LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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激励金が34万円

shugi_bukuro

大学陸上部の先生の娘さんが、今度のリオ・オリンピックの代表に選ばれたことで、陸上部の同窓生は「激励金」と称して、一口3000円で募金を募っていた。
そんで、その結果が送られてきたのである。

わたしは、先生の飛行機代にでもなるんだろうなーと思いながら、3口9000円を出していた。
無職・年金暮らしなのに、9000円である。
これは大きい。
でもさ、3000円っていうのはどうなのよ?
子どもの小遣いじゃないんだからさー。

んで、皆さんは多くが体育教員で、少ないとはいえない額の給料をもらっているわけだから、当然1万円くらい出してくるだろうと思ったのよ。
人によっては3万円くらいとかさ。
すると、人数にして75名だから、100万円くらいいくんじゃないの? とわたしは考えていたのである。

とっころがである!
結果を見ると、合計額:347,000円・・・・・・・・・。
エ? 嘘でしょ?
誰よ、3000円出したのは。
つか、ほとんどが3000円にしたんじゃないの??
おい、子どもの小遣いじゃんかよ!!
体育の先生!! あんたらアホ??
どんだけ貧乏orケチなのよ!!
わたしはね、無職・年金暮らしのド貧民なのよ!!
ド貧民が9000円出して、なんであんたらが3000円なのよ?!

わたしはほんとうに呆れた。
それでも先生は、経費を引いた33万円を贈呈されて、とても喜んでいたらしい。
そりゃ・・・33万円は嬉しいよね。
でもなんかわたし的には、引っかかるぞ。
75名全員が、2・3年前に行われた先生を交えた懇親会に出席しているから、当然先生と話もしたはずなのだ。
決して遠くはない距離感だぞ。
それなのに、3000円(しつこい)。
はぁ~。
競技は日本時間の8月14日午後9時からだが、これだってどれだけの人が観るのか、怪しいもんだわ。
わたしはそういうところは、もしかして人より厳しいのである。

東日本大震災のときは、被災した同級生のために、女子同期が声をかけあって、50人に満たない数で50万円集まったわ。
あのときも、被災した同級生はずいぶん喜んでくれた。
まー額の問題じゃないんだろうけどね。
だけど、リオに行くための費用に、3000円ってどうなのよ(しつこい)。

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ダイエットに燃える。

shibou

ダイエットを始めてから2週間余り、体重がガンガン減ってきた。
いま、48.2kg(-4kg)である。
わーい、やったー。やっと48kg台だー。
わたしのなかでは、48kgを超えると「ちょっと太ったぞ」で、45kg付近だと「普通」なのである。

いま、一日0.4kgずつ減っているので、明日は47kg台かな?
すると、少し見える世界が変わってくると思う。
あとは、45kgを目指してまっしぐらよー!
頑張るわ!!

いまやっているメニューは、朝5.5km・夕1.5km=7.0km早足ウォーキングである。
ジョギングしたいんだけれど、ちょっと左足の膝を痛めてしまった。
そりゃそうよね。
お腹に何kgものオモリをつけて歩いているようなもんだもの。
ジョギングは、あと2kgくらい減らしてからにするわ!

食事は、一日1000㎉くらいに抑えている。
少なく思えるかもしれないけれど、ビール2本もきっちり飲んでるよー。
わたしは、ビールさえ飲めれば、あとはなんでもいいのだ。
お腹が空いたと思ったことはない。
よっぽど、基礎代謝が少なくなっていたんだなー。
これも増やして、もっと食べられるような身体にならないとね。

お腹のぽよんは、まだ治ったとはいえない。
見てはっきり「へっこんでいる」と思えない限り、わたしはこの闘いを続けるだろう。
そんで、ジョギングできるようになったら、ジョギングはずっと続けたいと思っているんだよね。
なんか、運動って爽快なんだもん。
真冬はどうなるかわかんないけれど、いまは続けたいなって、そんな感じ。

デイケアにいる人たちは、みんな太っている。
わたしはいまでも、お腹を隠していると「痩せた人」なので、みんな「いいなー」と言う。
でもさー。ちょっとは努力しようよ。
もし、ほんとうに痩せたいと思っているならばよ?
怠惰って、身体に出ると思うわー。
精神科の人々は、多くは意欲を失っていたりするので、仕方ないのかもしれないけれど。

そんなことを言っているわたしは、いま躁状態にあって、エネルギーに満ち溢れているだけかもしれません。
その可能性は否めない。
でも、それがいま、いい方向に向かっているんだよね。
いずれにせよ、H主治医にいまのダイエット魂を伝えよう。
たぶん、いい方向だから、躁を抑える薬なんか出さないと思うけれど。

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80年代バブルの日々

shima

やったー! ついに47kg台だ!!
とはいえ、まだ48kgみたいなもんだけれど。

サテ、わたしはダイエットのために、毎日てくてくウォーキングをしているわけだが、道路の向こうに逃げ水を見てから、山下達郎の「Loveland, Island」があたまで鳴り続けて仕方ないのである。
しまいに、歌まで出てしまった。
あれ、考えたら素敵な歌詞だよね。
よくできていると思う。

「Loveland, Island」が発売された頃は、確かわたしは高校生か大学生だったと思うが、あの頃、トロピカルが流行ったんだよなー。
ヤシの木の横にフラミンゴとかさ。
喫茶店に置いてあったりするんだよねー。
高中正義@ギタリストなんかも、トロピカルを意識した曲をつくっていた気がするなー。
あーなつかし。

80年代は、良くも悪くも強烈な印象をわたしに残していった。
ディスコ!!
ボディコン!!
ワンレン・ソバージュ!!
競馬!!
株!!
全部やりましたがなー。
あの頃は、みんながみんなド派手で金持ちだったので、わたしのやっていることなんか、全然普通だった。
夜な夜な高いバーで飲んで、ディスコに行って、給料20万円全部飲んでしまったりとか。
つけているネックレスを、いいわねって言われただけで、その場であげちゃったりとか。
お金なんて、どっかから湧いてくるわよって感じだったなあ。
若かったし、おバカさんであった。
いまのわたしが見たら、「あんたって、ほんとにバカね」と一言言い捨てるわ。
ほんとにバーカ!!
若いことがいいばかりでもないわね。
わたしは、いまの自分の方が充実しているって言えるわ。

トロピカルのほかになんかあったっけかと思うのだが、どうも思い浮かばない。
ハウスマヌカンという職業の人もいましたな。
お高くとまっている服屋のねーちゃんよ。
あれ、なんであんなに偉そうだったの?
服がやたら高かったなあ。
いまみたいに、ユニクロみたいなのがまったくなかったもんね。

まー、80年代が狂乱の時期であったのは間違いないだろう。
あんな時代、もう二度と来ないだろうな。
流行に関しては、ワンレン・ボディコンの再燃はあるかもね。
単純にセクシーだもん。
期待していいと思うよ。

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ダイエットブログに学ぶ

sweets

今日の体重47.7kg。
ちょっと減り方が落ちてきた。

サテ、そんなわたしが心の励みにするのは、意地悪だが、駄目なダイエットをしている人のブログである。
昨日も読んでいたのだが、その人はもう、1年以上もダイエットしていた。
1年以上もするダイエットってナンダ??
維持しているってことなのかな??

食事内容も丁寧に写真つきで書かれていたが、どーも気になったのが、あまりの間食の多さである。
間食しない日が一日たりとてない。
これ、小さい頃からの癖なんだろうなー。
本ならばパラパラとめくって見ていると、純粋に、よくまあこんなに多彩なお菓子をご存じですねえと、感心してしまった。
わたし自身は、甘いものが苦手なのでお菓子は食べないのだが、みんなどうやって食べたいお菓子を決めているんだろうな?
値段かな・・・。パッケージ?? 宣伝???
これは、わたしはほんとうに不思議に思う。

それから、この人、ダイエットしているのに、なんでお菓子を買うんだろうと、これまた純粋に考えてしまった。
買うからには、自分が食べようとしているんだよね?
腐らせるわけにいかないから、絶対いつか食べちゃうんだよね??
それが脂肪になるんじゃんーと思ったら、なんか1年以上も続けているダイエットって、もしかして趣味なんじゃないの? とつぶやかずにはいられなかった(本当につぶやいた)。

まったく、他人のダイエットブログって、反面教師だなー。
あー、こんな駄目なことしてる、とか思いながら、自分はこうはならないぞ、とか決意して、それが励みってやつになるのね。
たちが悪いなー。
だけどさ、ダイエットを成功させた人のブログっていうのも、鼻もちならんよ。
「ここはこうするのがよい方法なのです」みたいに、上から目線で鼻高々になってやんの。
べつにそんなの聞かなくても、ダイエットの王道なんて、みんなわかっているわけじゃん。
あんたのブログなんか、わたしは見ないよーということで、本でいうならば早々にぱたんと表紙を閉じて、次へいこう次、となるわけである。

そんな感じで、人のダイエットを覗き見しては、うむうむと考え込んでいる昨今である。
しかし、毎食を写真に撮ってブログにUPする根性ってすごいよ。
わたしもやったことがあるけれど、あれはなかなか疲れるぞー。
やっぱ、ダイエットって根性がないとできんわ。
そこんところは、どのダイエッターも偉いと思う。

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いまだに整形外科

ashi

昨日は、整形外科へ行ってきた。
・・・っておい! 左足を捻挫したの、5月2日なんですけど!!
いま、7月6日だよ。
いつまでかかってんだよーー!!

それでも、整形外科医は言うのであった。
「ほら、まだ右足と比べて、左足が全然伸びてないでしょ。これで80%くらいやね。ほっといてもこれは治らんからね」
とまあ、左足の甲を伸ばされてみると、確かに右足と比べて、抵抗感があるのだ。
はっきり言って、正座ができない。
お風呂で正座して練習するように、って指示されていたんだけれど、うちの家は3日に1回しか風呂を湧かさないから、練習はできていないも同然なんだよね。
だから悪いのかなー。
しかし、こんなのいつまでも治療していられないよ。
整形外科医は「今月末くらいまでは」と言っていたが、もう面倒で面倒で。
ふつうに歩けているし、なんら生活に問題はないんだよね。
もうそろそろ、解放してほしいんだよね。

だけどこれ、将来的にジョギングするようになったとき、障害になるのかな。
だったら困る。
いまでも、痛い膝を抱えて、ジョギングしている人を横目で見ながら、いいなーと羨ましく思っているのである。
さらに、伸びない足を抱えて、いいなーなんて思いたくない。
膝も捻挫も、左足なんだよね。
左足、呪われているのよ。なんにもしていないのに、不本意なのよ。
まー強いて言えば、両方とも躁で上がっちゃったときに、気が大きくなって走ったり酒に酔ったりして、怪我しちゃったわけだけどさ。
整形外科の先生は、わたしが躁うつ病であることを知っているので、あちこち怪我してきたら、「躁なんだな」とわかってくれるかもしれない。

とまあその前に、怪我した瞬間にペディキュアの赤いのを塗ってきて、その次はサムライブルーと黄色の組み合わせでアホな爪先になったりしていたから、「ああ躁なんだな」とわかってくれているだろうか。
そうそう、躁とは関係ないけれど、先日「右足と比べても、ほら」と先生に右足を出さされたとき、右足がものすごく荒れていたのであれっと思ったの。
んで、家に帰って母に見せたら、「わーキタナイ! それ垢じゃないの」と言われて、ごしごしこすったら、ほんとうに垢だったわ。
いまだにお風呂で身体こすれない病なのよ・・・。
ペディキュアは綺麗に塗っているのに、足首が垢っていったいなにがしたいのよ。
よくわかんないわ。
ただの面倒くさがり屋で、好きなことしかしない人ってところかしらねー。

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ささみLOVE

sasami

体重が完全に停滞期に入った。
停滞期とは、ダイエットにおいて、身体が「栄養が入ってこない、危険だ!」と判断して、脂肪を貯めこみ、身体を守ろうとする時期で、いくらがんばっても体重が減らないという、ダイエッターにとっては魔の期間なのである。
いま、1000㎉/日の食事しか摂っていないのに、ここ2日で体重が0.4kgも増えたよ・・・。
まったく、ホラーだわね。

たぶん、身体が必要な脂肪をとっておくために、筋肉を分解しているんだと思う。
だから、わたしはついに考えた。
「アレの出番か・・・!」
アレとはアレ。鶏のささみである。
筋肉をつくるのに必要なたんぱく質を多く含み、脂肪がなくてカロリーの低い鶏のささみはダイエッターの強い味方!
ボディビルダーも食べているんだから、その実力は間違いない!!

そんでわたしは早速、両親の買い物についていって、愛らしいささみを買って帰った。
おお、ささみ!!
いままできちんと面と向かってご挨拶したことがなかったけれど、こんにちは。
ささみは、母の提案により、蒸し器で蒸された。
そして、ご開帳~となったとき、わたしはとても感動してしまったのである。

蒸し器に入っている、ちょこりんとした3つのふぐの白子ーー!!
「ふぐの白子やー!!」とわたしは叫んだ。
か・・・かわいい!
ぷよんとした白くてつやつやした長細いささみ。
蒸されてふっくらと膨れて、なんてラブリー。
ああ・・・、こんなにカワイイの、食べていいんですか。
わたしは、そいつらを皿に盛り、うふふと棚に置いて見つめた。

食べ方はどうしよう? と悩んだが、結局シンプルに塩こしょうで食べることにした。
これは正解だった。
要は、焼き鳥みたいなもんだもん。
味も、焼き鳥みたいで、歯ごたえがあって、とても美味しかった!
こんなに素敵なものがダイエット食になるなんてねー。
心強いわー。
この日の我が家の夕食は王将の餃子で、たんぱく質というより油? みたいなメニューだったのだが、そういうときは、またささみを買ってきて、うふうふと食べよう。

つまり必要なのは、良質なたんぱく質ねー。
リッパな筋肉をつくって、停滞期を乗り越えるぞー。

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帆立の白ワインジュレ

kandume

昨日のダイエット食は、缶詰だった。
それも、ただの缶詰ではない!
その名も「帆立の白ワインジュレ」! である。

なんとコレ、わずか24㎉なのよー。
スーパーで見かけて、冷たく冷やしたら美味しそう~と思って、買って冷蔵庫に保存したのである。
たった24㎉だから、これだけじゃ足らないだろうと、もう1缶べつの缶詰を用意して、夕食に臨んだ。
しかし、これ1缶で足りてしまったのである!

ゼリーで冷たく固められた帆立と野菜。
ワクワクしながら口に運んでみると、おおお~~、帆立のダシがゼリーに沁みてる!
「ん? んんん?? んーーーー!! おいしいーーー!!」とわたしは狂喜した。
いやコレ、ほんとに美味しいよ!!
しかも、量が少ないわりに、なかなか減らないんだね(わたしだけ?)。
ゼリーを口に運んだあと、わたしはビールをぎゅーっと飲んだ。
あああ、幸せーー!!
停滞期中のダイエッターが、こんなに幸せでいいんでしょうかあー??

そもそも、今回のダイエットは不思議なことに、空腹感があまりないのだ。
たぶん、もともと夏で食欲がなくなっているんだと思う。
だから、スーパーでは「こんにゃくのガーリックソース」なんかも見たけれど、食指が動かなくて、そのまま棚に置いた。
こんにゃくは空腹感を埋めるためのものでしょ。
わたしが求めているのは、ぐにゃぐにゃのこんにゃくなんかじゃなーい!
少量でも、ガッツリしたたんぱく質なのだ!

なので、ほかにも缶詰などを買ってきたのだが、あとは全部鶏肉。
これもまた美味しそうなんだよねー。
ハーブチキン:100㎉とか、バジルチキン:150㎉とか、やんわか若鶏:100㎉とか。
あ~~~楽しみ!!
こう言うと、母に悪いのだけれど、家で出てくるごはんって、タネも仕掛けもわかってるじゃん?
だから、食べていて「幸せーー!」みたいな感覚になりにくいところがあるのよね。
家ごはんは家ごはんで、新鮮なものを食べられて、いいところももちろんあるんだけどさ。
たまには変わった缶詰なんかを食べて、くぅ~~ってビールをやるのも、幸せなのよ。

ところで付け加えますが、わたしはダイエットをしていますが、どうしてもビールはやめられず、毎日2本(300㎉)飲んでいます。
もちろん、摂取カロリーのなかの計算に入っています・・・。
つまり、実質食べているのは、700㎉ですな。
これだけで、栄養バランスをとるのは難しいですわ。
でも、停滞期を抜け出す近道の一つは、バランスのいい食事。
野菜が不足しがちなので、どっかで折り合いつけて食べたいと思います。

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久しぶりの身体ゴシゴシ

basutabu

きょ~こそ、お風呂に入らなければならない!

わたしは普通のお風呂で身体をこするということができなくて、できるとしたら西洋風にバスタブのなかでブラシを使ってゴシゴシやらなければならないのだが、それをするにはマンションのバスタブでないと無理、という事情があった。
ところが今日、父がガン治療のためにマンションそばの病院に行くので、身体を洗える機会ができたのだ。

「身体を洗ってきなさい」と母は言った。
「え~・・・。身体を洗うのか・・・、うーん・・・しんどいなあ・・・」
「なにがそんなにしんどいの?」
「わたしにとって自分の身体を洗うことは、他人の身体を洗っているみたいにしんどいねん。牛を洗ってるようなもん。あー、ソープに行って、おねーちゃんに身体洗ってもらおうかな・・・」
「おねーちゃんもびっくりするわ、キタナイ身体やなって」
「身体洗い専用のヘルパーっておれへんかなー。要介護の人を洗ってあげてるのを見たことあるけどなー」

いやもうほんとに、ヘルパーが欲しいのである。
でも、料理をしたり掃除をしたりしてくれるヘルパーは、いまのところ市から来てもらえるが、身体を洗ってくれる人なんか派遣してくれるはずがない。
最近、洗わなくても汚れが取れるバスタブってできてるじゃない?
アレ! アレが欲しいの!!
アレがあったらわたし、清潔でいられるわ!!

しかし夢叶うはずもなく、やれやれと重い腰を上げて、マンションのバスタブのなかで、泡をたてながらゴシゴシ身体を洗おうと思うのである。
母によると、身体全体が垢にまみれてるんだって。
どこ見て、そんなこと言うんだろうな?
確かに、このまえゴシゴシしたのは1ケ月以上前だったと思う。
夏だからかなー。
んー。仕方ないなー。
汚れが取れなくなったら、それはそれで困るしね。

父のガン治療という大変な人の用事に見向きもせず、わたしは自分の身体の垢のことを気にしている。
冷たいやつだなー。
お父さん、がんばって! とか思わないのかよー。
ほんとに、マンションまで車で一緒に行ってくれる父に悪いなー。

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停滞期に増量

kuma

うわぁ・・・、
体重が、昨日から48.0kg→48.3kg(+0.3kg)になったのである。
なななんで??
あのさ、昨日はわたし、計算間違いで、摂取カロリーを900㎉以下にしちゃったのよ。
もっと食べてもよかったなーなんて思っていたのに、今日になって0.3kg増。
どどどうなってんの??
変化ナシなら、まだ「停滞期だから仕方ないよね」ですむんだけど、増えたらさすがに「どうしてよ!」と詰め寄りたくもなる。
おっかしいなー。
ほんとに、水をも吸収しているとしか思えない。

わたしは、動物園のクマみたいに部屋をぐるぐる歩き回りながら、「わたしは遭難してるわけじゃないの! ダイエットしてるだけなのよ」と身体に言い聞かせた。
身体は真剣に、わたしが遭難して食べ物にありつけず、命の危機にさらされていると信じているのだ。
この思い込みを解除してもらわなければならない。
普通、2週間~1ケ月で解除してくれるらしいが、それまでにどんどん増えてもらっては困る。
でも、これ以上、摂取カロリーを減らすと、身体がますます危機を感じるので、逆効果だ。
うーん・・・、我慢強く、いまの食事と運動を続けるしかないんだろうな・・・。

それにしても、とわたしは考えた。
いまの摂取カロリー900㎉は、ちと少なすぎる。
なんで900になったかというと、最初のとき、「これくらいの摂食なら我慢できるな」と思った量が、それくらいだったからである。
でもねえ、900だと晩ごはんが150になるんだけれど、150っていう値が面倒なのよ。
美味しそうな缶詰とか、みんな150~200㎉あたりだからね。
そんでわたしは、今度から950㎉に引き上げようかと思っている。
それでも一般的にはまだ、少なすぎる方だよね。
ただわたしは、長年にわたってほとんど身体を動かさない生活をしてきたから、一般の50歳女性に比べて、基礎代謝量がかなり少ないと思うのだ。
たぶん1000㎉もないんじゃないかな。
それでいくと、1000㎉食べちゃったら、いつまで経ってもダイエットが進まないわけだよね。
だから、1000は摂る気はないの。
いま、ちょうどいいことに食欲が落ちていることだし。

サテ、わたしの停滞期はいつまで続くのだろうか。
いまはただ、これ以上体重が増えないことを願って、ひたすら身体に「解除しろ、解除しろ」と唱え続けるのみである。
停滞期が解除されたあと、何kg減るかなーなんて想像したりもしている。
あと、秋はどんな服を着ようかなとか。
停滞期が解除されたあとのことを考えると、増えた体重計に対する怒りもおさまるわ。
ガツンと3kgくらい減ってくれないかしら。
そしたら、目標達成できるのに。

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クリニックでダイエット話

saiketsu

今日は精神科の通院日だった。
「どうですか」とH主治医に言われ、わたしはとくに報告することもなかったので、「ダイエットにはまっています!」と答えた。

「ダイエットって、どんな」
「食事療法と運動療法です」
「まあ、そらそうやろうな。しかしはー。もう○○さん(わたし)も51歳でしょ。お腹も出てくるで、そら」
「でも、努力しないでいるよりは・・・」
「そらそうや、そらそうや。で、何やってんの」
「朝ウォーキングを1時間と、一日1000㎉以下の食事です」
「・・・(ため息まじりの顔)。あと何キロ落とす気?」
「2・3キロです」

とまあ、また精神科とあんまり関係ない診察を受けてしまった。
いや、ちょっとは関係しているかな。
躁のときは活動が激しくなるからね。
ドクターとしては、うつのときとの比較のためにも、現在の状況を知る必要があるだろう。

その後、恒例の採血を受けた。
薬の血中濃度を調べるために、わたしはときどき血液検査を受けるのだ。
採血してくれたナースは、「いつもお洒落ねえ」と言ってくれた。

「違うんですよ、今年はお腹が出てて、Tシャツ全然着れないんです」
「お腹出てるってどれだけ? 触ってもいい? ――なーんや! こんなん出てないやんか」
「いえ、出てますよ。さっき先生とも話してたんですけど、いまダイエットしてるんです」
「え! ○○さん(わたし)はダイエットなんかしたらあかん! しわしわになるで!」
「しわしわは困りますけどー、お腹が出てるのはほんとなんですよ・・・」
「腹筋運動は・・・あっ。腹筋したら肉つくねんで! 筋肉も肉やろ? あれがいいわ、腰ひねるやつ」
そう言って、ナースは自分の腰を左右にひねってみせた。
ああのー、採血中なんですけど・・・、針がちくちくして痛いんですけど・・・・・・。

「はぁ・・・」と言葉を濁して、わたしは採血室を出た。
ナース、上機嫌だったな。
採血の直前に、新患さんの問い合わせ電話が入っていたから、嬉しかったんかな。
よくわからないが、わたしはそのまま会計を済ませて、クリニックをあとにした。

でもわたしのこころはもう決まっていた。
絶対、あと2・3kg落として、ぺったんこになったお腹を、H主治医に見せつけてやる。
「51歳だから仕方ない」なんて、もう言わせないぞー。
たるむのは仕方ないが、凹んだお腹を維持させることはできるはずだ。

そんで、お腹へっこんだら、Tシャツ着よっと。
なーんだ、そんなささやかな願い? って感じだが、Tシャツ着れないと不便だよ。
夏はらくちんにTシャツかタンクトップ!
近いうちに、Tシャツでクリニックを訪れる日が来ることを、心待ちにしていよう。

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カットトマトの活躍

tomato

ダイエットはいまだ停滞期で、一日950㎉しか摂っていないのに、体重が少しも減らない。
こんなときは、こころはずむものを食べて、気分を晴れやかにしたいものだ。

で、最近はまっているのが、カットトマト。
あの、スパゲティなんかに入っているトマトの切れ端だ。
これは、一箱約330g入りで、カロリーがだいたい100㎉くらい。
これを二つに分けて、二回ぶん=50㎉として使用するのだ。

それも、ただ口に運ぶだけではつまらない。
より美味しくするために、わたしはつめたく冷やしたカットトマトに、黒コショウ・バジルを入れ、冷凍庫に入れてキンキンに冷やしたガラスの器に盛って、スプーンですくって食べている。
ん~~~んまい!
つめた~~い!!
味はないが、しっかりとしたトマトの肉を感じることができる。
赤い色も、食卓に色どりを添えて、じつにいい。
飲み物としてもいけるなあ、これ。
カットトマトを口にするたび、わたしはう~っとりしているのである。

これのおかげで、わたしは朝・昼のビールをなくして、一日1本にすることができた。
やっぱさ、一日950㎉しか摂れないとなると、身体が栄養を欲してくるよ。
つまり、ビールなんかより食べ物が欲しくなるのである。
ビールのかわりにカットトマトにして、余ったぶんを他の食物に替えたら、より体調がよくなったような気がする。

サテ、こんなさなか、わたしの父が「今度ラーメン食べに行こう」と言いだした。
わたしがダイエットしているにも関わらずである・・・。
あの人は自分のことしか考えていないからなあ。
でも、そんなときでも、カットトマトは活躍するだろう。
ラーメン1杯=850㎉と計算しても、朝:カットトマト+昼:ラーメン+夜:カットトマトと帆立のジュレ缶詰(25㎉)=975㎉で、なんとか抑えられると思う。

夏の暑いあいだ、トマトはほんとうに美味しい。
冷やしたトマトに、ちり~んと風鈴でも鳴れば、ああ夏だなあと感じることができると思う。

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一日950キロカロリー

kyuuri

体重は、凪のようにピタリと48.0kgで止まっている。
摂取カロリー950㎉/日、ウォーキング1時間を続けているにも関わらずだ。

「不思議なことがあるもんやな~、こんなに食べてないのに」と母が言う。
「人体の不思議やな。身体が飢餓状態にあると思って、必死で貯めこもうとしてるんやな」
「ほんまに人間の身体って、すごいもんやなー。これで、自衛隊で見つかったヤマトくんも助かったんやな」
「そうかもなー」

いつもならダイエットなんかしようものなら、「好きなもん食べなあかん!」と反対する母だが、今回だけは見守ってくれている。
薄着になって、わたしがあまりにでかい腹をしているのを、目の当たりにしたからだ。
あれを見たら「ダイエットするな」とは言えんよ。
健康に悪いレベルだもん。

ダイエットにおける停滞期が終わるのは、体重の減少停滞が始まってから、だいたい2週間~1ケ月後。
だとすれば、あと5日後に体重が減ってきてくれるかもしれない。
早く来い! 5日後の水曜日!!
まあ・・・さらに2週間待たされるかもしれないんですけど。
絶対減らない時期から抜け出せば、毎日が楽しくなるってもんだ。

いまわたしのあたまにあるのは、「停滞期が終わったら、何kg減ってくれるかな」ということである。
3kgくらい減ってくれないかなー。
そしたらダイエットをやめて、もっと食べるようにして、ビールも1日1本、健康的な食生活を送るようにするんだ。
早く、人並みにごはんが食べられるようになりたいよー。
そういう意味で、ごはんを家族と一緒に食べるのは、辛いものがある。
父母とも好きなものを好きなだけ食べている。
それなのに、とくに母は、とても痩せている。
「わたし、食べるの我慢したことなんかないわー」と何回も言っていたので、これは腹が立って「それ言うと、大抵の人は腹立てるから」とたしなめて、やめさせた。
母は、ほかにも父やわたしにやたら食べ物を勧める癖があって(飲食店でもそうだ)、ダイエットしてるって言ってんのに「わらび餅食べる?」「アイスクリーム食べる?」と聞いてくる。
わたしはもともと、甘いものが嫌いだって知ってるくせに、なんでいちいち聞いてくるかなあ。
これも腹が立ったので、「ダイエットしてる人間に、食べ物勧めるって、やっちゃーならんでしょ」と言い含めた。
これは治るかどうか・・・。もう昔からの癖だからなあ。
食べ物を勧める癖は、父も腹を立てていて、「欲しいものは自分で取って食べる!」と宣言したのに、まだやっているから、もう治らんかもしれん。
そんなわけで、家族との食事は、ダイエッターにとってめんどくさいものであるよ。
一人で静かに味わいたいわ。

とまあ、愚痴のようなものになってしまったが、ダイエットの功罪として、「イライラして人にあたる」というのがあると思うので、なるべく穏便に暮らしていこうと思う。
そしてこのダイエット、いつかきっと成功させてみせるわ。
人からみればなんだそんなこと、だろうけれど、この妊婦腹を抱えて、人に席を譲られるようなことには、二度とならないようにするわ!

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両親の喧嘩のはざまで

kenka

昨日は、うちの両親が喧嘩をして、とんだとばっちりを受けた。
事の発端は、父が「この温泉、どうや」とチラシを持っていたことに始まる。

「な~に~? これ。夏に温泉に行くの?」←母
「おう。これやったら車で行けるやろ」
「あかん! 無理無理!! お父さんに運転は無理」
――しばらくして――
「地下鉄△△駅やと、どうやって行ったらいいんかの?」←父
「地下鉄△△駅~?! 無理やわ! お父さんに行けるはずないわ」
「ついていくんとちゃうの?」←わたし
「ついていくって言ったかって・・・、△△駅やったら、バス乗って□□駅降りて、それからまた乗り換えやろ。無理やわ。車の方がええわ」
「ほな、行かれへんってことやないか。なんでそう、おまえは反対ばっかりするねん」
「反対って! ああそうですかって、なんでも聞いてたらいいっていうのっ!! あーもうっ知らんわ!!! チッ!! バン!!」

そんなわけで、ものすごい険悪なムードのなか、わたしは身を置くことになったのである。
でも、聞いていたら、母親ももう少し言い方があるだろう・・・という気がした。
わたしは少し口を開いてみた。
「男に、最初に車があかんって言うて、あとから車がいいとか言うても通じへんで。車が無理、地下鉄も無理、って言われたら、もうあかんって思ってしまうやん。男にしゃべるときは、ちゃんとしたデータに基づいて、これこれこうやからあかんねん、って説明しないと」
実際わたしは、男にしゃべるときと女にしゃべるときとは、若干話し方を変えている。
男には簡潔明瞭に、女には腹の探り合いをしながらダラダラと話を進めていく感じである。
あたまの構図が見事に違うんだから仕方ない。
この構図の違いで、喧嘩しているカップルって、じつに多いと思う。

この喧嘩のあと、両親はなんと丸1日、ほとんど口を利かなかった。
その間、わたしは両者から言い分を聞いた。
父はさすがにこぼしていた。
「もう、言ったかと思えばすぐ反対してくる。なんでもかんでも反対や」
「そやな。まず最初に拒否が来るんやな。あれ、癖や」
母は忌々しそうにしていた。
「お父さん、あんなこと言うて、最近道も全然わからんようになってるのに。ハイハイ聞いとかなすぐ怒るし、歳やわ」
「・・・・・・(独り言か)」

ハイハイ聞くというのではなくて、お互い意向を出し合って、相談ってやつをすればいいと思うんだが・・・。
わたしが思うに、この場合の好ましい会話って、以下のような形じゃなかったかと思うのだ。
「おい、この温泉どうや?」
「な~に? 夏なのに温泉に行くの?」
「車やったら行けるやろ」
「車ねえ。お父さん、最近運転が危ないから、遠いところは難しいんとちゃう?」
「ほな、地下鉄はどうや。△△駅ってどうやったら行けるねん?」
「地下鉄もなあ。乗り換えが多いし、わたしもわからんから、行かれへんのとちゃうかなあ。難しいと思うで」
「そうか。無理か。わかった」

って、ナンデこんなシンプルで簡単な会話ができんのだ?
あと、わたしが母に対して思うのは、父はガン末期で、いま身体が動くうちに、どんどんあちこち回りたいと思っていることを、忘れているんじゃないかということである。
行けなくても前向きに考えてあげないと。
そういう鈍感なところが、父を救っている面もあるのだが、今回はちょっと、この喧嘩はわたしは父に軍配を上げるのである。

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悲しみを背にして

genso

昨日、いつも通り家のなかを歩き回っていたら、フト高校の先輩のことがあたまに浮かんだ。
A先輩は、このたび赴任先のメキシコから日本に帰ってくる予定で、帰ってきたらきっと高校陸上部で集まろうね、と言ってくれていたのだ。

でも、メンバーどうするよ?
たぶん、わたしが中心になって、わたしの同期を集めるってことになるんだろうな?
でも、連絡つくのって、一人だけだぞ?
うーーむう・・・・・・。
連絡つく子が、どのくらい他のメンバーの連絡先を知っているかにかかっているな。

じつは高校陸上部の同期を束ねているのは、双子のO姉妹とOという女性の3人なのだ。
彼女らが、すべての連絡先を知っている。
だから、ほかのみんなはお互いの連絡先を知らなくても、集まれるようになっているのだ。

でも、わたしはもう、O姉妹&Oには一生会わない。
わたしは、裏切られた・・・というか、恋愛で言うと、ふられたのだ。
わたしは親友だと思って慕ってきたが、彼女らにとってわたしは全然親友でもなんでもなかった。
Oなんかひどかったよ・・・、最後の方なんか、敬語でメールしてきたんだぜ。
なんで、彼女がそこまでするのか、正直言ってまったくわからない。
はっきり言えるのは、こんな関係に変わってしまったのは、わたしが病気になってからだということだ。

ここまで考えて、わたしは胸が痛んだ。
そりゃ、病気にならなかったら、わたしはいまとはまったく違う人生を歩んでいたはずだ。
そんなわたしとなら、彼女らはいままで通り、付き合ってくれただろう。
――いやいや、考えるまい。
記憶っていうのは、思い出せば思い出すほど、固定化されていくから、嫌な思い出は思い出さない方がいいのだ。
わたしは知らないあいだに、谷村新司の「帰らざる日々」を歌っていた。
バイバイバイ MY LOVE。
友人関係も恋愛関係と一緒だよ。
出会いがあって、ときめきがあって、別れがあって。
別れは辛くて、悲しい。
でも、また新しい出会いを探して、前を向くしかないんだ。

じつはA先輩にはすべてを話してあって、彼は「じゃあ、O姉妹とOさんを除いた少人数で集まろう」と言ってくれている。
いいのかなあ。
まーでもさ、わたしが彼女らにコケにされた15年間のことを思えば、ちょっとくらいいいでしょって感じもする。
A先輩、人気の先輩だったから、自分たちを除いた少人数で集まったと知ったら、O姉妹&Oの、わたしに対する怒りや妬みが炸裂するのが目に見えるわ。
いつも、自分たちの方が上だって、わたしを見下していたもんね。
サテ、課題はメンバー集めだ。
先輩との再会がいつになるかわからないけれど、これはなんとしても完遂したいわね。

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朝からウォーキングの一日

kaba
眠くて仕方ないのである。
わたしは昼間、眠くなることはほとんどなくて、昼寝もしない。
それなのに、昨日は2回も昼寝してしまった。
おかしい。
身体がしんどい・・・。

考えられるのは、ダイエットしかない。
はっきり言って、一日950㎉の摂取カロリーはやりすぎだ。
わたしは、このたび摂取カロリーを、1000~1100㎉に上げることにした。
ふう・・・。
疲れていたんだな、身体。
酷使してごめんよー。

それでも、朝1時間ウォーキングは続けている。
朝4時に起きて、4時半頃から暑くならないうちに、てくてく歩いている。
朝焼けを見ながら、涼しい風を受けているのは、ほんとうに気持ちがいい!
しかしなー、おばさんたち、なんであんなに歩くの速いかなー。
スタスタ抜かれていったりするんですけど。
よく見ていたら、ストライドはともかくピッチが速いんだよね。
わたしも真似しようとしてみたが、もともとわたしはストライド走法の人なので、どうしても速く足が回らん。
なんか悔しいわー。いまに見てなさいよー。
もう少し体重が落ちたら、ジョギングデビューしてやるんだから!
あー楽しみ。
たぶん、走るのは歩くのより気持ちいい。

そんで、帰ってきてからシャワーを浴び、カーテンを開けて扇風機を回し、大きなコップに氷と0㎉コーラを入れたのをガラガラと飲みながら、「ふぃ~」と椅子に大の字になるのが最高なのである。
そのときは、なにも考えていない。
ただ、「気持ちいいなー」である。
こういう瞬間って、たくさん持ちたいよね。
わたしのウォーキング熱は、まだまだ続きそうである。

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高い会費と経済状態

shugou

高校陸上部の後輩から、なんかリッパな封筒が届いた。
中から、「△△先生の完走祝賀パーティ」の案内が出てきた。

え? またやるの?
3年前に退職祝いをしたんだけれど。

なんでも、ほんとうに退職されたのは、今年の3月らしい。
ううむ・・・、お世話になった先生だけど・・・、まえに書いた天敵・O姉妹とOの3人、それから元彼KJという4人の爆弾がいる限り、わたしはこの会に参加はできないだろう。

と思って、フト場所と会費を見ると、
えーー! リーガロイヤルホテル?
会費1万円?!

こういう会って、たかだか3時間程度だよね。
おい、みんな金持ちだなっ!
このぶんだと、今後こういう会があるたびに、天敵がいようがいまいが、わたしは出席できないぞ。

折しも昨夜、母と二人で今後の生活について、話し合ったところなのである。
まず決定しているのは、ここ2・3年のうちにガンの父が亡くなることだ。
そうすると、母の年金は10万円ほどになり、母によるとわたしからは4万円ほど出してもらわなければならないとのことである。
4万円・・・いーよぉ?
贅沢しなければなんとかなる金額だ。

しかしもう一つ、3年後、わたしは障害厚生年金の審査を受けなければならない。
すると、場合によっては2級から3級に落ちて、手取り5万円足らずになることがあり得るのだ。
となると、お金が足りなくなる。
たぶん、わたしは自分のマンションを手放さなければならない。
そして、そのお金といまある貯金を食いつぶしながら、細々と生きていくことになる。

70歳からあとのことなんて、もうわからんよ。
まったく展望がない。
母が要介護になったら?
もう、どうしていいかわからん!!

そんな綱渡りの経済状態なので、3時間のパーティにぽんと1万円を出せる人が羨ましいね。
まーそれなりに頑張って働いたから、そういうことができるんだけどさ。
でもさー。
これもまえに書いたけれど、わたしも37歳で病気で倒れなければ、今頃理学療法士として働いていたはずなんだよ。
ぽんと1万円、出せたと思うなあ。
まーそのことについては、愚痴を言ってもなんにも始まらないって、学習済みだけどさ。

ということで、貧乏ライフを楽しむしかないなーと考えているわけである。
よく考えたら、マンションにあるものって、本以外要らないな。
手放してもそんなに困らないか。
本に囲まれてウハウハ生活を夢見て、お金のかかる俗世とはいつか別れを告げよう。

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停滞期脱出と思いきや

pan
ピクリとも動かなかった体重が、48.0→47.3kgに動き、ワーイ停滞期脱出したっ! と喜んでいたのに、今日また47.3kgで停滞なのである。
もう~~、どうなってんの??
こんなに食べていないのに・・・・・・。
「心が折れそう」って表現、安易に使われるから嫌いなんだけど、ほんとに心が折れそうよ。
わたしの場合、「心が折れたから、食べてやるう!」とはならず、ひたすら苦悩して「いつまでこの我慢が続くんだ」と耐えるんだけれど、そのぶんイライラすることも増えてきそうね。
怒らずにすむいい方法、なんかないかなあ。

食の恨みだから、やっぱりここは食で解決するのがよさそうね。
ふだん食べられないような、めっちゃいいものを食べる! とか。
このまえは、「夏、ビールに合う、パーッとこころが弾む、ローカロリー」をテーマに、ハモの湯引きを買った。
ハモ・・・、わたしふだん食べないんだけれど、美味しくなかった・・・。
しょせんスーパーで売っているやつだからね・・・。
なんかパサパサして、味がないなあと思ったわ。

いま食べたいものは!
「カサがある、ローカロリー、たんぱく質、ちょっと変わったもの」である。
となると、油を使っていない料理ね。
んー。なにがあるかなあ。
夕食に食べたいから、250㎉に抑えたいんだよね。
いつも食べているハーブチキン(120㎉)の2個食いとか?
2個食い、グレイトでいいかもしれない。
あれだね、ダイエットってやつは、時間が経ってくると、食べ方が無茶苦茶になるね。
キタナイ食べ方だけはしたくないって思ってるけど。

お昼も、コーンブレッドとくるみパンの2個食いとかしてみようかな。
――って、ダイエット中でなければ、こんなの普通の量じゃん・・・。
うわ、またなんか虚しくなってきた。
パン2個いっぺんに食べるのがゴージャスと思える食生活をしているとは。

でも、わたしはとても頑固なので、たとえ明日、体重が増えていても、ダイエットをやめるとは言わないと思う。
いいのよ。
心なんて、何本でも折ってみせるわ!!
折れたら、新しく生やせばいいのよ!!

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豆乳たっぷりおぼろ

tounyu
コレ! ダイエットに優れモノだった。
「つゆで食べる豆乳たっぷりおぼろ」。
これ半分100㎉と、ハーブチキン半分と、パン1個でお腹いっぱいになったぞー!!
ダイエットを始めてから、「お腹いっぱい」を感じたのは、わずか数回だよー。
残ったハーブチキンを夕食に回したら、そこでもお腹いっぱいになって、幸せーー!!
もう、手放せません。
今日、買占めに行こっと。

てな感じで、もうダイエットは怖くない! の状態になっているわけだが、体重の方はまた停滞期みたいで、昨日より0.1kg増えた。
あ~、ダイエットが趣味になっちゃうのかなあ。
短期決戦するつもりだったのになあ。
いやいや、でも本格的な痩せ期がまだ来ていないから、そのときにはきっと体重が落ちるはず!
計算上、そうなっているんだから、間違いないと思うの。

痩せ期が来るまでのあいだ、わたしは毎日スーパー巡りして、「豆乳たっぷりおぼろ」みたいな、スバラシイダイエット食品を探して歩こう。
これも結構、楽しいんだよね。
ちょっと見ない間に、スーパーの食材もお洒落に変わっているわー。
いままでのヒットは、
「帆立の白ワイン仕立てジュレ」
「カットトマト」
「鶏肉と野菜のトマト煮込み」だった。
全部ローカロリーで美味しい、めっちゃ便利ー。
なんかわたし、ダイエット前より豊かな食生活しているわー。
老夫婦はもう、あまり変わった食べ物に興味がないらしく、ほっておくと同じ料理が頻回に出てくるのだ。

その両親からは、「いろんな食べ物に興味をもつことはいいことだ」と言われている。
いままでのわたしは、「昼なに食べるー?」「なんでもいいー」の繰り返しだった。
ほんとうに、ビールさえあればなんでもよくて、朝昼晩ビール1本飲んでいた。
いまでも基本、一日1本飲んでいるけどね。
昨日は余ったカロリー分、夕方ビール2本飲んじゃった。
美味しさで、泡を吹きましたぞー!

そんな感じで、まだまだわたしの楽しい? ダイエット生活は続きそうなのである。
毎日、「つゆで食べる豆乳たっぷりおぼろ」と「ハーブチキン」と「カットトマト」を食べ続けるわ。
9月に大学関係の集まりがあるから、その頃までにダイエット終了しているといいな。
みんなと一緒に、ビールをがぶがぶ飲んで、幸せに浸りたいわ。

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父亡きあと

jitensha

家のなかをウロウロ歩いていると、いろんなことを思いつくものだ。

昨日、なにかの拍子にわたしは、「ガンの父親が病床についたら、わたしは自転車に乗れないから、即マンションに行けなくなる」と考えた。
そしてさらに、「父親が死ぬとしたら、最長3年後。それって、わたしの障害年金の審査の年と重なるじゃないか。審査に落ちたら、わたしはマンションを失うことになる。父親が死んでバタバタしたあとで、またマンションを売りに出したり引っ越したりすんのは大変すぎる。無理じゃないか?・・・」と考えるに至った。
そこでわたしは、さっき電話で「あと4年くらいは・・・」と誰かに話していた母親に、「父親って、あとどのくらいもつのかな?」と尋ねた。

すると母親は顔をこおばらせ、「なんでそんなこと聞くの」と言った。
「いや、父親が死んだら車がなくなるから、自転車に乗れるようになっとかなあかんからさ」
「いまから練習すればいいじゃないの」
「いまはあかんやろ! 俺が生きてるのに、なんでそんなもん練習してるねんってなるやろ」
「いまでもいいじゃないの。なんでそんなこと聞くの?」
「あと、大きな問題として、不動産がある。年金の審査と重なるかもしれんから、そうなったらわたし、父親とマンションの大きなもの一気に失うかもしれんし、精神的負担が重くなるからさ」

わたしは極めてふつうに話したつもりだが、母親は声を荒げて言った。
「あんたには愛情とか、そういったものはないの?」
「愛情・・・とか抜きにして、現実問題を話してるんやけどな」
「もう。わたしも決めかねてるのよ。ここにいて、あんたと一緒にやっていけるかどうか。マンションはあんたのものやねんから、自分で決めなさい」
「わかった。自分の裁量で全部決めていいってことやな」
「自分のことばっかり考えて・・・」

母親は感情的な人で、自分の意にそぐわない言動をされると、父やわたしに向かって、シャーッとヘビのように突然とびかかってくるので、面倒くさいのだ。
それにしても、「父親はあと何年もつかな?」という質問、そんなにしちゃいけないものなのかな??
必要があるから訊いたんだけど。
こういう質問を、平気でするわたしのことが、母は信じられないらしい。
まー確かにわたしは、ふつうの人と比べると、親に対する愛情に欠けるところがあるかもしれん。
子どもの頃、シャーッてヘビみたいに突然噛みつかれて、怖い思いをしてきたからな。
親ってあんまり好きじゃないのだ。

でもまー、表向きはうまくやっている。
父親の晩年に、いさかいはよくない。
そしてもう、母親のまえで、父の死後については二度と口にしないつもりだ。
すべては死んでから準備することになる。
こういう計画性のなさって、うずうずするくらい、わたしにとってはまどろっこしいものだけれど。

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年金の計算と父の命と

hanataba

昨日も家のなかを歩き回って、考え事をしていたのである。
「3年後に障害年金が3級に落ちて、支給額が激減したらどうしよう」
この命題について、計算機をカチカチいわせながら、一定の結論をみたのである。

「父親があと1年生きたとして、3年後にわたしの年金が激減したとしよう。その場合、わたしは即マンションを売って、その金と現在ある貯金を食いつぶす形で、母のいる実家に寄生する。そうすることで、わたしは70歳前半まで、なんとか生活保護に頼らずに生きていける」

結論が出ると、スッキリするもんだ。
それにしても父、いつまで生きられるんだろうな。
できるだけ長く生きてもらうと、貯金が増えて、そのぶんわたしの生活保護が遅れるわけだが、こればっかりはわからない。
しかしさっき、診察に出かけたが、「もう新しい治療はしない」と言っていたぞ。
いま使っている抗ガン剤の副作用がひどくて、新しいのを勧められているのだが、本人はさらに副作用が出るのは嫌だ、とごねているのだ。
まー、一緒に行った母に説得されて、結局新しい治療を始めるような気がするが。
もし、新しい治療をしないと言っても、わたしは反対しない。
お金のことを考えるとうーん・・・となるけれど、人の命だもんな、わたしの都合は押し付けられないよ。

父のガンは、ここ1年は進行が抑えられているが、それは抗ガン剤のおかげだったわけで、もし抗ガン剤を使っていなかったら、今頃死んでいると思う。
なにしろ、大腸ガンが見つかって手術をして、きれいに取り除いたはずなのに、ガンはあっという間に大腸・腹膜へ広がっていたのだ。
あのとき、わたしは「1年もたん・・・」と思ったもんね。
だから、抗ガン剤治療をやめちゃったら、早いと思うんだよな。

こんなことを考えていて、ひとつあっと思ったのが、「父は東京オリンピックを見られない」という事実であった。
父は、ドクターから「4・5年先はない」と言われている。
そっかー・・・。TVなんかで東京オリンピックの話題、たくさん出てくるけれど、彼はどんな思いで見ているんだろうな。
あきらめ・・・かな・・・。虚しさかな・・・。
リオ・オリンピックについては、本人もいろいろ意見しているが、リオが終われば「次は東京だ!」って、みんな盛り上がるんだよね。
祭りのあとって、寂しいね。
いや、本人はどう思うかは知らないけどさ。

サテ、今日の診察でどういうことになるか。
どっちに転がっても、父が生きているうちは、わたしは日頃の態度を変えるつもりはない。

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アカシジアとジストニア

kirin

困ったことになったのである。

一言で言うと、薬の副作用である「アカシジア」と「ジストニア」が、2か月前から出ていたことがわかった、ということである。
「アカシジア」は、一時もじっとしていられない症状、「ジストニア」は首が無意識に曲がっちゃうような症状である。
「アカシジア」は薬をやめれば治るが、「ジストニア」は曲がったまま治らないことがある。
首が曲がったままなんて嫌だよう。
首が右に曲がっているのは、もうだいぶ前から両親に指摘されていた。
しかしわたしは、最近ものすごく体調がよかったので、あんまり深く考えていなかったのだ。

「だからゆみさん、言ったじゃないの。もう4回言うたで。お父さんかって1回。あのお父さんが気づくくらいやから、よっぽどやで」
「えーほんまに?」
「ごはん食べてるときとか、結構曲がってるで。散歩してるときも・・・、ちょっとアラ? って思うくらい」

ジストニアには自覚症状がないのだ・・・。
いまでも、そんなに曲がっているなんてわからない。
鏡で見たら、確かに傾いてはいるけれど、そんなにひどいかな・・・。

アカシジアの方は、そういえばと思うことがあった。
最近の記事にも書いてあるように、わたしは一日中、家をウロウロうろつき回っていた。
じっとしていられないのだ。
でも、気分爽快だから、気にしていなかった。
昨夜、母に具体的な数字を言われて、えっと思った。

「もう12時間歩いてるで。早朝から晩までずっとやもん」
「12時間? うそー」
「だって、早朝ウォーキングから帰ってきてシャワー浴びてごはん食べてから、すぐ歩いてるやろ。ごはんのとき以外ずっとやもん。ふつうの人はそんなに歩けるもんとちゃうで」

確かに・・・。
わたしは、自分が飲んでいる薬を点検した。
するとそのなかに、抗精神薬といって、わたしがことごとく困った副作用を出すタイプの薬が混じっていることに気づいた。
「これや! ずっと飲んできた薬やけど、これでアレルギーが出たんやな」
診察を2日後に控えていたが、わたしは勝手にその薬を飲むのをやめた。
ちくしょーまたか!
いままで何度、薬のせいで副作用に悩まされてきたか。
それも、首が曲がったり、目が真っ白になったり、舌が曲がったり、へんなのばっかりである。
精神薬なんか大嫌い!
もう二度と抗精神薬なんか飲むもんかー!!

だが母は、困惑していた。
この頃は、いままでにないくらい体調がいい。
朝からウォーキングしているし、買い物に一緒に出かけたり家事をちょっと手伝うようになっているし、家族とも交流しているし、看病する側としては、ほんとうに助かる状態になっているのである。
それなのに薬をいじると、また躁のイライラ・怒りっぽさが出るんじゃないか・・・と母は危惧しているのである。

その気持ちはわかる・・・。
わたしはいままで、うつでも躁でも、家族に大迷惑をかけてきた。
いまみたいな良好な状態は、ほとんどといっていいほどないのだ。
わたしの脳は、ほんとうに微量の薬で、右にも左にも変わる。
今回の薬は微量だが、これだけでも状態が変わることは、大いに考えられるのだ。

とりあえず、まだ診察を受けていないので、どうなるかわからん。
まー間違いなく、いまの薬は中止になるだろうな。
そしたら早朝、爽快に歩くわたしはいなくなるのかな・・・。
ふつうの人は、同じ状態の自分を保てるんだよね?
うらやましい!
ほんとうに、心からうらやましい。

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過去の薬の山積

tokei

今日は精神科の診察日だったのである。
わたしは診察室に入ったとたん、「困ったことになりました」とH主治医に告げた。

「アカシジアとジストニア(副作用)が2か月ほど前から出ていたらしいです。わたし、抗精神薬が入ってるの知らなくて、両親から首曲がってるとか言われても、聞き流してました」
「調子よかったのにな。・・・じゃあ・・・、割って半分だけ・・・」
「ジストニア(首が曲がる)って、治らないこともあるじゃないですか。そんな薬、飲むの嫌です!」
「・・・んー。でも、セトウス(抗精神薬)でそんなん出るかなあ・・・たった25mgやし・・・。んー。もしかして、過去の薬の山積かもな」
「過去の薬の山積って、アカシジア(じっとできない)もですか?」
「ん~~~。わからん!!!」
「過去の山積ということは、セトウス切っても治らない可能性があるってことですか?」
「その可能性はあります!!」

というわけで、H主治医もちょっとやりにくそうであった。
でも、患者として聞いておくべきことは聞いておかないとな。

何年もまえに飲んだ抗精神薬の副作用が、突然出現することがある話は、聞いたことがある。
いつ飲んだなんの薬なのか特定できないので、医師も患者もどうすることもできないのだ。
H主治医は言った。「医療の限界です」。
これはその通りで、薬の副作用というよりは後遺症を残してしまった人が、表に出れない姿になってひきこもりになったという気の毒な話もちゃんとある。
だからわたしは、医師にわがままを言って、抗精神薬をできる限り避けて通ってきた。
でもわたしの病気には必要なこともあって、どうしても処方されてしまうことが多かった。
統合失調症の人に比べたら、量はわずかだが、出てはいけない副作用が次々と出るので、わたしはほんとうに抗精神薬を嫌がっていたのである。

首が曲がっているのだって、いまの角度ならまだ許せるが、もう少し悪化すれば、外に出たとき「あら?」と思われるだろう。
アカシジアだって治らなければ、わたしはバス亭でさかんに足踏みしている変な人である。
精神病の患者って、奇妙な外観をしている人が多いけれど、そのなかの多くは副作用を出している人だと思うよ。
暖かく見守ってね。

ダイエット中のわたしだが、病院から帰ってきてからまったく食欲を感じず、パンをぼそぼそ食べて終わりにした。
気が滅入るなあ。
一生治らない副作用ってなによ。
副作用のせいで外出もできなくなったら、なんのために治療したのかわからないじゃない?
小声で言うけれど、精神医学って、まだまだ原始時代なのよ。
当てずっぽうで脳みそいじってるようなもん。
患者が後遺症で社会生活送れなくなりましたーっていうことになっても、「これが医療の限界です」で終わりなの。
そういう世界にいなければならないのが、心底苦痛だわ。

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医師と患者の攻防戦

neru_panda

あー、身体がだるい・・・、瞼が重い。
つまりわたしは、睡眠不足なのだ。
不眠なので、あんまり眠いと感じることはない。

昨日、診察でH主治医とやり合って、結局、抗精神薬「セトウス」の代わりに、抗不安薬「デパス」を処方してもらったのだが、これがラムネもラムネ。
ラムネっていうのは、患者間では「利かない薬」のことね。
まーデパスは一般に出回っているくらいだから、軽いよなー。

このラムネを飲みながら、わたしは次の診察日まで耐えなければならない。
自分で選んだ道だから仕方ない。
H主治医の「ほら、僕の言うことを聞かないから、寝不足の顔してる」という、こころの声が聞こえてきそうだわ。むうう。

それにしても、眠剤なんて数知れずあるのに、なんでこの処方になるのかしら。
眠れるようにするためなら、ほかにいくらでも方法があるはずなのに。
飲み合わせという意味では、いま飲んでいる「気分安定薬」は、あまりあちこちの薬とケンカしない。
わたしだったら、アレとアレを組み合わせるわーとか、素人ながらに考えるのだが、そんなことプロに向かって言えるはずもない。
不思議なのよねー。
なんで、ここでデパスなの。

それでも、わたしももう患者歴16年。
昔はちょっと眠れなかったら、「眠れない、しんどい」と訴えていたが、いまは慣れて、「睡眠時間は?」「4時間です」「もうちょっと眠りたいですね」で終わりである。
ちょっとくらい眠れなくても、なんとかなるってわかったから。
でも、ほんとう言うと、わたしの場合、睡眠不足はそのものが問題なのではなく、睡眠不足が躁を上げることがあるので、そこの注意を医師は払っているといえる。

だから、やっぱり寝ないと駄目なんだよなー・・・。
躁が上がっちゃたら、今度こそ抗精神薬を拒否することはできない。
それは大変にマズイ。
ほんと、自分の身体に頼むわー。躁が上がらないでほしい。
今度の診察のときは、「もうちょっと眠りたいです」って言ってみようかな・・・。
うう~~、でもH主治医のこころの声:「セトウスを断っておきながら、また新しいのを出せって、どっちが医者やねん!!」
これね、実際に眠りたいって言ったら、ふつうの医師は怒鳴って怒ります。
そうやって、いままで3人の担当医に怒鳴られたわたしなので、間違いないです。
医師のプライドが高いのってほんとうよ~。

H主治医はそこんところが、ほかの医師より我慢強くて、わたしが恐る恐るリクエストを出したら、一応聞いて意見してくれる。
ありがたいのだ・・・。
でもそこに甘えては悪いので、今回は「デパスイラネ」は言わないで、淡々と「4時間です」と答えよう。
はあ。
医師も疲れるだろうが、患者も疲れるわ。

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ジョギングデビュー

jog2

体重が一か月半で、ようやく52→46kg(-6kg)まで落ちた。
46kgになったらやろうと決めていたことがある。

それはジョギングだ!!
わたしは元陸上選手で、ジョギング=ウォーキングみたいな感覚があるので、ダイエットのために走ろ~っとと軽く思って、52kgのとき走ったら、速攻膝を痛めて、その後のウォーキングにも影響をきたしてしまった。
元陸上仲間から、「選手時代の自分のイメージで走ったらケガするで」と言われていたにも関わらずである。
あと、「歳やねんから」とも・・・。

考えたら、わたしの通常の体重は45kgなので、お腹に7kgものオモリをつけて、走ったことになる。
そのことに気づいてから、わたしはその7kgを「絶対落としてやる!!」と決めたのだった。
それから、朝1時間のウォーキングと、食事節制を徹底した。
食事は現在、一日1200㎉。
たっぷりのたんぱく質と、炭水化物とビール(!)と、野菜をいまも摂っている。

そんなこんなで、46kgの身体で、恐る恐る走ってみたところ、おおっ、今度は膝が痛くならない。
身体がかるーい!
でも、ウォーキングとは使う筋肉が違う。
だから、すぐ疲れる。

わたしは、これはジョギングに慣れるのにも、少し時間が要るなと思った。
そんなわたしの向かいから、いつものおにーちゃんが軽快に走ってくる。
いいなあ・・・、わたしも早くあんなふうに走れるようになりたい。
走っている人って、100%お腹が出ていないんだよなー。
たぶん、ごはんもモリモリ食べてんだろうなー。
わたしもそんな人々の仲間入りをしたい!

いまはまだダイエット中なので、好きなものを好きなだけ食べられないのだが、本格的に走れるようになったら、健康的になんでもパクパク食べるようになるんだ。
油もの、懐かしいな~。
ラーメンもたまにはガッツリ食べてみたいよ。
夏のあいだに、かき氷も食べたい!!

こんなわたしの、ささやかな夢が叶うのはいつだろうか。
病気になってから、こんなに健康的な日々を過ごすのは初めてのような気がする。
いまはやる気に満ちた躁期で、うつ期はいつも12月に来るから、そのあたりまでが勝負だな。
12月に入っても、うつが来なければいいな。
いつも思うんだよね。
体調のいいときは、「もううつは永遠に来ないんじゃないか」って。

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再び体重停滞期

tomato2
ダイエット中の体重が、また停滞期に入った。
おとといから変わらないなと思っていたら、今朝0.1kg増である。
痩せ期は、カロリーを守っている限り、絶対増えないので、これはやはり停滞期に入ったとみていいだろう。
やれやれ、たった1週間の夢か・・・。
これから、2週間の苦しい停滞期が始まるのだ。

停滞期には、どんなに食べるのをやめても、どんなに運動しても、体重は減らない。
身体が、飢餓状態にあると認識して、脂肪を体内に貯めこむためだ。
やるべきことは、いままでのダイエットを我慢強く続けること。
ここでキレては元の木阿弥なのである。

でも、今日のわたしは思い切りハメを外したかった。
長い停滞期を乗り切るためにも、それは必要なのだ!!
わたしは両親と買い物に行くとき、「今日はわたしは昼からビール2本飲む!」と宣言した。
わたしの昼の摂取予定カロリーは500㎉。
350mlのビール2本ぶんのカロリーが300㎉だから、残り200㎉は食えるはず。
その200㎉ぶんの食物を探してくればいいのだ。

わたしは売り場を2周した。
目に入ったのが、ごま豆腐80㎉と、わさび豆腐60㎉、そしてなぜか煮たまご2個140㎉。
緑黄色野菜たっぷりのパックは、そのスーパーにはなかった。
ぬうう。
これでは、今日一日、野菜をまったく摂らないことになってしまう。
栄養バランスが悪いと、停滞期が長引く。
どうしよう・・・。でも、今日だけはハメを外すと決めたんだし。

悩んだ末、やっぱり今日は好きなものを食べるんでい! と決意して、ごま豆腐とわさび豆腐と煮たまごを購入した。
えへへ。
これで昼は、ごま豆腐+ハーブチキン120㎉+ビール2本=500㎉だ、わーい!!
夜は、わさび豆腐+煮たまご+ビール2本=500㎉だ、イエーイ!!
とにかくわたしはビールが大好きで、ビールさえあれば、あとはなんでもいい。
泡ふきながら飲むぞーー!!
ああ、なんだか急に幸せ。
ダイエット中にビール4本なんてあり得ないけど、暗い停滞期を暗く過ごしてもね。

そして結局、泡をふきながらビールを飲んで、気分はほわ~ん、ああ幸せ。
停滞期は辛いけど、なんとかやっていけそう。
明日から、また昼ビールはなしにして、栄養バランスのいい食事でダイエットしよう。
あースッキリした。

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ちっちゃいゆみちゃん

baby

最近、わたしの交代人格が出てこない。

わたしは双極性障害のほかに、解離性障害を持っていて、本物の多重人格とは違うんだけれど、ちょっと似ている。
わたしには、わたしのほかにあと3人の人格がいて、
1.暴言暴力を働く人
2.5歳くらいの「ちっちゃいゆみちゃん」
3.たぶん年恰好は一緒の、キリスト教が好きな謎の女
である。

謎の女なんか腹立つよー。
ある日、パソコンを立ち上げたら、気持ち悪い宗教のブログ読んでやがんの。
あんなの読むなんて、どんなセンスしてんのよ。
出てこなくていいよ、ほんとに。

いや、話はそっちじゃないのだ。
ずっとあたまを悩ませているのが、「ちっちゃいゆみちゃん」なのだ。
「ちっちゃいゆみちゃん」は、ものを隠すのが大好きだ。
飲みかけのバーボンを何本もマンションの部屋じゅうに隠していたり、人に見られては困るDVDをごっそり隠してしまったり。

そんで、その人に見られては困るDVD、3・4枚がまだ出てきていないのよ・・・。
小分けにして、あちこちから出てくるの。
いつやってんのかわからない。
ほんとに困るのよ・・・。

ほかにもわたしには、わたしだけの思い出の品々がある。
わたしの心配は、わたしの知らないあいだに、そいつらを「ちっちゃいゆみちゃん」が、どこかに隠してしまうことである。
それも、人の目に触れないところに隠してくれたらまだいいけど、かのDVDみたいに、ある日突然机の上にポンと出されたら。
最近、両親はマンションに頻繁に出入りしているから、まえになかったものが突然テーブルに出現したら、「あら? なにかしら?」と見ないとも限らない。
困るねー。

そういうわけで、ちっちゃいゆみちゃん、出てこないでね、と祈るばかりなのである。
というか、交代人格全員、出てこなくていいよ。
ちっちゃいゆみちゃん、健気でかわいい子なんだけどね。
お酒隠したのも、「飲み過ぎちゃだめー!」って思ったからだって、元恋人Sちゃんが分析していたよ。
ほんとはたぶん、おっきいゆみちゃんのことを思ってくれているんだろうけどね。

 

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いつも3人一緒

chabudai
最近、ずっと家族3人で行動している。
父と母とわたしだ。

正直、こんなんでいいのかなーと思う。
わたしは一人前の大人で、昔からの夢は、独り立ちして自由奔放に生きることだった。
それがいまじゃ、自分のマンションさえ、両親に掌握されている状態。
お気に入りの椅子だって、父が勝手に座ってるしなー・・・。
さすがに、引き出しを勝手に開けるのはやめてくれって言ってあるけれど、タンスの中は開けられてしまった。
そんで、「要らない服は捨てなさい」である。
わたしはしぶしぶ、もう着れなくなったフリルやリボンつきの服を、まとめて捨てた。
なんだかなー。
わたしの生活の主導権って、どこにあるの。

買い物に行くときも、3人一緒である。
うちの実家は、交通不便で、買い物に行くには車がなければ難しいからである。
最近のわたしは、ダイエットをしているので、食べるものは自分で選びたい。
だからついていくのだが、気がつけば、また3人一緒なのである。

こうやって、わたしは死ぬまで親に管理されていくのかなー・・・。
父はガンで死ぬ予定だけれど、母はまだまだ長生きしそうである。
母のあたまはクリアだし、この人、気が強いのなんのって。
いまでも、父にキンキン声で命令して、父から嫌がられているよ。
今度の対象は、わたしになるのかなあ。
そしてわたしはいまみたいに、どこへ出かけるときも、「××に行ってくる」とわざわざ伝えて行かなきゃならないのかなあ。

でも、最近離婚した友だちによると、「いつも親子一緒で、親孝行だねえ」とのことだった。
「そんなものなの?」と尋ねると、「すぐ会えるところにいるっていうことは、幸せだよ」と言った。
そんなものかね。
あーそっか。
彼は離婚したばかりで、子どもと離れ離れになってしまったんだった。
会いたいんだろうな。

何歳になっても、親にとって、子は子どもだと聞く。
うちの親も、ほんとうは自活してほしいんだけれど、側で管理できて嬉しいってところがあるのかなあ。
まえはしょっちゅう、具合が悪いだのなんだのって、電話で呼び出していたからな・・・。
あー、こんなわたしって、親孝行なんだか親不孝なんだかわからない。
なにしろこの病気って、躁が爆発すると、大声あげて家じゅう破壊しようとしたり、殴りかかったりするからね。
そのときは、さすがに親は「出ていけ!」って思ってると思うんだよね。

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服役を終えた友だち

nakayoshi

昨夜、精神科デイケアで知り合ったKさん(52♂)から、電話がかかってきた。
Kさんは、この4月まで刑務所で服役していた人である。
もともと執行猶予を持っていたので、いなくなったとたん、わたしは「なんかやったな」と思っていたが、Kさんは最初、入院していたと言ってごまかしていた。

しかし昨日、「ちょっと聞いてほしい文章があるねん。10枚くらい」と言ってきた。
それはお母さまに宛てた反省文であった。
彼の生い立ちから、病気になった理由、刑務所に入ることになった経緯まで、全部書かれていた。

「どう?」
「いいと思うよー。素直に言いたいことが伝わってくるよ」
「そうかなあ」
「うん。いいって」
「ごめんな。俺、ほんまは刑務所入っててん。万引きやってもうてな」

Kさんは、律義できちんとしているが、その内側にはすごい悪のエネルギーを溜めていて、わりとなんでも平気でやるところがある。
ふだんはそれを、宗教の力で抑え込んでいる。
でも、なにか事件があると、自分でも抑えが利かなくなって、自滅してしまうのだ。

いまは、元嫁と復縁もしそうとのことで、安定している。
じつはわたしは、そんな彼に頼みたいことがあって、まえからわたしのマンションに遊びに来たいと言っていた彼に言った。
「一回、うちのマンションに泊まりに来る?」
「行く行く。明日は? 明日はあかんな。えーっと」
彼は服役するまえにマンションに泊まりに来たことがあって(なんの用だっけか)、そのとき「2週間に1回、泊まりに来ようかなー」と言うくらい、うちを気に入ってくれているのだ。

「俺、なんにもせえへんからな。わかってるやろ?」
「わかってるって。久しぶりに一杯やろう・・・、あ、ごめん。酒、やめてんな」
「一本くらいならええよ」
「そう? (わたしは1本じゃ済まん・・・)」

Kさんがマンションに来るのは決定したが、よく考えたらわたし、ダイエット中なんだった。
わたしは薄情なところがあるので、相手が禁酒していても、自分が飲みたければ飲む。
でも今回は、ビール3本も飲んだら、あともう食べるものがなくなってしまう・・・という予定摂取カロリーなのだ。

いまからあたまを悩ませる。
3本も飲んだら、Kさんに悪いし、わたしのダイエットにも響くし、2本にしようよ、2本に。
でも、久しぶりに会って、くだけて話をするのに、ビールがたった2本かよ、寂しいなー。
今回は、Kさんの服役の苦労話なんかも聞けそうだ。
夏40℃もあったんだって。信じられないね。
刑務所には、入りたくないね。

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