LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
-

大晦日の杞憂

soba4

大晦日である。
昨日は、この1年を振り返ってというよりも、いままでのわたしと今後のわたしについて、考えた。

いままでのわたしは、病気に巣くわれてから、自分が自分でなくなった。
モンスターになり、いまも狂気のなかにいる。
今後の自分も、そこは変わらないだろう。
悲哀はないが、気の毒だなあと自分で思う。

今後については、母が死ぬまでは母の傘下にいればいいが、母が死んだあとは、まったくの一人になる。
ここからが問題だ・・・。
健常者ならなんとでもするだろうが、わたしは脳がやられているので、正常な判断ができないときがある。
でも、と思った。
お金のことだけは、しっかりしておかなければならない。

よく婚活詐欺なんかに遭っている人がいるが、わたしはアレは不思議でならない。
人にお金を貸すってことは、あげるってことでしょ?
基本じゃんー。
わたしはもう、「貸してくれ」って言われた段階で、ドン引きするわ。

H主治医がたびたび、診察で「いま付き合っている男性とはどうですか?」と訊いてきたが、あれはもしかして、騙されているんじゃないかと、チェックしていたのかもしれないな。
医者は診察時間に、要らないことは訊かないのである。
H主治医は、「○○さん(わたし)の面倒は、一生診てあげますからね」と言ってくれている。
あれは、判断力のない頼りない精神障害者に、なにかあったら医師として助言してあげますよ、っていう意味かもしれないな。

ところで、わたしの想像は飛躍して、今度は「わたしが要介護になったら」の心配が始まったのである。
介護サービスはすでにつけておいても、病気になったときに、お金が引き出せないと困るよな?
わたしが母に、「成人後見人ってどうかな?」と尋ねたら、「あかん、あかん。ああいうのは市が紹介するのでもあかん」と言った。
やっぱり、お金の前には、みんな目がくらむんだな・・・。

わたしはいままでもそうだったけど、お金のことは人には一切手を触れさせず、自分で管理しようと思う。
一人動けなくなってお金が必要になったら、銀行の人に来てもらえばいいよね。
それにしても、ボケたときの自分まで心配するって、まさに杞憂だな・・・。

晩年、一人の淋しさはぬぐえないと思うけれど、その頃、またあのバブルのような好景気だったらいいなと思う。
イメージとしては、ドローンが飛びまくる未来都市で、道行く人々はみな、ゴージャスで楽しそうにしていて。
そこでわたしは大晦日、街中の古くからあるそば屋で、天ぷらそばを食べる。
そんで、「いろいろあったけれど、まあこんなもんよね」と思う。

-

イタリアン食べたい。

food_menu

元彼Sちゃんから、6日間連絡が来ない。
もう年末で、娘さん夫婦とご一緒だから、正月明けまで連絡はないんだろうな。

フェイスブックを見て、わたしはため息をついた。
みんな、高そうな飲食店に出入りしているな・・・。
わたしはSちゃんが連れて行ってくれない限り、一生ご縁がないな。

うちの母は牛関係の食品がことごとく駄目で、牛肉・牛乳・チーズ、その他全部匂いを嗅ぐのも嫌だという。
それと、いままで自分が口にしたことのないものは、決して食べようとはしない。
うちの母が食べられるものは牛肉を除いた和食・中華だけで、イタリアンもシチューもNGである。
こんな人と、家のなかで食事に付き合わされるのは、正直しんどい。
たまにはパーっと食べにいかないと、ストレスがたまるなあ・・・、と思う。

しかし、わたしにはお小遣いがないんだった。
いまからあんまり無理しなくてもいいと思うけれど、将来的にお金があるに越したことはない。
んー・・・、でも、イタリア料理店に行って、スパゲティを食べたいなあ・・・。
エスカルゴとフランスパンも食べたい・・・。
いや、食べてもいいんだけど、もうひとつ勇気が出ない。
服一着買えてしまうなとか、考えてしまう。

他力本願で申し訳ないが、Sちゃん、どっか連れていってくれないかなあ。
今年の始めは、「温泉に行こう」とか言ってくれていたのに、忙しいとかで立ち消えになってしまった。
娘さん夫婦と暮らすようになってからは、そう簡単に出てこれなくなっている。

これでもし、Sちゃんという社会的な窓がなくなったら、わたしは20歳年上の母と合わない話をして、さぞかしストレスを溜めるだろうな。
食べたいものも食べれず、合わない話を合わせて・・・、うーん、かなりキツイぞ。
周りは旨いもん食って、このやろーって感じか。

でも、わたしの置かれている環境は、まだ幸せで、障害者仲間はみんな悲惨である。
全員、いつ死ぬかわからない親の頼りになっているか、生活保護。
イタリアンなんてとんでもない、誰も食べに行かないよ。
わたしにとっては、こっちの世界が自分で、フェイスブックの世界がふつうの人たちの居場所って感じである。

-

障害年金の心配払拭

seta2

ようやく、計算魔の困惑から脱した。
母が昨日、「お役所はね、(障害年金について)一度決定したものは、なかなか変更したりしないの」と言うからである。

「そうなの?」
「そーやで! いまから新規で障害年金の申請する人は、確かに厳しいかもしれん。でも、一回決まって、しかも10年も等級が変わってなくて、お医者さんが”変化なし”って書いてるのに、それでも変わったらそれこそなんで? って話になるやないの」

あ・・・そうなのかも・・・。
わたしは、ある統合失調症患者のことをモデルケースにしていたんだよね。
H主治医曰く、「ある統失患者が3級に落ちた、って、文句言ってきた」とのことだったので、あー、統失でも落ちるんだ、と思っていたのだが、よく考えたら、審査には病名は関係なくて、その人が日常・社会生活で、どれだけ支障をきたしているかが問題になってくるんだった。
その統失患者さんは、結構軽くて、作業所で仕事できるレベルだったのかもしれないな。
いや、たぶんそうだろう・・・。

わたしは日本年金機構に提出した診断書(コピーは必ず撮る)によると、日常生活の判定7項目すべてに「できない」がついている。
もちろん労働不可だし、社会機能的にもかなり厳しい、とまで書かれている。
書面だけ見ると、なんかすごい人格的に破たんしている人・・・。
いやでもこれ、誇張じゃなく、全部ほんとうのことが書かれてあるんだよな。
家にこもって、親に全部世話してもらって、自分ではなにもできない、薬を飲まない、ときどき暴れる、って、アレ? ほんとにこれ、わたしじゃん。
わたしって、なんかすごい精神病患者でも激しい人!!
こんなの、3級に落ちるわけないじゃん~~という気がしてきた。
それよっか、この人格破たんなところ、改めなきゃヤバいわよ!!
いちばんの被害者は母のようだから、今後は母に迷惑をかけないようにしなければ。

しかし、いまこうやって悔い改めても、長く続くことはないということも予想できる。
病気だもん。自分で自分を振り回して、周りにも迷惑をかける脳の病気だもん。
母にはなるべく迷惑をかけないとしても、今後は人に近づかないようにする、その方向に変わりはない。

まー人付き合いがなければ、お金がかからなくていいよ。
外食費って、バカみたいに高いもんね。
母とは今度、近くの繁華街でクレープを食べに行こうと話している。
ささやかだなー。そんなもんでいいわ。

-

介護の愚痴と障害者の未来

takoyan

将来のお金の計算が、まだ続く・・・。
なんか、足らない気もするし、いける気もする。
そして、気がついた。
わたしは、精神障害者なんだった・・・。
まともな考えが、行動ができるなら、それは障害者じゃないのだ。

先日の診察の内容がフト浮かぶ。
「母親が、”あんたには介護なんか絶対できへん、あれはものすごく大変やんで、無理心中する人もおるんで”と言ってから、わたしゾーッとして、それから足もとがゾワゾワして心配事が次々浮かぶんです。あれが発端なんですよ!」
「お母さんが、そんなこと言った?」
「言いましたよ! できないことをしろって、それあんたの未来は地獄やでって宣告して――、」
「いや、そこまではないと思うよ」
「わたしにはそう聞こえましたよ! だいたい母親は○×□△・・・!!! もうわたし、逃げようかなと・・・」
「逃げるってどこに?」
「マンションに・・・」
「妹さんは?」
「それが、母が嫁いだ娘に、そんなことは頼めないって言うんです。どういう意味なんでしょう?」
「さあ・・・? それは一緒にいるから・・・?」
「妹も双極性障害ですけど、Ⅱ型で軽いんです。家事もやってるし、自立支援を受けてないくらいなんですよ! 裕福だし、あっちなら介護サービスつきマンションを買ってあげれますよ!!」
「妹さん、どこに住んでんの?」
「○○市です」

確かそんな会話をしたと思うが、H主治医は最後に、「愚痴やな」と言った。
そのときわたしは、「わたし、愚痴なんか言ってないけどな?」と不思議に思ったが、よく考えてみると、あれは「お母さんの介護の話は、愚痴やな」という意味だったのかな。
言われてみれば、妹の住んでいる○○市は、うちから1時間半も離れていて、とてもじゃないが介護しに来るなんて無理だ。
母の気持ちは、「ゆみは病気で困ったことになっているし、妹は遠くに住んでいて頼めないし、もうどうしようもないわね」なのかもしれない。

最近は母から逃げようとは思っていなくて、家事をできるようにならなければと、むしろ母にくっついて回っているが、今日スーパーに行ったとき、ふつうの人は、なんてふつうなんだろうと思った。
わたしはボンヤリして、動作の一つ一つがトロい。
パン屋でも、432円を手渡されて、なんで会計がわかるんだと思った。
消費税って、いま8%だったっけか・・・。自分で計算したら間違えて恥をかきそうだな・・・。

なんだか、一人で生きていけそうな気がしない。
それで、貯金が気になるのかな。
そうだな・・・、健常な人だって、一人で生きていくのは大変なのに、障害者のわたしはたぶん、もっとキツイだろうな・・・。
お金だけでも充分あれば、なんとかなるって思うんだろうな。

-

貯金の心配ばかり

suuji2

昨日も、計算していた。
ほんとにこれ、「貧困妄想」なのかな・・・。
いずれにせよ、症状には違いないな。

昨日のテーマは、「どうも、65歳以降の貯金が足らなさすぎる」であった。
65歳以降は、厚生年金基金がわずかに出るので、カツカツでも生活できるが、カツカツなので病気もできないし、家電製品が壊れるたびに倒れそうになるだろう。

そんなわたしの妄想は、だんだん(というかもうすでに)極まってきていて、「ガンもステージ4なら諦めるけど、ステージ3とか微妙なところだったら、やっぱ治療するしかないじゃん。そんで、高い薬を飲んで、5年後に再発して、そのときお金なかったらどうすんの?」という命題に突き当たった。

悩んだ挙句、目の前にいた母親に、その通りのことを質問した。
彼女はここのところ連日、わたしが質問魔になっていて、「もう病気だ」と言っている。
そして、やりかけのクロスワードパズルから目を離して言った。
「死にかけて、お金がない患者を、病院が放り出すわけないでしょ」
「でも、終末医療って受けれるのかな? わたし痛いのは嫌やねん」
「入院しなくても、そういう治療は受けれるよ」
「でもそのとき、医療費がなかったら」
「まさか、いまからマンションを売って、引っ越せとか言わないでしょ」

そうなのかな・・・。
でもじゃあ、治療費はどうなるんだろう・・・。
「払えないなら、最低限の痛い治療しかできません」ってならないかな。
そうなるくらいなら、マンションを売りたいけど、病身でそんなの無理だよな・・・。

食事中も上の空で、見かねた母が、実際父が亡くなったあとの家計を見直した。
「食費にこれだけ。光熱費にこれだけ。交際費にこれだけ」
そして、母は神の声をかけてくれた。
「あんたがビール飲めへんねんやったら、食費は3万でいいよ。年金審査3級に落ちたら、1万でいい」

えーー! いいの~~?!!
わたしは早速、65歳までの貯金の計算を始めた。
うわ~~!! 心強くなった!!
これなら、母が亡くなったあとも、なんとかなるかも。

しかし、ガンの治療費のバカ高さには、ちょっと勝てないかも・・・。
手術だけしてもらって、「もう治療しません。今度具合悪くなったら、終末治療お願いします」って感じになるかな。
母は、「まだそんな先のこと」って言うけれど、5年後だってあり得るじゃん。
ほんとうに、死ぬのはいつでもいいけど、痛い苦しいで死ぬのだけは、嫌なの。

-

ガンになったらどうしよう

byouki_usagi
うつ・躁うつ病の症状である、「貧困妄想」に囚われているっぽいのだが、今日は病院に行くのをやめた。
年末で混んでいるに決まっているからだ。
そして、スマホに関しては「解約したら絶対ダメ」と母に言われた。
「あんたがマンションに行ったりしたら、固定電話ないんだし、連絡取れなくなるでしょ」

あ、そうか。
対他人のことばかり考えていたが、家族間のことを忘れていた。
やっぱり、スマホは必要だな。
でも、2年後の乗り換えのときは、必ず納得のいく安さにしてやる。

それにしても、妄想?が、一日中溢れてきて、病気だとわかっていても止まらない。
昨日は、65歳までに○○○万円貯めたら、あとは厚生年金基金が出るから、母親が死んでも大丈夫かなとか、慢性的な病気って、薬代どれだけ? とか、ガンになったら治療費どれだけ? とか、あわあわと考え事が出ていて、まったくまとまらない。
お風呂から出たあと、タンクトップを2枚着たり、順番がわからなかったり、なんかおかしくなっていたので、母親に話すと笑われた。

「こんな症状が出るんやったら、わたしママさんの介護してても、ウロウロしてなんもできなくて、結局ママさんの方が大丈夫?ってなるんちゃう?」
「はっはっは。ヘルパーがそっちに要るな」
「なあ、ガンの治療費ってどれくらい? 父親は低所得やから、医療費上限8000円になってて、実際かかってる医療費がわからんよね?」
「でも、75歳未満でも上限はあるやろ?」
「低所得者は、上限月36,500円って書いてある~~。そんなん、わたし払われへんよ!」
「あのな、それは手術とか入院したときの話。薬代は、そんなに取れへんよ」
「わたしなー、死ぬのはべつにかまへんねん。ただ、死ぬ間際までお金の計算しなあかんのが嫌やねん」
「だったら、もう治療はしませんって言うたらええねん」
「え? そういうのアリなん?」
「いま、やってくれるで。痛いのと苦しいのだけは、やめてくださいってお願いすれば。昔と違うからな」

そうなんだ・・・。
じゃ、ガンは安心して罹れるな。
では、父も患っている心房細動はどうなのよ。

「じゃ、心房細動は? あれ調べたら、3割負担の人で、1月5,000円かかるらしいで?」
「そんななー、いろんな病気を何もかも抱えたりせえへんで。わたしかって、見てみ。皮膚と甲状腺だけや。これなんか、1割負担やったら、何百円やで」

そうなのか・・・。
しかし、ガンって治そうと思ったら、莫大なお金が要るんだなー。
それでガン保険ってあるのか。
医療費のことだけを考えたら、生活保護の人って楽だよなー。
中途半端に貧乏なわたしは、生きる道を選べないというか、死ぬよりほかないというか。
それでもわたしは、いまの利便性のいいマンションを死守する気だけどね。

結局わたしは、自分の生涯のスケジュールが最悪のパターンで流れたとき、お小遣いいくらやねんと算出したら、65歳までが五千円、母親が亡くなるまでが一万円、一人になってからが二千円であった。
二千円って・・・。
到底、この額で一生やっていけないから、今からまとまった貯金が必要となる。
いま貯めずして、いつ貯める~~!!

・・・ってこういう心配、ふつうの人もすると思うんだけど、母親によると「ふつうの人はそこまでしない」んだそうで?
始めに戻るけど、やっぱり病気で、たぶん妄想が出ているんだよね。
こんなんになってから、もう二ヶ月半。
TVも意味がわからないし、ノロノロ動作がうまくいかないし、まいったなあと思っている。

-

貧困妄想

kogane

また今日も、将来のお金の計算をしていた。
病気である。
しかもわたしは、思い出してしまった。
昔むかし、理学療法士の学校に通っていたとき、「精神医学」の授業で、うつや躁うつ病には「貧困妄想」っていう症状が存在するのだと。
あーー! いまのわたしってそれか!!
あのときは、「なんだそれ」って思って笑ったけれど、ほんとにわたし、お金がないわけではないのに、お金がないお金がないって、ずっと言っている。
ネットで調べたら、「人が違うといっても、聞かない」と書いてあったが、その通りだ・・・。
でもこれ、うつの症状だって書いてあるぞ?
いまのわたしって、うつなの??
わからないし、正月を挟むので、明日H主治医に会いに行こうと思う。

それにしてもどうお金がないかって、昨日忘れていたのは、「慢性病にかかったら、ランニングコストがかかるじゃないか」ということである。
うちの父は、心房細動を持っているが、薬を見せてもらったら、なんだか結構いっぱいあったぞ?
こんなの、3割負担だったら、月いくらかかるんだろう・・・。
病気もできないなんて、怖すぎる・・・。

わたしは再び、家計のどこか削るところはないか調べた。
すると、どうしてもこれは要らんと思うのが、スマホなのだった。
だいたい、スマホ屋はガラケーを廃止するなんて、陰謀なのよ。
Sちゃんは「PHSなら、スマホ同様使えるよ」と教えてくれたが、その費用さえ、わたしには高い気がする。

だから、いまのスマホは再来年で縛りが終わるから、このとき解約してやろうと思う。
そしたら、だいぶ家計が楽になる~。
このまま2級が通り続けたら、老後がだいぶ安心できる~。
困るのは、わたしと連絡を取りたい人だな。
パソコンからのメールを非受信にしている人も多いし、まー困るだろうな。
でも要するに、昭和の人になればいいんでしょ。
なんかあったら、家電に電話してね、で許してもらおう。
どーせわたしと連絡を取っている人なんか、4・5人しかいないんだから、なんとかなるでしょ。

とまあ、いまの自分は考えているが、たぶんいま「貧困妄想」の妄想中なので、これが治ったら、「スマホ捨てるなんて、駄目でしょ」になるかもしれない。
脳の病気って、難しいなあ。
自分でもおかしくなっていることに、気づかないからね。
おかしいなと思ったら、とにかく決定しないのがいちばんいいの。

-

将来のお金の話

xmas13

ふー。
やっと、「○○になったら、どうしよう」病が治ってきたかな。
それにしても、不安はまだある。
将来もし、母が寝たきりになったとき、こんななにも何も手につかない状態になったり、激鬱がきたらお手上げだ。
自分は「ピノ」を食べて生き延びるけれど、母にはラーメンとパンくらいは用意しないと。←(介護保険の上限を上回るほどお金がない。)
お金よりも、まずは身体だ・・・。
つくづく、そう思う。

しかし、昨日はまた、わたしはお金の計算をしていた。
収入(障害厚生年金+厚生年金基金)が、支出を下回ると、遠い将来、確実に財産を食いつぶして、生活保護になる。
それだけは、なにを切りつめても、絶対お世話になりたくないのだ。
だから、どうしたらいいかを考えていた。

最悪のシナリオである、2年後に障害厚生年金が3級に落ちたとき、それでもわたしは食費くらいは、母との生活費に入れなければならない。
でも、3級っつたら、5万円だ。
マンションの維持費も必要になる。
そこはいま貯めている貯金を崩して、なんとか65歳に出てくる厚生年金基金を待つ。
あとは、貯金を切り崩さなくても大丈夫だから、さらにチマチマ貯めこんで、年にパソコン1台を買えるだけの金額を貯める。

うーむ。
なかなかの、極貧生活だな・・・。

母が要介護になったら、母の年金から介護サービス料を賄い、あとは自分の極貧生活の続き。
わたしは、健康だったときに試算したのだが、月7万円で生きていける。
マンションの管理費・生活費・食費すべてである。
生活保護を受けても、1万円くらい貯金できるんじゃないか・・・。
じつは、節約が大好きなんだよね。
なにを隠そう、それでマンションの頭金を貯めたのである。

そんで、一人になったら、気楽な貧乏生活をしよう。
じつは市の広報で、不動産を持つ人は、死んだらそれを市に提供するという条件で、一定の生活費を補ってくれる制度があるのだが、なんかそれってやっぱり生活保護? 行動を制限されるよね? なんて思って、最後の手段にしたいと思っている。

――なんてまた、遠い未来のことを想像してしまった。
それにしても、ほんまに出るんかいな、厚生年金基金?
まー出なかったら、マンションを市に差し出すしかないな。
ほんものの生活保護より、広くて便利なところに住めるだけいっか。

-

106歳のときと10年前

tsue

ぎゃー。
今日は、自分が106歳のときのことを考えていた。
アホか・・・。日本がもうないぞ・・・。

でも昨日は、自分の10年前のことを考えていたのである。
10年前、わたしはひどい状態で、まだ入退院を繰り返していた。
その頃は、うつ病の診断だったから、いま思えば適切な治療がされていなかったのである。
激鬱のなか、わたしは必死に同居人S(元婚約者)と、鬱の嵐に見舞われていた。
同居人Sもひどい鬱病だったが、この人は家事をやると言いながら、なんにもしなかったので、結局わたしが家事全般をやらさられたのである。

わたしの闘病仲間に、統合失調症のIちゃん(♀)という人がいるが、その人の「体調が悪くてどうしても買い物に行けなくて、戸棚の隅にあったカップスープで飢えをしのいだ」というのを聞いたとき、えーっと思ったが、わたしは同じことをしていた。
冷蔵庫を眺めては、「ピノしかない」という状態で、買い物に行けず「ピノ」で飢えをしのいでいたのである。

あんな悲惨な闘病生活があっただろうか。
母の証言でも、あの頃はもう思い出したくない、というくらいひどかったそうである。
入院状態の身体で、床を這って、ごはんを作って、苦しい苦しいと唸りながら。
その当時の主治医は、適切な診断をしている。
「休みたければ休んだ方がいい。酒はやめた方がいい。入院はほかの病院でよければ紹介する」

もう二度と、あんな苦しいうつは、経験したくない。
この数年間は、ある気分安定剤がよく効いて、うつがなくてすごく助かっている。
ほんとうは躁うつ病は、軽いうつにもっていくのがあるべき治療なのだが、わたしは躁を抑える薬に、よくない副作用を次々出すので、「この処方にならざるを得ない」という処方になっている。
その結果、軽い躁が続いている。
患者としては、ありがたい話だ・・・。
だけど将来的に、H主治医が引退して、べつの医師に変わったときはどうしよう。
いまの処方通りでないと、またあのうつが来るんじゃないだろうか・・・。
当たり前だが、患者から医師に薬のリクエストはできない。
そのときを待つしかないか・・・。

同居人Sとは、その後別れたが、あの人ももともとは悪い人じゃなかったんだと思う。
わたしもそうだけど、もとは善良なふつうの社会人。
病気が原因で壊れちゃってる人だったんだね。
精神病って恐ろしいなあ・・・、人が変わっちゃうんだもんね。

そんなわけで、ありし日の10年前を思い浮かべたのだが、わーあれって、どんだけ過去なんだ。
やっぱ10年って長いなあ!
これから先の10年なんて、ほんとにわからん。
でもたぶん、こうやって将来の心配をしていたことは、覚えているんじゃないかと思うよ。

-

15年前のこと

yuzu

今日の精神状態は、ちょっとまし。
起きたときに、「曾祖母の例からいうと、母親はあと15年は家事をやってるぞ? 15年前つったら、わたしがまだ初めての軽いうつ病をやったあたりじゃないか。あのとき、わたしは働いていて、ピンピンだったぞ?? あんな昔からいままでの道のりを繰り返すのが、15年先だとしたら、わたしはどんだけ先のことを考えているんだ・・・」

わたしは、人生の長さを思って、気が遠くなった。
15年前・・・、わたしは商社をリストラされて、予備校にいた。
そして理学療法士の専門学校に入り、本格的に人間が壊れたのは13年前。
当時のわたしは、両親に言わせると、「知的障害者そのもので、外を歩くと誰もがじっと見た」という容貌だったらしい。
その頃の記憶は、いくつかのシーンがあたまの隅にボンヤリあるだけだ。
あの、どこかの病院で車椅子に乗せられて、首を垂れていたわたしは、どこに連れていかれていたんだろう。

人生なにが起こるかわからない。
15年前の世界って、どんなだっけ。
そうだ、パソコンではわたしはまだ、ADSLも使っていなかった。
ケータイは持っている人も多かったけれど、わたしは持つのが遅かったなー。
ファッションは・・・、ピタTシャツが流行ってた頃か?
そうだ、その頃に、ちょうどジーパンをウエストではなく、腰で穿くようになったんだよね。
茶髪も当時は不良の証だったが、いまはほとんど全員がそうだし。

街並みも、相当変わったなあ。
15年前のわたしなら、いまの繁華街は一部歩けないし、びっくりするよ。
外国人ばっかだし、案内板のほとんどに、英語・中国語・韓国語が書いてあるし。
駅のホームも電車の中も、外国語の案内。
公衆トイレが、和式ばっかりだなんて信じられない~。
水の流し方もさまざまで、洗面所も手を乾かすところがあるから、ハンカチなんて全然要らないじゃん。
15年前のわたしは、確かにハンカチを持って歩いていた。

一生親友だと思っていた人たちに、絶縁状を叩きつけたのも、以前の自分からすれば「なんてことを!」なんだろうなあ。
20代の頃、付き合っていた男性からもらったエルメスの指輪を、先日母にあげたのも、当時の自分からすれば「バカなことを!」だろうなあ。
これからも、わたしはいまの自分からすれば、「なんてことを!」をしていくんだろうなあ。
そのときの自分には、ちゃんと正当性があるんだよね。

思えば、いろんなところが変わったなーと思う。
しかし、予想よりいい方向に変わったことなんて、ないんじゃないか・・・。
わたしはしばらく考えて、思った。
「この10月に、いままでにないくらい、身体が軽くなって、風呂を始め、なにもかもが出来始めたことが、いちばんいいことかもしれないな・・・」。
あとは、お酒をやめられたこと。
これは、今後の人生にとってもとても大きい。
15年前から、飲み続けに飲んだからなー。
しんどかったんだよね。生きることが。

-

わたしの精神状態

kotatsu3

昨日はゾクゾク感を治そうとして、頓服を飲んだのだが、そのストックがなくなっているのに気づき、急遽病院に行った。
正月をはさむと、やばいと思ったのである。

しかし、電車に乗っているうちに頓服が効いてきて、わたしはすごくだるくなった。
しまった・・・! と思ったが、後の祭りである。
結局、途中からタクシーで家に引き返してきた。
なにをしているんだ・・・。

母親がこれまた病院から帰ってきて、夕ごはんの支度をしていたが、わたしは手伝う気になれなかった。
「母親が要介護になったら、わたしは精神的・肉体的のどちらかでダメージを受けて、どっちにしても辛いんだ。ああどうしよう・・・」という考えが、あたまをぐるぐるして、もう止めようがないのだった。

ごはんが済んで、父が自室にこもったのち、呑気にクロスワードパズルをしていた母に、わたしはズケズケとものを言った。
「ママさんが要介護に入ったら、わたしどうしよう~」
「どうしようって。(あんたが)病気やねんから、仕方ないやないの」
「でもさー。いままで、さんざん迷惑かけてきたのに、自分はできませんっていうのは、人道的にどうなのっていうか・・・、それ人でなしってやつじゃないの~?」
母は少し笑って言った。
「そら、少し前まではしんどかったかもしれん。でもいまは、ちゃんとした公的サービスがあるからな。大丈夫なようになってんねん」
「お金なかったら、どうするの~?」
「・・・受けれるだけのサービスを受けたらええねん」
「それやったら、わたしが肉体的にダメージをくらうことになるやん」
「まあ、わたしは85くらいまでは大丈夫やで。90歳でも元気やで。持病がないからな」
「いや、長さの問題じゃないねん。ママさんがあたまがボンヤリして、わたしのこともわからんようになった状態が続いたら・・・」
「そのときは、餓死させへん程度に食べさせといたらええねん」
「食べてくれへんときは?」
「そのときは、ヘルパーとか家に来る人に相談したらいいでしょ!」

なんか、小学生レベルの質問を、わたしはしている。
でも、大人並みにあたまが回らないのだ。
だってもう、この命題に取り組んでから、2ヶ月になるんだから。
いい加減、あたまも疲れている。

でも、母親がどうやら自分の介護に、まったくわたしをあてにしていないことがハッキリして、わたしのゾクゾクは少し減った。
彼女はわたしより、10倍くらい強いし、わたしよりわたしを知っている。
たぶん、おむつ状態になっても、「あんた、これして。あれして。これはしなくていい」とか、指示を出しそうな気がする。
要介護者を、一方的に弱い人だと決めつけるのは、間違いなのかもしれない。
それが、本人の尊厳を守るってことなのかな?

新聞をばさっといわせながら、しっかり者の母は言った。
「それより、あんたの病気が心配やわ。このところ調子がいいから、わたしも食欲が出てるやろ? あんたが元気にしてることが、なにより安心やねん」

あ、そうですか・・・・・・、言われちゃったな。
いくら調子がいいとはいえ、わたしはまだ、数ヶ月前までH主治医に、「お母さんを困らせていませんか?」という、謎の質問をされていたばかり。
自覚なしになにかやらかして、記憶にも残っていないというのが、わたしの病気なのだ。
わたしのすべきことは、介護の心配じゃなくて、自分が精神的にいい状態を保つことらしい。

-

考えぐるぐるが止まらない

kuma_hamigaki

今朝、朝と夕方を間違えた。
「大丈夫か?」とさすがに母に言われる。

一応、母親の将来の介護問題は、「独居だと思えばいいんだから」ということで、決着をみたはずだった。
でも、足元からくるゾクゾク感が止まらない。
だって、スーパーで車椅子のおばあさんを観察していたら、ふつうに財布を取り出したりして、あたまはハッキリしているんだよ。
家に帰ったら、たぶん身体介助している人がいるはずだけど、あんな人に「おむつで用を足して」なんて言えないででしょ。
結局、たとえヘルパーに来てもらったところで、絶対手が足りないところが出てくる・・・。
母は突然、便意を感じてトイレの前でジタバタしていることがあるんだけれど、あんなのどうすればいいの。
間に合わなくてほっといたら、良心の呵責に耐えられないし、人の排泄にいちいち付き合わされていたら、わたしの精神が崩壊する。
つまり、介護をしてもしなくても、倫理・自分の精神、どっちを優先させるかの問題で、どっちにしろ自分にとっては辛いことに違いないのだ。
恐ろしい・・・。

昨日なぜ、H主治医が「お母さんは、あと10年したら要介護3ですよ」と断言したかわかった。
わたしが、「特養に入るには、要介護3以上が必要じゃないですか」と言ったからだ。
だから医師としては、取り乱した患者をなだめるために、「あと10年したら、要介護3になってますから(特養に入れますから)」と、いわばだましたんだと思う。
H主治医はあたまがいいから、彼の言うことがほんとうだとすれば、わたしは母を「妹が面倒を見ればいいのに」と思っているらしい。
そうなのかな。

まー確かに、わたしの絶望を深くしているのは、母親自身が、「サービス付き高齢者マンションに住みたいわあ」って、うらやましそうに言っていることなんだよ。
実際、わたしはこの前、美容院でそれが可能かどうか計算して、駄目だなってわかったとき、申し訳ない気持ちになった。
でも、妹夫婦は、引退したら郊外に移り住んで、馬一頭飼おうかっていう人たちだから、母親の願いを叶えてあげることなんか、容易だと思う。
馬一頭って・・・。
言うなら、なんでそっちに言わないんだよ。

できないことばかり突きつけられた未来に、わたしのあたまの中は、ぐるぐる回って止まらない。
昨日病院を出てから、わたしは「久しぶりにOD(薬の大量摂取)しようかな」とぐるぐる考えた。
でもそのあとで、H主治医が「ODしたら次は原価ですよ」と言ったのを思い出して、うーん・・・と考え直した。
母は、「あっちに住みたい」「こっちに愛着がある」「あそこも綺麗やなあ」と、ブンブンわたしを振り回す。
暴れそう・・・、いや、ここで入院になっては・・・。病院の白い壁は嫌だ・・・。
この精神状態はヤバい・・・。なんとかしなくては。

-

介護へのあきらめ

kaki2

診察に行ってきたのである。
わたしはH主治医に、「足元からくるゾクゾク感が、消えないんです」と言った。

「この心配事の起源は、母親の言葉からなんです。母親はわたしに、”介護は大変やねんで。あんたには絶対できへん。無理心中する人もおるねんで”と脅したから、そのときゾーッとして、それ以来ゾクゾクがおさまらないんです」
「お母さんが? ほんとに?」
H主治医は、明らかにわたしの言葉を疑っていた。
そうだった、先生的には、わたしの方がキチガイで、母親の方がまともで可哀想なお母さんなのだ。
「言いましたよ! それに、自分は特養の多床型に入るって。でも特養って、不潔で虐待もあるところじゃないですか。いくらなんでもそんなところに、母親を入れられませんよ!」
不潔で虐待があることについて、H主治医は否定しなかった。
「そのくせして、カレーは1回つくったら、3日は食べられるからな、とか、わたしに介護を示唆するようなことを言うんですよ。わたしは3日続けてカレーでもかまわないですけど、人にまで強要できないですよ。わたしは、自分のことだけで精一杯なんです。人の人生まで背負えないんです。無理なんですよ」
「まだ先のことやんか・・・。妹さんは?」
「母が、嫁いだ娘をあてにできないって・・・、どういう意味ですか?」
「まあそれは・・・、一緒にいるわけやから・・・」
「妹は同じ双極性障害ですけど、Ⅱ型で軽いんです。家事もしてるし、(障害者)自立支援も受けてないくらいですよ。裕福だし、あっちならいい老人ホームに入れられますよ」

H主治医は、「お母さんは、あと10年もしたら、要介護3になりますよ」と恐ろしいことを言った。
なんでそんなことを、わざわざ言うんだろう??
H主治医は無駄なことはしない。
なにか考えがあるはずなのだ。

「まあ、愚痴やな」。
そう言って、H主治医は診察を終えた。
わたしはあたまが混乱して、どうしようもなかった。
じつは、母がパフェを食べたいというので、診察のあとで待ち合わせをしていた。
待ち合わせのあと、パフェを食べて、母の洋服を見て・・・、そんなわたしたちは、仲睦まじい親子だったと思う。
でもわたしのあたまの中は、「この人が、わたしの人生をどこかの時点で破壊する」という思いで、足元がゾクゾクしていた。

帰りにスーパーに寄り、ぷらぷら歩いているときに、ちょっとしたきっかけでわたしは言った。
「わたしには介護は無理や~・・・。ふつうの人が100%やってヘトヘトになるんやったら、わたしは25%でヘトヘトになる。もうそれ以下しかできへん」
「わかってるって。わかってる」
「もうあてにせんといてな・・・。無理やねん」
「できへんのはわかってるって。それより、お父さんに優しくしてあげな」

母親は、最近ボケている父親について言った。
あの人か・・・。倫理観の欠如に腹が立つんだよな。
あーでも、ボケた人にこういう非情な態度を取るから、母は余計に自分が心配になるんだろうな。

わたしの無慈悲さは、若いときからのもので、よく両親から「薄情」「冷たい」と言われてきた。
これは直らないな・・・。
でもわたしは、人道上まずいことはしない。
母にわたしによる介護はあきらめてもらって、なんか部屋にときどき入ってくるゴキブリくらいに思ってもらうしかない・・・。

-

将来の介護地獄の恐怖

daikon2

相変わらず、将来における介護の恐怖から、逃れることができない。
母親は、「いざとなったら、特養に入るから」なんて言うが、特養に入るには、要介護3以上が必要だぞ?
それって、もう家族がかなりの負担を強いられているレベルじゃないか。

わたしは母と買い物に出かけたが、上の空でオロオロしていた。
すると、通路に座り込んでいた女性に、ショッピングカートが当たってしまい、わたしは「すみません、ごめんなさい」と言った。
その後ろで、女性は大声で「ケツ踏まれてもーたわ!」と聞こえよがしに言った。
・・・、わたしを批難するつもりだったんだろうか、それとも連れの人に知らせるためだけに言ったのだろうか。
どっちにしても、いい意味ではない。
わたしは、こころの底から、「大阪のおばちゃんって大嫌いだ!」と思った。
人情があるとか、よく言う人もいるけれど、だいたい、ズケズケものを言い過ぎるんだよ。
今後は、物理的にも人に近づかないように気をつけなければと思った。

レジに進むと、老老介護の夫婦がいる。
おじいさんは立っているが、おばあさんは車椅子だ。
おばあさん、意識あるのかなと見ていると、財布からスーパーのカードを出した。
・・・あの状態でも、あたまはハッキリしてるんだ・・・。
トイレとかどうしてるんだろうな、あのレベルの人。
間違いなく、介助が必要だろうな。

わたしの横で、母があれこれ話しかけてくるが、わたしはほとんど耳に入れていなかった。
おむつって、一日4・5回も替えるっていうけど、それじゃ夜中に起きなきゃいけないのかな。
元彼Sちゃんがちらっと言った、「ゆみみたいに眠剤を飲んでる人は・・・」というのは、眠剤を飲んでいる人は、介護は厳しいってこと?
いや実際、眠剤で眠っているときに起こされたら、眠剤依存のわたしは二度寝はできないので、睡眠時間に大きな影響が出る。
それは、とてももたん・・・!

隣にいる母親が、モンスターに思えて、恐ろしくて仕方ない。
わたしは、わたしだけの人生を歩むために、結婚しない道を選んだはずなのに、最後の方になって、わたしの人生にぶら下がってくる人がいるとは。
恐ろしい。
このままじゃ、わたしはいま、どんなに母が元気にしていても、「いつか、この人がわたしの人生の前に立ちはだかってくる」とゾッとし続けだろう。
しかも、介護の地獄をわたしに教えたのは、他ならぬ母自身なのだ。
「介護は簡単やないで。あんたには絶対できへん。無理心中する人もおるねんで」という呪いの言葉である。
ほんとうに、なんであんなことを言ったんだ・・・。

母は、自分でも要らないことを言うことを、父からの指摘でも知っていて、「わたしは無意識で言うてしまうからな」と言っている。
確かに、その通りだ。
わたしは、今回の介護の呪いをかけられて、もう2ヶ月くらいの間、ずっと足元からゾクゾクくる不安感が止まらない。
明日、またH主治医に会いに行く。
TVがわからなかったのも、人の言うことが聞けなかったのも、パスワードやスマホが気になったり、顎関節症の心配をしたり、これらは全部、母の「介護とは地獄。あなたにはそれが待っている」と宣告されたからだと話す。

-

誰か話してくれる人

ochanoma

昨日も、元彼Sちゃんから連絡はなかった。
こういうふうに、相手から話してくる回数が減っていくというのは、相手がわたしに関心を寄せなくなった証拠なんだよな。
多くの彼氏歴から、それはいえる。

まーSちゃんの場合、かわいい孫が引っ越してきて、元カノどころじゃないというのもあるだろうな。
でもそれ、いつまで続くんだろう。
わたしが、「子どもって、すぐ大きくなるんだよね?」と尋ねたら、Sちゃんはちょっと口ごもって、「いや、毎日一緒にいれば、大きくならないよ」と言った。
先日は、「すぐ思春期になって、じいじは相手もしてもらえなくなるよ」と話していたのにな。

家族といる以上、以前みたいにそうそう外泊はできないだろうし、スカイプで話すのも減ったら、あまりご縁がなくなるってことになるんじゃないかな。
わたしがSちゃんと話していて楽なのは、両親とあまりに話の内容が違うからだ。
両親は完全アナログの世界の人たちで、TVと家電に生きている。
ネットは一切知らない。知ろうともしない。
カタカナがわからない。英語がわからない。
国内外のニュースで、批判するのは、「こいつ、わるいやっちゃなー」「ええやっちゃなー」の二つだけ。
TVの芸能人の話、三流スポーツ紙の話題、低俗な内容。
わたしが高尚とは言わないが、聞いていて胸がムカムカするのは事実である。
そこへ、Sちゃんがスカイプで話してくれると、ホッとする。
Sちゃんは、押しつけがましいところもあるけど、わたしが好き勝手に話しても、一発で理解してくれる人だ。

そんなSちゃんを失って、両親だけと話すようになったら、いまのわたしには相当キツイだろうな。
ほんとう言うと、すでにボケかけている父の言うことは、完全無視している。
母の昔の女優さん話も、知らん・・・。
デイケアに行けば同世代はいるが、みんな学生時代の発症のせいか、いい歳して学生時代の話なんかしている。
小学校を出ていないという人は、花の話しかしない。
はっきり言って、「へー」「ふーん」「そうなんやー」の3用語で、会話できてしまうぞ。

そう考えると、これからの人脈が望めないわたしとしては、母との距離感を考えなければならない。
家事は覚えなきゃいけないが、あんまりべったりになるとたぶん疲れる・・・。
それが、躁のイライラに繋がって、また暴言暴力を起こすというのが、最悪のシナリオだ。

客観的にみて、たぶんSちゃんとの距離は、これから離れていくだろうな・・・。
そのときは、本音はこのブログに書くしかないな。
誰も聞いてくれる人がいないんだから、仕方ないよね。

-

ロシアとか介護とか

rosia

ロシアのプーチン大統領が来日しているけれど、彼は北方領土返還の話をしに来たんじゃないよな。
安倍総理と二人でしているのは、「日本は、これからのアメリカに期待できないから、あのー、お宅と仲良くしたいんですけど、つきましては懸案のアレとコレを・・・」っていう話じゃないのかなと、お茶をずずーっと飲みながら思う。

確かに、日米安保条約を脅かすようなことを平気で言うようなトランプは、日本としてはまったく信頼できない。
政治家は政治家同士、腹の探り合いをして、経営者トランプは、ヤフーとかIT企業と仲良くやってればいいんじゃないの。
もちろん、日本がジリジリとロシアにすり寄っているのを、アメリカは百も承知だろうが、トランプの側近にどんだけ賢い人がいるのか。
もしかしてアメリカは、みんなからジリジリ遠ざかられて、やがて裸の王さまに・・・。

ふー。
久しぶりにTVを見たものだから、あたまが疲れたわ。
昨日、ようやく元彼Sちゃんから連絡があったのが、一週間黙っていたことについての言い訳はなく、ただ「腰が痛い」だった。
このブログ、読んでんじゃないのか・・・。
ともかく、あっちは孫の話で、こっちは介護の話をした。
全然未来が違うな・・・。

介護のことを考えると、わたしはオロオロする。
どう考えても、自分には無理だと思えるからだ。
買い物や食事や洗濯や掃除、くらいまではできるようになれそうな気がする。
でも、その他は?
要するに、自分の周りのことはギリギリできても、母親の面倒まではみれない、ということである。

精神障害2級は、「日常生活に支障をきたすレベル」なので、自分のことだけで精一杯になるのは当然である。
こんな障害者に、介護しろなんて言われたら、日本死ねだよ・・・。
でも、実際いるんだね。夫婦で、要介護者が介護の老老介護。
ほんとうに気の毒だと思う。

Sちゃんに、「なにが楽しみで生きているの?」と尋ねたら、いちばんに「孫の成長」と返ってきた。
未来をつくる、自分のDNAを残すって、こんなに希望を人に与えるものだったのね。
いまになってわかったけど、わたしは子どもをつくることに抵抗があったので、いずれにせよDNAは残さなかっただろうな。
そのことについては、べつに後悔していない。

-

去っていく人

kogarashi

元彼Sちゃんから、連絡が来ないのである。
もう、一週間以上・・・。
このところ、頻度が減ったなと思っていたが、だいたい2・3日おきには連絡をくれていた。
Sちゃんのことだから、ある日いきなりブチ切れはしないだろうが、これからますます距離を置くつもりなのかなあ・・・。

わたしは、顎関節症の心配のことも忘れて、食事中に考えた。
わたし自身は、これからの人付き合いは、病院、デイケア、市役所、Sちゃんにしようと思っていたのだが、早くもSちゃん脱落か?
このなかで、仕事だから絶対わたしの相手をしてくれる人は、3か所である。
Sちゃんは、ボランティアなのだ。

そういえばSちゃん、「飲んだときのゆみが好きだ」って言ってたなあ。
わたしはそういう言われ方をするのが嫌で、じゃあふつーのときのわたしはつまんないのかよ、と思ってしまう。
ほかにも、わたしの交代人格である、5歳の「ちっちゃいゆみちゃん」のことが好きで、かわいいかわいいと言っていた。
・・・わたしは困るんだよ、いろんなモノを隠されたりするから。

結局、彼はわたしの異常なところに魅かれたのであって、酒も交代人格も出てこなければ、取るに足らない人間だったんじゃないか。
あるいは、こうとも考えられる。
共依存。
彼は、異様にわたしの世話をしたがって、実際なにもさせなかった。
家事も買い物もなんにも出来ない人の代わりに、自分が全部してやることで、自身の存在理由を確認する。
そんな病的な人じゃないと思うけれど、やっていることは近いなあ・・・。

だから、酒をやめ、家事を手伝い、ジョギングしているわたしに、興味がなくなってきたんじゃないか。
共依存だのって、わたしの入院歴が多くて、そういう人をたくさん見てきたから、考えるだけなのかな。
でも、じゃあなんで、気分の激しいアップダウンを繰り返してきたわたしなのに、更生しようとすると離れていこうとするんだろう。
逆じゃないのかな・・・。

まー、今日にもまた連絡があって、「じつは腰を痛めていた」なんて話かもしれないから、わからない。
でももし、Sちゃんがこれから離れていったとしても、仕方ないね。
健常者に近づくと迷惑をかけるからやめよう、って考えたところだもん。
ほんとに誰かとしゃべりたくなったら、デイケアに行こう。
精神障害者同士ももちろん相性はあるけれど、多少おかしな言動をしても大丈夫なんだよね。

-

美容院で上の空

kurumaisu2

昨日も、母の老後のことが気になって、美容院に行っても上の空だった。
あたまの中で、カチカチ計算する。

「わたしの年金と、母親の年金を合わせると、こんだけ。そっから必要経費を捻出すると・・・」

結果は、母が「入りたい」という高齢者マンションは無理だ、というものだった。
やっぱ、低所得者には無理だよ、あれ・・・。
今後、新しいなにかが出てくるかもしれないけど。

やっぱりいちばんお金がかからないのは、在宅だろう。
できるだけ在宅を引き延ばして、いざもう手に負えんとなったら、特養に入ってもらう。
特養はなかなか入るのが厳しいが、介護人が障害者であること、そして要介護度によっては、何年も待たなくてもいいんじゃないかな??
在宅には改築費などのお金がかかるが、賃貸料その他が収入を上回って、「早く死んでください」になるよりマシだよ・・・。

そんなことを考えていたら、美容院で8,400円請求された。
ゲッ! いつもより高い!
よくよく見てみたら、髪の根元だけ染めるリタッチではなく、フルカラーになっていた。
髪の先まで染められていたことに気づかなかったとは・・・。
ボーっとするにも程があるよ。

そういえば、上の空になっているうちに、元彼Sちゃんから一週間連絡が来ていないことに気がついた。
たぶん、わたしが「介護が怖い」「スマホが怖い」と意味わからんことを言って、錯乱していたから、距離を置いているんだろうな。
この人も、どれだけの間、わたしの近くにいてくれるかなあ・・・。

わたしの精神に、フラットなところはない。
Sちゃん始め、ふつうの人は必ず、「自分にもそういうときあるよ」と言うが、落ち込んだり元気になったり、ではないんだなあ。
常に異常な状態にあるというか、絶えずデコボコなサバンナの道を、ジープで走っているようなもん。
そんな、跳ねたり落ちたりしている人を、自分の身を差し出してまで、助けてやろうなんて思う他人はいないだろう。
わたしは見た目がふつうだし、しゃべれるし。

健常者のなかには、精神病といえば、よだれ垂らして汚いカッコしてると思っている人、いるんだよね。
そんな人たちが、「どっこも悪くないのに、親のスネかじって」って、憎悪をぶつけてくる。
でも、口に出して言わなくても、潜在的に思っている人は、わたしは90%以上じゃないかと考えている。
Sちゃんでさえ、わたしの症状を「自分でもよくある」なんて言うんだもんなあ。
じゃ、なんでわたしは薬をいっぱい飲んでいるんだ。
これを飲まなかったとき、わたしは「アインシュタイン」を連呼しながら、1ケ月間踊り続けたんだぞ。

-

記憶にないことなのに

pan5

粗食をしているせいか、体重が40kgから増えない。
いつも何か、考え事をしている。

母が、愛着のある家とわたしを置いて、介護型老人ホームに入りたいと言っているのは、もしかしてわたしに虐待されると感じているからじゃないだろうか、という考えが浮かんできた。
16年間も、暴れ続けたもんなあ(記憶にないけど)。
あと16年間は確実に、母はわたしを信頼しないだろうな。
つまり、一生。

実際、「父親が死んだら、二人で一緒に住める自信がない」と言われたし、たぶんもう、歳を取って歩けなくなってまで、暴力をふるわれるなんてとんでもない、ってこころの隅で考えているんじゃないかな。
でもなー。わたしは、生き物は大事にしなきゃと思っているし、ましてや人に対して、虐待なんてあり得ませんよ。
そこまで倫理観は欠如していない、というか倫理観は病後も欠如していないの。
なのに母親は、そこのところまで、わたしが犯されていると思っているんだね。
それは大きな失望だし、わたしにとって「ものすごく自分を誤解されている」と感じる根拠なんだけれど。

そんなわけで、わたしはときどき不本意な思いをしている。
壁を蹴っただの、大声で暴れただのっていうのだって、わたしが覚えているのは2回だけで、一回は窓ガラスを蹴破ってハッと我に返ったとき、もう一回は仏壇を破壊しようとして、母に思い切りどつかれた瞬間。
これ以上は覚えていないのに、憎しみを込めて「あんなことをした、こんなことをした」と後から聞かされる、または「あんなことをしたくせに覚えていないの?」と責めらる、そしてわたしは「そんなことしてない・・・」と首を垂れる。
じつは、こんなことの繰り返しをしているんだけれど、何度言っても、「記憶がない」の部分を信じてもらえないんだよね。
わたしは、解離性障害も持っているので、交代人格がやった可能性もあるけれど、そんなことを話したら、相手はますます訳がわからなくなる。

つまり、わたしは言い訳を許してもらええないのだ。
覚えているくせに、忘れたとごまかしていると、母親からも思われている。
誰からも、信頼されていない・・・。

なんだかね、母親の老後には、少なからずわたしが巻まれるし、それにはお金が要るし、どんだけ寝付くのかな、わたしの老後資金は食いつぶされないだろうな、とかいろいろ心配があって嫌なの。
わたしは、早く一人になりたい。
多少の貯金と、気楽な貧相生活、友だちも誰もいないけど、今日は天気がいいな、とか。
若い頃のわたしの将来の夢は、変だけど、「80歳のおばあさんになって、公園でハトにえさをやる」だった。
ハトはもういないけど、結構そうなれそうな気がして、最終的にそんな感じになればいいかなと思っている。

-

妹夫婦とのキチガイ沙汰

house3

遠い将来のことを考えていたら、近未来のことが浮かんできた。
妹夫婦のことである・・・。

父はガンで、もう治らないと言われていて、母は「あと2年はもつと思うけど、3年はどうかなあ」と見立てている。
わたしは、元彼Sちゃんから「自分の介護を、娘にさせたい父親はいないと思うよ。尊厳に関わるから」と聞いていたので、わたし自身は介護にはノータッチでいいのかなと考えているのだが、問題はそのとき、必ず妹がお見舞いにやって来るだろうということである。

わたしはⅠ型双極性障害という、ちょっとひどい躁うつ病で、まあ言えばキチガイなので、過去16年間において、さまざまな人々に大迷惑をかけて生きてきた。←記憶にない。
最たるところは母親で、次が父親、その次が妹夫婦、あとご近所など周辺の人々である。
妹夫婦には、母の話では、夜中じゅう電話をかけたり、旦那さんを脅したり、妹の目の前で暴れたりしたので、あっちはすっかりわたしのことを怖がって、断絶しているというよりは、近寄れないんだそうである。

このことは、まだH主治医には話していない。
いずれ、話さなければと思う。
なにを相談するかって・・・、「わたし、謝らなきゃ駄目ですか?」である。

ふつうの人たちの関係ならば、当然謝るべきだろうが、わたしの場合、まったく記憶がない。
覚えのないことを、簡単に謝るなんて、それこそ不誠実ってものじゃないだろうか・・・。
それに、謝ったあとで来る言葉は、「だから、これからは仲良くしてください」じゃなくて、「これからはもう、二度と近寄りませんから」である。
うーーん・・・。もう、黙ってスルーした方がいいんじゃ・・・。
あっちもわたしが近づくだけで、怖がるんだろうし・・・。

ぼよーんと動かないあたまで考えたあとで、わたしは「いつもH主治医にしているように、考えがまとまらないときは、紙に書いて渡せばいいんじゃないの?」と思った。
わたしはいつの頃からか、字がまともに書けなくなっていて、およそ大人の教養のある字ではなくなっている。
あのでっかい字で、ぐじゃぐじゃと、「ごめんね。でも、記憶がないの。二度とあなた方には近づきません」という内容をしたためて読んでもらえば、なにかが伝わるかも・・・。
なんでも、直筆が利くっていうしね。

H主治医に相談してからになると思うけれど、わたしはできたら、あの妹夫婦とは目も合わせたくない。
あの人たち、ほんとのキチガイがどんなものとか、キチガイというモンスターに乗っ取られたわたしのこととか、考えようともしないよね。
妹の双極性障害がⅡ型で軽いから、わたしの中身は想像もつかないだろうと思う。
ただの困ったちゃんが、迷惑をかけにきた、くらいの感じじゃないのかな・・・。
まーどっちにしろ、わたしの取るべき道は「これからは二度と近づきません」なんだけど。
そこのところは、H主治医も賛成すると思うわ。

-

障害厚生年金2級

brain2

わたしのいまの、障害厚生年金/2級月額は、生活保護レベルである。
それでも、バブルの好景気の頃、ガンガン稼いでいたから、かなりいい方だ。
多くの精神障害者は、たいてい国民年金なので、ほんのわずかしかない・・・。

そんななか、母がうちの近所にある、介護老人用賃貸マンションをうらやましそうに見るので、「こういうところ、入りたい?」と尋ねたら、即答で「入りたいなあ」と言った。
わたしは65歳になると、厚生年金基金と国民年金も入ってくる。
つまり、65歳までなんとか食いつなげばいいのだ。
わたしは考えた。
もし、このまま障害年金2級が通り続けたら、自分は生活保護レベルの生活をして、あとは母親に渡して、こういう賃貸マンションに住んでもらおう。

それで、障害厚生2級って、いまの自分だけど、どんな感じなのよ? とこれまたネットで調べた。
でもこれって、厚労省が固くデータを出していないらしく、もう嘘ばっか!
「精神障害に永久認定はない」って断定しているアナタ、わたしは二人知ってるわよ。
まー二人とも、それなりに悲惨な過去を持っているけれど。
わたしにしたって、2ちゃんっぽい人が「2級とは、これほどまでに何もできない人ですよ」と皮肉を込めて書いていたが、ナンダそれわたしじゃん・・・。
それよっか、「障害厚生年金2級をもらっていますが、働いたら落とされますか?」という質問をしている人、嘘でしょ?!
2級なのに、働けるの??!!
信じられない・・・、わたしなんか、家事や郵便物の処理ができない、ほとんど病院と家の往復しかしていない、書類読めない、字が書けない、体調管理ができない、関わる人全員に迷惑をかける・・・、もう一人になったら、生きていけないレベルだよ。
どうすんだ、ヤバいだろ! と、いま危機感を覚えて、母のあとをウロウロして、家事を覚えようとしている。
こんなわたしでも、働いていた頃は、ちゃんと仕事して、家事もきっちりやっていたんだけどなあ・・・。
若かったときの方が、しっかりしてたんだから、不思議だなあ。

でも、どんなにわたしが頑張っても、たぶん一人前に家事をこなして、社会生活を送れるようにはなれないと思う。
それは予感というよりは、確定された未来のようなもの。
母がいなくなったら、わたしはヘルパー(無料)をお願いして、家事というよりは、わたしの健康状態を見てもらおう。
わたしは、体調が悪くなっても、そのことに気づかないことが多い。
3ヶ月前のダイエット地獄でも、言われるまで、自分が食べていないことに気づかなかった。
そういうのを、チェックしてもらいたい。
あとは、郵便物とかお役所の手続き・・・。
健康だったときは当たり前だがなんでも読めたが、いまはどうしても文書的なもの、取説なんかが理解できない。
そういうの、見てくれる人がいたらいいなー。

でも、ヘルパーはたぶん、家事しか手伝わないだろうから、わたしのニーズに合わないかもしれないな。
んー。デイケアにケースワーカーがいたな・・・。頼めば教えてくれるのかな。
あと、付き合ってくれるなら、「歩くグーグル」の元彼Sちゃん。
Sちゃんは訊けばなんでも知っているから、いたら心強い。

両親が亡くなってからのわたしの付き合いは、病院・デイケア・市役所・Sちゃん、だな。
大学時代の同級生は・・・、もう会わないかもしれないなあ。
お酒やめたし・・・、母が言っていたけれど、女性の場合、服装に生活水準が出てしまうんだね。
同窓会って、やっぱり勝ち組の集まりだっていうこと、ひしひしと感じるわ。

-

クリスマス前の金曜日

xmas_namiki

昨日は具合がよかったので、母と御堂筋@大阪のイルミネーションを見に行ってきた。
夕方から、御堂筋を南下してきたのだが、ここからあそこまでは何色、次は何色、って変わっているんだね。
あーここ、わたしが勤めていた商社のあたりだよ・・・と母に言う。
いま見たら、すごく立派に見えるなあ。
こんなところに勤めている会社員なんて、いまのわたしからすれば、恐れ多いよ。

心斎橋に入ると、道行く人の恰好が、スーツから普段着に変わる。
アメリカ村のあたりで、わたしたちはボロイ中華料理屋に入った。
母は中華料理が大好きで、しかもボロイのも好きなのだ。
このボロイ中華料理屋は、わたしが大学生の頃からあった。
自動ドアが開かなくなっている・・・。
でも、料理はアツアツでとても美味しくて、満足した。

母は、夜の街を歩くのはほんとうに久しぶりだそうで、なぜならば父が夜8時には必ず寝るという習性を持っているからだった。
「このまえ、お父さんと昼来たときは、”グリコ”の看板って、小さいなって思ったよ」と言うので、いやでかいと思うけどなあと行ってみたら、「これは大きいわ!」とびっくりしていた。
「バックもいろいろ変わるんやねえ・・・、これは夜に来ないとわからんわ!」

それから、道頓堀川沿いで駆け出しのアイドルグループがやっていた歌と踊りを、珍しそうに見ていた。
道頓堀川を、たくさんの外国人を乗せた船が渡っていく。
そうだよなあ・・・、この人の世界は、家とスーパーとたまに近所の都会だもんなあ。
夜出歩くのなんて、ふつーの主婦でもしないか。

その後、かに道楽沿いの道路を見たとき、彼女は「ひえーー!」と言った。
「昼来るのと、全然違う! なにこれ? 全然違う!!」
「うん、そうやねん・・・。あっちの通りでは、客引きやってるよ。――いまはないか」
「こわいなー」
「怖くないよ。女の人は引かれないから」

クリスマスモードの戎橋のアーケードを人混みのなか歩いていると、彼女は「甘いもの、食べない?」と言ってきた。
「コーヒーくらいなら入るけど」
「さっき、あっちに小さいパフェあった!」
「ここチェーン店やで」
「なんかいいのないかなあ。これは何?」
「カフェラテ。ふんわりしたホイップみたいなのに、コーヒーが入ってんの。みんな好きやで」
「それにするわ」

母はカフェラテを、わたしはコーヒーを飲んだ。
「ああ、セルフサービスやから、こんなに安いねんなあ・・・」
「いや、高いところもあるけど・・・紙コップのくせに高いとか・・・」
母がいちいち珍しがるので、わたしはそんなものなのかーと思っていた。
わたしも、たいがい引きこもっているが、世の中の常識に遅れるほどではないのかも。

そうやってイルミネーションを、思う存分楽しんできた。
クリスマス前の金曜日。
みんなが浮かれざわめくなかを、見て歩くのも悪くないと思った。

-

介護地獄から解き放たれる

kaigo

昨日、元彼SちゃんとLINEしているときに、大学時代の同級生からいきなり「友だち登録?」が来た。
わたしは急いでスタンプを送ったものの、返事がないので、「果たしてこの人、ほんとにアノ人か?」と心配になってきた。
新たなる心配である・・・。

名前を見たら、ニックネームが出ているし、本人に間違いない。
それでもわたしは、Sちゃんに確認せずにはいられなかった。

「これ、第三者だったら、大丈夫かなあ」
「大丈夫」
「わかってるんやけどねえ・・・。怖くて仕方ないの。始まりはこのとき、って断言できる。母親がわたしに、介護って地獄やんで、無理心中する人もおるねんで、あんたには絶対できへん、って言うたときからやねん。そのときゾーッとして、それが形を変えて出てくるねん」

正直、あのときからすべてが始まったのだ。
極度の心配性、心気症みたいなもの。
Sちゃんは、あのねえ、という姿勢で、わたしを正した。

「ゆみの場合、特別養護老人ホームでも、優先順位が高くなると思うよ。介護っていうのは、オムツを変えることじゃないの。本人のプライドを尊重して、いかに気持ちよく過ごしてもらうか。例えば、老人ホームにいても、毎日顔を出すとか、それも立派な介護なのよ。24時間付き添いしなくてもいいし、してもときどきはショートステイにするとかね。いくらでもやり方はあるんだから」
「でも・・・、母親が、無理心中するくらい辛いものやって」
「お母さんは、おばあさんの介護してたの?」
「2年くらいしてたなあ」
「そりゃ、そのときのイメージで言ってんだわ」
「そうなの?」
「無理心中しちゃうのは、全部抱え込んじゃう人だね。面倒は全部自分が診なきゃならないって、ときどきそういうふうに思う人がいるのね」
「そうなのか・・・。わたしはただ、母親を巻き込んじゃうんじゃないかと思って」
「巻き込まれるのは、ゆみの方でしょ。その方がずっと確率高いよ」
「そうなの?」
「そりゃ、そうでしょー」

わたしが障害年金3級に落ちて、生活保護を受けることになったら、その前に母の介護資金+葬式代を食いつぶすことになり、「母親を巻き込む」と思ったのだが、わたしの方が巻き込まれる確率が高い?
どういうことだろう・・・、わたしはまた何か間違っているな。

それでもなんとなく、周囲はわたしに何も期待していないんだ、ということがわかってきた。
やっぱ、どうみても半人前だしなあ・・・。
自分で障害者として生きていくと決めたまえに、周りはみんなそう思っていたみたい?
なんか、どうも一人でグルグル回っているな。

-

「杞憂」

kotatsu3

だいぶ、落ち着いてきた。
昨夜は、顎関節症ではないかと悩み、いろいろ調べたが、たまたま見ていたTVで、「ネットに書いてあることは、嘘ばかりだが、たまにはほんとうのこともある」と言うのを聞いて、「そうか・・・、そうだよな。わたしがいままで見ていたものは、ほとんどがたぶん嘘なんだ」と思うようになった。
ひどいよね・・・、ヒットした上位にあるものでも、嘘を書いてあるなんて。
そういえば、まとめサイトでしばしば、「それ、写しただろ・・・」みたいなのがあって、変だと思っていたのよ。
ネットでものを調べる癖のある人にとって、この問題は深いと思うわ。

そういうわけで、今度はH主治医の「あなたのは杞憂です」と診断されたことを思い出して、杞憂ってもしかして心気症のこと? と、再びネットで(・・・)、心気症で調べた。
すると、最初に「杞憂」のことが載っていて、まさにわたしの「杞憂」は心気症じゃないかと思えてきた。
どこも悪くないのに、重大な病気にかかっていると信じている・・・。
どこも悪くないと診断されても信じない。

わたしは、H主治医に絶大な信頼を置いているので、彼の言うことは正しいんだと思った。
H主治医は不思議なほどあたまがいい人で、わたしがオロオロしているだけでも、全体を俯瞰してものごとを把握し、「あなたはこうですよ」「こうすればいいですよ」と教えてくれるのだ。

それなのに、そこが病気なんだろうが、今朝もごはんを食べながら、「顎、大丈夫だよな?」と確認している自分がいた。
うん、大丈夫。べつにクリック音なんかしていない。
あくびも平気でしている。
それでもまた、ジョギング中に、「アマゾンのパスワードを変えた件、どうなったんだっけ」と考えていた。
じつは、パスワードを変えたのは、アマゾンではなく、yahoo!だったのだが、それに気づくのさえ遅れた。
「アマゾンは変えてないよな・・・変えてないよな・・・、yahoo! を変えたことによる弊害は・・・、乗っ取られること? だけどグーグルから入ったし、変なリンク踏んでないよな? 速攻パスワード変えたし・・・。いま、yahoo!と同じパスワ―ドを使ってるサイトは一つもないし。問題はないはず・・・」

あーもう!
「あなたは、ネットでカードを使ってないんでしょ? 何の問題があるんですか?」というH主治医が、絶対正しいんだろう。
ネットで買い物されたからって、代引き料金・コンビニ決済とともに送られてくるのはうちの家、受け取らずに送り返せばいいだけの話じゃない。
身も知らぬ相手に、ネットで買い物して嫌がらせするなんて、そんな暇なハッカーがどこにいる。
「杞憂」だって。だから、杞憂なんだって!!

-

ガクガクブルブルの日々

dokuro

強迫観念(?)の続くなか、わたしは今度は、「額関節症かも」と疑い始めた。
そういえば数日前から、大口を開けたときに、顎がカクカクいってたんだよね・・・。
過去にそういうこともあったけど、気がつかないまま治っていた。
今度はどうなんだろう・・・怖い!

わたしは、大口を開けるのはやめようと決心した。
朝、ついついあくびをしてしまったが、なんともなかった。
朝ごはんは慎重に食べたが、べつに普通だったと思う。・・・
「顎が痛いの?」と母が問いかけるが、わたしは「痛くない」と答える。

どこが顎関節症なんだ??
それでもわたしは調べ上げて、そうか、怖い病気なんだなとブルブル震えた。
いままで、お金がどうとか言っていたけれど、健康を損なわれたら、どうにもならないんだよ。
病気って、いろんな形のものがある。
そして、いまから歳をとるにつれて、それがどんどん増えていくものなのだ。

・・・何歳までにどれだけ貯められるか、なんて、みんなが言うように、まったくアテにならないということがわかった。
だいたいは、物事に異変が起きるときは、悪い方へ転じるのだ。
そのことを覚悟しておかなければならない。
元彼Sちゃんだって、もう長いこと椎間板ヘルニアで苦しんでいるしなあ。
彼はお金持ちだけれど、わたしはお金がなくて、ろくに病気にもなれないって、辛いことだな・・・。

しかし、顎関節症についてだが、今朝ジョギングしているときに、自分で自分は奇妙なことを言っているなと思った。
「ふつーに暮らしていて、ふつーに食べていて、歯ぎしりも歯列が悪いわけでもなく、そんな簡単に口が開かなくなったりするか? よほど痛みを耐えたあととかでは・・・。つまり、ふつーの人が考えるのは、痛みが出てからなのでは・・・」

わたしはその考えが正しいように思うのだが、なかなかそっちの方へ行かない。
そうこうしているうちに、今度はyahoo!がパスワードの再設定を求めてきて、あたまが混乱した。

「これ、グーグルから入ってるよな? 大丈夫だよな? 入った瞬間、パスワードを変えるぞ。いいな?」
そして、わたしはパスワードを変えて、またビクビクしているのだった。
もう、常になにかに対して怯えている。
夏ごろ、元気にダイエットしていたわたしはなんだったのか・・・。

そういえば、昨夜も「免許証と健康保険証は持って歩かない方がいい」と考えて、家の奥深くにしまった。
そして、母に「このところ、わたしはどれだけ外出しているか」を尋ねた。

「5月に同窓会2回行ったあとは、全然外出してないわよ~。わたしらと、ちょこちょこ行くくらいで」
「どっかで、免許証を出すようなことはなかった?」
「このまえ、ブックオフに行ったときは出したけど、確認だけでコピーなんかとってなかったよ」
「あとは?」
「スマホを買いに行ったときでしょー、銀行に行ったときでしょー、それからまたスマホでプラン変えたときでしょー」

どうやら、わたしは今年に入ってから、ほとんど外出していないらしい。
元彼Sちゃんと、病院の行き来だけだ。

それもすごいと思うが、とにかくわたしの病気ぶりもすごい。
このままじゃ、どこに行っても上の空だ。
じつは、母が御堂筋のイルミネーションを見に行きたがっていて、わたしの具合がよくなったら、と言っているのだが、これでほんとに行けるのか・・・。
自分で自分をがんじがらめにして、どうする?

-

困惑の落とし穴

kareki3

わたしがおかしい。
今日は、買い物のとき、家の鍵がバッグの中にないことに気づいた。
母と一緒だったので、問題ないのだが、とにかくオロオロする。

「大丈夫よ。昨日、病院に行ったから、そのとき入れ替えたんでしょ」
「そうかなあ。・・・・・・」
「じゃあ、お父さんに電話して調べてもらえば?」
「あっ、そうやな」

わたしは家にいる父に電話して、無事に鍵が別のバッグに入っているのを確認した。
しかし今度は、である。
ちゃんとスマホの電話が切れたかどうかが、気になって仕方ないのである。
「この電話、ちゃんと切れてるかな」
「切れてるでしょ。さっき、もう一度電話したんやし、切れてなきゃおかしいでしょ」

わかっているんだけれど、それでもわたしは、大丈夫かな大丈夫かな、と気になって仕方なかった。
帰宅すると、すぐに家電と母の携帯を調べて、ちゃんと切ってあるのを確かめた。
ほんとうにどうかしている。
こういうことする人、いるって知っているけれど、自分もそうなっているの?

もう、ここ一か月間くらい、自分が変になっている。
最初は母の介護地獄予言による恐怖、次はお金がなくなったらどうしよう恐怖、次はパスワードを盗まれたらどうしよう恐怖、次が強迫観念もどき。
もしかしたら、最初からずっと強迫観念かも。

母親・・・、わたしを恐怖に陥れるようなことを言うから、わたしがおかしくなったじゃないか。
あれが最初だったんだ、「介護ってものすごく大変なんやでー! 無理心中する人がおるくらいやねんで。あんたには絶対できへんわ」
あのときの衝撃、ゾーッとした感じを忘れられない。
「無理心中するって・・・、そんなにすごいことなら、弱いわたしには絶対無理! でもどうしたら・・・。要介護の母と精神障害者の子、二人で生活保護とか・・・そんなことになったら、どうなるんだろう? わたし一人の方が楽だ・・・。いやでもそうなるには、この人の財産を全部食い尽くさなければならない。自分の財産を食いつぶして、母親の財産までも食いつぶすなんて、その可能性は何%あるんだろう? そのときには、助けてくれる人は誰もいないんだ。ああ、どうしたらいいんだろう」

そうやって、わたしが困惑しているというのに、言いだしっぺの母は、「大丈夫、大丈夫よ~」と笑っているのだ。
どう大丈夫なのか説明してもらいたいと思う。
介護地獄を予言しておきながら、おまえには無理だと言いながら、わたしにどうしろと言うのだ。

これを、H主治医に言えばいいのかもしれない。
どうやらわたしは、ものすごくつまらないことで困っているのだ。
しかも、それに自分は気づいていない。
この落とし穴から、早く出たい。

-

妄想との闘い

pen2

あんまり恐怖と不安でいたたまれないので、今日病院に行ってきた。
H主治医は、なんでも解決してくれる。

「スマホのサイトで料金を調べようとしたら、暗証番号を求められたんです」
「当たり前でしょ!」
「そうなんですか? でも、それで中に入られて、買い物をされたら・・・」
「ネットでカードを使ってないんでしょ? だったらそれでいいじゃないですか」
「そうなんですか? でも、電話料金に加算されたら・・・」
「あのね、僕の奥さんはネットでカード被害に遭ってるんです。でも、カード会社がおかしな使い方に気づいて、連絡してきましたよ」
「はぁ・・・。でもわたし、確かな人に聞いてみないと、わからないんです。ネットなんか、嘘ばっかり書いてるし」
「僕が、×××(不確かな人?)かもしれませんよ。それで、体調の方はどうですか」
「もう、考え事がぐるぐるして、なにもできません。母は危ないから、外に出るときは注意しろと言いますし」
「ふーむ」
「あのこれ、書いてたんです。考え事を整理しようとして」
(考え事の整理をしたノートを見せる。)←はっきり言って、子どもが書いたような字と内容。

「・・・・・・・・・(誤字を訂正している。)」
「あの、これでグーグルは回線料なしで、使えると思いますか?」
「はい」
「・・・・・・・・・(なにかを書いている。)――これ、読めますか?」
「杞憂(きゆう)」
「それです」
「はい、みんな言います。わたしはこれから、スマホ屋に行かなくていいですか?」
「そんなことしたら、一笑に付されますよ」

わたしは診察室をあとにして、やっぱりそうだよな、と思った。
だが、止められないのだ。
グーグルが回線料と関わってくるなんて、あり得ない、妄想なのだ。
でも、病気だから、止められない。

わたしは帰宅してから、スマホ屋に電話で質問した。
結果は、第三者が買い物なんて、そうそうできるシステムにはなっていない、そしてグーグルが回線料に関わることはない、というものだった。
そ・・・そうだよな。
ああ、正しい答えを出したのに、不安が止まらない。
足先からゾクゾクする。
困ったことだ・・・、明日には治っているといいけど。

-

恐怖の毎日

kabe

まだ、怖がっているのでる。
病気だ・・・、病気だ・・・。

わーわからん!!
とにかく、メールは毎日見ることだ。
うん、それで何もかもうまくいくはず。

ほんとに病気としか言えない状態になってしまい、わたしはもう、何も手につかなくなっている。
これって、もう1ケ月くらい、こんな感じじゃないのかな。
明日、H主治医に会ってこようかな。
もう、ほんとにおかしい。

-

パスワードの恐怖

furueru_inu

もう・・・、もう病気だ!
次から次へと、心配事を探して、ブルブル震えている。

今日は、「パスワードを破られたら、どうしよう」だった。
わたしのパスワードたちは、そんなに簡単なものではない。
セキュリティーもやれるだけのことは、やっているし・・・。
これ以上、なにをどうしろと言うのだ? 自分!

それでも、グルグル考えが巡って、怖いのである。
不正アクセスで、お金を盗られた人の話も読んだ。
こ・・・怖い・・・。
いまの時代、ネットで繋がっているだけで、どんなこともできるんだ。

わたしは、つくづく家電だけの世界に戻りたくなった。
もういいじゃん、メールだのネットだのって。
いや、メールはあってもいいんだけど、スマホというコンピュータを持って歩くというのが、まずい気がするんだって。

被害妄想なんだろうか、どうも一昨日あたりから、スマホのことばかり考えている。
あーこれ、H主治医に相談しなきゃならないな。
相変わらず、グルグル堂々巡りをしているわたしに、先生はなんと声をかけるだろうか。
早く病院に行きたい。

-

お金ない妄想


saru

今日は、スマホ恐怖症になっている。

昨日から、「スマホって、ほんとにバカみたいに高い!」と考えていて、それがあたまを離れない。
でも、どんなにあちこち調べても、自分に合った選択はこれしかない。
しかしプランを見直してみると、「うわっ、バカ高い!」と思う。
こんなに高いものが、必需品になっているなんて、どうかしている。

もういっそ、スマホを手放したい。
そもそも、わたしのような低所得者に、スマホは高価すぎるんだよ。
なんでみんな持っているのかというと、仕事以外の人は「なんとなく」だと言うじゃない。
わたしの場合、同級生に「暇つぶしになるものない?」と訊いたら、スマホがいいよ、と言われたからだった。
でもゲームをしないわたしには、全然暇つぶしにならないものだった。
それでも、10年とかもつならいいけど、2・3年で買い替えなきゃいけないものって、いったいなんなの。

考えたら、パソコンと大して変わらない値段なのに、スマホの使用料はパソコンより高くつくんだもんね。
格安スマホの人は、別としてさー。
あーほんとに捨てたい。
「家電だけで暮らそうかな」と母に言ったら、「それだけはあかん!」と言われた。
そうだよね・・・、いまケータイというものがなければ、世の中生きていけないよね。

それでも、格安スマホにしないのは、アフターサービスが期待できないことや、クレジットカードでしか引き落とせないらしい、というところである。
クレジットカード持ってるけど、使いたくないんだよね。
あれは、買い物のとき、たまたま持ち合わせがない場合に使うためだけのものと決めている。

こんなにお金に対して消極的になるのは、たぶんわたしがいま、「お金ない妄想」に憑りつかれているからだと思う。
いまもゾクゾクする。
これも、きっと病気なんだろうな。
世の中の人たち、なんでそんなに堂々と歩けるの。
わたしはいつになったら、これ治るの?

該当の記事は見つかりませんでした。