LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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ビールと対峙

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昨日・一昨日と二日間、元彼Sちゃんと遊んでいたのである。
このところはずっと、お友だち。
わたしにとってSちゃんは、人の道を熟知している尊敬すべき人であるが、ただ説教臭いのと、ときどき寒いことを言うので、あんまり距離が近いとしんどいこともある。

サテ、今回困ったのは、アルコールなのである。
Sちゃんは夜、二人でアルコールを飲みながら、ゆっくりとごはんを食べるのが好きだ。
わたしも、飲み会に行ったときは、最初の一杯くらいは飲めるようにしたいと思っている。
そんで、スーパーに買い物に行ったとき、わたしはビールを1本買った。
ビール1本飲めたら、つきあいはどうにでもなる。
Sちゃんも楽しく食事ができると思う。

でも、夕方TVを見ていたら、わたしは焦ってきたのである。
飲んで、もし体調が悪くなったらどうしよう・・・。
1ケ月前のガクガクワナワナ状態になったら、どうしよう・・・。
ふつうに考えて、そんなことにはならないと思うけど・・・。
ビールを胃に入れたら、どんな感じになるんだっけ・・・。
うーーん、飲みたくない・・・。

それで、寛大なSちゃんに言った。
「やっぱり、ビール飲むのやめる」
「いいよー。それで」

そして麦茶で、寿司だの刺身だのローストビーフだのを食べた。
麦茶はホッとするけれど、白飯なしでどーやって食べるんだ、おかずだけの世界。
こういう食べ方は、アルコールでしかしたことがないので、食べ方がわからない・・・。
アルコールがあれば、それをゆっくり飲みながら、おかずもゆっくり食べるが、麦茶だと最初一気に食べてしまうぞ?
お腹が減っている状態で、箸を休めながらゆっくりって、ど-すんの??
わからない・・・。
この調子だったら、立食パーティなんかでも困るんじゃないだろうか。
いや、立食パーティって、みんな最初はガッついてるよな。
それで正しいんだろうか??

あまりにも長く、アルコールと付き合ってきたので、アルコールなしの食事の仕方がわからない。
ただ、Sちゃんと食べているときは、食べ物が喉に通るときに、慣れない感覚があったので、ビールなしにして正解だと思った。
うーーん・・・。
飲み会に行くには、おかずだけでゆっくり食べる技を会得しないと・・・。

というわけで、やっぱり当分はアルコールは飲めそうにない。
あまりにも苦しい目に合ったので、恐ろしくて仕方ないのだ。
Sちゃんが、「飲み会では、ドクターストップって言えば」と言った。
確かに・・・、H主治医から「神経系の薬を飲む場合は、お酒は駄目です」って言われているんだよね。
ドクターストップ・・・便利な言葉だ。
しばらく、使わせてもらおうと思う。

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一人前の食事と運動

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ふつうの食事ができるようになって、約1週間。
食べ物の匂い、のどに通るときの嫌な感触に、ゾッとしながら、必死で1人前を詰め込んでいた苦しい日々が、遠のいていく。
いまは、食べ物の味も匂いものど越しも楽しめるし、空腹感も満腹感もふつうである。
ああ、よかった・・・!
頑張った甲斐があった。

ここまで逃げきったら、もう食事に関しては、大丈夫なんじゃないかと思う。
今日の体重は43.0kgだが、このまま自分的一人前を食べ続けたら、45kg付近まで増えるような気がする。
48kgまでいくとお腹がぽっこりしてくるので、それは阻止したいが、いまのまま、ふつうに一人前食べて、毎日3km走っていれば、そんなにお腹が出たりしないんじゃ?? と自問自答している。

もうダイエットはしないつもりなので、まだ食べられるのに我慢、はしないと決めている。
いままで食べなかったぶん、旺盛な食欲に見舞われたらどうしよう? と考えたが、次の瞬間、「走って治せ!」と閃いた。
いまは毎日3km走っているが、それでもお腹が出てきそうなら、6kmにすればいいじゃん。
さすがに、毎日6km走っている人が、ぶくぶくお腹を膨らせていくなんて、考えにくいよ。
いまのジョギングコースを見ていても、ウォーキング組はお腹ぽっこりの人が珍しくないけれど、ジョギング組は全員、お腹がぺったんこなんだよね。
同級生も、ジョギングしている人は、みんなお腹が出ていない。
持論だけど、ジョギングとウォーキングの違いって、あると思うのよ。
わたしは幸いにして、走れる身体があるから、これをちゃんとメンテナンスして、本来の自分の体型を維持したいと思う。

それにしても、食事の話に戻るが、16年間にも渡って、アルコールが主食の食生活を送っていたので、どうもお茶椀のなかの白飯の食べ方が、よくわからないときがある。
最初は、均等なスピードで食べていたのだが、なんとなくそれは違っていて、わたしの場合、食事前半は白飯はほとんど食べず、食事後半にお茶椀の半分くらいを、漬物なんかで一気に食べるというのがスタイルらしい。
・・・というのが、最近わかってきたのだが、懐かしい感覚というのか、これでいいのか? という疑問というのか、なんだかいまだに複雑な心境である。

アルコールに、まったく未練はない。
いま考えているのは、「つきあいのときは何を飲もう?」である。
元酒飲みとしては、やはり飲み会で最初からウーロン茶とかやられると、しらけるのも事実なんだよね。
理想は、「ふだんは飲まないけれど、つきあいでは1杯くらい飲みますよ」くらいの感じである。
でも発砲するものは飲みたくないし、どの店にもありそうな低いアルコール度数もしくはアルコールっぽいものって、なにがあるんだろー。
居酒屋でドリンクメニューなんか見ないから、わかんないわ。

今度、元彼Sちゃんと会う予定があるので、とりあえず梅酒を試してみようかなと思う。
梅酒なら、小学生のときから飲んでいたし、身体に優しいんじゃないかな?
いまは、養命酒でも怖いくらいなので、恐る恐るである。
目標は、とりあえずなにかを一杯飲めるようになることだが、それ以上飲むことは、もうないだろうな。
酔って脳を麻痺させるなんて恐ろしい、もうこりごり、一度食欲という本能を壊されかけたから、ほんっとーに勘弁って感じなのよね。
こんな、わたしの180°逆転したアルコール感は、いまのところ誰も信じてないんだけどね。

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工夫して生きる

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昨日、元彼Sちゃんに報告した。
「布団のたたみ方を変えたら、猫が喜ぶようになったよ」
「ふむ」
「布団を90°回して、マットと敷布団はそのままにしてん」
すると、Sちゃんは意外なことを言った。

「それは、いいことだねー。センスあるよ」
「センス??」
「会社でもね、センスある奴とない奴がいるの。センスのある奴は、自分で考えて工夫するのよ。ない奴はただ言われたとおりのことをするだけ。会社っていうのは、センスのある奴がいないと、成り立たないっていうくらいに思ってるわけー」
「へー」
「ゆみの布団だって、自分で考えてうまくいくようにしたわけでしょ。そういう工夫が大事なのよ。もし、そのままにして、猫が慣れてくればいーやで終わったら、そこまででしょ。でも、工夫をしたら、自分も喜ぶし、他人も喜ぶの。自分の人生も楽になるのー」
「へえぇぇえ~~~~」

わたしは、Sちゃんの口から出る、いつものこの世の掟に目を見開いた。
この人は、不思議なくらい真理ってもんを知っているんだよな。
でもなんで、「工夫」したら人生が楽になるんだろう?
わからん。
たとえば、いまわたしが乗っている自転車は、ペダルが重いのだが、マンションにある油を持ってきてさせば、買い物に行くとき楽になると思う。
そういうのが人生が楽になるってこと??
しかしそれって、「工夫」といえるほどのものかな??
難しい・・・。

わたしはどーもSちゃんの言うことがわからないので、とりあえず自分の周りを見渡して、どこか改変するところはないか考えた。
ん~~とまあ・・・、一応ふつうに、モノがとっ散らかっているのは、改善した方がいいよな・・・。
扇風機はしまった方が方がいいな・・・、時計は合わせた方がいいな・・・、落ちたカレンダーは元通りにした方がいいな・・・、
う~~ん、でもそれ、「工夫」か??

人生を楽に生きたいので、ぜひSちゃんの進言どおり、なにかを「工夫」したいのである。
でもそもそも、いまのわたしには、なにが「工夫」なのかわからない。
猫の布団のときは、ただ「猫の環境をより快適にしてあげたい」という動機があった。
だが、なんの動機もなく「~をこうしよう」と考えつくのは、なかなか難しい。

それか、もしかしたら、「楽に生きたい」を動機にして生きればいいのかな。
そしたら勝手に、「~をこうしよう」という「工夫」が生まれるのかな。
「工夫して生きる」は、なんとなく掴みかけた、生き方のお手本のような気がするので、これから気をつけて、あれこれ見て考えたいと思う。

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布団と猫

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サテ、昨日から毎日、布団をちゃんと上げることにしたわけだが、それに抗議するやつが出た。
うちの黒猫である。
昨日、黒猫は、いつも通り部屋に入ってくると、用心深げにそろ~っと歩いて、やがてくるっと踵を返して、たたたーっと走り去っていった。
繰り返すこと2回。
3回目は、わたしが部屋から出て、黒猫を呼んで「あそぼー」とスリスリさせてやったら、ようやくいつもと違う布団の山に昇って、フワフワの上に座った。
でも、耳がピンと立って、身体が全然リラックスしていなくて、警戒しているのがわかるのである。

わたしは、猫にとっての居心地のいい場所を奪っちゃったかなあ・・・とちょっと悩んだ。
あんなに、布団の上で横になっているわたしの側に来て、ごろごろ甘えていたもんなあ。
自分のお気に入りの場所がなくなって、ショックだっただろうなあ。
確かに、いまのままじゃ、スキンシップが取れないよなあ。

でも、わたし自身の都合である「日中は座るか立って過ごす」を果たすためには、猫の都合に合わせていられない。
昨日はそれで、仕方ないなと自分に言い聞かせていた。

今朝、気がつくと、猫がわたしのあたまの上に、ぴったりくっついて寝ていた。
だいぶ長いこと、そうしていたみたいだった。
いつも通りの布団の配置になっていたので、嬉しかったのかもしれない。
その後、猫はわたしにごろごろ甘えて、機嫌を直して去っていった。

サテ・・・、どうするか。
こんなにわたしにごろごろしたい猫の希望を、できるだけ叶えてあげたい。
わたしは、積み上げた布団をじっと見て、それをを90°回して、全部上げずにマットと敷布団は広げたままにしてみた。
すると自分でも、猫だったらこの状態の方が落ち着くだろう、と思えた。

じつはこの作業、猫のいる前でやったのだが、猫は「あ、もとに戻してくれるんだ」とばかり、じっと待っていた。
そして出来上がったとき、わたしが「あそぼー」と敷布団の上で呼ぶと、待ってましたとばかり、ごろごろ甘えてきた。
やった。
これで、スキンシップもできるし、わたしは座椅子に座って本を読むこともできる。
猫は、積み重ねた掛け布団のフワフワの上で、ゆっくりくつろぐこともできる。

猫に対して、そんなに気を使うこともないのかもしれないけれど、うちの猫は狭い家とたった3人の家族だけの世界に生きているので、ちょっとでも気分よく生きれるようにしてあげたい。
抱っこもさせてくれない愛想のない猫だけど、死ぬまで幸せでいてほしいと思っている。

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忘れていた当たり前のこと

patchwork

考えてみたら、世の中の人って、日中、座るか立つかして過ごしているよな、と思いついたのである。
わたしはといえば、万年床で、ごはんを食べる以外は、ほぼ一日中、布団の上でごろんと寝ていた。
これじゃ、太るはずだよ・・・。
つか、ふつうの生活じゃないだろ。

わたしはさっそく、どうすれば部屋の中で座って過ごせるかを考えた。
6畳にタンスが3つ。チェスト2つ。
結構、モノが多いのである。
「模様替えしたら?」と元彼Sちゃんは言った。
「非力だから無理」
「タンスって、中身を抜いたら、案外軽いよ」
「タンスをこっち側に移すと、入り口が狭くなんねん。タンスの位置は決定してるねん」

わたしは、部屋を見まわした。
どの位置を拠点に生活すればいいんだろう・・・。
自分がリラックスして座っていられるような場所。
うーん。

それで、今朝起きるまえに、フト「あ、そか。万年床を上げればいいんだ」と気づいた。
そうだよな。
そうすれば部屋に空間ができて、そこにクッションでも置けば、座って本を読んだりできるじゃん。
朝起きて、布団を上げて、着替えて、朝食を摂って、ジョギングして、本を読む。
少なくとも、いままでの生活よりは、ふつうのはず。

そして・・・、あれ~~?
やってみたらわたし、布団を上げたあとで、いつの間にかパジャマまできちんとたたんでいたよ。
習慣って、すごいねー。
なんだかんだ言っても、わたしの人生の30年間は、ちゃんと布団を上げていたんだからなあ。
病気になってから、しばらくベッドでくたばっているうちに、忘れちゃってたんだな。
ふぁ~!
なんて多くの当たり前のことを、わたしは置き去りにしていたんだろう。

しかしまー、仕方なかったという気持ちもあるんだよね。
病気の初期は、ほんとうに苦しかったし、その後もいまからすれば10kgくらいのオモリを背負った重い身体で、風呂に入るのさえ重労働だったんだから。
そりゃー、あんな身体じゃ、いろんなことができないはずだよ、と思う。
なんで15年間重かった身体が、急に軽くなったのか謎だけれど、ずっと忘れていた当たり前のことを、これから徐々に取り戻していきたいなと思う。

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自転車で買い物へ

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父の車の運転が危ないため、昨日は母と、自転車に乗って買い物へ行った。
父がどう思ったか知らないが、これから先、徐々にこういう機会をつくっていく予定である。
どうせいずれ、母と二人で自立しなければならなかったのだ。

自転車は、まえに乗ったときはフラフラで、こりゃ駄目だと思っていたのだが、今回乗ってみたら、全然平気だった。
まえのは、なんだったんだろー?
ともかく、久しぶりの自転車で、わたしは快適だった。
景色や風が、次々と自分のなかに吸い込まれていく。
懐かしい自転車の感覚。
高校生から社会人まで、毎日ずっと乗り続けてきたんだよなあ。
人とぶつかりそうになったときも、身体が反射的にブレーキを操作し、足を止める。
こんなの、自分は覚えていたんだなあ。

母は、今度できる商業施設の工事現場を見て、あれこれ話しかけてきたが、わたしは高校生の野球の試合を見ていた。
殺風景な工事現場を見ても、わたしはなにもあたまに思い浮かばない。
母は、「おばちゃんやな・・・」と思うくらい、あちこちキョロキョロ覗き見ては、あーだこーだと詮索する癖がある。
いろんなことに興味を持つのはいいんだろうけど、「なあ?」と振られても、返事に困ることが多い。
きっと、興味の範囲が違うんだろうな。
わたしは、人の家がどうなったとか、この池がどうなるとか、まったく興味がない。
困ったことに、草花に関しても、なんの興味も感じない。
空とか風とか動物なら、好きだ。
もちろん、興味の対象なんて、人それぞれ違うんだから、べつに母に合わせる必要もないんだろうけど。

そんな感じで、わたしたちは買い物をし、あちこち見まわしながら、10月の季節のなかをプラプラ走った。
チャリって、気持ちいいなー。
しかし、これから冬になると、そうも言ってられないな。
まえは、「真冬に自転車で駅前に行くなんて、絶対無理!」と思っていたが、いまの軽い身体なら行けそうよ。
防寒をしっかりしないとね・・・。

ふつーの人たちが、厚着をして、ふつーに駅前に買い物をしに来ている。
そのなかに入って、わたしもふつーの人になりたいと思う。

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ふつうの食事

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昨日の夕食は、マーボー豆腐だった。
一人前を、美味しく平らげる。

あー嬉しいな。
ふつうの空腹、ふつうの食事、ふつうの満腹。
これでこそ、自分だなあ。
長い間、食事には必ずビールがついていたが、いまはもう、欲しいともなんとも思わない。

このまま、ふつうに食べてジョギングしていたら、自分的にはたぶん、そんなに太らないだろうと思える。
もともとわたしは小食で、ガツ食いしたり間食したりしないのだ。
けれど、母や元彼Sちゃんは、「また太るよー」と言う。
?? なんで??
そりゃ、いまの42kgは自分史から言っても痩せている方だが、これを52kgにするには、相当食べなきゃならないぞ?
わたしだけかもしれないが、アルコールがあるときとないときでは、食べ方が違う。
アルコールがあるときは、脳を気持ちよく油断させながら、勢いよく食べる。
ないときは、モソモソモソ「うん、美味しい」である。
このふたつの食べ方は、全然違う。
たぶん、アルコールと一緒に食事していたら、いままで通り、太ると思う。
でも、アルコールがなかったら、朝からピザとか食べないよなあ・・・と思う。

とまあ、自分の感じと、周囲の意見が違うのだが、どっちにしろ、自分がいいように食べればいいやと思う。
たぶんみんな、わたしがアルコールをやめるなんて、半信半疑なんだろう。
朝から飲み始めて、15年だもんね。
15年もの間、ずっとなにかを失っていたのかもしれないと思うと、恐ろしくなるけれど、これから地道に正しい生活をすれば、ふつうになれるような気がする。

ともかく、楽にジョギングできるくらいの軽い身体になって、ほんとうによかった。
今後は、これを維持するための生活をする。
なんとなくだけど、アルコールを抜いたら、問題のほとんどが解決しそうだけれどね。
わたしは思い込みが激しくて、これ! と決めたら、そればっかりしているそうなので、あんまり気負わずにいこう。

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食欲完全復活?

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昨日の夕食は、アジのムニエルだった。
「なんか食べられそう」と感じて、箸を伸ばして、もぐもぐしてみる。
すると、なんだかスムースに、いつもの自分のやり方で、一食分をきちんと終えることができた。
おおー!
食欲の完全復活か!!

母「美味しい?」と尋ねてきたとき、わたしは素直に「うん!」と答えることができた。
いままで、ダイエットで食欲を見失ってから、ずっと頑張って食べてきたが、それは「美味しい」という感覚ではなく、「胃に入れなければ」という感じだった。
だから、食べ終わってからも、「これだけでいいのかな」と不安になったりしていたのである。
食事中も、なにか機械的に箸を動かしている感じ。
食べ物を飲みこむときの快感や幸せも、感じることができなかったのだ。

やっと、ふつうに戻れたかも・・・、とわたしは思った。
あーありがたい。
もうこれで、あとは規則正しい食生活を送っていけば大丈夫かな。
一日3食、きっちり食べて、適度な運動。
なんだかいまさらだけど、すごく当たり前のことを言ってるな。

夜、元彼Sちゃんに報告したら、彼は驚きもしなかった。
それはいいけど、なんでか、わたしがアルコールに依存してしまった経緯を、まったくの憶測で話された。
「ゆみの場合は、リハの学校で眠れなくなってから、眠るために飲み始めたんだろ?」
「違うよ、・・・」
「まあまあ! 黙って聞いて。眠れないから飲み始めて、それから・・・」

わたしは憮然として聞いていた。
事実は、「商社で働いていたとき、リストラの話が出てから眠れなくなり、その後リハの学校でうつ病を悪化させ、完全にダウンしてから、しんどくて朝から酒を飲み始めた」である。
会社やリハの学校に通いながら、そんなに酒を飲んだりするわけないじゃない。
眠れないぐらいで、酒に頼るほど、弱くもなかったし。
Sちゃんって、いままでの酒飲みでだらしないわたしが、本来のわたしだと思ってんだな。
当たり前だけど、わたしはSちゃんの信者じゃないし、この人の言うことはだいたい正しいとは思っているけれど、100%言うことを聞くつもりはない。

わたしがアルコールに頼らなければならなかった経緯は、いま自分が振り返って、仕方なかったという気もする。
病気の初期は、ほんとうに苦しくてたまらくて、もう死にたいとばかり考えていた。
あのときの自分を、責める気にはならない。
その後、アルコールがなければ生きていけない感が出来上がったのも、不幸なことだったと思う。
でも、いまは軽い身体を手に入れたんだし、ほんとうにもうアルコールは要らない。

ま、それでいっか、と思う。
Sちゃんはなにか勘違いしているみたいだけれど、洞察力に優れた人だから、いまのわたしを見たら、すぐなんかわかるだろう。
あとは一日一日、しっかり刻んでいくだけだな。
生活って、そんなもんだっけ。

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忘れていた身体の感覚

kumo

あー今日も身体が軽い!
午前中、診察に行ってから、ジーンズを買いにショッピングモールを歩き回り、そのあと電車の駅から20分余り、歩いて帰ってきた。
母親にびっくりされる。

「まえは、そんなことできへんって言うてたやないの」
「だから、まえは身体がすごく重かってん! あんなに重かったら、そりゃ歩き回ったり、風呂入ったりできへんで! いまはすっごく軽い!! 歩いてても走ってても、足勝手に進むもん」
「病気、治るんやろうか・・・・・・」
「自分のなかでは、なんか世界が変わったで」

ほんとうにその通りなのである。
わたしはいま、狐につままれたような気がしてならない。
もし、この軽い身体が、ふつうの身体なんだとしたら、わたしはいったいいつから重い身体をひきずっていたんだろう?
たぶんもう、思い出せないほど昔からだ。
もしかすると、病気になってから、15年間ずっと?

ふと空を見上げながら歩く。
自転車に乗っている人を見て、自分も乗ろうと思う。
キンモクセイの匂いを嗅いで、季節を感じる。
おそらく、ふつうの人がふつうにしていることを、わたしはこの15年間くらい、できなかった。
身体があまりにも重くて、どこにも行けないし、なにを見ることも感じることもできなかったのだ。
わたしのなかでは、ダイエット・ドツボ事件以来、なにもかもが、ガラリと変わった。
なんか、世界が違う。
この世界こそが、健常者の世界??
遠い昔、わたしが健康だったときは、ここに住んでいたんだろうか??

「こんなことって、あるんでしょうか?」と、わたしはH主治医に尋ねた。
「そら、自分が体感してるんやから、そうなんちゃいます?」と彼は言った。
へー・・・。
わたしは、危険ダイエットでひどい目にあったけれど、その見返りに、いいものをたくさん手に入れたのかもしれない。
いや・・・、取り戻した、かな。
忘れていた身体の感覚、生活の仕方。
一日中部屋にこもっているのはおかしいとか、一日中パジャマでいるって何? とか。
昔々は当たり前にわかっていたことを、これからも見つけていって、正常な生活に戻れるよう、積み重ねていきたいと思う。

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父の車の運転

car

昨日は、怖い思いをした。
うちの父はもう78歳で、だいぶ前から車の運転が怪しくなっていたのだが、昨日はほんとうにひどかった。

「ここ、まっすぐやな」と父が言い、直進しようとしたのだが、あたまの確かな母が、「違うよ! 左やで」と注意した。
すると父は、「なんでや! ここは侵入禁止やないか」と怒り出し、続いて母が「9時から11時までやろ」と頑張ったところ、父は赤信号なのに、そのまま左折しようとしたのだ。

「赤やで、赤!」とわたしが怒鳴った。
父は今度は、車をバックし始めた。
おいおいおい・・・えっ!! 人がなだれ込んでくる!!
「右!右!人!!」とまた、わたしは叫んだ。
ようやく父が車をストップさせたところ、自転車に乗ったおじさんが、「信号ちゃんと見とかんかい!!」と怒鳴った。
母があたまを下げる。
わたしがヒヤーッと肝を冷やしていたところ、父は呆れたことに、「おまえらがいろいろ言うからや!!」と人のせいにし始めた。
「なにを・・・っ、あんたが悪いに決まってるやんかっ!!」と恐ろしさのあまり叫んでいると、次に父は、さっきのおじさんを見つけて、なんとスピードを上げて追いかけ始めたのだ。
「なにしてんの! 駐車場はこっちやで!!」と母が制止した。

・・・ああ、怖かった・・・・・・・・・。
赤信号を見落としちゃってごめんなさい、までなら「歳だな」って思うけれど、自分が轢きそうになった人に怒って、追いかけるって変でしょ・・・恐ろしすぎる。
「お父さんは、もう昔のお父さんじゃなくなってるねん」と、ちょっと前から母は言っている。
「なんでも人のせいにするやろ。それで、いろんなことを忘れてる、すぐ忘れる、すぐカッとなる、非常識なことをする、あり得ないような話をする。もう、なんにも話できへんねん」
確かに・・・、自分が変なことをしていることに、自覚がないんだよね・・・。
家で母を困らせているのも問題だが、とにかく車で人に迷惑をかけるようなことがあっては、絶対駄目だ。
「もう、車の運転はやめてもらおう」
「でも明日から急に、とかは無理やと思うで。自覚ないし、プライドあるし」
「わたしが自転車練習するわ」
「それはいいと思う」

そんで、久々に自転車に乗ってみたら、アレ? 簡単じゃん・・・。
前に乗ったときは、フラフラして危なかったんだけどな。
これなら、駅まで行くのは楽勝だよ。

父の自転車のペダルがやたら重いので、それを改善すれば、父も乗ってくれるんじゃないか、そしてわたし用の自転車を買って、買い物へは、3人自転車に乗っていこう、と母と相談して決めた。
ほんとうにもう、父の運転する車には乗りたくない。
事故を起こすまえに、なんとしても、運転をやめてもらう!
父が素直に言うことを聞いてくれるのを、願うばかりだ。

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ジョギング再開

jogging


昨日はビックリした!
なんとなく、だいぶ前から身体が軽いので、「ジョギングしても軽いんじゃないか」と思ってやってみたら、ものすごく身体が軽くて、「えーーっ!! ウソッ!!」と驚いたのである。

ダイエット中にもジョギングしていたが、身体が全然違う!
ダイエット中は、すでに体重は落ちていたにも関わらず、どすんどすんと、一歩一歩が重かった。
でもいまは、足元なんてまったく気にならない。
自分の呼吸音が聞こえるのみ。
そして、雲や山並みを見ながら、「わー気持ちいい!」と感じることができる。

これって・・・、ごはんをしっかり食べているからだよな?
ダイエット中は、ビールでカロリーを摂っていたから、不健全極まりない身体だった。
ごはんで、こんなにも違うなんて。
食って、すごく大切なことなんだなあ。
その人の身体の重さや生活まで、変えてしまうものなんだなあ。

走り終わったあとの、爽快感もハンパなかった。
スカーッとして、走っているときよりもさらに身体が軽くなって、「ウヒャー」って感じ。
これは、いいもんを見つけたわ。
ジョギングすれば、この快感が得られるのね。
そのためにも、身体にしっかり栄養を送ってやらなきゃ。
――そういうわけで、わたしはさらに、「頑張って食うぞー!」と士気を高めたのである。

今日の体重は、42.0kg(+0.1kg)だった。
でももう、これだけ元気に走れるんだったら、体重ってあんまり関係ないんじゃ? という気がする。
食事は、油ものはまだ駄目だが、油が入っていないものであれば、そんなに無理しなくても食べられるようになった。
満腹感は、ごはん・味噌汁・納豆・野菜ジュース、でちょうど腹10分目である。
もう少し食べられるようになれば、完璧だなと思う。

今回の、ダイエットでドツボ事件では、ほんとうに多くのことを学んだ。
昨日学んだのは、「きちんと健康管理していれば、身体はこんなにも軽くなる」である。
わたしは、この軽い身体で、ジョギングを楽しみ続けたい。
だから、不摂生はなるべくしないように心掛けたいと思う。

元彼Sちゃんに報告したら、「さすがに走るとは思わなかった」と唸っていた。
へへへ。
Sちゃんはわたしの師で、なんでも知っていて、なににおいてもわたしより上だけれど、走ることについては、彼の出る幕はないんだよね。
「明日走れなくても、悲観しないように」って言ってたけれど、走れないって何? っていうくらい、軽いジョギングは楽勝だわ。
でも、大事なマシンだから、身体は使い過ぎないよう、丁寧に扱っていこう。

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頑張り過ぎないこと

natto

今日の体重は、41.9kg(-0.6kg)。
減りすぎ・・・。
確かに、腹150%を100%に変えたけど。
やっぱり少しの努力は必要だな・・・。

昨夜、わたしはまた元彼Sちゃんに、体重と食事との付き合い方について、知恵をもらった。
Sちゃんは、そんなに無理して食べる必要はない、という。

「そんなにして食べてたら、毎回の食事が拷問になっちゃうでしょー。好きなものを好きなときに好きなだけ。食事は楽しまなきゃ駄目よー」
「でも、油断してたら、また体重が落ちちゃうよ」
「体重はね、これから変動があると思うよ。誤差1kgくらい。だから、気にしなくていいんだって」
「じゃあ、いまから1kg減ってもいいの?」
「大丈夫、大丈夫。そりゃ、40kgを切るようになったら、考えないといけないけどね」

それを聞いて、わたしはとても安心した。
あの、ゾッとしながら、それでも無理矢理、食事を詰め込まなければならない苦痛がなければ、心にかなりゆとりができるのだ。
そっかー。ふつうにしていていいんだ。
41kgになっても問題ないんだ。

そんなことをあたまで考えていたせいか、この日はわたしはよく眠れた。
最近、眠剤が効かなくて、寝てから2・3時間で目が覚めてしまい、睡眠不足で困っていたのだ。
きっと、食事に対するプレッシャーがかかっていたんだな。

ほかにも、Sちゃんは予言した。
「これから食欲が戻ったら、たぶん50kgくらいにはなるよ」
「えっ! わたし、そんなに食べるかな?」
「だって、動かないもん。そんな、引きこもりみたいな生活してたら、そりゃ太るよー。少しでいいから、外に出なよ。すぐ引き返してくるんでもいいの。1kmでも歩くと違うよ? とにかく、出ることが必要」

なるほど、そうだよね。
きちんとした食事をして、そこそこ運動していたら、お腹がぽこーんと出るような身体にはならないよね。
いまは少し散歩しているけれど、これを冬も続けよう。
うまくいったら、ジョギング再開できるかな?

いまはとりあえず、頑張り過ぎず、のんびり過ごすのがいいみたいだ。
ごはん食べて、昼寝して、散歩して。
「焦ってものんびりしても、どうせ1日は24時間」と、Sちゃんは言う。
うん。肝に銘じておくよ。
わたしはほんとに、先を急ぎ過ぎる、もっと大らかにならなきゃと思う。

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体重が増えた!

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おおおーー!
今日の体重は、なんと42.5kg(+0.4kg)だった。
でもなんで?? 増えたのはホッとするけど、昨日はいつもと変わらない1人前の食事だったのよ。
栄養が完全に全身にいきわたって、貯蓄にまわせるようになったのかしら。

そこで、わたしはちょっと悩んだ。
いまは、一人前を食べるのに、腹十二分目になるまで、必死で詰め込んでいる。
食後40分はとても苦しい。
でも・・・、もしそんな努力をしなくても、体重が落ちないんだったら、そろそろ腹10分目の食事に切り替えてもいいのでは? ということである。

そうなったら、わたしの食生活はかなり楽になる。
食前に、「全部食べられるかな、ドキドキ」なんて思いもしなくていい。
いまのわたしが楽に食べられる量は、ごはん・味噌汁・納豆・野菜ジュース、くらいの量である。
これにあとわずか、なにかを付け足して一食終了~、ってやったら駄目かしら。
一人前より少し少ないな、程度の量。
もう身体の調子はいいんだし、いたずらに詰め込んで苦しい思いを続ける必要があるのどうか。

わからないので、両親に訊いてみた。(訊いてばっか。)
すると、二人声をそろえて、「腹10分目でいいよ~!」と言った。
「いままで、あれだけ食べてたのに、全然体重が増えへんかってん。でも、今日いきなり0.4kgも増えてん」
「身につくまで、時間がかかるからな。(二人でウンウン)筋肉とかつくるのに時間かかるやろ」

そうかあ~。
これまで、ちゃんと食べているのに、なんで減るんだよとか、いろいろ悩んだが、そういうことか。
いまは、食べれば増えるという、当たり前の身体になりつつあるということね。
また一歩前進だ~。
これからは、楽に食べるぞ~。
「これ、全部食べなきゃ、明日の体重計が」なんてプレッシャーを感じずに、自分がいいところまで食べる。
翌朝、体重計に乗ったら、「大して変わってないじゃん」くらい気楽になれるといいな。

そんで、ゆくゆくは、当たり前のように自分の好きなように食べて、たまには外食も楽しみたい。
いつかはそうなるはずだと思う。
Sちゃんは「年末までに治るくらいの気持ちでしょ」と言う。
そうなのかな。Sちゃんの言うことは当たるからな。
日々様子をみながら、のんびりやっていくしかないな。

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人生の楽しみにさよなら

tebasaki

今日の体重は、42.1kg(+0,2kg)!
やったぁー! 落としてしまったぶんを、取り戻したぞ!
昨日、自分的に無茶食いしたもんなあ。
食べて食べて、食事の中間で「いまが満腹だ」と思ったところから、さらに食べ進めて、ようやく一人前をこなした。
ふ~~~~。腹150%でした。
よくやった、自分・・・・・・。

最近、なんとなく「これは美味しいな」と思うものが出てきて、それは、白飯とモッツァレラチーズと高菜漬けである。
白飯なら、一杯はぺろりと食べられる。
よく考えたら、もともと好きなんだよね。
それと最初は、肉の焼ける匂いを嗅いだらゾッとしていたんだけれど、昨日は鶏の手羽先を一本食べられた。
「口に入れたら、ゾッとするだろうなー」と思いながら食べたのだが、案外、ふつうに咀嚼して飲みこめた。
2本は要らんって感じだったけど、進歩だなと思う。
この調子で、だんだん食べられるものが増えていけば、自然と治っていくような気がする。

それにしても、食事していてときどき、「もし健康体だったとして、この食事をしていて、楽しいか?」と自問自答したとき、わたしはたぶん楽しくもなんともないだろう、と考えるのである。
もう長年にわたって、わたしはアルコールの友として食事をしてきた。
だからいままで、ふつうの人が、アルコールなしで食事しているのを見て、「美味しいのか?」と不思議だったのである。
で、自分がアルコールなしで食事していた時代は、わたしはあんまり食に喜びを感じていなかったと思う。
お腹が空いたから、メシにすっかー、みたいな感じ。
美味しいものを食べたいという欲求はないし、特別好きなものもない。

この傾向は、母親にもあって、この人は「白飯さえあれば、あとは残り物でもなんでもいい」という人である。
しょぼいもんばっか食べてるなーと常々思っていたが、わたしの本質もあんな感じじゃないかしらね。
いままでの経過から、ごくふつうに今後を考えると、わたしは代わり映えのない惣菜とかインスタントラーメンとかパンとかそばとか、しょぼしょぼ食べて、「ま、こんなもんでしょ」で食事をすませる粗食の人になるんじゃないかと思う。

いまのわたしにとって、日々のアルコールを失うのは、人生の楽しみの半分くらいを失うことである。
だけど、もう家で日常的に飲むことはしない。
やるとしても、寝酒にバーボン1杯、とかだな。
自分にとって、ここまでの決断をするのは、一つには今回アルコールが脳に及ぼす影響の大きさを思い知ったことと、二つめには、今後食欲が出てくるにつれ、まえと同じように飲んでいたら、必ずまた太るだろうと予想できるからである。
もう一生ダイエットはしないんだから、無駄に太るようなことはしたくない。

今回、ダイエットのし過ぎで、ほんとうにバカなことをしたが、毎食時のアルコールと決別できたのは、これからの自分にとって、ケガの功名になったと思う。
ビール代がかかって仕方ない、と母親から文句言われていたしね・・・。
人生の楽しみの一つは失ったけれど、健康に過ごせることの有難さをかみしめるだけで、幸せってもんだなあと思う。

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動物園とチャーハンの日

zou

昨日は、両親と動物園に行ってきた。
父が行こうと言ったからである。
わたしがみたところ、父は動物園だけではなく、その隣にある新世界(大阪の通天閣があるところ)で、串カツが食べたいと思っているのだった。

動物園に行っても、わたしは動物を見ているようで見ていなかった。
食欲という本能がおかしくなってから、わたしはどうやら常にそのことを考えており、なにをしても無心になるということはほとんどないのだった。
つくづく、融通の利かない性格だと思う。
ふつうの人ならたぶん、「いま身体の調子がいいんだから、それでいいじゃない」で済むと思う。

ぼけーっと動物を見ていたら、次第に空腹になるのがわかった。
新世界というところは、とにかく店という店のほとんどが、串カツ屋である。
串カツか・・・。ビールも白飯もなしで、どうやって食べるんだよ・・・。
わたしが成り行きにまかせていたら、父がウロウロと困り始めたので、もともと串カツがあまり好きじゃない母とわたしで、ほかの店に入り、父は一人で串カツ屋へ入った。
ここがまた、油っぽい店なのである。
メニューを見て、とりあえずチャーハンならかきこめるなと思って頼んだのだが、口に入れると油の匂いにゾッとして、思わず肉を取り除いて、後半苦しんで、あと3口くらいのところでギブした。
母は「それだけ食べれたら上等よ」と言ったが、こんなのふつうのわたしなら、ふつうに食べられるはずなんだけどな・・・。
でもいまはふつうじゃないんだから、そこは考えちゃいけないんだろう。
毎食ベストを尽くすのみ。

父は、店から出てきたとき、ビールの匂いを漂わせていた。
この人は、わたしが家で飲まなくなってから、自分もビールをやめている。
一度、「わたしはビールを我慢してるんじゃなくて、ほんとに飲めないの」と言ったのだが、彼の主張は「俺の病気に差し障るから」なのである。
でも、外で一人のときは飲むってことは、やっぱりわたしを気遣ってるってことだよなー。
優しい人だけど、そんな我慢しないでもらいたいなー。

そんで翌日の今朝、体重を量ったら、41.9kg(-0.2kg)なのである。
う~~~ん・・・ついに、42kgを割っちゃったか。やばい。
でも、考えたら一週間前の状態からみれば、食事の苦痛感も体調も、かなり改善されているんだよね。
てことは、あと一週間後には、さらによくなっているんじゃない?
ポジティブに考えると、いまこの段階で多少体重を減らしても、食べられるようになったら、すぐ取り戻せるのでは。
H主治医も両親も元彼Sちゃんも、みんな大合唱で「大丈夫」と言ってくれている。
わたしもそう信じて、頑張るしかない。

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いまの食事量をキープ?

tachiuo

今日の体重は、42.1kg(-0.2kg)。
また減ってしまった・・・。
ふう・・・、あんなに頑張って食べているのになあ・・・。
でも体調は、絶好調といっていいくらいなので、あんまり気にしない方がいいのかもしれない。

昨日、夕食のときも、わたしは太刀魚の塩焼きと必死で闘っていたのだが、やはり全部は無理で、解体して卵とか脂の部分を除いて、三分の二くらい食べた。
「いちばん、美味しいところを残してるぞ」と父が言い、彼が卵を食べた。
自分のぶんだけじゃなく、人のぶんまで食べられるとは・・・。
いや、当たり前なんだけど、いまのわたしは、目の前の両親が、食事のあとでもなんかパクパク食べたりしているのを見て、「いったいどんだけ食べられるんだ・・・」とあたまのなかがぐるぐるしている。

太刀魚と別れを告げたあと、わたしは「これだけじゃ、まだカロリー足りてないかも」と思い、牛乳を取り出して飲んでいたのだが、そのとき、珍しく父が「それだけ食べてたら、大丈夫や」と言い始めた。
母も追随して、「そうよ~。一時のことを思えば、すごく食べてるわよ~」と言う。
そ・・・そうなの?
でも、体重増えていないんだけど・・・・・・。

「ずっとそれくらい食べてたら、大丈夫じゃ。(大分弁)」と、父がもう一度言った。
「十分よ~」と母。
わたしは、二人がこれだけ言うんだから、そうなんだろうなと思って、「そっかー。安心した」と言った。
そんで、もう一回自分のあたまで考えて、「まーこれくらいだったら、ちょっと食欲のない人レベルかも」とちょっとホッとした。
自分一人では、どうしても数字の方を頼りにしてしまうから、見ている人に言ってもらえると、心強い。
わたしは今度から、もう少しリラックスして食事しようと思った。

それにしても、食後の満腹感といったらないよ。
たぶん、いまの自分的に「ここが満腹です」と言うなら、食事の中間あたりだな。
後半は、努力して食べている。
そのへんになると、もうTV見てんだか、両親の話を聞いているんだか、わかんないよ。
ほんとに必死ってやつだね。
これが、もうちょっと楽になるといいんだけどなあ。

あと、スルスル食べられるものと、全然ダメなものがある。
この度は、太刀魚はスルスルの部類で、切干大根は全然ダメの部類だった。
なんでだろうなー。各部類の共通点が見当たらない。
油ものは想像しただけで、ダメの部類だな。
味付けの濃いものもダメっぽい気がするな。
今後は、楽に食事をするために、ダメなものは無理に食べず、スルスルを選んで、量で稼ごうと思う。

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食欲とのつきあい

misoshiru

今日の体重は、42.3kg(±0kg)だった。
いまのわたしは、一人前食べて、腹12分目。
けっこう、頑張っているんだけどなあ・・・。
まーそんなに急に、体重がどんどん増えたりしてくれないか。

でも、毎回腹12分目はきついので、今朝はちょっとズルして、ごはんと味噌汁と納豆、だったところを、納豆をやめにした。
ごはんと味噌汁くらいがちょうどいい感じ。
そのかわり、牛乳を1杯飲んだ。
牛乳、楽だわー。液体はどれも大丈夫なのよね。

ここ数日間、このような状態が続いていて、これでしばらく安定なのかなと思う。
身体の方は、足先がわずかに痺れるが、ほかはどこも悪くない。
いい天気だし、どっか行きたいなーとさえ思う。
元彼Sちゃんが、「××公園行きたいね。温泉も行きたいね」と言うので、わたしが「行きたいー」と言ったら、「元気になるのが先。ばんばん食べようってくらいになってから」と返されてしまった。
ばんばん食べるって・・・、いつの話だ?
2週間死にもの狂いで食べ続けて、ようやくココだよ。

まえに拒食症の診断を受けたときは、本人にまったく危機感がなくて、必死で食べようなんて、全然思わなかった。
世にいうほんとの拒食症ではない、とも担当医から言われた。
ただ体重は確か、36.5kgまで落ちたんじゃないかな?
って、いまより6kgも少なかったの?
げー! よく生還したな、自分・・・。
あのときは、食事のことなんかほっといて、適当に過ごしていたら、あるとき3ヶ月で10kg増えたのだった。
なんで急に食べられるようになったんだろー?
身体が、「そろそろ、怠けてないで食べなさい」って言ったのかな。
もしかしたら今回も、急に食欲が出始めるのかもしれない。
10kgも増えたら嫌だけど、いつか必ず、健全な食欲が戻ってくると信じている。

サテ、午前中は毎日必ずスーパーへ行っている。
今日の昼ごはんは何にするかな・・・。
油ものは駄目だし、ラーメンとかお好み焼きとかも、キツイなー。
うーーん。考えつかない・・・。
「あれが食べたい」っていう気持ちが、早く湧いてくるといいんだけどな。

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体重計とにらみ合う

katsuo_tataki

やった! 体重が42.1→42.3kg(+0.2kg)に増えた!
0.1kgで一喜一憂しても仕方ないと思うけれど、やっぱりホッとする。
油断しているうちに、またズルズル落ちていくのが怖い。

昨日の夕食は、カツオのタタキと野菜炒めだった。
カツオは、ぱっと見て「4切れいくぞ!」と思ったが、最後の一切れは根性が出なくて、小さいのを選んでしまった。
そのかわり、マヨネーズをぐるぐるかけたよ・・・。
カツオのタタキにマヨネーズをかけると、味がまろやかになって、食べやすいんだよね。

野菜炒めも、まったく食べる気が起こらなかったが、よく考えたら、もともとわたしは食事ってあんまり好きじゃないんだった。
食物に「大好きな××」というのがないのよ。
小さい頃からそんなふうで、今回思い出したけど、家でも給食でも、目の前の皿を見つめて「もーやだ・・・まだ食べるのぉ・・・」と憂鬱になったものだった。
思春期で陸上競技をしていた頃は、よく食べたが、社会人になってからは、アルコールを飲み始めたので、食事はまるでアルコールを飲むためのツマミになってしまった。
そのツマミを食べる方式の食事が、ここ数年間ずっと続いたので、いまわたしは、白飯とおかずの食べ方が、どうもしんどいしつまらない。
もともと「おいしー!」と食べていたわけじゃないから、たぶんいま食事していて、もっと快復したとしても、やっぱり「おいしー!」にはなんないだろうな。

アルコールは、今後、付き合い程度にしようと思っている。
あれはやっぱり、脳を麻痺させるから、一日中飲んでいたら、見えるものも見えなくなってしまう。
飲むなら、あとは寝るだけの晩か、お付き合いの時だけだな。
食欲という本能を麻痺させるほどの力が、アルコールにあるなんて、ほんとうに知らなかった。

とはいえ、わたしはいま、ダイエットで減り過ぎた体重と、弱った身体を取り戻すべく、非常に徹底した食生活を送っているので、たまにはちょっと気を抜きたい。
嗜好品が欲しいなー。
コーヒーとか・・・なんか変わった飲み物とか?
一人前の食事を食べきるというミッションを続けているいま、その合間に、ささやかな息抜きが欲しい。

昨日、また大学女子同期会の案内が来た。
「Bが帰ってくるから、みんなで集まろー」という話である。
わたしは、しばらく迷ったが、やはりいまは、身体が優先だと考えて、また欠席にした。
いい息抜きになったはずなんだけど・・・、わたしは、飲み会でアルコールを飲み始めると、食べなくなるからなあ・・・。
食べている量なんか気にせずに、みんなと一緒に、気楽にアルコールが飲める日が早く来るといいなあ。

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カレイの煮つけに苦戦

karei

昨日の夕食は、カレイの煮つけだった。
ぶっくり太ったボリュームのあるカレイである。
わたしはそれを見た瞬間、「これは全部食べられない」と思った。

で、周りを見渡してみると、大根の煮つけ。
冷奴の小さいの。
わたしはそれで、今回はカレイを半分と、冷奴と、大根を数切れ、と目標を定めた。

まずは、苦手なカレイから手をつける。
もぐもぐ・・・うーーん・・・、脂がどぎつい。
脂がどうも駄目になってるんだな。
冷奴を食べる。
うん! これはさわやかだ。いける。
大根は? むっ・・・、味が濃すぎて、口のなかで暴れる。
もともとこういう味、好きじゃないんだよな・・・。

野菜ジュースで口を洗いながら、わたしはこのようにして食事した。
結局、目標の大根の煮つけは、1切れしか食べられなかった。
全体を見渡すと、たぶん一人前よりちょっと少ないくらい?
満腹でもう食べられない状態なのだが、食欲がわからなくなってしまってから以降、わたしは自分の食欲に疑いを持っているので、食後にもう一度「ちゃんと食べているか?」とチェックしなければ気がすまないのだ。

TVを見ながら、「大丈夫かな・・・」と考えて、念のために牛乳を1杯飲んだ。
この日はこれで様子をみるしかない。
あんまり神経質になるのもどうかと思うが、またあれよあれよと言う間に、体重が落ちていったら嫌だ。

元彼Sちゃんに、「今日はこれだけ食べた」と報告したら、「食べてるじゃない」と言われた。
でもそのあとで、「ふつうの人よりは、ちょっと少なめだね」とも言われた。
少ないのか・・・。
少なめを続けていたら、また体重が落ちてしまう。
体調は日に日によくなっているけれど、体重が落ちて、再び悪くなって、地獄をみるのは絶対嫌だ。

んで、今朝体重を量ったら、0.1kg減っていて、42.1kgになっていた。
むうう・・・。気にしない方がいいのか。
やっぱ、ちょっとでも力を抜くと駄目だな。

でも、毎回腹150%をしていたら、ほんとにしんどいので、牛乳にはちみつを入れるとか、より多くのカロリーを摂れるように工夫した方がいいんだろうな。
ちなみにわたしは、もともと間食癖がなく、甘いものは嫌いである。
職場やバイト先で茶菓子を出されたら、げーと思いながら、無理矢理食べていた。
そんなの、体重を増やしたいからって、いまから食べられるわけないし。

体重のことが、常にあたまの隅にあるみたいで、日常「なにしてんの?」と言われるようなヘマをしているので、もう少し神経をべつなところへ向けたいと思っている。
昨日は、YouTubeでオルゴールをかけて、空を見たあとで寝た。
心地いいとか、自分の身体が感じる確かなものに支えられて、快復していきたいと思う。

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快復過程

ohashi

満腹と空腹がわかるようになって、だいぶ食事に慣れてきたのだが、なんで食べにくいのかなあ・・・と思ったら、ふと「匂いが駄目なんだ」と気づいた。
あの、喉を通るときの「くっ」と抜ける食物の匂い。
飲みこんだあとの、ゾーッとする感じ。
あれがなければ、ふつうに食べられるんだけどなあ。

だから気がついたら、飲みこんでから、急いで野菜ジュースを飲んでいる。
野菜ジュースがやたら減るわけだ・・・。
あと、スーパーに行っても、見るだけなら平気なのだが、匂いが漂ってくるとゾッとする。
とくに油もの!
あれはほんとに忌まわしい感じ。

まーでも、喉さえ通れば、あとはなんの問題もないので、いずれ快復するのを待とうと思う。
体重は相変わらず42.2kg。
これ以上減らしてたまるか! と意気込んでいるが、周りは「そんなに気負うことないよー」と言うので、最初の頃のように何が何でもと頑張ることもないのかなと思っている。

体力はとてもついた。
階段を上がるときも、両手でフラフラ上がっていたのだが、いまは片手で手すりにつかまって、ふつうに昇り降りしている。
でも、お風呂はちょっとしんどいなあ・・・。
あと少しだな。

食欲がわからなくなって、「このままでは死ぬ」という食事内容に焦って、急いで食べようとしたがもう入らず、地獄の苦しみを味わった日々を思うと、いまはほんとに天国だー。
ごはんが食べれて、一日ゆったり過ごせて、睡眠もとれる。
生きてて、どこに不満があるんだよー。
つくづく、健康第一だって思ったわ。

わたしはもう、一生ダイエットなんかしない。
食欲という本能を制御するなんて、ほんとうに危ないと思う。
ほんとの病気ならともかく、病的にガリガリの人とか、いまは見たくない。
あまりにも太っている人も、本能に翻弄されているみたいで、ちょっと怖い。
広告で、2ヶ月で30kg減! とか、もう絶対やめなよ~~って感じ。
結果を急ぎたいのはわかるけど、健康をなくしたら、ほんとに何もできないんだって。
実際わたしは、3ヶ月で10kg痩せたが、体調が悪くて人前に出られない状態だもん。
ダイエットなんて、失敗するくらいがいいのよ。
「あ、ちょっとお菓子食べちゃったー、えへ」でいいと思う。

とまあ、いろいろたくさん反省があるのだが、まだ完全体ではないので、いまは深く考えず、のんびり過ごそうと思う。
窓を開けて、虫の声を聞くのが楽しみなんだよね。
元彼Sちゃんに「うちの周りには、あんまり虫がいない」って不満を洩らしたら、「もう虫の鳴く時期は終わりでしょ」と言われてしまった。
そっか。夏が過ぎたのね。
今年の夏は、ダイエットに始まってダイエットに終わったわ。
バカなことしたと思うけど、自分の生き方の誤りとか、自分を楽にする方法とか、いろんなものを学んだわ。

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自然の力を借りて

mado_kaze

昨日の午後、元彼Sちゃんの言うとおり、部屋の窓を開けて横になってみたら、すごく幸せな天国がやってきた。
青い空に、ぽかんと浮かんだ白い雲の流れ。
目をつぶると、風がふわぁっと入り、肌を心地よく滑っていく。
耳からは、時折サワサワ、ごおっいう風の音。
チッチ・・・と、小さく鳥の鳴く声。
そんなものを感じ取っているうちに、次第にふーっと身体が軽くなり、どんどん軽くなって、やがて雲の上にいるようなフワフワ感になった。
「うわぁ、すごく気持ちいい・・・」

そのまま、何時間もあたまをぽかーんと空っぽにして、目をつぶって寝ていた。
身体のどこにも、苦しみも痛みもない。
あたまのなかに、ときどきサーっと差してくる眩しい光、打ち寄せる珊瑚礁の海、雲の上の様子が、次々と浮かぶ。
なんにも考えられなくて、わたしはいかに、毎日余計なことばかり神経を使っているのか、よくわかった。

そんで、夕食前に起きてみたら、身体がスカッと奇妙なくらい軽くなったのだ。
ここ数週間、苦しみぬいたご褒美なのかなあ・・・。

ダイエットで酷使し故障した身体は、ほとんど治ったみたい。
ただ、食事に苦労している。
わかったのだが、なぜしんどいのかというと、嚥下しにくいのと、食物の匂いにゾーッとするからだった。
昨日なんか、夕食は酢豚という難物だったから、一気にスピードを上げて10分くらいで食べた。
まだ、「食事を楽しんでいる」とは言えない。

しかしまー、一応ホッとできる時間がつくれて、ほんとうによかった。
自然からもらえる力って、すごい!
タダなんだから、使わなきゃ損だよね。
これからも、午後の瞑想を趣味にしよっと。

こんなことを教えてくれたSちゃんに感謝する。
じつは、まえから「窓あけてみ」って言われていたんだよね。
わたしときたら、「排気ガスが入るから嫌」って突っぱねてたんだけど、ちゃんと人の言うことは聞くもんだねー。
ほんと、今回はいろんなことを勉強させてもらったなあ。
ちょっと生き方が変わりそう。

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診察と数々の助言

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昨日は、診察日であることを忘れていて、夕方急いで行った。
さっそくH主治医に、ダイエットによる壮絶な体調不良から、食べ始めると、めきめき調子がよくなったことを話した。

「必死でゴミ(のように見える、ふつーの食事)を一日3回食べて、それで、いまはけろっとしてるんです。食欲はまだ戻ってなくて、一人前食べるのがやっと、ですけど」
「いつから食べ始めたん?」
「一週間前からです」
「それで、まだそんなんか。どんだけ我慢しててん・・・」
「(ダイエットの)途中から、食欲がわからなくなったんですよ」
「いま何kg?」
「42.2kgです」
「あと、2・3kgは増やしたいな。一日1500㎉くらいやな」
「1500・・・。はい(やるしかねえ!)」
「その歳なんだから、もうお腹出てもふつーでしょ!」
「あの、過食症にならないでしょうか?」
「そんな簡単にはなりませんよ」
「このまま食べてたら、食欲は戻るでしょうか?!」
「戻ります」

精神科・H主治医という専門家が後押ししてくれたので、わたしはホッとした。
いまは無理矢理食べているけれど、いつか楽に食べられるときが来るんだ。

それでもわたしは、なんだか「ホントかなー」という疑問を捨てきれずに、母に再度意見を求めたのだが、彼女はついに「ゆみさん、キッチリしすぎなのよ。お父さんにそっくり! 確かに最初は具合悪いかなーと思ったけど、いまはもう身体楽なんでしょ? それでいいじゃない」
「そうなんだけど・・・・・・」

わたしがあんまり混乱しているので、母は自分の精神安定剤をくれた。
その後、夕食は昨日よりもはるかに楽に食べられたので、ホッとしたがそれと同時に、「こんなに簡単に治っちゃっていいの?」という取り越し苦労を、わたしはまたし始めた。

それで、なんでも知っている元彼Sちゃんとスカイプで話した。
Sちゃんは、わたしが「え!」と思うような、ためになることをたくさん話してくれた。
「ゆみはさー、体調が悪いときは、ねっちゃりねっちゃりしたしゃべり方になるんだよ。だからね、今日はたぶん体調いいよ。ハキハキしてる」
「えっ! そうなの??(この人、人を見抜く目がすごいんだよなー)」
「そうよー。それとね、俺が感じるには、いまゆみにとって大事なのは、たぶん食欲より睡眠」
「え~~?? 睡眠???」
「眠らなきゃ、食欲も出ないよ。徹夜明けとか食べれないもん。8時間は寝たいところだな」
「それは無理・・・」
「適当でいいのよ、適当で。それから、少し部屋の窓を開けて、空気入れ替えるとかさー、ちょっと外に出て季節を感じるとかさ。自然を感じなかったら、人間駄目よ。朝起きたときは、3分でいいから窓を開けて、今日の温度はこれくらいかなとかさ、やってみなよー」
「わかった・・・。やってみる」

知恵をもらったら、なんでも実践してみる心境になっていたわたしは、素直に従うことにした。
それにしても、Sちゃん、わたしよりわたしの体調をはるかに詳しく知っていて、びっくりした。
そんなに頻繁に会ってないのに!
それもべつに、わたしだけを見てたってことじゃなくて、前から知ってたけれど、この人の洞察力って神がかり的なところがあるの。
いつもは説教臭くてうんざりするけれど、こんなときはものすごく心強い。

そんでいま、夜中の3時だけど、窓を開けてブログを書いている。
8時間寝なきゃいけないんだけれど、長年不眠症を患っているわたしのやり方としては、夜中にいったん目がぱっちりしてしまったら、一度なにかをした方がいい感じ。
お腹がふつうに減ってきた。
外から、虫の声が聞こえてくる。
秋なんだなあ。
こんな素敵な秋の到来も感じないまま、わたしは一人で、なにを悪戦苦闘ドタバタしてたんだろ?

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腹9分目からの食事

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昨日の拒食症もどきの症状は、「空腹感がほとんどない」「足の先が痺れる」「息が苦しくて咳が出る」の3つである。
「身体がたまにピクピクする」は、ほぼ消失した。
ひとつでもなくなると、ほんとうに有難い!
毎日スーパーに買い物に行っているのだが、そのときの足取りも、昨日より一昨日より、日に日にしっかりしているのがわかる。

これで、毎日3食きちんと食べていれば、いずれ完全復帰できるはず・・・と信じて、ただ必死で食べている。
「空腹感がない」のが、目下いちばん困っていることかな。
腹9分目から食事をスタートする感じ。
味はわかるが、美味しいという感情ではない。
「これが一人前のはずよ、もっと食べられるはず!」と自分に言い聞かせて、ひるまず箸を動かしている。
その結果、そのあとに来るキョーレツな超満腹感。
腹150%くらいである。
「こんなに苦しかったら、QOL(生活の質)が下がってることになるんじゃ?」
「いやでも、いまのわたしにできることは、3食きっちり食べることだけ、そこは間違いない!」

それにしても、昼食のレトルトカレーには、苦戦したよ。
思いっきり押し込んだのだが、夕食までに空腹感がほぼなくて、非常に焦った。
夕食は、マグロの刺身とほうれん草の白和えと鶏肝煮とごはんだった。
そのなかで、わたしは「意地でも食べてやる!」というのに、マグロのでっかい刺身2切れと、ほうれん草の白和え全部と、ごはん、を目標にした。
それがもう、後半になると、冷や汗・・・ではないが、足がジンジン強く痺れてきて、身体が悲鳴を上げるのである。
しかし、「食べずぎて死ぬ奴はいない!(しかも一人前)」と心に念じて、ひたすら必死で食べ進めた。
両親が軽々と、TVを見ながらのんびり、食べ終わっていく。
嘘だろ! ごはんを食べるのって、そんなに早いもんでしたか?
わたしも、ちょっとまえまでは、これくらいすぐに食べられたはずなのに。

超満腹状態で漫画を読んでいたら、足の痺れでどうも集中できないので、もう寝るかと思っていたら、元彼SちゃんからLINEが来た。
「調子どうですか」
「非常にまずい。ちょっと電話で」

それで、Sちゃんに拒食症もどきの経過と現在を話した。
Sちゃんは、「あっはっはー」と笑い飛ばした。
「ちょこまか食べたらいいんじゃないのー?」
「でもそれだと、ちゃんとした量を食べてるかどうか、わかんない」
「軽い運動をした方がいいと思うよー。朝ごはんの前に、堤防まで歩いて深呼吸して帰ってくるとか」
「えっ、そんなん、カロリー消費してしまうやん」
「運動しないと、お腹も減らないでしょー」

Sちゃんは大人というより仙人なので、言うことはだいたい当たっている。
わたしは、現状から早く脱したいと思っているので、Sちゃんにいいと言われたら、なんでもやる勢いである。
そうか。超満腹でひっくり返っている間、じっとしてずに、5分の散歩くらいしたらいいのか。
ふー。しかし、こういうとき、Sちゃんはほんとうに頼りになるな。

現在、翌午前3時だが、なかなかいい感じの空腹感が生まれている。
いいぞー。これなら、朝食のごはんと味噌汁は入るな。
Sちゃんは、「年末までに治そうくらいの感じでいいよ。ふつうは、3ヶ月かけてなったものは、治るのに倍の時間かかるよ」と言った。
ぐ・・・これはやはり長期戦になるか・・・。
体重は、あんだけ超満腹を一日中続けたのに、増やしたはずの0.4kgがまた減っていた。
これこそ、何gに一喜一憂せずに、のんびりやるしかないな。
せめて、もう少し、ごはんが楽に食べられるようになるといいんだが。

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超満腹を体験する。

tabemono

昨日はその前日より、また体調がよくなっていた。
いま気になっているのは、身体がときどきピクピクするのと、足先がしびれるのと、息が苦くて咳が出ることと、「空腹感があまりない」ことである。

満腹感は、ぜーぜー言いながら必死で食べてんのに、「お腹がはちきれる!」という感覚がないのがおかしいなと思っていたのだが、昨日、ようやくそんな感じになった。
わーい、これが「お腹パンパン、もう入らない」だ!
実際に食べた量は、一人前、鯛の塩焼きとポテトサラダ、ごはん、イチジク1個、牛乳、野菜ジュースだった。
けっこう食べてる?
でも、「おいしー!」という感覚はなくて、「これが美味しいか?」と首を捻りながらの食事である。

お腹がはちきれるまで食べてから、台所をウロウロしていたら、母親と会話になった。
「まだ、完全に食欲が戻ってきてないねん・・・」
「いや、よう食べてるよ! 前なんか全然食べへんかったもん。でもそんな無理して、食べてみせんでも。またどっかおかしくなるかもしれんし」

母は、やはりわたしが食事で苦戦していることをわかっていたのだ。
ふうう、よかった。
あんなに無理に食べなくても、大丈夫ってことなのか。
それを聞くと、わたしはとても安心した。
だいぶ身体も戻ってきたみたいだし、これからは無理に詰め込まず、食べられるところまで食べて、客観的にみてどのくらい食べたのか把握するようにしよう。

体重は、さっき(深夜)計ったら、昨日より0.4kg増えていた。
おし! この調子だ!!
これだけ増えてくれば、身体を支えるのがしんどいとか、なくなってくるだろう。
とにかく、早くもとの身体に戻ってほしいんだよね。
お腹ぽっこりレベルは困るけどさー。
だいたい45kgくらいがちょうどいい、って昔友だちから言われたことがあるから、あと2kgだな。
ううむ・・・、まあのんびりいこう。

夜、お腹いっぱい・幸せを体験しながら、「もうほんとに当面、アルコールは飲まない」と思った。
大好きで愛しているアルコールだが、こいつのせいで、あんな死にそうな苦しい思いを、何日間も味わわされたのかと思うと、もう二度と要らん、みたいな気になっている。
飲み会があったら、「身体壊したから、飲んでないねん」と言えばいいじゃん。
その方が、逆にクールかもよ。
歳が歳だし、みんなも理解してくれるだろう。

一日一日、徐々に快復していくのがわかるのが、嬉しい。
それと同時に、「わたし、いままでどんだけ不摂生してたの?」という発見が生まれる。
身体は大事にしなくちゃ。
健康がなくては、なにもできないんだから。
サローヤンの小説で、「俺たちの身体は魂の住家なんだから、快適にしてやらないとな」みたいなセリフがあったが、ほんとにそう。
肝に銘じて、これからは生活を改めなければ。

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必死の食事

agedashidofu

拒食症もどきが始まってから、じつに1週間となる。
我ながら、長い・・・。

味覚が、完全に戻ってきた。
だからといって、油っぽいものとか、まったく口にできない。
食べられないものが多すぎ。
これも、徐々に治っていけば・・・と思う。

身体は、手足がたまにピクピクするのと、足の先が痺れているのと、呼吸がやや苦しく、咳ばかりしているのだが、あたまのなかはクリアで苦痛感がなく、それがほんとうに助かる。
最初は、あまりに身体の各所が同時多発的に、おかしくなったので、何が何だかわからなかったが、いまは「ここがこう悪い」と言える。

立っているのは、歯磨きなんかのときに、太ももがブルブル震えているのがわかる。
自分の身体を、支え切れていない・・・気がする。
わたしは、「ここはきっと、体力温存する方がいい」と考え、食事の1時間まえは、わざと寝ているようにしている。
食べるときは、ドキドキしている。
「食べられなかったら、どうしよう」という不安からである。

でも、空腹感と満腹感の差は、よりいっそうわかるようになり、とくに満腹感がわかるようになってきた。
満腹感の幸福さっていったらないよー。
身体中がのんびりしてリラックスして、幸せに満ち溢れていて、「あーこれでこそ食後」って感じ。
食事って、ほんとうに大切なんだなあ。
考えたら、これなしでは、人間は生きていけないんだもんね。

過食症を恐れていたが、たぶん大丈夫な感じ・・・?
むしろ、食べ始めるようになってからの方が、ごく自然な食べ方だよ。
ガクガクワナワナ震えながら、食物を無理に口に叩き込んでいる方が、変だった。
いまは、見かけはふつーに食べている人、である。
口も身体も、「いま食事してるんだー」と、くっちゃくっちゃのんびりしたもんである。
ほんとうは、圧倒的に食欲減退していて、わずかな一人前を食べるのも、苦労しているんだけどね。
昨日は夕方、揚げだし豆腐とチンゲン菜を煮たものとごはんと、イチジクを一個食べた。
いまのわたしは、これが精一杯。
でも、いまは食べることが仕事!
頑張らなければ・・・。

明日は、父が「動物園に行ったあと、新世界で串カツを食べよう」などと言っている。
ゲッ。
長時間歩くのも、串カツも、いまのわたしでは困難だ・・・。
でも父は、末期ガンで、涼しくなってからあちこち行きたくなっているみたいだ。
うーん。
でも、人間健康をなくしては、すべてが台無しになるから、たぶん無理しては行かない。
「あと一週間遅らせられない?」などの提案をすると思う。
それにしても、こういう提案をしてくるということは、わたしはもう、普段通りのわたしに見えているということだな。
ビールは一切やめているが、気がつくと、2日連続で父が夕食時にビールを飲んでいないのがわかった。
「ビール、飲んだらええで。わたしは、ほんっまに体調悪くて飲まれへんねん。炭酸とかあかんねん」
そう言うと、父は無言だった。
気を使わせちゃったかな。悪い悪い。

そんな感じで、身体の死にそうなほどの危機的状況はおさまったが、まだ完全とは到底言えない。
いつまでかかるだろうな・・・。
食べられなくなっているのは、ソワソワ感よりちょっと前からだったんだよ。
逆算すると、あと1週間くらいはこんな感じか・・・?
でもまあ、少しずつ治っていけばいいや。
ひたすら食べ続けて、身体に肉をつけて、力もつけて、元気に歩けるようにならなきゃ。

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快復の兆し

hikari

昨日の容態は、その前よりだいぶましだった。
身体が、ときどきピクッ、ピクッとするくらい。
力はない・・・。ヨロヨロ。こんなに食べているのに。
相当、くたびれているみたい。
ガクガクワナワナしていたときも、おそらく自分を支えている力さえなかったのでは・・・と思う。

ごはんも、ふつーのスピードで、一人前を食べられるようになった。
味覚もまあまあ戻ってきた。
あの、食べ物を見ただけで、目をそむけたくなるような寒気はない。
空腹感と満腹感も、なんとなくわかるようになった。
だんだんよくなっているのがわかる。

ああ、やっと人間に戻ったみたい・・・。
わたしは、布団で深呼吸をしながら、安堵した。
あれ以上、辛い思いが続いたら、ほんとに自殺もんだったな。
わたしの生涯で、いちばん苦しかった体験といってもいい。

そんで、思った。
いま、こうやって全身の力を抜いて、息が吸えて、満腹で、安堵できるわたしって、なんて幸せなんだろうと!
世の中には病気等で、それができない人がたくさんいる。
かわいそう。
この歳になって、やっとわかったよ。
人を思いやる気持ちとか。
いままで持っていた自分の病気なんて、まだまだ辛いと言えるもんじゃないとか。

横になっていると、やがて雨の音がして、わたしの横には眠っている猫、下の階では母のあくび、わたしの手元には漫画。
ああ、なんてやすらぐ風景だろう。
もう、これだけでいいよ。
わたしが、幸せのなかに、いまいられることだけに感謝しよう。

さて、今日の体調はどうなるだろう。
少しでも、もっと力がついていてくれるといいけど。
ほんとにもう、二度とダイエットなんかしない!
ダイエットの恐ろしさを恐怖をもって知った。
脳みそを無視して、勝手に動く自分の身体が、いかに恐ろしいかわかった。
身体は、生きようとして、あがいてあがいて必死に抵抗するんだね。
人体って、よくできてるよ・・・。

それから、ビールは当分やめ。
というか、怖くて飲めん。
胃が膨れて、食べる量がバカになるもんね。
しばらくは、一日3食、きちんと栄養のあるものを食べ続けよう。
そして、早く完全に元通りになるように、一日を過ごしたいと思う。

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拒食症?体験

sick

具合が本格的に悪くなって4日目の昨日。
一昨日より、体調はましだった。
あの、「もう駄目、このままだったら死ぬー」という感じがなくなったから、それだけでもありがたい。
きっと、ボロ雑巾だのゴミ(ふつうの食事)だの、必死で食べたからに違いない。
やっぱりわたしの身体は、栄養不足だったのだ。

それにしても、まだ身体のピクピクは、まだ治らない。
ガクガクはなくなった。
一人で座っていると、息が苦しくて、背もたれに背を当てないようにしたり、寝たりしている。
「なんでこんな、自分で自分に罰を与えるようなこと、したんだ?」と、わたしは自分のアホさに大反省している。

座っていると、太ももが見える。
うわっ、気持ち悪い!! 拒食症レベルである。
もう見ないようにしている。
肩を触っても、骨しかない・・・。
なんでこんなことになったんだか。

拒食症の入り口って、わたしは初めて知った。
こりゃね、若い甘えたな女の子が罹りやすいわけですよ。
いきなり重病人になって、息も絶え絶え、食べるものも食べられなくなって、必死で努力しているところを、ママンが「これなら食べられる?」「大丈夫?」と優しく声かけてくれんだもん。
日頃、母親に突き放されている子なんかが、それで母の愛を確認するのには、いい機会だと思う。
仮説だけど、そんな気がしたわ。

さて、これからが問題なのである。
必死で一人前のゴミを食べているから、身体はいつかもとに快復すると思う。
でも、拒食症の裏には過食症がある。
・・・過食症にならなきゃいいがな。
いまの心配は、それである。

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苦悶の日々

shindoi

昨日も、一日苦しみぬいた。
身体がピクピク、ごはんはほぼ味がわからない、のみこめない、まるで雑巾を食べているみたい。

でも、拒食症とはちょっと違うような・・・?
簡単なことがわからなかったりするんだよね。
苦しいせいかな?
とにかく、脳がやられていることは、はっきりしています。

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食べられない!

kyosyokusyou

食べられない!
空腹感がない。
でも、食べないとまた体重が落ちたし、いくらなんでもまずいので、わたしは昨日、まさに必死で食べた。
あれはもう、食事ではない。

夕食の焼肉は、一枚をどうにかして飲みこんだが、油臭くて吐き出しそうだった。
次にごはん。
一口、一口時間をかけて、咀嚼するが、なかなか飲みこめない。
「それ、次いくぞ!」と気合を入れながら、やけくそで口にごはんを叩き込んだ。
味わっている暇は、到底ない。

ここれは、ほんとにマズイ・・・・・・。
あと、身体がワナワナガクガク震えるのに、難儀している。
これって、なんだ?
これのせいで、わたしはなにも考えることができず(いまは眠剤で落ち着いている)、非常に苦しい。
なかでもビックリしたのは、「あんた、だいたい6時には起きてるやろ?」って、母に尋ねられたとき、その答えがわからなかったときだ。
「え? わたしいま、何時に起きて何してるんだっけ?」とあたまが混乱した。
おかしい。
それに、TVを見ていても、内容があたまに入ってこない。
横で見る母が、「これはこうやんな?」とか尋ねてくるのに対して、わたしは「・・・あ? ああ、そやんな」と適当に生返事していた。
日常会話って、案外簡単な言葉ですませられるもんなんだな。

ともかく、このままではまずいのである。
食べられないのも心配だし、ワナワナガクガクするのも、なんとかしなきゃ一日もたん。
母からは、「昨日よりましやね」と言われたが、いや、わたしの感じでは、前日より悪い・・・。
自分が、他の人からみておかしくないように、必死で計算しながら行動しているから、ましに見えるんだと思う。

もうね、昨日あんまり苦しかったから、今日は眠剤・・・というか、眠剤とセットに飲んでいる精神安定剤を昼間飲もうかなと思っているの。
H主治医には相当怒られるだろうけどねー。
でももう、背に腹は替えられない感じよ。
あんなにしんどいのは、耐えられない!
これって、なんなの? やっぱ拒食症なの??

ちなみに、昨日の体重は42.2kgだった。
急降下している。
44kg→42kgが、あっという間だったなあ。
う~~。マズイ!!
なんで早く気づかなかった?
ビールであたまが麻痺していたとしか思えない。
思えば、歯ぎしりとか唾液がだらだら出るとか指がピクピクとするとか、兆候はあったんだよね。
バカだ・・・・・・、言われるまでわからないなんて。

「自分の身体、痛めてごめんね」と、いまは大反省している。
こうなって初めて、ほんとに身体を酷使したんだってわかった。
うう・・・、でもこれ、あと数日かかれば治るんだろうか。
無理矢理食べるのは、頑張るけど。

幸せそうに、のんびり食卓を囲みながら、しゃべっている両親ががうらやましい。
その横で、ガクガク震えながら、ごはんを突っ込んでいるわたし。
母は、「そのくらい食べてれば、大丈夫よ~。昔の人なんて、ごはんと御味噌汁だけやったんやから」と明るく言う。
この人は、自分が成人型アトピーで、「腕を切ってしまいたい」というほど苦しんでいるので、逆境に強いのだ。
母を見習わなければ・・・。
そうだ、ガンの父だって。
抗ガン剤の副作用で、手足がしびれて歩きにくくなり、ボタンを留めることができない、とぼやいている。
みんな、なにかを抱えているもんだなあ。
わたしのは、自業自得だけど、この難局をどうにかして乗り越えなければ・・・。
また、「美味しい~」って思いながら、のんびりビールが飲める日が、早く来るといいな。

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