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LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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LOVE&PAIN

woman

いまでも、Paris Matchを聴くと、元彼KJの優しさを思って、ズキズキ胸が痛い。
なぜ、わたしの恋愛は、ことごとく砕け散ってしまうのか。
まえに大学名とともに書いたが、過去の恋人は全部で10人。
行きずりの関係もいくつかあったが、こんなのは恋愛と呼べないので、省略。
いま一度、彼らを振り返って、過去の旅へ出かけようと思う。
1.4.5.8.12 だけでもいいです。)

1.Eさん(関西大学):高校の同級生で、初めて付き合った人。じつは好きでもなんでもないのに、恩を売られて断りきれなかった。3ヶ月で破局。

2.Sちゃん(わたしの出身大学):同じ陸上部の同輩。ある日、みんなで飲んで雑魚寝をしたとき、ほかの女子と「あのときキスしたね」と話しているのを聞いて、絶縁状を叩きつける。

3.Kちゃん(大阪商業大学):1つ上の陸上部の人。フィギュアスケーター、パトリック・チャンに激似のイケメン。だがある日、おニャン子を見てにへら~と笑ったのを見て、あたまの中を疑うようになった。

4.Eさん#2:再会。彼がカッコよくなっていたので、再度付き合い始める。しかしパーティのあと、その席にいたバージンの電話番号を聞き出して、2週間後にカップルになっていた。しかも、わたしとの付き合い始めの頃、ほかの女性と旅行していた。

5.Eさん#3:わたしが癌かも宣告され、死ぬなら最後にと連絡。彼はまだ元バージンと付き合っていたが、前例があったので、いずれ彼女とは別れるのだろうと付き合う。だが結局、彼の不誠実さを再確認しただけだった。

6.Yさん(神戸大学):不倫関係であった。仕事の関係で知り合う。15歳くらい上。よく旅行も出かけたが、表で堂々と彼女として並んで歩けないのが、つくづく嫌になり、最後はプロポーズされたがぶっちぎる。

7.Kさん(筑波大学):仕事仲間から紹介され、付き合い始めた。一級建築士。ある日、モデルルームを見に行ったとき、女性スタッフが「わたしも一級建築士を目指しているんです。キャー」と、わたしの目の前でアドレス交換。以来、疎遠になった。理由は明白。

8.Eさん#4:訳もなく電話。話が合う。飲み屋で同僚に「彼女」と紹介されたので、今回は本命。しかし3ヶ月もしない頃、彼があるボサノバの曲名を聞いてきたことで、ほかの女がいることがわかる。大喧嘩を叩きつけて終わりにした。その3ヶ月後、彼は電撃結婚。間違いなく出来ちゃった婚だろう。

9.S(名城大学):チャットで知り合った。こころの底から思いやりがあり、優しい人。でもわたしは病状が悪かったこともあり、彼を振り回した。いま思えば悪いことをした。最後はわたしから喧嘩を売って、1ケ月ほど音信不通にして終わりにする。

10.S(神戸大学):入院先で知り合った。バツ1の人。結婚を前提に同棲を始めるが、わたしの両親が彼をよく思っておらず、わたしもバイトや小説書きで忙しく、重圧がかかった模様。しまいに寝込むようになり、彼もわたしも再入院となり破局。

11.Kくん(中卒):バイト先で知り合う。酒を飲まなければ、おとなしくて照れ屋。酒を飲み始めると、酔いつぶれるまで飲むアル中パターン。最後は、嘘をつかれたことにわたしが激怒し、解離を起こして彼をぶん殴ってやった。気の弱い彼は、二度とわたしに近寄れなくなった。

12.KJ(京都府立大学):高校陸上部の大先輩。恩師の退職祝いで再会した。そこで彼の不眠の悩みを聞いたのがきっかけで、恋人となる。しかし仕事が繁忙期に入って以来、まともなメールが来なくなった。遠距離恋愛で会えない月日が続き、こんなのが恋人と呼べるのかという疑問に苦しみながら、わたしから別れる。

13.KS(神戸大学):お見合いパーティで知り合った。大学4年のときに事故で身体の半身麻痺があった。物凄い頑張り屋で、誰からも好かれる人。だがわたしとは20歳の歳の差があり、お互いこれを乗り越えられなかった。

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このなかで、自分にとって胸が痛むのは、1.4.5.8. E さん12. KJ の二人である。
Eさんはもう傷がふさがっていて、楽しい思い出だけがチクンだが、KJはまだ存在自体が生傷でズキズキして涙が出るほどに痛い。
まるで、胸のなかをかき回されて、根こそぎ奪われたような。
この二人が特別なのは、おそらく「天にも昇る気持ち」と「激しい別れの痛み」の両方を味わわせてくれたからだと思う。
LIFE,LOVE&PAINそのまんま。

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いとしい彼のこと

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Paris Matchを聴き続けている。
一曲、まさにわたしとKJの関係のようだと思える曲があって、それをfacebookにリンクを貼って、「この曲を聴くと胸が痛い、元彼はこんなふうに、好きだけど自分勝手で冷たい人だった」と書いて、隅っこに「※爆弾発言:元彼=KJ」とつけておいたら、KJとわたしと同じ高校陸上部の先輩が黙って「いいね!」を押してくれていた。
ありがとう、先輩。
わたしが、表面だけいい人のKJに、どれだけ振り回されていたか、少しでもわかってくれる人がいればいいの。

あの人とは、高校陸上部の恩師の退職祝いのとき、30年ぶりに再会した。
とても明るくて元気な人なのに、じつは深刻な不眠を抱えていることを打ち明けられ、誰にもわかってもらえないとわたしに話した。
わたしは眠剤の知識は豊富だったから、何を飲んでいるのか尋ねただけで、容態の悪さがわかった。
ふいに、彼が「今度、食事でもしようか」と言い出して、躁状態だったわたしは「いきましょう!」と二つ返事した。

でも、二人きりで待ち合わせてみると、もうすでにカップルだった。
彼は満面の笑みを浮かべて、空港バスからいちばんに飛び降りてきた。
その瞬間、恋をしたと思う。
焼肉屋でふたりビールばかり飲み、二軒目のバーで彼は、流れているジャズがどこで何年に録音されたものか、ご主人に言い当てた。
わたしは、彼が絵画を観る趣味もあると知り、喜んで京都の美術館へ誘った。

それから海遊館にも行った。観覧車にも乗った。
海遊館で、後ろから抱きしめられたまま動けないので、わたしは目のまえのエイだけを見ていた。
「これから、つきあってください」と彼が言った。
「はい」と答えて、その後また一緒にビールを飲んだ。

彼は毎週、東京から飛行機で大阪までやってきた。
「飛行機なんか、自転車みたいなもん」という彼の言い分は事実で、ANAを乗り回していた。
それから、何日も楽しい日々が続いて。
彼は会議中だというのに、いけないメールを送ってきたり。
Paris Matchを教えてくれたのも彼だった。
彼は、何千枚もの音楽CDの収集家で、音楽のことなら何でも知っていた。

そしてある日、突然告げられた。「来月から忙しくなる」。
それは、いままでのようには会えないよ、という意味だとわかったが、何日か経つにつれ、メールの内容が徐々に事務的になってきた。
わたしがなにかを書いても、それに答えてくれない・・・。
送られてくるのは、彼のスケジュールばかり。

何ヶ月も待った。でも、様子は一向に変わらない。
彼が身体を壊していることを知っていたので、無理を言うわけにはいかない。
でもやっとある日、「この日に会おう」と言ってくれて、楽しみにしていたのに、災害が起こり、彼はその対応に行かなければならなくなった。
「すまない」の一言。わたしの我慢は限度を越していた。
災害は、神さまがわたしに何かを訴えているのかも知れない。

わたしは、ついに別れを告げた。
別れのときも、彼は冷たかった。なんの動揺もみせなかった。
高校のときは、あんなに素敵な先輩で、みんなで慕っていた人なのに、裏側はこんなだったなんて。
悲しかった。辛くてたまらなかった。でも、最後まで嫌いになれなかった。

最初に戻るけど、外面のいい彼をわたしがどう思っていたか、他の先輩に知ってもらってよかった。
あとはどうでもいい。
また、センチな気分で、「Paris Match - 東京ベイ」を聴こう。

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