LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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最後の健常者の友だち

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昨日は、雨のなか、猫と一日中考えごと。
FMをずっとかけていた。
最近の曲って、80年代とあんまり音が変わらないように思うんだけど、進化していないの? それとも一周回ってきたの?

この日は、元彼Sちゃんのことを考えた。
このまえ、「金曜日と間違えて、木曜日にラインしてしまった、ごめんね」と言ったら、「金曜日でも忙しいんだけどね」と冷たい返事が返ってきた。
なんだかなー。
この人は、わたしとうまくやっていこうっていう気があるのかな。

そもそも、出会ったのが某サイトでのチャットだった。
チャットをする人って、まず100%、こころが淋しい人だ。
そのとき、Sちゃんはまだ娘さん夫婦が宮崎にいて、7LDKの家で、たった一人でポツンと暮らしていたから、たぶん淋しかったんだろうと思う。
でも、いまはまったく環境が違う。
祖父祖母娘婿孫2人、一家7人の大家族だ。
土日には、祖父祖母も母屋から出てきて、みんなでごはんを食べるんだという。
「孫に振り回されて、しんどいよ」と言いながらも、嬉しそうにしている。

思うところ、Sちゃんは、その他大勢と違って、永遠の淋しさを紛らわせるためにチャットをしていたのではなく、完全な期限付きだったのだ。
どうせ、家は建ててあるんだし、あとは娘夫婦が来るのを待つだけ。
チャットで知り合った人間なんて、いつお払い箱にしてもかまわないんだよね。
娘さん夫婦が滋賀に来たのは、去年の8月か9月だと思うが、わたしとSちゃんが最後に会ったのも、9月である。
その後、わたしの具合が悪かったり、Sちゃんが腰を痛めたりもあったが、なんか象徴的なような気がする。

そして、わたしが酒を飲まなくなったのも、大きいと思う。
わたしが酒をやめると言ったときに、「でも、ちょっとは飲んでほしいな」とか「二人でワインポトル1本くらいやな」と言っていたので、まさか完全にやめるとは思っていなかったのだろう。
正直、わたしの役割は、たまに一緒に飲んで、楽しく過ごすキャバ嬢である。
口では、「酒を飲まなくていい」と言っているが、本音は、「少しは飲んでほしい」だろうな。
つまり、酒の相手として面白かった人間だったから、そういう意味でも、用済みなのだ。

こんな状況下で、わたしは自分にとっても、この先Sちゃんが必要なのかな、と考えた。
まえから自分中心な話し方をする人で、いま障害者として正常者に向き合っているわたしからすれば、単なる聞き役にしかされていない。
また、どこかへ連れていってあげようと言いながら、結局8ヶ月間どこにも行っていない。
Sちゃんにとって、わたしがキャバ嬢なら、わたしにとって「正常な世界への窓」であるSちゃんは、役割を果たしていない。

部屋のなかで、曇った窓を見ながら、ポケーッと考えた。
いくら、最後の健常者の友だちだといっても、媚びなきゃ繋がらないようじゃ、続かないだろう・・・。
FM、猫、本、スマホ、パソコン、窓。
いまは、世界はそれで完結している。
気のせいだと思うけれど、もう一人でいいんじゃないかと考えたりする。

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