LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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生活保護の恐怖

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今日も、しんどくて起き上がるのに苦労する。
おかしいな・・・。
うつって、こんなに急に来ないんだけど。

わたしは、なんでこんなに疲れているのだろう、と考えた。
そして、やはり行きつくのは、将来のお金のことなんだと思った。
ほんとうに、病気だと思う。
いま困っているわけじゃないのに、なぜこんなに・・・。

わたしの周りの精神障害者は、半分くらい生活保護を受給している。
あとの半分も、親が死んだら、いずれ生活保護だろう。
セーフなのは、家庭の主婦だけだと思う。
だからきっと怖いのだ。
生活保護なんか、そう簡単に受けられるものじゃない・・・。

障害者は基本、診断書などが揃っていれば、受けられると思う。
だけど、それに至るまでの道のりが険しい。
ある窓口では、車椅子の50代女性が、「身体を売れ」と言われたらしい。
女性に対して「身体を売れ」は、ほかでも言われるらしく、どうやらまともな人間として扱ってもらえないようだ・・・。
生活保護のある公式サイトでは、いきなり「おまえらは、行きつくところまで来た人間だ」みたいな文言が、ドンと書かれてあって、いかにも”warning”なページとなっている。
あんなのを見て、さあもらいに行こうなんて思う人は、いないよ・・・。
働いていないのに、簡単に受給できる人って、窓口の方が逆にスゴスゴしてしまう、やくざやさんなんかじゃないの?

ともかく、世の中には病気やケガで、ほんとうに働けない人々がいるということを、忘れないでほしいということだ。
いま自分が健康に働いている人だって、いきなり不慮の事故で障害者になった、なんて、全然あり得る話なんだから。
その人はそのとききっと、社会から「税金泥棒」と呼ばれることに、理不尽を感じるだろう。
それどころか、その人がもらうのは障害厚生年金であって、まるっきし税金ではないのだが、それでも「税金泥棒」と言われることに、怒りを覚えるだろう。

うちの母にしても、わたしの障害者仲間が、生活保護を受給していて、「障害者加算をもらっている」と話したら、「まあ、そんなものを」と不快感を表した。
えっ、わたしだって、人生の綱渡りに失敗したら、そういうことになるのに?
わたしには、障害者の生活は、いろいろ支障があるので、出費が嫌がおうにも増えることは、想像できる。
でも、肉親でさえそれが理解できないなら、他人はまったく理解の範囲外だろう。
それこそ、障害者で生活保護を受給しているなんて、誰にも言えないな・・・。
恐ろしい未来だ・・・・・・。

わたしが恐れているのは、そうやって世間の片隅に追いやられ、ビクビク怯えながら、生きているだけの未来かもしれない。
そんなふうに生きるくらいなら、死んだ方がましかもしれない・・・。
でも、いまはそのときじゃない。
それで、「どうしよう、どうしよう」と相変わらず「どうしよう病」で震えていて、どうしようもない悪循環のわたしなのである。

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雨の日にだるくなる。

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朝、眠くてたまらなくて、起きるのが大変だった。
珍しい。
なんで、こんなにしんどいんだろうと思いながら、朝食を食べる。

食後も横になっていた。
外は雨だ・・・。
こんなときは、さんさんと陽が照っているより、雨音を聞いている方が、重い身体と同調できる。

ふと、これは元彼Sちゃんにまつわる将来の友人関係を、このところ、ずーっと考えていたからではないかと思った。
約3週間足らず、一日欠かさずだもんなあ・・・。
自分で自分を鎖でがんじがらめにしているような、苦しさと恐怖だった。
いまはとりあえず、Sちゃんは上機嫌で帰っていったので、この人は当分大丈夫だろう、と考えている。

精神を病んでから、わたしは少しのことでへこたれるようになった。
それは、楽しいことでもである。
同窓会で大騒ぎしたあと、帰ってから一週間、放心状態で寝たきりになって、そのまま入院したこともあった。
今ごろSちゃんは、上機嫌をあとに、ふつうに仕事をしているはずだ。
でもわたしはグッタリ寝ている。
今回も、まえと同じような感じなのかなあ。
久しぶりにSちゃんと焼肉を食べて、楽しい時間を過ごしたから、安心と同時にガックリきたのかなあ。

それにしても、ほんとうに嘘みたいに身体が重い。
うつが来たかのようだ・・・。
明日になったら、治るんだろうか。
なにかあるたびに、こんなにくたばってしまうようでは、たった一人になったとき、困ってしまう。

またわたしには、将来の経済的な悩みも残っている。
働ける身体だったら、「いまのうち、少しでも稼ごう!」という気になるが、もうわたしはH主治医によって、「一生無理です」と宣告されてしまっている。
つまり、死ぬまで自分の収入は、自分の自由にならないということだ。
ここが、とても心細い。
「死ぬまで」というフレーズが、怖い。

今日はとりあえず、雨に隠れて、ひっそりと横たわっていようと思う。
自分の思い通りにならない、先細りの人生か・・・。
この10月にパンドラの箱から、すべての災厄が出てきたわけだけど、どこを探したら「希望」があるんだろうな。

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久しぶりの焼肉を食べて

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元彼Sちゃんと久しぶりに会った。
彼は、ひどい腰痛からようやく立ち直って、なんとか歩けるようになっていた。

わたしがずっと食べられずに、待ち望んでいた焼肉屋に行く。
Sちゃんは、わたしが「Sちゃんがわたしから離れていく」と落ち込んでいたことなんか、全然考えてもいなかったようだった。

「アレとコレとソレと。あと何食べる? 何でも食べて」
わたしはメニューを見て、うわっ、高いーっと思った。
焼肉ってそうだよな・・・、だいたい高いんだよ・・・。
Sちゃんは全額払ってくれるけど、他の人と割り勘だったら、わたしは辞退しそうだな・・・。
と思いながら、わたしは黒ウーロン茶が飲みたかったのだが、高かったので、ウーロン茶にした。
これは遠慮というよりは、ただの貧乏性である。

じゅうじゅう焼肉が焼けていく。
久しぶりの美味しい焼肉、煙。
ああ、幸せな時間だなあ・・・。

ふと、Sちゃんを目の前にして、「この人は億単位の資産を持っているんだ」とあたまに浮かんだ。
一瞬、数日前にSちゃんのことを、「あの人は別世界の人だ」と気づいたことを思い出す。
わたしは死ぬまで貧困層だけど、この人は生まれてから死ぬまで、ずっとお金に困ることはない。
すると、指先がブルブルと震えてきた。
最近、わたしは将来のことを考えると、震えるのだ。
「貧困妄想」「どうしよう病」が、まだ治っていないのだ。

「ほら、手が震えてるやろ?」と、わたしはSちゃんに手を見せた。
「ほう」
「最近、なんか震えるねん。包丁とか持つの、怖いねん」

わたしは指摘される前に、手を見せておいた。
ほんとに考えつくと、コップを持っていてもブルブル震えるんだよね・・・。
あんまり、人前で飲んたり食べたりする機会はないけれど。

それから、Sちゃんの孫の楽しそうな話を聞いたりした。
Sちゃんには言っていないけれど、わたしは子ども時代、おもちゃもほとんど買ってもらっていない。
Sちゃんちのクリスマスの孫へのプレゼントは、トランポリンだった。
トランポリン?? そんなの置くスペースがあるのか、まったくの田舎でもないのに。
タブレットを2歳児が使っている・・・。
貧困層だったら、幼児からタブレットは使えないだろう。
ここからすでに、差が生まれるよな・・・と考える。

そして帰り際、これからわたしは一生涯、ふつうの感覚で焼肉を食べることはないだろう、と思った。
これはたぶん、貧困妄想なんだろう、・・・とも思う。
母は、「いまお金に困っているわけじゃないのに、すごく先のことを考えてて、変」と言う。
でも、震えが来るのはどうしようもない。
また、H主治医に相談しよう。

Sちゃんに、焼肉が久しぶりに食べられて嬉しかった、と言うと、「よかった、よかった」と満足そうな様子だった。
わたしは、奢ってもらったラッキーではなく、裕福な人のこころのゆとりにホッとした。
周りが全員、貧困な精神障害者だと、キツイんだよね。
健常者で、お金があって夢があるSちゃんの話を聞いていると、なんとなく、自分もその世界の一員になれたかのような錯覚を起こす。

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パンドラの箱

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この10月から起こった、わたしの「オロオロ病」について、わたしは突然、「パンドラの箱」だ! とひらめいた。
すると、「あーー!」と電撃のように、すべてが一気に説明されたような気になった。

わたしは10月のある日、たまたましていた瞑想から覚めたとき、急に身体が軽くなって、いろんなことが見えるようになった。
と同時に、16年間寝たきりで、なにも考えてこなかった問題、――老後や介護やお金といった将来の不安が、一気に目の前に広がり、いまの自分では到底処理できないとわかって、恐怖で足がすくんだのだ。
急に、世界や未来が怖くなったのも、いろんなことを心配し始めたのも、わたしの中で、「パンドラの箱」(ギリシャ神話:ゼウスがパンドラに持たせたあらゆる災禍が入った箱)が開いたからだと思う。

それで、得体の知れないゾクゾク感に襲われ、毎日テーマを変えては「どうしよう」と困っていたのか。
なんだか、すごく腑に落ちる・・・。
この16年もの間、わたしは一日中パジャマでいて、何にも考えず、ひたすら夢の中にいた。
その夢から覚めて、現実が見え始めているのか・・・、でも16年ってあまりにも長すぎる。
いまからで、間に合うの?
家事も一人でできないし、社会的手続きだって怪しいし、病気が悪いときは外に出れないよ・・・、どうするの、自分?

「オロオロ病」の真相がわかったところで、事態が変わるわけではなかった。
地道に一つ一つやれるようになるしか・・・。
でも予感では、「災禍」はまだ全部は出ていない。
これからも、考えなければならなことが、たくさん出てくるような気がして怖い。

夕方、元彼Sちゃんが、明日のラーメン食べの打ち合わせに連絡を取ってきたので、「パンドラの箱」の話をした。
Sちゃんは即座に、「じゃあ、次は希望が出てくるんだな」と言った。
そうだった、パンドラの箱の最後には、希望が残っているんだった。

だけど「希望」? って??
もうわたしの人生にはないもののはずなんだけど・・・。
もしかしたら、これからそんなものが出てくるの??
人生の大逆転が、これからあるんだろうか。

よくわからないが、この16年間のうちで、10月から明らかに、わたしの中で劇的な変化が起こっている。
ちゃんとパジャマを着替えて、布団をたたみ、家事手伝いをし、カレンダーを見る。
病後まったくなかったことで、これも奇跡といえば奇跡か。
なんか、神さまの手が動いたようにしか思えない・・・。
このままじゃ、親が死んだあと、路頭に迷うからなんとかしなさいって、助けてくれたのかもしれないな。
なんとか、間に合わせなきゃ。

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巡り来る人々

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昨日昼、元彼Sちゃんから連絡が来た。
「腰がましになってきたから、土曜日、ラーメン食べに行こう」

「えっ、あっ、そうなの? べつにわたしはいいけど」
「今日は声の張りがあるな。なんかあった?」
「診察に行って、先生と話をしたよ」

なんでだろう。
だいたいの場合、自分がウジウジしていたら相手は寄ってこず、サッパリ諦めたりすると、急に親しげになったりする。
なんか、放っているオーラがあるんだろうな・・・。
誰だって、ウジウジしているやつに粘着されたら、困るもんね。
たぶん、なんらかの形で、わたしが「オロオロ病」から脱出し始めたことを、察知したんだろうな。

しばらくSちゃんの好きな世界情勢について話をしたが、わたしはなんとなく冷めていた。
わたしは、頑固すぎるくらい、白か黒かの人間で、グレーがないのである。
そこは改めなければならないが、今回のSちゃんについても、「この人はどういうつもりで、わたしと付き合っているんだろう」と一旦疑い始めたら、なかなかそれがあたまから離れないのだ。
キャバ嬢が老後の不安について言わなくなったから、また付き合ってやろうとしているのかな・・・、いや、そこまで考えたら、わたしが、人の好意も受け取れない嫌なやつだろう。
それで結局、と考えた。
お互い、赤の他人で単なる友だちなんだから、いつ近づこうが遠ざかろうが、勝手なんだよね。

「じゃあ、日帰りにする? 泊まっていく?」
「どっちでもいいよ」
「泊まりだと娘さんに説明しなきゃいけないから、面倒だよね」
「いや、俺は昔から、ふらっと温泉に行ったりするから、全然気にしないよ」

泊まりだと、3食が一緒になるので、非日常の世界で楽しむことができる。
焼肉食べたいから、それ言ってみようかなあ・・・、いや、キャバ嬢のノリではなく。
心底焼肉が食べたいんだけれど、うちの母が牛肉が嫌いで、匂いを嗅ぐのも嫌だというので、ほんとうに食べられないのである。
これは、たとえ精神障害者の友だちができても、実現しない。
なぜならみんな、精神活動が低下していて、友だち同士で飲み食いしようという発想をしない、お金がない、などの理由からだと思う。
なにしろ、デイケアの帰りでも、お茶どころか、全員家に向かって一直線だもん。
今度USJに行こう、なんてあり得ない話である。

そういうことで、わたしにとって、健常者の友だちはほんとうに大切なものである。
正直なところ、Sちゃんがどういうつもりであろうと、わたしにとっては離すのが惜しい駒である。
どうせ、わたしみたいに、人間関係を次から次へと破壊していく病気の人間は、一生涯の友だちなんて持てるはずがない。
3年経ったら、全員入れ替わってました、その後も入れ替わり続けます、っていうのがわたしの人間関係の形になるのかな。
もしかしたら、わたしの人生のテーマの一つは、「友だちをつくり続けること」になるかもしれない。
「一期一会」という言葉があたまに浮かぶ。
そうだな。いまからのわたしは、出会った人を大事にしないといけないな。

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旅に出る準備

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今日は診察日で、H主治医に会ってきた。
彼は、わたしの交際相談も引き受けてくれる。
精神障害者は、人づきあいが希薄になることも、問題視されるからだと思う。

「元彼がどうも、離れていくみたいなんですよ。いまいちばん困っているのはそれですね」
「離れていくって、友だちになればいいんでしょ?」
「いますでに、友だちなんですよ。あとがないんです」
「ん・・・? どういう・・・」
「わたしは友だちのつもりだったですけど、あっちは酒を飲んで楽しく話して、キャバ嬢といるような感じだったんじゃないかと思うんですよ。だから、キャバ嬢が現実に目覚めて、老後だの介護だの言い始めたから、要らなくなったのでは、と・・・」
「(付き合うのを)やめたらええやん。そら、友人やったら去っていくのも勝手でしょ」
「そうですね・・・」
「あなたがそれだけ、自分で分析してわかってるんやったら、その通りすればいいやん」
「最後の友だちだったですけどね・・・。そうですね・・・、でもいまは寒いし、もうちょっとしてから・・・、春くらいですね・・・」
「うん、春ごろやな」
「旅に出ます」
「あはは、旅な。頑張りや」

H先生は、いつもいちばんの早道を教えてくれる。
わたしの仮説は、たぶん合理的だったのだ。
先生からすれば、「なんでそんな、わかりきってること、聞いてくんの?」って感じだったと思う。
でも、H先生に背中を押されたら、わたしはこれから、またあちこち旅をして、新しい人々と出会っていこうと決心できる。

だがほんとうに、いまは動けない。
なにしろ寒いし、どこに行ったらいいのかもわからない。
たぶんこれから、何度もくじけるけれど、とにかく春にはなんとかする、と期限を決めたら、やりやすいかもしれない。

自立しようと、生活を改めて、毎日家事を頑張っているんだから、これが悪い方向へ向かうはずがない。
絶対、誰かが見ていて、評価してくれると思う。
Sちゃんがそれを、反対方向に評価しているのは、おかしい。
Sちゃんはもしかしたら、ちょっとあたまがおかしい障害者が、変な言動したり子どもっぽいふるまいをしたりするのを、面白おかしく眺めていただけなのかもしれないな・・・。
5歳児の交代人格「ちっちゃいゆみちゃん」が出るのを喜んでいたのだって、そういう理由かも・・・、傷つく。

皮肉なことに、Sちゃんを否定したら、自分にちょっと自信が出てきた。
そうだよ、これまでの3年間を考えても、いっぱいの人と知り合っているじゃない。
これからの3年間だって、きっとたくさんの人と出会うよ。
とにかく、暖かくなったら表に出よう。

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失ったもの

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昨日も、元彼Sちゃんから連絡はなかった。
まあ、毎日連絡してとお願いしたわけじゃないけれど。
ほんの10月までは、毎日、うるさいくらいにスカイプしようぜって言ってくれていた人だけになあ・・・。
腰が痛いにしても、やっぱりどこかこころが離れているような気がする。
それに、ギックリ腰はともかく、椎間板ヘルニアは半年~1年あるいはもっと、治らないんじゃないか。
その間にSちゃんは、わたしとの関係をうやむやにするつもりじゃないのかな。・・・

わたしは、こんなにSちゃんのことばっかり心配している時点で、自分はもう駄目だと思った。
10月あたりから続いている「心配病」のターゲットが、Sちゃんに移っているだけなのだ、きっと。
その証拠に、いまだにネットを見ては「生活保護の窓口って、こんなに非人間的なことを言うんだ」と怯えたし、TVを見て北朝鮮がICBMの実験をすると聞いただけで、「いつか日本が戦場になるんじゃ」と震えてしまった。
おかしい、もう絶対病気だよ。

まえの自分はどんなだっけ、と自分を取り戻そうと考えた。
10月頃までの自分は・・・、とにかく一日中寝っ転がってなにもせず、ビールを1日3本飲んでいた。
あんなに暇を持て余していたのに、平気だったのはなぜだろう。

わたしは、「アルコールだ」と思った。
アルコールは、友だちとして機能する。
程よく気持ちよくなっていれば、あとの細かいことは考えなくてもいいのだ。
友だちがいなくたってかまわない。
でも、そんな生活を続けていたら、いずれアルコール依存症になって、人生が破綻すると思う。
わたしが断酒したのは正解なのだが、その代わり、考えなければならないことができてしまったってことか。
16年分の考え事だもんなあ・・・。そりゃ、パニックになるよ。

あと、わたしは常に女性として、見た目をカッコよく飾り付けるのが好きで、それに伴い、外に出て自分をアピールして、自己満足を得るという趣味があった。
それがいまは、すっかり自信を失って、できなくなっているのだ。
自信を失った理由は、「どうせ自分はキチガイだから、この街を歩いている人たちとは違うんだ」という考えからである。
歩いていても、風景がどこかよそよそしくて、なにか自分が縮こまっていなければいけないような気になる。

考えたら、10月以前のわたしといまのわたしは、かなり状況が変わっているのだ。
酒をやめた、趣味がなくなった、友人Kが亡くなった、最大の友人Sちゃんに距離を置かれた、――急にいろんなものを失ったのである。
それで、どっちを向いたらいいかわからず、固まったまま、あらぬ心配事ばかりしている?・・・

でもいまは、酒をやめて家事手伝いをしているんだし、ジョギングもして、前よりずっと正しい生活をしているはずなんだよ。
それがなんで、悪い方向へ向かうの?
おかしいじゃないか・・・。
このままよくあるように、障害者が両親とともに老いていって、やがて一人で朽ち果てていくんだろうか。
それはいつか来る未来だけれど、いまじゃない、と思う。

しつこいけれど、最大の理解者Sちゃんは、こんなわたしの心境をお見通しなはずだと思う。
その上で、去っていこうとしているのかな・・・。
孫たちに囲まれて、大変だけど幸せな家庭を築き上げたSちゃん。
その豊かで温かい暮らしぶりを見ているだけで、わたしは支えになったんだけどな。
拒否られて、明るい窓の外を立ち去る自分って、なんか憐れだな。
わたしはこれから、どっちを向いてなにをすればいいのか、わからない。

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雪景色の写真

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一昨日、元彼Sちゃんに、「ちょっとは連絡してよ」と、我儘で子どもじみた脅迫をしてしまったが、彼は大人の対応をしてくれた。
昨日、ちょうど彼が帰宅した頃に、ラインではなくメールが入ってきたのだ。
そして、内容は一面の雪景色だった。

「わー・・・」と見入っているうちに、ラインが入る。
「会社の裏の写真。これから布団に入る」
「もう寝るの?」
「だって、冷えて腰が痛いんだもん」

いまの俺にできることは、ここまでだよ、と言っていることがわかった。
彼はもともと、わたしを一人前の女性として見ていなくて、幼稚園児くらいに思っている。
わたしがギャーギャーわめいて暴れたとき、彼は知らんふりしているか、飴玉を与えておとなしくさせる。
今回の写真も、飴玉だと思う。
実際、わたしは「こんな素敵なものをくれた」と喜んでいるし、彼は当分のあいだゆっくり寝れる。
彼は「やれやれ」とも思っていなくて、「よし、しばらくはこの問題はこれでいいな」などとほかの物事と同じように、すべてがうまくいくように考えているだろうと思う。

わたしにできることは、Sちゃんにしつこく付きまとわないことと、腰がよくなるのを待つことだけだな・・・。
それにしても、侘しい。
同年代で話ができる人が、ほかにいないのは、ほんとうにこのままではまずいと思う。

わたしは母に、「スーパーと家の往復で、同世代の顔を見ることがない」と言ってみた。
母は、「デイケアに行ったらいいじゃない」と言う。
何回も繰り返されている会話だから、たぶんその通りにした方がいいんだろうな・・・。
わたしは正常な判断力が失われているので、だいたい周りが2・3回言ったことは、実行した方がいいのだ。

しかし、それにしても寒すぎる。
この寒さをくぐって、べつに会いたくもない人と話をしに行くのか・・・。
何回も書くけど、精神障害者ってみんないろいろ抱えているから、暗いんだよね。
話の内容も、なぜか自分の高校時代の話、あれキレイね、これカワイイね、今日はしんどい疲れた、そんなんばっか。
文句を言える筋合いじゃないんだけど、どうも二の足を踏んでしまう。

そんなこんなで、せめて冬は、Sちゃんが少しでも相手をしてくれないかなあと考える。
でも本気で腰が痛そうだし、いままで通りの頻度で話すのは到底無理だろう。
Sちゃんは難しいことばかり話すので、ときには「ふーん」と聞いていなかったりするんだけど、いまはそれでもいいからと思っている。

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それでも追いかける。

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昨日、わたしはまたしても、「なぜ元彼Sちゃんは、わたしから離れていこうとするんだろう」と考えていた。

ラインの本数が減ったのは、11月初旬から。
そのとき、わたしが彼に話していたのは、将来のお金の不安・介護・老後の話。
こんな話、確かに幻滅するだろうけど、話の内容だけでいうと、過去にわたしは何回も彼をうんざりさせている。
なぜ今回だけ・・・?

そしてわたしはふと、もしかしたらSちゃんは、わたしとの付き合いを、キャバ嬢と遊ぶような感覚だったのではないかと思いついた。
夢の世界で、女の子たちとワイワイ楽しく酒を飲みながら会話している。
Sちゃんは内心、「この子たち、こんな仕事は何歳までも続かないのに、どうする気だろう」と考えている。
でもある日、キャバ嬢の一人がそのことに気づく。
「わたし、こんな仕事を続けてたら将来がない、どうしよう」
そこで、Sちゃんはおもむろに、こころの中でつぶやく。
「ようやく気がついたか。この子はこれから、厳しい現実を生きていくことになるだろう。もう一緒に楽しく遊べないな・・・」
そしてSちゃんは、彼女から去っていく。

この想像に、わたしはゾーッとした。
もしそうだとしたら、わたしが将来の不安に目覚めたことは、Sちゃんにとって、わたしと付き合う意味がなくなるということだったんだろうか。
でも、そうかもしれない。
何を言おうがしようが、平気だった人が、いきなり身を翻すような理由って、「付き合う目的がなくなった」くらいの大きなことでないと、むしろ納得できない。

わたしは、このままでは埒があかない、たぶん放っておいたら、10日経っても彼は連絡してこない、と考え、日曜の昼間からラインした。
彼はいつも通り、屈託なく「寝てた」と返事してきた。

軽く近況を話したあと、本題に入る。
「この11月から、いきなりラインが減っていることが気になってるんだけど、腰痛と葬式だけが理由じゃないよね?」
「腰痛は、11月がひどくて、12月からましになってたんだけど」
「でも、11月より12月の方が、ラインの本数が減ってるでしょ?」
「うんそれは、11月はコレコレで12月はアレコレだったから、コレコレでアレコレで・・・」
わたしは、Sちゃんがなにを言っているのか、理解できなかった。

「わたしなりに、(連絡をくれないのは)なんでかを仮説を立てることはできるけど、あくまで仮説じゃない。やっぱり本当のところは、本人しか知らないわけだから、それが知りたいだけなの」
「さあ、俺にはわからんよ」
「わたしと話したくないんだよね?」
「あーもう。あのね、ゆみが同じことを何度も繰り返すから。俺は、腰が痛かったんだよ。痛いのに、同じこと聞かされるから、しんどかったの!」
「なるほど」
「それと、いまは腰に激痛が走ってて、スマホいじる気にもならないんだよ。いまも右足が冷たくなってて、×○□△・・・」

そうだったのか。
シンプルに、嫌な話を何回も聞かされて、腰が痛いのに勘弁してくれよ、って話か。

わたしは攻撃モードをやめて、ふつうにパソコンや孫の話をした。
そして最後に、「そうは言っても、いきなり連絡を絶やすなんて、冷たいじゃない。安否確認でいいから、ちょっとは連絡してよ」とお願いした。
Sちゃんは、「わかった、わかった」と答えた。

わたしは、Sちゃんがわたしを夢の中のキャバ嬢と捉えていなかったことについては、よかったと思った。
でもこうやって、なんとか繋ぎ止めておかなければ、ほかの友だち関係と同じように、すぐに疎遠になってしまう危うい仲だ。
Sちゃんの腰がましになったとき、わたしと細々とでも繋がっていれば、彼はふと気がついて、また温泉に行こうとか言い出すんじゃないかと思う。
とにかく、うるさいと思われないように、用心深く接しなければ。
わたしの立場は、付き合ってもらっている身、なんだってことを自覚しなきゃ。

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見送るしかない。

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昨日、わたしは元彼Sちゃんからのラインは来ないだろうと踏んで、こちらから先に入れた。
Sちゃんは、だいたい19:30~20:00の間に連絡してくるので、この間に待てばいいわけだ。

でも、わたしはなんだか、この間にもラインは来ないような気がしていた。
たぶん、「おやすみ」を言う20:30の間際に返事してくるんじゃないかと。

予想は当たったというか、予想以上だった。
彼は、20:30になっても、返事してこなかった。
わたしは、眉をひそめながら、じーっとスマホを眺めていた。
やっぱり、わたしと話をしたくないんだ・・・。

それでも、このままにしておくわけにはいかないので、またもや「どうしたの?」と続けてみた。
すると、Sちゃんは「寝てた」と返してきた。
じゃあ、ラインの音で起きたってこと?
あんな小さな音で目を覚ますか? しかも、こっちの呼びかけに対する応答に、5分もかかっている。

疑心暗鬼になると、止まらない。
「寝てた」「もう寝る」、このところ、こればっかりが続いている。
まえはそんなことで、会話を打ち切ったりしなかった。
「まえとどこか違う」、これがいわゆる女の勘ってやつである。
Sちゃんでいうと、言動がおかしくなったのは11月初旬からなのに、「年末は仕事で忙しかったから」なんて辻褄の合わないことを言うし、「正月は葬式とギックリ腰で・・・」って言っても、ライン1本もできないことはないだろう。

やっぱり、まえのSちゃんとは違う・・・・・・。
わたしのあたまのなかでは、いろんな思いが駆け巡っていた。
Sちゃんがいなくなったら、誰がわたしと会話してくれるだろう。
あんなに散々なことをしてきても、あたまの上で聞き流してくれていたSちゃんなのに、なぜ急にわたしから離れていくんだろう?

どんなに考えても、結論は「理由がどうあれ、この人はまえよりも、わたしとの距離を置いてくるだろう」ということだった。
たまに変に優しいのは、なるべく相手を傷つけないように、ややこしい喧嘩にならないように、大人の知恵を使っているのかもしれない。
そんなふうにわたしのことを扱っている人を、一番大事な人と位置づけるわけにはいかない・・・。
また、人の狭間を旅して、誰かと巡り合わなきゃいけないのかな。
でも、健常者の群れの中なんて入っていけないし、精神障害者同士は引っ張り合いをするし・・・。

わたしはSちゃんを思って、胸が痛んだ。
わたしに優しくしてくれるSちゃんを、もっと大切にするんだった。
あんなにまめに世話してくれたのに、大事にしてくれたのにと、遅すぎる後悔をしている。

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出来上がった男

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元彼Sちゃんからの連絡が、また途絶えた。
というか、ここのところほとんど、連絡しているのはこちらからである。

わたしのこころは、またよどんできた。
不安がよぎる。
やっぱり、この人はわたしから離れていくんじゃないだろうか。
というのも、前に同じパターンを経験しているからである。
元恋人Kのときだ。
彼はとんでもない女好きだったが、社会では一人前の出来上がった男だった。
Sちゃんは遊び人ではないが、出来上がっている男という意味では同じである。

出来上がった男はみんな、嫌だとかしんどいとかいう表情を、おくびにも出さずに笑って会話できるのだろうか。
できるのかもしれない。
Kのときは、全然連絡が来ないので、「どうしてるの?」と電話したら、とても明るく「ああ、健康診断に行ってた」と屈託なく話すのだが、平日はどうしてたかって訊くと、「仕事がとにかく忙しい」という理由を挙げた。
Sちゃんは、全然連絡が来ないから、「どうしてるの?」とラインしたら、「じつは正月に葬式があって、それからギックリ腰で」と屈託なく話すのだが、その間なんで連絡をくれなかったかって訊くと、「寝たきりだったのと、仕事が忙しかったから」であった。
なんか、似てないか・・・・・・。

さらに言うと、去っていく人は、今度会おうっていう約束の日が、付き合い始めは1週間後とか2週間後なんだけど、連絡が来なくなる頃には、「○月になったら」「春が来たら」という長いスパンになるのである。
いま、Sちゃんも「春になったら」を言い始めている。
まえに温泉に行こうって言ったのは11月で、12月に行こうって言っていた。
温泉なんか行けないよね、腰が痛いから、と先日言ってみたら、不思議なことに「腰が痛くても、温泉に行けるよ」と返事した。
じゃあ、なんでいま行かないの??
物事を深く先読みしてしまうわたしは、「このぶんだと春になっても、こちらから言い出さない限り、行こうとは言わないだろうな」と考えてしまう。

予感では、今日もSちゃんはラインしてくれないと思う。
2・3日前、連絡したときは、「腰が痛い。寝る」だけだった。
あんな素っ気ないメッセージを送ったんなら、相手を気づかうなら、自分からすぐに折り返すものじゃないかと思うんだけど。
Sちゃん、気持ちが離れちゃったのかな・・・。
Kのケースを考えると、たぶんわたしに適当に応じておいて、そのうち離れていくのを待つって作戦かな・・・。
もっとも、彼らは作戦というよりは、自分の気持ちに素直に従っただけって言うだろうけど。

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大阪のおばちゃん

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最近、「母が死んで、一人になったら生きていけるのか」という思いが、ときどきよぎるのだが、昨日買い物に行ったら、「大阪に住んでいる限りは、そんなに一人ぼっちにはならないかも」とふと思った。

だって大阪のおばちゃんは、いきなり知らない人にでもタメ口で話しかけてくるから。

昨日、スーパーで食パンを見ていたら、横にいたおばちゃんが、突然「今日何日?」と家族に話しかけるみたいに尋ねてきた。
「あー・・・、ちょっとわたしも、わからないです・・・あっでも、このパン賞味期限で20日って書いてあるから、20日かも」←かも、のことまで言わんでいい。
「わたしは、パンは3・4日やないとあかんからねー」
「19日じゃないの? あっちょっと待って。(ケータイを出す)19日やわ」←母。
「そう。(立ち去る)」

こんな光景は、大阪下町のスーパーでは、当たり前である。
隣の人は、お友だち。
「どの弁当がええかなあ?」と大声で尋ねられたこともある。
全部、「知らんがな」の世界である。

彼女らが、どうやって解脱して、隣の人に話しかけるようになったのか知らないが、大阪に住んでいるんだから、いずれわたしもああなるのかもしれない。
淋しくなって、誰かと話したいなあと思ったら、スーパーに行って「奥さん、それ買わはるのー? いやー、わたしも買うて、揚げもんにでもしよかな」とコテコテの大阪弁でしゃべりかければ、絶対無視はされないと思う。
でも、そうするには、あんまりお洒落していると、ちょっと違和感があるな・・・。
みんなと同じように、ダウンジャケットを羽織って、毛糸の帽子をかぶっていないと、一体感が生まれないかもな・・・。

外国の市場を見ていると、その国ならではの普段着を着た人々が行き交い、生活感豊かに買い物をしている。
うちの近所じゃ、みんながみんな自転車に乗って、狭い道路をよけつつ、お互い同胞として気づかい合いながら、食糧や日用品を買い求めている。
これが、地域で生活するっていうことなのか。
この人々の塊にいるうちは、なんだか自分は一人じゃないって、思えるかもしれない。
その頃には独居老人が増えているだろうし、わたしと同じような身の上の人も多いだろう。
なんか、ちょっとだけ希望の光の糸が見えたかもしれない。

わたしはこの頃、ずっと遠い自分の将来について悲観していたけれど、言い聞かせてみたら、10年先のことなんてほんとにわからないね。
だから、少しでも明るい未来を描いていたい。
いつか大阪のおばちゃんになって、人に話しかけ話しかけられながら、そこそこの人生を過ごせればいいなと思う。

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久々に出た交代人格

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しばらく出ないので、もう出ないのかと思っていた解離性障害の交代人格が、また出たらしい。

昨日、わたしは何気なく、母に「このまえ買った鶏レバー、いつ食べんの?」と尋ねた。
すると母は笑いながら、「あんた、食べてたじゃないの」と言う。

え? 食べていないよ。
鶏レバーは、わたしの好物なのに。
「知らない」と言ったら、母は続けて、「あんた、鶏レバーを料理するまえには、水につけたらいいって、自分で料理したやんか」と付け足した。

えー! 知らない!!
どう思い返してみても、鶏レバーを料理して、食べた記憶がない。
3日前、なにを食べた? と訊かれて忘れていることはあっても、3日前に食べたものを「食べていない」と思っているなんて、変でしょう。

「キリスト教の好きな女だな」とわたしは思った。
この人のことは、わたしはいちばん気味悪くて、宗教くせーサイトを見ていたり、政治に関して偏狭な考えを持っていたりするので、これがほんとにわたしの一部なの? と背筋が寒くなるのである。

ちなみに、わたしは単なる解離性障害で、いわゆる多重人格ではない。
いまの病気で廃人(マジ)になったとき、どうやら自分を助けるために出てきたもののようなのよ?
よくわからないが、とにかく本人的には、自分がやっていないことを、人からやった言ったと言われるので、その度にドキーッとするのである。
いまは友だち関係がないから、出てきても大きな問題にはならないけれど、人が関わってくるとほんとうに緊張する・・・。

そういえば、心配性病に紛れていたが、10月にも交代人格が出たんだった。
元彼Sちゃんによると、5歳くらいの「ちっちゃいゆみちゃん」が出てきて、「よいちょ、よいちょ」と言っていたらしい。
「よいちょ、よいちょ」は、ちっちゃいゆみちゃんの口癖なのだ。
じつはSちゃんは、この子のことがかわいくてたまらない。
モノを隠す癖があって、マンションのあちこちに飲みかけの酒瓶を隠してあったことについては、「きっと、おっきいゆみちゃんがお酒を飲み過ぎるから、飲み過ぎちゃダメ―って、隠したんだよ」と、ほほえましそうに言う。
それにしてももったいなかった、ウイスキーはいいとしても、賞味期限のあるチンザノとか・・・。

鶏のレバーを食べたかった、人が楽しみにしていたものを勝手に食べるなんて、と腹を立てながらも、わたしは「解離性障害って、気持ち悪い・・・」と嫌な気持ちになっていた。
母だから、「あんた、この前食べたじゃないの」で済むが、他人だったら「この人、覚えてないの?」になる。
最近いつも考えるが、母が死んで一人になったら、こういう事態が起こったとき、自分は対応できるんだろうか。
交代人格がやったことは、わたしはすべて覚えていないから、責任を取れって言われてもできないよ・・・。

ちょっと悩みかけたので、これ以上心配事をしたくないわたしは、「H主治医に相談しよう」と、いったんこの問題を先送りすることにした。
解離性障害は、じつは専門家でもよくわからなくて、これといった治療法もないのだが、H主治医はきっと「どうしたらいいか」は教えてくれると思う。
最近、H主治医はわたしにとって、日常生活上の困ったことを何でも教えてくれる、頼りになる便利屋さんと化しているが、この件はさすがに先生のお仕事なので、よしとする。

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暖かい家庭に幸せをみる

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昨日も、元彼Sちゃんとスカイプで話した。
「腰、ゆっくり治すといいよ」と言うと、「節分までには治す」と言う。

「あー、豆まき?」
「・・・」
「鬼になる人、いないもんね(娘さんの旦那は、全国を飛び回っている)」
「んー」
「あっ、Sちゃん、鬼の仮面、めっちゃ似合うよ! ! あはは、絶対似合う!!」

Sちゃんがあまり話したがらないのは、孫との行事が、ほんとうに楽しみで仕方ないからだ。
この前も、腰痛で起き上がれないとき、孫が外で雪だるまをつくっているのを、ずっと見ていたと言っていた。
もちろんだが、参加したかったらしい。
そういうのを聞くと、わたしは「幸せな家庭っていいなー」と思うが、だからといって「自分も欲しい」とは思わない。
小さい頃から、家庭なんて女が損するばかりじゃないか、イラネーと思ってきたからである。
でもまー、病気になって一人になってからは、失敗したかもと考えている。

Sちゃんの幸せな家族が、わたしの近くにいるんだと思うと、なんかホッとする。
他人事でも、ホッとする。
だって、障害者仲間の話は悲惨だから。
このまえは、統合失調症で、現在生活保護を受けているIちゃん(40代?♀)とメールのやり取りをした。
最後に辿り着いた結論は、「お互い、孤独死は決定だね」である。

「地震とか来ると、ああ、このまま一人で死ぬのかなーって思うよ」
「わたしも妹夫婦を脅迫したらしいから、一人だよ」
「大家さんに迷惑かけるなーと思って。人に迷惑をかけるような死に方はしたくないわ」
「いま、独居老人が多いから、大家さんも気にしないよ。みんな慣れてるんじゃない?」
「甥がいるけど、なにもしてくれないだろうな・・・。最後はやっぱり無縁仏かな・・・」
「死んだらどうこうって考えてたら、しんどくなるよね」

Iちゃんとわたしで共通しているのは、もう自分は生きている意味がないし、早く死にたい、と思っているところである。
正確にいうと、「運命づけられた寿命が、早く来ればいいのに」である。
重い精神障害者は、少なからずそう思っているんじゃないかな。
病気がゆえに、人間関係・社会関係が築けない、孤独になっていく、貧困になっていく、まったく未来に展望が持てない・・・。

でも、周りが全員これだと気が滅入るんだけど、わたしにはいまのところ、Sちゃんがいるから大丈夫。
ふつうの暖かい家庭を見ていると、こころが和むなあ・・・。
幸せを分けてもらっている感じかな?
あったかいSちゃん家族という一般社会と繋がっていれば、わたしは孤独にならずにすむような気がする。

しかしこれ、Sちゃんに頼らず、自力で孤独から脱して、幸せを掴む方法ってないのかな。
日常・社会生活に支障が出ているわたしに、なにかできることがあるんだろうか。
たぶんみんな、「まずはデイケアに行け」って言うだろうな。
それは正論なんだけど、あそこに来ている人たちも、やっぱり苦しい精神障害者だから、Sちゃんみたいに癒されたりはしないんだよね。
なんか、絶望はあっても幸せはないような・・・、うん、ない。

わたしは、友だちが欲しいけれど、精神障害者ばかりじゃ駄目だと思うんだよね。
社会の窓となってくれる健常者が、少しはいないと。
もちろん、わたしは歩く迷惑人間なので、あまり近づきすぎてはいけないが、もしかしたら問題は、健常者の方でわたしに近づいてこないかもということである。
だって、経歴が怪しすぎるよね。
十何年間も精神病で家にこもってましたって、なんだそれって感じじゃない?

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吉報/デイケアについて

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昨日は嬉しいことがあった。
元彼Sちゃんの方から、ラインが来たのだ!

雪が降っている、家の周りの画像を送ってくれた。
よく考えたら、腰が悪いのに、立って写してくれたのかなあ?
なのにわたしは、「くらいな」と画像の暗さを指摘したのであった。
なんでこう、ストレートに「すごい雪だねー」とか言えないのかね。

その人がいなくなって初めて存在の大きさを知るって、わたしはもしかしたら、Sちゃんに恋しているのかなあ。
うーん・・・。でも説教臭いし、何回も同じことを言うから、あんまり距離が近いとしんどいんだよね。
やっぱ、かけがえのない親友ってやつ?
程よく距離を置いて付き合うと、すごく楽しい相手って感じ。

さて、そしてわたしは、Sちゃん以外に友だちをつくるべく、デイケアに行かねばと思うのだが、これがなかなか決意が要る。
持久力のない精神障害者にとって、同じ場所で長時間過ごし続けるのは、しんどいこともあるのだ。
Hクリニックのデイケアの目的は、「就労するための1ステップ」なので、決まった時間に来て、決まった時間に休憩を取り、決まった時間に帰る。
途中で帰ってはいけないし、疲れても横になるのはOKだが、眠るのは禁止なので、「しんどい」と感じ始めたら、わりと地獄になるのだ。

「途中で帰りたくてたまらなくなったら、どうしよう・・・」が、いまのわたしの心配である。
デイケアというのは、就労の第一歩とはいえ、ほんとに第一歩で、それさえも行けない人は、まだまだである。
だからわたしは、まだまだの人である。
ちなみに、毎日デイケアに来れるようになったら、次は作業所に移行する。
わたしから見れば、作業所で毎日働いている人なんて、なんて元気なんだーってのけぞるよ。
単純作業を一日中・・・、気が狂いそう。

まー過去のわたしは、デイケアに半年以上続いた試しがないので、今回復活してもそんなもんだろうな。
って、友だちをつくる目的を果たせないんじゃ・・・。
デイケアは、ケータイ(みんな貧乏だからケータイ)持ち込み禁止なので、連絡先を交換するのも難しいんだよね。
いろんな人と話をして、気分を変えることは、すごく精神にいいと思うけど。

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心配が氷解

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元彼Sちゃんの話が、急展開したのである。
昨日、わたしは彼にラインを送った。
すると、彼は屈託なく、いままで通り話してくれたのである。

「正月早々、葬式があって、(椎間板ヘルニアがあるのに)棺桶かついで、バタバタしてたのー」
「えーっ、葬式? 大変やってんな・・・」
「そしたら、10日の日に、顔洗ってるときに腰がギクってなって、それからは一日おきに病院、仕事。ずーっと横になってた。温泉の話もどっかに行ってしまったな、あはは」
「椎間板ヘルニアより、ギックリ腰の方が問題やね。ギックリ腰って、どのくらいで治るんやろ・・・」
「人によるやろうなー。いまはゆみが言うところの鎮痛剤のOD(薬の大量摂取)してる」
「そんなにひどいの? 寒いからかな。明日会社に行くの?」
「行かなあかんねん。遅刻・早退してでも。座って指示してるだけやけどな」
「気つけやー。まあ、Sちゃんのことやから、大丈夫と思うけど」
「あはは、寝てるとき、△△ラーメン(うちの近所のラーメン屋)食いてーとか思ってた。また良くなったら行こう」
「うん、行こう行こう。またどっか行こう」

Sちゃんは、ほんとにひどい腰痛のようで、尿意も感じないと話していた。
神経ブロックを打っているせいかな・・・。
ギックリ腰って、軽い人だと1週間くらいで治るんじゃないかって気がするけれど、Sちゃんは聞いていたら、到底1・2週間で治るような感じがしない。
しばらく会えないと思うけど、Sちゃんがわたしから離れていくわけじゃないと知っただけで、わたしは胸が熱くなった。
わたしは、こころからSちゃんを必要としているのだ。
でもこれは友人としてであって、恋愛ではないと思う。

だけどこの度のおかげで、わたしは知った。
友だちは、もっと作っておかなければならない。
一人だけじゃ、その人がいなくなったとき、いきなりたった一人ぼっちになってしまう。
友だちをつくるとしたら、わたしにとって手っ取り早いのは、精神障害者が集まるデイケアだろうな・・・。
今度、行ってみるか。

Sちゃんをうんざりさせた「心配性病」は、いまはだいぶましになっている。
これも早く治るといいな。
将来のお金のことなんか気にせず、好きな服を必要なぶんだけ、買えるようになりたいわ。

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連絡を待つ日々

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昨日は、一日中OD(薬の大量服用)して、ラリっていた。
大量といっても、最近は病院の方で、薬をあまり出さなくなっているから、ほんのちょびっとである。

食欲も気力もなにもない・・・。
母が死んで一人になったとき、こんなでは、ほんとうにまずいと思う。

夕食時、いつまでも寝ているわたしを、母は待っていてくれた。
あれ? そこまでしなくていいのに・・・。
でも、やっぱり母親だなと感嘆した。
なんだかんだ言って、最後まで助けてくれるのは、肉親なんだ・・・。

元彼Sちゃんからは、昨日も連絡がなかった。
わたしが心配事ばかりしているのに対し、「深く考えるな」と言っていたが、それって「俺のことも」が入っていたんじゃないのかなあ。
今後、わたしはSちゃんにどう接していけばいいんだろう。

いままでのわたしは、去っていく人を追ったりしなかった。
でも、あとからメールなんかを見たら、「ここでもっと、自分の気持ちを言ってもよかったのに」と思うことがある。
そして、相手がなぜ、どこが気に入らなくて去るのか、引き出せたらよかったと思う。
そうでないと、いつまでも「なぜ、なぜ」と引きずってしまう。

Sちゃんの場合、わたしがあまりに心配性を表に出したあまり、うんざりしたんじゃないかな。
確かに、生活費を浮かすために「スマホを解約する」なんて言う人が側にいると、しんどいよね。
Sちゃんはなんでもお見通しの人だから、「これは病気だから治らないな」とわかったと思う。
言っても治らない、たちの悪い貧乏性・・・、Sちゃんはいま、先のことをどうするか考え中かもしれない。

わたしは、どのタイミングで連絡すればいいんだろう。
Sちゃんは現在、腰がかなり痛いみたいだし、仕事も行けなくて複雑な心境だと思うし、やっぱりうるさくしない方がいいよな・・・。
だけどこうやって、ズルズル遠慮しているうちに、相手が遠ざかっていくというのも、いつものパターンなんだけど。

なんとかならないかな。
Sちゃんをなくすのは痛すぎる。
最後の一人の友だちなんだから。

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母親との付き合い疲れ

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昨日も、元彼Sちゃんからの連絡はなかった。
なんとなく、予想はしていたけどね・・・。
一昨日、話したばかりの時点で、「もう寝るわ」なんて言い出したから。

こうやって、人は少しずつ離れていくのだ。
たぶんもう、いまの時点で、いままでみたいに「今度会おうか」なんて話は出て来ないだろう。
辛い・・・。
Sちゃんとは、彼氏時代も含めて、2・3年の付き合いがある。
それが、たった1・2ヶ月で崩れるなんて。
Sちゃんは精神病に理解があって、たいがい何を言っても、度量で受け止めてくれていたのだが、今回はそうはいかなかったみたい。
彼は大人だから、関係をバッサリ切ることはせず、たまに連絡してきて「元気?」みたいなことをやるんじゃないかと思う。
でも、それだけでも、わたしは辛いよ。
自分から、人が遠ざかっていった事実に変わりはないんだから。

わたしは、こうなってしまった大元の母親を、激しく憎んだ。
あの人が要らない一言を言わなければ、わたしは今ごろ元気にジョギングして、家事をして、今日も快適だ! なんてやっていただろうに。
でも、母親は肉親で、Sちゃんは他人、当然大事にしなければならないのは、母親の方である。
このギャップに、わたしは苦しんでいる。
この母親さえいなければ! という気持ちと、いや楽しい相手でもしょせん他人だから、という強い思いのぶつかり合いである。

わたしは一昨日は、デパス(抗不安薬)をOD(薬の大量摂取)して、ラリっていた。
母親に感情をぶつけると、またヒステリックな怒鳴り合いになる。
この人は、わたしが「うん」「うん」と従っていれば、調子がいいと思って上機嫌になる。
これを、母親が死ぬまでやり続けるんだろうか。
できない・・・。

わたしは今朝、「Sちゃんがどうやら、離れていくみたい」と母親に言った。
「あらー。そうなの」
「やっぱり、わたしが10月からオロオロして、将来の話とか始めたのが原因やって言ってた」
「まー」
「・・・・・・わたし、猫が死んだら、ここを出ていこうと思う」
「あ、そうなの。・・・まあ、また帰ってくればいいじゃない」

帰ってくんのかな・・・。
母親は、いままで通り、体調が悪化したら、また帰ってくると思っているんだろうな。
実際、そういうことになるかもしれないけど、母親も弱ってくるだろうし、そんなときになってまで、争いをしたくないな・・・。

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世界のすべてが怖い。

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結局、今日H主治医に会いに行った。
「なにもかもが、怖くてたまらない」という主訴である。
H主治医は、いま時点の大きな恐怖――元彼Sちゃんがいなくなったら話す相手がいなくなる、母が何気ない一言で逆上して、出ていけと言う、母と二人になったらストレスが溜まる、などを読んだあと、ちょっと難しいなあという態度を示した。
彼は即決の人で、わかることなら何でも、すぐ答えるのだ。

「元彼って、いまはどういう・・・」
「スカイプ友だちですよ。でもいま、腰を痛めていて、仕事も休んだりしてます」
「お母さんは親なんだから、子どもを見捨てたりしないと思いますよ」
「そりゃ、よくやってくれてると思いますけど」
「じゃあ、どうして、ストレスが溜まるって」
「もともと好きじゃないんですよ」
「・・・」
「妹も言ってます。なぜかは知りませんけど」
ここまで言うと、大抵の人は「そんなの勘違いだよ」と言うのだが、H主治医は言わなかった。

「あのー、昨日はデパス(抗不安薬)を飲んだんですけど」
「デパスは抑制が利かなくなるから、(暴力をふるうような患者には)お勧めしません。セルシン(抗不安薬)は弱いしな」
「はあ・・・」
「デイケアに行ったらどうや」
「そうですねえ・・・。もうちょっと、体調がよくなったら」

デイケアに行ったら、とりあえず誰かと話せる。
でも、いまビクビクしているし、あんまり他人の前に顔を出したくないな・・・。

Sちゃんは昨日、ラインをくれて、腰痛がひどく、今週一杯は休むと言っていた。
「離れるつもりなら、ラインをとっくに切ってるよ」とのことだったが、原因はやはり、わたしが「どうしよう病」に罹っていたことらしい。
いまはガクガク病に変質しているだけなんだけどな・・・。

わずか3ヶ月前までは、なんの不安も抱えていないわたしだった。
こうなった原因である母の一言について、母本人が、「じゃあ、なんて言えばよかったのよッッッツ!!」「あんたとは一緒に住まれへんわッッッツ!」と恐ろしくヒステリックな叫び声を上げるので、なんかわたしの中ですごくモヤモヤが溜まっている。
「介護は地獄で、無理心中する人もいるねんで! あんたには絶対つとまらんわ! 老人は、臭くて汚くて奇声を上げるし粗相するし、大変なんてもんじゃないねんで!」

ここまで脅されて、恐怖を感じない人なんているだろうか。
少なくともそういう経験のない、障害者のような自分のことすらできない人が、こんなことを言われたら、恐怖の奈落の底に落とされる。
もっと配慮してほしかった・・・と言ったら、ヒステリックな叫び声である。
もう、この人のことはほんとに好きになれない。

とにかく、早く3ヶ月前の自分に戻りたい。
住んでいる世界は、なにも変わっていないはずなのだ。
たぶん、考え方一つなのだ。
囚われの身から、早く脱出したい。

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ただ一人の友人

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元彼Sちゃんに、「ごめんね。これからも仲良くしてね」とラインを送ったら、深夜になって、スタンプだけが送られてきた。
なんでこの時間なんだろう・・・。新年会?
スタンプだけって微妙・・・。今度はいつ連絡くれるのかな・・・。

わたしは、関係をまったく切るつもりではないと知って、少し安心した。
でも、11月から徐々に連絡が減っていたのは事実である。
彼の、わたしに対する気持ちが、マイナス方向に動いたことは間違いない。
・・・まえみたいに、「温泉行こう」とか言ってくれるレベルに戻れるのかな・・・。
椎間板ヘルニアだから、当分は物理的に無理だと思うけど。

今回、Sちゃんからの連絡が途絶えてから、わたしは恐怖のどん底に突き落とされた。
考えたらSちゃん以外、「わたしには、誰もしゃべる人がいない」。
父母は老いていて、話にならない。
いままでの生活が不自由なく送れていたのは、Sちゃんがストレス解消をしてくれるからだった。
Sちゃんは、自分を自由に表現して、一緒に笑える唯一の人だった。
この人がいなくなったら、わたしを誰も理解してくれる人はいない、あたまがおかしい、恐ろしくて避けられる精神障害者だ。
ええ? ・・・生きていけるの??・・・
怖い・・・・・・。

昨日の夕方、Sちゃんからのラインを待ちながら、わたしはガタガタ震えていた。
世界が怖い。未来が怖い。自分が怖い。人が怖い。
こんなに怖いなら、いっそいま死にたい。

Sちゃんからの返事は、50%くらいの確率だなと考えていた。
夜8時半まで待って来なかったとき、わたしはどうしようというよりも、胸のなかが虚無で覆われていた。
まさか、Sちゃんが去っていくとは思わなかった・・・。
もう、これからはない・・・。

とにかくなにも考えずに、眠剤を飲んで寝た。
そして早朝目覚め、「やっぱりSちゃんに、どうして離れていったのか、確認したい」という思いにかられて、ラインを見たら、冒頭のスタンプがあったのである。

Sちゃんが、今後どのくらいの頻度で連絡をくれるつもりなのか、わからない。
いつかは一人になると思っていたけれど、それが目前に迫っている可能性なんて考えてもみなかった。
わたしの立場はすでに危うくて、Sちゃんという、たった一本の細い糸で繋がれているだけなのだ。
なぜ、いままでそのことに気づかず、呑気に過ごしていたんだろう。
これからまだ長い人生があるというのに、ここで一人になるなんて、不安で生きていけない。

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去っていく人

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やっぱり元彼Sちゃんから連絡がないので、こちらから入れてみた。
Sちゃんは、「腰痛でベッド中」「今日会社休んだ」とのことだった。
椎間板ヘルニアで悩んでいるのは知っていたけど、そんなに悪くなっているとは・・・。

なんだかダラダラと話をできる雰囲気じゃなかったので、わたしはお大事にとだけ書いて終わった。
でも、こころの中は不安でいっぱいだった。
「なんだか、この人はやっぱり離れていく気がする・・・」

だって、いくら椎間板ヘルニアで寝ていたにしても、正月をまたいで10日間、ラインの一本くらいできるだろうと思うし、ラインの頻度が減ってきた時期と、腰痛が起こり始めた時期が、連動していないんだよね。
ラインの頻度が減ってきたのは、11月始めから。
その頃は、わたしは「どうしよう病」が出てまもなくて、たぶん「介護どうしよう」「お金がないどうしよう」とオロオロしていた。
それでも、12月始めには「温泉に行こう」と言ってくれている。
この時点までは、まだよかったんだな・・・。

問題は、クリスマスイブと大晦日である。
これらのおめでたい日に、Sちゃんはラインをくれているのだが、わたしはオロオロ状態で、Sちゃんが「今日くらい気晴らししなよ」って言ってくれているのに、わたしは「病気に祝日はない」と否定しているのである。
んで、「お金がないお金がない」と次々と・・・。

これは、嫌だ・・・!
わたしは稲妻のように思い出した。
若い頃、お金を彼氏に貸したら、いつまで経っても返してくれなかったので、「そんなもの買うなら、なんでわたしのお金返さないの?」と言ったら、そのまま銀行へ連れていかれて、お金を渡されて置いてけぼりにされたことがある。
どっちがいいか悪いかはともかく、他人の間で、お金の話はやっちゃーいかんのである。

わたしは、しまったーと思った。
Sちゃんのようなブルジョアはとくに、お金にがめつい人を嫌う。
たいがい我慢したけど、2ヶ月が限度だったってことか?
でもそんな・・・。
たった1・2ヶ月前まで、「温泉に行こう」と誘ってくれていた人が、いきなり連絡を絶やすなんてことをするだろうか。
Sちゃんは、わたしにとって唯一の社会の窓で、なくてはならない存在だ。
この人がいなくなったら、日常的に話す友だちはいなくなる。
どうしよう・・・。

わたしは、ものすごく悲しくて淋しくなった。
人に迷惑をかけるのがわたしの病気だけれど、物を壊すとか嫌がらせの長文を送るとかじゃなく、これは新手の迷惑行為だったのでは・・・。
そんなつもりじゃなかったって言っても、謝っても、取り戻せないような・・・。
自分がしたらしいことに、オロオロガクガク震えがくる。

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途絶えた連絡

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元彼Sちゃんから、年末からまったく連絡がないのである。
新年の挨拶もしていないよ・・・。
Sちゃんらしくないな。

わたしは嫌な予感がした。
Sちゃん、最近、仕事が忙しいを連発していたな。
過去にいた友だちも、みんな仕事が忙しいって言って、去っていったんだよね。
Sちゃん、いつまでわたしの友だちでいてくれるかなと思っていたけれど、もう見切りをつけたのかな。
だとしたら、思っていたより、随分早いな・・・。

わたしは精神障害者でキチガイだから、近くに寄った人は、必ず迷惑をかけられる。
先日発見した、ある人に送ったメッセージが、すごい長文で支離滅裂だったので、わたしは「あれー。こんなの送ったっけ?」とびっくりした。
こんなの送られたら、誰だって「この人怖い」になるよ。
うーん・・・。Sちゃんは度量のある人だと思っていたが、さすがに・・・。

あと考えられるのは、「わたしがお酒を飲まなくなったこと」。
Sちゃんは、わたしとお酒を飲むのが好きだと言っていた。
実際の話、酒飲みが楽しい時間を過ごすのに、酒の飲めない人と一緒だとつまらんというのはある。
Sちゃんは、「酒を飲まないゆみは、どう扱ったらいいのかわからん」とも言っていた。
一緒にスッポンを食べて熱燗をやろうとか、温泉に入って冷えたビールを飲もうとか、楽しい計画もあったしな。
アルコールは文化だから、適度にやるのは、人生の潤いだと思うんだよね。
でもいまのわたしは、両親・H主治医から、「酒を飲むんじゃないだろうな」と監視されているので、それはできない。

Sちゃんがどっちの理由あるいは、どっちもの理由で、離れていこうとしているのかわからない。
でも、Sちゃんの考えていることは、常に常識の真ん中でブレることがないから、わたしに口は出せない・・・。
なんだか、肩が落ちる。
わかっているんだけど、誰からも相手にされないわたしって、生きていて何が面白いんだろう?

人が離れていくときの、「返事来ないな、まだかな、まだかな」って思っているときの自分が、痛々しい。
メールの本数が減ってくる、返事が返らなくなる、会ってくれなくなる、・・・それでも、気がつかなかったりする。
あとで、「あっそうかー。わたしって、また見捨てられたんだー」と気づく。
正直、辛いんだよね。
病気であって、悪意がないからね。

 

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最底辺の生活

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昨日の夜は、とても大きなお好み焼きを食べたのだが、体重がまるで増えていない。
身体がガクガクしていたし、大丈夫か・・・。

心配病が一巡りして、また「老後の心配」が戻ってきたのである。
考えたら、家を売るまえに、解体料とか手数料が要るよね?
そういうの、常に確保していないと遺産相続もできないじゃん・・・。
でも計算したら、わたしの人生は綱渡りで、常に安定した収入が得られるときってない。
変動指数が高すぎるんだよね。
障害年金の等級、65歳から受けられる年金額、貯金の減り具合、母が亡くなるタイミング・・・。

とにかく、「不動産はあるけど、現金がありません」の状態には、絶対なりたくないのだ。
身動きとれないじゃん。
はっきり言って、障害年金が3級に落ちて、母が亡くなったあとのわたしの生活は、生活保護の人より厳しくなる。
生きていけないわけじゃないけど、老後のためにも、貯金が少しでも必要。
ということは、これからわたしは、行動がかなり制約される。
「こんなことがしたい」と思っても、できないという状況が突きつけられるような気がする。

しかし母は、「そんなこと言ってたら、なんのために生きてるのか、わからないじゃないの」と言う。
それはそうだけど・・・。
母親はすでに、家も年金も介護費も葬式代も、確保しているけど、わたしはマンション以外、確たるものはなにも持っていない。
マンションは死守しておかないと、高齢になってから部屋を貸してくれる人がいるような気がしない。

身体がガクガク震えるのは、栄養失調のせいなのか、恐怖のせいなのか。
ずっと思っているけど、なんか一人で生きていけそうな気がしない・・・。
TVに映し出される最底辺の人たちって、わたしも一歩踏みはずせば、仲間入りだよ・・・。
障害者なんだから、最底辺になっても不思議はないよ。
パラリンピックに出ている人なんて特別で、みんな大金持ちの家なんだから。

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貧乏を予測

boroya

昨日は、新聞を読んだあとで、なんかザワザワ心配になってきた。
また、「どうしよう病」が、別のものにシフトしたのである。

「トランプって、本物の子どもや・・・。アメリカの強大な力を、我が物顔で振りかざす気や・・・。こいつ経済人で、バブルのときに日本に屈辱を抱いたはずやから、絶対子どもっぽいやり方で、私情を交えて仕返ししてくるぞ」
わたしの妄想は次から次へと湧いてきた。

じゃあどうなるかっていうと・・・、自動車業界を始め、あらゆる日本企業に対して嫌がらせをしてくる。
ふつーの一国の大統領は、絶対そんなことはしないが、この人はふつうじゃない。
それでどうなるかっていうと・・・、失業者が出る・・・。
失業者が出る→不景気になる→物価が上がる→低所得者層の生活が苦しくなる→わたしが苦しい。

昨日はそれで、「どうしよう~」になっていたのである。
母にその妄想を話してみたら、「これ以上物価が上がったら、ほんとにきつくなるわ」と言った。
それでまた、ぞ~っとした。
ごはんと漬物だけしか食べられない日々が来たら、どうしよう~。

妄想が、いよいよ止まらなくなる。
トランプが経済的圧力をかけてきたら、日本のとくに低所得者層にとっては、対岸の火事じゃなくなる。
トランプのバカは、アメリカの国益=経済的に豊かになること、だと思っているふしがあるから、ゴジラが火を吹くみたいに何でもやるに違いない。
やつにとっては、経済的に進出してきた日本も中国も気に入らなくて、政治的なことはなにも考えていないのだ。
そんなアメリカと強い同盟を結ばざるを得ない日本・・・、恐ろしい・・。

しかし思うんだけど、こんな政治家でもなんでもないトランプに、アメリカの知識層とか文化人とかアーティストとか金持ちが、嫌気をさして国外に出ていくんじゃないだろうか。
比較にするのは間違っているかもだけど、ナチスドイツのときだって、知識層はいち早く、国外退避したって聞いたことがある。
賢い人たちにはわかるんじゃないのかなー、「こいつの考えはおかしい!」って。
んで、アメリカ国内に残るのは、労働者階級の白人(差別かも)みたいな。
映画「バック・トゥ・ザ・future」と同じ世界になるんじゃないのかな。
映画ってよくできているよね。

そんな感じで、ゾワゾワしていたのだが、これをもしH主治医に言ってみたら、答えが想像できるような気がする。
「それであなたは、日本企業に勤めているんですか?」
「イイエ・・・」
「あなたが失業するわけじゃないでしょ。日本経済はそんなヤワなものじゃありません」

まあ、このへんだろうな・・・。
しかし、なんかゾワゾワする。
だいたい、あのトランプの顔が大嫌いなのよ。
大富豪に最高の権力を与えたら、バケモノになるに決まっているじゃない、アホか。

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自分の体調がヤバい

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昨日は、あんまりあたまがぐるぐるするので、H主治医に会いに行った。
「2・3日前、警察から電話がかかってきて、あのKさんが亡くなったって言うんですよ。よりにもよって死ぬ直前に、わたしに電話をかけてるんです。それで、またわたし、どうしよう~ってなって。先生のところに、電話来ましたか?」
「そーんなもん、来るわけないやん」
「Kさんの電話の用件って、たいてい処方された薬のことなんですよ。でも、警察が出てくるということは変死でしょうか」
「変死かもしれんなあ」
「Kさん、裏社会と繋がってたから、大丈夫かなあとか・・・」
「関係ないやん」
「また警察から電話がかかってきたら、どうしよう~とか・・・」
「あのねー、警察は暇じゃないんですよ。2回も電話をかけてきたりはしませんよ!」

H主治医がばっさり切り捨ててくれるので、わたしは少し安心した。
「なんか、10月からずっと、自分の判断力が失われているんです。誰かに訊かないとわからないんです」
「・・・」

H主治医は、カルテにせっせと書き込んでいたが、やがて「さあ、今年の目標はなんですか」と尋ねてきた。
「家事ができるようになりたいです」
「それは! いいことですね!」
「じつはいま、ちょっとだけやってるんですよ。皿洗いとか・・・」
「皿洗いくらいはできるやろ!」
「できます」
「洗濯くらいできるやろ!」
「(固まる)たたんでと言われたら、たたたみます・・・」
「・・・」
「料理は、切ってと言われたら切りますけど、持久力がなくてすぐしんどくなるんですよ。それで、途中で猫に話しかけたりとか」

H主治医は、またカルテに書き込んで、「酒は飲んでいませんね? 採血します」と言った。
わたしが飲んでいる薬の一つは、定期的に血中濃度を測る必要があるのだ。

採血で、看護師さんに、「こんなに痩せて! 針が入った瞬間の感じが、おばあさんそのものやで。プツッて感じがないよ。もっと食べなあかんよ。脱水起こしてない?」とひどく心配された。
受付でも、デイケアのスタッフに、「顔がこんなになって・・・」と顎のあたりを指し示された。
そうなのだ。
いま、わたしは体重が40kgくらいしかないのだ・・・。

あまりに考え込みすぎて、たぶん食事がおろそかになっているんだろうな。
ヤバい。
自分で自分の体調管理ができないのは大変ヤバい。
いまは両親がいるけれど、一人になったら、こんな状態では駄目だ。
ほんとうに、わたしは一人で生きていけるんだろうか・・・。

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ビクビクが治らない

komaru_shika

性懲りもなく、まだぐるぐると考え続けているのである。
Kさんが死んだことについて、なんで警察がうちに電話してくるんだって・・・。
やっぱりODや自殺じゃなくて、なにか事件性があるような気がする。

だいたい、Kさんっていう人は、裏社会と繋がっていた。
「財産を持ちながら、生活保護を受ける方法」なんかも知っていて、「必要やったら、なんぼでも手貸したるで。いろいろ、あちこちでハンコついてもらうねん。こういうときのために、人脈をつくっとくんや」と言っていた。
わたしはとてもじゃないが、そんな世渡りができる人間じゃないので、ただひたすら「たくましい人だな~」と思っていた。
うーん・・・。
正直言って、どこかへ連れ去られて殺されても、あんまり不思議じゃない・・・。

「持病の心臓病って、ほんとにあったのかしらねえ」と母が言った。
「そう! それ、最初にウソや! と思ってん。心臓発作で死にました、っていかにもありそうな理由やん」
アガサ・クリスティーの古い推理小説か? 持病があったなんて聞いていないし、なんかウソ臭い!
そういうふうに思ったのは事実で、わたしの口からはとっさに、「持病の心臓病なんか、聞いてませんよ!」と出ていた。

まあ・・・もう考えても真実はなにも出てこないけど・・・。
Hクリニックの名前を出したから、もしかしてH先生のところに話がいったかなあ?
一応、わたしがHクリニックの患者であることを、確認するくらいのことはするかなあ?
そこまではせずに、「この人は20日に、Kさんとは話していない」で終わっているかなあ。

母は、「もうそこまで考えても、わからないでしょ。あっちがどう思うかは、こっちにはわからないじゃないの。もう終わった話なんだから、考える必要ないでしょ」と言う。
そうなんだけど・・・。
この10月から、わたしは心配事を次々見つけて、あたまがぐるぐるするという症状に見舞われているので、自分でもほんとうに困っているのだ。
なんだか、正常な判断力が失われていて、自分が自分でなくなっている。
ああ、こんな精神病患者をいじめないでくださいよー。
もう一回なんか訊いてきたら、わたしは倒れる。

わたしが確信しているのは、天国に行ったKさんの言動である。
こんなわたしを見て、やつは「○○(わたし)-、迷惑かけて、すまんのー」と言っているに絶対決まっている。
そういう話し方をする人なのだ。
ほんとうに、天国で安らかにしているのなら、わたしも安らかにしてくださいよ。

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警察の介入の謎

keisatsu

また、心配病が出たのである。
昨日、警察からKさんの訃報を聞いたことについて、わたしは「アレ?」と気がついた。

「一市民が自然死しただけで、なんで警察が介入してくんの?」

う~んと考えた。
Kさんは、(よりにもよって)死ぬ間際に、わたしに電話をかけている。
死因は持病による心臓発作と言ったが、ほかの線も調べているんじゃ・・・。

Kさんが死んだ日、わたしは具合が悪くて、病院に行きかけたが途中で断念している。
帰宅後、Kさんからの着信に気づき、「病院に行った。具合が悪い」とメールしているのだが、実際に診察を受けたわけではない。
なんか、どこのクリニックに通っているんだとか訊かれたし、わたしの素性を調べる気じゃないだろうな・・・。
Kさんとは一度も喧嘩したことがないし、金銭のやり取りもない。
調べてくれて全然OKなのだが、このところ、心配事が次々あたまをぐるぐるするという病的状態になっているので、「また電話がかかってきたら、どうしよう~」になっているのである。

そんなわたしを、母が見ていて、「腹立つわ~」と言ってきた。
「え? 腹立つの?」
「そうやで。警察が調べたりするわけないやないの。なんにも悪いことしてないのに」
「そうやんな・・・」

まあ・・・、ふつうに考えると、親族がケータイを見て、死亡日に2回も電話されているこの人誰? ってなって、前科もあることだし警察から電話してもらおう、とか、そういう流れなのかな。
あるいは自殺を疑っていて、わたしと何を話したのか訊きにきたのかな。
または、もしかしてKさんには、持病の心臓病なんかなかったことを親族の人は知っていて、「この人怪しい」ってなったのかな。
その直後に、電話が航空モードになっていて、不通になっていたしね。・・・

わたし的には、KさんはOD(薬の大量服用)による心臓発作が死因で、わたしに電話してきた用件は、「この薬、どんなの?」だと思う。
だいたい、Kさんはその用件で電話をかけてきていたからだ。
だけど、親族の人としては、なんで死ぬ間際に、この人に2回も電話したんだ? っていう疑問が、いまでも残っているだろう。
ODの存在も知らないし、OD=自殺ではないことや、ODによって心臓発作を起こすこともあるなど、知らないだろうから。

まーODが原因かどうかはわからないが、わたしにとっては、警察が「死んだ日、この人とは話もしていないし、これ以上調べようがありません」で終わってくれればありがたい。
親族の人が直接電話をくれたらなにか話すけど、痛くもない腹を探られるのはキツイ。

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突然の知らせ

shiragiku

今日昼前、警察から電話があった。

「Kさんを知ってますか」
「下の名前は知らないけど、Kさんという人は知ってますけど」
「どういうご関係ですか」
「Kさんもわたしも、精神障害者なんですよ。だから、病院で知り合ったんです」
「どこの病院ですか」
「Hクリニックです」

この時点で、Kさんは前科があるから、また何かやったなとわたしは思った。
Kさんとは、前日の記事で書いた、ヘルパーに手を出してやくざさんに巻き上げられた人である。
波瀾万丈な生活を送っていて、ほんとうにしぶといというか、荒っぽいというか・・・。

「12月20日に電話で話されてますよね」
「20日? えーっと、たぶん出られなかったと思いますよ。電話に出られなかったときは、必ずメールで、出れなくてゴメンとか書いてるからわかりますよ」
「そうですか・・・。話はされていないんですね。会われたことは?」
「そりゃもちろんありますよ! デイケアで知り合ったんですから」
「最近は?」
「うーーん・・・Kさんが病院を変わってからは、会ってないですねえ」

その後警察の人は、小さな声で言った。
「Kさん、お亡くなりになりました」
「えーー! 自殺ですか?!」
「心臓病で・・・」
「いつですか?」
「20日です」

・・・まさか死ぬとは思わなかった。
長生きはできないなと思っていたけれど。

わたしは、厳しい世の中を渡っていた、しぶといKさんを思い出した。
最近は強迫観念が強く出ていて、「外に出れない」と嘆いていた。
OD(薬の大量服用)もよくしていた。
心臓に持病があるなんて聞いていないから、たぶんODで心臓発作を起こしたんだろう。
こういうことは、精神障害者にはよくある。

12月20日って、どんな日だっけ。
わたしはスマホを調べてみた。
朝10時と夕方5時に、電話をくれている。
わたしはこの日、絶不調で病院に行きかけたものの、途中で挫折してくるほどで、電話で話せる状態ではなかった。
でも、話ができたら、なにかが変わったのかな・・・。

障害者の友だちを失うたびに、いっつも後悔する。
身体・精神ともに、自殺が多いんだよね・・・。
「死んだ」って聞いたら、精神はほぼ全員自殺だよ。
電話・メールをよこしてくる人は、すでに切羽詰まっていると考えてもいいくらい。

「同級生やな」とニコニコしていたKさん、屋台で煙草をふかしていたKさん、二人でギターとキーボードを抱えて、スタジオに行ったこと、それらの思い出が、もう未来に繋がらないんだなと思うと、また失った・・・という気がした。
よく考えたら、いまでも危ない人がいるけれど、後悔しないように、声をかけなきゃなと思う。

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予定外の人生

zouni

あらゆることを心配し始めて、3ヶ月間、わたしはいいかげん疲れてきた。
ずっとTVもあたまに入らないし、人の言うことがほとんど耳に入ってこない。

昨日は、「もし自分が一人になって、脳卒中で倒れたら、誰もわたしの銀行口座から、お金を引き出せないじゃないか」と考えて、困っていた。
母に話すと、「そんなもん、役所が全部するのよ。いまでも、どこに独り暮らしのお年寄りがいるとか、地域で把握してんねんから」と言われた。

そっか。
それに、マイナンバー制度があるから、わたしにいくら年金が下りているとか、役所は把握するよね。
考えすぎなんだろうな・・・。

しかしこんな状態で、一人暮らしになったら、わたしは一人で右往左往して、どうしようもならないのでは。
やっぱり、一人で生きていく自信がない。・・・
なにか、「この人は絶対」っていう人を、常に配置しておかなければならないな。
いま頼れるのは、母親、H主治医、デイケアスタッフ、元彼Sちゃんである。
でも、母親はいつまでもいないと思うし、これから先、そんなに信頼できる人が現れるようにも思えないんだよね。

ちなみに、市から派遣されるヘルパーは信頼してはいけない。
わたしの友人Kが、ヘルパーの女性に手を出してしまったのだが、じつは美人局で、あとからやくざさんが現れて、数万円取られたそうである。
人を家に入れるって、油断ならないなと思う。
通帳もカードも、ぜんぶ簡単に見つからないようにしておこう。
そんで、見せ金を1万5221円とか、引き出しに入れておくの。
この家には、これだけのお金しかないんだなと思わせる程度の額。
取られても痛くない額で、「あいつが取った」って言いつけるためだけの金。

そんなことを考えていると、わたしの将来って、孤独で金にがめつい婆さん、ってことになるんだろうか。
そんな人、昔からいるよね。
誰も信じていなくて、金銭的にもこころも貧しい人。

でも、悪人には悪人なりの理由があるように、がめつい婆さんにもそれなりの理由があるんだって、いまは思うな。
人間は、生活が表情に現れると、よく言われている。
お婆さんになった頃のわたしは、眉間にシワを刻んだ、さぞかし厳しい顔つきの人になっているだろう。
予定では、一人前に働いて世渡りして、引退後は晴れやかな顔をした、ちょっとお洒落なおばあさんになろうと思っていたんだけどね。
思い通りにいかないのが人生だけど、健康も仕事も妹も友人もプライドも、あらゆる大きなものを失った結果がコレかと思うと、胸が塞がれちゃうね。

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檻のなかに入っている人

godzilla

依然として、気分が晴れない。
母は、「去年・今年が調子よかったから、これからよくなるわよ」と言ったが、病気なんだから、そんな約束どうしてできる・・・。

つまりわたしって、時代が時代なら、家族がキチガイとして、怖がって座敷牢に入れた人だろうな。
ごはんだけ差し出して、あとはほったらかしみたいなやつ。
もっと新しい時代なら、劣悪な精神病院に放り込んで、一生ほったらかしってやつだな。
どっちにしろ、行きつくところまで行った人たちが、辿り着く場所だよ。
もはや、人間の原型をとどめていない。

わたしはゾッとした。
そんな怪物が、この世で一人で生きていけるんだろうか。
とにかく、人に近づいてはいけない。
キチガイは昔から、みんなから恐れられ、忌み嫌われ、遠ざけられるものと決まっているのだ。
キチガイが自他ともに防衛するとしたら、自分が他人に近づかないことだ。
恐ろしい・・・。
なにかあったら、誰が助けてくれるんだろう。
自分の判断力・思考力はすでに、健常者だった頃とは到底及ばず、人の意見を訊かなければ正しい道がわからないほど後退している。
なんか、生きていけそうな気がしない・・・。

わたしは、TVで神社に参拝する人々の群れを見た。
あのなかに、わたしはもう入っていけないのかな。
物理的に可能だとしても、もうふつうの人とは一線を画してしまっている。
将来に夢や希望を託すなんて、たぶん一生ないな。

元彼Sちゃんに「老後はなにが楽しみで生きていくの?」と尋ねたら、「孫の成長」と答えた。
Sちゃんは先祖代々由緒ある人なのに、70過ぎても働くと意気込んでいる。
うわあ、ふつうで立派な人だなあ・・・。
まともに家庭を築いて、家を建てて、娘夫婦と孫と一緒に暮らして。
羨ましいとは思わないけれど、日本国民としてやるべきことを果たし、誰からも文句の言われようのない実績のある人だ。

わたしもせめて、誰からも文句の言われようのない一市民になりたかったなあ。
働いていた当時は、老後は女ともだちと遊んで暮らす予定だったが、彼女らはキチガイになったわたしを遠ざけて、やっぱり去っていった。
人間社会の仕組みからいっても、障害者は障害者になった時点で、人生アウトなのよ。
でもまさか、自分がキチガイになるなんて、誰だって想定していないよね。
わたしはたまたま、落とし穴に落ちただけの人なのよ。

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