まーすき焼きは、そんなにしょっちゅう食べるわけではないから、心のなかでブツブツ文句を言いながら食べていたのだが、かなしーのは、オムレツをサラダオイルで焼いてしまうことだ。
風味が出ない…。
おまけに、不思議なことに、うちの実家のオムレツには、ごぼうが入っているのだ。
ごぼう??
――わたしは、先日、ついに気になって母に「なんで、ごぼうを入れるの?」と尋ねた。
すると母は、えへへって感じで、「鶏肉にはごぼうが合うから」と答えるのだった。
…それは、けんちん汁からの発想ではないでしょうか、お母さま。

しかしこの、ごぼう入りサラダオイルオムレツは、父が気に入っていて、「ごぼう、いっぱい入れてや」などと言っていたりする。
うーん…。
たぶんこれは、独創性のあるオムレツという認識ではなく、「オムレツとはこういうものだ」と思っているふしがあるな。

そういうことで、どこの家でもあると思うが、うちの実家では、牛関係の料理がヘンである。
これからは、牛料理・バター料理を堪能するぞ~。

ところで、オムレツって、ひっくり返すのが異様に難しいわね。
実家では、うす焼き卵がぺろりんと乗っていたわ。
そこもまた、ヘンだったけれど、きっとひっくり返す練習をしなかったのね。
わたしは、マトモな形のオムレツが焼けるようになるまで、いくつ卵を消費するかわからないが、頑張ろうと思う。

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気づいて欲しい乙女ゴコロ

mimoza

MIXIニュースで、恋愛関係の女性側の不満を見ていたのだが、「彼氏とのすれ違い」みたいなのって、ほとんどが、「男っつーもんは、言葉にして言わないと理解出来ない」ということを知らないことに起因するよなあと思う。

「プレゼントは要らないって言ったけれど、ほんとうは欲しかった。わかってくれなかった」
「髪型や化粧の仕方を変えたのに、気づいてくれなかった」
「言わなくても、行間を読んでほしい」

これらのことは、女性同士なら、通用する話なのである。
女性同士は、一を言えば十を知ることが出来る。
だが、その法則を、対男性に持ち込んではならないのだ…。

わたしなんかは、逆に、女のことを知りすぎている男の方が、警戒しちゃうわ。
昔々、田中康夫が「あの女はメイベリンの何番」とか、マスカラまで当てたって言うじゃない。
こんな男性相手に、化粧は微塵も手を抜くことは出来ない。
ものすごく、肩が凝る。
「化粧、変えたんだね」
と言われて、有頂天になって、「わかってくれた?」のあとに、
「そこまで睫毛がばさばさだと、変だよ。きみには、△△の何番が合ってると思うよ」
だなんて、あ~~やだやだ、男とこんな会話したくないよう。

そーゆーわけで、わたしは、恋人KJのやや鈍感なくらいの感覚を好ましく思う。
KJはいろんな方面で変わった趣味を持っていて、わたしと会うと、化粧を落としてきてくれと言う。
だからといって、人ごみの電車やなんかでは、ちゃんと化粧をしていてくれと言う。
…水で化粧を落としても、アイラインとマスカラは残るので、見た目はチークが落ちたくらいで、前後あんまりわからないんだけれどな。
そこがわかんない鈍感さも、気を許せていいのである。

ちなみに、わたしは女だけれど、人の髪型が変わったりすることに気がつくのがすごく遅い。
昔、会社で後輩に「あれ? 髪切った?」と言ったところ、「今ごろですか~! とっくの前ですよ。こんなに短くしているのに」と冗談まじりでなじられたことがある。
たぶん、男性の多くもあんな感じだと思うんだな。
見ているようで、じつは見ていないの。

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『美味しんぼ』にみるうつ病の嘘

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『美味しんぼ』という漫画は、わたしは最初買い続けてしまったので、いまでも110巻くらいまで持っている。
たぶん、いまはもっと出ているだろうけれど。

先日、天才料理人・岡星さんが、うつ病にかかったあたりを読み直していたのだが、なんだかなあ…、うつ病ってこんなものじゃないし、主人公をはじめ、周りが病気を治そうとしてする努力って、空振りもいいところだよー。
うつ状態って、あたまが勝手に休止して、いつもの自分でなくなって、出来ていたことが出来なくなるような病気だよ。
だからこそ、本人は辛いし、周りも、まえに出来ていたことをさせようと、お膳立てなんかすべきじゃない。

それなのに、主人公たちは岡星さんに、美味しい料理を食べさせて、つくる喜びを再起させようとするのだが、こんなことをしたら、ふつう患者は「気持ちはありがたいんだけど、いまはそっとして欲しいんだ。なにもかも忘れて、家で寝ていたいんだ」、そして料亭では「ああ…、断りきれずに来てしまった。はぁ…しんどい。仕事柄、料理は料理人として見てしまうんだよな。仕事のことなんか、忘れたいのにな…」――という感じになるだろうと思う。

ところが、岡星さんが、「おお、この仕事は」などと料理に悦に入るあたり、なんか妙だし、それを見て肘をつつき合う主人公夫妻も見苦しい。
『美味しんぼ』では、数々の病気とか精神の弱った人を、これまで何人も料理で救ってきたのだが、うつ病に手を出したのはまずかったわね。
だって、うつ病は一度かかってしまったら、ストレッサーから永久に逃げなきゃ、何度でも再発して、やがて不治の病になるんだもの。
岡星さんの場合、料理がストレッサーなので、たちが悪い。
料理がストレッサーになってしまったうつ病料理人は、永久に天才の名に恥じない料理人として活躍することは無理だと考える。

というわけで、『美味しんぼ』の主人公たちの行きつけである小料理屋「岡星」は、ホームレスの辰さんに言わせると、「最近の”岡星”は断然味が落ちたね」ということになる。
どう収集つけるつもりなんだろうな。
つか、もう収集ついてんの?
岡星さんが完治して、「もう大丈夫です」なんて言いながら、超一流の腕前をふるっていたりなんかしたら、わたしは漫画を投げるわよ。

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弁当つくりたい病

bentoh

なんか食べることばかりだが、フトお弁当づくりがしたい! と思うようになった。
弁当は、盛り付けも上手くやんなきゃいけない。
それに、挑戦してみたくなったのだ。

昔々に買った、弁当づくりの雑誌を見てみる。
うーん。
わたしは、洋風に凝ったものとかよりも、ふつーに卵焼きが入っていて、ハンバーグやウインナーがいるやつの方が嬉しいな。
しかし、バリエーションも欲しいところだよな。
じつは、わたしは働いている頃から節約家で、安いおかずの作り方だの、そういった雑誌を数多く持っている。
そういうものを見て、またなんだかお弁当づくりがしたくなったのである。

「…そうだ。今度、もっと元気になったときに、デイケアに行こう。お弁当を持っていけば、交通費500円だけですむじゃん」
と思いついたわたしは、ますますお弁当づくりに夢をはせるのであった。
自分のだから、たこさんウインナーもアリよね。
あーなんか楽しいぞ?

あまりの楽しさに、今朝も今日の昼の弁当をつくろうとしたくらいであった。
今晩のメニューはピーマンの肉詰めなのだけれど、少し余らせてしまって、いま冷凍保存しているのである。
そんで、あとは、出汁巻き卵をつくってさ~。
わたしは、弁当に卵焼きが入っていると安心する。

しかし、いまの昼食は、ビール350mlと冷凍たこ焼き10個だから、弁当をつくると、カロリーオーバーになる気もする…。
ほんとうは、ビールをやめて、お弁当にするのがいいんだろうけれどね。
ビールだけは、どうしても止められないなぁ。

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うつからフラットへ少しずつ

bowl

診察日であった。
具合はどうかと尋ねるH医師に、わたしは、「自分では調子が上がったように感じないんですが、客観的には、料理したり音楽をかけてエアロビクスしたり出来るようになっています…」と答えた。

そうなのだ。
外出なんかは、億劫すぎてまだ出来ないのだが、家のなかでは、ごそごそ動けるようになっている。

とくに、料理が楽しいなあ~。
朝いちばん、ビールを飲みながらやるのだが、好きなものをつくれて幸せ~。
いままでのわたしは、料理なんか出来ればいいのよの世界だったが、いまはより美味しくするために丁寧につくること、などに腐心している。

H医師は、「そういうよくなり方がいいんですよ。少しずつ、少しずつ。いままで、入退院を繰り返していたときは、ばーんと上がったり下がったりしていたでしょ」と言った。
「そうなんですよ。もう、手に負えなくてね…」と母親が口をはさむ。

実際、いままでの主治医のときは、しんどかったなぁ。
いまにして思えば、躁とうつが混ざった「混合状態」と「うつ」を繰り返していたんじゃないかと思う。
年じゅう、苦しくて、「死んだ方がましだ」なんて数え切れないほど思った。
それがどーですか。いまの綺麗な状態は。
「躁」「フラット」「うつ」に数ヶ月おきに綺麗に分かれて、しかも「うつ」のときに床を叩いて苦しむような激しさがなくなり、ポカンと無気力なだけの仏像なわたしになった。
躁うつ病を診断出来る精神科医は、3人に1人と言われているから、もし、いつまで経っても苦しいうつが治らない場合、主治医を変えることは有効だとわたしは思う。

ともあれ、H医師がアタリでよかった。
いまのわたしは、鏡を見たら、自分でもわかるくらい、目に力がなくて、ぼよよ~んとしている。
でも、少しずつフラットに向かっているのだな。
恋人KJには、3月年度末までは絶対会えないから、そのあいだに、目ヂカラを取り戻そう~っと。
あんまり、ランランと輝かせると、今度は「躁ですね」と、H医師に診断されてしまうのだが。

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うどんづくし

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昨日、恋人KJは、香川県→徳島県→東京都の順で帰ってきたのだが、今日はもう長野県に行っている。
あわただしい人だ。
それが、本人にとっては、デスクワークよりやりやすいようだから、よしとする。

そんで、昨日の讃岐うどんだが、「3玉食べて元気出してね」とメールしていたのだが、結局彼は、朝2玉・昼3玉という、51歳男性としては? おそろしー量を平らげてきたのであった。
ぬうう~~。
この人は、太っていないが、血液検査の結果が極めて悪く、中性脂肪にいたっては「測定不能」というおそろしー数値を出したのであった。
本来なら、「食べ過ぎないでね」と言うべきところであるが、わたし自身がγ-GTP600という驚異の数値を出しているので、我慢することの辛さもよくわかる。
わたしは、「たくさん食べられてよかったねー…」と言うにとどまった。
しかし、KJ…、歩き回るから筋肉がついているのがいいとして、よく食べるしよく飲むよなー。
こんだけ食べて飲んで、太らないのが、なんかすごく羨ましいぞ…。

いまは長野県にいるので、うどんとはさよならのKJであるが、わたしがNHKで、彼の第二の故郷・シリアについて今晩やっているのを発見し、それをメールで伝えたところ、忙しいなか、どばーっとウンチクが返ってきた。
要約すれば、シリア政府のバックにはおそらくロシアがいて、一般市民は民主化勢力に巻き込まれている状況、シリアのサッカーが日本に勝ったのは、シリアでスポーツといえばサッカーで、運動能力の高いシリア人は、まずサッカー選手を目指すのだ、云々であった。
へー。
なんだか、あんなにドンパチやってんのに、サッカーの練習が出来るって、よくわかんないなぁ。
とゆーか、日本のサッカーファンに怒られそうだけれど、あんなにドンパチやっている国に負けるって、どうなの…。
言っちゃー悪いけれど、身体能力にものすごい差があるんじゃないのかなあ。
じゃー、なでしこジャパンが強い理由ってなんだ。
わからん。
サッカーはわからん。

てなことで、恋人KJは、今日は長野県だが、明日は名古屋にいるはずである。
今度は、味噌煮込みうどんを食べるのかな。
あれは重いから、いくらなんでも3玉食べるのは無理だろう…。
KJが出張先でなにをどれだけ食べるのかが、なんか楽しみだったりする。

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讃岐うどんの蛇口

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上の写真は、香川県・高松空港ビル2階にある「蛇口」なんだそうである。
恋人KJが、いま香川にいるのだが、「時間に余裕があったら来る」ところなんだそうな。

なんでも、この「蛇口」から、讃岐うどんの出汁が出てきて、紙コップで飲ませてくれるんだそうですよ~。
なんだそれー。
香川県は、TVでもよく取り上げられているが、うどんに関して、珍ルールが多すぎる~。
わたしは思わず、この写真を『全国ナニコレ珍百景』に送ろうかと思いましたよ。
香川県の人、ヘンだと思わないの?
しかし、うどんに関しては、香川県が全国のルールだもんなー。

讃岐うどんは、KJも大好物で、香川に来ると必ずある店に寄って、うどん3玉食べるという。
KJからの写メールで、初めて3玉のボリュームを見たときは、「高校生かー」と思ったが、トッピングをあまりしていなかったので、カロリー的にはそんなにいっていないかも知れない。
今日も、昼ごはんは讃岐うどん3玉を楽しんでいるはずである。
なんだか、とっても嬉しそうなメールをよこしてきた。
たかが食べ物・されど食べ物なのだなぁ。

わたし自身は、30歳そこそこのときに、四国一周の旅をしたので、そのときに本場の讃岐うどんを食べている。
ふつうの食堂みたいなところで、みんな整然とうどんをつくっていくなか、わたしだけがおのぼりさんで、あたあたと見よう見まねで、讃岐うどんをつくったのであった。
ふう。
なんか、いろいろルールがあって、難しかったぞ。
味の方は、……とくに、美味しいともまずいとも感じなかったなぁ。
みんなよく、「のどごしが」とか表現するが、あれがよくわかんないのよねえ。
それから、当時(いまも少し)、わたしは麺をすすることが出来なかったので、「ズルルルルッ」という気持ちよさが味わえなかったかも知れない。

サテ、豪快に讃岐うどんをすすったであろうKJは、いまごろ、徳島入りしているはずである。
胃が満足して、またバリバリと前進しているに違いない。
香川の仕事が比較的気楽なのかな?
なんしろ、香川へ行くときは、いつも嬉しそうなんである。

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バレンタインを失念

choco

うぎゃー! の一言なのである。

今日は、カップルにとっては大事な? バレンタインズ・デイであるが、わたしはそれを認識していなかった。
昨日も、ちゃんとカレンダーを見たのに…。

事の発端は、毎日早朝、恋人KJと交わしている「おはようメール」であった。
「おはようメール」は、わたしからするのが基本で、午前8時を回ると返答率が下がる。
なにしろ、KJは早朝6時くらいには、もう会社で仕事しているのである。
部下が出勤してくる頃になると、いろいろあるんだろう、とにかく返答率が下がる。

だからわたしは、いつも寝ぼけた状態で、「おはようメール」をしているのだが、今朝は寝ぼけた勢いで、間違ってメールではなく電話をかけてしまった。
かけたといっても、ぱっと電話番号が出ただけで、こちらとしては一瞬「あ・違うわ、これ」くらいの感じだったのである。

…ところが、KJの方では着信履歴として残ったらしく、メールをしてしばらくしてから、電話がかかってきて、「着信履歴があるから、待ってたやんか~」と甘い声で言う。
寝ぼけたわたしは、「あれ? そう? …それ、なんかのミスやから。用件はないよ」とすげなく話してしまった。
電話を切ったあとで、「KJ、超忙しいのに、わざわざ折り返し電話なんかくれて、ほんといい人だなあ」と、わたしはまたうつらうつらしていたのである。

しかし。
その後、ネットニュースを見ていて、「バレンタイン」の文字があるのにぎょっとして、日付を確認したら、あ! 今日って14日ではないですか。
ああ、それで、KJは…、となんだかぐるぐると訳のわからなさが解決して、その後「しまった! わたしのした行動って最低?」と思うに至った。

双方、遠距離で仕事とうつで会えないし、住所も知らないので、チョコレートを贈るという選択は、外れていたと思うが、それなりのサプライズは用意すべきだったかも知れない。
わたしがサプライズを用意しなかったのは、
1.クリスマスも正月も、KJがクの字もシの字も出さなかったので、彼は商業的行事に関心がない人なのだと思っていた。
2.なんとなく、バレンタインが近いということは知っていたが、あと1週間後くらいな気でいた。
という感じである。

まーKJは大人だから、「なーんだ」って感じで、すでにそのことはアタマから離れて、今頃、仕事に没頭しているでしょうよ。
わたしは、夜の「おやすみメール」で、いちおー「バレンタインだったね。好きだよー」みたいな言葉をかけておこうと思う。

それにしても、51歳で、離婚経験も育児経験も仕事経験値もある男性って、ほんと、わたしの理解を超えるところにいるわ。
クリスマスと正月がどうでもよくて、バレンタインはそうでもないって、わからなすぎる~~。
今度あるイベントは、わたしの誕生日(3月)であるが、彼、わたしの誕生日を知っているのかどうか怪しいわ。
もちろん、プレゼントをもらうと返さなければならないから、その場合はわたしがすごーく困る。
オシャレではないと言いつつ、モノにこだわる人なので、なにをあげたらいいのかわからない。
難しすぎて、いまのうつのわたしには、理解不可能。

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幽霊歩きでエクササイズ

earobikusu

ぼんやり楽しいうつライフを過ごすつもりが、なぜかエクササイズに忙しい日々なのである。
音楽をかけて踊るまで元気のないときは、なにをすることもなく、ぼ~んやり部屋から部屋へと歩き回っている。

これがなぁ。
はんてんを羽織っていると、ぼんやり、のほほ~んとした雰囲気が出て、じつにいい感じなのである。
「わたしは誰って? 躁うつ病患者よ。ぼよ~ん。いま、うつだからアタマ働かないの。べつにいいよね?」とこころで思って、ふらふら~と幽霊のように歩いていると、全然苦痛感なくエクササイズ? 出来る。

はんてんに、孫の手があれば最強なんだけれどなあ。
とんとんと肩を叩きながら、ふらふらとはんてん姿で歩く、これぞうつ患者の運動療法ってもんではなかろーか。

さて、それにしても、一日じゅう、ふらふらしているのはしんどいので、わたしとしては、たまにはどかんとソファに座ってTVでも観たいところであるが、TV番組があまりに面白くないので、時間つぶしに少々困る。
ネット……あんまり見たいものがないなぁ、最近。
ブログ村というブログランキングサイトの、躁うつ病カテゴリーが荒れていたので、お祭りを見に行ったが、なんでみんなそんなに必死なの? とくるりと踵を返してきた。
ネット上での言い争いって、逃げるが勝ちだよなー。
もし、リアルでやってみー。10代女性と50代男性が、本気で言い合いしているの図とかで、けっこう滑稽かも知れんぞ。

そんな感じで、あっちに行ってもこっちに行っても、なんだか不毛だし、結局2ちゃんねるあたりで腰を落ち着けるしかないのだな。
そんで、急に思い立ったかのように、がばっと立ち上がり、またふらふらと幽霊歩きする、と。

だがまー、だいたいは、楽しいうつライフを送れていると思うのだ。
なんといっても、悲壮感・苦痛感がない。
それだけでも、幸せだ~。
脳みそが動かないのが、なによ。
困っていなきゃ、なんだっていいんだもんね。

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おかま完食とか

okama

うわぉ!
食事制限だけではまったく減らなかった体重が、エアロビクスと室内ウォーキングをすることで、一昨日から0.7kg減っているのである!
今朝、体重計に乗ったわたしは、前日比-0.5kgであることを発見し、まったく減らなかったとき同様、「なんでぇ~?」と首をかしげるのであった。
運動って、そんなにカロリーを消費するものだったかなあ。

ともかく、うつから上昇中で、フラットに近づいているいまが、運動のしどきである。
躁になると、これまた小説なんかを書き始めるので、じっとしていることが多いのだ。
それになにより、激躁になったとき、太る薬=(あえてイコールとさせてもらう)ジプレキサを投与される可能性を考えると、いま少しでも体重を落としておきたいところである。

ところで、なんとなく、「もし好きなだけ食べられたら、どんなにいいだろう」と昨日考えた。
いつだったかTV番組で、体重150kgくらいの女性が、スパゲティを一袋まるまま茹でて、たらこクリームかなんかに和えて食べていたが、どんなにお腹が減っていても、ふつうあれ一皿、やっつけられるか…?
いやいやいや、わたしは無理だ、あれきっと味が濃厚に違いない。
小皿くらいで、「もう要らない、それよりもっとあっさりしたもんない?」とか言いそう。

では、何ならば、極限まで食べることが出来るか。
……そうだな…、焼肉は案外入らないし、ラーメン同様だし、寿司は寿司めしで胃にぐっとくるし、……食べ続けられるとしたら、白いごはん、かな……。
いろんなおかずがあって、白いごはんを好きなだけ食べてもいいっていう状況なら、わたしはハッピーになれそうな気がする。
おかま全部、とかやってみたいな。
あ、やろうかしら?
誰も見ていなければ、なにをやっても勝手よね。

そんで、わたしはおかま全部を平らげることは出来るかも知れないが、その後の食事が出来なくて、結局体重はそんなに増えないような気がする。
ビールをやめて、めいっぱい動いて、おかま全部の白ごはんを平らげるのと、ビールを飲んで、少々動いて、食欲を我慢するのと、どっちが幸せかなあ。
ん~~。
一回、ビールをやめて、一日だけ、おかま全部を挑戦してみようかしら。
案外、軽々といけて、「おかまおかわり」になってしまったときの恐怖があるけれど。

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減量大作戦

aisu

昨日、2ちゃんねるで「この精神薬で何キロ太った」みたいなスレッドを見ていたら、みんなやっぱ悲惨なのである。
10kg増くらいは当たり前で、なかには40kg増の人なんかもいるのであった。
問題なのは、薬によっては代謝を下げるので、普通の食事をして運動しても、もとに戻らないことがあることである。
わたし自身も、正月に激うつで絶食状態だったのに、最後の5日くらいは、体重計のハリ(アナログだった)は、47.8kgからピクリとも動かなかった。
これは、いままでにない経験なので、おっそろしー! と激うつあたまで考えたものである。

そんで、スレを読み進めるうちに、「やっぱ運動して代謝を上げなきゃ!」と急に思い立った次第なのである。
思い立ったらすぐなんでもしたくなるので、わたしはおもむろに、ラップをかけてエアロビクスを始めた。
エアロビクスって、家の中で簡単に出来るから便利よね。
スポーツクラブに通って、水中ウォークなんてことになると、着替えからなにから、もう大変じゃない。

そしたらである!
昨日は1時間ほど超初心者コースのエアロビクスをしただけなのに、49.5kg以下にはまったく動かなかった体重が、今朝は49.3kgになっているのだ!
0.2kgくらいで一喜一憂すべきものではないが、「あれ? なにかが動いた」って感じなのである。
そーかぁ。もしかしたら、いやもしかしなくても、わたしに必要なのは、運動だったのか。
がぜん、やる気が出てきたのである。

それと、なんとなく飲んでいたビールも、数の整理をしようと思う。
自分的に、これだけは飲みたいっ…という量は、朝350ml×1本、昼1本、夜1本である。
これだけで、500Kcal近くなってしまうのだが、大好きなんだから仕方ない、そのぶん頑張って動くわ。

……とまあ、一発奮起したのだが、なにぶん、いまうつなので、元気よく動くということは出来ない。
なんというか、例えばですよ…、うちに監視カメラがつけられているとして、一日をチェックしたら、住人は絶えず、あっちに行ったりこっちに来たり、せわしなくうろうろしている、という程度にしたいのである。
たぶんなんだけれど、太っている人って、監視カメラをつけたら、一箇所でじーーっと動かないんじゃないかな?
絶食状態で0.1kgも減らなかったわたしの激うつのときが、まさにそれだったもんなぁ。
健康運動指導士の研修でも、どっかの専門家が、じつはこのちょこまか動きが、運動のあり方として注目されているのだ、なんてことをおっしゃっていましたな。

そういうことで、わたしのエクササイズは、20分やったらはい休憩~、みたいな感じになると思う。
それにしても、エアロビクスをしようというところまで、うつが上がってきているのは、いいことである。
ほんとうに、少しずつ、少しずつだが、出来ることが増えてきている。
あとは、やっていることが成果をあげて、体重が元の45kgくらいまで落ちてくれたらいいなあと思う。


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気晴らしにハンバーグこねこね

hanbagu

薬の調合がうまくいっているのか、自分が病気に対する姿勢を少しばかり変えたせいか、なんだかのんびり、うつライフを楽しんでいる。
基本姿勢は「のろのろ」だ。
しんどいと思うことはしない。
だから、今日もお風呂さぼっちゃうもんねー。明日も入れなくたって、かまいはしない。

ただ、アルコール量が増えているのは問題だ。
いま、わたしは一日に350ml缶ビールを5・6本飲んでいる。
これじゃ、またγ-GTPが600の世界に逆戻りだよー。
女性は、男性の2倍の速さで肝機能が悪くなるので、要注意である。

そんで、今朝なんかは「ビール飲みたいよう。でも、朝から3本はまずいだろ」と思って、わたしはおもむろに料理を始めた。
今日の主菜は、出来合いの冷凍エビフリャーを2本、なんちゃって揚げ(卵焼き機に油を多めに入れて揚げる)をする予定だったが、急遽とりやめ、ハンバーグをこねこねした。
料理していると、ビールへの欲求がなくなる~。
だがこれが、空腹時だと、まったく逆の結果になる。
料理しながらアルコールを飲む人って、多いんじゃないだろうか。
恋人KJもそのクチだが、わたしもそうで、料理をしていると無性にアルコールが欲しくなるのだ。

朝、すでにビールを2本飲んで、空腹状態ではなかったわたしは、無事ハンバーグをこねることが出来た。
はぁ。そんでこれ、明日も食べることになるのだ。
独り者の試練である。
同じものを何日も続けて食べなければならないのは、おそらく多くの独り者が抱える問題であろう。

だから、わたしはあり余りに余るカレーとかシチューって、つくらないのよね。
だいたい、アルコールに合わないしさ。
なくて困るのは、おでんかな。
この寒い季節、おでんでほくほく温まるのは無上の喜びであるが、想像してお分かりいただけるように、あれは一人だと何種類もつくれない。
パックにして売っているものもあるが、中身が…、わたしが好きなのは、大根・こんにゃく・厚揚げ・卵なのである!
余計なものは要らん~。
あ・でもいまひらめいたが、この4種類のうち、いま冷蔵庫にないのって、こんにゃくだけだな。
3種類でおでん、つくったろか。
んー。でも、こんにゃくは外せないな、うーん。

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家計のこととか

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なぜだか朝、起きていちばんに用事をするのが楽なので、いまは朝に夕ごはんをつくっている。
今日のメニューは、焼鮭と大根おろしと白菜シーチキン(まだ残っている)と、ピーマンと油揚げ煮である。
今日でほぼ材料を使い切ってしまったから、わたしはまた、ネットスーパーで買い物をする。

…送料が馬鹿にならないから、6日ぶんの買い物をしてしまった。
しめて、5,000円余りである。
まだ、調味料などが揃っていないので、やや高くなっている。
が、仮にこれをもし続けたら、食費1ヶ月25,000円ってこと?
うーーん。どうなのだろう。
マネー雑誌なんかの家計簿診断だと、お一人様の場合、食費は月2万円まで、がセオリーだよな。
でも、それをうちの母に話したところ、「そんなもん!(安すぎるわ)」と却下された。
また、テレビで老夫婦2人の食費が、35,000円だっていう内容を放映していたのだが、わたしとしては「げ! 高くないか?」と思ったのだが、母は「こんなもんじゃないの」あるいは「安いわね」という感覚であった。
どうやら、うちの実家は、大したものを食べていないのに、食費がバカ高いのである。
「ほかに楽しみもないから」と母が言うので、まーそれはいいけれど、サテ、ふつうのご家庭だとどのくらいなんだろうな。
わたしは、よそんちの家計簿を見るのが、大好きである。

家計簿というものを、久しくつけていないが、これをつけ始めると、わたしは節約に躍起になるので、あえてしない。
ぬるーく、無駄遣いをしているくらいがいいのだ。
食費が25,000円、ビール代が10,000円、通信費が7,000円、光熱費が7,000円(←あまり風呂に入らないので、ガス代が安い)、マンション修繕管理費が11,000円、健康保険料が2000円、おこづかいが10,000円、――ふつうに使ったら、だいたい一ヶ月このくらいかな??
全部で72,000円か。
これに、いざ家電が壊れただの、入院だの、固定資産税だのを払うために、少しでも貯金したいところである。

わたしは貯金が大好きなので、いまでもせっせと貯めているのだが、かなしーことに、躁になったとき、自分がぱーっと貯金をおろして使ってしまうのだ。
躁の典型的な症状だ。
病前のわたしなら、「この貯金には絶対手をつけない」と決めたら、なにがなんでもおろすことはなかった。
それなのに、このザマは…。
しかし、一回の躁で使ってしまう金額は、7万円くらいなので、ローンを組んでしまったり家を買ってしまったりする人に比べたら、あまりにもかわい過ぎるといえるだろう。…

そんなわけで、遊びにも行かず、こつこつ貯めた貯金をたまにどーんと減らしては、「ああ…またやっちまった」と反省する日々なのである。
だんだん学習していって、今度の躁では、貯金をおろさない程度にがんばろう。
こんだけがんばっても、働いていた頃に比べたら、貯金額がスズメの涙なことも、許容しよう。
恋人KJの口癖なのだが、なにごとも「ボチボチ」やっていきたいと思う。

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美容とかダイエットとか

supa

冬は厚着しているので、体重を量るのを怠りがちなのであるが、今日量ってみたら、49.4kgなのである。
いぜん、高値水準だ。
そんなに食べていないのになあ。
正月に、激うつで絶食状態だったにも関わらず、体重は2kgしか落ちなかったところをみると、たぶん基礎代謝量が極度に落ちているんだろう。

鏡を見るのは嫌いなのだが、どんなもんかねとチェックしてみる。
うむ…。確かに、顎のラインが丸くなっているな。
真面目な顔をしているぶんにはわかんないが、にへっと笑うと、ああ顎が太っている…というのがわかる。

でも、全体像として顔をとらえると、わたしはいまは、目と眉が特徴的で、なんかわからんけれど、目ヂカラで顎を凌駕出来るのであった。
眉はね、トシをとると眉と目の間が開いてくるから、上を剃って下を残すのがポイントなのよー。
これで、眉の下にアイブローを加えたら、わたしもなんか賢い人みたいに見えてくるんだもん、不思議ねー。

それと、これは自慢だけれど、わたしは肌がめっちゃ綺麗で、しみは少々あるけれど、しわが歳相応になくて、つるつるなのである。
恋人KJは、「どこから見ても、アラサーや」と誉めてくれる。
ほんとは、アラフィフなんですけれど。
若いころからそうだったが、わたしは15歳くらいトシのサバはよめそうだ。

しかしま、いろんな中年を見ていると、痩せている人は若くみえるっていうのはありそうだ。
そゆことで、わたしもこれ以上は体重を増やさないように、気をつけたいと思う。
でも…、矛盾しているけれど、わたしがいいなあと思うのは、小太りで「好きなもん食べてあー幸せ」と言っている大阪のおばちゃんなのである。
激躁になったら太る薬も飲まなきゃいけないことだし、もうこれ以上どうしようもない、食べたいもん食べんでなにが生きがいやねん! ってなったら、「よっしゃ、大阪のおばちゃんになるで!」と、好きなものを好きなだけ食べるようになるかも知れない。

ちなみに、一卵性双生児の妹は、体重が42kg台くらいで、45kg以上になったことはないらしい。
どこが違うのか? って、これは思春期の過ごし方だな。
脂肪細胞が増えるとされる思春期に、彼女は運動もせず小食を続け、わたしは陸上選手として毎日ガツガツ食べて筋肉を増やしたのだ。
当時、わたしは見た目はガリガリに痩せていたが、体重は48kgあった。
フィギュアスケートの浅田真央選手が、体重50kgと聞いて、「あんなに痩せているのに!」とびっくりしたが、筋肉のついている身体というものは、そういうものなのだ。

いろんなダイエット法が出ているが、わたしはやっぱ運動して筋肉をつけて、基礎代謝を上げるのが楽ちんだと思う。
そんで、いまの自分に出来るかというと、「あの、それはうつだから出来ませんコソコソ」と逃げるしかないのだが。

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うつのやり過ごし方(例)

yuki

今日も、しんどくて、なにも出来ない感じである。
でも、「べつに、なにをしなくても生きていけるじゃないか…」と、のたのた家をはいずっている。

そうそう。
ゆっくりでいいのだ。
なんでも、ゆっくり。

恋人KJは、わたしの状態をわかっているのかいないのか、「自分の身体と心の声に耳をすませて、マイペースで」と言ってくれている。
この人は、たぶんわたしが躁うつ病でなくても、そんなことを言いそうな人だ。
なんというか、自然派なのだ。
そんで、自分もマイペースを実践し、たまに土日なんか、「今日は仕事したくないから、休みにする」と言って、朝から晩まで飲んでいたりする。(ふつうは、土日は休みで当たり前だが、KJは仕事するのが当たり前になっている。)

KJが、わたしの性急なうつからの脱却を望んでいないことが、わたしのこころを楽にしている。
これで、「いつ治るの?」とせがまれると、患者は焦ってしまうもんだ。
そして、うまく働かない脳や身体を、責めることになる。
「いつ治るの?」を言う人が周りにいないわたしの環境は、とても恵まれていると思う。

うつの人が苦しいのって、症状そのものというより、症状によって二次的に発生するもののような気がする。
脳みそは休止状態なのに、無理になにかをしようとするから、苦しくなるのだ。
そんで、その「無理にしようとすること」が、ふだんの自分なら簡単に出来ることだったりするので、本人は「こんなはずはない」「なぜこんなことも出来ない?」と苦しみ、周りも「どうしたんだ」と心配して、本人をさらに追い詰める。

しかし、考えてみたら、「無理にしようとすること」って、ほんとうに全部が全部、絶対しなきゃならないものだろうか。
わたしの場合だが、自分を苦しめる欲望やなんかは、かなり捨てた。
友人たちと同じように働いて、金を稼ぐこと。
友人たちと時折会って、交友を深めること。
世間に一人前の社会人として認められること。
たまに飲み歩きなんかすること。
……書き出してみると、なんだかどれもちっぽけだな。
こんなものにしがみついて、わたしは「これは手放したくない」と苦しんでいたのか。
あほらし。

そうそう…、うつでお悩みの方は、一度「自分が手放したくないもの」を書き出してみるといいかも知れませんね。
「なーんだ。これ捨てたら楽になるじゃん」っていうものが出てきたら、威勢よく捨ててしまえば、治癒への近道が待っているかも知れません。

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料理ができた

komatsuna

すごく久しぶりに料理した。
めっちゃ簡単な、白菜シーチキンと、小松菜と油あげ煮だけれど。
あとは、これに目玉焼きと冷凍シューマイをちんして、ビールとともに食せば、わたしは幸せである。
簡単な人間だなー。
わたしは、主菜より、副菜の充実を求める方である。
いえば、野菜が好きなんですな。
野菜がちゃんとしていれば、あとはべつに何でもかまわない。

そゆことで、客観的にみれば、一人のマンションに帰って、料理も出来るようになった…と、医療的には評価出来る状態かも知れない。
だが、気持ちはけっこう大変で、「ああ…しんどい…いや、本格的にしんどくなる前に、すべてをすませておこう…」ぐらいな感じなのである。
いまも、少ししんどくなりかけているのだが、そういうときは、「ゆっくり、ゆっくり」を心がけている。
べつに、急ぐ用事なんてなにもない。
しんどくなったら、しばらくその場でぼけーーっとしていればいいのだ。
傍目にはおかしな感じだが、病気なんだから、まあいいでしょ。
そんな調子で、わたしは外に買い物へ行くときも、ぼーーっとなにも考えずに、のたのた亀スピードで歩いている。

ところで、わたしは、ネットスーパーにはまってしまった。
部屋でパソコンを見ながら、ゆっくり商品を選べるなんて、なんて幸せなの。
とにかく、うつのときに買い物を困難にしているのは、寒さと荷物の重さなのである。
それが解消されて、こりゃいいわ~。

明日の夕ごはんも決定されてしまった。
出来合いのあじフライと、コロッケと、キャベツの刻んだのとトマト、おろし大根、それに納豆である。
わたしのような独り者は、フライなんかは、出来合いのものをわずかに買う方が、経済的かつ楽ちんなのよね。
あ、でも今度、揚げ出し豆腐をつくってみようと思っていますけれど。

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ごはんをどうするか。

gohan

朝、目がぱっちり覚めたときから、「今日はなにを食べよう…」という悩みが襲ってくるのであった。
食べ物を、自分で調達しなければならない、このしんどさ。
朝はとりあえずビールにして(!)、昼は美味しいたこ焼き屋さんまでとことこ歩き、たこ焼き8個@400円×2を買った。
残りの1個は、明日の昼食にするのである。

ともかく、外に出るのが辛いので、わたしはネットスーパーをチェックした。
小松菜98円、買いだな。
あ、でも調味料がまだ揃ってないじゃん!
あちこち調べて、調味料も一揃え、買い物カートに入れる。

これらをご購入すれば、今日の夜には配達に来てくれるのだ。
あら~…楽だわ。
でも、ギョーザのたれが売ってなかった。
それと、ジュース一本でいいんだけど…なんてときは、やっぱり気が引けちゃうわねー。

いま、わたしはネットスーパーで買い物をして、自分で調理するのと、COOPの宅配弁当を頼むのと、どっちにしようか思案中である。
COOPの宅配弁当は、超楽だけど、飽きるんだよなー。
でも、毎日なんらかのものをつくらなければならないというのも、いまのわたしの体調からすれば、しんどいことに違いないし。

結局、「えーい、行ってしまえ!」みたいな感じで、厚着をして近くのスーパーで惣菜を買っているような気もするわ。
まだ、わからない。
うつは、苦しくも辛くもないが、とにかく身体がだらけてしまって、「今日の夕食は目玉焼きでいっか…」なんて、いまも考えているのである。

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小食一家

120204kaitenzushi

今日は診察日だったので、父の運転する車でクリニックへ行く。
助手席に、母親もついてきた。
最近、診察室には、母も一緒に入っているのである。

処方箋は、変わらなかった。
やはり、あとは薬に頼らず、うつが上がってくるのを待つしかないのである。

それはそーと、最近、診察のあとは、回転寿司に行くというのが、恒例になっている。
今日は、わたしは行くとは思っていなかったが、一食ラクになるのでついていった。
写真は、食後に積まれた皿の数である。
………1人ぶん?
いや、これ全部で3人ぶんである。

ふだんから、ほかの席の人々が、でーんと皿を積み上げているのを、わたしも母も、目を白黒させて見ている。
ふつーのおばさんが10皿もどうやって食べんの?
10皿っつたら20貫じゃん。
こういう人は、スーパーで10貫入りの寿司を2箱買うのだろうか。
それとも、スーパーで寿司は買わないのか?
とても謎なのである。

それにしても、うちの家族は小食一家で、食べる量も質もしょぼいのである。
このたび、わたしが実家を出たのも、その質のしょぼさに耐え切れなくなったからだが、例えば今日、わたしが「夕食はたこ焼きにしようかな」とつぶやいたら、「それがええ、そうしとき」となるほどのものなのである。
夕食にたこ焼き一舟なんてアリか?
ふつう、あれはおやつにするもんだろ…。

しかし、わたしも小食一家の一員なので、今日の夕食はたこ焼き一舟の予定となった。
わたしは、ビールがあれば、なんだっていいの。
今日は、泡ふくほどビールを飲んで、たこ焼きをちびちびやることにするわ。
幸せ。

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しんどい道のりの始まり

120203ehomaki

やっちまったの大後悔なのである。
ことの発端は、節分の恵方巻きであった。

わたしは、恵方巻きというか、巻き寿司が苦手である。
だが、ビールと一緒なら流しこめるか…と、昼食にのぼった恵方巻きを食べたところ、まずくてこんなの犬でも食うか! なのであった。
わたしはとても不機嫌になり、最近のおかずはひどい、老人食だと、八つ当たりを始めてしまい、最終的に「もうこの家から出る!」と荷物をまとめたのである。

さて、しかし…、実家を出てマンションに戻ったはいいが、明日からのごはんはどうすればいいんだ?
今日、ちょっと銀行へ寄って、冷凍食品を買っただけで、しばらくへたばって動けなかったのである。
思えば、実家では、わたしは完全看護を受けていて、ほとんど動かずにいた。
ここ数日間は、とくにまた調子が悪くなっていて、ほとんど寝たきりだったのである。

困ったなあ。
COOPの宅配弁当を頼んでも、あれは来るまで1週間かかるんだ。
ううう…。
動いてみるまで、こんなに動けないなんて気づかなかった。
あとの祭りである。

しばらく使っていなかった部屋は、とても冷えていて、わたしはいまガンガン暖房をつけている。
電気毛布も探して、設置しなきゃ。
ああ、なんだか苦難の道のりを、自ら選んでしまったようなのである。

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障害を認めることとか


恋人KJは、今日は沖縄から東京へ戻り、その足で青森という強行軍なのだった。
ブルブル寒い!
沖縄では車のなかでクーラーを点けていたそうですぞ。
そんな場所からいきなり大雪の地方へ移動したら、風邪をひきそう。
究極の寒がりのわたしは、ニュースで大雪を見ただけで、ぞっとするのである。

アクティブなKJをよそに、わたしは今日もこたつで猫と昼寝している。
自分の人生にかなりの不満はあるが、寒くもないしご飯も食べられている、これは幸せってもんだろう…。
病前は毎日、「あと何分眠れる」とか忙しく睡眠をとって、寒くても台風で大雨が降っていても出かける、しかしいまでは、そんなことは到底出来ない。
以前の自分が出来ていたこと、世間の人々が普通に出来ていることが出来なくなった自分を認めるまでに、長い時間がかかったが、ここ数年、ようやく「自分は障害者になったんだ」と理解するようになった。
まさか、こんな人生になるとはね。
まったくの予想もしていなかったわ。

親友たちも離れていって、とても辛かったが、彼女らを親友だと思うから辛いんだ、と発想を切り替えて、わたしは30年の付き合いのある親友たちをただの旧友に降格させた。
もう、「いつでも頼ってな」という社交辞令に惑わされはしまい。
彼女らには、彼女らだけの「働く独身女グループ」というタイトルがついていて、各々の結束を深めているのだ。
わたしは、そこへは入れてもらえないことも、長年かかってようやく理解した。
これは、かなりこたえた。

まーそんなことで、障害者という身分は、しっかり自分のなかで受け入れるまでが、楽じゃないのである。
寒くもなく食べ物もある、昼寝も出来る、でも失ったものの大きさは、とてつもないものがある。

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アルコールのこと


去年7月の爆躁で記憶がなかった間に、わたしはなぜか禁酒を約束させられていて、実家ではアルコールが飲めなかった次第である。
しかし最近は規制がゆるくなって、昼食時と夕食時に350mlビールを各1本、飲んでもいいことになっている。

そういうことで、わたしはもう長い間、酩酊をしたことがない。
ほんのり酔ったわ~、くらいもないので、なんだかつまんない気もしている。

マンションに帰ったときに飲めばいいじゃないかって話だが、不思議なことに、わたしは以前ほどアルコールを必要としない人間に変身していた。
記憶のない2週間のあいだ、わたしは現世では赤ちゃん返りしていたので、いまの身体のことをわたしは「ゆみちゃんNo.3」と呼んでいるが、No.3はどこか子どものようなところがあるらしく、先日も母にくすくす笑われて「ゆみさん、なんか子どもみたいになったわ」と言われた。

むう。
自覚出来ないが、なにかの異変が、わたしに起こったらしい。

そんなわけで、かつてはγーGTPが600(!)以上あったわたしの肝臓も、最近は普通の酒飲み並みの150くらいに落ちて、より健康的になった。
関係ないが、恋人KJのγーGTPは500である。
勝った…、じゃなくて、あれは相当ストレス発散のために飲んでいるな。
自分が飲んでいたから、だいたいどのくらいの量なのか、見当がつく。

さて、わたしが朝から大酒を飲まなくなったので、いま実家は平和である。
ちょっとつまんないけれど、平和に越したことはないのである。

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