LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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冷やし中華の話など

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昨日は、4日ぶりに元彼Sちゃんと話した。
Sちゃん・・・、まえは冷たくなったと思っていたけど、最近マシ・・・?
この頃は、わたしも上の空にならず、アハハな話をしていたからだろうか。

どっちにしても、ラインしても、ずっと寝る直前にしか返事が来なかったのが、いまは速攻返事がくるようになった。
悪いけど、男だなーって感じ。
男性は、女性に対して、面倒くさいと思ったら、おかまいなく冷たい態度をとるけど、女が「ねぇ~ん、ルパ~ン」と近づいてきたら、ばっと身をひるがえして、「ふ~じこちゃん!」になったりする。

そんなわけで、峰不二子になったわたしは、「今度いつ会えるの? なに食べるの?」と直球を出していた。
「わたし、暑いから、冷やし中華が食べたいな」
「冷やし中華、美味しいね。今度はそれにすっか」
「フライパン要るね。卵焼き焼かないと」
「外に食べに行くんでもいいよ」

それから、冷やしうどんの美味しさの話に変わり、夜は焼肉を食べようという話になった。
焼肉、嬉しい!
新世界の串カツでもいいけど、とにかくわたしは、どこか外に連れ出してほしかった。
ほんとに、家のなかだけじゃ、息がつまるよ・・・。
Sちゃんがいなかったらと思うと、目の前が暗くなるよ。

しかし、美味しい話をした後、なぜか話が老齢年金のことになり、Sちゃんが「仮に、年収を二千万だとしたらよ?」と例を挙げたので、わたしは仰天して、「Sちゃん、いまの人の年収知ってるの?!」と詰め寄ってしまった。
富裕層は、すでに貧困層と致命的に解離しているわ・・・。
わたしは、年金受給が70になろうが75になろうが、5年間の空白ができてしまうんだよ、と言ったのだが、Sちゃんはこともなげに、「それまでには、じゅうぶん貯金があるでしょ」と言うのだった。
何気に腹が立つので、こういう話はやめにしておく・・・。

だけど、こういうわたしって、ほんとにキャバ嬢で、富裕層にエサを与えられて、あたまを撫でられて、わずかな享楽を頂いている、せこい貧困層って感じだなー。
まー障害者の行く末なんて、そんなもんだろうけど。
なんか、一抹の寂しさを覚えるわね。
昔は、一億総中流家庭で、わたしもその一人だったわけなんだし。

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介護と妹

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昨日は、美容室に行ってきた。
いつもの、カット・リタッチである。
担当の美容師さんが、ここはあーしましょう、とこぎみよく決めてくれる。

わたしは、そんなサロンの雰囲気を楽しめず、「なんで妹は、介護の心配をしなくてすむのか」という考えごとをしていた。
彼女は、義母・義父は亡くしており、もう誰も要介護な人はいない。
しかも、お金を使いきれないほど持っている。
母は、「嫁いだ娘に、頼ることはできない」というが、その話、もう古いんじゃないの。
いまは、どこを見ても、介護はきょうだいで等分って、書いてあるんだけど。

夕食後、そのことでずっとあたまを悩ませていたら、ちょうどH病院で知り合ったIちゃんからメールが入り、その話をしたら、「うちもそうだよ」と言ってきた。
Iちゃん曰く、「お母さんが元気なうちに、家族会議をして、誰が面倒をみるのか決めておかないと」とのことである。

あー・・・、やっぱりそうだよね。
ずっと考えていたけれど、なんでいま、わたしが母と一緒にいるから、自動的に母と運命を共にしなければいけないのかと・・・。
家族会議をして、介護問題はわたしだけのものじゃないって、話し合えば、楽になるだろうな。

そんで、母に「最近は、嫁いだからどうのって、関係ないみたいよ」と言ってみた。
すると母は、つんとした表情で、「わたしは、独居老人として生きるから、あんたも出ていったらええねん」とはねのけるのだった。
もう・・・。
じつはこれは、半分拗ねていて、わたしが困るのをわかっていて言っているのである。
じゃなかったら、「嫁いだ娘には頼りたくない」=「嫁がなかった娘には頼りたい」とは言わないだろう。

わたしは、妹の手助けを借りようとしない、あくまでわたしと母の問題にしようとする母に、腹を立てた。
独居老人とか施設とか言っているけれど、わたしが簡単に、そうはできないのをわかっているんだよね。
しんどい・・・・・・。
やっぱり、猫が死んだら、出ていこうかな・・・。

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FMを聴きながら

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昨日は、介護の件は、「食事と洗濯までは、どうせ一人でもやるんだから、それはしよう。でも、ほかのことはヘルパーさんにお願いしよう」と一応考えた。
介護老人を抱える家のすべてが、ピカピカの家に住んでいるとは限らない。
ボロボロで汚くて、あっちこっちモノが散乱している家もあるはずだ。

ひとしきり、考え事をしたあとで、わたしは本を読んだり読まなかったり、空を見たりしながら、FMを聴いていた。
しかし、FMのヘビーローテーションって何?
若い頃から思っていたんだけど、一日に何回も同じ曲を流されて、うるさいんだけど。
ヘビーローテーションは、6月から新しい曲に変わったけれど、またこれをずっと聴くのかと思うと、うんざり。

それでもやっぱり、FMをつけているのは、つけていなかったら、ただのボーっとした人になるからである。
一日中、膝を抱えて空を見て、妄想にふけっている人・・・、ヤバい。
まーふつうの人は、ここでテレビを見るんだろうな。
でも、わたしはテレビが苦手なのである。

そんなふうにボーっとしていると、ふとカレンダーが目に入った。
明日は土曜日か~、などと考え、憂鬱になる。
土日は堤防に行くと、家族連れがたくさんいて、遊ぶぞー! って楽しげな雰囲気でいっぱいである。
わたしは平日も土日もなくて、暇だけど誰も周りにはいなくて、ふつうの生活をして余暇を楽しんでいる人が、羨ましい。

フェイスブックを見ても、季節がいいせいか、土日はダーッとUPされていて、サイクリングとか友人との飲み会とか、みんなあちこちに行っている。
やっぱり、淋しいねえ・・・。
自分は病気の性格上、たとえネット上でも、あんまり人と仲良くしたら、自分がマズイと思っている。
この病気は、自分が知らない間に、人に偉そうな態度を取ったり、言うべきじゃないことを言って、相手が怒っていても、ケロッとしてしていたりする。
だから軽蔑されるんだよね。
これだけは、うつ病と違って、「病気だから」では許してもらえない。
でもわたしが勝手に考えたところ、双極性障害って、たとえばあたまに外傷を負った人が、言動や性格がガラリと変わって「まえのあの人じゃない」になるのと、似ているんじゃないかと思うんだよね。
まーそんなことは、誰もわからないから、フェイスブックの友だちのコメントも、ほとんどしていない。

そういうわけで、お天気もいい今日一日(@大阪)、またFMを聴いて、本を読んだりスマホを見たり、炊事の手伝いをしたりしながら、穏やかに過ごそうと思う。
将来の不安とか、たくさん雲があるけれど、その隙間からさす暖かい光に力づけられて、前へ進もうと思う。


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過去の産物

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ここ数日間、調子がよくて、既読の本を休み休み、読んだりしている。
それにしても、古い本って・・・、なんか面白いものが出てくるわ。

昨日、おおっと思ったのが、ブリーフとネグリジェだった。
「俺のブリーフ、取ってくれよ」
「彼女のネグリジェから胸元に手を差し込んだ」
げー。
ブリーフを穿いたおじさん・・・、気持ち悪い。

学生運動の時代に書かれたものにも、ヘンなものがいっぱいある。
「パンと牛乳を買ってくるわ」
牛乳。清涼飲料水がなかった時代の飲み物は、コレだったのね。
だから、あんなにエネルギーがあったのかしら・・・。

学生運動時代の若者って、ナルシシズムに陶酔していたから、すごく偽善的なこともしている。
乞食同然のおじいさんの死のために、「月の砂漠」をみんなで歌って、我々は正義だ! と作品中で照らいもなく主張している。
でもはっきり言って、この世代って「戦争を知らない子どもたち」。
戦争を知らないばかりか、学生運動で日本をお騒がせしたあと、就職して高度成長期時代に乗って、そのまま老後にゴールしている。
いまのところ、わたしは日本での勝ち組は、この世代だと思っている。

あと、必ず出てくるのが、「金髪の外人」である。
外国人を表すものといえば、全部コレ。
作家さんともあろうものが、なんで外国人にはたくさん人種がいることが想像できなかったのか。
いま書いたら、陳腐だよな。

いろいろ思い出してみると、ヘンなモノが出てくる作品と、そうでない作品の差って、「流行に乗っているかいないか」というところかな。
酒場はいいけど、ワインバーはアウトみたいな。
しかし、そういう難癖をつけて、本を読んでいるわたしもどうかと思う。
まー、それだけ体調がいいということだろう。
いつまでこの状態が続くかわからないから、その間にできるだけ本を読みたいと思う。

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本の整理とか酢豚とか

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また母から、マンションの本の整理をしよう、と言われたのである。
げー・・・、面倒くせー・・・。
しかし、早くなんとかしないと、自分一人ではどうにもならないのも、事実である。

このまえ300冊処分したのに、マンションにはまだ、本がどばーっと残っていた。
部屋の片隅にある段ボールを開けてみると、さらに大量の本が発見され、もう本のゴミ屋敷状態になっているのである。
たぶん、もとは800冊くらいはあったんじゃないだろうか・・・。
理由が「捨てられない」だから、ほんとうのゴミ屋敷の人と、同じ心理だよね。
幸か不幸か、いまは新しい本が読めなくなっているから、これからはそんなに増えないと思う。

それらを売るものと捨てるものとにより分けて、捨てるものを段ボールに入れている合間、わたしは本棚を見ていて、サローヤンとヘミングウェイがないことに気がついた。
うーん・・・、これは買い戻しておかないと・・・。
やっぱ、持っている本を全部処分、という考えは、躁のなせる技だったのだな。
ほんとうに、躁のときって怖いことするなー。気をつけないと。

その後、本のことは忘れて、父も交えてO将に行く。
酢豚が、いつになくしょぼかった・・・、野菜が箸でつまめないほど、小さいのだ。
「どこも、原材料が手に入らなくて、困っているんだなー」と、世の中を少し感じる。
でも、ちょこっと調べたら、食糧の高騰の理由って、天候不順だけじゃないそうね?
ということは、これからもずっと、しょぼい酢豚が続くのかなー。
なんだかほんとうに、日本って、豊かなんだか貧しいんだか、わからなくなってきたわね。

酢豚に関しては、ごはんを持ってきてくれなくて、文句を言ったら、大盛りがやってきたので、ラッキー・・・、というか、食えねえよ!
頑張ったが、ごはんも酢豚も、少し残してしまった。
どっちが美味しかったかというと、ごはんである。
O将は安いし頑張っていると思うけど、このままではさすがに客も、酢豚を酢豚認定しないんじゃないかな。

さて、そんなことは忘れて、O将を出たあと、マンションから持ち帰った本を、またダラダラと読んだ。
休憩は、10分に1回くらい、結局ほとんどはボケーっとしているかな。
どの精神病患者でも同じだと思うが、どうしても集中力が続かない。
まーこのせいで、新しい本が読めないわけだけど、いつかコレと思う本があったら、挑戦してみたいと思う。

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老眼鏡のこと

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昨日、思い悩んだ挙句、アマゾンでサローヤンとヘミングウェイと、おまけに大友克洋と星野之宣を買ってしまった。
ああ~!
わたしは、売ってしまった300冊を、また買い戻す気だろうか~!!

ところで、わたしには老眼がある。
もともと、ド近眼だったので、近くは裸眼で見えるのだが、遠くは全然見えない・・・、ってそれ近眼じゃないか、って感じだが、眼鏡の検定士さんによると、それは老眼で、遠近の調節ができなくなっているんだそうである。
そういうわけで、わたしは老眼鏡を2つ持っている。
なんで2つかというと、遠近両用をかけた瞬間、「気持ち悪い~!」と言ったからだ。
先の検定士さん曰く、「かけた瞬間、そういうふうに言う人は、遠近両用は絶対無理」とのことである。
まーわたしとしては、上を見たり下を見たりするよりも、眼鏡を替えっこする方が、オシャレでいいじゃん・・・、とこの歳になって思ったりしているのだが、やっぱり不便といえば不便である。

しかし、老眼鏡って、人前に出るときがちょっと困る。
昔、老眼の人が新聞を離して読んだり、眼鏡を外しながら見たりしているのを見て、「おじいさんだな・・・」とか思っていたが、自分が同じ立場になっている。
なにしろ先日、服屋で値札を見ようとするのだが、どうしても9が6とかに見えてしまい、気づくと値札を自分から遠ざけて、人から見たら明らかに老眼の人になっていた。
これは・・・!
流行の服を買うのに、老眼はいかんだろ・・・。

わたしは、今後のオシャレについて、ちょっと考えを改めなければならないかもと思った。
しかし、その一方で、いまの服屋さんって、どうせ店員が1・2人しかいないし、ほとんど接客しないし、地味な服を買うぶんには、変に思われないかなと思った。
ブカブカのおばさん服を買うくらいなら、「あの人、老眼だな」と思われる方がいいな。
地味で流行のスタイル。これが今後の方向性だな。

あと、電車でスマホが見れないという難点もある。
まーわたしはもともと、電車では人間観察をしているから、見れなくても困らないけど、ちょっと見ようかなと思ったときに、あ、駄目だ、と思う自分がいる。
誰もわたしのことなんか、見ていないけど・・・、やっぱり恰好のいいものじゃないよね。

わたしはどうも、外見ばかりを気にするので、どうしようもないなと自分でも思うのだが、オシャレが趣味なので、仕方ない。
老眼鏡については、外出用のフレームは、元彼Sちゃんが言うところの「アラレちゃん眼鏡」である。
「アラレちゃん眼鏡」、オトボケ感がカワイイね。
眼鏡は乱暴に扱うと、すぐ壊れるので、2本使いなわたしは、大切に使っていこうと思っている。

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高校の同窓会のこと

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昨日はなにかの拍子に、高校時代の楽しかった日々を思い出した。
その次に、2年後に行われる同窓会を、どうしようという気持ちが浮かんできた。
前回が一回目だったんだけど、そのときはよかった。
付き合っていたカレシとも出会えたし、3回も告白してきた思い出の人にも、出会えたし。

しかしなー。
彼らは余裕があるんだよ、服装を見たらわかる。
わたしはそのとき、かわいードレスを着ていたけれど、次に会うとしたら、話が変わってくるんじゃないか。
わたしはいま、ジーンズしか持っていない。
もし、まえのような立派なホテルで開催されたら、着ていくものがない・・・。

同じような悩みを、働いていない女性は持っているんじゃないだろうか。
80歳まで同窓会に出続けるおばあちゃんなんて、相当自信がある人だと思うよ。
女性は、わたしの考えでは、外見が綺麗じゃなくなったら、ああいう多数の人が集まるところには出ていけないと思う。
あと、余程のキャリアがあるとかじゃないとね。

ちなみに、5歳年上の元彼KJの代は、いつも居酒屋でやっていると言っていた。
確か、来ているのは70人程度。
毎年だから、そういう少数になるのかもしれないが、2回目は1回目より人数が減るのは、間違いないだろう。
今度の幹事が、それに気づいて、ホテルをやめてくれたらいいけど。

1回目同窓会で、付き合っていたカレシには、「(2回目は)見られる姿なら来る」と言ってある。
べつに、なんとなく言っただけだけど、向こうは、まさか服がないからなんて理由だとは、思わないだろうな。
なにしろ、バブル世代の彼らは、新聞で「貧困」という文字を見ても、まったくの他人事だと考えているに違いない。
たかが取引先に異動させられたくらいで、文句言ってたからなー。
健康があって、終身雇用があって、家庭があって、いったいなんの文句を言ってんのって感じ。

いろいろ空想するが、やっぱり幹事が、会場をホテルにしたら、わたしは行くのをやめるかな。
だって、女性がじつは服に困るんだってことを知らないのは、勝ち組の男女だもんね。
歳をとっても、美しさにこだわる女性が、ドレスコードに引っかかって、ほかの女性と比べられるなんて、耐えられんわ。
こういう言い方でなくても、同じ意見の女性は多いはず。

まーそれでも、なんかのきっかけで、キレイなドレスが手に入ったら、そのときは考えよう。
服が変わっても、どうせ中身のしょぼさは変わらないんだけどね。
皆さんの健常パワーを浴びて、ちょっと正常に戻れるいい機会だし。

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イケてない写真

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昨日、同窓会の写真を見ていたら、自分がデブに写っているので、なんだかなーと不満に思えてきた。
実際、このときはデブで、いまより体重が10kgくらい、多かったんじゃないかな。
いまは、痩せすぎなんだけどね。

わたしは、ことごとく、こういった「人生でたった一枚」の写真で、ヘマをしたりする。
そのときは何にも考えていないんだけど、あとで考えたら、30年ぶりの同窓会の写真なんて、貴重である。
それなのに、塾の友だちと、油断した一枚。
バカ―!
顔の輪郭を細く見せるには、カメラと顔を平行にしなきゃ駄目なのよ。
なんでこのときに限って、その掟を破るの?

こういった失敗はほかにもあって、最近気がついたんだけど、20代の華やかしり頃、相次いで友だちの結婚式に呼ばれたのだが、なぜかわたしは、毎回すごく変な恰好をしているの・・・。
格子柄の黒いブレザーに、黒いブカブカのスカート。
若いのに、なんでこのスタイル??
おかげで、たくさんの友だちの結婚式の写真に、ダサい服装が、記録されてしまった。
も~!
あとから、大勢の人たちが、一生持っているかもしれない写真になることを、まったく考えていないんだからなー。
悔やむに悔やみきれない。

それにしても、写真といえば、わたしは30代前半まではあるんだけど、やはり発病してからは、どんどん少なくなってくる。
枚数だけじゃなくて、写っている人の人数も。
最近、20代の写真を見たら、ウジャウジャと人に囲まれていて、えっ、わたしはこんなにたくさんの人の中にいたの? とびっくりした。
いまはもう、自撮りでしかあり得ないので、淋しいものだと思う。

そんで、わたしは、先の同窓会のリベンジをしたいと一瞬思ったが、やっぱりそんなの、しない方がいいよと考え直した。
だって、これからは、どんどん老いていくだけだから、リベンジどころか、質が落ちて、連敗記録を残してしまう。
それに双極性障害は、人々の記憶にある、正常だったときの自分を、自分自身の手で破滅させていくので、同窓会でそれが起きると、悲劇である。

結局、やっぱり一人かなー。
高校時代の同級生とは、いつまでも付き合っていくつもりだったけど、歳をとると、デブとか老いとか双極性障害とか、いろんな問題が起こりうるんだってことを、想定していなかった。
甘かったなー。
たぶん、どっかのアルバムには、そんな自分のイケてない写真が貼られていて、「人生は予定通りにいかないよ」と書いてあるのかもしれないな。

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別れれば別れるほど

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今日は、精神科通院日である。
H主治医は、毎回といっていいほど、わたしに「カレシはどうなりましたか?」と訊いてくるのだが、その度、わたしは正直に答えて、ついでに恋愛相談をしてきた。
しかし、この頃は、こっちの方でネタがないのである。

返事に詰まっていると、「そうですか、○○さん(わたし)も、ついに愛の狩人をやめましたか」と言う。
愛の狩人~~??!!
なんかツルっと出てきたんだけど、それ、いつの時代の言葉よ?!
昭和50年くらい?!
たぶん、先生はある時期から勉強しかしていなくて、俗世を知らないのだな。

このまえも、ついに「そうですか、ついに恋多き女をやめたんですね」と嬉しそうに言った。
「いえ、わたしが会わないのは、男女限らずですよ? 人に近づくと、嫌われるってわかったから」
「ニヤニヤニヤ」

なんでそこで、ニヤけるのだろう・・・?
まーわたしが面白い患者だってことは、なんとなくわかっているけど。
「○○さん(わたし)は、来て7年だとは思えませんねえ。10年くらいいるような気がしますね」とH先生は、宣言する。
そりゃな・・・、自分で書いたポルノ小説を、主治医に読ませる患者は、いないかもな。
きっとほかにも、いろいろ、お騒がせなことをしたんだろう。

しかし、男性のことでいうと、瀬戸内寂聴がいうとおり、別れれば別れるほど、次に付き合う男のレベルが下がっていくのは、事実だろうと思う。
10・20代の頃は、選び放題だったのが、だんだん「以前なら、この人とは付き合わない」という人を選ぶようになり、ついに誰もいません状態になった。
もちろん、自分も劣化しているから、人のことは言えない。

思えば、わたしはもともと結婚する気がなかったから、20代後半あたりの、花盛りの時期に、誰か×1とかで、「結婚はしなくてもいいよ」という人を、見つけていればよかったのかもな。
恋愛は続けたかったけど、年齢がいくほどに、自分を安売りしなきゃいけなくなることまで、考えていなかった。
時間を巻き戻せるなら、高校時代くらいに戻したいね。
若い頃は、バカだったな・・・。

妙齢の女性に対して、「売れ残り」の言葉は失礼だが、いまのわたしはそんな感じである。
誰かを、深く好きにならなかったことへの罰というか。
わたしは、恋多き女より、一途に思いを遂げている人の方が、うらやましくて仕方ないな。

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人間ネットワークづくり

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昨日は、精神科通院日だったのだが、わたしはかねてから課題として、「リアルの人間のネットワークをつくる」をH主治医に宣言してあったので、先生に「やってますか?」と訊かれた。
わたしは、「それが・・・」とお茶を濁した。

「具体的な策が見つからないんですよ・・・・・・、ちょっと、高校の同窓会を思い出しましたけど・・・、2年後なんです! でも、ホテルでやられたら、着ていく服がないし」
「服なんか! 誰も、ドレス着て、チャラチャラやってへんで! あんたがいま、着てる服でええやんか!」
「でも、さすがにこれは駄目ですよね?」←(ニューバランス・蛍光オレンジ)
「・・・」
「先生のところの同窓会って、何人くらい集まりますか?」
「えーっと。400人いて、100人くらいかな」
「女性は、60過ぎるとキツイですよね?」
「そんなこと、あれへんで!! みんな飛行機とか乗ってくるで」
「女性、何人くらいいます?」
「半々やな」
「(へー!)」
「あ、でも高校はやめた方がいいな。2次会・3次会と重なるにつれて・・・」
「あ、それわかります」
「酒もあるし、昔のなじみで、そういうことになって」
「ありがちですよね」
「でも、僕には関係ありません」
「わたしにも、関係ありません」

とまあ、ここ数日間ちょっと悩んでいた、同窓会の出欠について、H先生が少し雲をはらしてくれたのだった。
ふーん。
ふつーの恰好でいいのか・・・。

あと、同窓会っていうものは、考えたら、卒業してからの付き合いの方が、はるかに長いんだよね。
20年? 30年??
高校生活がたった3年であることを考えると、これってもう、高校生活・第二部だよな。
もう全員、大人になって別人だし、話も違えば、人付き合いも地殻変動が起きてくるような気がする。
それを思うと、わたしは参加意義がある。
リアルの人間のネットワークづくりの一環だ。

そうはいっても、あと2年後の話だからね。
いろんなリアルの人間と接する機会を、つくっていかないといけないな。
いくらなんでも、何十年も、死ぬまでたった一人というわけにはいかないし。
時間が経って、風向きが変わるのを待つというのも、一つの手かなと思ったりする。

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大学関係ネットワーク

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最近、高校の同窓会のことばかり考えていたが、じつは、昨日は大学の同窓会だったのである。
だがこれは、この度のわたしは人間ネットワークづくりにおいて、あまり重要視していなかった。
なぜなら、体育学部の飲み会というのは、成人してからも凄まじく、大学時代と変わらないのだ。

しかし、わたしの友だちづくりプロジェクトは、急に現実味を帯びてきた!
たまたま横にいたRは、PSW(精神保険福祉士)で、作業所に勤めているとのことだった。
作業所! なんだすごく精神病患者のことわかってるじゃん!
これは頼れる!! さっそくラインを繋げた。
あとは、ダンスをやっていて、「8月に発表会やるから、見に来て」と言ってくれたダンス部だったN。
行くよ、ありがとう、みんな~~!!

なんかの話の流れで、わたしは自分の状況を、みんなに話す順番になった。
「躁のときに、人に要らんこと言うたりして、嫌われるねん。だから、わたしは、人にはあんまり近づかんようにしてる」
「このせいで、いま友だち一人もおれへんで~」
「この病気は、だいたい20年かけてやっと、病気のことがわかるねん。わたし、17年目やから、やっとわかってきたってところかな」

ふと真正面にいた二人を見ると、深刻な顔で聞いていた。
え・・・、どこがだろう? 
「でも、いまはコントロール法を覚えたってことやんな?」
「うん、うん」
「それならよかったやん。やっとそこまで気づいてんから、大丈夫やんな」
「うん、うん」
それで、周りが優しく、うんうんわかってあげるよムードになった。
ありがたい・・・けど、わたしは油断していなくて、いくらどんなに優しい人でも、わたしの躁をまともに受けたら、逃げらずにはいられなくなるからね。
躁が上がってきたときをいち早く察知し、薬を飲んで、SNSもやめて、自分を一人にするしかない。

でも、こうやって外に出れば、出会いがあるもんだなあと、しみじみと感じた。
リアルの友だち!
ほんとうにできたら、嬉しいな・・・。

帰りに、水泳部だったKに、「ふつうって何か、最近わからへんようになってるねん」と、話してみた。
彼女は相当酔っ払っていたが、「ふつうは自分が決めるもんやで。自分が心地いいと思えば、そこでいいんちゃうかな」と、落ち着いた大人の女性の意見を言った。
なんか、わたしだけ子どもだな・・・。
そもそも、今日の会は、バスケ部だったHが、校長先生になったから「訓示を聞く会」だったんだよね。
みんな、仕事していて、偉いなー・・・。

わたしは、帰り道、ちょっと不安定な精神状態に陥った。
まー人間ネットワークづくりといっても、すぐには無理だな。
ぼちぼちいこう・・・・・・。

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これから出会う人

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昨日は、わたしにはあり得ない、LINE漬けの日。
まず、いっつもゲームだけ送ってくる陸上関係の友だちK(男・同輩)に、「ゲームばかりしてたらあかんで」と送ると、彼は、「でも遊んでくれへんやろ」と言って、それからダラダラ長話になった。
この人とは不思議なご縁で、高校3年生の強化合宿で一緒になってから、細々とながーーく続いている。
あたまがいいので、こっちから話しかけるには、ちょっと敷居が高いのだが、ときどき、お互い連絡を取り合ったりしている。
じつは、なんの仕事をしているのかも知らない。
彼のいいところは、会社がどうの嫁がどうのと、現実的な話をあまりしないところである。
この度は、これからの趣味の話とか、飲んでいる焼酎の話をした。
趣味は盆栽を提案してみたが、土いじりが嫌いという理由で、却下された。

それが夕方に終わったあと、今度は一昨日の、大学同窓会のグループが発足して、一気にどばーっと人数が増えた。
○○大学と銘打ってあるので、たぶん目標は、同級生全員だろうな・・・。
だけど、わたしは大学時代は陸上部以外の同級生をほとんど知らないのだ。
みんなワイワイ楽しそうにやり取りしているけど、内容がさっぱりわからん。
もっと話せる相手が入ってくるといいんだが・・・。
同窓会的なものって、来ない人はとことん来ないね。

それから、同窓会のとき誘ってくれた、ダンスの発表会とか、PSW(精神保健福祉士)のRのこととかを考えていると、あー友だちが増えそう! と期待と不安が混じった気持ちになった。
それにしても、ふと考えると、みんな弾け飛んでいて、まだ若いんだよね。
わたしはここ数年間、両親と元彼Sちゃんとしか、話をしていなかったから、なんだかあっちの方がわたしの世代なんだよな・・・、と改めて思ってしまった。
両親は仕方ないにしても、Sちゃん、・・・ちょっと歳を取りすぎだなあ・・・。
必ず自分の意見を押し通すし、説教ばかりするし、頑固だし、旧家の長老だし、孫9人(予定)だし、楽しいかと言われれば、楽しくない。
それでも唯一のリアル友だちだから、大事にしようと思っているのに、今週か来週末に会おうって言っていた件について、なんの音沙汰もない。
必要だと思っていても、この人、霧みたいに消えていくんじゃないか・・・。

かつて、生涯の親友だと思っていた人たちを、わたしは躁で攻撃して、すべてを失った。
Sちゃんも、もしかしたら、そうなるのかもしれないな・・・。
でももう、これから出会う人には、躁エピソードで軽蔑され、避けられたくはない。
だから、自分ルールを忘れず、失敗がないように気をつけなきゃ。

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衝撃の「やっちまった」

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昨日は、大変なことになった。
先日の大学同窓会で、わたしは「友人が一人もいない」と言ったとき、うちの陸上部の女子キャプテンが、すごい表情を変えていたので、理由を考えてみたのだが、「もしかして、彼女はわたしを友人だと考えていたからでは」と思い当たった。
だとしたら・・・、「あなたは友人ではないよ」と友人に宣言したことになる。・・・

わたしは焦って、どうしよう?! と悩んだのだが、結局、少し前からメル友のMちゃん(双極性障害)に、相談を持ちかけた。
「友だちって、どの頻度で会うもの?」
「わたしの場合は、何年も会ってなくても、メールのやり取りしてたら友だち」
「それじゃ、地雷踏んだかも。その子とは、一年に二回会うだけなんだけど、親切にしてくれてたから」
「地雷かなあ? ゆみちゃんの場合、いままで病気のせいで親友を失ってきたから、人と会うとき、無意識に一線引いていたんじゃないかな」
「確かに・・・。彼女もまえに離れていった親友と同じように、仕事で忙しいんだよね。もう自分とは一緒じゃないと思ってる」
「大抵の健常者は忙しいんだよ。素直に”自分とは一緒じゃないと思ってる”って言えば、楽になるかもよ」
「そうかー。メール送ってみようかな・・・」
「うんうん、頑張って~。その人とはこの先、いい関係を続けられるんじゃないかな」
「そうかー。じゃ、頑張ってみるわ」

ということで、わたしはさっそく、女子キャプテンRちゃんにメールを書いた。
自分は仕事だと嘘をつかれて、10年以上親友にハブられていたこと、それと平行して、障害者として生きているうちに、社会で活躍する同級生たちを、次第に友だちと見れなくなったこと、そして、働く人の邪魔をしてはいけない、気軽に話しかけられる存在ではない、近づくとまた嫌われると思っていること、だからRちゃんのことは、わたしにとっては友だちというよりも、懐かしい同級生です。
と書いた。

そしたら、返事が返ってこない・・・。
わたしは、もう駄目かと思い、せめて同じ陸上部の男子幹事に、事情を説明しておこうと思った。
「Rちゃんに、友だちじゃなくて、同級生だって言ってしまった。意味わかる?」
「俺なら、付き離れた気になります」
「Rちゃんに嫌われたら、もうわたしは終わったな・・・」
「大丈夫! 慌てず、素直な気持ちを書けば!」
「経験上だめかな。こうやって人間関係を壊すのが、わたしの病気やから。いままでにもたくさん失ってきたけど、今回は立ち直られへんわ・・・」

わたしは落胆する間もなく、ただボーっとしていた。
でも、遅くになって、Rちゃんからメールが入った。
「ごめん、上司と一緒やったから。変なこと言ってないよ! よーくわかるよ。でも・・・でも? ゆみは大事な仲間の一人。飲み会でもいつも一緒やん。これからもよろしくね」

そうかー・・・。よかった!!
でもやっぱり、「でも・・・でも?」のあたりに、「なんか言ってることがわからないな」という混乱があるかな・・・。
・・・・・・! この問題は、正常な人の前で、口に出さない方がいい・・・。
正常な人には、「わたしはあなたに近づくと迷惑をかけるから、あなたと距離を置きたいんです」が通じないんだな。

狂人が正常なふりをして、社会に紛れ込んでいるって言うけど、わたしはまさにそんな感じになるな。
そのためには、その場の禁止ワードも習得しないと・・・。
やっぱり、双極性障害のプロとしてはまだまだだな。
気が疲れるけど、焦らずいこう。

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正常な世界の解読

kagami2

昨日は、引き続き、大学陸上部Rちゃんのことを考えていた。
メールの返事に気になる点があったからだ。

「変なことは言ってないよ。よーくわかるよ。でも・・・でも? なんて言えばいいのか・・・。わたしたちは仲間だからね!」
この、「でも・・・でも?」が、どうしても引っかかったのである。
彼女には、すでにわたしに対する違和感があるのだ。
「やっぱり、なんかおかしいよ・・・」と。

わたしは、彼女へ宛てたメールを、何度も読み返してみた。
すると、途中までは流れがあるのだが、ラストが急に字数が減って、あなたのことは友だちじゃなくて、懐かしい同級生です、と書いてある。
こんな腹の立つ言葉を納得させるほど、わたしはなにかを打ち明けたのだ。
・・・なんだろう??

さらに読み返してみる。
「障害者として生きているうちに、正常な世界との解離が深まり、社会で活躍する同級生を、友だちとして見れなくなってしまった」
「仕事の邪魔をしてはいけない、気楽に話せる存在じゃない、近づくとH&A(10年間ハブられた親友)みたいに嫌われる」
「Rちゃんは活躍しているから、友だち・・・え? って感じ」
「障害者として価値観が狂ってしまったようです」
「いまのわたしにとって、Rちゃんは懐かしい同級生です」

・・・わたし的にドキッとするのは、ケロっとしてRちゃんのことを「あなたが友だちだなんて、え?」と堂々と言っているところ。
続いて、「障害者、狂う」という言葉が入っていること。
続いて、「もう、昔のあなたしか知らないです」って、何気なく白状しているところ。

う~~ん・・・。
正常な人は、この文章をどう読むんだろうな。
ミラーに映ったものの形を、想像するような、そんな作業がわたしには必要となる。

頑張って考えたところ、Rちゃんがこのメールを読んだとき、「えー! 言っていることはわかるけど、あなた狂人になってるよ・・・。障害者ってこういうこと? でも・・・でも・・・? 友だちなんだから、守ってあげないと・・・」、あたりなのかな・・・とモヤモヤ思う。

でも、どっちにしろ、Rちゃんとは年2回程度会うだけなので、トラブルは起こらないと思う。
そもそも、わたしが同窓会で、「躁ってこんな感じ」を話してしまったのが、間違いだったのよ。
はー。
しかし、話したら駄目なことが多くて、ほんとうに疲れるわ。
あんまり、自分のことを話すのをやめよう。
お酒やめたから、気をつけていれば大丈夫だと思う。





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考えごとの毎日

rodin

昨日も、また一日じゅう考えごとをしていて、なにもできなかった。
「あれ? なんでこの服着てるの」
「猫にエサやったなんて、知らない」
「いつの間にか、厚揚げ食べてる・・・」

ふつうの人なら、何日間も、同じ考えごとを続けるなんて、しないだろう。
そこが、わたしの病人なところだと思う。
わたしがボーっと創作途中の作家になっているうちに、両親が、「障害者手帳の期限が切れてる」と言って、わたしを市役所へ運び、書類を書かせ、回転寿司を食べさせ、古本屋で大量の本を売らせた。
自分では、なにもしていない・・・。

大学陸上部のRちゃんへのメールを、正常な人がどう読むのかわからない。
わたしは、いつもの他力本願が出て、「そうだ。今週末に元彼Sちゃんが来るんだった。Sちゃんに読んでもらおうかな」という気になった。
しかし、Sちゃんという人は、人間洞察に優れてはいるが、精神世界には疎い感じなんだよね・・・。
あのいつもの強引さで、「これはこういうことなんだよ」と教えられたら、わたしはそれを信じるしかなくなる。
どうも、気が進まないな・・・。

ほんとうは、H主治医にメールを見せるのが、いちばんいいのだ。
H先生のすごいところは、まったくのブレもなく、一言で「こういうことですよ」と言い切って、それがハズレないところである。
でも、診察日まで、まだ日にちがあるな・・・。
うーん。
それまで、考え続けるのもしんどいし。

わたしがこんなにRちゃんにこだわるのは、根底には「もうこれ以上失いたくない」「軽蔑されたくない」という気持ちが強くある。
わたしの病気は、躁になったとき、軽薄・軽率・薄っぺらい人間になる。
それを、自分では自覚できないし、コントロールもできない。
だからそんなわたしを、周りは軽蔑・白い目で見て、離れていく。
わかったあとは、後悔もあるし、羞恥もある。
こんなことの繰り返し・・・17年間・・・、そしてこれからもずっと。

失敗したあとは、「大事なものこそ、先に失っていく。こんなことが一生続くのか」と絶望して、一瞬死にたくなる。
でも、わたしは自殺はしないと決めているので、どう生きようかと考える。
いままでは酒をあおって、とりあえずごまかしていた。
今度はなにも飲むものがないので、自分は失い続ける人生なんだって、ある程度あきらめなきゃいけないな。
歳を重ねて、そのうち、だんだん慣れていけばいいなと思う。

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冷麺の予定

hiyashichuka

自分でも厳禁だなあと思うのだが、考え事をしているうちに、すっかり元彼Sちゃんのことを忘れていたのである。
たぶん近々会う予定だな、と思いつつ、まったくなんにも考えていなかった。
ついに、Sちゃんから「おーい」と連絡が入る。

「お出かけのこと?」
「うん」
「じゃ、スカイプしようか」

Sちゃんから見れば、1週間に1回は定期的に連絡していたキャバ嬢が、急にだんまりを決め込んだので、声をかけられずにいられなくなったのだろうか。
男を追わせるには、逃げるといいってほんとうだなー。・・・
――じゃなくて、Sちゃんは仕事と町内会の会合で、ほんとうに忙しかったのだ。

「今度は、冷麺を食べに行きたいな」
「そうだねー。季節感のあるものをね」
「じつは、そっちに一軒あるんだよ」
「えー? どこに??」
「広い道路の突き当りをあーしてこーいったところ」

じつは、最初に冷麺を食べたいと言い出したのは、わたしなんだけどね。
どうやら、検索好きのSちゃんは、連絡のないあいだ、わざわざうちの近所に、中華料理屋がないかどうか、調べてくれたようだ。
うーん・・・。用意周到。
まーキャバ嬢だろうが、わたしに会うのは、楽しみにしてくれているんだな。

誰かとお出かけするのは、わたしは久しぶりなので、嬉しい。
冷麺のあとは、どこに行くかなー。
公園はもうちょっと暑いし、商業施設は婦人服ばっかりだし、あと温泉? 映画?
でも、「家でゆっくりするのもいいね」とSちゃんが言ったので、もしかしたら、Sちゃんは疲れていて、こっちが本音かもしれないな。
んー。だとしたら、仕方ないなー。
夜は焼肉でも、連れていってもらうか。

ところでSちゃん、7・8月はもうスケジュールがいっぱいで、どうにもならないらしい。
また、暇になるな・・・。
その間、わたしは、冷房の利いた部屋で、FMを聴きながら、本を読んだり、スマホを見たりして、夏を過ごそうと思っている。
冷麺は、そのための助走かな。
買い物のときや、夕方の散歩のとき、痛いほどの太陽の光を浴びて、元気になろう。




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父とわたしと妹

blueangry

「(元彼)Sさんから、連絡来ないの?」と、母が昨日、訊いてきた。
「もう、明日の話になるけど」
「仕事急に入って、頑張ってんねんやろ。ギリギリまで連絡けーへんよ」

母は、わたしがSちゃんと約束した、今日のお出かけのことを言っているのだ。
訊かれたときは、なにも考えなかったが、ふと、「母は、わたしがいない間に、妹を家に呼び寄せたいのだ」と気がついた。

それで、Sちゃんの報告を待つ。
すると、Sちゃんは、昨日の夕方、やっとLINEしてきた。
「大丈夫だよ」
「そか。じゃ、冷麺を食べに行こう」

それで妹は、今日の夕方、来ることになった。
わたしと妹は、お互い双極性障害で、なにがあっても必ずぶつかる。
わたしはわりと、けろっとしているのだが、向こうは頑固で、一度気に入らないことがあると、数年間に及んで連絡を絶やす。
2年くらい前の高校同窓会で、挨拶をしに行ったら、臭いものから遠ざかるように、無言で立ち去った。
人が見ている前で・・・、わざとらしく恥をかかせて。
二度とこっちから折れる気はない。

この度は、妹は末期ガンの父に会うために来ることになる。
父の状態は、まだ元気なものの、頭髪がなくなっている。
そのことを本人はとても気にしていて、ときどき自虐的なことを言っている。
腹水は、CTでは少し溜まっているとのことだったが、見かけは変わらない。
精神科のH先生によると、「それでまだ元気? ん?」ということだった。
長持ちしているということだろうか?・・・

もう、両親ともどもあきらめているが、わたしと妹のあいだは、修復しない。
これを、親不孝と呼ぶんだろうなー・・・。
でも、双極性障害って、遺伝と関係ある病気で、70~80%の発症率である。
双子でこれが生まれてしまったら、お互いを軽蔑し合うのは、宿業ってもんだろうか・・・。

Sちゃんは、「(父のために)穏やかな生活をしてあげることが、いちばんだよ」と言う。
そうだねー・・・、父には悪いけど、わたしと妹は別行動の方が、いいんだろうな。
しかし、こんなことを永久にやっているつもりだろうか、とも考える。
人生は、まだまだ長いのにな。

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緑と花と冷やし中華と焼肉

bara_garden

昨日は、元彼Sちゃんと冷やし中華を食べたあと、公園に行って、緑と花をしばらく眺めた。
明るい陽光のもと、爽やかな風に吹かれて、わたしは久しぶりの外出を楽しんだ。

食べているときも、歩いているときも、Sちゃんは政治の話をする。
わたしもそれに絡んでしまうので、朗らかに歩いている中年男女とは、ちょっと違う。
夜、焼肉を食べているときも、始まったので、わたしはついに、やめようよと言った。
テーブルマナーには、政治の話はタブーだよね。

でも、深夜はよかった。
わたしたちは「ダイ・ハード2」を観た。
しかしこれ・・・、ジャパンバッシング映画だよね??
80年代、ニューヨークに日本人が建てたビルの中を、アメリカ人が走り回って、次々と破壊していき、最後に日本人ビルは、粉々に砕け散る。
当時のアメリカ人は、さぞかし気持ちよかっただろうなー。
最後に、メリークリスマスと言わなかっただけでも、よしとするか。

そんな感じで、わたしがブツブツ突っ込みを入れるので、またしてもSちゃんが、嫌な思いをしただろうと思う。
ほんとうに、わたしとテレビの相性は悪いな~。
こればかりは仕方ない。
誰も、わたしと一緒に見ないでと言うしか・・・。

しかしふだん、お出かけをしないわたしにとっては、Sちゃんはこころのオアシス。
勝手だけど、わたしの悪癖には目をつぶってもらって、また誘ってくれるのを、心待ちにしたいと思う。

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旧家の人

suberidai

昨日は、元彼Sちゃんと遊んで帰った夕食時、話題がSちゃんになった。
Sちゃんは、毎回大阪に来てくれたとき、高価なお土産を、「ご両親に」と言って、持って来てくれる。
いままでのカレシで、そんなことをする人は1人もいなかったので、両親はびっくりしたのだが、いまでは期待でワクワクしている。
今回は、滅多に手に入らないお茶と、あゆの甘露煮だった。
父は、「これは高い」と唸った。

「まえのほら・・・、鶏の手羽先も美味しかったな、柔らかくて」
「悪いのぉ・・・、こんなにもらって」
「旧家だから、誰に出そうと、しょぼいクッキーじゃ駄目なんやろ」←わたし。
「なんやっけ、トラ・・・トラ・・・」
「トランポリン。滑り台も2台あるらしいで。遊園地にするつもりかな」
「すごい家があるもんじゃなー」
「母屋は50人が宴会できて、Sちゃんちはその横の7LDK」
「ほうー。でも、蔵ないということは、戦争で持っていかれたのかな。お宝は?」
「お宝はないよ。いちばん大事にしてるのは、1万円で買った日本刀と、3千円で買った掛け軸」

と、下々の者は、ただただ伝統ある旧家というものに、感嘆するのみだった。
「いったい、なんの話するの?」
「政治」
「それで、どんな感じ・・・」
「説教くさい!! 人が話そうとしても、”待て、俺が話すから待て”!!」
「あっはっはっは」

そして、Sちゃんがわたしと別れたあと、滋賀の自宅で、孫のザリガニ採りに付き合わされたことを話した。
「今度、わたしにもザリガニ食べさせてくれるらしい」
「えー。あれ、食べれるの?」
「フランス料理にあるよ」
「へー。そばに綺麗な川があるんやな・・・」
母は、自分の田舎を思い出したようだった。
うちの近所には堤防があるけれど、その川は一時、汚染された日本有数の川である。

わたしは、洗剤がぶくぶく浮いた川を、団地から見ていたので、綺麗な川と言われてもピンと来なかった。
大阪の団地で育ったわたしは、Sちゃんや母と、たぶん感覚が違う。
Sちゃんは、自然あふれる土地で、ぼっちゃんと呼ばれて育った人で、こっちは核家族のカギッ子である。
ただ、自然を感じることは大事だよ、と教えてくれたSちゃんに、感謝している。

でも今後、Sちゃんちみたいに、曽祖父から孫まで、一緒に暮らしているような家って、だんだんなくなるんだろうな。
そしてSちゃんちは、昔の日本家庭の標本みたいになっていくのかな。
ふと、わたしのあたまに、縄文時代の生活のジオラマが浮かんだ。
不思議だけど、旧家にはなんとなく哀愁を感じてしまうな。

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アダルト動画の憂鬱

heart6

昨日は久しぶりに、アダルト動画を観ていた。
しかし・・・、なんでいつもこう、同じパターンのものばかりなのかね。
それと、女優さんがやっているのはいいんだけど、その他大勢は素人同然だよね??
ギャーギャーみんな、同じわめき方。
はい、あなたもういいです。――と、先送りしたいし、そうしている。

それにしても、なかには「ちょっとこれ、ほんとうに中学生じゃないの?」という体格の子もいて、なんか怪しいね・・・。
わたしもたいがい晩熟だったが、高校のときは、一応女性らしくなっていたよ。
うーん・・・。どうなんだろ?
虐待で家出とか、貧困な親が子を売ったとか、そういうのあったりして・・・。

それから一瞬、アレー? と思ったのは、大学の陸上部を名乗る女性だった。
陸上トラックがあって、仲間との練習風景があって、そのまんまその人がロケバスに入って、撮影を始める。
しかし、わたしの時代だと、練習のときはTシャツランパンであって、決してユニフォームは着ないんだよね。
やっぱ、にせもんだろうなー、と思いつつ、それにしては、やたら製作費かけていないか? とか気になる部分はある。

わたしがこんなことを考えてしまうのは、最近の大学生が、お金がなくて、高い奨学金の返済のために、風俗店で働いている人もいるという話を聞いたからである。
風俗に勤めている女子学生がいるなら、アダルト動画に出ている真面目女子学生もいないだろうか?
ただ、アダルト動画の問題は、ネットに出回って、一生つきまとわれることである。
あれは全員、よく考えた方がいいよと言いたい。

とまあ、このへんの女性事情は、男性にとっては、「もうわかった話でしょ」なのかもしれない。
ただ売春は、古代エジプトからあったから不滅だが、アダルト動画に関しては、精巧なCGかなんかにならないもんかな? などと考える。
それは無理! って怒号が聞こえてきそうな気がするけど、一昔前は、エロ本だったんだし、江戸時代は浮世絵だったんだし、この先もわからないよな? と勝手に思う。

さて、なんでわたしが、こんな持論を唱えてしまうかというと、じつは、アダルト動画に出ている女性は、ほとんどがお金に困っているわけで、それを思うと、わたしは、彼女らを直視できないんだよね。
あえいでいるはずの場面で、「イタイ」なんて言っちゃって、下手な芝居をしているなーなんて思うと、ほんとうにこころが沈むんだよね。

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旧友の北海道旅行

hokkaido

昨日は、ちょっと打ちのめされた。
LINEで、○○大学のグループに入っているのだが、突然、陸上部女子のHが入ってきたのだ。

Hは、「夫のDVに遭い、二人の子どもを抱えて、大変な思いをしている人」というのが、わたしの見解だった。
しかし、それはまるで違っていた。
その後、再婚したらしく、「いま北海道。夫と、日本一周の夢を叶えるために、北海道には1ケ月か1ケ月半います」と書いてあった。

えー! なにそれ?!
自由業なの??
そんなことができる人って、ごく限られているだろう・・・。

周りの反応も、いいないいなーだった。
Hといえば、大学時代は、競技は強かったが、そのほかは冴えない子だった。
でもいまは、きっちりした大人の女性としての、知性を備えている。
しかも、アイコン? の写真が、とても綺麗なんですけど・・・。
弾けるような笑顔で、ほんとうに幸せそう。
このくらいの年齢で、自分の写真をアイコン? に出せる人って、いろんな意味で、自分に自信がある人なんじゃないかな。

みんなのやり取りを見ていると、わたしはまた、こころが重くなっていった。
Hとは仲がよかったから、話しかけたい。
でも、勝ち組の人たちはあんまり気にしないみたいだけど、負け組はどうしても、自分の生活と比較してしまう。
わたしは迷ったが、結局、声をかけなかった。
とにかくいまは、「いま何してるの?」なんて訊かれたくなかった。

わたしはまた、自分の不運を呪った。
不運だと思うし、不幸だとも思う。
昔は、いちいち悲しんでいたが、いまは怒っている。
みんなが、生き生きと人生を謳歌しているときに、わたしは障害者として、老後の生活みたいなことをしている。
人生は一回しかないのに、ひどいじゃない。
このまま、死ぬまで、わたしはこういう運命なの??

じつは、今日は身体が辛くて、さっきまで寝ていた。
最近ときどき、午前中に、だるくてたまらないときがあるのだ。
たぶん体調に波があるから、眠剤が効いたり効きすぎたり、いろいろあるんだと思う。
うっとうしい6月の雨のなかで、わたしはもう、みんなと同じ世界じゃないと、嫌になるくらい反芻したことを、また考えた。
たぶん、これから歳を追うごとに、みんなとわたしの解離は進んでいくと思う。
いまより辛い未来なんて、もう想像もしたくない。

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精神病患者の居場所

ari

今日も、身体がしんどくて、眠い。
昨日、眠剤を半分に減らしたんだけど、それでも駄目だった。
たまにこういうことがある、だったのが、毎日こうなっている、になっているな・・・。
なぜだろう。うつ期に入り始めているのかな・・・。

それにしても、昨日考えていたことは、つくづく人間社会から脱落した者は、行き場がないなということである。
精神病患者――うつ病とかADHDとかじゃない――は、わたしの知るところ、精神病院・デイケア・作業所・就労支援センターあたりに集められていて、これって自虐的にいうと、社会から隔離されているなって思う。

こんなことを言うと、精神科関係のプロは、「そうじゃない、あくまでも患者さん一人一人の病気に合わせて」とか言うと思うけど、その患者さんが、病前どんな仕事や生活をしていたかを、彼らはまったく知ろうともしないんだからなー。
精神は身体とそれと違って、リハビリテーションじゃないんだよ。
リハビリテーションの語源は、「元の社会に戻す」っていう意味なんだから。

まー思うところ、精神病の人への待遇は、いまも昔も変わっていなくて、人間社会から離して、しかるべき場所に収容しておこう、っていう考えが、どっかにあるんじゃなのかな。
その証拠といえるものが、デイケアにいるスタッフの態度だよ。
学校を出たばかりの若い女の子が、「○○さん(わたし)、こんなことをしてもらったら困ります」なんて言って(ただのミス)、こっちは「すいません」なんて言わされていて、賃金ももらっていないのに、あれは、自分が飼い主で、精神病患者は羊だとでも思ってるんだろうな。
これが、収容所でなくてなんなの??

まったく、人間社会のなかで働けないということが、人間として、どれだけのダメージを受けることか。
立場がなくなる、価値観が狂う、人間関係を築けない、・・・人間って、社会を構成して生きていく生物だから、その社会からはみ出てしまったら、隔絶された、離れ島で暮らしているようなもんだよ。

健常な人たちは、障害者のことを、「わりとふつうに生きている」と思っているんじゃないかな。
「いまは、昔と違って、石を投げられたり、差別されたりする時代じゃないから」とか。
でもこれ、いまでも両方あるんだよね。
「どこも悪くないのに、親のスネかじって」って石だし、「この人、どうせ仕事もしてないから」っていう扱いは差別だし。
やっぱり、脈々と、障害者がまともに扱ってもらえない社会は続いていると思うよ。

だからといって、「まともに扱ってくれ」という気は毛頭ない。
ドロップアウトした人間を、生かしてくれる福祉国家は、ほんとうにありがたいと思う。
だけど、自分の人生が、人に生かされなければならないモノになったなんて、どうしてもときどき、虚無感に襲われるな。

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睡眠中の出来事

hitsuji_suimin

大変なことが判明したのである・・・。

この頃、わたしは朝が起きれなくなって、午前中ずっと眠くてしんどい、という状態が続いていたのだが、昨日、元彼Sちゃんが、「フェイスブックに同じ記事が2つあがってるよ」と言ってきた。
「え!?」
「文章は、微妙に違うの。時間は、夜の9時と深夜2時」

その日は、Sちゃんが、うちのマンションに来てくれた日である。
Sちゃん曰く、「夜の2時頃、リビングの明かりがついていた」とのことである。
つまりわたしは、自分の知らないところで行動し、フェイスブックを書いていた?!
証拠が残っているから、そうに違いない。
えーー!!

だとすれば、腑に落ちるところが、いろいろある。
最近、わたしは夜中にトイレに起きるということが、まったくなくなったと思っていた。
また、夜起きて行動していたんだとすれば、しんどい日とそうでない日が、はっきり分かれているのも、理解できる。
それにしても、近頃、しんどい日が増えているということは、夜中の行動が、エスカレートしているいうことではないか。
どうしたら、これを治すことができるの??

今日、さっそくH主治医に会うが、・・・しかし、自分をふと見つめると、なぜ夜中に行動したりするのかというと、「暇だから」という答えが返ってくるのだ。
わたしは昼間、なにもすることがない、誰と話すこともない、孤独な人間だ。
そんなわたしが、眠剤で抑制が外れたとき、「寝ているなんて暇」とばかりに、スマホをいじり始める、というのはとても考えられる。
こういうのって、眠剤を変えただけで、解決する問題じゃないような・・・。
無意識の行動って、どうしようもないよな・・・。
人間、無理をすると、必ずどこかに影響が出てくるな。・・・

まーそうと決まったわけではないが、とにかく、H先生の指示をあおごう。
わたしは、常時「ここが悪い」と言っている、手のかかる患者だ。
でも、決して嘘じゃないんだよね。
絶えまなく、身体のあちこち変調が出て、ほんとうにもう勘弁してくださいって、思っているんだよね。

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マンションに宿泊

昨日は、Hクリニックから帰ったあと、急に一人になりたくなって、マンションに泊まった。
マンションは快適だ。
なんと言っても、老夫婦の会話を聞かなくてすむ・・・。
べつに悪いわけじゃないけれど、世代間の話題の違いに、疲れることもあるのだ。

わたしは、久しぶりにマンションで一人になって、すごく気が楽になった。
好きなだけ、本が読める、好きなときに食事ができる。
聞きたくもないテレビを、聞かなくてもいい。

それで、昨日は思い切りリフレッシュした。
まだまだ、読みたい本が、たくさんある。
楽しいなー。
このところ、わたしは自分でもふさいでいるな、と思っていたが、案外、同じ環境で閉じこもっていたのが原因かもな。

ふー。
あと1日、マンションにいよう。
じつは、冬物のシーツも洗って干したんだよね。
自分の裁量で、生活できるって、楽だな。
もっとも、部屋はぐちゃぐちゃになるけど。

・・・しかし、ちょっと首をひねるけど、わたしはわりと両親からストレスを受けているのかもしれないな・・・。
うーん。
ネットを移動させたり、引っ越しをするなんて、いまのわたしには、エネルギーがなくて、できないんだけどね。
猫もいるし、いますぐ実家を離れるのは、無理だけどね。

とりあえず、いまはこうして、たまにマンションに泊まるかな。
パソコンがないから、ブログがじつに書きにくい。
薬の副作用で、わたしの指は、常にブルブル震えているんだよね。
ヤク中みたい・・・って、そのとおりか。
スマホ、ほんとうに腹が立つの。

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遭難の日

sounan

ひー!
昨日は、快適マンション住まいをしていたのに、なんと大阪の天気予報は、今日から一週間、全部雨。
わたしは、駅前に自転車を置いていたので、帰れなくなる!!

しかも、スマホが電池切れを起こしていた。
急いで、コンビニへ買いに行く。
しかし、これって、70%のところで止まってしまったんですけど?!
そういうものなの?? わからんけど、わたしは連絡網をすっかり断たれそうになり、どうしよう~と考えた。

窓の外では、激しい雨が、ざあざあ降る。
なんか、不安な気持ちになる。
テレビでは、陸上の日本選手権をやっていた。
叩きつけるような雨・・・、これじゃ、記録は出ないな。

わたしは、テレビと本とスマホを見ながら、なんだかこころをざわつかせていた。
まるで、遭難だ・・・。
連絡網を断たれたまま、動けない。
うーーん・・・。
せっかく、快適なマンション生活を送っていたのに・・・。
思ったんだけど、やっぱり実家で毎日、両親と顔を付き合わせているのは、しんどい。
彼らの会話の内容もテンポも、歳のせいだろう、どうしてもわたしを項垂れさせてしまう。

でもまあ、今回は仕方ない・・・。
今日の午前中を逃すと、もうほんとうに一週間出れなくなるみたいだから、わたしは早朝、準備してマンションを出た。
ああ、残念。
もっと、あの本もこの本も、読みたかったー。

それにしても、マンション生活、お金がかかりすぎるわ。
油とか調味料がないから、お弁当を買ってくることになるし、電気代もプラスされる。
こんなの、毎日していたら、わたしの貯蓄計画が、もろとも崩れ去る。

でも、のちのちの60歳のわたしのことを考えて、いま好きなことがやれないって、どうなのかな。
それは、確かに途中で、年金が大幅に減らされる恐怖はあるが、なにも好きなことをしないで、ただ歳をとっていくのはなあ・・・。
なんだかそれもどうなんだろうか、という気がしてきた。
わたしは、考えていることが、コロコロ変わるので、自分でもあきれる。

いまは、ちょっと両親のもとにいるのが疲れているから、雨がやんだら、またマンションに遊びに行こうと思う。
そこでまた、困るのは、ブログをスマホで書くことなんだよね。
わたしはリチウムを飲んでいるから、指が見てわかるほど、ブルブル震えちゃっていて、スマホはほんとうに面倒くさい!
一日くらい書くのやめたら? って思われるかもだけど、誰にも思ったことを吐けないから、ネットでブツブツぼやいているんだよね。

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ドロドロの日

dorodoro

昨日は、ドロドロだった。
実家で両親の立てる音を聞いていると、イライラして、仕方なく頓服を服んだのだが、これがよく効いて!
夕方から、眠くて眠くてたまらなくなり、夕食にも間に合わなかった。
なんでこう、いったい急に、両親といるのが、しんどくなってきたのだろう。

春の始めにもこういうことがあったから、まず、わたし側の問題なんだろうな。
やっぱり、躁が上がっているのかな・・・。
マンションで、一人でいるときは、ご機嫌なんだけどな。
うーん。これからまた、マンションに行く・・・。

マンションにいるときは、読書ばかりしている。
自由だ、幸せを感じる。
ふわ~っと、ときどき揺れるカーテンが、心地よい。
お金があって、猫がいなければ、ずっとここにいたいなあ・・・。
あと、家事能力だな。
まーそれは、ヘルパーさんに来てもらえば、なんとかなるか・・・。

しかし、こんな夢を抱くも、よく考えたら、もし母がもっと老いたら、こんなふうに、数日間も家を空けたりできなくなるのではないか。
いまだけなのではないか。
将来のことを考えると、やっぱり暗い気持ちになる。
わたしは、母とはもともと気が合わないから、この人と、毎日どこにも行けずに、顔を会わせているなんて、すごく辛いだろうな・・・。
こんなことを言うと、「罰当たりだ」と言う人もいるだろうと思うけれど。

とにかく、いまのところは、自分の具合が悪いと思ったら、逃げることだ。
薬でヘロヘロになるなんて、それもまた、しんどいことだ。
ヘロヘロになっているわたしを見て、また母親も心配する。
お互いが気遣い合いをしすぎないように、いちばんいい策をとっていきたいと思う。

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交際費のこと

昨日も今日も、自宅マンション住まい。
しかしこれ、お金がかかるんだよね。
食費とか、自転車置き場代とか、電気代とか、1日1000円くらい。
わたしの小遣いは、月1万円なので、かなり痛い。 無制限に泊まれる、ということではない。

そういえば先日、大学の同級生が、ダンスの発表会を見に来てね、と言ってくれたが、考えたらこれもお金がかかる。
週1度の練習も見に来てね、と誘ってくれたが、これは立派なランニングコストとなる。
健康なときそうだったが、考えてみれば、人と人間関係を作るということは、交際費がかかるということだ。
わたしは今まで、財産を形成するにあたって、計算上のことばかり考えていて、交際費のことはなにも考えなかった。
でも自分から、リアルな人間のネットワークを作ると決めたのに?
どうしてそこに、頭がいかなかったのだろう?

しかし友人関係も立派な財産の一つである。
これは重要なものだ。
決して外してはいけない。
わたしはうーんと考えた。
財産の形成と人間関係の構築、これをどうバランスよくとっていけばいいのだろう。
しかしわたしは、すべての友人を失い、一人ぼっちになってしまった自分の人生の危うさを考えた。
人間はひとりでは生きていけない。
それを考えるとやはり、財産をなくすことがあってはいけないが、人間関係をまったくのゼロにすることもいけないだろう。

わたしはこれから、ダンスに誘ってくれた彼女が、どう言ってくれるかわからないが、せこい話、1万円以上の交際費がかからなければ、できる限りお付き合いしていきたいなと思った。
ほんとうに、声をかけてくれる人がいるだけでもありがたい。
計算上の貯金は、まー・・・、減ってもいいか。
そもそも必要経費として、入れ忘れていたわけだから。

いつも考えることだけれど、これからどういう出会いがあるのかな。
たぶん、別れる人もいるんだろうな。
でもそれは、いま考えても仕方がない。
わたしを木に例えるなら、友人という葉がないボロボロの枯木だ。
これから、 友人関係がより豊かになり、だんだん 緑が増え、夢だけど、初春の木くらいになったらいいなと思う。

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両親の旅先

昨日も、読書と瞑想に耽った。
それとlineが、ピンピン頻繁に鳴っていた。
大学関係のグループの1つから、8月に飲み会があるという連絡を受けた。
嬉しい!

それと、元彼Sちゃんからも、7月中旬に休みが取れたという連絡も来た。
やったー。
これで、7・8月のわたしのスケジュールが、豊かになった。
こんなことで喜ぶ私は、やはり普通と違うかもしれない。

それはそうと、本棚を漁っていると、私が過去に旅行した旅館のパンフレットが、数枚出てきた。
京都・伏見の〇子屋、会津・七日町通りの宿、神戸・△楽園、吉野・□古家温泉、大阪・千早赤阪村◇楠荘、・・・、これらはわたしが、だいぶ昔に行ったはずであるが、あまり覚えていないところもある。

じつは先日、両親は奈良・吉野のある温泉宿に泊まったのだが、それが大変良かったらしく、父はまたどこかへ行きたい、今度は海を見に、関空へ行きたいと言っているのだが、私の知る限り、関空では海は見れなかったのでは?? 
それに関空へ至るまでの電車は、大きなスーツケースを持った外国人ばかりで、とてもお年寄りに、席を譲ってくれるとは思えないから、関空へはわたしは、勧めたくないと思っている。

まー福島県とか神戸は遠すぎて無理だと思うけれど、吉野や千早赤阪なら、可能ではないかと思うけどね。
ともかく、検討してもらうため、パンフレットは家に持って帰ろう。
Sちゃんは、私のこういうところを見て、「やっぱり親思いだ」などと言うが、私はあまりそうは思っていなくて、じつはへんに歪んだ「尽くすタイプ」なのだと思う。
何かこう、自分が優位に立ってホラホラどうだ? と見せびらかすのが趣味な感じ?
悪趣味だとは思うが、どうしてもこれがたまに顔を出す。

そういえばこの前も、立花隆の「臨死体験」をマンションから持って帰って、父親に渡した。
いいのか悪いのかわからないが、わたし的には死を迎える人にとっては、心の安らぎになる本だと思っている。
まーそんな感じで、Sちゃんの言うことは、当たっているのかどうか分からないが、わたしはわたしで、思うところがある。
父も、あとどのくらい歩けるかわからないので、本格的な夏が来るまでに、少しでも多く旅行してくれたらいいなと思う。

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エレクトーンとコタツ

electone

昨日、マンションから実家に帰ってきたわけだが、マンションの部屋を眺めていて、いろいろ思うことがあった。
いちばんは、「エレクトーン、捨てたい!」である。

これがなければ、コタツが置ける・・・。
うちのマンションは、床暖房なんかないから、冬は足元から冷えまくる。
やっぱり、日本人としては、コタツがないと駄目なのだ。
かねてから、そう思っていたところに、先日、蜘蛛の巣にかかったかのように、元彼Sちゃんが言った。

「コタツを置いて、鍋なんかやりたいねー」
「そうだねー」

わたしは、ピンとこころの中でひらめいた。
Sちゃんに、何食わぬ顔をして、「Sちゃん、コタツ欲しいって言ったよね? 買ってー」と、言えばいいのだ。
わたしにとっては、虎の子の1・2万だが、Sちゃんにとっては、子どもの小遣いである。
うーむ。なかなか、いい案だ。
コタツでぬくぬくしながら、Sちゃんは酒を飲んで、わたしは温めたウーロン茶を飲んで、あんこう鍋とか。
よし、言ってみよう。

だが問題は、エレクトーンのリサイクルあるいは廃棄についてである。
エレクトーンというのは、100kgくらいあって、屈強な3人の男でも、苦戦を強いられる。
わたしの持っている機種は、まだギリギリ買い手がつくようだが、たぶん運送費と相殺されるだろう。
まーお金がかからないだけ、助かるというものだけれど。

そんな話を、母にしていたら、だんだん話が変わってきて、なんかいつも言っている年金になってしまった。
わたしの障害年金は、3級に落ちた場合、生活費が足らなくなる。
母が貯金している自身の介護料も、「10年間もつかどうか」。
心細い・・・。
母を介護しながら、果たしてコタツのあるマンションを維持できるのか。

マンションに2泊3日してきて、痛感したのは、せっかく買ったのに、わたしはいつここに住めるのか、ということである。
こんな、別荘がわりにしているんじゃなくて、昔みたいに本格的に住みたいんだよね。
でもそれは、障害年金2級がいつまで通るか、母の今後の体調がどうなるかで、まったく見通しが立たない。
高齢で精神障害者で保証人がいない人に、部屋を貸してくれる人はいないと思うので、わたしは死ぬまで、マンションを死守しなければならない。
それにはやはり、3級に落ちるまでの間、ちまちまお金を貯め続けなくては・・・。
わたしって、一生貧乏だな。・・・
ここまで貯めれば大丈夫、ってところまで貯め続けなければならないわけだから、それなりの心労はある。

それにしても、双子の妹といい、Sちゃんといい、お金持ちは周りにいるのに、だーれも手助けはしてくれないな。
お金の問題って、ほんとうに自分だけのものだな。
しかし、母親が言うように、「嫁いだ娘(妹)の世話にはなれない」なんて、昔風の考えをしていたら、必ずわたしは母親と共倒れするだろうな。

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夜中に奇怪行動

kusuri9

あ~・・・眠い・・・。しんどい・・・。
じつは、一ケ月前くらいから、断続的に、夜中に勝手に起きて、なにかやっているみたいなのだ。
一昨日は、自宅マンションで、午前3時半に当ブログを更新しなおしていた。
わかったのは、人気ブログランキングを見たときに、更新日時がそうなっていたからである。

「げ!!」
知らないわたしが、知らないことをしている・・・。
しかもなんで、すでに投稿した記事を、また投稿しなおしているの??
訳がわからない。
こうした、睡眠薬によるおかしな行動は、あたまの抑制が外れているためで、多いのは夜中に食べ物を食いちらかす、なのだが、わたしはどうもブログとかSNSに影響が出ている。
人前でへんなことをしているぶん、食べ物よりまずいかもしれない。
困るなあ・・・。
しかし、なんでこんな副作用が、急に出てきたんだろう。
もしかして、薬じゃなくて、夢遊病じゃないだろうな。
怖い・・・。

さて、わたしは薬に対して、とても猜疑心を持っていて、こんなの必要でなければ絶対飲まないと思っているが、世の中には、そういうのが欲しい人がいるみたいで、大阪の西成あたりで、売買されているというのが理解できない。
精神科へ行けば、タダでもらえるのに・・・。
健康保険に入っていない人?
まー仮にそんな人で、眠れないから睡眠薬を外で買う、というのはアリかと思うが、抗精神薬を高値で買っている人ってナンダ??
あれは、合法ドラッグとかLSDみたいなものと違って、気分がよくなったりは絶対しないよ。
それどころか、デブになるとか、白目になるとか、アゴが突き出るとか、困った副作用がある。
だから、わたしにはほんとうは必要なのだが、H主治医の苦い顔を見ないふりをして、拒否している。

薬事法違反の人たちは、実際に病気で苦しんでいる側からすれば、「ケッ。こっちは嫌で飲んでいるのに、そんなもので面白くなると思ってんのか。勝手にしろ」って感じである。
テレビで薬が映されるたび、ほんとうに不愉快。
彼らがもし、「夜中に起きて知らないことをしている」と怯えるのは、自業自得だけど、わたしの場合は、わたしの責任じゃないんだから、そんなに薬が飲みたければ、病気あげますよって感じ。
どんな障害者でも、健康な人に対する嫉妬って、あるんじゃないのかなと思う。

わたしは、障害年金2級から落ちたらどうしよう、と常に心配しているが、あっちを押せばこっちが出るって感じで、どこかがよくなっても、また夜中の奇怪行動など、おかしな症状が生まれ、全体としてはやっぱりおかしい、というのが精神病なのかなと思う。
でもそのことは、2級の年金が維持できてハッピー、というふうにはならず、夜中に勝手に行動している自分が、一生続いたら困るどころじゃない! と思う。
せめて薬のせいならいいが、夢遊病なんかほんとうにやめてほしい。
脳の障害って、自分で自分のコントロールが利かなくなるから、ほんとうに怖い。








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