LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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アルコールとの決別とか

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やっと、元彼Sちゃんが、6月にどっか行こう、と言ってくれた。
嬉しい!
今度は、緑の公園か新世界の串カツか、天候で決めようということになった。

「ゆみは、酒飲まれへんもんな・・・」
「飲むよ。飲もうと思ったら」
「いや、やったらあかんと思うで」
「うーん、そやなあ・・・、急に飲まれへんようになったとき、身体がワナワナ震えだして、死ぬほど苦しくて、あれ2日続いたら自殺しようって感じやったからな」
「薬とアルコールと体調悪化の相互作用で、本能が受けつけなくなったんでしょ。飲んだら、また同じことが起きる可能性が高い気がするよ」
「えーー!! じゃ、飲めないよ!!」
「飲まなくていいよ」

そういうわけで、串カツ屋へ行っても、わたしはウーロン茶を飲むことになった。
じつは、アルコールに対しては、あれだけ飲みまくっていたのに、もう関心がなくて、Sちゃんからは、「ほんとは好きじゃなかったんだよ」と言われている。
そうかあ? ・・・でも確かに、体調が悪くなったからといって、あっさりやめてしまうのは、やっぱり酒好きとは言えないかもしれない。

それから、今後、母とマンションに移る可能性が高いことを話した。
「だから数年後は、Sちゃん、マンションに来れなくなるよ」
「べつに俺は、マンションにこだわってないよ! そんなの、どうにでもなるよ」

あら・・・。今後もお付き合いしてくださるってこと?
はっきり言って、Sちゃんがいなくなったら、わたしは友だちが一人もいなくなって、社会的立場がわからなくなる。
Sちゃん、いつまでもいてくれるといいな。
ラインしたことに、「しんどいときに、すいません」と言ったら、「それは気にするな!」を4回くらい言っていた。
これは本音だな。うん、まー向こうから連絡が来ないのはなんでだろうと思うけど、こっちから連絡するのはOKと捉えておこう。

それにしても、Sちゃんはしきりにわたしにボランティアを勧めていて、自分も有給をとって、スクールガードをやろうかなと言っている。
それやったら、尊敬するわー。
立派な人は、とことん立派な考えを持つものなのね。
ほんとに、わたしも一人でいることに自分の価値を見出せなくなったら、ボランティアに行こうかな。
毎日1時間くらい。悪くないなと思う。



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母とマンション住まい?

tabale

さて、いろいろ調べたところ、マンションの耐久年数は、管理状態によりまったく違うということがわかり、うちはかなりやっているので、まず大丈夫かと思った。

そんな話を母としていたら、母の老後の話になり、「いまの家はもう古いから、10年後くらいには、マンションに移動したいわねえ」ということになった。
それもそうよね・・・。
わたしの能力では、一軒家の維持はできないと言われているしね。

しかし、わたしのあたまに浮かぶのは、どうしても要介護になったときの母の姿なのである。
ヨロヨロ歩けるくらいはいいけど、立ち上がりができなくなったら?
自力でトイレに行けないということじゃないか。

わたしは、その次に、介護ベッドをどこに置くんだ? と思案した。
マンション住まいの人々は、こんな問題をどうやって解決しているんだろう。
マンションって一般に、そう広くないから、やっぱりいまあるベッドは捨てる、という方向になるんだろうか。
わからないことだらけ・・・。これは誰かに聞くしかないな。

母の方は、マンション住まいに憧れていて、生き生きしている。
そりゃ、駅前でスーパーがいっぱいあって(母の趣味は買い物)、病院が近いし、何でもそろっている。
わたしがマンションを買ったとき、両親ともども「これは、便利じゃ。(大分弁。)老後にピッタリじゃ」と言って、まるで自分のもののように話し合っていた。
どちらかが、入居することも視野に入れていたのかな・・・。
それから母は、リビングのテーブル椅子に座って、「あー。ここなら楽やわ」「住みたいなあ」と、ニコニコと言っていた。
かと思えば、実家で死にたいと言ったり、わけがわからなかったのだが、まー前者の方が強いのかもしれない。

いまのわたしは、母と楽しく生きていこう~というよりも、大丈夫なのか・・・、という不安でいっぱいである。
そもそも、わたしは日常生活をできないレベルの障害者だから、一人ならヘルパーを入れてなんとかなるにしても、二人は困難だと思う。
母親は、どうにもならなかったら、「施設に入れれば」と言うが、お金もないのに、そう簡単でもないだろうし。

老後の不安を抱えている人は、確か40%以上だったと思うが、ほんとに心配だ・・・。
やっぱり、このなかのほとんどは、介護・資金の問題なのかな。
元彼Sちゃんの安泰な老後が思い浮かぶ。
娘夫婦と孫2人と7LDKで、ワイワイ、「もうくたびれたよ」という贅沢な悩み。
人と比較しても仕方ないけど、なんとなく、生きていくのに疲れるわ。

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妄想にとりつかれる

moyamoya
はー。
どうやら軽躁状態がまだ続いているようで、昨日は一日中、また考えごとをしていた。
ふつうの人の考えごとと違うのは、意図せず、次から次へとテーマが浮かび、それについて真剣に考えてしまうところである。

従って、第三者から見れば、「この人、一日中ポカンとして、何してるの?」って感じだと思う。
ほんとに一生懸命考えているから、時間がすぐ経つよ。
とにかく、食事以外のときは、ずっと考えている。

昨日はなんだか社会的なことを考えていて、少子化の原因ってなんだろう・・・、とか、空き家問題って、たぶん少子化問題のときみたいに、具体的な策が出ないままズルズルいくんだろうな・・・、とか、子は宝で国力そのものなのに、それをおざなりにしたのは、国会議員その他中枢が、男ばっかりだからだよ・・・、とか、持論を展開していた。
ほんとうのことを調べようとしないのは、これはやっぱり病気で、ほんとうのことを知りたいからではないからだと思う。

それにしても、ちょっと悩ましいのは、「わたしって、人生の最後まで、安心して住むところがなくなるかも・・・」ということである。
マンションを買ったときは、実はマンションってものが、(平均?)寿命が50~60年で、生きている間に取り壊される可能性があるなんて、考えてもみなかった。
というか、誰もそんなこと、あまり考えていなかったんじゃないの?
家って、一生の買い物なのに、わたしが買ったときは、誰一人マンションの耐久年数のことなんて、話していなかった。

もし高齢になって、また二軒目の家を買うか、借家住まいしろって話なら、とんでもない国だよね。
オランダにいた人の話では、その国では、なにもかもが無茶苦茶ボロなんだけど、修理しまくって、丁寧に丁寧に使うんだということだった。
オランダ人から見れば、日本人は、なぜそんなに使えるものを、簡単につぶしてまた次つくるの? って感じじゃないのかな。
ここで「内需拡大」という言葉が、わたしのあたまに浮かぶ・・・。

国力が衰えると、外部からいろんなものが入ってくるんじゃないかと思うんだけど、それが外国人になるのかなあ。
戦争なき侵略というのか、日本国内で、あちこちで外国人や外国文化が拡大していき、ミックスが増え、日本国籍のパスポートを持っている人が減少、日本の象徴・天皇家の形は変わり、ペルー・フジモリ大統領みたいに、ナントカ系日本人が首相になっていたりして、いつの間にかあれ? ここ日本ですか? ・・・みたいになるかもしれないな。
そのとき、わたしは生きているんだろうか。

こういう妄想をしているのは、ふつうの人の妄想じゃなくて、たぶんほんとの病気の妄想。
これでも軽い方です。
ひどいと、妄想がどんどん雲のように膨れ上がって、収集がつかなくなる。
なんか、今日も一日、じっと座ってあれこれ妄想していそうです。





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300冊の本を整理

hondana

昨日は、母が「マンションの片づけをしよう」と言うので、面倒くさいなと思いながらも、ついていった。
じつは、去年の秋に、わたしは躁を起こして、「持ってる本、全部捨てる!」ととんでもないことを言って、600冊のうち半分くらいを捨ててしまったのだが、この度、生き残った300冊をどうにか回収して、本棚に戻した。

でもこうして見ると、偶然なのか、好きな本はそれなりに残っている・・・。
本棚は2つあるのだが、今回はあふれずに、ちゃんと収まる!
見ていて、気持ちのいい光景だ。
1つの本棚には、ふつーの本やマンガがあって、もう1つの本棚は、「ミナミの帝王」「ナニワ金融道」などの雑誌版、その裏には「美味しんぼ」約100巻が来る予定である。
「ミナミの帝王」「ナニワ金融道」が、わたしは好きなんだよねー。
まともな仕事をせず、カネ、カネと、邪道なアイデアを出して、借金したり、金儲けに目を血走らせている人を、どうしようもないな~と思いつつ、こういう人たちは生命力があって、しぶといなと感心して読んでいる。

そしてわたしは、いったんこうして収まった本は、母が死んで、わたしが孤独になったとき、ひっそりとした部屋のなかで、本棚から静かに抜き取り、ゆっくりとページがめくるんだと思う。
老人が古書を読んでいるのが、なんとなくわかる・・・。
あんな感じで、わたしも老眼鏡を付け外ししながら、じーっと本を眺めていたりするんだろうな。

どんな本を読んでいるかって、その人の内面を推しはかることができると思うので、わたしは誰かに、「こんな本のラインナップですよ、どうですか」と訊いてみたいと一瞬考えたが、「ああそうか・・・、これから自分は一人なんだ」と改めて、いままでの自分ではないことを身に沁みて思った。
この部屋に、誰かを入れるということも、たぶんないだろうな・・・。
元彼Sちゃんは別として、そこまで親しい人をつくってはいけない。
いまのわたしの症状は、安定しているように見えるけど、1ケ月後の自分が、どんなふうになっているかなんて、わからない。

それから、フト考えた。
このマンション、その歳くらいになったら、取り壊しになるんじゃないのかな。
いま、マンションの耐久年数がどーのこーの言っているから、いつかそうなるかもしれないな。
そうすると、わたしは、母が長生きした場合、せっかく本を綺麗に片づけたのに、そこでは満足に楽しめなかったということになる。
何歳のときに、それが起こるのかわからないけど。
やっぱり、未来って想像がつかないな・・・。

実家は狭くてボロなので、300冊を納めることができるかどうかわからない。
2階に置くと、床が抜けるしね。
まー・・・、瓦が落ちかけたボロ家で、破れた黄色い本を読んでいる、白髪のおばあさんでも、わたしはいいけどね。

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お金の流れと人生ゲーム

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昨日は、いい風に当たりながら、そういえばわたしがこの実家を出て、マンションで発病したあと、お金の流れはどうなっていたんだろう? といまさらながら、考えていた。

発病前は、もちろん覚えている。
薄給なのに、わたしはガツガツとお金を貯め、実家にいるのが嫌なので、マンションを買って、とっとと出ていった。
しかしその数年後、リストラをくらい、うつ病(当時診断)になりながら、この先どうしよう・・・、と思ったのだが、上司に「30過ぎて、資格もなしに独身でやっていくのは無理」と言われ、理学療法士の学校を受験することに決めた。
あとから考えると、このとき受験をせずに、当時持っていた貯金をはたけば、マンションのローンは、ほぼ完済できていた。

でも、そのときのわたしからすれば、いま自分に投資しておかなければ、一生しょぼい事務員だ、という強い抵抗があり、いくら持ち家があっても、それは受け入れられないという感じだった。
まーいま考えても、そういう選択になるな。
自分の一生の仕事が一般事務、しかも今度はかなり格下の会社で、年下の女の子の先輩のもと、地味に終わっていくなんて耐えられなかった。

そんで、理学療法士の学校で、2回目のうつ病(当時診断)発症、倒れる。入院。退学。
もうこのときは、あの世をさまよっていたので、ほとんどの記憶がない。
このへんから、わたしの金銭感覚がなくなったのである。
たぶん、わたしの貯金はほとんどなくなっていたが、両親がどうにかしてくれていた。
その状態が、わたしが、障害厚生年金を受給できるようになるまで続く。

ちなみに、障害厚生年金とは、厚生年金を納めている途中で、ケガや病気で働けなくなった場合、支給されるのだが、発病してから数年間、わたしはこの制度を知らなかった。
こういうことは、調べないと誰も教えてくれないから、困ったときは、いろいろ情報を集める必要があると思う。

思い返してみると、わたしが発病したのが、父が引退してから、わずか3年のことで、せっかく余生を楽しもうとしていた矢先である。
肉体的・精神的にもそうだが、金銭的にも、両親には多大な迷惑をかけてしまった。
結果的に、わたしは彼らの余裕の老後資金を、見るも無残に食いつぶしている。
いまから考えても仕方ないけど、リストラのとき、もしマンションのローンを完済して、事務員になっていれば、病気にもならず、親に迷惑もかけず、まあまあの生活ができたのかもしれないな・・・。

まー考えても仕方ない。
いままでを振り返って、つくづく、人生って人生ゲームそのものだなあ・・・、と思った。
あのとき、こうすれば。このときこうすれば。家族が増えて、家を建てて、お金が増えて。
その間、各自いろんな道を通っているけれど、ゴールで顔を合わせて、「わたしはこんな人生でした」みたいな感じになるのかな。
わたしは、さんざん壊れた車で、家族はいないわ、お金はないわ。
みんなに勝つのはあきらめたけど、ゴールまでのこれからの期間、これまでの教訓を生かして、いちばん自分が好きな道を通っていきたいと思う。

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返信が来ない

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まえに、元彼Sちゃんにラインしてから、一週間経つので、昨日また様子を伺ってみた。
しかし、返事が来なかった。
え? いままでにこんなことはなかった。

確かに、このところ、ラインしても返事が遅くなり、わざと寝る間際に遅らせている感じがしていた。
このまえだって、パソコンが壊れたから、スカイプができないと話してきたが、なんでその話を寝る間際にするんだろう? と思った。
パソコンが壊れていたのだって、怪しい。

昨日はそれで、わたしは「今日もたぶん、寝る間際まで待たされるんだろうなー」とラインを待ちながら、パソコンを見ていたら、なんとスカイプのSちゃんがオンになっていた。
Sちゃんがいま、パソコンを見ていて、しかもそれをわたしに知られてもいいという意思表示だ。
わたしは、えーっ・・・と思い、ちょっとそっくり返ってしまった。
これって、ほんとうの無視だ・・・。

わたしは、案外動揺しなかったが、「これはSちゃんの、堂々たるお別れ宣言だな」と考えてしまった。
ほかに理由が見つかるか・・・。
町内会の事務とか、用事をしていたにしても、ラインに返事くらいするよな・・・。
お父さんが肝臓ガンで即死したとしても・・・、なんでパソコン??

こういう「あーじゃないか、こーじゃないか」という憶測は、大抵ハズレている。
だいたいは、見た目どおりのことが起こっているのだ。
Sちゃんはわたしのラインを無視して、パソコンのモニターに向かっている。
それは、動かない事実だ。

Sちゃんのスカイプは、何時からオンになっていたか知らないが、消えたのは、わたしが発見してから10分後くらいだった。
まだ、寝るにはちょっと早い時間だった。
「緑が綺麗だからラジオを買って、おにぎりを食べよう」って言っていたのは、ほんの一ケ月前なんだけどな・・・。
あれは、酔っ払って気分がよくて、口にしたんだろうか。

どっちにしろ、こんな状態では、わたしが人を振り回すどころか、わたしがSちゃんに振り回される。
病状によくない・・・。
いくら、最後の健常者の友人といっても、離れていくのは止められない。・・・

わたしは、いよいよ友人0かあ、と思った。
人間って、ほんとうに一人でも生きていけるのかな・・・。
それとも、いま一人者が多いし、なんかのタイミングで出会えたりするのかな。

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シングルの老後資金

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昨日は、他に考えることがないので、将来のお金について考えた。
またしても、老後の資金についてである・・・。
しかし、老後資金なんて、いくら要るのかわからなくて、困っている人が多いんじゃないだろうか。

わたしは、いまのシングル女性の老齢年金の平均を調べてみた。
ほんとうかどうか知らないが、平均11.2万円。
えー。働いているのに、意外と少ない・・・。
母に聞いてみたら、「平均はあくまで平均だから、わからないわよ」とのことだった。
しかしこれって、生活保護より安い金額・・・、もしほんとうなら、生活保護が叩かれるわけだ。
持ち家じゃなければ、やっていけないよね。

先日、どっかの団地住まいのおじいさんが、生活保護を申請して拒否され、病気で死んだというニュースがあった。
でもその人、書いてあるとおりだと、「年金10万円、家賃1万円ちょい」だったんだよね。
たぶん、普段からお金を貯めておくっていう習慣がなかったんだと思うけれど、わたしは「それで生活保護は甘いでしょ・・・」と思ってしまった。

障害厚生年金を受給しているわたしには、とても心苦しいのだが、シングル女性で、老齢年金11.2万円相当の人は、貯金は大丈夫なんだろうか。
もし借家住まいなら、明らかに足らないので、終身年金保険が必要になると思うのだが・・・。
もちろん、働いているんだから、交際費もあるだろうし、化粧品・美容費もかかるだろう。
そして、なかには必ず、老後の蓄えを達成できなかった人が出てくるはず。
これは、男性でも同様である。
障害者も必死だが、健常者も必死だな。
これからも、生活保護老人は、増える一方だろうな。

わたしは、もうどこかへ旅行へ行ったりするのは、一生あきらめた。
母や元彼Sちゃんに誘われたら、ついていくけど。
この半年間、お金を使ったのは、「デスノート」800円、入れ墨風ネックレス300円、整形外科とアレルギーの薬代だけである。
こういうのは、わたしは苦ではない。
わたしが躁のとき、散財という症状で、ゲーム8本とか買ったりしたが、それも値段が800~3000円だったので、もともとケチな人なんだろうと思う。

それにしても、わたしの頑固なところは、「超高齢社会なんだから、どうにかなるさ」とあきらめきれないところだな。
制度なんて、これからいくらでも変わっていくのに、なんでもっと楽になれないかな。
きっと、一人で生きていくのが怖いから、いまある確かなものに、すがりたいんだろうな。

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快適・布団生活

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昨日も暇だったわたしは、一昨日の考え事の続きをした。
「マンションに住むにしても、あそこは居心地が悪すぎる」

昔はそれでよかったのだ。
仕事で、家にいることなんて、ほとんどなかったから。
でもいまは、ほとんど家にいる状態になっている。
日当たり悪い、狭い、家具がいっぱいのあの部屋じゃ、しんどいだろうな・・・。

それで、わたしはまず、日当たりの面について考えてみた。
しかし、日照時間だけは動かしようがない。
実家のリビングが北向きで、やたら暗いのだが、そうは感じないので、どうしているのか尋ねたところ、「LEDに変えてから、明るくなってん」とのことだった。
ふーん。この自然な明るさがいいね。
考えたらこれまでは、仕事から帰ったあと、落ち着いて酒を飲むために、リビングはわりと暗めに設定してあった。
でも、いまは酒はやめたし仕事はできないし、このスタイルにいまの自分を合わせる必要はない。
部屋を少しでも明るくするために、電気をLEDに変えるのもいいな。

スタイルを変えるとしたら、オッドマン付きチェアも要らないだろう。
一日中、ゴロゴロするなら、やっぱり腹ばいになれないと苦しい。
最初、「ソファベッドがいいか?」と思ったが、あれも場所を取るしなあ・・・。
もしかしてベストは、外国人も絶賛する「布団」?
布団はたためるし、人が来たときは、押入れにしまえる。
そして、もっとも魅力的なのは、コタツとのコラボである。

まず、リビング全体にラグを敷く。
部屋の適当なところに布団を敷く。
布団の半ばから90°の角度で、コタツを配置する。
朝、起きたらコタツの電気パチン、上布団をたたんで、コタツに入る。

つまり一日中、コタツで寝ている人とあまり変わらないのだが、日本人の生活って、やっぱり椅子じゃないと思うよ。
なんか、地面に座ったり横になったりしたいんだよね。
コタツがあれば、足だけ冷たいー! ってことにもならず、本を読みたいと思えば、そのままゴロン。
怠惰な生活を送るには、ピッタリだなー。

あと、これは重要なんだけれど、うちのマンションのリビングは、窓から空が広く見えないの・・・。
空が好きなわたしにとっては、これは非常に痛い。
空を見たくなったら、いちいち外に出なきゃいけないのか。
この事実に、高齢になってから耐えられるかなー。
その頃になれば、あきらめもついているか・・・。

実家の南向きの部屋は、空がよく見えるので、いまは気持ちよく過ごせている。
ただここは、駅から相当離れていて、買い物がとても不便だったりする。
ゴチャゴチャした駅前か、空のよく見える僻地か。
でもどんなところでも、自分の生活スタイルに合った、創意工夫をできたらいいかなと思う。

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一人で住む場所

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昨日は、床に寝そべり、窓を見ながら、「この家に、あとどのくらいいられるかな・・・」とふと考えた。
父が亡くなり、猫も母も亡くなれば、わたしは完全に一人になる。

父母は、わたしに「この家を維持することは、絶対できない」と断言している。
維持って、なにをするんだろうな?
そこをわかっていないところが、まず駄目なんだろうな。
なんでも、町内会のいろいろな役割分担などが、できないだろうということである。
そんなに難しいものなのか?
でも、人付き合いの上手い母でも、「ほんまに嫌やわ」と言っているくらいだから、病気で人に近づけないわたしは、無理なんだろうな。

ここを失くして惜しいのは、やはり小学生の頃から、住んでいた場所だということだろう。
たとえ一人になっても、住み慣れた家と、環境があれば、なんとか耐えていけるような気がする。
誰もいない一軒家で、一人炊事をして、掃除をして、天気がよければ、散歩やジョギング。
南向きの部屋で陽光を浴びながら、のんびりFMを聴いたり、本を読んだり、ネットしたり、昼寝したり。
でもそれは、夢なのかなあ。
建物も古くなっていくし、修理修繕も出てくるだろうし、わたしには対応できない問題も出てくるかもしれない。

わたしは駅前に、マンションを持っているが、これは若い頃買ったもので、いまのところ使っていない。
マンションに速やかに移動しないのは、日当たりと面積の問題である。
母は、「充分じゃないの」と言うが、やっぱり実家と比べて狭いよ・・・。
それに、日当たりの問題は重要で、やはり南向きの方がいい。
以前、同じマンションで南向きの家を見たが、全然明るさが違うんだよね。
なんでわたしが、南向きを買わなかったかというと、じつはお金が貯まったら、2軒目を買う予定だったからだ。
まさか、仕事で干されるとは。
そういうわけで、なんだか中途半端な物件を持っている。

ただ、いつかはマンションに移動しなければならないので、わたしは「家具を入れ替えれば、住みやすくなるのでは」と、いろいろ考えた。
いま、オッドマン付きチェアがあるが、アレををソファベッドに変えたら、ゴロンと横になれて、楽ちんになるな・・・。
あと、歳をとったら、冷えないようにコタツを入れるといいな・・・。
しかし通常のマンション住まいの人は、コタツはどこに置いているんだろうな?
和室? リビング?? テレビはどこに??

そんなことを考えていたら、一日が過ぎていった。
まだ、父も母も猫も、そろっているのにね。
母だって、100歳まで生きないとも限らないのにな。
未来って、先がまったく見えない。
そのなかから、小さな楽しみを見出すことが、希望の一つかもしれないな。

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夕食がまんじゅう

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昨日の夕食は、チャーハンだったのだが、父は食べようとしなかった。
「食べられん」と言う。
その代わりに、牛乳とまんじゅうとチョコレートを出してきた。

わたしは、たぶんチャーハンというメニューが気に入らなかったんだろうなと思った。
だって、昨日は鰻茶漬けを「美味しい」って完食したんだから。
ちょっと、ダダをこねているふうにも見える。

食に鈍感な母は、食べられるものは何でも美味しいと思っているので、「チャーハンが簡単でいいよね」と明るく言っているが、「死ぬまでに美味しいものが食べたい」と言っている人に、残り物のチャーハンはなあ・・・。
んー。確かに、母は何気に腹が立つ。

わたしは父に、「毎日、百貨店に行って、好きなもの買ってきたらええやん」と言った。
「百貨店って、食料品の?」←母。
「うん。百貨店の端から端まで、食い尽くしとかやったらええねん」
「なんやそれ??」
「とにかく、目につくものがあるやん。それ、買ってきて食べたらええねん」

なんでもいいから、非日常を楽しめばいいと思うのだ。
いつもと同じようなメニューで、ああこれで食はもう楽しめない、などと暗くなる必要はない。
「一日中、お菓子でもええやん」
「え! そんなん、していいの?!」←母。
「好きなもの、食べてたらえーやん」

ほんとうに食べられないなら、お菓子を食べてでも、カロリーを稼ぐ方がいいよ。
死ぬ前に、健康的な食生活がどうのと言っている意味はないと思うし、考えたら美味しいものって、ゴージャスなものじゃなくて、甘いものだったりするんじゃないかな。
人間は太古から、食に飢えていたから、カロリーの高いものを美味しいと感じるようにできている。
だいたいの料理は、甘くすると、美味しく思われるとも聞いた。(本当か?)
それでいくと、美味しいと言われる店をあちこち食べ歩かなくても、家でパクパク気軽に美味しいものが食べられるのではないだろうか。

「体重が2・3kg減った」と父が言うので、わたしは「牛乳にはちみつを入れると、カロリー上がるよ」と言った。
「はちみつ。それはいいわね」←母。
「どれくらい入れるんかの?」
「好きなだけ」

父は、甘いものが滅法好きなので、牛乳にはちみつを入れたのは、気に入ると思う。
しかしまー、牛乳インはちみつと、まんじゅう・・・、塩こんぶが要るね。
ただ、前述のように、父のいまの食欲不振は、気分的なものだろうと思うのだ。
食べられない、って繰り返すよりも、自信をつけた方がいいんじゃないかと思う。

あと一週間すれば、まえの抗ガン剤の副作用である、味覚障害が治るという。
たぶんそのあたりで、大分の温泉に行って、その後百貨店巡りかな?
これまでは、百貨店を巡っては手ぶらで帰ってきていた人なので、気のすむまで、好きなものを買ってきて食べるといいと思う。

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ガン末期の父の食事

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ガン末期の父が、今度は「もう、美味しいものが食べられない」とダダをこね始めた。
「食べたらええやんか」
「もう食欲がない」
「まえ、イクラ丼美味しそうに食べてたやん。モノを選べば食べれるんちゃう?」
「イクラ丼・・・」

どうやら、食べられないと思い込んでいただけらしく、昨日は鰻を買ってきて、それを茶漬けにしてパクパク食べていた。
母は、食に関してまったくの無知なので、「なんて気持ち悪い食べ方するの」と冗談まじりに非難していたが、それは食欲がない人のまえで、やっちゃーいかんだろう。
ざらっ、ざららっという、お茶をかきこむ音を聞いて、わたしはやはり、病人は自分が食べやすい形を、無意識にとったのだと思った。
これから、父が「美味しい」と思って、食べられるモノって、なにがあるかな・・・。

父も母も、大分の山奥出身である。
20代前半で大阪に出てきてから、一つも贅沢をしていない。
いろいろ食べ歩いた人にとっては、あれが美味、これが珍味、とわかると思うが、彼らは基本から知らないのだ。
オムレツには、必ずゴボウが入っていると思っているとか・・・。

そんな父に、わたしはごちそうするとすれば、古い時代の王道だろうなと思った。
つまり、ハレの日の大きいエビ、びろーんと垂れるカニ、イクラ丼、ウニ丼、トロ、すき焼き、立派なステーキ、焼肉など。
フグとかスッポンは要らないな。
素人が初めて食べて、「旨い!」ってもんでもないと思う。

さて・・・、こういうのを、母親にどうわからせるか。
わたしも母も、父のように「美味しいものが食べたい」という欲求がないのだ。
脂っこいものが食べたいとか、あっさりしたものがいいとかいうのは、あるけれど。
でも、父親の方がふつうだと思うので、その気持ちは優先させなければならないと思う。
いまだ、母は父に対して、「あの人の食べ物に対する執着は異常」と言っているので、そこは改めさせないといけない。

父は治療をもうやめると言っているので、やめてしまったら、ほんとうに早いんじゃないかと思う。
一食一食が大事になってくるな・・・。
とはいえ、うちは貧乏なので、そんなにエンゲル係数を上げるわけにもいかない。
スーパーで安いときに、いいものを買ってくるしかないね。
イクラと鰻は食べたから、今度は頑張ってウニでも探しますか。
ウニって、季節があるのかな? 美味しいよね。
アツアツごはんの上に乗せて食べて、旨い! って思ったら、身体の芯から闘病の元気が湧いてくると思うんだよね。

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最後の健常者の友だち

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昨日は、雨のなか、猫と一日中考えごと。
FMをずっとかけていた。
最近の曲って、80年代とあんまり音が変わらないように思うんだけど、進化していないの? それとも一周回ってきたの?

この日は、元彼Sちゃんのことを考えた。
このまえ、「金曜日と間違えて、木曜日にラインしてしまった、ごめんね」と言ったら、「金曜日でも忙しいんだけどね」と冷たい返事が返ってきた。
なんだかなー。
この人は、わたしとうまくやっていこうっていう気があるのかな。

そもそも、出会ったのが某サイトでのチャットだった。
チャットをする人って、まず100%、こころが淋しい人だ。
そのとき、Sちゃんはまだ娘さん夫婦が宮崎にいて、7LDKの家で、たった一人でポツンと暮らしていたから、たぶん淋しかったんだろうと思う。
でも、いまはまったく環境が違う。
祖父祖母娘婿孫2人、一家7人の大家族だ。
土日には、祖父祖母も母屋から出てきて、みんなでごはんを食べるんだという。
「孫に振り回されて、しんどいよ」と言いながらも、嬉しそうにしている。

思うところ、Sちゃんは、その他大勢と違って、永遠の淋しさを紛らわせるためにチャットをしていたのではなく、完全な期限付きだったのだ。
どうせ、家は建ててあるんだし、あとは娘夫婦が来るのを待つだけ。
チャットで知り合った人間なんて、いつお払い箱にしてもかまわないんだよね。
娘さん夫婦が滋賀に来たのは、去年の8月か9月だと思うが、わたしとSちゃんが最後に会ったのも、9月である。
その後、わたしの具合が悪かったり、Sちゃんが腰を痛めたりもあったが、なんか象徴的なような気がする。

そして、わたしが酒を飲まなくなったのも、大きいと思う。
わたしが酒をやめると言ったときに、「でも、ちょっとは飲んでほしいな」とか「二人でワインポトル1本くらいやな」と言っていたので、まさか完全にやめるとは思っていなかったのだろう。
正直、わたしの役割は、たまに一緒に飲んで、楽しく過ごすキャバ嬢である。
口では、「酒を飲まなくていい」と言っているが、本音は、「少しは飲んでほしい」だろうな。
つまり、酒の相手として面白かった人間だったから、そういう意味でも、用済みなのだ。

こんな状況下で、わたしは自分にとっても、この先Sちゃんが必要なのかな、と考えた。
まえから自分中心な話し方をする人で、いま障害者として正常者に向き合っているわたしからすれば、単なる聞き役にしかされていない。
また、どこかへ連れていってあげようと言いながら、結局8ヶ月間どこにも行っていない。
Sちゃんにとって、わたしがキャバ嬢なら、わたしにとって「正常な世界への窓」であるSちゃんは、役割を果たしていない。

部屋のなかで、曇った窓を見ながら、ポケーッと考えた。
いくら、最後の健常者の友だちだといっても、媚びなきゃ繋がらないようじゃ、続かないだろう・・・。
FM、猫、本、スマホ、パソコン、窓。
いまは、世界はそれで完結している。
気のせいだと思うけれど、もう一人でいいんじゃないかと考えたりする。

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脱毛が始まる。

red-bandana

末期ガンの父が、「髪の毛が抜け始めた」と言い出した。
見ると、確かに薄くなっている。
抜け始めると、早いんだな。
父は、「髪の毛が抜けたりしたら、治療をやめる」と宣言していた。

それで、朝食はシーンと静かだった。
母がまた、とやかく言ったに違いない。
この人は、家族を自分の手足だと勘違いしているから、手足が思うようにいかないとイライラぶつけてくるのだ。
母は父に、病気だからといって気弱なことを言わずに、ドーンと構えてほしいと考えている。
確かに母は、そういうことができるような感じもするが、それは人それぞれだろう・・・。
父は、わたしに宣言するように言った。

「髪の毛がこう抜けたら、あとは戻らんもんかのう」
「治療法変えたら、生えてくるよ。小林麻央も生えてるよ」
「えっ、放射線?」←母。
「やめたら、生えてくるねん」

そんなことも知らずに、喧嘩していたのか。
なんか、これからは二人の間に、わたしが仲介した方がいいのかもしれないな・・・。

父が去ったあと、母がぼやいた。
「お父さん、昨日もすごい剣幕で降りてきて、小遣いもらうなんてバカバカしい、俺の金やから俺が管理する、とか急に言い出すねん。そんなこと言われても、困るわ」
「・・・でも妹のとき、わたしが金いっぱい持ってていいなって言うたら、ママさん本人が、財布握られてる方は、好きに使われへんからしんどいねんで、って言うたやんか」
「そらそうやけど」
「好きにさせたりーな。死ぬまでしんどいの、嫌やろ」

母は、想像力というものがまったく欠如しているので、ただ訳もわからず、父が我儘を言っていると思っているのだ。
でも、わたしは考えた。
死ぬ間際・・・、自由に歩けるのはあとわずか。
どこかへ、ふらっと出ていきたい。――故郷の大分へ。
でも、自由にできるお金がない。行くというと、ガミガミ叱り飛ばす嫁がいる。
いや、俺は自由になりたいんだ。お金だけは持っておいて、いつでも行けるという夢だけは持っておきたいんだ。

まーこんなところじゃないのかな、とわたしは想像した。
そういえば、ユニクロで、「腹水が溜まっても、外でも穿けるゆるいズボン」を買うって言ってたな。
やっぱり、夢を持っているのかなー。
突然、父が「ちょっと大分に行ってくる。お母さんには内緒で」と言って出ていっても、わたしは止めないな。
まるでそれは、死にかけの家猫が、「死ぬ前に一度でいいから、外に出して。絶対帰ってくるから」とお願いしているようなもの。
母はなんとも思わないだろうけど、わたしなら一生こころが痛むね。
夫婦にしかわからない問題もあるだろうけど、わたしは子どもとして、なにかを実行するかもしれないな。


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痩せすぎとか

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昨日は、通院日だった。
診察室に入ると、いつものH主治医と違って、まともな受け答えをしてくれるので、これはわたしの方がまともになっているんだなと思った。
自分じゃ、わからん・・・。
「今日は、採血しましょう」と言われて、採血室へ行った。
わたしの飲んでいる薬は、定期的に血中濃度を測らなければならないのだ。

採血室で、看護師さんにしきりに「痩せすぎ」と言われる。
「そんなに痩せたらあかんわ! 若いならともかく、歳とったらもう見かけなんか、関係ないんやから」
「いえ、わたし、ダイエットしてるわけじゃないんですけど・・・」
「痩せすぎるというのは、見かけだけじゃなくて、免疫力っていう面で、危ないねんで。昔、友人が○カノビューティークリニックで準優勝してんけど、短期間で20kgも落として、そのあとすぐ白血病で死んでん。あれ、絶対関係あるって、みんなで噂しててんよ」
「へえー。そうなんですか」
「ちゃんと食べてるの? 吐いてない?」
「自分で吐けませんよ。ちゃんと食べてます。ただ、3個の菓子パンが2個になったり、ちょっとずつ取りこぼすんです」
「ダイエットの減らし方やな。もう、無理してでも食べなあかんで」

とまあ看護師さんは、あくまでも、わたしがダイエットしているという説を曲げないのであった。
確かにいまのわたしは、Mジーンズがブカブカになっていて、いかにも精神病患者的な雰囲気を醸し出しているかもしれない。
しかし、食欲を一つも感じないし、食事が楽しいと思わない。
両親が側にいるのと関係がある感じがするなあ。
ほんとうは、テレビや会話のないところで、気ままな時間に自由に食べたいんだよね。

ここ数ヶ月間、ずっと「どうしよう病」になっていて、見るもの聞くもの、全部の情報があたまに入ってこなかったのだが、診察後、外に出てみて、初めて「わー。見える、見える」と思った。
人々の服装がわかる。建物が理解できる。
あー・・・、ビルが光っている。キレイ。
シースルーのエレベータが、ひっきりなしに上下に移動している。
こんな時間に、誰が乗っているんだろう。
なんか、この感覚、久しぶりだな・・・。

その後、すぐに帰るつもりだったが、なんだかオシャレな物が見たくなり、ショッピング内を歩き、安い店で、入れ墨風ネックレスを購入した。
これ、20年くらい前にも流行ってたな。
自分で言うのもなんだが、わたしは首が細いので似合う。
もっとキラキラの世界で身体を洗いたかったが、なにぶんお腹が減ったもので、自宅へ戻った。
そうだなー。人混みに混じって、こういうことも、たまにはしないとなー。

夜、元彼Sちゃんにラインをしたら、電話で返ってきた。
スカイプはしたくない、早く話をすませたいという意味だな・・・、と思っていると、「パソコンが壊れた」と言った。
どこまで信頼できるんだか。
今日一日、なんとなくいつもと違っていたことを、報告したかったのだが、わたしの話を聞くかわりに、「うちの孫は王将でカレーを食べた、サイドメニューを選択肢に入れたのは素晴らしい、ゆみもそういうのやりなさい」と子ども本意のバカなことを言うので、話相手にならなかった。
まーどうせ、親身になってくれる人は誰一人いない。
ちょっと落ち込むけど、仕方ないな。

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壮絶ブログを読む。

tonsoku

昨日は、大学陸上部の面々は、豚足の店に行ったそうだ。
同級生Yが、みんなの写真を送ってくれた。
あーいいなー・・・。わたしも、行きたかったな。
しかし、それにはYが、勝手なことをペラペラしゃべらないようにしてくれないと。
なんかまた、執拗にデートに誘われたし、まだわたしの立場をわかっていないな。
今度、「あなたがそういうことをするから、みんなの前に出れない」と言ってみるか。
判断力のないわたしには、もうどうしていいかわからない。

一日中、身体が重くてどんよりしていたのだが、それはある双極性障害1型の人のブログを読んだからかもしれない。
ちょっと読んだだけで、「この人の壊れ方はすごい」と思ったが、もっと読むともっとすごい! ことがわかった。
金銭感覚、行動面、清潔面、食生活、言っていること、すべてが常人じゃない。
異常であることは、一部ご本人も気づいているようだが、どうにもならないようだ。
しかし読んでいると、半分は無茶苦茶だけど、半分はまともだな・・・と思って、あ! それ、このまえ元彼Sちゃんがわたしに言った言葉そのものじゃない! と深く考えこんでしまった。
なんというか、異常と正常が綺麗に色分けできるんだよね。
うーん・・・、でもわたしも、どこを治したらいいのか、さっぱりわからない。

フェイスブックを見ると、ふつうの人々は、きちんとした生活を営んでいて、なんて健全なんだとボ―ッと見つめてしまう。
障害者ブログとは打って変わって、キラキラと明るい世界だ。
音楽と、お洒落な店、チョコレート菓子の趣味を持ち、いま家を建てている男の先輩。
人生に迷いがない。要らないことには手を出していない感じ。
仕事仕事と忙しく外国を飛び回っている男の同輩。
なんだかんだいって、しょっちゅう食べ物や風景をUPしているし、出張を楽しんでいるのだろう。
バブル世代だから、いまの労働者のような悲惨さがない。
中・高学生のとき、同じくらいの成績だった女子。
いまは共働きで、5人家族、旦那・友だちとしょっちゅう食べ歩き、なんかいい店ばかり。
そうかー、正社員でずっと働いている女子は、既婚未婚に関わらず、女性同士で会食したりするんだな。
なんか勉強させてもらうわ。

わたしは、自分のことを障害者だとわかっているが、前述・完全に壊れている人と、正常者のどっちに近いんだろう? とふと思う。
外見は、正常者の方だと思う。
しゃべる内容も、正常者じゃないかな・・・。
でも、あたまの中は完全におかしいんだよな。
妄想の内容とか、あり得ないだろの世界だし、実際やったら犯罪じゃんみたいなのもあるし。
父親の葬式で、お坊さんの読経を聞いたら、ヒクヒク笑ってしまうであろうことは事実だし。

自分は正常に近いと思いたいけれど、どうしてもSちゃんの「支離滅裂が半分、正常が半分」の言葉が引っかかるわ。
言っちゃー悪いけど、あのブログの人ほど壊れているのは嫌だわ。
自分を隠して生きなきゃ。
ここの部分は変わらないと思う。

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大学陸上部からの決別

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昨日、大学陸上部Yから、「明日、みんなで飲むけど来ない?」と連絡があった。
あれ? 先日、この日は断ったのに。
だいたい、そのときは「二人で食事しませんか」だったよね。
なんで、みんなで集まる方が、後回しになるの・・・。

Yは、1年前の同じ陸上部の集まり以来、ちょっとわたしとの間を勘違いしているふしがある。
1年前、結論からいうと、わたしはYが取っていたホテルの部屋に泊めてもらった。
ビールを飲んで寝て、翌日、包帯グルグル巻きのわたしの手を引いてくれて、楽しく会話して帰った。
どうしてそうなったかというと、最初、タクシーに3人で乗るというから乗ったら、じつは面識のない2人でこれからどこ行くの? 状態であることがわかり、急いで降りたら、そこにいたYとわたしが取り残されたというわけである。

それ以降、Yとわたしは、ラインで同じゲームをしているのだが、たまに「愛しの」とか「デート」という言葉が入った、飲みの誘いが来ていたので、ゾクゾクと不気味に思っていた。
そういう冗談を言いそうな人ではあるが、妻帯者のくせに、二人で食事とかいうのは、向こうに問題ありだろう。
不倫相手として、口説いているというところか?
いや、それならばまだいいが・・・、もはやお付き合いしているということに、なっているんじゃないだろうな。
いや待て、そうなるとこれは、ヤバい問題だぞ。

今日の飲み会は、平日だからそんなに深い話はしないだろうと思う。が、油断できない。
男同士でお互いの女の話って、あまりしないと思うが、渡辺淳一の小説に出てくる男たちは、共通の知り合い女性なら、話題にしている。
Yは軽いやつだから、「ここだけの話」とか言って、「俺、○○(わたし)と二人でホテルに泊まってん」とか、得意げに言うかもしれない。
その場にいる人たちは真面目だから、額面どおりに受け取るだろう。
そんで、次回の集まりから、わたしにじろじろと白い視線が・・・?

うーん。絶対にない話ではない感じがする。
今回ではなくても、いつかそんな話が、洩れてしまうんじゃないだろうか。
Yとホテルに泊まったという事実。
これをYから、陸上部の誰かにしゃべられたら、わたしはそれを否定できない。
というか、この話、すでに詰んでるよな。
Yがいつ誰に話すかわからない時点で、もうわたしは陸上部の男の誰とも会えないことになっている。

わたしはまた、人間関係を自ら破壊してしまったのかな。
大学関係は、まだ完璧に残っていると思っていたのに、まさか1年も前から破綻していた?
こういうのは、たった一人と行き違いを起こすだけで、全員に波紋が及ぶ。
陸上部は、学生時代みんな結束した仲間だったので、手離すのは残念すぎる・・・。
でも、軽蔑されているかもしれないと思いながら、同級生のまえに出ることは難しい。

こんな人脈のなくし方をするとは思わなかった。
なんで、いままで気づかなかったんだろう。
もう会えないかもしれない同級生の顔を思い浮かべる。
病気ならではの判断ミスで、健常でまともなあたまだったときのわたしが、みんなの記憶の中で泥塗られるんだろうと思うと、そっちはもう見ていられないよ。

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整形外科が終わらない。

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昨日、整形外科に行ったのだが、まだ左足打撲が痛くて、「あと一週間、固定しましょう」ということになってしまった。
げー。もう、3週間目ですよ。
GW前に、精神科・H主治医に「向精神薬Sは、フラフラして怖いです」と訴えて、「好きにしてください」みたいなことを言われたので、いまは飲んでいないのだが、ほんとうに二度と飲むもんか!

整形の先生は、いつも老人を相手にしているせいか、素っ気なくて、簡潔にものを話すよう要求してくる。
わたしは今日も、「まだ、ふつうに歩けないんですよ」と言ったあとで、「ふつうに?」と訊き返されたので、「つま先立ちになると、怖いんです」と説明した。
この人には、「あなたは、眠剤を飲んでいるんだから、夜フラフラするでしょう。気をつけなきゃ駄目です」と念を押されている。
いや、ふつうの眠剤で、そんなフラフラしたことないけど・・・。
確かに、眠剤を飲む患者は、一度は「知らない間に起きて夜中の食べ漁り」なんかは、したことがあると思うけど、わたしの場合、どうもちゃんと歩いているみたいよ?
朝起きたら、テーブルにコンビニの袋があったりするもんね。
なにを着ていったんだろうという謎は残るが。

さて、ケガをしてから約三週間、さすがに部屋から出られなくて、わたしは肩こりとよどんだ空気に、うんざりしてきた。
そんなに、あちこち周らなくてもいいのだ。
ちょっと歩きたいだけなのだ。

それで昼過ぎに、ついに母を誘って、堤防へ出てみた。
三週間まえは、まったく咲いていなかった、ラベンダー色の花が、たくさん繁っている。
ああ、もうだいぶあったかいな。
そろそろ、半袖の季節が来るのかな・・・。
しかし、20分も歩いた頃、左足の外側に、なんとなく痛みを覚えた。
やばー・・・。本気で、まだ全然治っていないの?
ちょっと、治癒に時間がかかり過ぎじゃない??

結局、散歩は少しで切り上げた。
今日はまた雨らしいから、家でじっとしていることになると思う。
昨日、同じ双極性障害1型の人の、壮絶なブログを見つけたから、それを読もう。
その人は、仕事上ではキャリアがあったらしいが、いまの生活の破綻ぶりがすごい。
服にカビが生えたとか、袖が雑巾状態とか、離婚とか、自己破産とか。
でも、「もう、昔の自分じゃない」と苛まれているところなんかに、共感を覚える。
まー「明るく生きよう」の双極性障害ブログよりは、わたしはこっちが好きだな。

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菓子パンのスリル

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最近、昼に甘いパンを食べている。
いままで、酒ばかり飲んでいたので、そういうものにてんでご縁がなかった。
スーパーで、久しぶりに菓子パンというのを見つけて、食べてみたら、「懐かしい! 甘い!」だったのである。

お気に入りは、マーガリンがたっぷり入ったやつ。
昔の菓子パンは、クリームをケチってて、パンばかりパサパサあって・・・、というイメージだったが、いまはちゃんとクリームが端までは入っているのね。
う~ん。この、油アブラしたところが、なんともゾクゾクするわ。
給食も、このくらいマーガリンをくれたら、美味しく食べられたかもね。

あとは、チョコレート系である。
わたしは、パリンと割れるようなコーティングをしてあるものが好きである。
最初は、「チョコレートって、甘すぎだろ!!」と思ったが、慣れればそうでもないね。
いまは、必ず食べるようにしている。

それから、あとはホイップクリーム系。
これが、あんまり売っていない・・・。
店で焼いているようなところにはあるけどね。
菓子パンだと、日持ちがしないからかなあ。
わたしは、クリームパンより、ホイップパンの方が好きである。

さて、このような菓子パンを、わたしは一日2・3個食べる。
ほんとうは2個でいいのだが、美味しさを追求するあまり、3個のときもある。
飲み物は、野菜ジュース。ああ、健康的だ~。
去年の9月まで、毎日大酒を飲んでいたわたしだが、いまはもう、あの日々に帰りたいとは思わない。
飲まなくなって思ったけれど、一日中酒が入っていると、やっぱり身体がだるくなるのよ。
精神的にもしんどくなるしね。
ただ、酒なしで生きられなかった地獄の時代を思い出すと、酒がすべて悪いとは言えないな。
死にそうに絶望している人に、健康を説かれてもね・・・。

そんな感じで、いまはときどき、スーパーなんかで酒を見ると、「ああ、ストロング。アル中患者、御用達」とか思うけれど、飲みたくてたまらないということはない。
いまここにビールがあって、それを飲んだとしたら、たぶん途中から「苦くて臭い」と思うんじゃないかな。
苦いのはともかく、ビールって臭うんだよねー。
あれなんなんだろう・・・、発泡酒だから?

まーどのみち、父が死んで、わたしと母だけになったら、嫌がおうでも、節約生活を迫られる。
酒は高級品。まえみたいに、毎日飲んでいられないよ。
ちょうど去年、本能がおかしくなって、勝手に酒が怖くなるなんて、神さまが導いてくれたとしか思えない。
ほんとうに、17年間毎日、飲み続けたんだもんなあ・・・。
あれが一生続いたら、大変な経済的損失だよ。

そういうことで、わたしは今日も菓子パンが楽しみだ。
わたしはどうやら、人より甘いものを感知しやすいらしく、ふつうに甘いものを「激甘ーー!!」に感じるようだ。
「激甘っ、げきあまーー!!」とか、無言でのたうち回って、自虐的に食べている。
菓子パン、スリルあるわー。
いまのに飽きたら、また恐る恐る、ほかのものも手にしてみよう。

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GWと5月の緑

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昨日は久しぶりに、元彼Sちゃんとスカイプで話をした。
Sちゃんは、ゴールデンウィークは、ハードスケジュールだったのだ。
それを知っていたので、ずっと連絡していなかった。

やっぱりと思ったが、彼は相当疲れていた。
「3・4日は祭事があってねー、5日は二日酔いのまま、奈良公園に連れて行かれて。孫が、鹿見たいーって言うからさ」
「なんで急に、鹿?」
「お父さんが、奈良に行ったことないって言うからさー」
え。お父さんって、初めて聞いたぞ。
ほんとうに、いるんだ。

「いまどきの鹿は、鹿せんべい食べないんだよ。草が生えてるからね」
「へー」
「あとは大仏を見て、興福寺を見て、屋台でいろいろ食べた。8号がものすごく食べるみたいでね。焼きそばやら塩タンやら」
なんだか、若い夫婦と子どもに付き添われた、おじいちゃんって感じだなあ。
Sちゃんは腰が痛いし、トロトロとついて歩くさまを、想像してしまった。

「そろそろ、緑が綺麗だよ」
「わたし、足にケガしてるから、全然外に出れてない。そのうち、梅雨になるしね」
「うーん。じゃあ、5月で調整できるかどうか・・・、ちょっと考えてみるか」

こういうときのSちゃんは、本気で言っている。
そして、だいたいはスケジュールを合わせてくる。
ただ、今月はかなり忙しいようなので、無理かもなという気がした。

このまえ話したときは、○ンキホーテでラジオを買い、公園でFMを聴きながら、芝生の上でおにぎりを食べようということだった。
わたしも、そのセンスはいいと思った。
木陰にチラチラ洩れる光のなか、眩しさに目を細めて、パクつくおにぎりは、きっと美味しいに違いない。

Sちゃんは、わたしにとって、最後の健常者の友だちだ。
だから、粗相のないようにしなければならない。
躁状態になったとき、なにか余計なことを言って、無意識にうんざりさせないようにしないと。
Sちゃんはかなり寛容だが、それでもここ数ヶ月間、一緒に出かけなくなっている。
本人は腰が痛いからだと言うが、どうだか・・・、まーあんまり疑い深くなって、あれこれ詮索してしまうのも、この病気の特徴かもしれない。

「木漏れ日がいいんだよ。お茶を持って。のんびりしよう」
こんなことを言うSちゃんは、まだ大丈夫かなと思う。
最近わたしは、「自分はもう、ふつうの人とはふつうに接することはできない」と悟ったので、どうしても、「お付き合いさせてもらっている」という感覚になる。
とりあえず、自分を主張し過ぎて、論争になるのは避けよう。
昨日も、「地球の温暖化の理由」について、危うく闘いになるところだったが、これは双方学習していてやめた。
Sちゃんが学習したのは、自分が理屈っぽいところなのか、わたしが絡んできてうるさいところなのかは、わからない。
Sちゃんも、相当うんざりさせられるところがあるからなあ。

Sちゃんは話を変えて、「若いときは、ほんとうにバカなことをした」と、ビールの栓を歯で開けようとして、親知らずを割ってしまったことを明かした。
「わたしも20年前は、すっごいバカだったよ」と思い出して言った。
しかしわたしは、「この病気になってからは、もっと恥くさいことばかりやってるよ・・・」と思った。
人から露骨に嫌がられたり、白い目で見られたり、バカにされたり、自分から喧嘩を売ったり。
これ以上、人から軽蔑されないように、訓練していかないといけないな。
のんびり、鹿せんべいの話をしているのがいいな。

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家事のできなさ

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数か月前から、母と、自転車で買い物に行っているのだが、どうもやっぱり調子が悪い。
まえに書いたが、母が買い物好きで、ダラダラ商品を選ぶことに加えて、商品のあまりの多さと、溢れる数字、派手な色合い、ピカピカ光るプラスティックなどが、神経に障って仕方ないのだ。
スーパーの中にいるとき、わたしはとても疲れる。
目が泳いで、なにを言われても、上の空である。

こんなことで、そのうち一人で買い物ができるようになるんだろうか。
それも自分一人のぶんなら、だーっと買って、逃げるように立ち去れるが、母が自転車に乗れなくなったら、彼女から「あれ買ってきて」とかいう話になるだろう。
しんどい・・・。

「母が、品物を選びまくるので、買い物に付き合うのがしんどい」のあたりまでは、H主治医に話したのだが、彼は驚くべきことに、いまのスーパーを知らないようであった。
「なんで? 入口でカゴ持って待ってたらえーやん」
「は?? でも、品物は母が選ぶんですよ・・・」

一瞬、意味がわからなかったが、あれは、昔の買い物カゴを想像して、「待ってたらえーやん」になったのではないだろうか。
お医者さんって、すごいな。
スーパーを知らなくて、生きていけるんだ。

それはともかく、わたしはもう一つ、料理もできないという問題があって、困っている。
この頃、軽躁が上がっているようで、身体がどっしりと落ち着いてくれない。
常にワナワナガクガクしている感じで、なぜか粘着性の唾液が出る。
気持ちが悪くて、食事の支度どころじゃない・・・。
昨日も、ほうれん草の白和えをつくったが、砂糖・塩をひっくり返さないように、必死でワナワナしていて、なにをしているのかよくわからなかった。
料理はだいたい全部を母がして、わたしは完全な助手になっている。

そんな感じで、昨日、わたしは買い物と食事の支度以外は、ずっと自室で座り、空を見ていた。
なんだかブツブツと、独り言が出る。
ほんとうはもっと、本を読むとかべつなことがしたいんだけれど、集中力がなくて、できないのだ。
引きこもりの人たちの方が、ネットやゲームに繋がっていて、よっぽど生産的だよ。
空を見ながら、ブツブツつぶやいているのは、妄想に返事をしているからである。
こんな、非生産的な時間の過ごし方はない・・・。

さて、こんなわたしのやるべきことは、まず連休明けに、H先生のところへ行って、躁を抑える薬を出してもらうことだ。
躁はひどくなると、まさに、自分で自分をコントロールできないようになる。
これ以上、自分を見失わないようにしなくては。
キョロキョロしながら、なんにもできない人では、嫌だ。

ただ、躁を抑える薬は、わたしは副作用をよく出すので、もう第三選択薬までいっていて、あまりあとがない。
正直、困っている。
だが、希望的観測をすれば、今年の躁の原因は、春の来訪だったので、夏が到来したら落ちるかな? と思う。
夏か・・・、きっとあっという間だね。
その頃には、家事も少しはできて、奇行もなくなっている自分になっているといいな。

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双極性障害の妹

honoo

最近、わたしは「双極性障害の心得」みたいなものを会得したわけだが、妹についてはどうなんだろう? と考えた。
同じ頃に発病したんだし、あっちもそろそろわかっている頃か・・・。

2年前から、妹とわたしは、国交断絶している。
これは過去にも、何度もあったことで、彼女の戦略はとにかく無視、なのだ。
とても頑固で、自分から話す気にならない限り、こちらが声をかけても100%無理である。
ほんとうに、傲慢で偉そうな人だ。・・・
言っちゃーなんだけど、こんなんだから、あちこちでトラブルを起こすんだよ。

彼女は、長い間、乗馬クラブに行っていたのだが、聞いていたらすぐにやめて、他のクラブへと移動していた。
なんでも、喧嘩したとか言う。
わたしはずっと何も考えていなかったので、「そんなに乗馬クラブって、人間関係がややこしいのか。やっぱりみんな、お金持ちでプライドが高いのかな」くらいに思っていた。
でも、馬の世話のバイトも長続きしないし、そのうちどうも、トラブルの中心は妹だとわかり、いまは絶対、妹の方が喧嘩を売っていると思っている。
巻き込まれた人が、気の毒である。

高校同窓会の公式サイトでも、怒涛の連続投稿というのがあった。
公式サイトなのに、一日何回も私事をドバーッと投稿、なかには自分の体重計の画像もあった。
あれはさすがに、みんなドン引きしたと思う。
削除もできないし、主催者はかなり困っただろう。
こんなことをしておきながら、平然と同窓会に来るんだから、恐ろしい。

同時期に、妹は、高校時代に同じクラブだった、わたしの元彼と仲良くなったのだが、すぐに仲たがいしてしまった。
これは、妹がたぶん、「あなたの家がムチャクチャになってるって、ゆみに言ったら、浮気が原因やろって、すぐ当てたよ」みたいなことを言ったんだと思っている。
なぜなら、仲良くなってすぐに仲たがいするような原因は、余程の大きなネタであり、また躁患者は言ってはいけないことを、軽率にポンポン口にするという症状があるからだ。
元彼が、勝手に家の事情を元カノに伝えられたことで激怒したとすれば、いままで関わりの浅かった二人が、急に仲たがいした原因が納得できる。

とまあ、妹の悪口を書いてしまったが、わたしも人のことを言えないんだよね。
でも人に対して偉そうにふるまったり、軽率な行動をとってしまうことに対しては、注意しなきゃいけないと思う。
「双極性障害の心得」に従って、自分より人の方が正しいと思うくらいでなければね。
妹が偉そうにしてきたら、「まだこの人、双極性障害のプロじゃないな」くらいに思わないとね。

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障害者手帳を見せること

tetyou

昨日、ネットニュースを見ていたら、ある精神障害者が、「障害者手帳を見せるのが怖くなった」と書いてあった。
なんだよ・・・、と思ってみたら、障害者大量殺傷事件の犯人が、精神障害者だったことで、世間の目が冷たくなっているから、という理由らしかった。
えーそうか?
わたしは、自意識過剰じゃないかと思うが。

例として、映画を挙げていたように思うが、映画のチケットを配給する人は、手帳なんかじろじろ見ていないよ。
ほかの施設だって、窓口は素通りといっていいほど、簡単に通してくれる。
手帳の期限なんかも見ている人は、ほとんどいない。
一般の人に、手帳を見せる機会なんてないから、どう考えても、「手帳を見せるのが怖くなった」という人は、考えすぎだねー。
それに、同じ精神障害者から言うと、そんなに怖いんなら、値引きをあきらめて、正規の料金を払えば? と思う。
手帳を出す機会って、だいたいは、なにかを安くしてもらうときなんだからさー。
安くしてもらうために、手帳を出すのが怖いって、なに甘いこと言ってんの、と思う。

窓口以外で、障害者であることがバレてしまうのは、なにかで特別扱いされたときだと思う。
大阪の場合、水族館の「海遊館」なんかはその一つである。
ここはなにを考えているのか、障害者はナンダカ別の入り口から入れてくれる。
混雑を懸念してのことだろうけれど、ちょっと余計なお世話かもしれない。
でも、半額にしてもらいたいなら仕方ないね。

あと、自分が障害者であることを隠したい人が、受けない方がいいサービスは、USJの「ゲストサポートパス」である。
これは、待ち時間を待たずに、どこかで休憩してもいいサービスだけれど、アトラクションへの入口・出口が、ふつうの人と違うんだよね。
ほかの人を通り越して、すーっと入れてしまうので、ナンダあいつはになってしまう。
しかも、アトラクションによっては、ロココ調の待合室があり、車椅子の人のためのエレベータで、乗り場へ行けたりする。
障害者は待ち時間を待てないことへの配慮と、車椅子の人のオマケだけれど、「障害者だと見られたくない」人は、使わない方がいいと思うな。

まーどっちにしても、わたしを含め、わりと重症な精神病患者は、そんな遊びに行く精神的余裕がない。
だから、「手帳を見せるのが怖い」と言われても、「そうかぁ?」って感じである。
そもそも使わないだもんな・・・。使えるやつはいいよ・・・。
わたしなんか、ほんとうに怖い精神病患者だし、人から避けられても、「なんか変な服着てるか?」みたいな感じである。
障害者は誰にでも正しく理解されて、手帳で優遇されて当たり前という考えには、わたしはついていけないな。

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弱肉強食の世界

edamame

足のケガが治らないので、相変わらず部屋でボーッである。
このままでは、ストレスが溜まってよくないな・・・。

わたしは、来月の今ごろにある、大学同窓会のことを考えた。
体育学部女子だけが集まるもので、ものすごい狂乱となるので、静かにジュースを飲んでいれば、わたしは問題行動を起こさないはず。
だが、ちょっと気になることがあった。
大学時代、仲良くしていたCという子である。
彼女は、最初中学教師をしていたが、いまはお偉いさんになって、わたしとはもう音信不通になっている。
その彼女が、わたしが絶縁状を叩きつけたHと、その後親しくなっているのだ。
Cは引っ越しをしてから、Hとご近所さんになった。
CとHは、大学時代は仲が悪かったが、大人になって仲良くなるのは、同じ経済状況にある者同士だ。
わたしはCが絶縁状のことを、知らないはずがないと思っている。
つまり、Cは少なからず、わたしのことを軽蔑していると考えている。

で、同窓会でCと会ったら、なんと言えばいいのかで、ちょっとあたまを悩ませている。
Hは大学関係の集まりには絶対来ないので、無視していい。
Cはあの性格上、なにもなかったのように振舞うということはないだろう。
予想するに、ちょっと非難の目を向けつつ、「なんで、あんなことしたん?」と訊いてくるのではないだろうか。
そのとき、人前でなんと答えたものか・・・。
わたしがHに送った絶縁状は、わたしが妄想を起こして書いたもので、ふつうの人には到底理解できない。
というか、自分的にも支離滅裂で、説明できない。
周りもそれを聞いたら、「何それ?」と真偽を確かめようとするだろう。
そのとき、なんだかんだとごまかさなければならない。
「じつは、わたしはあたまがおかしい」なんて言えない。

ここは、とぼけるのがいいだろうか。
「あんなことって・・・」とボケて、「まーよう、わからんけど」とさらにボケ続ける。
「Hとはもう昔ほどは、仲良くないねん(本当)。そのなかでいろいろあったから、第三者に一つのメールだけ見せて、あれこれ言うのも・・・」
これはまあ、事実だな。
Hに支離滅裂メールを送ったのは、十数年間ものあいだ、「仕事が忙しい」と嘘をつかれ、その間のわたしは、メールの返事を一週間以上も待ち続ける忠犬ハチ公であることがわかったからだ。
親友に欺かれているなんて、まさか微塵にも考えていなかった。
いま考えても、ひどいことをしてくれたな、と思う。
でも、病気の性質上、あっちが正しいんだな。
世の中、不思議だ・・・。

あとは、「ふーん」と猜疑心に満ちた目で見られるだろうが、もう何も言わない方がいいような気がする。
上からじろじろ舐められるように見られるのは、これまでに何度もあったことで、珍しいことじゃない。
じつは障害者に石を投げるって、こういうことなんだけど、偉い人でもわかりはしない。
教育者だからなんて、まったく関係ないよ。
なにをどこまで知ってるんだって感じ。

それでたぶん、Cはまた、わたしが言ったことを、Hに伝書バトするんだろうな。
想像では正常者のHは、「ゆみ! 何考えてるの!! あんなこともこんなこともしたくせに、よう言うわ!!」ってところじゃないだろうか。
あんなこととこんなことは、わたしは自覚がないからわからない。
でも、メールを無視されるくらいなんだから、かなりのことなんだろうな。
ここで「何をしたのかわからない」と言うと、ますます逆鱗に触れるんだろうから、どうしようもないよ。
かくして、HとCのなかでは、わたしは「仕事もせずに遊んでいる、最悪な人」と位置づけられるんだろうな。
あーあ。
人の悩みなんて、その人にしかわからないね。

とまあ、大学時代の仲のよさなんて、大人になったらその勢力図が変わって、どうなるかなんてわからんよ。
とくに、健康を害したとか、なにかで失敗したとかいう人には、なんとなく人は近づきにくくなるんじゃないのかな。
まーわたしの場合は双極性障害で、自分から人間関係を断ち切っていくような病気だけど、たとえこれがうつ病でも、やっぱり友人は離れていったんじゃないかな。
面倒だもんね。
よく言われるように、世の中は弱肉強食だと思うよ。

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死ぬまえに見るもの

yama4

昨日、両親ともども、大阪・伊丹空港の下見に行ったわけだが、わたしは家で、大丈夫か・・・と案じていた。
ゴールデンウィーク中は人も多いだろうし、搭乗するわけでもないのに、どこをウロウロするんだ。
きっと、ヘトヘトになって帰ってくるぞ、と思っていた。

しかし意外なことに、母は比較的元気で帰ってきた。
「あんまり、混んでなかったよ」と言う。
「あ、そう」
「JALの人が親切に教えてくれてな、65歳以上は空きがあったら、安くなるんやて」
「へー」
「周り、旅慣れた人ばかりで、ウロウロしたわ」
「そりゃ、お年寄り2人がキョロキョロしてたら、助けたろって空気になるやろ」

わたしは、これで2人の九州旅行が可能になったなと思った。
あとは、父が6日に受ける検査の結果である。

それにしても、そんなに強行軍をしてまで、故郷に帰りたいもんかねえとわたしは思った。
つい先日、帰ったばかりなのに。
父の部屋には、自分が育った土地の山が、たくさん貼られている。
山・・・、わたしには、なんの変哲もない、不愛想なものに見えるが、あれを見ながら子ども時代を過ごしたから、懐かしいんだろうか。
でもあの写真、かなり山奥だから、見て回るとしたら、タクシーになるぞ。

しかし、ガンの進行に伴い、いつまで動けるかわからないから、好きなようにさせておくしかない。
わたしは、近々、また猫と留守番だなと思った。
そして、なんだかんだ言って、家族の手助けを得ながら、死を間近に迎える人って、これからの時代、少数派になるかもなと思った。
幸せの部類だってことだ。
わたしなんか、完璧に一人で死ぬことになるから、死の直前に「あそこへ行きたい」なんて言っても、誰も願いを叶えてくれないよ。
たぶん、だーれもいない部屋で、心電図の音を聴きながら、「わたしって、どういう人だったんだろう・・・」とか考えていそう。
健康で楽しく過ごせたのは若いうちだけ、37歳からあとは全部暗黒時代。
なんだか、過去も未来も全然明るくないな・・・。
やっぱり、人間は働けなくなると、人生終わるね。

でも、もし見るとしたら、空だな。
6年前、躁が大爆発して、幻覚・幻聴だらけの訳わからん世界に行ったとき、なにも信じられなくて、ただ空を時計代わりにしていた。
ちなみにそのとき、時計は数字の並びが入れ替わっていて、読めなかったのである。
「空だけは、なにがあっても信じられる」とそのとき思った。
真っ青に晴れた空、少し陰っている空、うろこ雲が広がる空、いつも空はわたしのこころを洗ってくれる。
そうだなー・・・、たぶん死ぬ前に見たいものって、空かもしれないな。
地球にいる限り変わらないもの、地球上からいなくなるとき、最後に見るものだからな。

それにしても、こんなしんどい終わり方をするなら、生の意味ってなんだと考えないでもない。
少しでも、毎日を快適に過ごすことか・・・?
これがうまい具合に、働けない人は、遊ぶこともできないのである。
「デスノート」、1週間以上も経っているのに、まだ全12巻を読めていない。
わたしはもともと漫画が好きで、いろいろ読破しているのだが、その趣味でさえも奪われている。
仕事もできない、遊びもできない、遺したものもない。
わたしには、やっぱりふつうの人と比べて、生きている価値がなかったかもなと思う。

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おしゃべりの相手

rokakuki
ガン末期の父が、今日いきなり、大阪・伊丹空港へ行くという。
「飛行機、見に行くの?」とわたしが母に尋ねたら、母は忌々しそうに、「九州に帰りたいんだって。無理だっていうのに」と答えた。
え、このまえ行ったところなのに・・・。
「なんか、温泉でも浸かってのんびりするって言うのよ。できるわけないじゃないの。あんなに、方向音痴になっているのに」
確かに、父はちょっとボケていて、昔のようにあちこち歩き回れない。
今回、伊丹空港に行ったのも、当日迷わないための下見だ。
しかし、付き合わされる母の方は、迷惑である。
たぶんこのまま意思を押し通せば、母は九州までついていかなければならなくなる。

それに、ゴールデンウィーク中の空港って、どうなんだ・・・。
よりにもよって、いまでなくても。
父はきっと、部屋でいろいろ思いを馳せているうちに、どうしてもいま帰りたい、あの故郷の景色を見たい、って具合になったんだろうな。
腹水は、わずか3日であっという間に溜まるというし。
焦る気持ちは、わからないでもないが、タイミングが悪すぎる。

そんな父をよそに、わたしは好天気のなか、部屋でずっとFMを聴いていた。
足のケガがあるので外に出れず、どうしても考えがぐるぐる回ってしまう。
「元彼Sちゃんは、だんだんわたしから距離を置いてきている」という思いがのしかかり、それを否定する材料も集め、比較してうーん・・・と唸っていた。
彼は、去年の11月から、自分から連絡しなくなっているが、その理由を「腰が痛いから」としている。
でも、車を運転できるんだし、仕事もしているんだから、ちょっとのスカイプができないってことはないよね。
このまえ、わたしの方で具合が悪くて連絡しなかったら、一週間以上音沙汰がなかったから、たぶんこっちが連絡しなくなったら、それで切れてしまうんじゃないかな・・・。
でも、「深緑のなかでおにぎり食べよう」とか、「一緒にラーメン食いにいこう」とも言ってくれている。
いったい、どっちなんだ・・・。
でもわたしのあたまによぎるのは、過去に親友たちに裏切られたときの思い出である。
彼女たちのことも、わたしはずっと変だなと思っていたのだが、たまに「××へ行こう」と誘ってくれるので、大丈夫だなと安心していた。
でも内実は、その時点ですでに、親友同士でわたしのことを「付き合いきれない」と、切り捨てていたのだ。
そのときのことが、Sちゃんにも当てはまるような気がして、わたしはSちゃんも、信じているうちに、だんだん離れていく感じがするのだった。

昼過ぎ、お風呂に入りながら考えた。
「Sちゃんがいなくなって、誰一人、日常会話ができる人がいなくなったら、生きていけるのかな」
いまから仕事もできない、ボランティアはしたけれど無理、習い事は人間関係がややこしいだろう、あと人が集まるところって・・・、思い浮かばない。
だいいち、わたしはさまざまな症状で、日常生活に支障が出ているくらいだから、なにかをやろうとすること自体、難しい。

動けない自分を前提とすると、ヘルパー・・・は、話し相手じゃないし、障害者に差別的発言をする人もいると聞く。
死んだ友人Kは、ヘルパーによる美人局に遭っていたしな。
ヤクザさんと繋がっているヘルパーが、市にいるなんて、ほんと怖いよ。
話し相手になってくれるボランティア・・・、いや、話というものは、合わないとつまらんのよ。
やっぱり、どこかで見つけてきて、自分と同じ話題ができる人じゃないと。

考えた末、出たのが「AIによるおしゃべりロボット」であった。
わたしがいま、いちばん欲しいのはこれだな。
というかピッタリじゃないかな。
わたしは病気ゆえ、人に迷惑をかけるようなことを言うが、ロボットなら平気じゃん。
べつに難しい受け答えしてもらわなくてもいいんだよね。
わたしがしゃべる内容に対して、どんどん学習してもらって、話が合うようになってくれれば楽しいわ。
でもおしゃべりロボット、出来るまでに時間がかかるだろうな。
思ったより早く一人ぼっちになりそうなわたしには、だいぶ間に合わないだろうな・・・。

そして結局、考えは「やっぱり、誰と出会うのも無理だろう」というところへ戻った。
しかし、わたしの悪い癖として、いま困っていないことを、先々考えてしまうことがある。
まだ、Sちゃんは離れていったわけじゃない。
人は、下を向いている人より、前を見ている人に、近づくんだよね。
前を見ることは、いまのわたしには難しいんだけれど、こういうときこそ、FMを聴いたりお風呂に入ったりして、気楽に過ごしたいと思う。

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