LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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躁と麻雀


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春のせいか、どうも躁が上がってきた・・・。
一日3時間睡眠、3日目。
躁になると、不眠になるんだよね。まずいなあ・・・。

それはさておき、先日のデイケアでは、初めて麻雀をしたのである。
そのまえに、わたしはデイケアで男性とばかり話をするので、その日は女性と2人で話していたら、あとから来た女性に、その女性を奪われてしまった。

ナンダこれは。
つまり彼女らは、同じ「グループ」に所属していて、誰と話していようが、仲間同士が優先なのだ。
女の世界では、「グループ」に入るには、「仲間に入れて」を言わなくてはならなくて、入ってからも神妙にして、みんなから気に入られなければならない。
あほらし・・・、そんなルール、いままでのわたしの世界にはなかった。
そういうことで、わたしはいとも簡単に、男性陣とトランプを始めたのである。

大富豪をやりきったあと、「昼からは麻雀をしよう」という話になり、わたしは「じゃあ、わたし見てます」ということになった。
ジャラジャラと牌を混ぜる人たちの顔は、どれも楽しそうだった。
面子は、上達者3人と初心者1人だった。
わたしは、上達者1人と初心者1人の間で、両方を見ていた。

「ム・・・、模様がいっぱいあり過ぎて、わからん・・・・・・」と、まず最初に思った。
でも、やっている最中に聞けないので、自分で観察することにした。
なるほど、ポーカーに似ているな。
要するに、各種類の牌を、同じものか順番で集めていけばいいんだよね?
しかしこれ、どうやって上がったら、得点が高いのよ。

上達者は、当たり前だが判断が早く、綺麗に並べてある。
初心者は、うろうろと、いつまでも悩みまくっている。
初心者を見ているうちに、わたしはふと、「もう、どっちかに決めたらどうですか」と口に出してしまった。
あー!  躁だから、お調子者になってんだよ。
こういうとき、人に嫌われやすいんだよね。

でも、デイケアではそういうことは、「あそう?」と受け入れられる。
その後、さらにわたしは、「並べ方が無茶苦茶でしたよー、アハハ、バンバン」と肩を叩いて、周囲をびっくりさせてしまった。
あれ? やっちまった??
どうもわたしは、躁になると、異常にはしゃぐみたいだな。
こんなの、一般社会じゃもうアウトだよな・・・。

まもなく、初心者さんがトイレで退席したので、「やってみたらどうや」と言われ、わたしは初めて牌を触ることになったのである。
でもよくわからないので、わたしは素人的に、いまあるものを集めるだけ、という単純作業をしていた。
スタッフさんが小声で、「もう覚えたの?」と言っていたが、知っている人が見たら、デタラメをやっていることがわかるはず。
「自分はなんでもできる」という、躁の症状の「万能感」が出ているのかなあ。
なんか、危ない気がするわー。
診察日を待たずに、近々通院した方がいいんだろうか・・・。

サテ、そんなこんなで、麻雀をしている方が楽しいとわかったので、女性グループとはサヨナラである。
女性陣、最初から最後までソファでしゃべり倒していたなあ。
最近、介護職を始めた人がいるので、一日中、その話題に徹していたようであった。
話がぐるぐる回って、一向に進展しないのは、いつものことである。

まー躁が来ているので、どっちにしろ、あんまりおしゃべりはしない方がいいのかもしれない。
病人同士でも、「この人、ちょっときてるな」と気がつくと、ツ―と避けたりする。
健常者と違うところは、治ったらまた仲良くしてくれるところである。
みんな一回は入院していて、修羅場を見てきた人たちだから、状態の悪い人がいたら、早く治ってねくらいは思っている。

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やっちまった感

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先日実家で、わたしが30歳頃の写真が出てきた。
わたしはそれを見て、ドキーッとした。
別人だ・・・! キリッとした眉に、少し落とした視線、ピンと伸ばした背筋、フォーマルな服装、どこを取っても紛れもない一社会人だ。

次の瞬間、「あ・・・! やっちまったかも・・・!!」とギクッとした。
わたしはちょっと前、マンションの書棚を整理していたのだが、そこに20~30代の写真すべてが、残されていた。
それを、なんのてらいもなく、わたしはドバッとゴミ袋に捨てたのだ。
「あれって、もうどこからも出てこないぞ。一生のうちで、いちばん輝いていた時期。これでよかったの?」と、わたしはとんでもないことをしたと気づいた。
そうなのよ・・・、これって、躁の特徴なの。
気が大きくなっているから、家を買ったりローンを組んだり、自分があとで困るようなことをするんだよね。
今回のわたしの場合、お金ではなかったけれど、女のいちばん美しかった時の写真って、一財産といえるんじゃないかなあ。
うーん・・・。こうやって、双極性障害(躁うつ病)1型の人は、大きなモノを失い続ける、そのたびに落胆する、の繰り返しなんだろうな。
自分自身の手でやっちまうんだから、後悔も大きいんだよね。
こういう人生だと思って、グズグズ泣きながら耐え忍ぶしかないんだろうな・・・。

一応、フェイスブックに一連のことを書いて、これからは安全なように、こちらにアップしますと書いておいたら、高校の同級生(女)が反応してくれていた。
ということは・・・、わたしはもう行っていない高校陸上部の同窓会で、彼女がわたしの近況を話すだろうか。
「ゆみ、なんかおかしいで。フェイスブックで、20~30代の写真、全部捨てたって。この延長線上に、自分はいないからって。なんかあったのかなあ?」

たぶん、この話で凍りつくのは、その20~30代、わたしと親密にしてくれていた、独身4人組だろうと思う。
当時、社会の第一線で活躍し始めた彼女らは、わたしがいつまで経っても社会復帰しないので、「ゆみは働かんと、家でなにしてんの・・・」と次第にわたしを突き放し、気まぐれにメールに返信したりしなかったり、わたしの意見はなかったことにしたり、2人になると返事だけになったり、自分たちがまるで社会のお荷物と付き合ってあげましょう、といわんばかりの、どこか一方的な関係になっていった。
でも、そういう冷遇をされていたことに気づいたのは、10年以上経ってからである。
嫌がらせも言われたみたいだけど・・・、わたしは鈍感なので、そのときは気づかなかった・・・。
まー20~30代の写真を、全部処分したとわかれば、彼女らだって「楽に生きていたわけじゃないんだ」となにか気づくだろう。
わたしが病気を通して言えることは、ふつうにしている人でも、結構思い詰めていて、突然人をびっくりさせるようなことを起こすかもね、ってところである。
出家か自殺みたいなこととか。
「もう、あんたらとの過去は捨てたよ」って、どっかの暗闇に入っていくようなことね。

わたしは数ヶ月もまえから、「もう、健常者との付き合いは、基本これから無理だな・・・」と思っていたので、写真を捨てたのは、きっとそういう心理が働いたのかもしれない。
まさに、健康だった日々との決別。
でもなぜか、もう終わりだ・・・、みたいな悲壮感はない。
周りが、「そんなに人生を悔やんでいたの?」と顔を見合わせるようなことでも、「いや、なんとなく要らないからと思って」って感じなんだよね。
不幸の渦中にあるときって、むしろ不幸を感じないのかもしれないな。
それでも躁うつ病というのは、大事なものをなくす病気だから、今度からは気をつけて、大きな行動を起こすときは考えてからにしようと思う。

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一人きりの昼・夕食

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マンションから実家に戻ってきたものの、わたしはスッキリしたわけではなかった。
昼食は、母と向かい合わせで食べる。
彼女はわたしに何か話したそうにしていたが、わたしはあらぬ方向を見たまま、菓子パンを頬張っていた。
親と食事しているときが、いちばんイライラするのだ。
わたしは、このままじゃ駄目だと思った。

昼過ぎ、母といつもの散歩をしているとき、わたしは「じつは」と切り出した。
「具合が悪いねん。春のせいやと思う。食事のときが、いちばんイライラするねん」
「あら・・・。そうやなあ、春は毎年、よくないなあ」
「テレビの音とか、ママさんと父親がしゃべってる声とか、しんどいねん・・・」
「そうやったら、ごはん別々で食べたらええやん。自分のぶんだけ、2階に持ってあがり」
「そう?」

ということで、わたしはその夕方から、2階の自室で、昼食・夕食を食べることになった。
これって、H主治医から言わせれば、「また、お母さんに迷惑をかけていますね」ということになるのかもしれないが、このままイライラしながら食事を続けると、必ずよくないことが起こると思った。

さっそく夕食を、自室に持って入って食べる。
静かだ・・・。南向きの窓が見える。
最初の刺身を食べたところで、わたしはぼーっとしてしまい、たまには箸がまったく止まった状態で、ゆっくり食事をした。
ああ、そうかあ・・・、わたしは考えごとをしながら、のんびり食べたかったんだな。
いままでは、神経をハリネズミのように尖らせて、ごはんを口に押し込んでいたんだ。
あれじゃあ、疲れるよなあ・・・。

それにしても、これは躁の症状で、イライラするんじゃないかと思うので、今後はイライラする人へ気持ちをぶつけるのではなく、季節のせいにするのがいいなと考えた。
だがもし、母親と二人生活になったら、大変だな・・・。
こんな状態で、母の面倒をみることになったら、ほんとうにマンションに逃げていかなければならないのでは・・・。

サテ、このような状態を、H主治医にカルテに書かせると、以下のような感じになると思う。
「母親に対する嫌悪感があり、食事は一人で自室で摂る。日常生活のほとんどは、母親が面倒をみている」
――これじゃ、普通のひきこもりみたいで、なんか違うような気もするんだけど、よく読むとやっぱり事実・・・、というのが、精神科の診断書の不思議だ。
「交代人格が現れたんです」じゃ、カルテに書かないけれど、「交代人格が出たって、元彼が言ってました」は、カルテに書かれる。
つまり、本人の訴えだけじゃなく、客観的に何かが起こったときの話が、優先なんだな。
今回は、わたしはまったく狙っていないけれど、マンションに一度戻ったということと、実際に両親と食事をべつにしたという事実が、H先生にとっての診断基準になるのではないかと思う。

食事時のイライラは、一応このまま回避できそうだが、ちょっと気になるのは、母が「調子がよくなったら、またみんなで食べよう」と言っていることである。
えー・・・、それは・・・、無理じゃないかな・・・。
要は、テレビの話題で盛り上がっている人をまえに、ごはんを食べたくないのだ。
末期ガンの父は、ガンとわかってから、「みんなでごはんを食べよう」と決めたが、これを実行し続けなきゃいけないんだろうか。

わたしはカルテの訂正をした。
「父母に対する嫌悪感があり、父の死後も、食事を一人で自室で摂る。日常生活のほとんどは母親が面倒をみており、本人に介護等の能力はない。社会的機能復帰は困難である」
まーこのくらいじゃすまないだろうな。
だって、これから障害年金審査のある2年のあいだ、わたしはほかの迷惑行為を、たくさんやるに違いないから。
双極性障害(躁うつ病)1型って、自覚なしに人を振り回すんだよね。
2年後の、日本年金機構に提出する診断書が、怖いわ・・・。

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マンションで思索する。

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昨日から一泊で、マンションに帰っていた。
久しぶりに、オッドマンチェアに身を沈めると、そういえばこれ、いつも元彼Sちゃんが座っているから、わたしは使えていなかったなーと思い起こす。

健康な社会人だったとき、わたしはここで、平日はドカーッと座って疲れを癒したり、土日は36時間連続ゲームをしたりして、なにかとお世話になったものだった。
目のまえには、相変わらずマティスの複製があるし、ダイニングもサイドボードも、なにも変わっていない。
この部屋に初めて入居したとき、わたしはウキウキして、あちこち飾りつけたり、家計簿に将来設計を書いたりしていた。
いまの自分なら絶対できない、生活の楽しみ方と軽い労作だ。

現在のわたしが、あの頃のわたしに、その後の運命を言うとしたら、どんな感じだろう。
どうしても、残酷になるな・・・。
「あなたはまもなく、とんでもないストレスで発狂するよ。そして当分は、精神病院に出たり入ったりの生活になる。働くどころか、両親の世話にならなきゃいけない。信じられないけど、あの親友たちも離れていくよ。死ぬまで精神障害者ってことだけど、たぶんこれには、なんか意味があるんだろうね・・・」

死者がときどき、生きている親族に幻の声をかけるみたいに、わたしの声が、あの頃の自分に届けばいいのになあ。
そうすれば、彼女は「なんとか回避する方法はないか」って、考えるだろう。
・・・・・・ふう。
いまさら、そんなことを考えても仕方がない。

その後、本を読んだり、昼寝をしたり、お風呂に入ったりたりして、気を紛らしていた。
そんなあと、電気カーペットの上に寝そべっていると、ふと、ここに一人で住むのがいいかもなーと思えてきた。
経済的には、次回の障害年金審査を待つことになるし、その後もかなり苦しくなる。
それに実家には、可愛がっている13歳の猫がいる。
うーん・・・。
いや、こういうことは、すぐに決めない方がいい。
徐々に、マンションに比重を移して、とかだな・・・。

翌朝になり、パンを買いに外へ出たのだが、その帰りの駅前公園では、出勤途中の会社員が、パラパラと向かってきた。
「ああ、昔、こういう人たちの間にいたんだよね」と懐かしく思った。
そしてわたしは、いったんマンションに帰り、ゴミ出しをしたのだが、そこでまた、出勤途中の女性会社員を見て、目を奪われた。
いいコートを着ている・・・。味のあるデザインで、素材的にもこれは高い。
昼間のスーパーには、絶対いない人種。
綺麗な人だな・・・、綺麗な人だな・・・、と彼女が消えていくまで、後姿を見ていた。
なんだか昔、同じようにいいコートを着て、足早に出勤していた自分を思い出した。
ほんとうにあの頃、自分がこのまま未来に続いていくんだと信じていたなあ。
だいたい何%の人が、思ったとおりの道を歩んでいるんだろうな。
わたしはやっぱり、かなり脱線した方なんだろうな。

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小学2年生の殺意

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昨日のエントリーを書いてから、具合が悪くなってしまった。
幼少時のことを、思い出してしまったのだ。
母の顔色を後ろから伺い、ビクビクと話しかける自分、意味もなく家の外に出され、お向かいのおばちゃんが「中に入り」と庇ってくれたこと、創価学会の部屋に引きずり込まれて、ワンワン泣いて助けを求めているのに、せせら笑って見ていた母への絶望、憎々しげに歪んだ鬼の形相と、毎日のように繰り返される怒号の嵐。
気のせいじゃないよな・・・。

呪縛だ・・・。
いまはもう、母も優しいおばあさんになっているのだが、彼女がニコニコと笑っていると、ほくそ笑んでいるように見える。
この人を守らなきゃとか、この病気になってから、さんざん暴れたから、もう気はすんだでしょ、とか考えるのだが、幼少時の呪縛ってすごい。

わたしは暗いこころで、小学2年生のとき抱いた、母への強烈な殺意について考えた。
次の瞬間、「ヤバッ!!」と思った。
いまのわたしには、解離による交代人格がいて、そのなかにはH先生には言っていないけれど、「暴れる人(わたし命名)」がいるのだ。
この人はとても厄介で、母に暴言を吐くわ、妹夫婦を脅迫するわで、そのたびにわたしは「知らん」と言っていたのだが、「忘れるはずがないやろ!」と憎しみを込めて言われるので、いまは「ふーん」と言うことにしている。
言い添えておくと、わたしは解離性同一性障害(多重人格)ではない。
いまのところ、診断名は「解離性障害」である。

ヤバいと考えたのは、「暴れる人」が、もし小学2年生のときの「大人になったら必ず、母親を殺す」を実行したらどうすんの!? ということである。
その想像に、わたしはゾーッとした。
じつはその日の夕食時も、両親に一切触れたくなくて、ごはんも半分しか食べていないし、「もう、この場所から逃げたい!」というストレスで爆発しそうだった。
そして、真っ先に自室にこもり、ゾワゾワと過去を思い出して、「ヤバい、ヤバい・・・」と考えたのだ。

とにかく、この家にこのままいたら、まずい! という気持ちが先行した。
デイケアに行く・・・、いや、もっと一人になれるところがいい。
わたしは、自分のマンションに、ちょっと帰ってみようかと考えた。
できれば一泊くらいして・・・、はぁ・・・。
だけど、こんなことを、ずっと続けることになるんだろうか。

わたしは、ガンの父が死んだら、母と仲良くやっていこうと思っていた。
でも、なんかとても不安に思えてきた。
そして、「ああ、自分はなにもかも放り出して、一人になりたい!」と思った。
そもそも、嫌いな母親からすぐに逃げ出すため、社会人になってからマンションを買い、とっとと実家を出て、自由を満喫していたのだ。
あの頃みたいに、自由になりたい。
でも、いまは実家に猫がいるしなあ・・・、経済的にはギリギリアウトくらいだなあ・・・。

とりあえず、今日はマンションに行ってみる。
なんといっても、この病気は浮き沈みがあるし、また日が経てば、気が変わっているかもしれない。
家事手伝いとか、慣れないことをしていたから、疲れたのかもしれないし。
でも、母のことが好きになれないっていうところは、たぶんこれからも変わらないだろうな。
うまく折り合いをつけるか、別々になるか、どっちかだろうな。

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母の怒号と解離性障害

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なんとなく、H主治医のことを考えていて、「あの人ほど、あたまの回転のいい人、見たことないなー。まるで、しゃべった瞬間から、終わりの一句が読めているようなんだなー」と思った。
それは、ほかの患者さんも言っていて、「まさに自分が言ってほしいと思っている言葉を、投げかけてくれる」とのことだった。
IQ=170の人が、「人が自分に何を言ってほしいかわかるから、しんどい」と書いていたから、H先生もそんな感じなのかな。
ふーん。
H先生は、自分のその特性を生かして、精神科医になったのかもしれんな。

そんな思案をしていたら、「そういえば、アレ?」と思い浮かぶことがあった。
先日の診察のとき、わたしは母のテレビや買い物についての、イライラをぶつけたのだが、H先生は、診察の終わりに思い出したかのように、「ちっちゃいゆみちゃんは出てませんね?」と訊いた。(※ちっちゃいゆみちゃん=5歳くらいの交代人格。)
「出てません」と言ったが、わたしはなんで唐突に訊いたのかなと、不思議に思った。
H先生はあたまが良すぎるから、無駄なことは一切しない。
これには、なんの意味がある・・・。

だいたい、解離っていうのは、虐待とかPTSDによって、引き起こされる。
わたしは虐待を受けていないから、理学療法士の学校で実習中、倒れたのがPTSDになっているんじゃないかと思っていたけれど、ちょっと理由としては弱い感じもしていた。
そこで、過去に先生に話したデータを思い出してみると、「母親のことが好きじゃない」と言ったことが浮かんだ。
「双子の妹もそう言ってました。母親が優しいとかって知ったのは、大人になってからです」

H先生は、じーっと見ていたように思う。
もっと言うと、わたしは小学2年生のときに、母親を殺そうと決意したことがあるんだけれど、そのときは身体が小さかったので、「大人になったら必ず」と誓った。
でもこんなの、子どもはみんな一度は考えるんだと思っていたし、いまもそうなんじゃないのかなと、ちょっと思っている。
ちゃんと言うことを聞いているのに、「あっちの□□ちゃんだったらよかったのに!」と罵られたり、可愛くてたまらないというよりも、憎悪をもっていびるような感じがあったり。
いつ来るかわからない、ヒステリックな怒号と険しい恐ろしい顔・・・、どうやら向こうは優しくしてあげたと思っているみたいだが、子どもとしては、まるでその実感がない。

わたしはムッと考えた。
もしかしてH先生は、「解離の原因がどこかにある」→「お母さんが嫌い+ストレスがかかる」→「5歳に戻って甘えようとする」という図式を構築したのでは。
わたしは、ちっちゃいゆみちゃんと同じあたまの中にいたことがあるんだけれど、彼女はおにぎりを頬張って、「うんちょ、うんちょ」って頑張ったりして、すごく可愛いんだよね。
あの、いじらしくていたいけな子は、わたしが守ってあげたい。
あれ? すると、わたしが母親に甘えたいっていうのとは違うな・・・。
むしろわたしは、あの子を母親のまえに出したら傷つけられるから、可哀想、それは駄目だって思っているんだけど。

でもあたまが高速回転なH先生が、イライラとゆみちゃんを繋げているんだから、なにか関係があるのだろう。
それよりも、わたしはいろいろ考えて、ちょっと不安になった。
ガンの父が死んだら、その後は、母との二人生活になる。
いま、力関係はわたしが上になっているが、もともとは恐怖政治を強いられて、嫌な人だと思っているから、続くんだろうかとちょっと気になる。
ましてや要介護なんかになったら、昔の仕返しとばかり、ガミガミ怒鳴りちらして、「あっちの老人の方がよかった!」とか言うかも。
嫌だな・・・。暗い未来は想像したくない。
また、H先生にそういう相談をした方がいいかもなー。

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旧家の執念

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昨日、元彼Sちゃんと話していたら、先祖代々の墓の話になった。
ちなみにSちゃん一族は、室町時代から続く旧家で、Sちゃんはその当主である。
わたしはまえから、Sちゃんが、最近できた新興住宅の人々を、自分たちと明らかに別物として見ているなと思っていたが、それだけじゃなく、一族から結婚などで離れていった人々に対しても、もーこっちの人間じゃないんだから出ていけって、忌まわしく思っているのを発見した。
あれ? こんなことって、当たり前だったの??

「そこの家は、□□家と△△家だったんだけど、娘が結婚して、同じ敷地内に××家の墓ができちゃったんだよ」
「? お墓ってそこの家のことじゃないの? なんでSちゃんが関係あるわけ?」
「管理料とか要るでしょ。俺の前の代までは、ひいじいさんの嫁がこの人で、とかみんなわかってたけど、いまは俺しか知らないんだよ。だからこれから、家系図をつくらないと駄目なわけ」
「管理料ってそんなに莫大なん?」
「1,000円」
「1,000円??!!」

ということは、管理料が問題なんじゃないんだな。
要するにSちゃんは、一族の外に出たくせに、一族の敷地に墓を立てている××家が、気に入らないのだろう。
はぁ・・・、確たる墓もない根なし草のわたしとしては、商魂? たくましいですねえという感じである。
「じゃあ、これからどうすんの?」と尋ねてみたら、Sちゃんはムッとして、断固とした口調で言った。
「2年後に警告する。それで、5年後に出ていかなきゃ撤去する」

なんか、ここまで来ると笑えてきた。
旧家ってへん。
新興住宅の人々が若い人ばかりで、自分たち一族の墓のことを知らないのも、気に障っているようだ。
なんに関しても、冷静で寛容なSちゃんが、旧家としての誇りに、ものすごいこだわりを持っていることに、申し訳ないが、こころのなかでブルブル笑っていた。
Sちゃんが昔の親戚を、ズラズラ挙げていたときに、そのうちの一人に「なかぞうさん」がいるのを聞いて、ついに爆笑してしまった。
なかぞうさんって・・・、面白い名前・・・、ごめんなさい、なかぞうさん。

ついでに、話を振ってみた。
「跡継ぎはどうすんの? 娘さんばかりだよねえ」
「三女」
「三女の旦那って、全国飛び回ってんでしょ。ほんとに継ぐの?」
「それは、ちゃんと言って聞かせたから」
「大丈夫かなあ(←意地悪)」
「大丈夫。なんかあったら、俺が、娘と孫を守るって言ってある」
「えー!! 守るのは旦那やろ・・・」
「相続権は、娘にあるからね。その次は孫。血の繋がってない人間にはないよ」

うわー! なんか怖いこと言ってない? この人!!
ふつう、一家の構成は、親と子どもでしょ・・・。
ここは、祖父と娘と孫なのね。
お父さん、可哀想・・・。次世代をつくるためだけに一族に迎えられた人。
もしかして、全国を飛び回っているんじゃなくて、逃げ回っているんじゃないの。

ちなみに、後継が3女になったのは、3人でジャンケンで勝ったという理由らしい。
ジャンケンというのは珍しいと思うが、「勝った人」というのも、わたし的には「アレ?」という感じだった。
それこそ墓の管理とか、面倒くさいとか思わないのかな・・・。
旧家の人の考えることはわからない。

その後、Sちゃんは罪滅ぼしのためか、3女の旦那には、刀とか掛け軸(数万円相当)をあげようかなと言っていたが、「そんなもん、誰も要らんと思うよ」とだけ言っておいた。
まったく、ブルジョアはセコイなー。
一族の血統と財産と墓を守りぬくための執念は、はたから見て笑えるよ。

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テレビが嫌い

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今日は、診察&デイケアに行った。
診察では、最近イライラしていることを、H主治医にぶちまける。

「家事手伝いを続けていますが、そのことでストレスが溜まるんです! わたしはテレビが嫌いなんですけど、母といるとテレビがずっと点いていて、しんどいです!」
「テレビ? どこが気になるの?」
「作り手が、ここで笑わせてやろうとか、こうしてやろうとか、見え見えなんです!」
「べつに、わはは、でえーやんか。何それ? テレビが、どんなふうなん?」
「邪魔、です! うるさいんです。目は動くものを勝手に追いますよね? だから、見たくもないものを、見せられるんです」
「邪魔って言うてもなあ・・・」
「ほんとにテレビが嫌いなんです! 小学生のときから見てないです。だから、もともと嫌いなんです!」
嫌いだ嫌いだと叫んでも、どうしようもないのだが、精神科医には、全部を話しておいた方がいい。

すると、H先生が大声を出した。
「小学生から?」
「はい」
「本は読む?」
「本は読みます。紙は大丈夫です」

・・・これって、なんかの発達障害を疑われた?
わたしは、それはさすがにあり得ねーだろ! と、それこそH先生のあたまの中を疑った。
しかしたぶん、医師として、患者の経歴はともかく、聞いておかなければならない事項だったのだろうと、考え直した。

その後、デイケアに行ったのだが、偏差値の高い人(すごい言い方)に、「本を読めるかって訊かれたんですけど、失礼ですよねー」とぼやいた。
「読めない人なんか、いるんですかねー」ともう一つ言ったら、その人は黙り込んでしまったのだが、あ・・・、このなかにはいるかも・・・、つっか、いるよね・・・。
それにしても、本を読めない人と一緒にいるって、やっぱり堕ちた感じがするなあ。
そんなことを言ってはいけないと言う人は、自分がその身になってみろと言いたい。
H先生からみれば、本を読めない人もわたしも、同類なんだろうな。
まーこの件に関しては、前述偏差値の高い人も、同じ悩みを抱えているかもしれない。

くよくよと考えながら、人と話していたら、そのうち、あ? と思いついてしまった。
「もしかして、映像が見れないという、発達障害があるのでは・・・」
だとすれば、H先生がピクっと反応したのも、納得がいくかも・・・。

映像を受けつけない障害ねえ・・・。
わたしの場合、まったく見れないわけじゃないけれど。
過去に一人だけ、同じようにテレビが見れない人がいた。
たまに出る発達障害なのかもしれない。
日常生活に支障をきたさないだけの話だったりとか・・・。

帰り際に、デイケアのスタッフにも、テレビが苦手な件を話してみた。
すると彼は、「そんなん、うちの子も、ちっちゃい頃は見ませんでしたよー。本が読めない、想像ができないのはちょっと・・・ですけどね」と言った。

うーん。なんか、答えになっていないけれど、気にする方がバカって感じだな。
いろいろ考察したが、結局のところ、居間にあるテレビは母の自由だし、わたしは逃げ回るしかない事実に変わりはない。
悩ましい・・・。
でもいちばん悩ましいのは、「テレビが嫌い」という感覚を、誰にもわかってもらえないところかもしれない。

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奨学金=借金の概念

saifu

最近、ナントカ知恵袋みたいなところで、相談者の質問に対して、自分なりの回答をつくるという遊びをしている。
いろんな悩みがあるなあ・・・。
でも、これは深刻だなと思えるケースもある。

今回は、奨学金という借金を抱えた人が、結婚できないという問題だった。
これは、まえにテレビでも聞いた話だなあ・・・。
すでに、一般化しているのだろう。
しかしなんだって、600万円とか800万円とか、ものすごい金額を、学生に貸すんだ?
借金って、そんなに簡単にできるものじゃないはずだが。
仕組みはどうなっているんだかわからないが、まー誰かが儲けているんだろうな。

もう借りた時点でわかってしまうが、その人は、当分結婚できないか相手を選ばされるか、になるんだろうな。
常識を持ったまともな家だったら、余程の固い仕事でもない限り、借金を抱えている人との結婚を、許したりしないだろう。
結婚するということは、二人で経済的に自立するということだもんね。
「奨学金の返済中なんですが、婚約者に言うべきでしょうか?」とか言っている人、わたしはバッサリと「当たり前です」と切り捨てる。
常識的に、自分に借金があるということを、隠して結婚するやつは、無責任で不誠実でしょ。
たぶんこの人、奨学金が借金であるという概念がなくて、なんとなく婚約者に言った方がいいのかなって感じなんだろうな。
甘い・・・。相手の親が知ったら、金額によっては、延期か破談になるかもって話じゃん。

あとは、「旦那といるのが地方なので、仕事がない、奨学金は親に払ってもらっている」という人がいた。
うーん・・・。親が払っているのか。
なんだか、だらしない親子だな・・・。(←第一印象)
つっか、いまはみんな、こんな感じなのか?
所帯を持った、独立した娘の学費を、親がだらだら支払ってやっている??
いくら地方っていったって、なんの仕事もないっていうことがあるのかな。
お金で買った学歴なのに、使えていない・・・。
そして、借金だけを払い続けている・・・?

わたしはいろいろ読んでみて、「いまは、簡単に大学に入れるのと、親が貧困化していることが、奨学金に対するハードルを下げたのでは」と推測した。
なんかやっぱりどーも、貧困層を踊らせている輩がいるような感じがするなあ・・・。
どっちにしろこのまま、「これじゃあ、いつまで経っても、結婚できない」という若者が増えるのは、よくないと思う。

じつはちょっとつぶやくと、わたしも大学は奨学金を受けていた。
わたしの場合、両親から「卒業したら、すぐ働いて家に入れてもらわないと困る」と言われていたので、奨学金を自力で返すのは、当然だった。
当時、世の中は高金利だったので、無利子の借金はわざと一括払いせず、高い金利の貯蓄商品を買っていくという戦略を取っていた。
その結果、31歳まで借金を抱えていた。
やっぱり、借金は邪魔なものだったから、最後を払い終えたときは、スッキリした。
と同時に、自分は自分の学費を、自分でちゃんと払ったんだという自負ができた。
いまでもよくやった自分って思うよ。
あれをもし、旦那や親に支払わせることになったら、申し訳ない気持ちになったと思うな。
「ナニワ金融道」を読み過ぎたせいかもしれないけれど、ほんとうに「借りた金は自分で返せ」が基本だと思うよ。

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母の謎行動

shougayu
今日は、デイケアに行ってきた。
デイケアには、言っている意味のよくわからない人がいるのだが、今日わたしに話しかけてきたのも、その一人だった。
悪い人じゃないんどね・・・。
親が自己破産して、本人は金銭管理ができなくて、いま生活保護を受けているが、話しぶりから、就労は無理という感じだった。
みんなとうまくやっていくというのは、精神科の場合、こういう人とも仲良くやっていけるということなのよ。
とりあえず、疲れて帰ってくる。

帰ると母が、居間でべったり座って、「おかえり」と言った。
わたしは、「(いつものように)歩きに行く?」と尋ねた。
しかし彼女は、「いや、しんどいから無理やろ」を繰り返し、わたしの身体なのに、わたしに無理だと決めつけて、散歩を断念させた。
そして、いつものように、「生姜湯を飲まない?」と言った。

わたしが上着を脱いでくると、彼女はなぜだか、一人分の生姜湯をつくっていた。
「なんで一人分?」と尋ねると、「わたしはお茶を、もう飲んだから」と言う。
なんだか、不思議な気がしてきた。
なにか、話でもあるのかな・・・。

わたしはどうも、こういう意味不明な雰囲気は苦手なので、さっさと生姜湯を飲んで、自室へ上がろうと思った。
すると母は、「なんかドラマやってるかな。今日、やってないかな」と新聞を広げようとした。
「いや、わたしは観ない」←もともと観ないし、疲れている。
「そう? じゃあ、わたしも観ない」

えーなに、それ??
しかも母は、点いていたテレビを消した。
わたしはそのまま自室に入って、「気持ち悪い!」と考え込んでしまった。
だって一連の行動を見ていると、明らかにわたしを待っていて、お茶を飲んで母子でベタベタしようって感じじゃない。
さ寒気がする・・・。

わたしは、なにかの答えを出そうとするとき、ブツブツ口に出すことがある。
「してほしいことが、こっちから見える・・・。幼児化?」
「父親とケンカして、一緒にいてほしかった?」
「一日中、隣の掃除をしてたから、誰ともしゃべれなかった?」

帰宅してからのあの居間の風景、確かにあそこには空間があって、ここに座れと書いてあった。
あんなわかりやすい罠を仕掛けるなんて、やっぱり知能が落ちているのでは・・。
あんな感じで、子どもに返っていったら、どうしよう。
眉毛がハの字になる・・・。

しかし、混乱したときは、もう一度あたまをミキサーにかけてみたら、ポンと正解が出たりする。
どうやらわたしは、知らない間にその作業をしたらしく、ポンと思いついた。
「デイケアに行った感想が聞きたかったんだ」

あ、なるほどね。それなら気持ち悪くない。
単純に、娘の社会復帰を願って、今日はどんなだったかな、というのが聞きたかったのだ。
今日は、わたしが疲れていたから、たまたまその話ができなかった。
そっかー。そうだよね。まだあの人、ボケていないし。

という訳で、一瞬気持ち悪かったけれど、答えが見つかってよかった。
しかし母親も、直に「デイケア、どうやった?」って聞けばいいのに。
あの用意周到さ、よっぽど話をしてほしかったんだろうな。
まー今日は、手のかかる人の相手で疲れたよ、って話だけれど。

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母の話し癖

autumn

昨年10月に家事手伝いを始めてから、母との会話に疲れを覚えているのである。
それまでは、自室にいたので、あまり話すことはなかった。
そしていま、この人との会話は、こんなにもストレスのかかるものだったかと考えている。

いろいろとあるのだが、大きく気になるのは2点。
母は、わたしが何をしていようが、「見て!」という癖がある。
なにがあるんだと思ったら、テレビに映し出されるなんの変哲もない映像であったり、捨てられた汚いゴミだったり、他人の建てかけの家だったり。
自分が興味を持ったものは、必ず人も興味を持つはずだと思っている。
そこにあるのは、自分の取り巻きを自分のエリアに引き込もうという、強引な精神。
「聞いて!」が口癖の女の子と、さほど変わらない気がする。
嫌われる女の子にランキングしているアレだよ。
そりゃ嫌だよね、なにかあるとすぐ、「見て!」「聞いて!」。
うんざりするよー。
他人を尊重せずに、自己を主張するんだから、やっぱり自分勝手な人と言えるんだろうな。

あとは、これまた女にありがちな話だが、返答のしようもないことを、訊いてくる・・・。
「北朝鮮のミサイルは、どうやってつくってるんやろうな?」
(って、わたしは池上彰じゃないんだから、)知らんがな!
「ここの堤防、なんでこっちからこっちは、草刈れへんのやろなあ?」
(そんなん、市の都合やろ、)知らんがな!
「この俳優さん、もうだいぶ禿げてきて、なんでカツラにせえへんねんやろうな?」
そんなん、知らんがな!!!

結局、彼女がわたしに言ってほしいのは、「うん、そうやねー。なんでやろう?」なのかもしれない。
女同士の会話では、「うーん、そうやね、なんでやろー」「そうやね、わかれへんねー」と、お互いわからないことを確認しつつ、うんうんうなづき合って、会話成立になるのかもしれないが、わたしはそういうのが苦手で、ちっともコミュニケーションしている気になれない。

そんな母の会話の仕方にイライラしてくると、わたしは黙るようにしている。
反応すると、余計に症状? がひどくなるからだ。
優しくない、って思われるかもしれないが、このストレス感はやばい。

正直、こんな状態が何年も続いたら、キツイんじゃないかなあと思う。
「ゴミの話ばかりするのはやめて」は言ったんだけれど、相変わらず「ほら、ここ・・・」と言いかけている。
他人の家を勝手にのぞいて、「人住んでんのかな?」とわたしに意見を求めるのも困る。
せめてもっと、口数が減ると楽なんだけどな・・・。
なんか世の、おしゃべりな妻を持つお父さんみたいだな。
なんとなく、そういう人の気持ちがわかるわ。

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末期ガンの父の帰省

yama3

昨日、夕食後に父が消えてから、母が聞いて、というように言った。
「4月にお父さんと田舎に帰るの、兄弟の人たちが、予定が合わないって・・・」
「え? 4月初旬は駄目ってこと?」
「いろいろあって、5月にしようって。去年もみんなで会ってるからって・・・」
「5月でもえーやん」
「そうやな・・・」

母の声は、怒っているのか悲しんでいるのか、よくわからなかった。
4月の帰省目的は、末期ガンの父のために、兄弟みんなで会おうというものだった。
しかし皆さん、いい歳のおじいさんなのに、予定が合わないってどういうことよ。
寒いからっていうのが、理由なんだろうな。
もしかしたら母は、「もう時間がないのがわかってるのに、こんなに軽くあしらうなんて・・・」と、悲しんでいたのかもしれない。

母が4月初旬にこだわるのは、新しい治療を始めるとしたら、4月中旬になるからである。
そのあとは、どんな副作用が出るかわからないし、副作用どころか、体調に異変が起きるかもしれない。
母はそのへんを考えて、あれこれ手を尽くしているのだが、兄弟ともに肝心の本人も、「兄弟に会わなくてもいい」と言うんだから、どうしようもない。
わたしはもう、好きにさせたら・・・、と思うけれど、母は家族のことを、自分の手足みたいに考えているから、最後まであきらめないだろう。
なんというか、根性があるんだよなー・・・。
一家の大黒柱は、うちの場合は父親じゃなくて、事実上、彼女なのよ。

治療の方は、本人は嫌がっているけれど、元彼Sちゃんに事情を聞くと、やはり抗ガン剤治療は受けておいた方がいいらしい。
「受けないと、副作用くらい我慢すればよかったって、後悔することになるかも」と、Sちゃんは怖いことを言った。
ほんとかな。Sちゃんの奥さんが亡くなったのは、何十年も前だから、古い情報かもしれないな。
だけど、もしほんとうだったら、いまの「手足が痺れる」なんかの副作用で、治療をやめようとするのは、早まっているよと言いたい。
あの人、緩和ケアに入ったら、安らぎ空間が来ると思っているから、そこだけは違うよと何回か正したのだが、全然受け入れようとしない。
嫌なことにならなければいいけどなあ・・・。
人が痛がっているのなんか、見たくないよ。

それにしても、あんなに田舎、田舎、って繰り返していた人が、なんでここに来て、「行かなくてもいい」になるのかな。
今日、昼ごはんを食べていると、父は「東京に行きたい」と言い出した。
「皇居を見たい」と言うので、母が「見たことあるでしょ」と返すと、ちょっと怒って「もう、動けんのや」と言った。
うーん・・・。もしかして、大分まで行くのが、すでにしんどいのかな?
考えたら、90台のおじいちゃんおばあちゃんが一同に集まって、お別れ会なんてしないよね。
父と兄弟たち、じつはもう解散しているのかな?
なんか、どっかのバンドかって感じだけど。

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しょーもない議論

kenka

昨日は、元彼Sちゃんが早々に連絡してきたので、お父さんのことを話したいんだろうなと思った。
しかし、こっちのお父さんも、まったく同じ状況にあるからな・・・。
一方的に、話を聞いてあげるということにはなるまい。

「父親の診察に行ってきたよ。肝臓に8センチのガンだって。正月を迎えられたら、奇跡だって」
「そうかー。いきなりなんだねー」
「最期は、ガンが破裂して即死か、肝硬変みたいな症状が出るかだって」
「まー、人は誰でも死ぬし、まったくの障害なしで死ぬわけじゃないからね」
「そうだけど。明日、妹たちが来て、本人とか母親に告知するかどうか決めるの。俺は、このまま放っておくのがいいと思うけどね」
「そうだね、その方が幸せかもしれないね。いま、元気に畑仕事しているんならね」

そこらへんで、わたしはうちの父のことも話しておいた。
「うちの父もね、今日ガン検診受けたんだけど、よくなくてね。本人がもう治療しないって言ってるから、そうなると来月にでも悪くなるらしいよ」
「んー。治療を決めるのは本人だから」
「でもねえ、抗ガン剤を怖がりすぎやねん。いま元気やねんから、やってみたらいいのに」

それから話は、またSちゃんのお父さんに戻った。
予想どおりだな・・・。
この人は傲慢だから、自分の思っていることだけをしゃべりたいのだ。
それにしても、なんでこんなに感傷的になっているんだ?
87歳の男親が死ぬって、そんなにショックなんだろうか。
それでいくと、うちの父は78歳なんだが・・・。
感受性の違いか?

結局、わたしが「ふーん」と話を聞く側になって、話がループしていたとき、ふと未来予想図がテーマになった。
そこで、わたしはやっちまった感で、人工知能を持ち出してしまった。
この人に、あるキーワードを与えたら、まえと同じことを、必ず最後まで延々と続けるから、これから聞かされ地獄になるのが、ハッキリとわかった。

「人工知能は、人間の生活を脅かすようなことはないよ。人間は、1次・2次産業は関わらないにしても、3次産業にはどうしても必要になってくるでしょ。人口増やしてるのは、後進国だよ」
「だからいま、先進国の話してるねん。いくら3次産業で必要だとしても、よそであぶれた人が、どうしても出てくるやろ」
「工場ではいまでも、人間がいないでしょ。いるのは監視の人間だけ」
「(わかってる!)それ、ロボットの話やろ! 人工知能はまったく別のものやんか!」
「スーパーでも、自動会計になってるでしょ。あれも、人が見てるだけでしょ」
「(だからそれも、ロボットやんか!)人工知能も、少しの技術者が見てるだけでしょ」
「そうじゃないよ。たくさんの人が見てる」
「??? 」
「どんな職種がなくなると思ってんの?」
「事務職、建築関係、窓口、レジ、・・・」
「それを人工知能が奪うことはないよ。窓口だって、人間がするし。人工知能のある世界は、明るいよ」
「Sちゃん、どこから情報得てんの?」
「・・・インテル」
「わたしはオックスフォード発。結局、玄人同士でも意見が分かれてるってことやね」
「オックスフォードなんか」
「東京大学よりましやろ!」

最後は、子どもの喧嘩であった。
こんなこと、素人同士で議論すること自体、間違っているのに。
でもわたしは、いつものようにSちゃんが持論を展開するのを、「ふーん」と聞いているのが、しんどかったのだ。
父親のガンの件だって、自分の方ばっかり話をするし・・・。
Sちゃんとスカイプしたあと、わたしは「インテルが何言ってんだよ」と思って、調べてみた。
それで、あっ! と自分のミスに気がついた。
インテルって、デジタルの会社そのものじゃん・・・。
当たり前だけど、人工知能を悪く言うはずがない。
ミスった! ここを突くんだった。
わたしは地団駄を踏んだが、あとの祭りであった。

母親に話したら(なんでも話す)、「なんか難しいわ・・・」と不安な顔をされた。
昔からだけど、その表情には、「キムズカシイ・訳がわからない・心配」あたりの意味が含まれている。
小さい頃、よく双子の妹との話がディベートになって、二人で激しくカードの叩き出し合いをしていたのだが(負けたら泣く)、母親にはよくわかっていなかったようだ。
でも二人のあいだでは、トランプの大富豪みたいなルールが、ちゃんとあったんだよね。
Sちゃんは、ルールを知ろうという気もないし、ただただ、自分の言っていることが正しいって、主張しているだけ。
つまりSちゃんと議論するっていうことは、負けてもいないのに、こっちが「そうですか」って言わなきゃいけないってことなのよ。

これからも、うちの父親よりも、自分の父親優先で、ガンの話をされるのかなーと、ぼんやり予想する。
あの様子だと、今後さらにピリピリしてくるだろうから、言葉を間違えられないな。
とにかく、しょーもない議論だけは絶対避けなければ。
桜とか孫とか、そっち系だな。
なんか、テーブルマナーみたいで、肩肘が張るな・・・。

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父のガン治療のゆくえ

saibou_gan

今日は、元彼Sちゃんのお父さんだけでなく、うちの父も、ガン検診に行ってきたのである。
結果はおもわしくなく、母によれば「新しい治療を始めないと、あと1ケ月くらいで異変が起こるかもしれない」とのことだった。

新しい治療って、鎖骨のへんを切開して、抗ガン剤を直接静脈に流し込むみたいなものらしいけど、これに父が異を唱えるのである。
「抗ガン剤は苦しいから、もうせん」
「苦しいって、手足が痺れるだけやろ? 先生もこのままじゃ勿体ないって言うてたやん」
「おまえらにはわからん。抗ガン剤は、俺はもうせん」

この人は異常に抗ガン剤を怖がる傾向があって、そもそも転移したのは、手術後の抗ガン剤を飲まなかったからだと思うくらいだ。
新しい治療で、どんな副作用が出るか、やってみないとわからないのに・・・。
わたしと母は、束になって、父にマシンガン攻撃を始めた。

「新しい治療で、どんな副作用が出るか、やってみなわかれへんやんか! 1回やってあかんかったら、やめたらいいやん!」
「4月半ばに田舎に帰るんやろ? そのときまで治療を伸ばしてたら、遅いやろ!」
「28日に運転免許の試験って何?! 俺は早く死ぬとか言うけど、(書き替えの)7月まで生きてる前提やんか! そのまえに死んだら、後悔するやろ?!」
「わたしらの世話になるとかなんとか、気にせんでえーねん!! そんなん、いずれなんとかなるねん!!」
「変な情報信じて、間違った判断してるねん! 子どもが間違った選択してて、親があかんってわかってても、子どもが言うから仕方ないって、そんな感じや!!」

その合間に、父はもごもごと同じことを繰り返していた。
聞いたところによると、「治療はしない」「4月に田舎に帰れなくてもいい」「長患いはしたくない」「1ケ月で死んでもいい」って感じだった。

む・・・。
運転免許を書き替える気でいたから、あと半年は生きられると思っていたはずなんだが・・・。
そんな人が、「あと1ケ月でもいい」って、どういうことなんだろう。
どうやら父は、苦しいのを飛ばして、早く緩和ケアを受けたいと考えているようだが、緩和ケアに至るまでの時間を短くしたら、そのぶん苦しみが減るわけではない気がするが。
新しい治療で、しんどい副作用が出なければ、7月には免許の更新をして、車の運転もできるって話じゃないのかな。

結局、父のあたまの大半は、「痛い苦しいは嫌だ!!」ってところなんだろうな。
わたしも同じ立場に立ったら、そう言うし。
でもまだ、食欲旺盛だし、グーグー寝ているし、相撲で大声上げているし、・・・医者が言うように、勿体ないんだよね。
新しい治療をしなければ、父の恐れている「痛い苦しい」が、早くにやってくるだけなんじゃないかな。

母と散歩しながら、父のことを話したが、彼女はまだ、新しい治療を始めることをあきらめていなかった。
わたしはもう、今日の言い合いで、すっかり疲れたけどね。
親とはいえ、人の命はこっちの口に出せない。
まー今後は、いままで通り、ふつうに暮らすって感じかな。

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人類の未来

kyuoryu

元彼Sちゃんが、土曜日に会う約束だったのを、キャンセルにしてくれと言ってきた。
「父親が、ガンの検査を受けたんだけど、医者がちょっと話したいことがあるからって」
「えー、そうなの?」
「うん、たぶんよくないんだよ。本人に言わないんだからね」
「そういうものなんだ。いくつだっけ?」
「87」
「87! 長生きやなー」

実際、Sちゃん一族には、訳がわからんほど、大量の親戚がいて、みんな長生きしているみたいだ。
そしてまた、Sちゃんにもすでに8人もの孫がいて、その繁殖力はすさまじい。
わたしはSちゃん一族を見ていると、強い個体だ・・・と思う。
生物の世界って、みんなそうだもんね。
強い子孫を残すのが使命だから、強い個体が生き残れるようにできているんだよ。

それでいくと、わたしは弱い個体で、結婚もしなかったし、なんだか理にかなっているなーと思う。
いま近所にいる叔父二人も独身だし、わたしが死んだら、綺麗に子孫はいなくなる。
人類の繁栄に役立たない人間か。
うーん。わかりやすいな・・・。

そんなことを考えていたら、電器屋の広告を見ていた母が、「最近の電器はわからんわ。ケータイからみるみるうちに進化したやろ。その前までは、これほどのスピードじゃなかったのに、おかしいわ」とこぼした。
わたしはそれを聞いて、あれ? とひらめいた。
なんかそれ、世界人口の増加率と似ていない?
世界人口増加の爆発的スピードと、インターネット・AI(人工知能)進化のスピード、どっちも指数関数的だ。
よくない感じがする・・・。

先進国にAIが乱入してくると、AIに負けた弱い個体は、子孫を残さず死んでいく。
強い個体は生き残れるが、先進国は限界まで人口を減らし、人類が築き上げた文化や芸術・科学は、ほんの一握りの人のものになる。
一方、アフリカなど世界の貧困層で、人口はこれまで以上に爆発的に増えていく。
やがて世界はわずかな富裕層と大多数の貧困層になり、貧困層のあいだで疫病や食糧難などが発生し、人類は大幅に数を減らす。
その合間を縫って、AIはますます進化し、人類は勝つことができない存在になる。

ここまでは、わりと真面目に考えていたのだが、その先がわからなくなったわたしは、ふーっとこころでため息をつきながら、「結局、人類は18世紀の蒸気機関車に始まって、21世紀のAIで終わるのよ。あのときが、人類の終わりの始まりだったのよ・・・」とファンタジーにふけった。
いや、最初から最後まで、ファンタジーか。
でも思うんだけど、人間とロボットの違いはファジーだから、なんとなく嫌な感じ、とかいうものは、これから大事にしなきゃいけないんじゃないかな。

Sちゃんのお父さんは、87歳にして、畑仕事をしていたが、最近は寝ていることも多かったらしい。
どこが痛いとか苦しいとか、いまのところはなさそうだ。
たとえ、ガンが進行していたとしても、調子が悪いからそのまま寝ているだけ、みたいな人じゃないかと想像している。
この一族は、妙に肝が座っていて、うちの父みたいに、病気でギャーギャー騒いだりしない。
やっぱり強いんだろうな。
いまの日本は、「子どもは金持ちの特権」と言われているが、由緒正しいSちゃん一族も頑張って生き延びてくれって感じ。

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精神病患者同士の会話

ribing

昨日は、デイケアに行ってきた。
そしたら、うつ病・不安神経症の@@さん(名前知らない・女性40代)が、親しく話しかけてくれた。

「わたしより、旦那の方がまいってしまって。ときどき、イライラして怒鳴ってしまうねん。もしかしたら躁なのかな」
「うーん、でもH先生ならわかるよ。わたしは一発で当てられた」
「えー? どうやって?」
「新しい抗うつ剤を飲んだら、すごく身体が軽くなって。先生、もとに戻りましたって言ったら、あかん、躁やって言われてん。なんか、目が違うらしいよ? キラキラしてるって」
「アハハ。躁って、楽しくなるの? イライラもあるんやろ?」
「イライラはあるな。楽しいというより、自分はなんでもできる! って感じになる」
「ああ、ゲーム8本も買ってたよね? なんで同じものをって思ったけど、アハハ」
「同じものを買うのが特徴やなー。服7万円買ったこともあるよ」
「えっ。やっぱり散財ってあるんやなあ・・・」
「あるねえ。それに、激躁になって、ものすごいことになったことがあるよ」

わたしは、6・7年前の激躁のときの、狂気の世界のことを話した。
「診察室に入ったら、H先生が二人おるねん」
「えっ」
「これは何かのテストやなと思って、前に進んだら、右の壁にいきなりドアが現れて、そこから母親が入ってきて、びっくりしてん」
「へー・・・?」
「それから、母親が言ったことに激怒して、ガーっとわめき散らしたら、先生がなんか訊いてきて答えたけど、自分でも辻褄が合ってないって思った」
「ふーん・・・?」
「そしたら先生が怖い顔して、”○○さん(わたし)、入院しますか!”って言うねん。わたしが”しません!”って言うたら、今度は”お母さん、どうします?”って訊いてきて、母親は”眠らせてくれたら、うちで面倒みます”って言うてん」
「うーん・・・」
「じつは、診察室の窓、割るつもりやってん。そのときはなんでか、その必要があると思っててん。あとで先生にそれ言うたら、”割られたら困ります”って言われた」

あのときは、薬が肌荒れの原因だと思って、勝手に断薬したんだよね。
やはり、精神障害のある人は、絶対薬をやめてはいけない・・・。
少なからず問題行動があると思うから、社会の迷惑になることだけは、絶対避けるように心がけないとね。

続いて、精神科では、毎度おなじみの自殺未遂の話。
患者歴17年のわたしが思うに、軽いうつ以外の精神疾患者は、一度は自殺未遂の未遂くらいはしているな。
「わたしは激躁のとき、助走をつけて13階から、華麗にクルクル回りながら、ジャンプしようと思ったことがあるよ」
「13階? そうやんなあ、中途半端な高さは、いちばんまずいよなあ」
「実際、それで身体障害者になった人、いるもんなあ」
「わたし、家の窓から下のぞいたことあるけど、ちょっと・・・」
「そやな、2階で死ねたらラッキーやで、アハハ」

ふつうの人が、顔をしかめるような話をしていると、わたしは楽になる。
誰かにいちばんしゃべりたいのは、病気のしんどい部分だもんな。・・・
あたまが狂っているってどんな感じだとか、元彼Sちゃん含むふつうの人は、わたしがいくら説明をしても、理解しない。
まーおぞましくて聞きたくないってところだろうな。
わたしもメガホンを当てて、耳元で叫ぶ気は、毛頭ないけど。

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障害者のパンとクッキー

kuki

知的障害者の方々の環境について、調べていたら(わたしは一つのことに取りかかると、何日間でもやっている)、「障害者のつくったパンやクッキーは食べられない」という人が、意外に多いことを知った。
ふーん・・・。
まーだいたいの人は、不衛生だと考えているんだろうな。
知的障害者と精神障害者は、汚い恰好をして、ヨダレを垂らしているものだと思っているもんね。
だからこそ、お洒落してヨダレを垂らしていないわたしは、「精神障害者だなんてウソだ」と批難されているんだもんね。

うちのデイケアでも、クッキーをつくっているけれど、見ていたら衛生面では問題ない。
ただ、大量生産に慣れた人たちにとっては、素人が手でこね回した生地っていうだけで、嫌な人もいるだろうな。
クッキーの型が悪くて、形が明瞭でないのもあるし・・・。
売り物にできるかというと、たぶん無理だろうな。

商品としては、企業がつくったものにかなう訳がないから、ちょっとでも食べてくれる人が増えるように、少し努力したらどうだろうと、わたしは思う。
最初から難しいことを言うけど、商品がパンやクッキーである必要があるのかな?
たぶん、「食べたくない」人の多くは、手で直に触られた商品だからじゃないかな。
そこは、「でも、美味しいんです」って言っても、耳を貸してもらえないだろう。
たとえば、なんでポテトチップスとかチョコレートじゃ駄目なの?
手でこねくり回した感がないから、抵抗が少なくなるんじゃないかと思うけど、現場的に、そんなのできないってことなんだろうか。
べつになんでもいいんだけれど、なにがなんでもパンとクッキーというのは、どうなんだろうか。

それと、デイケアのクッキーを見ていて思うのは、袋に芸がなさすぎなんだよね・・・。
透明なビニール袋に、かわいいシールを貼っているんだけれど、こういうラッピングって、売るためのお菓子に最適か?
お菓子売り場を見てみ。
みんな、たのしー! おいしー! 明るいー! ってものすごく主張してるぞ。
やっぱこういう商売っ気のあるものを、みんなは見慣れているわけで、なんだかパッとしない地味な障害者クッキーは、どうしても負ける。
せめて、プロの仕事をまねて、派手な袋にしたらどうだろうか。
中身ポテトチップスで、派手な袋で、激辛味とかじゃ、駄目なの?
商品づくりが、素人の自己満足で終わっていると消費者に判定されたら、すすーっと彼らは逃げていくと思うな。

さらに、ほんとうはここまでやらないと駄目だろうなと思う手口は、たとえば△△シェフに短時間来てもらって、「△△シェフ監修」と、袋に写真を張りつける方法。
とにかく、これは清潔だしプロが見ているんだ、と見た目にわかりやすくするのが目的。
まー実現はしないだろうけどね。
たぶん、これでもまだ何%かは「食べたくない」と言うだろうな。
そんな人に、「健常者のつくったものだって汚い」とか必死になって言って聞かせても無理だって。

なんだか偉そうなことを書いてしまったが、うちのデイケアのクッキーづくりを見ていて、なんで障害者ってクッキーばっかりつくってんだろうと思うんだよね。
ちなみに、わたしがやらないのは、あれは力仕事だとわかっているからである。
これは、わたしがスタッフに言ったら「またこの人、戯言を・・・」と思われるので言わないけれど、あれ、フォーチュンクッキーにしたらどうなのかな。
おみくじが出てきたらアタリで、もう一袋くれるとか、なんか遊びがないとお菓子ってつまんないんじゃないの?
できるかどうかはともかくとして、考えるのって大事じゃないかな。
たぶん何か仕掛けたら、「おや?」って見る人が、出てくるんじゃないかと思うんだけど。

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障害者のいる家

saku

昨日、ネットサーフィンしていたら、知的障害者をきょうだいに持つ人たちの、さまざまな言葉にぶつかった。
うーん・・・。
子どもに遺伝するかもしれない、親が死んだら誰が面倒を見るのか、結婚相手に恵まれない、うーん・・・、これは重い。
第三者が口をはさむ問題ではないな。

しかし、わたしも知っていたはずなのだが、知的障害者をきょうだいに持つ人たちが、結婚などで人より高いハードルを設けられることに、なぜ無関心でいられたのだろう。
テレビなどでも報道していない。
でも、考えたら昔からあった話のはずだ。
障害者は家のなかに隠して、外の人にはわからないようにする。
障害者がいる家とわかったら、婚姻関係を結ばない。

うーん・・・。
婚姻関係に関しては、現代もあまり変わっていないのかもな・・・。
だからと言って、わたしは社会に対して、「皆さん、それは差別です!」とは言えないな。
だって現実問題として、たとえば旦那の両親が死んで、奥さんが旦那の弟の面倒を見なきゃいけなくなったら、どうすんの・・・。
性的な対象にされて、奥さんが逃げていったというケースもある。
やっぱり、綺麗ごとじゃすまないよなあ・・・。

こんなことは、きょうだいに知的障害者を持つ人たちは、当たり前のように考えているだろう。
それを、大変だと思っているかどうかは、こっちでは決められない。
恋人のきょうだいに知的障害者がいて、親の反対で結婚できなかったとかいう話を聞くと、気の毒だなあと思うけれど、反対を押し切れない時点で、先行きは厳しかったかもなと思う。
子どもに遺伝するかもとか考えている人は、もっと駄目な感じがするな。
あくまでわたしという第三者の感じだけど、「皆さん、それは差別です!」という前に、このくらいは考えておきたい気がする。

おまけだが、わたしの友人だった故・Mのお母さんは、知的障害者だった。
「母親は、オヤジの言いなり」と冷たく言っていた。
わたしはちょっとひどいと思ったのだが、Mが事故で下半身不随になったとき、オヤジは出ていけと言い、母親はそれに従うのみだったという。
オヤジはもちろん人非人だが、母親は息子のことをどう思っていたんだろう。
無知ゆえの残酷さというか、言っちゃーなんだが、Mが可哀想すぎて、わたしは「あんまり知的レベルが低い人は、子どもを持たない方がいいのでは」と思ってしまった。
こういうことを書くと、優生保護法を持ち出してくる人がいるのかな。
わたしも人のことを言えないけれど、家族に障害者がいるということは、必ずしも楽ではないだろうと思う。

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会話してくれる人

catchball

わたしが家事手伝いを始めてから、両親といる時間がどうしても長くなって、ストレスが溜まるのである。
いちばんしんどいのは、会話。
父は、3年前に脳梗塞で倒れてから、ちょっと性格が変わって、言うことも間違っていたりする。
母は、それをあまり気にせず、アハハと笑いながら話をしているが、わたしはその時間が辛くて仕方がない。
三流スポーツ紙から取り入れた大袈裟な情報、どの俳優さんがなんとかかんとか。
わたしの興味の範囲外どころか、地球の裏側くらいに違うんだけど、これは年齢差のせいなのか。

元彼Sちゃんは、その空気抜きをしてくれるが、彼はあんまり人の言うことを、うんうん聞かない。
それでも、この人は正しいと思っていたから、黙って聞いていたけれど、先日わたしの治療に口をはさんで大チョンボをしたから、こっちも言うべきところは主張しないとなあと考え直した。
でも困ったことに、Sちゃんは自分が世界でいちばん正しいと思っているから、たぶんこれからも、わたしの言うことをはねのけて、話を聞かないだろうと思う。
正直、これって会話と呼べるんだろうか。
会話は、言葉のキャッチボールだと思うが、いまのところ、わたしはただの壁で、向こうが一方的にボールをぶつけてきているだけである。
つまるかつまらんかと訊かれれば、つまらん・・・。
それでもわたしにSちゃんが必要なのは、わたしが精神障害者でキチガイで、これまで全部の友人が離れていって、これからもどんどん失い続けるのがわかるからである。
まーそれなりの人間には、それなりの人間しか集まらないと考えて、あきらめるしかないんだろうな。
ちょっと自分が不遇である。

わたしが会話したいのは、自分の意見を押しつけてくる人でも、「ふーん」しか言わない人でもなく、こっちが投げたボールを二段飛ばしで投げてくる人である。
キャッチボールも、絶対ここに飛んでくるってわかっていたら、つまらないもんね。
そういう意味では、Sちゃんは直球しか持っていないし、たまに投げてきたとしても、ここに来るなってわかるから、それまでにため息の一つくらいはつける。

デイケアで、話が面白い人を見つけるのは、難しいと考えている。
やはりみんな、重めの症状を持っているので、精神活動が低下しているみたいだ。
デイケアでの会話は、会話というよりは、小さく流れるピアノのBGMくらいの感じ。
わたしがそこでスラングだらけのラップを始めたら、みんなすごく迷惑すると思うので、やっぱりおとなしくしているしかない・・・。

いまのところは、変な話だけれど、自分と自分で会話している。
あたまがムズムズする・・・。
それにしても、この状態はしんどいな。
哲学者みたいに、なにか生み出されるものがあれば、いいんだけどね・・・。

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精神科医とのお付き合い

moyamoya

元彼Sちゃんが、わたしの治療に口をはさんだことで、わたしはまだモヤモヤしていた。
だいたいプロの仕事に、素人が意見すること自体、無礼だよな・・・。
そんなことがわからないSちゃんじゃないはずなのに。
医者はとりわけプライドが高いから、H主治医、相当あたまに来たぞ。

まーもとはといえば、わたしが判断力を失っていて、人が言うことを、完璧に受け入れてしまったことが問題なわけだけど。
はーーっと、わたしはため息をついた。
Sちゃん、精神障害者のことを勘違いしているだけじゃなく、精神科の診察というものに対しても、勘違いしているんじゃないかな・・・。

確かに一見、わたしとH先生は、仲良しなのである。
「男の人へのメールには、ハートマークを入れるといいんですよー」「見せてみ(ニヤ―)」「どうぞ」「なんやこれ! しょーもない!」
とかまあ言っているが、これは立派な診察で、なんでかというと、躁うつ病の女性患者は、躁になるとメールにハートを入れたりするのだ。
だから、タダのおしゃべりしているようでも、H先生は無駄なことをしているわけではないし、患者とじゃれ合っているわけでもない。
でもたぶん、これを傍で見ている人からすれば、精神科の診察って楽よねー、なにもしてないじゃん、っていう話になるんだろうなと思う。

わたしはそんな、表向きのところだけを、Sちゃんに話してきた。
「H先生、キティちゃんが好きで、キティちゃんグッズだらけやねん。白衣にもキティちゃん、日焼け止めもキティちゃん」
「お腹が出たって言うたら、見せてみって言われて、おおこれはってポンポンされた」
「H先生は、わたしの過去の恋人を全部知ってるよ。いちいちアドバイスくれるよ」

こういうことを聞かされたら、やっぱり誤解するか。
そのこころは、患者とのふれあいだったり、肥満恐怖症の患者の診察だったり、躁女性の性的逸脱の有無など、医学的に意味のあることをしているはずなんだが。
プロに口をはさむSちゃんは、確かに傲慢だが、ほかの世間の人々も、なんか勘違いしている人がいるのかな。
適当にうつ患者(精神疾患=うつと思っている人が多い)と話をして、しんどそうだったら薬を出して、ましそうだったら薬を減らして、とか??
もしかしたら、精神障害者と同じように、精神科医も偏見の目に晒されているのかな。
確かに、聴診器を持っていないし、検査するわけでもないし。
なんか、誰でもできるように、勘違いされているのでは・・・。

だとしたら、絶対間違っているぞ!
あれは、長年の経験がないと診れない診療科目だよ。
わたしなんか、若い精神科医にかかる気は絶対ないもんね。
いま飲んでいる薬の組み合わせだって、教科書どおりだったら出ないよ。
そういう意味で、わたしはH先生を頼りにしているの。
おしゃべりが楽しいからでは、断じてない。

Sちゃんは頑固だから、またわたしがこの話を蒸し返すと、「いやそうじゃなくて」と、精神科に対する持論を、長々とわたしに語るんだろうな。
正直、めげる。
やっぱさー、病人に対する偏見って、後ろ指を指すことだけじゃなくて、自分で勝手につくったイメージを、その人に押しつけて、しかもその人の言うことを聞かないっていうことも含めてだと思うよ。
多いんだよね、このパターン。
「知り合いにもうつ病患者がいて、一時は大変そうやったけど、いまは治ってるよ」
わたしがうつ病じゃないって言っても、この手はまずわたしの言っていることを聞かない。
たぶんこういう人は、自分に理解不能なことはシャットアウトして、自分の情報以外を受けつけないんだろうな、って思っているけどね。

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社会復帰へのステップ

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昨日は、元彼Sちゃんに「(デイケアについて)Hドクターに、言われたとおり話をしたよ」と報告した。

「で?」
「素人やな、って言ってたよ」
「そりゃ、俺は素人だよ。当たり前でしょ」
「だから、ドクターに逆らったら駄目なんだって」
「でも、俺はゆみの様子を見て、そう言ってるわけだから」
「だからさー、精神障害者の社会復帰って、1年そこらのブランクならまだしも、10年以上も病んでる場合、医者を頂点とした専門家集団の力が必要なんだって」
「だけど、そこはね・・・」
「つまり、素人は口出すなってこと。意味わかるよね」

専門知識の塊の医者が、これでいいって言ってるんだから、もうそれ以上、口を出すのはやり過ぎだよね。
いつも正しいことを言うSちゃんだけど、今回ばかりは大チョンボだな。
「見た目、どこも悪くないじゃない。なんで働かないの? あなたなら、やればできるはず」って言葉、もう勘弁してくださいってくらい、聞かされてきたんだけど、今回のSちゃんも、たぶんそれなんだな。
この人は結構、精神病のことを理解していると思っていたが、やっぱり完全とはいかないよね。
まー仕方ない・・・、母によると、こういった病気を理解できるのは、一緒に住んでいる人だけだと断定している。
それを信じると、たぶん99%の人が、こころのなかで、「この人、サボってるだけ」と思っているんだろうな。
健常者と接するということは、自分の素性を明かすということだから、その度にわたしは、「仕事もせずに親に甘えている人」認定を受けるということだな。
なかなか、誇りを傷つけられるね・・・。
健康だったときの、成功イメージがあるだけに、屈辱ともいえる感覚だけど、そこを嘆いても仕方ない。

「デイケアって、遊んでるわけじゃないねん。れっきとした治療で、職場についたときを想定して、決まった時間に来て、プログラムをこなして、決まった時間に帰るってことをしてるねん」
「・・・」
「わたしはいつも人間関係のトラブルを起こして、半年以上続いたことがないねん。健康なときは、そんなことなかったで? だから、目標をつくるとすれば、半年以上続けるってことかな」
「・・・」

あら、なんだか無口になっちゃったよ・・・。
何を考えているのか、わからん。
ついでにデイケアの上にある、作業所のことも説明しておいた。

「作業所はAとBがあって、Aは最低賃金――、」
「最低賃金っていうのは・・・、」
「Bは、時給60円」(だいたい)

たぶん、Sちゃんに最低賃金のことを話させたら、またこれ独自の知識を展開して、「最低賃金でもがんばるべきだ」と言ってくる気がした。
だから最低賃金どころか、その下に、タダ働きの奴隷の世界があることを、先に言ったのだ。

「正確には、工賃っていうんだけどね。交通費を入れたら、足が出るよ。いままで社会に出たことがなくて、働き方とか人間関係を学びたい人にとっては、プラスがあると思うけど、そうじゃない人にとっては、地獄でしょ。そんなの、何年もできるかっての。働く喜びがなんとか言うなら、お金を出せよっていう感じ。仕組みはわかるけど、システムを変えないとどうにもならんよ」

さすがのSちゃんも、60円は知らなかったらしく、「言ってることは正論だね」と言った。
わたしは続いて、ちょっと愚痴をこぼしてしまった。
「わたしの価値って、60円に下がってしまったのかなあ。昔は稼いでたのに、いまは60円。まーあれは労働じゃないんだけどね・・・」

こういうことを、ふつうの人は知らないからな。
工賃60円の仕事でもまだ早いって言われているのに、それでもみんな、「なんで仕事しないの?」。
これから先の歩む道の長さを思うと、気が遠くなる。
障害者をあまり、追い詰めないでくれって思うこともあるな。

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精神障害者のレベル

ken

今日の診察で、H主治医に「どうですか?」と訊かれ、わたしは「混乱してます」と言った。
じつは昨日の夕方、元彼Sちゃんに、「デイケアが自分のレベルに合っていないことを、先生に伝えるべき」と言われたことを母に話すと、いつもSちゃんに賛同する彼女が、今回は真向対立したのである。
「その人は絶対誤解してるわ! 作業所とかは、少なくともあと2・3年先で、調子がよくなってからじゃないと!」
それで、わたしの混乱が始まったのである。

H先生にはまず、Sちゃんが言ったことを話した。
「これは言葉どおりですよ? 彼によるとわたしは、デイケアのレベルが自分に合っていないことを、先生に伝えるべきだそうです。水が下に流れるように、気持ちも下に流れる。10″5で走れる人間も二通りいて、10″5の人たちとばかり走りたい人と、10″0の人と走って追いつくように練習する人がいる、あなたはそっちでしょ、だからもっと目標を持ちなさい、という話でした」

H先生は、珍しく考え込んでいた。
そういえば先生は、超あたまがいいが、たとえ話が苦手なんだった。
わたしが、お見合いパーティ=回転寿司の話をしたときも、「お見合いパーティを回転寿司に例えられても」とつぶやいていた。
もっと、どこが痛いとか不快だとか、直球がいちばんいいんだろうな。

「昨日は、○○さん(わたし)がデイケアに復帰した、とミーティングで言ってたんですよ」とH先生は、諭すように口を開いた。
「はあ」
「レベルが低いって言っても、職場でも必ず、そういう人がいるわけでしょ。どうせどこに行っても、一緒にやっていかなきゃいけないわけだから」
「そうですよね」
「レベル、レベルって、どういう・・・・・・」
「生活とか症状とか経済面とかですかね? 母にこのことを話したら、”その人は絶対わかってない”ということでした」
「(つまり)素人やな」

H先生により、Sちゃんはバッサリ切られた。
そうだよね。医師にかなうものはないよ。

わたしは、精神障害者が置かれている環境について考えた。
外に出られない人、デイケアに行ける人、作業所に行ける人、一般企業に行ける人、これがレベルってもんじゃないかな。
それでいくとわたしは、やっとデイケアに行ける人で、Sちゃんが見るほど、状態のいい精神障害者じゃないと思う。
デイケアのスタッフは、わたしがようやく「行きます」と連絡したとき、すごい大声で喜んでいたらしく、それを聞くだけでも、精神障害者の社会復帰を後押ししてくれるスタッフの方々の気持ちを感じることができる。
社会が、精神障害者が家にこもらないように、いろいろ手配してくれているんだな。
こう言っちゃなんだけど、その中身を知らない人が、外から「あなたは作業所へ行けるはず」とか決めるのは、やっぱりおかしな話かなと思う。

Sちゃんの悪口になってしまったが、わたしもどうも近頃、自分の判断力が鈍っていて、自分で自分のことが決められないという、困った事態になっている。
毎回、Sちゃんと母の言うことばかりを聞いていては、主体性ってものがなくなるな。
しかし、自分で決めると必ず間違った方向に行くというのは、悩ましい事実だ。
早く戻ってこないかな、自分のまともな判断力。
このままじゃ、ほんとうに心細いよ。

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デイケアと作業所

sagyou

昨日、元彼Sちゃんに、久しぶりにデイケアに行った話をしたのだが、わたしはどうしても「みんなと会えてよかった」ではなく、「みんなを見ると、そこに自分が心配していた(悲惨な)将来があった」と言わざるを得なかった。
Sちゃんは、ふーんと考えて、「それ、Hドクターに言った方がいいよ」と言う。

「なんで??」
「あのね、水は下に向かって流れていくもんなの。気持ちも下に向かって流れていくの」
「ふーん」
「だから、いまのデイケアが、自分のレベルじゃないっていうことを言わないと。このままだと、これでいいって話になっちゃうでしょ。必ず、ドクターには言わないと駄目よー」
「でもわたし、行くところないよ?」
「だから、人間には二つの種類があるんだって。ゆみは陸上やってたでしょ? 仮に10″5が自己ベストだとして、10″5の人間とだけ走っていたい人と、10″0の人間に追いつこうとして練習する人間とがいるんだよ。 ゆみはそっちでしょ」
「そりゃそうでしょ、同じタイムの人だけって、遊びじゃん」
「10″0の人間に勝ってやろうとかね、そういう目標が必要なのよー。だから、H先生に言いなさいって」

Sちゃんは酔っ払っていたので、なんだか文脈が滅茶苦茶だが、いつもこの人の言うことは、大筋で間違っていない。
要するに、このままでいくと、気持ちが下向きなまま生活している人たちと、同じレベルになってしまうよということだろうか。
確かに、わたしという人間は、なんらかの目標をつくって、それに向かって練習する傾向がある。
でも、昔の自分といまの自分は、まったく別人だからな・・・。
昔は努力すればするほど、そのぶんだけ見返りがあったけど、いまは逆で、努力すると入院沙汰になったりする。
もう、自分で自分が信用できないんだよね。
どこまでなら自分はやれるのか、さっぱりわからない。

とりあえず、Sちゃんの言うとおり、H主治医にこのことを伝えたら、なんと言われるか想像してみた。
んー・・・、あの人はこれまたあたまの回転が超高速なので、どう言ってくるかわからないが、ふつうに考えると、「じゃ、作業所にしてみますか」かな・・・。
でも作業所って、あんまり知らないけど、単純作業の繰り返しだと思うんだよな・・・。
わたしはそういうの、大嫌いだ。
わがままを言えた義理じゃないけれど、いままでやってきた職種は、ほぼ全部、接客業ばかり。
どっかにこもって延々袋詰め、賃金1日数百円・・・、これはきつすぎだろ・・・。
そういうのがいいって言う人もいるけれど、わたしは絶対そっちじゃない。

明日が診察日だけど、結局、Sちゃんの話を伝書バトして、お話を伺うってことになるかな。
ただでさえ、薬の拒否をする厄介な患者なので、「作業所はイヤ」なんて言ったら、逆鱗に触れるだろうな。
でも素直に、一度作業所に行ってみて、どんなところなのか見てみるだけでも、した方がいいのかな。
作業所とはいえ、たぶん毎日通わなきゃいけないから、いまのわたしにとっては、キツイだろうけどな・・・。

なんだか、あたまのなかに、一匹のミミズがウヨウヨしていて、むずかゆい感じである。
どうも、考えがまとまらない。
まー精神科医には、まとまっていない自分を診せるのもアリだけどね。
あたまのいいH主治医なら、結論を即決してくれるだろう。

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お菓子とテレビ

okashi

先日、デイケアに久しぶりに行ったとき、スタッフの一人から、「ちょっとお話を聞かせてください」と言われた。

「だいぶ痩せましたよね。ちゃんとごはん食べられてます?」
「食べてるんですけど。間食しないし、お酒やめましたから、なかなか体重が増えないですね」
「あっそうか、甘いものが苦手なんですよね。スナックとかは」
「食べないんですよ」
「えっ? 全然?」
「つき合いなら食べるんですよ。お酒と一緒で、つき合いなら飲むけど、家では飲まないって感じです」
「なるほどぉ・・・。好きで食べてるわけじゃないってことですね。えっとー。生活の方はどうされてますか?」
「母の家事手伝いをしてたら、なんかストレスが溜まるんですよ。母はテレビを見るんですけど、わたしはテレビ嫌いなんです」
「えーっ、テレビが嫌い? ドラマとかも見ないんですか?」
「見ないです」
「えーー、そうなんですか?!」
「はい」
「○○さん(わたし)って、面白いですねえー」
「(??)アハハ」
「アハハ(??)」

という具合に、若い女性スタッフから、ヘンな中年女認定されたのだった。
お菓子を食べないのも、テレビを見ないのも、幼い頃からなんだけど。
でも、想像してみたら、お菓子を食べない、テレビを見ない子どもって、不気味だな。
何を考えているのかわからない感じ?
実際、わたしたち双子は、二人が編み出した独自の造語をしゃべったりしていた。
「?」が「ぽよ」で、「!」が「ポン」なの。
わかんないよね。

お菓子については、ポテトチップスを一人で一袋、平らげるものだとは、大人になるまで知らなかった。
もちろん、自分一人で空けたことはない・・・。
あんこはとりわけ大嫌いで、羊羹とか大福とかが職場で出てきたら、ひたすら咀嚼して飲みこむという作業だった。
飴の存在価値もいまいちわからない。
ガムなんてもっとわからない・・・、あれはお菓子か?
両親が、板チョコをガリガリかじっているが、あれはああいうふうにして、食べるもんなのか?
菓子パンは食べるので、甘いものが全然苦手というわけじゃないけれど、お菓子については、無知同然と言っていいと思う。

テレビは、小学生の頃から見ていない。
いまのわたしにとって、テレビは一言で言うと「邪魔」である。
音がうるさいし、目がどうしても動くものを捉えるので、見たくもないものを見てしまう。
それに、身も蓋もないけれど、テレビの中って、結局ハリボテの前で、人がなんかやってるだけじゃん(ひどい)。
裏側に回ったら、殺風景な世界が広がっていて、まさに虚栄っていうかさー。
まーみんな、そこを見るんじゃない、って言うと思うけど、テレビから流れている情報を、受け取るだけの側に立たされるというところも、わたしにとってはしんどい。

今日は、お菓子とテレビについて、考察してみたが、それにしても、こんなことを考えているわたしは、ほんとうに暇だな。
お菓子は、自分で食べなきゃいい話だけれど、家事手伝いに伴う、テレビ被ばくをなんとかしなきゃいけないな。
なるべく自室にこもるしかないわけだけど・・・。
こっそり言うと、そういう意味では、一人暮らしが気楽だなと思う。

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勘違いのかずかず

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先日、田舎から贈り物が届けられたのだが、そのなかにジェリー状の栄養補給剤があった。
それでわたしは、これは(ガンの)父親の病状について、だいぶ勘違いされているなと思った。

「ママさん、あれさー、父親がもう固形物を食べられへんくらいに思われてるよ」
「えーそう? なんで?」
「だって、見た瞬間わかるやん。あんなもん、ふつうに送ってくるわけないやろ」

あんた、考えてばかりやねえ、わたしはそんなん考えへんわ、と母はどうでもいいように言った。
でもこの人、電話でどういうふうに病状を話したのかなあ。
父親が、まだピンピンしていて、酒を飲んでごはんを食べたうえ、甘いものまで平らげているということを知ったら、先方は恐縮するだろうな。

サテ、そんなふうに、なんか人から勘違いして見られているっていうことが、誰でもよくあると思うのである。
わたしは脳の病気で、見かけがなんともないから、ふつうに「どこも悪くないのに、親に甘えているろくでなし」と評価されるが、そのほかで勘違いされたことって、あるかなあ・・・と考えてみる。
そういえば、美容院で「ちょっと、わたしはこんなにトシですか」って思ったことはあるな。
美容院っていうところは、待っているあいだに、その人の年齢や風貌に合った雑誌を持ってくる。
それが「女性自身」だの「レタスクラブ」だのばっかりだったら、完全に「この人、平凡な主婦」と思われていると考えていいと思う。

いま通っている美容院は、「CLASSY」、「関西ウォーカー」、「オレンジページ」を持ってくる。
ということは・・・、40~50歳の、なにしてるかわからん女だな。
そのうちの、わたしはファッション雑誌「CLASSY」を見ている。
カッコつけているんじゃなくて、たんに流行が気になって、でも高い雑誌は買う気になれないので、いわば美容院を、情報収集源にしているのだ。

さらに、美容院は服屋と違って、似合わないスタイルは、けっこうとことん似合わないと言ってくる。
「あなたは勘違いしているかもしれないけど、もうこんな歳だし、こっちの方が似合いますよ」と、遠回しに教えてくれる。
美容師は峻烈だけど、言うことを聞いた方が自分のためになる・・・。

対して、服屋はべつである。
服屋は、その人が手にとったものを、必ず「これお勧めですよ」と言い、べつの何かを持ってきて、抱き合わせで売ってきたりする。
でも、お姉さんは悪気じゃなくて、たんにこの組み合わせがカワイイから、誰にでもいいから買ってほしいと思っているだけである。
若い服を勧められたからって、自分が若いと思ったら勘違いである。
やっぱり最後の判断は、自分自身である。

その他、ホストクラブ・・・。
いまはトシを取ったから関係ないけど、大阪のひっかけ橋は昔ホストだらけで、超早歩きしないとややこしいことになる場所だった。
わたしは、ブランド物のバッグを持ったりしないし、どう見ても男に金をつぎ込むようには見えないはずなんだけどね!
そういうふうに見えたのなら、心外である。
いかにも軽くてチャラチャラした男と遊んで、面白いわけないじゃん! と思っていたけれど、向こうは向こうで営業で必死だったんだろうから、まあ当たって砕けろで大変だったんだろうけど。

あと、これは誰でも仕方ないのかもしれないけどさー・・・。
消費者金融のティッシュをもらうと、「わたしって、そんなにお金に困っているように見えるの?」と深読みしてしまうんだけど。
あれって、すごくお金持ちそうな人にでも配っているのかなあ。
まさか、選んではいないだろうけど、もらって嬉しいものじゃないな。
思わず、自分の恰好を見つめ直してしまう。
考えすぎかもしれないけど。

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デイケアと障害者仲間

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今日は病院のデイケアに、久しぶりに行ってきた。
ほとんどが知っている人だったが、なかには知らない人もいた。
とりあえず、知っている人の中に入って、話しかける。

「久しぶりやね」と言ってくれて、あとはふつうに会話。
まえにデイケアにいたYさん(50?♀)が、いまはヘルパーの勉強をしているという話を聞く。

「10万円もらってるんやって」
「ほんとう・・・、あの人、家でも介護やのに、しんどいやろうなあ・・・」
「・・勉強って、経済的な理由でってこと?」←わたし。
「うーん・・・。親、車椅子やって言うてたし・・・」

なんか、わたしが少し前に考えていたとおりの現実が、すぐそばにあった。
精神疾患のために日常がおぼつかず、親の手を借りていたのが、今度は親の面倒をみなければならないという現実。
体調の悪いときなんか、すごく大変になるだろうな・・・。
しかも、いままで働いたことのない人が、いきなり介護と仕事なんて、かなりキツイだろうな。

わたしは、学習障害のあるYさんが、それのせいかどうか知らないけど、動作も回転もトロいのを思い出した。
言っちゃー悪いけど、彼女、いじめられるんじゃないかな。
介護職って、ことさらテキパキ感が必要な気がするし。
健常者の間に入って、一人前に仕事するって、ほんとうに大変だと思うよ。
精神疾患者は、どうしても体調に波があるし、集中力もない。
Yさん、厳しい闘いになるだろうなー・・・、他人事じゃないので、ほんとに身がすくむ。

そのほかは、みんなに「痩せすぎ。太った方がいい」と異口同音に言われた。
スタッフの一人は、「あの・・・、もうちょっとここらへん(頬)がこうなった方が、・・・いや、これ以上言うとセクハラになるからね」と言って消えていった。
家でも、母に「痩せて老けた」と言われているので、たぶんみんなも老けたと思っているんだろう。
いま、体重は41kgである。
増やすといっても・・・、間食はしないし、酒は飲まなくなったし、腹12分目も食べるかというとねえ?
ダイエットしていたときは、100gが減らない! と思っていたが、減り過ぎてしまうと、1kgもそんなに増えない。
たぶん、このところ考え事ばかりしていたから、食べ物が身につかなかったのかもな。
考え事せずに、食事を楽しめるようになったら、自然と体重が増える気がするな。

そんなわけで、久々のデイケアで、いろんな話をして、ちょっと疲れた。
でも、この疲労感に慣れていかないとね。
理想的には、一週間のうち5日間は、他人のあいだで一定時間いられるようになることかな。

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空き家問題と実家

akiya

昨日は、3日ぶりくらいで、元彼Sちゃんとスカイプで話した。
Sちゃんの町内会の話をして、最近、先祖代々の家の名字が変わってきててね、とかいう話をしているうちに、いつしか会話は、昨今の空き家問題に辿り着いた。

「ゆみのところの家だったら、たぶん、土地だけで□□□万にもならないだろうな」
「えっ」
「だって、そうでしょー。土地だけにしてたら、固定資産税がバカ高くなるのよ。だからみんな、空き家にしてるんでしょ」
「それはわかるけど、不動産屋に行って、これ売ってくれって言うだけじゃ駄目なん?」
「土地だけじゃね。家屋は乗っけておかないと」
「つまり、廃屋になる前に売れってこと?」
「人は住んでいた方がいいだろうねー」

なんだか、Sちゃんの言いたいことがよくわからなかった。
つまり、家屋の価値が0円になった家・土地は、売れないっていうこと?
わたしの聞き間違いかもしれないけれど、Sちゃんからわたしが受け取ったメッセージは、「ゆみの家は、家屋が廃屋にならないうちに売った方がいいよ」だった。

わたしは、あたまがぼーっとした。
そんなことを言われても、わたしには不動産の売買とか、手続きがわからない。
すぐにっていう話じゃないけれど、いつかそんな煩雑なことをしなきゃならないのか・・・。
そのこころを見透かしたかのように、Sちゃんが言った。

「ゆみにはできないでしょー。俺が半分やってやるよ」
えっ、ほんと?
というか、そんなに未来まで、一緒にいてくれるの?
「ただし、あとの半分は、ゆみがやるんだぞ」
「うん、そうだね。Sちゃん、死ぬかもしれないし、一応自分でできるようになっていないとね」

わたしは、Sちゃんという頼れる人が、ずっと側にいてくれると確認して、ほっとした。
わたしの構想は、80歳くらいになっても、Sちゃんとスカイプで話をしているというものである。
そのとき、要介護の母がいるかもしれないし、一人かもしれない。
でも、どんなときも、つかず離れずで見守ってくれる人がいるとしたら、ほんとうに心強いし、温かい気持ちになれると思う。

わたしは、最後に「また、ラインしてもいいかな?」と言ったら、Sちゃんは「昼間でもいいよ。返事が何時間後になるかはわからないけど」と言った。
Sちゃんも言ってたけど、わたしってほんとうに子どもだなあ。
すぐに迷うし、心細くなるんだよね。
こんなわたしが、一人前になるのは、いつなんだろうなと思う。

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思い出収集家

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サテ、わたしは人生の柱として、仕事と恋愛を立てていたのだと、思い出したのだが、それを母に話してみると(なんでも言うな)、「男を追いかけるなんて、そんなことを考えていたの」と恥ずかしいことを言うのである。

男を追いかけるって! 昔の人はそういう感覚なのか。
まあ母なんかは・・・、父と出会って、その人一筋だからな。
たぶん、デートなんかほとんどしていないよ。

でもわたしは、小さい頃から、とにかくたくさんの恋愛をして、それらの思い出を箱に入れて綺麗にラッピングし、しまっておいて、82歳になってから公園で日なたぼっこをしつつ、一つ一つ取り出して懐かしむ、という人生の最終目標を持っていたのだ。
彼氏と一緒にいるときの笑顔、仕草、空、海、ビル、音楽、いろんな一瞬が脳裏に焼きつけられ、それらは眩しかったりグレーだったり暗闇だったりするけれど、いま取り出しても、ああ、懐かしいな・・・と思う。
思えばわたしは、少女時代、少女漫画を熱烈に読む人だったんだよね。
それで、恋愛に対して、夢を抱いたのかなあ。

そんで、我を取り戻すと、そこに元彼Sちゃんがいる。
この人はちょっと前、「一回ふられたから、距離を置いてんだよ」と言った。

「だから、ラインも毎日してないでしょ」
「あっ、いま話つくったやろ! ラインが少なくなったのは、11月やろ! ふったのなんか、だいぶ前やんか!!」
「あっ、違う、違う。腰! 腰が痛かったから」
「11月に何を話してたかと言うと・・・」
「腰が痛かったの!」

彼は距離を置いている理由をごまかした。
でも、ラインが減った時期は、ちょうどわたしが将来の心配を始めた頃だ。
まー思うに・・・、恋人ほどの密接な関わりはできないけれど、ちょっと飲み食いするぶんには、ちょうどいい相手って感じなのかな。
恋人席に座っているのが、そういう気持ちの人だなんて、淋しいな・・・。

ただ、Sちゃんは将来的にも外せない。
いまだって、すごくよくしてくれている。
食事に連れていってくれたり、ためになる話をしてくれたり、とにかく頼りになる。
こういう人がいてくれるだけで、ありがたいと思うべきなのかなあ。
身を切るような、恋の駆け引きから手を引いて、おっとりした中年女性として生きるべきなのかなあ。

H主治医がことあるごとに、「あなたもいい歳なんですから」って言うんだよね。
わかっているけど、べつに自分からあきらめなくてもいいじゃん・・・とも思う。
まだまだお洒落したいし、テーマパークにも行きたいし、カフェでカッコつけて足を組みたいわよ。
でもなあ・・・、やっぱり新しい出会いって、もう難しいだろうな。
反対の人もいるだろうけど、わたしは昔に比べて、ストライクゾーンが狭くなっている。
長く生きているだけに、自分なりのスタイルが決まっていて、それをすり合わせるのは困難だと思う。

結局、わたしはH主治医の言うところの愛の狩人(古い!)をやめるんだろうなという予感がする。
82歳までに持っていくのは、これまで溜めたラッピングまで。
今後は、「Sちゃん」とラベリングされた箱の体積が増えていくのかな。
まーこんなことを言っていても、2、3年先がわかんないのがわたしだけどね。
いままでの恋愛も、全部そうだったんだから。

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仕事と恋愛

hinamatsuri

お風呂に入りながら、また考え事をしていて、ふと、「この、自分が自分じゃない感じ、悲観的な未来に怯えている自分は、いったいなんなんだろう」と思った。
まえは、なにを糧に生きていたんだっけ。
それも、ごく最近まで。

わたしは、恋愛か・・・? と思いついた。
そういえば、わたしは小さい頃、「40歳・50歳の自分はなにをしてるかな。一人の人と結婚してるなんて、絶対嫌だな。恋愛は一生続けるんだ。老人になっても、恋人つくってる作家とかいるよね。それで、しっかりした仕事をするんだ」と、ハッキリ文章で書けるくらい明確に考えていた。
その自分が病気になって、「しっかりした仕事」ができなくなってしまった。
人生の主軸の1本を折られて、いま残っているのはあと1本なのである。

母の介護問題を突きつけられ、あと一本の自分の生きる糧がなくなりそうになって、それで絶望してんのかな・・・、とわたしは思いついた。
確かにわたしは、H主治医が言うところの「愛の狩人」で(古い・・・)、次から次へと恋人を変えてきた過去がある。
性格が悪いので、どれも長続きしない、そして1年くらいでまた、新しい彼氏を見つける。
そういう人生をいままで送ってきたから、急にやめて、なにを自己実現にしたらいいのか、わからないのである。

やっぱり、恋愛し続けないと、わたしは生きている意味を感じなくなるんだよねー・・・。
だけど、いまは元彼Sちゃんがいる。
これは動かせない。
Sちゃんは、知識も社会的常識も高いレベルで、包容力があって、なにより私の病気をとても理解してくれていて、こんな人は後々現れないだろうという思いがある。
いまは恋人というよりも牧歌的な関係になっているけれど、「大切な人」には間違いないんだよね。
じゃあ、どうするか・・・。

わたしは、「疑似恋愛すればいいんじゃないの」と考えた。
つまり、水商売、だ。
わたしはチャラチャラと着飾るのが好きで、おしゃべりも好きで、お酒はやめたけど、なんか適職なんだよね。
ところが、わたしがバイトしていた店が、先日つぶれてしまった。
なんだかいま、地元のスナックってやつが、なくなってきているんだよね。
退職した60代の男性って、そこらへんの居酒屋で飲んでるのかな。

そしてわたしは湯の中で虚空を見つめながら、どっか、熟女を必要としている水商売はないのかなー・・・、と考えた。
んー・・・。やっぱり、昨日も考察したけど、熟女好きな性的マイノリティーが集まる店しか、需要がないかもな。
でも、そんなのあったとしても、うちの近所じゃないし、女を発揮できる場所って、どこにあるんだろうな・・・。

そんで、まあとにかく、とわたしは考えを切り替えた。
「来週、病院のデイケアに行こう。とりあえず、そこには人がいる。デイケアにいる男は対人恐怖症が多くて、さっぱり話にならないけど、女に対してはファッションを見てもらうことで、自己満足できちゃうもんね(←女性は女性と張り合うために、お洒落するのだ。)」
そう考えて、わたしは昨日の考察を終えた。
そっかー。わたしの人生の主軸って、仕事と恋愛だったんだよ。
なんで忘れていたかなあ。

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ミラーボールくるくる

miraboru

昨日も、考えが次々と湧いてきて、脳みそが疲れて仕方なかった。
母は、「考えが飛躍しすぎていて、異常だ」と言う。
やっぱり軽躁状態なんだろうな・・・。困ったな。

AI(人工知能)に対する考察は終わったはずなのだが、今度はまた、「じゃあ近未来は、どういう仕事が生き残れるだろう」と疑問を持ってしまった。
ああ、止まらない。誰か止めて!!

わたしは、「80年代バブルの世代を、商売人が見逃すはずがない」と思った。
80年代バブルの世代は、大抵そこそこのお金を持っていて、若いときに狂乱ともいえる贅沢な日々を体験した人たちである。
これらの人々のニーズは・・・・・・、ミラーボール・・・、成金ぽいインテリア・・・、80年代の曲・・・、ボディコン女・・・、カクテル、みたいなところか?
だとすれば、店はどういうサービスをして儲けるんだ。

わたしは、ブツブツ考えを整理しながら、物思いにふけった。(←ちょっと異常。)
そして、「商売ってもんは、まず女を呼んで、次に男を引き寄せるんだよ」と、記憶の奥から引っ張り出した。
ディスコをやるんだったら、店に美男子の黒服を置いたら、バブルおばちゃん来るじゃん。
実際、ちょっとまえに「東京ジュリアナ」を再現した催しがTVで映し出されていて、おめかししたバブルおばちゃんがいっぱい踊っていた。
でも・・・、バブルおばちゃんに引き寄せられて、バブルおじちゃんが来るか?
・・・・・・・・・、いや、来ない・・・。女は若いのがいいに決まっている。
むしろ、バブルおばちゃんを呼ばずに、最初から若いキャバクラ嬢みたいなのを置いておけばいいのでは。
すると、あれだな、キャバクラとの差別化を図るために、女には裸同然のボディコンを着せて、パンツ見せながら、お立ち台で躍らせればいいんだよ。
そんで、あちこちにボディコンの女をはびこらせ、ミラーボールくるくるの中で、軽く踊ったり、高いカクテルをたくさん奢らせたりして、それでペイしないかな?
どっちにしろ、夜の酒場に、バブルおばちゃんの出番はないな。
客としてでも、女は酒をあんまり飲まないし、金にならないから、ホストクラブに替わるものは出ないかなー。

そこで、考察はひとまず終わったと思ったのだが、そのうち、またべつの考えが浮かんできてしまった!
悪夢である・・・。
「熟女バーは存在し得るか?」がテーマである。

熟女バー・・・、まずどんな人がターゲットになるのだろう。
これは、世代を超えたさまざまな男たち、要するに「熟女が好き」という性的マイノリティーな人たちかな?
すると、SMクラブみたいなもんか。
でも、それほど激しいサービスではないので、まー値段設定はふつうのスナック程度か。
髪を縦ロールにした40~50代のおばさまが、ニッコリ笑って、20・30代の若い男を優しくお母さんのように元気づけ、熟女が好きな世代を超えた性的マイノリティーとはちょっとエッチな話を交わして、ムフフな気分も味わえる・・・という感じ?
しかし、マイノリティーはしょせんマイノリティーだから、やっぱ商売として成り立つのは、難しいか。
いかに固定客を獲得するかかな。都会でないと駄目だな。

じつは、このほかにも、どういうインテリアにすべきかとか、こんな商売もあるなとか、いろいろ考えたのだが、書ききれない。
もしかしたら、これを読んでいる人で、「この人、躁になっちゃってるよ・・・」って思っている方がいるかもしれない。
「次々と考えが浮かぶ」というのは、躁の症状の一つである。
でも、ほんとうに躁なら、自覚しないはずだと思うんだけど、よくわからないから、早く診察日が来ないかなと思う。

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