LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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辛くて、悔して、悲しくて

bear

えーーーん。
昨日の洋楽カラオケバーのイベント、ついに行けなかったんだよう。
もう、辛くて辛くて、しんどくて苦しくて。
とてもじゃないけど、人ごみに紛れて、しかもソロで歌うなんて出来ないと思ったから。

とても、悔しい。
普通の人はなんで、1年じゅう同じ体調でいつでも元気なの??
1年じゅう、どこにだって行ける。
仕事だって出来る、遊びだって自由に出来る。

こんなことを言うと、「普通の人だって、上がり下がりはあるよ」って言うやつが必ず出て来るんだけど(facebookにも出没した)、そんな簡単なことなら、わたしだって37歳までは普通の人だったんだから、わかっていますよ。
多少の気分の上下が、誰にでもあることくらいはね。
でもそれが、病的になって、とんでもなくはしゃいだり、かと思えば苦しさでのたうち回ったり、明らかに異常と思える様相を示すから、治療が必要になってくるんじゃない。
現にいま、躁になっている元トラック運転手のFさん(58♂)は、大声ではしゃいだり大口を叩いたり、「あいつ殺す」とか物騒なことを言ったり、とてもじゃないけど、いつもの冷静で大人しいFさんじゃなくなっているらしい。
デイケア出入り禁止になるかもな。
そういうことで、躁うつ病は、うつの苦しさが問題なだけでなく、躁のときの人格が変わったかのような、病的行動も問題になってくるのである。

とりあえず、facebookで、わたしを励まそうとしたのか、サイボーグ009の001は15時間寝て15時間動くんですよとか、気持ちの浮き沈みは普通の人でもあるからと言って来たやつを、わたしはこころから抹殺した。
こっちは、わらをもつかむ気持ちで、アップアップしながら、日々過ごしているのよ。
なにがサイボーグ009なのよ!! 空気嫁!!
ぜーはーしながら、わたしはどうしても、それを書いてきた彼に、ありがとうを書けなかった。

あーー・・・悲しい。
苦しくてどこにも行けないのも悲しいけど、いちばん悲しいのは、わたしの辛さを誰もわかってくれないことかな・・・。
デイケア仲間でさえ、「お大事に・・・」と遠巻きにして見ている。
両親も、食事の世話はしてくれるけど、あとは自分たちでTVを見てワイワイ。
闘病って、すごく孤独なことなんだよね。
ただただ自分と病気の闘いなのよ、もし援護してくれるとしたら、それは血の繋がった両親じゃなくて、医師。
もっとも、躁うつ病のうつ期につける薬はないんだけどね。
明日か明後日に通院するから、そのときまた、H主治医の「いまが頑張りどきですよ!!」←(これしか言うことがナイ。)が聞けるかな・・・。

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うつのイライラ・2

katsu

あーーもう、イライラして仕方ないのである。
当たり前か・・・。
うつで寝込んで、はや1ケ月。
1月に出かけたのはわずか2日間、あとはずーーっと病床である。

さっきも、昼ごはんを食べたあと、TVを見ていたら(いまのわたしの、1日のうちでほんのわずかな幸せなひとときだ)、TVの声を遮って、母が大声で父に何やら話しかけている。
最近の母は、耳が遠くなったのか、声がでかいのだ。
もう、TVの声がなんだかさっぱりわからず(こんなことは過去に何度もあった)、わたしはついにブチ切れて、「うるさい!」と言った。
母は黙ったが、もうね、わかっていないよ。
どれだけわたしが苦しい思いをして、毎日生き延びているかなんて。
部屋に戻ったあとは、ずっとネットサーフィンでもして遊んでいると思っているんじゃない?
実際は、うんうん唸って寝ていますよ。
わたしはもう、泣きたい。

それとか、facebookで、ギタリスト1が、最近ジョギングやら筋トレやらをしていて、成果を上げているという話を思い出して、「あいつ、そんなことする元気があるなら、なんで就職活動しないんだよ! アホのニートが!!」と毒づいたりしている。
だいたい、ギタリスト1という人は、なんで精神科に通っているのかわからん人なのよ。
病名がついていないの。
まー病院は儲けるのが仕事だから、患者っぽいのが来れば、それなりに薬は出すだろうけど、あんなに元気いっぱいなところを見せつけられたら、あいつは偽の病人で、ただ単に病気を理由に就職したくない人なんじゃないの・・・と思ってしまう。
わたしと一緒にすんなよな。
わたしが可哀想だから。

そんな感じで、あらゆる人にケチをつけて回りそうなくらい、わたしのこころはもう歪んでしまっているのである。
ああ、早く寿命が来ないかなあ。
ほんとうに、深く願っています。

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半月ぶりの外出

boushi

今日は、割と体調がよかったので、通院出来たのである。
それでも、体調が悪いのには違いないから、わたしはノーメイクに、眼鏡と帽子とマフラーで変装?し、終始下を向きながら歩いた。
うちの家、マスクってものがないんだよね。

診察室では、やっぱりって思ったけど、H主治医が「どうですか?」と言うのに対し、わたしが「さらに悪くなりました・・・」と言うと、あーあ・・・って対応をされた。
だって、躁うつ病のうつ期に、抗うつ剤は出せないので(爆躁転することがある)、医師はなんにもすることがないのである。
H医師はひたすら、「う~~ん」と唸って、「いま、マグマを溜めとる時期やな。次にまた爆発するで」と予言するのであった。
わたしは、「麻酔薬でも打って、このままずっと眠りつづけて、気がついたら春になっていたらどんなに幸せかと思います」と本音を言った。
「麻酔薬なあ」と、H主治医は同情の色を帯びた口調で言った。

麻酔薬といえば、マイケル・ジャクソンも、日常的に使っていたんだよね。
あの人は、いったい何にそんなに苦痛を覚えていたのだろう。
耐え難かったんだろうな・・・。

ともかく、H主治医とは、その後ぽつぽつと、予定が入っていたのがキャンセルになってしまって辛いとか、周りが元気過ぎてイライラするとか、普段思っていることを訴えた。
行きしな、電車が入ってくるとき、あー飛び込みたいと思ったことは言わなかった。
電車は駄目だよね、家族に迷惑がかかる。

んで、処方箋を書くとき、H主治医はどーしようもないので、「薬に関して、なんかリクエストある?」と訊いてきた。
わたしという患者は、医師からすればものすごく嫌な患者で、H主治医は温和だからなんとか折り合いをつけているものの、過去の何人もの主治医は全員「いいかげんにしてください!!」と怒鳴ってきたというよくない履歴がある。
なぜなら、処方箋にケチをつけるからだ――。
ケチをつけているつもりはないのだが、やっぱり飲むのは自分なのだからどんな薬か知っておきたいし、その副作用には特に神経質になる。
で、どうのこうの話していると、突然切れられる・・・という訳だ。

いまのH主治医は、そういうわたしの性格を理解して、逆に利用しているふしがある。
わたしがもし、××××という薬は駄目でしょうか~? とお尋ねしたら、「あんまり効かんと思うよ」とか「んー。じゃ、それでいってみますか?」とか意見を一応は聞いてくれる。
そんで、効かなければ、どうせ困るのはあんただよ、という感じである。

そのわたしが、「リクエストある?」と聞かれて、今日は「もう、楽になるなら何でもいいです」と答えたので、こりゃかなり悪いなとH主治医も考えただろう。
処方箋がだいぶ変わっていた。
飲んだことのない薬も入っている。
しかし、でへへなんだけど、その飲んだことのない薬でさえ、わたしは比較的安全であることを既に知っていたのだ。
だから承知したんだよーん。我ながら狡猾。

しかしまー、処方箋が変わったことで、苦しいのが治ればいいなと思う。
ほんまに、こんな状態で春までは生きていられない。
昔、睡眠薬を190錠ほど溜めていたのだが、もしあれがあれば、昼間も飲んで眠って時が経つのを待ったのにな。
190錠はどこへいったかというと、全部OD(薬の大量摂取)してしまったんである。
たぶん、いまみたいに苦しいときにやっちまったんだろうな。
現在の精神科では、昔みたいに薬の大量投与はしないから、薬をそんなに溜めることは難しくなっている。
もっとも、ネットで簡単に買えるみたいだけどね。

ああ、半月ぶりの外出で、今日は疲れた。
ゆっくり横になって休もう。

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大学同窓会キャンセル

edamame_beer

昨日、今週末にある大学の同窓会の場所と時間が、メールで送られてきた。
今回は、体育学部同期女子(数少ない)というカテゴリーである。

しかしわたしはそのとき寝ていて、とてもしんどかった。
1日のうちでも、ちょっと楽なときと、とても苦しいときがある。
楽なときは、「頑張って、行ってみようかな・・・」と考えたりするのだが、苦しいときは「とんでもない!」である。
そのときは、「無理だ」と即決した。
そんで、のろのろと、メールを書いたが、なんだか泣き言みたいになってしまった。
行きたい用事も全部キャンセルしなきゃならないわたしの人生って、いったい何なんだと思う、とか書いたと思う。

メールを送ってくれたのは、わたしが所属していた陸上部の女子キャプテンをしていた子で、わたしが障害者になってしまって、冴えない人生を送っているのをよく知っているので、優しく対応してくれた。
「また春になったら、飲みに行こうね!」と励ましてくれた。
ふえーん。ありがとう。
でも、春になったらって、わたしは熊かよ。

それも、春といっても、4月あたりはまだ本調子は出ず、人間に戻れるのは6月くらいからである。
去年の4月は確か、地域支援活動「S」のイベントで、お花見に出かけたものの、フラフラになって職員に支えられて帰ってきたらしい・・・のだが、これはなぜか一切記憶にない。(酒飲んでないよ。)
わたしには躁うつ病の他に、37歳のときから解離という障害もあって、わたしは第二のゆみちゃんと呼んでいるのだが、この子が発動すると、わたしはいなくなるので、第二のゆみちゃんがしたことは、わたしの記憶に残らないのだ。
ただこれは、よく言う俗称「多重人格」とは違う。
どちらかというと、ヒステリーか、あるいは躁のときにやっちまった都合の悪いことを、脳が自動的に消してくれる安全装置が働いたものと思われる。

このせいで、困ったことがいろいろ起きる。
まえに元彼KJからもらったエロいCD-Rと普通の音楽CD、まとめて10枚くらいあったのが、たった1枚になっていたりする。・・・
しかもその1枚は無作為に選んだような感じで、モンベルの袋に入れて、ぽいと机の上に置いてあった。
なんだ? この扱いは。
残すなら、気に入っていた音楽CDの方だろ・・・。

そのほかにも、実印がどこにいったのかわからなくなっていたのが、これまた大きなビニール袋にぐるぐるに包まれて、ぽいとテーブルの上に置かれてあったのが、母によって発見された。
大きな袋に実印??? どう考えても無駄で無意味な行動である。
母は笑いながら、「なんか知らんけど、テーブルに大きな袋があるから中を見たら、実印があって、おかしかったわ」と言ったが、わたしはただただ打ちのめされながら、「第二のゆみちゃんがやったんやな。わたしは絶対そんなことはやらん」と言うしかなかった。

でも、いつ、マンションに行って、なにを考えてこんなことをしたんだろう??
実印のことなんか、わたしは普段気にも留めていなかった。
この調子で、ある日どこからエロいCD-Rが出て来るかわからないので、怖いのである。
まー、うちの両親は、わざわざ「これなあに?」と見たりしないだろうが、もし実家にあったらピンチである。
なぜなら、TSUTAYAからCDをレンタルしてよく映画を見ている父が、「ん? これはなんだ?」と見かねないからである。
問題のCD-Rの表面に書いてあるのは、日付だけ。
あー、第二のゆみちゃん、なんてことをしてくれたの。
わたしは、このことを考えるとまいってしまうので、もう考えないようにしているよ。

こんな具合に、これからも、おそらく死ぬまで、不本意な思いをし続けるのだろう。
わたしに、躁がもたらす不自然な多幸感ではなく、ほんとうの意味での幸せは訪れるのだろうか。
普通の幸せが欲しいよ・・・。

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躁うつ病の躁について

shinkansen

facebookに体調が悪いのをずっと書いていたのだが、みんなどう体調が悪いのかわからんだろうなと思って、先日、ついにというか、一応「躁うつ病」であることを載せたのである。
すると、まー、ここまではみんなだいたいついて来られて、そうか、そんでうつなのか、お大事にーで済んだのだが、わたしはさらに、3日ほど前に「躁うつ病の実態」みたいなテーマで、ちょこっと書いたのである。
そしたら、今度はコメント欄がわたしにしては大盛況になってしまい、どうなっているんだ? とこの違いを考えたのである。

一つには、躁うつ病が、じつは人によっては基地外な病気になり得ることを書いたので、それに誘発された人たちが、「じつは自分はうつ病で」とか、「うちの家系は、じつは統合失調症で」とカミングアウトしてきたからだと思う。
あとは、躁うつ病の、特に躁について挙げた例がショッキングだったからかな。
多分、読んだ人全員が、「躁って、そういうものなの?」とびっくりしたんじゃないかと思う。

わたしが挙げた例は、「新幹線と勝負してくる」と言って、ほんとうに勝負して死んだ人がいる、というものである。
精神病に興味がない人にとっては、躁うつ病の躁っていうのは、なんだかランランランって感じで楽しいのかな、と誤解しているケースがほとんどなんじゃないかな。
これが大間違いなのですよ。
じつは、躁のときの躁うつ病患者は、万能感に満ち溢れているので、「自分は何でも出来る」と思い込んで、危ないことがあるのです。
そんでもって、エネルギーも満ち溢れているので、ほんとうに何でも出来てしまう。
それがいい方向に向かう人(芸術家とか?)もいるけれど、大抵はよろしくない方向にいくことが多い。
新幹線とべつの例で示すと、
・「わたしは空を飛べる」と言って、ほんとうに飛んで墜死。
・忘年会で裸踊りをした躁状態の女性が、新年が明けてうつ期に入ってから、自分がやったことを悔いて自殺。
・「わたしはナポレオンである」と主張して、基地外認定。←誇大妄想
・・・とか、エピソードには事欠かない。

これはまえに書いたかも知れないけれど、わたしもじつは激躁のときに、「いまなら、わたしは13F(マンションの最上階)から、走り幅跳びの選手のように助走して、ダイビングの選手のようにくるくる回りながら、華麗に落ちてみせるわ」と考えたことがある。
でも、困ったことにそのとき両親がいたのと、いたのが低層階だったのと、あとは「せっかく一生に一度の誰もしたことのない大ジャンプを見せてあげるのに、ギャラリーを集めなきゃ意味がない」と思った、ただそれだけの理由で決行を止めたのである。

なので、躁でも激躁の人は、自他ともに危険なのだ。
自分の名誉や生命までも脅かせるようなことをし、他人に対しては攻撃的になるので、上司に偉そうにふるまって喧嘩して(これも万能感の賜物)クビになった、なんて話はとてもよく聞く。

とまあ、こんなことを書いていると、躁って、決してランランランではない、ということがわかってもらえると思う。
ただし、参考までに添えておくと、躁うつ病は正式名称:双極性障害なのだが、これはⅠ型とⅡ型に分けられる。
Ⅰ型が症状が重い方で、Ⅱ型は軽い方である。
わたしがいま挙げた例は、わたしも含め、Ⅰ型患者がやっちまったことだと思われるので、Ⅱ型の人は、そんなに基地外なことはしないです。

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いつもの食卓

ramen

「今日の昼は、お父さんはラーメンにするって言うてるけど、どうする?」
「うう・・・」
「ラーメンでいい?」
「うう・・・うん・・・・・・」

そんで、母はとっとと父とともに買い物に出かけてしまったのである。
ラーメン。
もちろん、インスタントだ。

わたしが唸っていた理由は、じつはこの数日間、比較的体調がよかったのが、今日になってまた苦しいのがやって来たからである。
ああ・・・先日、処方箋を少し変えてもらったのが、功を奏したのかなと思っていたのに・・・。
ただの波か・・・。

つくづく、明日の大学の同窓会をキャンセルにしておいてよかったと思う。
こういうことが起こるから、うつの間は予定が立てられないのである。
うつ病患者もだいたい同じのはずだ。(新型うつ病を除く)

さて、こういうときはあんまり食べる気がしないので、なんか目新しいモノを与えてくれないかなと思うのだが、うちの昼食ときたら、インスタントラーメン・そば・パック寿司・たこ焼き・焼きそば・目玉焼き、くらいがくるくる回転している貧相な貧しい食卓なのである。
ちなみに朝食はわたしの場合、ごはんにいかの塩辛と「アラ!」とビール、と決まっている。
栄養素が、とっても偏っている気がする・・・。
でも、全部用意してくれているので、わたしは文句は言わないことにしている。

それにしても、先日はなんだか我慢ならん、というところまで来て、なにが我慢ならんのかなと考えたところ、うちの食卓には洋風のものが一切ないことに気づいた。
スパゲティとかピザとか・・・、とにかくクリーム系のもの全部!!
じつは、うちの母が、牛乳・チーズを始めとする、牛関係のものが全部駄目なのだ。
牛肉を焼くときなんか、「あーー臭い!!」と言いながら焼いている。
その手にはビニール手袋。なぜなら、牛肉に触れると、手がかぶれるんだそうである。
そこまであっちゃあ、「クリームシチューが食べたい」なんて言えませんよ。
だからって、ビーフシチューはもちろん駄目だから、うちの家ではシチューはほぼ出ない。

そういうことで、そうか、うつに入ってから自分で買い物しなくなったから、クリーム系のものが摂取出来なくなっていたのだな、と気づいて、わたしはある日、スパゲティをコンビニで買ってきて・・・とお願いした。
んで、そこでカルボナーラ? と頭に思い浮かべたのだが、なぜかそのとき「NO」が出たので、ミートスパにした。
それ以降、両親は、選択肢のなかに「それとも、スパゲティにする?」を入れてきた。
でもさ、やっぱりスパゲティもそればっかりになると飽きるよな。
そこでこのまえ、診察日で外出した帰りには、久々のマクドナルドに寄り、ハンバーガーとチーズバーガーを食べた。
ちょっとだけ、こころが満足した。

軽躁のとき、デイケアやスタジオの帰りなどに誰かを誘って、飲みに行っていたときは、いろんなものを食べていたなあ。
本物のスパゲティ、ピザ、天ぷら、串カツ、焼肉、ドイツソーセージ、本物のラーメン、創作麺、バルのメニュー、フレンチのメニュー、パックではない魚介類料理、チョコパフェ、・・・
どれもいまは手に入らないものである。

ああ、インスタントラーメンなんて、ほんとう言うと食べたくない。
もっと変わったものが食べたい。

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統合失調症患者さんのこと

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昨日、facebookで、大学の同窓会をキャンセルせざるを得なかった、悲しい、というようなことを書いたついでに、「でもいまの苦しさは、うつ病と誤診されて間違った治療を受けていた頃より、ずっとまし」と付け足し、さらに当時の苦しみのことなどを書いたら、ちょっとコメント欄がややこしいことになったのである。

発端は、デイケアで一緒のギタリスト1のコメント。
「自分の病状と向き合おうとしない患者が多いなか、自分の病気についてよく勉強しているのは、いいと思う」みたいな感じだったのだが、わたしはあれ? と思って、
「みんなは自分の病気を知りたくないの? 統失の人とか、後遺症とも呼べる副作用を残す可能性のある薬を飲まされている場合も多いのに」と返したのである。
すると、ギタリスト1曰く、
「統合失調症の人は『自分の病気を理解する』って意識が欠けてると思うわ」と言い出した。

ちょっと待て・・・。
デイケアルームで軽口を叩いているならそれでもいいが、ここは公の場だぞ・・・。
お友だちのなかには、「僕は統失の家系です」という人もいるのだぞ・・・。

しかもその後、ギタリスト1はもっとヤバい発言をした。
「根本的な思考が狂うからやろなぁ」。

待て~!! これにはなんて返したらいいのだ?
いいね! を押そうものならば炎上するぞ。
それに、わたしは統失の人の思考が「狂っている」とは思えない。
もちろん、入院レベルの急性期の人は、確かに支離滅裂なことを言ったりして、一見「狂っている」ように見えることがある。
でも、初期の段階で、適切な治療を受けていれば、だいたいは普通の人と同じようになるものだ。

このコメントへのレスはさっき以上に悩んだ。
しかしそうこうしているうちに、「統失家系の人」が横やりを入れてきたのである。

このコメントがまた、闘病歴15年のわたしから言わせると、じつに鼻もちならんものだった。
「統失は、薬でコントロール出来ます。そして、keアハウスなどの交流の場を持てば、安心し、それが安定剤の効果をもたらすようです云々」
・・・・・・・・・は?
keアハウスって何?

ぐぐってみたら、どうやら、月額12・3万円で入居させてくれる、精神病患者の住処だった。
それ自体はいいんだけど、でも、一口に「統失患者」といっても、一人一人みんな、経済状態、家族構成、症状の出方、性格、その他諸々すべて違うじゃない。
この人が言って来たケースは、おそらく、ある程度の収入がある子ども夫婦が、精神病の一人暮らしの親の面倒を見きれなくて、入れてあげるというのがモデルケースじゃないかと思うの。
親が精神病の子どものために、一人暮らし出来る環境を整えるって、考えにくいわ。
大抵は、親が面倒をみている。
親がいなくなったおじさんおばさん患者の場合は、だいたい生活保護で一人暮らしよ。
だいいち、keアハウスって、わたしがいままで聞いたことがなかったくらいだから、利用者はたぶん総患者数のごくわずかよ。
定員何名か知らないけれど、キャパの問題と、子ども夫婦の経済状態によっては、利用出来ない難点があるよね。
そんな現状を、たぶんこの「統失家系の人」は考えていない。

それにだよ。(しつこい。)
「薬でコントロールできます」って断言しているけれど、例えば小さい頃発症したタチの悪い「破瓜型」と呼ばれるタイプの統失患者の治療が遅れた、あるいはされなかったために、人格破壊までいってしまい、ほんとうに精神病院の奥深い檻の中で閉じ込められている人って、実際いるわけじゃない。
こういう人は、どう考えても、もとの人間らしい生活には戻れないよ。
この人たちをコントロールするって、なにをもってコントロール出来ているっていうわけ?
陰性症状を出して、ただ横たわっているだけにしておいて、「さあ、コントロールしました」って言うの?

だから、長くなってしまったけど、わたしが言いたいのは、この「統失家系の人」の書いてきた内容が、あまりに教科書的で、写してきたんじゃないか、それ? 自分の言葉じゃないよね、ということなのである。
その点においては、多少表現に問題はあるものの、自分の言葉で書いてきたギタリスト1に、わたしは軍配を上げるのである。

ほんとうに長くなってしまいましたが、わたしはしたり顔でモノ申す人が嫌いなのです。
自分の専門分野以外のことで、断言口調は禁物だな。
わたしも、主治医のまえでは気をつけよう・・・。

(お詫びと訂正)
母に尋ねたところ、keアハウスというのは、一般的には健常者が対象だそうですね。
調べ方が不足&無知で、申し訳ありません。

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ホットフラッシュの来訪

uchiwa

いまはうつ期で、毎日横になっているのが殆どなのだが、そうすると困った問題が起きる。

ホットフラッシュだ!
そう、わたしにもついに、更年期障害が訪れたのである。

ホットフラッシュを知らない人のために付け加えておくと、これはなぜだか知らないが(もちろん、ホルモンバランスの急激な変化のためだろう)、急に身体が熱くなって、人によっては真冬に汗をかいたりするものである。
わたしの場合は、汗をかくところまではいかないが、ごはんを食べている最中などに、次々と服を脱ぎ始め、しまいにタンクトップ1枚になって、「真夏ですか?」みたいな恰好をする羽目になる。
さら付け加えると、このホットフラッシュというのは、あまり長時間に及ぶことはなく、急激にもとの状態に戻るので、脱ぎに脱いだかと思った人が、すぐにまた着込み始めるという、見た目には面白い? 現象なのだ。

でも、本人は困る。
真冬に外出先で、汗をかいていたら変な感じだし、脱げる場所ならいいが、そうでなければ我慢も辛いだろう。
わたしが困るのは、冒頭に書いた寝ているとき、なのである。
つまり、普通のときは、わたしは電気毛布を入れてぬくぬくと横になっているのだが、ホットフラッシュが来ると、「なんでこんな熱いものをわたしは敷いているのだ!」と電源を切って、布団を剥ぐ。
そんでまた、しばらくして「寒い・・・」となって電源を入れる、の繰り返しである。
なんだか、不毛だ・・・。

更年期障害にはほかにもいろいろあるが、わたしはいまのところ出ていない。
なかにはうつも混じっているが、いまのは躁うつ病のうつだろう。
症状も人によって重かったり軽かったりするらしい。
でも、わたしは軽い自信があるんだな。
だってだよ。
あんなに苦しい地獄の闘病生活を15年続けてきたわたしだから、ちょっとくらいの身体の不具合は、軽いもんなのよ。
ああ、不眠が・・・、ああ、頭痛が・・・、ああ、めまいが・・・、ああ、精神が不安定で・・・、
ぜーーんぶ、わたしがいままで一定期間において経験してきたもの。
はっきりいって、いまでも残っているわよ。
だから、これらについては、たとえ更年期障害として出たとしても、病気の方と区別がつかんわ。
なんでそれを、みんな後生大事に捉えて、まーこう言っちゃあなんですが、「ああ辛い」とか言って同情かってんですかね。
我慢ならないのは、「わたしはこうやって更年期障害を克服した」みたいな偉そうなことを言っているおばちゃんたち(まあ主に有名人ですよね)である。
いずれ、消失する症状なのに、なんで、そんなに問題を深刻にするかなあ。

ということで、わたしはそれにしても、わたしに更年期障害が現れたことは、精神の病気に関連することがあるんじゃないかと思ったので、一応、H主治医には「ホットフラッシュが出ました」と報告した。
するとH主治医は、ふーん、といった感じでわたしの年齢を見たのだろう、「あんたの年齢やったら、どんぴしゃの真ん中やんか。そら出るわ」と、簡単にあしらわれたのである。
わたしは治してもらおうなんて思っていないけれど、やっぱりつける薬はないんだろうな。
比較的効くのではないかと思われるのは、ホルモン治療だろうか。
でもこの治療法は、弱点があるのよ・・・、確かな記憶ではなくて申し訳ないんだけど、わたしが20代後半くらいのとき、子宮がん検診の際に冊子を読んだら、ホルモン療法は乳がんや子宮がんのリスクが高くなるので、医師の手によって細心の注意を払って行われなければならない、みたいなことが書いてあったのね。
それで当時のわたしは、えー、ガンのリスクを冒してまで、そんな治療する? と考えた覚えがある。
まー、医療は目にも止まらぬ速さで進んでいるので、いまはもっと安全なのかも知れないけれど。
でも、わたしはそこまでしたいとは、到底思わないわ。

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謎な精神のメカニズム

tiger

悩ましい季節が、いずれ来る。
いまは休眠中の熊のわたしだが、4月になると、虎になる。
4月は、わたしの躁がもっとも炸裂するときで、母曰く、ここ数年ずっとなんだそうだ。

曰く、ってついている理由は、やったことが本人の記憶にないからだ。
例えば、ある日、夜に妹夫婦に電話をかけていて、急に怒り出し、「夜中じゅう電話したる!!」と叫んで、ほんとうにやったらしい。(まー、向こうは受話器上げていただろうけど)
こういうときのわたしは、恐ろしくて、到底近づくことは出来ないそうだ。
または、あまりに暴れるので、母が特効薬(暴れる患者を大人しくさせるもの)を飲ませようと、「これ、飲んで、お願いやから」と頼んでも、頑として受け入れないばかりか、「そんなに言うんやったら、おまえが飲めーー!!」と向かってきたらしい。
あと、「殺したる」「火つけたる」と、不穏なことを口走るとか・・・、
そ、そら怖いわ・・・。

で、これらのようなことをしていながら、本人は綺麗に忘れているのは、「人間の脳は、自分を守るために、自分にとって都合の悪いことを忘れるように出来ている」という説明をH主治医はし、病名についてははっきりしたことは言わずに「解離のなかのヒステリーかな?」と言っただけだった。
確かに、それがいちばん合理的な結論のように思えたので、わたしも「要するに、躁のときにブチ切れるようなことがあると、わたしは記憶を失って、とんでもないことをするのね」くらいに考えていた。

ただ、なんか引っかかるのは、ここ数年、まえにも書いたように、躁じゃない時期なのに、いきなりどんなに探しても出てこなかったCDが、机の上にポンと置かれてあった、とかいう摩訶不思議な現象が起きることである。
いったい、どこに隠してあったんだ、CD?
まだ隠してあるなら、返してくれよう・・・と思うとともに、なんでブチ切れてもいない時期に、突然こういうことが起きるのか、わたしはそれこそ自分を守るためにも、知りたいのである。

それで、いろいろネットで調べてみたのだが、どーも、わたしと同じようなケースがいない。
一人だけ、あ、なんか似ている、と思った人がいたけれど、問題は、わたしの方が複雑だった。

わたしは37歳でいったん心身がバラバラに壊れ、そのときから解離が始まり、躁うつ病と診断されてから初めての大爆発の間、いろんな体験をした。
痴呆のような症状と、赤ちゃん返りについては、ぐぐったら、ヒステリーの症状の一つとして書いてあった。
幻覚・幻聴については、躁うつ病の方の症状であることがわかった。

ただですよ・・・。
ここにも書ききれていない、複雑に絡み合ったわたしの症状の一つ一つについて、明確に答えてくれる人は、たぶん誰もいない。
唯一、訊けるのはやはりH主治医だと思うが、H主治医にさえ、わたしは解離の全部どころか、ほとんどを話していないの。
なぜなら、失われた記憶について、覚えているわけじゃないから、そもそも言えないってこと。
両親も、わたしが暴れているとき、じつは記憶を失っているなんて、見ただけではわからない。
だから、事件はすべて? 闇のなかに葬り去られるのよ~。
言えるのは、あとから偶然、両親が「あんなことをした」と話すのを耳にした場合だけだ。

結局のところ、大脳のメカニズムなんてほとんどわかっていないわけだから、精神の病においては、「あなたはこの病気です!」と決めつけられないことも多いんだろうな。
外科や内科と違って、医師が変わるごとに病名が変わるっていう人もいるしね。
あくまで、対処療法・・・ってことで、わたしの場合、4月になって、気がついたら精神病院の閉鎖病棟の保護室で、両手足を縛られていました、ってことにならなきゃいいがなーと願うばかりである。(あれ地獄らしい。)

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着ることのないセーター

sweater

なんだか、目が半分くらいしか開かないのである。
一週間前、処方箋を変えてもらってから、苦しさはなくなったものの、今度は目が開かないのと、あたまがぽや~んとする症状が出ている。
これも、一種の麻酔みたいなもんか・・・。
受け入れるより、仕方ないのだろう。

こんな目とぼさぼさ頭で、ぽや~んとしていたら、見た目が変だし、だいたい危ないと思うので、外出は一切控えている。
そして、一日のうち、かなりの時間、寝たままである。
「大丈夫なの?」みたいなことを母が言っていたが、わたしは「うつのときは、いくら寝ていても平気」と答えた。
健常者が、これだけ何もせずに、ずっと寝続けていたら、たぶん退屈と苦痛に悩まされるだろう。
でも、うつのときは、こんな感じで、一日だ~らだら、がいいのである。
もっとも、わたしの場合は、うつ病ではなく躁うつ病なので、あんまりエネルギーを溜めすぎると、今度の躁のときの爆発が大きくなって、あんまりよくないのかも知れないんだけど。

facebookで、「自分はうつで、いま休職中、もうすぐ復職しようかどうしようか考えているところ」と言って来た先輩がいたが、わたしはこの人、すごく頑張り屋タイプで、危ないなーと思った。
今回のうつ病は再発らしいのだが、うつ病は再発率があっという間に高くなり、最後は手に負えなくなるシロモノなので、復職などは、完全に治りきったところでするべきなのだ。
だから、迷っているうちは、すべきじゃない、というのがわたしの考えである。
先輩、ゴロゴロしていてください、とわたしは書いたが、先輩は「ゴロゴロ出来ないから、うつになるんだよ~」と書いてきた。
うーん。それ以上は、わたしは言えん。
ただ、そうやって? 再発を繰り返して潰れた入院患者は、男性の場合、ほぼ全員離婚されていましたな。

まーもともとは、わたしも強烈な頑張り屋だったので、「うつ患者のあるべき姿」みたいなダラダラ生活は、最初のうちは、どこか焦りをもたらすものがあったので、わからないでもない。
いまなんか、毎日パジャマ姿で、やっていることといえば、寝る、食う、トイレ、たまに風呂、パソコンいじる、歯磨き、洗顔、体重測定、猫の相手、・・・そんなもん?
たまに誰かから「どうしていますか?」みたいなメールが来るけれど、べつに寝ているだけだし、適当に返事している。

ただ一つ、不憫だなあと思うのは、初冬に買ったセーターや帽子なんかだよ。
ぜーーんぜん使用されていない。
買うとき、少しだけ、「でもどうせ、自分は冬になったら寝込むんじゃない?」と思ったのだが、元気なときは、うつになったときの自分を想像しづらいものだ。
ま、いっか、って感じで買ったと思うのだが、やっぱり着ない羽目になったな・・・。
これ、袖を通さないまま、春を迎えるわけ?
なんか、侘しい。

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Yさんが必死でついて来る

hae

うう・・・、今日はしんどい・・・。
午前中、寝ていたら、誰かが声をかけてきたように思うが、気怠くて返事も出来なかった。
だから、こっからは愚痴である。

最近、facebookのことばかり書いているような気がするが、またそれなんである。
たぶん、社会との窓口がそこしかないから、そこで起こったことに集中しちゃうんだろうな。
それで、そのことをまたブログに書く、と。
なんか、不毛な循環しているような気がするわぁ。

今日、取り上げたいのは、ギタリスト1の金魚のフン、Yさん(52女)である。
この人は、学習障害があったとかで、学校にほとんど行っていない。
だからまー、学校でのお勉強のことを知らないのは仕方ないと思うよ。
でも、それがなくたって、大人になってからでも、経験から得るものってあるでしょう。
ところが、ないんである。
大人らしい知性がないんだな。

で、ギタリスト1の金魚のフンだから、彼の記事には必ずコメントを入れる。
内容は、「綺麗やね~」「面白かったね~」「カッコいい~」とか、そんなんばっか。
極めて単純な表現方法で、感想を述べているに過ぎないのである。
そんなんだったら、「いいね!」ボタン押しておきゃ充分だと思うんだけど。

このまえは、ギタリスト1が「ハーフマラソンに出る、ハーフは初めてだから、ペースがわからん」などと書いていたのだが、ふとコメント欄を見ると、「△△くん(ギタリスト1)、すご~い! がんばってね~(絵文字入り)」とだけ書いてあった。
これって、どうなの。
すご~い、がんばってね~、って。

わたしはさ、アスリートやっていたからそのときのことを思い返してみると、例えば陸上を知っている人に「がんばってね」と言われたら、「うん、ありがとう」って言うと思う。
でも、ぜんっぜんその世界を知らない人から、例えば、大阪大会に出るときに、「すご~い、がんばってね」とか言われたら、なにががんばってだよ、とその人をさげずんだと思う。
なぜなら、わたしは大阪でもトップ3に入る選手だったからである。
全国大会でがんばってね、だったらわかるけれど、なんで自分のテリトリーで出場するのがすごくて、がんばってだよ。
この人、全然わかっていないな、という訳である。

で、ギタリスト1の話に戻ると、彼は既に、何回かフルマラソンを経験している。
だから、そのハーフの20㎞は、距離としては問題ないわけだ。
ただ、ペースがわからなくて困っている、と言っているだけなのである。
それなのに、「なにがすごい」と言っているのだ、Yさんは?
なんか、その場限りの薄っぺらい言葉をかけているだけのように思える。
これに対するギタリスト1のレスも、「うん、がんばるよ」だけだった。
・・・・・・二人には悪いんだけど、氷のように薄いアホみたいな会話してますね、と言いたい。

話はまだ続くんだけれど。
わたしはちょっとこれは、ギタリスト1に声をかけておいた方がいいのかな、と思って、「最初に飛び出す奴らを相手にしない方がいい。あれはラビットだと思えばいい」とお節介ながらアドバイスした。
すると、このことは既にギタリスト1も了承済みで、「さすがによく知っているな。そうや、ラビットにやられたらおしまいや。自分のペースをあくまで守り、ラストでスパートをかけるのが理想」と書いてきた。
これだけならば、会話終了なんだけれど、そのあと、なぜかこのやり取りに、Yさんが「いいね!」ボタンを押してきたのである。

あのさ~。
総合して見るに、たぶんこの人、ラビットがなんなのかも知らないと思うよ。
だってラビットのことは、フルマラソンを見る人なら、誰だって知っていると思うけれど、彼女はどう考えても、普段マラソンに興味がない、なぜならフルマラソン経験者がハーフマラソンを走ることに「すご~い」なんて言う人だから。
ということは、こりゃ、単なる敵状視察ですな。
わたしとギタリスト1の会話が、二人だけで盛り上がらないように、必死でついてきているのである。

なんだかさー。
Yさんのやることって、上から俯瞰しているみたいに、そっくり見えてしまうと思うのはわたしだけ?
この度も、わたしがUPした記事に、ギタリスト1のコメントがつかなかったんだけれど、そうするとそれに呼応するように、彼女もして来ないんだよね。
まったく、わかりやすいと思うわ。

(おまけ)
今日のアイコンのハエは、「五月蠅い(うるさい)」が由来です。

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赤ちゃん返りした時のこと

akachan

わたしが、過去に、赤ちゃん返りをしたことがあるのは、ここにたぶん書いたと思う。
そのほかにも、わたしはたくさんの奇妙な体験をしている。
まるで、自分が二人いるみたいな。
そして、躁うつ病の症状として、考えにくいような、数々のエピソード。

「自分が複数いる」というと、多重性同一性障害(俗称:多重人格)を疑われるかも知れないが、それではないと言い切れるのは、わたしの場合、いきなりTVのチャンネルが変わるように、他の人格と入れ替わるのはではなく、知らない間にもう一人のわたしに変わっていて、知らない間にもとの自分に戻っているところである。
最初の医師からは、「解離がある」と診断されているが、このことは、のちの医師になぜか申し送りされなかったため、ずいぶん長いこと、自分がときどき記憶を失っていることに気がつかなかった。
いまのH主治医には少し話したが、とてもじゃないが、すべてを話し切れるボリュームじゃないので、H主治医は「うーん・・・、解離のうちのヒステリーかな? 難しいケースですねえ」と答えたきりだった。

だから、最近起こった解離についても、H主治医には話していない。
なぜなら、気がついたときには、もうそのことは既に終わった話になっていて、今さらそれを検証してなんになる? ということになっているからである。
でも、やっぱり解離性ヒステリーではないと思われる事件も起きているので、またH主治医に話してみようと思う。

冒頭に書いた赤ちゃん返りについては、解離性ヒステリーの症状として書かれてある文献があったので、納得出来る。
自分の記憶と、母の証言によると、こんな感じだ。

まず、実家に入った途端、彼女はそれが自分の実家であることがわからないようであった。
不安そうにキョロキョロし、中に入ろうとしないので、母が「ここはあんたの家やで。わたしらは、家族やねんで。家族っていうのはな、何を言っても何をしてもええねんで」と諭すと、ようやく中に上がってきたという。
食事のときは、水の飲み方もわからないようだった。
(病人用の水差し? で飲ませていたようだが、どうやって食べさせていたのかは知らない。)
「外に出ないでね」と言うと、ちゃんと言いつけを守り、裏庭に出ようとしないので、「ここは中やで」と言うと、出るようになった。

ここからは、わたしの記憶だが、あるとき、いきなりお尻に強烈な痛みを覚えた。
そのとき、「梨状筋」という言葉があたまに浮かんだ。(梨状筋はお尻のへんにある筋肉の名前)
「梨状筋」というタイトルの小説を、いつか書いたらヒットするぞと思った。
正気に戻ってから考えると、どうやらわたしは階段が降りられず、父におぶさってもらったものの、父が誤ってわたしを落としたらしい。
その次の記憶は、3・4歳の自分。
ある夜、気持ち悪さのあまり目覚めて、身体が勝手に階段を下り、冷蔵庫の中にあった小さなおにぎりを食べていた。
しかし、「食べる」という行為がわからず、「何しているんだろう、これでいいのかな?」と思っていると、あたまの中のお姉さんが、「気持ちよくなってきた?」と尋ねるので、「うん・・・? 気持ちよくなってきたかな?」と思うと、「もっと食べなさい」と言うので、「うん!」と思って、むしゃむしゃおにぎりを頬張った。
のちに聞くと、わたしはご飯をほとんど食べなかったというので、気持ち悪いというよりは空腹だったのだろう。

その次は、4・5歳の自分。
これは過去にも書いた記憶があるが、そのとき、わたしは「お風呂に入りなさい」ということになっていて、「ここにバスタオル、ここに下着があるよ」などと次から次へと母が説明するのを聞いて、「なぜ、この人は、わたしがどこにあるのか聞くまえに、わかったのだろう。この人、きっと魔女のおばさんだ!」と考えて、「それならば、まえに”わたしたちは家族で、家族同士は何をやってもいい”って言ったのは嘘かも。一回、試してやれ」と思ったのである。
それで取った行動は、服のまま、思いっきり浴槽にどぼーーん! と浸かることだった。
そうすると、母がバタバタ駆けつけてきて、服を脱がせてくれたので、とても愉快な気持ちになり、「この人、召使みたい。魔女の召使だ!!」とゲラゲラ笑っていたのだった。

浴槽に浸かりながら、わたしは「ああ? 身体が勝手に浮く!」と浮力の発見にびっくりし、その後、「ああ、気持ちがいい。召使も手に入れたし、満足だ。ああ、ここは天国みたい。・・・待てよ? そうか、天国って空の上にあるんじゃないんだ! ここが天国だと思ったところが天国なんだ!! わたしは、真理を見つけたわ!!」とまあ、いま考えても妙に説得力のある回答を得たのであった。
そのあとは記憶がなくなって、あとで聞いたら、浴槽ドボンのあと、気がつくと和室にびしょ濡れのまま、突っ立っていたらしい。

何日の間、子どもでいたのか、もう時系列がわからない。
同時進行で、わたしが呼ぶところの「魔法の世界」と「現実の世界」の行き来もしていたので、赤ちゃん返りしたと思われる日から約1ケ月間、時空の歪んだ、説明のしようがない奇妙な世界にいた。
あれはいったい、なんだったのだろう・・・。
説明しようにも、これまた既に過ぎ去ったことで、両親が表面的な症状を説明したあと、いまさらH主治医に話を蒸し返しても、なんの意味になる? ということになるのである。

だから、こんなところに書いているわけですが。
それでも、何%の人に理解してもらえたかな・・・。
これで、「魔法の国」で体験したことなんかを話し始めると、全員、「訳がわからない」と言い出す。
わたしはこれを、H主治医に解説出来る自信がない。

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俗称:多重人格者の一例

picasso

うう・・・今日も激しくしんどいのである・・・。
今日も、昼前に母が、「なに食べる?」と聞いてきたが、「う」としか言えなかった。
「そばでいい?」と言いながら、母が去って行ったのは知っている。

なんでこんなにしんどいかというと、昨日、あまりに熱心に動画を見続けたせいである。
それは、ある二重人格者の、「二重人格及び多重人格の、周知のために公開している動画」であった。

だからお名前は公開してもいいと思うんだけど、基本人格であり、身体を持っているのは、女性のusaさん。
裏人格として存在しているのが、男性のhydeさん。

大抵は、hydeさんが二重人格について説明したり、ときにはおふざけをやったりして、見ている人を楽しませてくれるんだけど、たまにusaさんがhydeさんや、二人の関係について語ったりしている。

これが、お二人とも魅力的な方なのですよ。
usaさんはとても女らしく、高い声を持った女性で、「hydeさんが、たまにHなこと言うの、やめて欲しい~」とか言って笑っている。
あと、「動画を見たら、あっちの方が肌がツヤツヤしてる~。女なのにわたし、負けてる」と悔しがっている。
hydeさんは細身のイケメン男性で、頭が切れる感じ、年齢はusaさんと同じで、声は低くて少しかすれている。
二人は、入れ替わると、顔つきが変わり、特に目がまったく違う。
ちなみにusaさんは結婚しているので、hydeさんから見れば、男2人と女1人の同居生活らしい。

そんで、わたしが見ていて吹いたのが、「二重人格者のカラオケ」である。
たぶん、見ている人を楽しませようと二人で計画されたんだと思うけれど、二重人格者がカラオケをやったらどうなるか、を実演してくれているのである。
なんと、選ばれているのは、デュエット曲。
当然、女のパートをusaさんが高い声で歌い、男のパートをhydeさんが低い声で歌っている。
到底、一人の人間が歌っているとは思えない。
なんか腹話術みたいな、特別な能力を持った人がやっているんじゃないの? って感じである。

あと、なんか可笑しい話ばかりだった。
hydeさんは男だから、女の身体を持った自分は、当然女風呂を覗けるわけで、じつは何度か試みたらしい。
しかし、いずれも失敗した。
なぜなら、自分自身の男の身体(これは他の人には見えない)を見られるのが恥ずかしくて、なかなか意識の表に出て来られなかったんだそうだ。

Hネタで言うと、もう一つ、あるときusaさんが職場で、巨乳の事務員さんの乳に少し手が当たったとき、いきなりhydeさんが出てきて、二人ともびっくりしたらしい。
この件については、usaさんは、「当たったといっても、ほんの少し触れただけですよ~。掴んだわけじゃないですよ~」と釈明し、「それ以後、またhydeさんが出て来るんじゃないかと思って、その事務員さんを見れなくなった」と話していた。
ちなみにhydeさんによると、その事務員さんはもう辞めたので、いないと言う。

他にも、さらなるHネタが登場するのだが、usaさんは結婚しているのだから、当然夫婦生活というものがある。
それなのに、ある日hydeさんがいたずら心を起こして、その最中に表に出た。
すると、彼のあたまの中は、「(なんだっけ)なにこれ、やめてくれー!!」みたいiなパニックを起こし、急いでusaさんを呼び寄せようとしたが、usaさんはなかなか返ってこず、しかも、なんだか快感? みたいな感じで、しばらくそのままでいたらしい。(こんなこと、動画で言っちゃっていいのかなー。)

最後にもひとつ書いちゃうと、usaさん夫婦は二人でお風呂に入っているらしいのだが、その最中にいきなりhydeさんになってしまったらしい。
hydeさんから見れば、男と狭い浴槽で二人で入ってるって、これなんだよ、だし、旦那さんは「こっちへおいで(はあと)」とか言うし、とにかく自分はusaさんのふりをするのに必死だったそうだ。
ただし、その後、旦那に「あのとき、入れ替わってた?」と言われて、「しまった、ばれたか」と思ったらしい。
最初にも書いたように、こりゃ、ほんとに男2人と女1人の生活ですな。
旦那の愛の深さが、素晴らしいと思うわ。

あと、hydeさんの話だったけど、ちょっと切ない悲恋の顛末もあったな。
hydeさんは、ある女性とtwitterを通して知り合い、お互い好感度を高めていった。
しかし、hydeさんは気がついたそうだが、どうやら相手の女性も、多重人格者。
しかも、彼女は基本人格ではないので、現実の身体を持っているわけではなかった。
現実の身体の顔は、とってもかわいいし、なにより分裂した方の人格の子が好きだったので、付き合おうかなと思った。
ところが、そうしようとすると、彼女の他の人格たちが出てきて、「あの子は要らない子」と言い、ぐちゃぐちゃ文句をつけてくるようになった。
基本人格には、どうやら彼氏がいたらしく、分裂した女の子が恋をべつのところで始めると、全体のバランスが崩れ、全員に迷惑がかかるからだった。
やがて、分裂した子のこころがhydeさんに傾くにつれ、突然、彼女はいなくなった。
他の人格によって、消されたのだ。
そのときのことを振り返り、hydeさんは、寂しそうに、「俺もあんなふうに、簡単に消されてしまうのかな・・・」と語っていた。
ちょっと複雑な話になるかも知れないけれど、これもやっぱり悲しい恋、だよね。
多重人格者の、分裂人格同士の恋。

まー、こんなふうに、いろいろ話してくれて、なにより解離性同一性障害(多重人格)の人のことがわかる人が、増えればいいと思う。
ただし、今回は、面白い話ばかり抜粋して書いたが、彼らは、彼らが言うところでは、多重人格者でも軽症だとしている。
確かに、重症の人はもっとたくさんの人格がいるし、中には幼児や暴力をふるう人格もいたりする。
usaさんとhydeさんのケースは、発病の原因となった劣悪な家庭環境から比較的早く抜け出し、自らの手で経済力を得、結婚もして安全と安定と安心を得たからこそ、動画を出したり出来るという側面もあると思う。

解離性同一障害(多重人格)者は、決して遠いところにはいないですよ。
わたしも、何人か知っていました。

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バレンタイン~薄情な女~

choco

はぁ・・・くたびれていて、しんどくて、まさに気分は秋のキリギリスなのである。
一昨日、動画を見過ぎたんだな。
やっぱ、うつのときは、おとなしく寝とかなあかんわ。

さて、今日はウキウキワクワク? のバレンタインズ・デイですな。
TVなんかでちらっと見るけれど、いまのわたしには、まったく関係ない行事ですわ。

ところで、よくよく考えてみると、わたしは誰にも「本チョコ」を贈った記憶がない。
忘れたのだろうか?
でも、最近の彼氏たちにも、なぜだか知らないけれど、贈っていない。
直近から揚げていくと、
・HKくん・・・・・・中距離恋愛だったから?
・KJ・・・・・・これは知っている。遠距離恋愛+おっさんだったから。
・Kくん・・・・・・これも知っている。渡そうと思った時期に、別れることになったから。
・Fくん・・・・・・この人、驚いたことに結婚指輪までもらっておきながら、なんと姓名を覚えていない!! チョコレートを渡さなかったのは、自分が激うつだったのと、彼が入院中だったため。
・恋人S・・・・・・あげたのかな? 付き合っていたのは3年間くらいだったと思うが、どうも記憶にない。
・そのまえ・・・・・・付き合った人は多数いるが、一切覚えなし。

とまあ、なんという薄情な女でしょう、わたし、ということなのである。
じつは、わたしは、○○記念日とか彼氏の誕生日とかも覚えるのがとても苦手で、しかも最近の彼氏は5月生まれが集中したので、何日だっけ? と思い出すのに難儀した。(書いとけよって感じだが。)
プレゼントを選んだりするのも苦痛で、出来る限り「なにが欲しい?」と訊いてしまう。
チョコレートを選ばなきゃならないとなったら、かなり苦しむだろうな。
自分自身が、甘いものを食べない人だしな。

でも、繰り返すけど、ほんっと不思議だなー。
病前に付き合っていた人のことを考えても、「あの人なら、絶対チョコレートあげないと、文句言うはず」と思う人まで、あげた記憶がないんだからなー。
病気のせいで忘れているっていうわけでもないんだよね。
なんなんだ? いったい。

だいたい、Fくんの姓名を覚えていないって書いたけれど、じつはわたしは、Kくんと恋人Sの下の名前も憶えていないんだよな。
その前になると、もう、どれが先で後なんだかわかんねーカオスである。
みんな、どうなのよ?
30歳くらいのとき、付き合っていた人の順番とか覚えてんのかな。
わたしは駄目です、薄情な女です。
まー、だいたいの彼氏とは喧嘩別れしているから、誰もわたしのことを思い出しはしないだろうけど。

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ギタリスト1に新しい道

onpu3

ギタリスト1が、マジで○楽療法士(○=音。最近、すぐgoogleに引っかかるもんで。)を目指していることがわかった。

これは、すごいことだと思う!
なぜなら、こんなの、ほとんどなりたくてもなれない職業で、例えば音大を出た人が、いきなり「○楽療法士になりたいです」と言っても、どっかで数年間、修行をしなければならないので、コネでもない限り、無理なのだ。
それだけ、日本での○楽療法士の需要は少ないということだと思う。
たとえ、最終的に資格を取ったとしても、就職先を探すのには苦労するだろう。
そして、おそらく○楽療法士という資格だけで食べている人は、ごくわずかだと思う。
うちのデイケアだって、コーラスの時間に先生が来るけれど、週1回数時間だけだもんね。

そんななか、ギタリスト1は、いまの作業所ですでに○楽療法を始めている。(ということは、○楽療法は名称独占なんだな。 ※名称独占=資格取得者以外はそれを名乗れないが、仕事は出来る)
このまま、作業所で修行をして、作業所のほかのお手伝いもしながら、精神保健に携わっていくという。

やったね、ギタリスト1、とわたしは思った。
なぜなら彼は、わたしから見れば、この仕事に物凄く向いているからだ。
まず、医療に携わる者に必要な、やさしい、他人を思いやるこころ。
まー、普段見ていたら、コイツ、優柔不断だなと思うこともあったが、誰にでも公平に優しいという面においては、わたしは程遠く引き離されるものがあった。
それと、彼の大好きはギターが、職業として使えるところ。
これは、彼自身のこころにもとてもいいと思う。
最初、作業所に入ったとき、「楽器店に勤めたいです」と言ったらしいが、「いや、きみは精神保健に向いている」と見抜いた理事長さん、グッジョブよ!

とまあ、デイケアに行ってもないわたしが、なんでこの情報を掴んだかというと、また出てきました、facebookなのである。
ふらっとギタリスト1を訪れてみたら、2日前の日付で、「やれることなら、倒れるまでやれ、べつに無理難題を言ってるんじゃない」みたいな熱いことを書いていたので、意地悪なわたしは、「わたしは思うが、きみにとってハロワに行くのは無理難題なのか?」と尋ねたのだ。
そしたら、ギタリスト1が、「じつは、ちゃんとした就職とは呼ばれへんから、みんなには言うてないけど、もう作業所で仕事してるねん。音楽の療法。いずれこの道でやっていくことになってん」と言ってきたのだ。
それで、わたしは、そりゃえーわ、という話になり、いくつかのやり取りのあと、「いやー、あいつもフラフラしていて、若いのにこれからどうする気やねんと思ってたけど、いちばんいい方向に行けてよかったな」と思った次第なのである。

こっからは、またせっかくのいい話をぶち壊しにすることになるんだけどさ。

あの、ギタリスト1に惚れてるYさん(52♀)だよ。
彼女が、まーーた、自分のコメントは2日前に終わってんのに、そして新しい記事も既に書き込まれているのに、ギタリスト1とわたしのやり取りにまた「いいね!」を押しまくってんの・・・。
あいつ、ギタリスト1のfacebookを舐めまわすように見てんのとちゃうか。
なんか、おそらくギタリスト1とわたしが親しく話しているのが見逃せないんだろうね。
でも、またさげずんじゃうけど、あいつ、うちらの漢字満載の文章、読めたんかいな。
たぶん、○楽療法士なんて言葉、聞いたこともないと思うよ。
なんでも「いいね!」押してんじゃねーよ、まったく。

さらに、彼女のコメントに対するギタリストのレスの中に、「ワインありがとう。大事に飲むね(バカが、ワインは3日で空けろ。)」と書いてあったので、おそらく、これがバレンタインチョコの代わりだなと思った。
元カノOさんが、「一か月遅れのチョコレート」で、彼のハートを射止めたので、真似したんだろうな。
しかし、ワインって微妙だなーー。
確かに彼は酒飲みだが、ワイン飲んでるの、見たことないぞ。
わたしが考えるに、ワインを選択したのは、決してギタリスト1ではない。
だって、なんだよ、あんな重くてかさばるもん、なんで選ぶわけ? 邪魔じゃん。

さて、ギタリスト1は、お返しをするだろうか。
わたしの勘では、しますね。義理と受け取る。
そんで、Yさんに勘違いされて、余計にベタベタ接近される。
優しいギタリスト1は、別段拒否もせずに、そのままにしておく。
って感じかな。

わたしなら、好きでもない人にベタベタされたら、嫌だけどなあ。
男性は平気なんですかね。
とまあ、後半の話、要らなかったんじゃないかってことだけど、何でも書かずにはいられない性分なので、くっつけておく。

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わたしの解離のこと

nou

うう・・・しんどい・・・寝たい・・・、が、猫が気持ちよさそうに、わたしの布団の上で寝ている・・・。

今日は診察日だったが、昨日よりは体調がましで、助かった。
H主治医に、現症状を訴える。
と、そこですかさず、わたしは書いたメモを渡し、「あの、じつはわたしの解離のことなんですが、いまでもまだ起こっているんですよ」と言った。

H医師はメモを読み始めたが、「殺してやる、火つけたる」、薬を飲ませようとしたら「おまえが飲めー!」と向かってくる、などと書いたものを読んだ頃、「こんなもん、毎年やってんのんか」と呆れ声で言った。
しかし一通り読まれたあとで、わたしがじつは一軒目の病院で「解離」と診断されたものの、その後の病院に申し送りされなかったため、両親も自分自身も知らないまま、暴れても「癇癪を起こした」などと片づけられていたこと、一回目の入院時のわたしの状況(両親が来ても、眼球一つ動かさず横たわっていたこと、入院時の記憶の多くが抜け落ちていること、入院日誌に「友だちが昨日お見舞いに来たはずなのに、それ一種間前だと言われた」と書きながら、一週間ぶんの日誌がちゃんと記録されている謎とか)その他いろいろ一生懸命説明した。

しかし、H主治医はう~んと考え、「でもこれ、全部終わったことやろ? 終わったことを気にしても、仕方ないやんか。人間の脳のことなんか、わからんで」と言った。

確かにそれはそうなのだ。
わたしも、昔医療の勉強をしていたから、知っている。
人間の大脳のほとんどはまだ、謎に包まれたまま。
10年経てば、がらりと変わる医療のなかで、いまだに解剖学の教科書には、脳は70年前の記録が使われているのが現状だ。
ましてや、H主治医は、解離の専門医ではない。
解離を専門に扱っている精神科医なんて、稀だと思う。
多重人格みたいに、派手な症状が出れば診断がつくかも知れないが、その他、わたしみたいなごく軽症な場合は、すべては闇の中だ。

しかし、とわたしは思う。
「過去は過去やから気にすんな」はいいんだけど、じゃ、未来はどうなの?
例えば、わたしが人を傷つけるようなことがあったとしても、「わたしは解離があるから」で通用するだろうか。
通用しないと思うなー。
「演技だ」と言われれば、それまでじゃん。
わたしは過去よりも、今後起こるかもしれない未来が怖い。

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呆れたコメント

inkan

もはや、facebookで起こったことを、「ちょっと、聞いてよ!」というノリの、はけ口と化している当ブログですが。

またYさん(52歳♀)なのである・・・。
今度という今度は、もうこの人絶対アホやと思ったわ。
あたまが軽いっていうのは、あのことよ。

昨日、わたしがfacebookで、解離障害があることをカミングアウトしたのだが、まあ、予想通り、みんななにを言っていいのかわからず静観している感じだった。
内容が、たぶん普通の人からすれば重かったのかな? と思う。
だって、いきなり、じつは自分はときどき記憶が欠落して、知らないところで知らないことをしているとか、丸一日記憶が抜ける日もある、ほら、このfacebookの何月何日がそうですよ、とか具体例まで示されちゃー、「そんなことってあるの」と大半の人が半信半疑になったと思う。

そんでわたしは続けた、昨日ブログで書いた内容とほぼ同じだ、つまり、現主治医は「過去を気にしても仕方ない」って言っているけれど、未来はどうなんだ、もしわたしが人を傷つけたら、それは「解離があるから」じゃ話は済まされない、消えた実印があらぬ所からあらぬ姿で出て来る、こんなことがこれからも繰り返されるのか、と。

そこで話は終えたのだが、やはり誰一人として、コメントを入れてこなかった。
唯一、メキシコ在住の高校時代の先輩が、セキュリティーの関係でなかなかコメント出来ないらしいのだが、メッセージの方から、「次から次へと病気を抱えて、大変やね。僕も1/100でいいから、理解出来るようにしたいと思います」みたいなお心遣いをくれた。
優しい先輩、ありがとう~。

それからだよ。
あの悪夢の、Yさんがコメントを入れてきたのは。

わたしが今朝6時頃に起きて、パソコンを立ち上げて、facebookを見たところ、Yさんはこんなことを書いていた。
「そうなのですね。なんとか、なりますもの。大丈夫ですわ」

・・・・・・は?
コイツ、ほんまに文章ちゃんと読んだんか?
いったい、なにをもって「なんとかなる」で、「大丈夫」なんだ??

わたしは超食も含めて、たっぷり2時間はレスに悩んだと思う。
ここで書いているみたいにそいつを罵倒したら、それこそほかのお友だちがドン引きする。
まー、わたしのお友だちはほぼ全員、あたまのいい人格者なので、Yさんの拍子ハズレなコメントにこけただろうとは思う。
ここで、どう答えるべきか。
でも、やっぱり言っとくべきことは言わなきゃならんだろう。
わたしの結論は、ほぼ決まった。
正論で通す! だ。

「まずわたしが思うのは、なにをもって”なんとかなる”で、”大丈夫”なのかですね。実際、実印など、大事なものが消えているわけですから。他人に言っても問題の解決にならないことはわかっていますが、これはわたしのアイデンティティーの一つでもあるので、わかる人にはわかって欲しいんですね」みたいな内容で書いた。

あいつがアイデンティティーという単語を知らないことなんか、承知の上だよ。
わかんなかったら、目の前の箱でぐぐれ。
もう、こんだけあたまスカスカだとは、さすがに思わんかったわ。
彼女の弱いあたまでは、おそらく自分の発言が、多くの人によって、薄っぺらで内容なんかない、ということが見抜かれてしまうことに気づかないんだな。
あーー、忌々しい・・・。朝から嫌なものを見た。

(その後)
もう一人の高校の先輩が、わたしのレスに「いいね!」をつけてくれた。
ありがとう、優しい先輩!!
やっぱり、わかってくれる人はわかってくれるんだね。

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ブログで痛恨のミステイク

blog

この頃は便利になったもんだ。
ネットで調べれば、なんだってポンと出て来る。
むかーしむかし、わたしが学生だった頃なんか、文献一つ探すのにも苦労して、あの努力はいったいなんだったのか、そしていまの学生、楽しすぎじゃねーの? と思わなくもないのである。

ところでブログにおいてだが、大抵のブロガーが匿名で書いているところを見ると、自分の直近の人には読んで欲しくないと思っている人が殆どなんじゃないだろうか。
つまり、ネットの検索にかからないように、工夫していると。
たまたまに見つかってしまった人が、ブログを閉鎖したのを、わたしは1日2件見たこともある。
嫌だよねえ、だってこれって、日記だもん。
知らない人を相手にだから、書けるんじゃん。
見つけた人も見つけた人だ。黙って、そっとしておけばいいのに。

ということで、わたしも直近には見つからないように、固有名詞は出さないようにしています。
一ヶ所、ミスったところがあるんだけど、まあばれたら「なによ、読むのは勝手だけど、書くのも勝手よ。個人名出してるわけじゃないし、どこが悪いのよ」と開き直ろう。

まっ、わたしの場合、職場や社会的地位など、失うものはなにもないし、顔バレしようが、こんな顔どこにでもあるじゃん、と思っているし、友だちはいつか去っていくものだし、どうでもいいんだよね・・・。
それでも、わざわざ、わたしの日記を直近の人たちに、すぐばれるようなヘマをしてやる必要はないので、facebookでは、ブログを書いていることは、一切明かしていない。
ほんとうに自分のブログが見つかりたくない人は、まず直近の人々に、「ブログを書いています」と言わないことが賢明だと思う。
これ言っちゃったら、本気で探したら、割と高い確率でヒットするんじゃないかな。
その人の職業とか特技とか趣味とか好きなもの、自慢にしているもの、取り巻きの人々の名前、ペットの名前、・・・いろんなキーワードを組み合わせたら、いけそうな気がする。

なんといっても、最低1回は痛恨のミスをしたわたしが言うのですからな。
ちなみに、痛恨のミステイクワードは、「○害者芸術文化フェス△」(○=障、△=タ)である。
なんと、googleの7・8番目に来てしまった・・・。
毎年、これに出る人は、このページを開いて申込用紙を印刷するので、わたしのブログがばれる可能性がある。
つまり、ギタリスト1あたりだな。
あいつは今後、仕事で忙しいから、フェスタどころじゃなくなるんじゃないかと思うが、誰が見ないとも限らないからなあ。
まあ、そのときこそ、先ほどのセリフ、「なによ、読むのは勝手だけど、書くのも勝手よ」の出番だな。

あの検索にかかるのって、googleロボットが巡回に来て、記事を拾い上げているっていうイメージなんだけれど、もう一回ミステイクワードを消しておいたら、次の巡回でかからなくなる=表示されなくなる、のかしら?
・・・とか、ふと考えることもありますが、もう面倒なので、そのままにしてあります。

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NHK朝ドラの行方

mugi

NHKの朝の連続ドラマ「まっさん」を、わたしはたまーに観るというか、目にするのだが、あれって一話が短いから、最初に出て来る登場人物のクレジットで、ある程度、本日の結末みたいなのが予想できなくね?

わたしは昨日に引き続き、今日も少し遅く起きたので、偶然それを観ていた母とかち合った。
「確か、昨日は、キャサリンが出てきて、一緒にイギリスへ逃げよう!って言ってたよな。で、それを振り切って、エリーは日本にいる、って言い張ったんだよな」
「それから、まっさんと誰かがエリーについて話していて、エリーをイギリスへ返すべきだ、と力説されていて、それを陰で聞いていたエリーが涙を流していたよな」
「そっか、エリー役の女優さんの髪をわざと金髪にしたのは、いかにも”外人”→”敵”→”いじめられる”という図式を作るためだったのね」

ほんで、本日は・・・
「あれ、クレジットにキャサリンがいない。ということは、本日はまだ、渡航が決定するわけじゃないのね」
「あら? エリーの葛藤を後押しするかのように、故郷の親類からの帰ってこい手紙、なんかウロウロしている特高の人、さあさあ、雲行きが怪しくなってきましたよ・・・」
「この展開・・・もしかして、エリーは結局、渡航することになるんじゃないのかなあ。だって・・・だってだって・・・」

そこで、話は帰納法に入っていくのである。
つまり、結末から物語を考えていくのだ。

「つまり、この物語はハッピーエンドなのか、アンハッピーエンドか、どっちなのよ」

もし、ハッピーエンドなら、二人は一回は離れ離れにならなきゃならないと思うよ。
だって、いつまでも二人一緒で頑張って、幸せになりました、なんて話、面白いか?
もし二人一緒でハッピーエンドにしたい場合、エリーを日本で思い切り虐めなければならない。
防空壕に入れてもらえないとか、特高に捕まって、拷問には遭わないだろうけど(朝ドラだからな)、ひどい目に遭うとか。
まっさんが兵役に取られたら、物語が続かないし、やっぱ、動かれるのはエリーのような気がすんだよねえ。

なんだかんだ言って、結局、故郷に帰ることになるんじゃないのかなあ。
その前に、端役(例えばいまのお手伝いさんあたり)が、生贄になりそうな気がするわあ・・・。
特高に捕まって、ひどい目に遭い、
「ああ・・・、なんてことでしょう・・・わたしがここにいたために(エリー談)」
「エリー、やはり、もうここにいては駄目だ。周りで僕たちを支えてくれた人たちのためにも。きみは、故郷へ帰ってくれ(まっさん)」
「まっさん!(エリー)」

しかしこの展開には、一つ難がある。
視聴率とロケの問題だ。
エリーがもし、画面から消えたら、このドラマって、すげー地味になるじゃん。
だから、定期的に出さなきゃならないと思うのね。
つまり、エリーが、はるか彼方の故郷スコットランドで、まっさんを想う姿が描かれなければならない。
でも、NHKの朝ドラってこれまで、外国ロケまでしたことってあんの?
そこんとこが微妙ですなぁ。

で、まあ、ハッピーエンドの場合、一応毎回、クレジットの出る画面で麦畑が描写されているので、わたし的には、北海道だかどっかの大麦畑の中で、「ほら、エリー。たわわに実った大麦だよ。君の髪の色だよ。いろいろ苦労してきたけど、これからはずっと二人だよ」(くさいな)なーんて、まあNHKはそんな台本書かないだろうけど、だいたいはそんな感じで終わりかなと思う。


アンハッピーエンド・・・これは、朝ドラでかつてあったのかなあ?
まあ、あるとしたら、この場合は、エリーは渡航せずに日本で残留。
エリーは防空壕に入れてもらえなかったり、意地悪されたりして苦労するが、それでも中には庇ってくれる人たちもいて、人間の温かさを噛みしめる。
しかし、戦況は悪化。
食べるものもなく、金属類は兵器製造のために没収され、まっさんのウイスキー工場の存続も危なくなっていく。
そんななかでも、エリーは負けない。
「まっさん! だいじょぶ! だいじょぶ!」
愛する旦那を励ましながら、ひたすら家族を想い、気丈に生きる。

だが、心労がたたって、やがて倒れる。
「結核です」と医師に病名を告げられる。
終戦。
嵐が過ぎ去ったあと、夫婦は寄り添い、ウイスキー工場を建て直し、まっさんは納得のいくピュアモルトウイスキーを作ることに成功する(もう作ったの? いままでのストーリー知らないもんで)。
そして、静かに息を引き取るエリー。
彼女にしがみ付いて泣きながら、まっさんは彼女の唇にピュアモルトウイスキーを注いでやる。
「エリー。きみの故郷の味だよ」
ああ・・・なんて切ない・・・美しい夫婦愛・・。(完)

つーかわたし、どんだけ暇なわけ? なにこの長文? 妄想炸裂してるし!
もと漫画家志望者だったもんで、許してね。

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NHK朝ドラの行方・2

whisky

今日のNHK朝ドラを観ていて、わたしの予想が間違っていたことがわかった。
エリーの方が、特高に連れて行かれちゃった。
でも、「二人は一度は離れ離れになる」というところは当たっていたよね。
ということは、この物語はハッピーエンドだな。朝ドラらしい・・・。

これからの展開予測は、エリーが渡航出来なくなってしまった限り、エリーは日本で思い切りみんなから苛め抜かれなければならない。
だって、そうじゃないと、感動的なラストシーンに繋がらないから。
朝ドラでどの程度描写出来るのか知らんけど、見かけ外国人の女に対して、特高は拷問で済めばまだましで、殺したって全然不思議じゃないよね。
殺したら物語は続かないので、どこまで描写する気なのかなー。

ふと、横にいる母に「朝ドラって、拷問の描写は出来ないよね」と言ってみたら、彼女は「さー? わからんで」と言っていた。
そんなグロイもん、朝から見て、みんな気分悪くならないのかなー。
爪一つ一つ剥されてギャー! とか、吊し上げられてビシバシッ!! とか、女だったらレイプとかさ。
これこそ、視聴率下がるよな。
母は、「まあ、お国のためにお酒つくっるわけやから、上部の人がなんか言うてきて、無事収まるんとちゃうか」と言うのだが、どうなんだろう。
でも、ちょっとは痛い目に遭わないと、二人の愛の結束を表現したことにならないよな。
NHKらしく、具体的な描写は避けて、ボロボロになっているエリーのところに、救いの手がやって来ました、ってことになるのかな?

そして、再会した二人がひしと抱き合って、周りの人たちが祝福して、これからも、何があっても負けないわよ! と強く生きていく女が描かれる、と。
エリーの机の2番目に手紙が入っていたのを知っていたと思われるお手伝いさんは、特高のスパイ、あるいはちくった人だと思うが、この人の扱いがどうなるかわからん。(なにしろ、ストーリーをほとんど知らない。)
自分の子が、エリーの子と友だちになってしまったので、この二人を残酷に引き離すのも物語としてはどうかと思うが、なんらかの形で、物語をつくっている神さまの手によって、制裁を加えられなければ、バランスが取れないよな。
もしくは、すべてを知っていても、優しく自分を許してくれるエリーに降参して、
「奥さま! 申し訳ありませんでした!!(土下座)」
「ダイジョブ、ダイジョブ(エリー)」
かな。
よーわからんわ。

さて、眠くなってきたので、横になります。
今日も暇な妄想炸裂してしまった。
そっか、わたしってもともとそんな人間だった。
映画でも何でも、すぐ物語の先読みしたくなるんだよね。
ケチな精神だねー。

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憲法カフェの不気味さ

kokkai_gijidou

わたしはさ、はっきり言って、政治のことには疎いの。
だって、TVも新聞も無関係の、世捨て人だもん。
だけど、なんとなく野性の勘で、「なんか胡散臭い話だなー」と感じることがある。
昨日TV(食事には必ずついている)のニュース番組でやっていた、「憲法カフェ」なるものも、それである。

それはなんだか、みんなで憲法をお勉強して、お茶でも飲みながら話し合いましょう、という趣旨のものらしいが、やっぱりって思うくらい、参加者が女性ばかりなんだよね。
見た限り、全員女性。
まあ、カフェという名前がついているから、男は入っていきにくいわな。
すると、これを最初につくった人は、客を若い女性と絞り込んだか・・・。

わたしと同じく、TVを裏側から見る母は、さっそくケチをつけ始めた。
「こりゃ、あれちゃうか。自民党のやつが始めて、なんも知らん人らを、取り込もうとしとんちゃうか」
・・・母は、マスコミといえば、国のスポークスマンであり、全然信頼おけないやつらだと考えているのである。
「ほら、こうやってTVで取り上げているのも、策略の一つかも知れん。あっ、ほら! いまあの子が持ってたパンフレットに自民党って書いてあったで!!(あんな小さいもん、よく見つけるよ・・・)」

わたしも、マスコミの言うことなんか、鵜呑みにすべきじゃないと考えているが、それはともかく、わたしの気になることを言った。
「政治の話は、テーブルマナーにも反してて、なんでかって言うと、どっちが正しいっていうのがないから、喧嘩になるからなんだよね」
「へえ、そうなの」

だが、わたしの理論から言えば、このカフェは毎回ケンケンガクガクの大論争が繰り広げられていなければならないのだが、それが全然、真逆なんだよ・・・。
みんなニコニコして、仲良くほんとにお菓子なんかつまんでんの。
なんだ、この生ぬるい空気は・・・。
なんか、おかしい。

考えられるのは、
① 毎回ケンケンガクガクの喧嘩をしているのだが、TVカメラが入ったので、その場限りの笑顔をつくっている。
② じつは、自民派か反自民派のどっちかのグループの人たちで固められている。

わたしはですな、どちらかというと② が正しいんじゃないかと思う。
それも、反自民派の方。
だから、比較的、戦争を嫌う女性を集めて、じわじわと「集団的自衛権なんて、絶対反対」という空気をつくっているんじゃないのかなあ・・・。
それが、いいか悪いかは別として。

そんで、「憲法カフェ」というキーワードで検索したら、上から下まで、だーっと「明日の自由を守る若手弁護士の会」っていうのが引っかかる。
ここが大本営なのね。
ということは、やっぱり反自民派なんだ。
しかしまー、全国に何軒もないであろう憲法カフェのニュースを、18時に当ててきたTV局も、反自民派として必死だわね。
母の読みは外れたが、大元で誰かが操っている、という点においては、当たっていると思う。

で、だね。
わたしが言いたいのは、べつに集団的自衛権の是非では、決してないの。
「TV見ていて、気持ち悪かった」なの。
なんだかんだ言って、安倍内閣の支持率って、50%前後あるわけでしょ。
きっと「明日の自由を守る若手弁護士の会」は、なんとしてでも、来るべき選挙の前に、このうちの数%を動かしたいんだよね。
だからあれ、きっと選挙活動なんだよ・・・。
お茶飲みながら、支持率をじわじわ下げていく、これが憲法カフェの存在目的なのよ・・・。

そこへもってきて、ニコニコ笑いながら、国を左右するような問題を語る人々って、なに?
操られている人?
流行を追っているだけの人??
たぶん、わたしが気持ち悪いと思ったのはそこらへんなんだよね。
笑いながら、憲法を話す人々。
ああ、不気味だ。

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格差社会の行きつく街

ume_hana


昨日は、なんか暇だなーと思って、2ちゃんねるを見ていた。
そこで、「来年6月(4月ぶん)から、年金が引き下げられる」というのを、初めて知った。

またですか・・・。
年金、下がりっぱなしだよ。
年金の額というものは、賃金や物価などにスライドして上下するので、誰が決めるというもんでもないらしいが、「物価、上がってるのに、年金下がるの?」と釈然としない人も多いだろう。

うちの母に「年金また下がるらしいね」と言ったら、彼女はへ? といった様子で、「あれは、今度から受ける人たちのことでしょ」と完全に他人事であった。
おかしーなー、それだったら、2015年4月より支給される方は・・・とか書いていそうなもんなのに、とあちこち見てみたが、どこにもそんなことは書いていない。
2ちゃんねるで尋ねたら、「そんなことはないよ、全員だよ」と返事が返ってきた。
そうだよねえ・・・。
母にまた、伝えておかなければ。

ところで、こうしたニュースが入ると、健常者が嬉々として弱いものいじめにかかってくる。
「ゴミは死ね」「底辺は死ね」「生きたければ富豪層に従え」「障害者は断種だ」
とまあ、いろいろよく言うなあ・・・って感じである。
なんか、ストレスいっぱい抱えているんだろうね。
わたしはいま、うつ期でやる気がないから、こんなの怒る気にもならないのだが、パカパカとキーボードを叩いておいた。
「格差社会がひどくなり、日本にスラム街ができ、富裕層はおちおち街を歩けなくなる、下手すれば身ぐるみ剥されて、火をつけられる。そんな社会になったらなったで、わたしは愉快」みたいな内容。

だけど、もしそこまで荒廃したら、富裕層だって楽しいか?
貧乏な国なんか、治安が悪くて、殺人なんかしょっちゅう起きて、泥棒なんかも当たり前。
一方、TVでやっていたが、外国人が日本でいちばんびっくりするのは、「治安のよさ」なんだそうだ。
鞄置きっぱなしでも、誰も持っていかない、それだけでびっくりされるのが、世界の常識。

貧困層が飢え始めたら、まずこの安全がなくなるわ。
富裕層が鞄をちょっと間置いて、何気なく横を見る、あっという間に持ち去られる。
車を停めて買い物から帰ってきたら、タイヤもホイールも何もかも盗られている。
コンビニエンスストア始め、人手の薄い24時間営業の店は、危険な場所になる。
夜の暗闇を歩くなんてもってのほか、なにをされるかわからない。

そんな世の中になって、楽しいかなー。
モナコみたに、みんながみんな大金持ち、っていう国なら別だけどさ。

わたしはその頃には、おばあさんになっているだろうから、たき火に当たりながら、世間話に花を咲かせよう。
「また、やんちゃ坊主どもが、強盗してきたんかえ。戦利品はなんじゃろうな? え、ただの追いはぎ? パンツまで盗ってきたんか。ほっほっほ。まあ、洗えば使えんこともないわの」

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プリンスの失恋

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プリンス(25♂)が、カノジョにふられたらしい。

最初、「カノジョと別れました」とメールが来たので、わたしはすっかり、カノジョの文句ばっかり言っていたプリンスの方が振ったんだと思い、「まー、あそこまで言ってたくらいだから、仕方ないよ」と返事した。
そしたら、あっちから別れようって言って来たって・・・。

しかも、プリンスはそのことで、ショックを受けているのである。
あんなに「カノジョ、わがままなんですよ。もう別れようかな・・・」とか言ってたくせに。

「なんで? 理由は?」
「僕が毎朝、起きれないからモーニングコールしてもらっていたんですけど、それにもう疲れたとか、あといろいろ。でもね、僕ら、ごく最近までずっと仲がよかったんですよ。バレンタインにチョコももらったし、運動会にもラブホに泊まって一緒に行ったし」
「バレンタインのチョコをもらったのに? ・・・それは変な話やな・・・」
「僕にとっては最初のカノジョやったのに! 僕、苦しいですよ。○○さん(わたし)、どうしたらいいんですか?」

ああ、またお母さんにされてしまった。
わたしは言った。
「そりゃ、苦しいよ。たぶん、しばらくの間はずっと苦しい。恋愛ってもんは、苦しいもんなの。それが当たり前やねんで」

そのとき、わたしは既に眠剤を飲んでいたので、長く話すわけにはいかなかった。
そのことを伝えて、電話を切った。

それにしても、変な話よねー。
バレンタインのチョコレートをあげて、わずか数日間でこころが動くもんなのかな?
動くとしたら、第二のイケメンが現れたときかな。
「チョコレート、僕にくれなかったけど、ほんとはきみから欲しかった」なんつて。
カノジョ、かわいい子らしいし、二人が付き合っていることは周りに内緒にしているらしいし、ないとも限らないよね。
確かに、毎日モーニングコールするのは、しんどすぎるよ。
しかもそれが当たり前になって、「いつもありがとう」も言えなくなった場合は。

うーん。
なんか、バレンタインの日が、運命の分かれ道だった気がするな。
クリスマスだの、バレンタインだのって日は、なんらかのものを試される日でもあるんだよね。
普段思っている気持ちとか、二人の関係とか。
そこで、急に冷めちゃったり、強く結ばれたり。

プリンスは、チョコレートをもらうとき、きちんと相手にいつもの感謝を伝えられたのかな。
「もう一度、カノジョにメールして、ちゃんと話し合いたい、って言ってみれば」とわたしは言ったが、「もう、メールも電話もしないで、って言われた」とのことだった。
女は切るときは、バサッといくからな。
結局、なにが決定打となったのか、わからずじまい。

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給食の思い出

kyushoku

今日は小学生時代のことを書こうと思ったのだが、するとまず最初に出てきたのが、「給食」なのだった。
余程、辛い思いしたんだろうなー。

当時、わたしは晩熟で、しかも誕生日が3月末生まれだったため、みんなよりとても身体が貧弱だった。
到底、給食1人前なんか、食べられるはずがないのである。
それに、子どもが配膳するから、アルマイトの器から具が洩れて、汚いのなんのって・・・。
あれ見ただけで、うげってなって、食欲が落ちるのだった。

あと、食欲なくすのが、男子が牛乳をぶーっと吹くやつな。
なんで、あんな汚いことが出来るのか。
当時のわたしにとって、男子は天敵以外の何者でもなかった。

いまは、だいぶ改善されているかも知れないけれど、あのアルマイトの器って、ほんとに食欲なくすよ。
ボコボコにあちこちへっこんで、ほんとに汚らしい。
昭和50年くらいの話をしているわけだけど、パンはカチカチだし、つけるものはしょぼいマーガリンかジャムでしょ。
主食がこれじゃ、副食に期待するしかないんだけど、もうカレー以外は食べられたもんじゃなかった。
焼きそばなんて、玉葱がぐにゃ~っとよれて、食器に引っかかっていて、もう殆どホラーだったわ。

こんな給食だったので、わたしは一食くらい抜くのは平気だったんだけど、先生が全部食べなさいと言うので、仕方なく、口をもぐもぐしていただけだった。
それでも、やっぱり完食は無理であった。
わたしだけ机を立てず、周りはだーっと机を後ろに引いて、掃除を始める。
埃まみれになる。
わたしは、仕方なく、じーっと座っていた。

いまはもう、だいぶ改善されて、中身もよくなっているだろうと思うけれど、相変わらず、牛乳ぶーっとかやっているんだろうな。
子どもって、嫌ね。わたしは、子どもの頃から子どもが嫌いだった。
いまの給食の役割って、お母さんの社会進出のためであったり、偏食家庭の子どもの栄養バランスの充実だったりするんじゃないかと思うけど、どの時代においても、必要なものだったのは確かなんだろうな。
それは認めるけど、やっぱり給食って、わたしは嫌い。

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うつ期に動けと言われても

youtsu

腰・・・腰が!!
昨日から、強烈な腰痛に悩まされているのである。
ギックリ腰ではない。
おそらく、原因は、安物の座椅子で、長時間パソコン画面を見ていたことなのだ。

昨夜はもう、どんな姿勢をとっていても、痛くて痛くて、悶絶していた。
知らない間に寝返りを打つたびに、があっと目が覚めて、痛みに唸る。
椎間板ヘルニアかなんかかな、明日整形外科に診てもらった方がいいのかな、とか考えながら、なんとか朝まで眠った。

朝になると、痛みはだいぶ治まっていた。
でも、起きてパソコンを立ち上げていると、また痛みが出てきた。
わたしは朝パソコンを立ち上げると、夜寝るまでずっとそのままにしてあるのだが、朝の日課として、facebookのコメント欄をチェックするというものがある。
とっととコメントレスをしよう・・・と思ったら、なんだか返事しにくいことが書かれてあった。

「ちょっとずつ、動きなよ」である。

・・・ここでさんざん書いているので、ずっと読んでくださっている方はおわかりかと思うが、うつ患者には出来ることと出来ないことがある。
なぜだか知らないが、パソコンはみんな出来る。
しかし、本・新聞を読むことや、風呂に入ること、なんかは難しい人が多い。

それでいくと、運動というのは、かなり難易度が高い。
ごく軽い症状の人は、軽い運動も出来るみたいだが、わたしみたいに寝たきりの人間は、ちょっと無理だ。

しかし少ない字数で、どれだけのことが伝わるんだろう。
「そんなん言うけど、無理なものは無理やねん。こう言うと、必ず「甘えだ」って言うやつが出て来るけど、あんたもそうとは限らん。だから、言いたくないねん。でも、うつ状態の患者に、「have to」を言うたら、その人は出来ない自分を責めたり、自分に嫌気がさしたり、とにかくしんどいねん。しんどいから、黙ってそっとしといてくれへんかな」

まあ、本心はそんなところだったのだが、実際には「なんかやる気出ない・・・」とかなんとか、ぼかしておいた。
これで、相手が「怠け者」「甘えてる」と考えたなら、それも仕方ない。
これが、今回のわたしの決断だった。
マジレスして、相手をやりこめることは得策じゃないと結論したのだ。

ところで、おかげさまで、かなり長いことパソコンの前で、レスに悩んだので、また腰が痛くなってしまった。
頼むよ・・・頼むから、わたしの腰を思ってくれるなら、悩ましいコメントを入れないで欲しい。
facebookって良し悪しだな。
なまじ、知っている相手だけに、無下に扱うわけにもいかない。

しかし、今度は仕返しとして、超基地外日記を書いてやろう。
「魔法の国」と「現実の世界」を行き来した話が、いちばん基地外めいているが、説明が難しいな。
某劣悪精神病院閉鎖病棟の中のこととか。
某精神病院で、幽霊に会ったこととか。
自殺未遂2回やってるとか。
要は、ちょっとドン引きさせて、一線を引くのが狙い。
あなたたち健常者と、わたしたち障害者は、違うんですよ、ってところだな。

ああ、腰が痛い・・・。
いまは腹ばいになっています。
これも決して、腰にはよくない姿勢。
苦しい日々が続きそうです。

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腰痛とともに美容院

hasami

ぬぉおお~~! 腰~~!!
痛い・・・たまらん。

無理な姿勢で腰をかばうため、昨日から頸椎までおかしくなってきた。
しかし、用事は済まさなければならないのである。

今日は、美容院に予約を入れてあったので、行って来た。
予約を入れたのは一週間前なので、腰がこんなになることは、予想だにしていない。
大丈夫かなと思ったが、カイロを入れたらなんとなくマシになった気がしたので、頑張った。
なにしろ、美容院の人からは、毛の根元染めは、一か月半に一回はしないと、全部やり直しになりますよ、と言われているのである。

わたしは、とくにご指名はしない派なので(この人はやめてって人はいるけど)、今日は前回と同じお兄さんがやってくれた。
このお兄さんは、無駄口を叩かない。
そして、わたしはやってもらっている最中は、雑誌など読まず、鏡をじーっと見ている人なので、無言でシャキシャキはさみの音が響いていたりする。
わたしが、鏡を見ている理由は2つ、1つは単に髪を切ったり染めたりする様子を見ているのが好きだから、もう1つは、雑誌を読みながら、自分の髪をまかせている女性の姿が嫌いだからである。
染料やパーマ液が浸透している間はいいとしよう、でもその他のときは、自分の髪のチェックくらいしろよって思うんだよね。

とまあ、細かいことを言ってしまったが、無事にカットも毛染めも終わり、やれやれと帰ってきたのであった。
今度行くときは、うつも明けているだろう。
躁になったとき、一回、髪を真っ赤にしようとしたから、気をつけなければならんな。
こころの底では、金髪にしたいと思っているから、それも表に出ないようにせねば。

つーことで、腰も限界に来ているので、ここで終わります。
いててててー。

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精神病院で幽霊に遭遇

obake

昨日は先日、facebookで、励ましコールをされたお見舞いに、閉鎖病棟の怖い話を書いてやろうかと思ったのだが、なんだか気が乗らず、無難な開放病棟の幽霊の話にした。

そしたら、食いつきのいいことって。
みんな、幽霊の話って好きなんだね。

わたしは、話を盛り上げるために(盛るのとは別)、この開放病棟には自殺者がよく出ること、わたしの個室のカーテンには手形の血痕が付いていたこと、手荷物検査がないため、リストカット患者がしょっちゅう洗面所を血で染めていたこと、などを書いた。
そんで、幽霊の登場である。
幽霊は、真夜中、誰も入ることの出来ない窓を、ドン! ドン! と2回、乱暴に叩いた。
それだけっちゃー、それだけなんだけど、目を覚ましたわたしにとっては、物凄く迷惑なことである。
あーーーもう! ただでさえ眠れないのに!! と半ば怒って、寝なおしたと思う。
朝、起きてから、あれは、ここに住んでいた人なのかなと思った。
それにしたってねえ。
なにも、同じ苦しみを分け合っている患者を、叩き起こさなくたっていいじゃない。

また、あるときは、朝方、気がつくと、わたしの横に10代くらいの女の子が寝ていた。
見えたんじゃなくて、気配でわかるの。
ちなみに、わたしは霊とかを見れる人ではない。
ほんと、いや~な気持ちになったわ。
皆さん、わたしに何をさせたいのですか?! って感じ。

そんなことを書いたら、「自分は絶対見たくない」とか「具合の悪いときは、幽霊どころじゃなくなるねんな」とか、「自分のところ(どうやら親族)は、閉鎖病棟ですが、様々な声は聞いたようです」とかコメントされた。
閉鎖病棟の人は、わたしは幽霊じゃないだろうと思ったから、「閉鎖はもともと騒がしいので、いろんな声が聞こえてきますよ。それと、幻聴の可能性はないですか?」と付け足しておいた。
閉鎖病棟は、持ち物検査を厳重にされるから、自殺はほぼ不可能なんだよね。
従って、幽霊は出ないというのが、わたしの考え。

サテ、「自分は精神病じゃないから、大丈夫」と思っているアナタ、これは決して、精神科に限ったことではないはずですぞ。
どんな病院にも、ナースだけが知る、「出る病室」があると言うじゃないですか。
よく聞くのが、勝手にナースコールが鳴る部屋ですな。
これは、精神科にもあった。その部屋は、勝手に天窓が開くという現象もあった。
わたしが提案するのは、どうしても幽霊に遭遇したくない人は、大部屋にしろってことである。
大部屋なら、死人は出ていまい。

てことで、後にも先にも、わたしの幽霊体験はそれっきり。
やっぱり、病院ってなんかあるんですねー。

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