LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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プリンスの恋愛活動

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昨夜久しぶりに、以前デイケアで知り合った、プリンス(28歳男)から、電話がかかってきた。
しばらくは世間話をしていたが、この人が連絡してくるときは、必ず自分が恋愛で悩んだ場合なのである。

「○○さん(わたし)は、カレシ、いまどうなってますか」
「わたしは、元彼と一緒にいるよ。この人は歩くグーグルでね、役に立つから、よっぽどの相手が出てこない限り、乗り換えできへんねん」
「へえ・・・、そうですか」
「□□さん(プリンス)はどうなん?」
「いや、じつはね、そのことで相談しようと思ったんですよ。僕ね、いまデイケアのスタッフの女性がいいなと思ってるんですけど、お茶に誘ったら、断られてしまったんですよ」
「そうやな~~~。規則があるのかもしれんなあ」
「そうなんですよ。○○さん、なんかいい方法、ありませんか」
「それは、外の世界に目を向けるしかないやろ」
「そうなんです! 僕もそう思ってたんです。でも僕、無職じゃないですか。無職の理由を訊かれたら、障害者って言わんとあかんから、そういうの女の人って・・・」
「あーそうやな、その通りやな」
「僕、障害者同士の方がやりやすい気が」
「それは言えるね。お互い、わかりあえるし。でも、一人が具合悪くなると、もう一人も悪くなるってこと、あるよ」
「そうですか・・・」

わたしは母親? として、いろいろ案を出してみた。
「お見合いパーティで、障害者編っていうのがあるよ」
「あー。○○さんも、それで知り合った人、いましたね」
「あれは、男のほとんどが、脳性麻痺で付き添いが要る人やから、ハッキリ言って、□□さんは勝率が高い」
「へえ・・・」
「なぜか、女子は脳性麻痺じゃないねん。見た目、どこが悪いのかわからん人。若いよ」
「へえ・・・」

そのあと、大勢が集まるボランティアはどうかとか、チャットはどうかとか、プリンスの通っている病院の中庭には、入院患者が休んでいるので、彼女らに話しかけてみてはどうか、と提案した。
ほんとうに、一回入院すれば、女ばっかりだから、自然に声をかけられるんだけどな。
でも、プリンスは自閉症みたいな人なので、入院には至るまい。

結局、プリンスは「お見合いパーティに行ってみます」と決意を表明した。
「うん、そうやねー。カワイイ子、いるよ」
グフフ・・・、と電話の向こうで、にや~っとしているプリンスが、想像できた。
彼は、自閉症ゆえなのか、しゃべるタイミングや反応の仕方が変わっている。
話しかけているのに無視したり、かと思えばちゃんと考えていて、あとで真面目に返事してきたり。
でも、誠実で知性はあるので、母? としては、まー選ばなければ、大丈夫なんじゃないの? と思う。

電話後、お見合いパーティ・障害者編のサイトを見たら、なんと日曜日、明日だった。
ちゃんと予約しただろうか。
こんなことまで考えてあげる自分って、ほんとうに母だなー。
最近、「若い人」っていう言葉が出ちゃって仕方ないんだけれど、歳をとったと感じるのは、このときがいちばんだな。
だからこそ、若くしてハンディキャップを負って、頑張っている人を見ると、何らかの形で、サポートしてあげたいなと思うんだけどね。

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LINEで大盛り上がり

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昨夜の、大学体育学部のグループLINEは、盛況だった。
沖縄で飲んでいるという、男子柔道部の面々からスタートし、いろんな同級生が、過去の話で大盛り上がり。

うちの大学の女子は、授業で体操競技をしなければならないのだが、そのテストがセクハラ満載で、「パンチラ加点」というのが、あった。
身体が固いわたしも、必死になって体操部の子から、薄いピンクのエロいレオタードを買い、なんとか60点ギリギリの合格点をもらった。
しかもそれだけでなく、なんとバレーボールの男性教員が、そのテストの見学に来ていたというのだ。
すごいよねー。
いまでは、考えられないよね。

その話に前後して、Yのダンスは前後の動きしかないとか、Hは遊びに行って白鳥にかまれたとか笑っていると、Hがだまれだまれー! とか、やっぱり体育学部は、オッスなところがあるのだった。
わたしは在学中、そのオッスについていけなくて、退学を何度か考えたんだけどね。
だって、学食でスカートを穿いていたら、「スカートや!」って、珍しがられたり、蔑まれたりするんだよ・・・。
よその女子大なんか、ブランドバッグを提げて、通学している時代ですよ・・・。

でもいまとなっては、ブランドバッグを提げている大学なんか、真っ平ごめんだし、思い出はこっちの方がたぶん、断然楽しい。
わたしは、みんながわははと笑っているのを見ていただけだが、それでも懐かしい人々が出てきて、こころが弾んだ。
もしかしたら、これから毎週末に、こんなどんちゃん騒ぎ? が繰り返されるのかな。
嬉しいな。

わたしの今年の目標である「リアルの人間のネットワークをつくる」が、なんだか徐々に実現されそうで、ワクワクする。
お互い、知っている仲だから、一からやり始めなくてもいいし、同級生って便利。
わたしは病気ゆえ、人間関係を破壊し続けてきたが、LINEならみんなとあまり接近しないし、発言に気をつけていれば、なんとかいけるかなという気がする。
今度こそ、粗相のないようにしよう。

それにしても、LINEでこうした同級生同士のやり取りって、年配だとなかなかしないような感じがするな。
たとえ新ツール好きな、59歳の元彼Sちゃんでも、絶対しないな。
その、友だちつきあいの仕方に、わたしは、過去の人と現在の人、という一線を見るような気がする。
つまり、同級生と話をするのは、同窓会だけ、というアナログな世界は、アラフィフあたりでグレーって感じ?
なんだか上の人たちは、セピア色になっていくような・・・。

現在56歳の元彼KJなんかは、同窓会大好き男だったから、LINEがあれば、絶対グループを作っているような人だったけど、いま果たしてやっているかどうかというと、怪しいとわたしは思っている。
彼は、新しいものにあまり目を向けず、モノに関しては無関心といってよかった。
想像すると、「現状維持でいい。いまから新しいことを始めても、対応に追われるだけだ」じゃないかな。
そんで、いまだに一年に一回、同窓会のハガキを120人分送っている、という。
まー・・・、100人が来る同窓会の幹事を、一人でやっていること自体が、異常なんだけどね。

そんなわけで、ギリギリLINEで大学関係のみんなと繋がり、よかったなと思っている。
大学時代はまさか、大人になってからも、教室にいるみたいにワイワイ話せると思わなかった。
テクノロジーの進化ってすごい・・・。
いまはまだ、わたしは見ているだけだけど、会話に入っていけそうなとき、ちょこっと話しかけてみたいと思う。

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大学時代の自分を思い出す

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昨日も、大学体育学部のグループLINEは、華やかに繰り広げられていた。
朝から、昨夜の話の続き。
体育学部だから、体育教員が多いのだが、学校というのは、最悪のブラックなんだそうで、「休日くらい気晴らししないと、やっていけない」んだそうだ。

それはともかく、わたしはずーっと話を眺めていて、ふと、同じ陸上部で仲のよかったHが入ってきたのを見た。
しばらく、北海道旅行の話が続く。
わたしは、率直に聞きたいことがあって、彼女が「やっぱり家の方が楽」と言ったのを受けて、「車で寝るのって、やっぱりお尻が痛い?」と訊いてみた。
すると、沈黙があって、もう一人の陸上部Oが、「Mらしい質問で、笑ったわ~!」(わたしは大学時代Mと呼ばれていた)と言い、次いでHも「ほんとそうだよ~」と言い、さらに同じ陸上部のRちゃんから「いいね!」が飛んできた。
ん?
わたしは「なんで?」と尋ねたのだが、ただOが「Mやから」と言うばかりだった。

それで、わたしは過去を思い出したのだが、わたしのキャラって、「的外れなことを言っているのに、本人はすましていて、周りの腰を砕けさせる人」であった。
そうだった・・・、わたしが、みんなの前でなんか話すと、「Mうぅぅ~~・・・膝カク」になっていたんだった。
うーん。なんか、昔の感覚が、蘇ってきたわ。
でも、そうだとすると・・・、

わたしは、学部では当然すみっこの人間だった。
発言力はない。
でも、デジタルの世界になると、事情が変わってくる。
本来は、黙っているべき人が、いくらでも会話の中心に入っていけるということだ。
こうしたことが、どういう結果を招くか、数多いわたしのチャット経験で、わかるような気がする。
つまり、わたしがあんまり表に出て、しゃべりまくると、必ずいい気持ちをしない人が出てくると思うのだ。
ここはたぶん、気をつけなければならない。
考えすぎと言われても、これまで病気で人間関係をすべて失ったわたしは、慎重すぎるくらい慎重にしたい。

そのためには、あんまり一日中会話に参加するのは、よくない気がするな。
うん、グループLINEは、眺めて楽しむくらいにしよう。
欲求不満が溜まったセンセイたちの場所でもあるしね。
不用意に邪魔をしてはいけない。

わたしはそう決めて、またLINEを眺めた。
最後のメッセージは、午後9時半だった。
これからみんなしっかり寝て、翌日、気合を入れて仕事に行くんだな。
メリハリのある人生、社会生活。
羨ましくないと言えば嘘になるけど、ブラックだと言いながらも頑張っている彼女らを、尊敬するし応援したい。
そんでまた、今週末の土産話を待つとするかな。
楽しみが一つ増えて、率直に嬉しい。

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団塊の世代って

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昨日は、昭和30年代後半に発刊された小説を、読んでいた。
当時の若者群像を描いた作品である。
つまり、団塊の世代が20歳ころの話である。

この世代というのは、ほんとうに血気盛んである。
大学を舞台にしているのだが、先生に向かって、すべったヤジを飛ばすのがよしとされている。
女性は社会進出を図ろうとするも、最終的には結婚するものと決めている。
集団、団結、お涙ちょうだいが大好きである。
同級生が妊娠したら募金運動、ガンになったら、知らない人にまで手紙を書いて金策。
こういうのが、いまのアラセブになっているんだな。
ふうん・・・。

話のなかでは、彼らは授業料が払えなくて、過酷な労働を強いられていた。
そんで、ストライキ(懐かしい・・・)を起こすんだけど、サラリーマンになるために労働者になっているって、本末転倒だな。
当時は、集団就職があったくらいだから、選ばなければ就職口はあったと思うけどな?
まーこのへんは、若気の至りってやつなのかな。

ともかく、彼らはストライキを起こすにあたり、こっそり集会を開くわけだけれど、その描写がまるで、終戦直後の共産党員が、発禁本かなんかをつくっていて、外で特高に見張られている、みたいな感じなの。
でも、彼らは共産党員みたいに、命をかけているわけじゃないから、やっぱ子どもの遊びと言われても仕方ないよね。
団塊の世代って、どうしてこうも、生ぬるい感じがするんだろうな。

最後は、彼ら大学生は、大人たちに言いくるめられて、それで終了なのだった。
これから、彼らが卒業して、日本をつくりあげるサラリーマンになっていくんだろう。

わたしは、本をあらかた読み終えて、ふうむと考えた。
この、アリの団塊の世代。
若いころは、気色ばんで、しかしなんだか空振りに終わり、サラリーマンになっては、目もくれずせっせと働き、やがてバブルを造り上げ、経済の明暗を思うさま見せつけてくれた世代。
そして彼らの行くところは、人数が多すぎて「介護人不足」、葬式は「冷蔵庫で順番待ち」。

いろんな世代があるけれど、団塊の世代ほど、滑稽な世代はないんじゃないかな。
なんか、クールじゃないんだよね。
彼らの生涯を見ていると、ベルトコンベアーを思い出す。
お菓子の生産工場で、お菓子がコロコロ流れていくやつが、どうしても浮かんでしまう。

まーこういうことを言うわたしは、冷徹そのものなんだけど。
でも、情報は咀嚼して、ちゃんと自分のものにしておかないとね。
団塊の世代=「ヤジ」「ストライキ」「サラリーマン」「介護人不足」「葬式冷蔵庫」「お菓子コロコロ」くらいのデータは、一瞬で出るようにしたい。
そうでないと、そのことについて、自分の言葉として語れない。

ともかく昨日は、団塊の世代について考察したけど、いまは体調がいいから、また気ままに考えごとをしよう。
使いもしない思考を張り巡らせても、どうなるんだって感じはするけど。
無理に理由をつくるとすれば、ボケ防止ってところかな・・・。

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男女の会話のちがい

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今朝、起きてLINEを見ると、また大学体育学部のグループLINEが、発動していた。
なんだろうと思って見ると、え~? まだ前回の「白鳥に噛まれた」の話をしている・・・!
しかも、「M(わたし)、なんか面白い質問して」と書いてある。
・・・・・・、面白いって・・・、これはふつうに困る・・・。

かねてから思っているのだが、女性の話はえてして、同じところを、ぐるぐる回っている。
前に上に、ぜんぜん進まないのだ。
べつにこれ、あたまがいいとか悪いとかいう問題じゃなさそうだな?
でもそれで言うと、わたしは男性との方が、話がしやすい。

男性の話は、一ヶ所で留まることはない。
詰まったら、黙ってしまうか、話題を変える。
それと、どんな話題でも「わからない」とはあまり言わず、一応自分の見解を出す。
戦闘機の話を持ちかけると、大抵一言くらいはなにか言ってくる。
沈黙が言葉だとすれば、男性との話は、会話がいくらかでも、進行していくのだ。

ところが、女性との会話は、一向に進展しない。
この違いをみていると、女性はもしかして、会話が途絶えてしまうのが怖いのかな?
昨夜の「M、面白い質問して」だって、話が途切れそうだから、いじられ役のわたしを呼び出そうとしたんじゃないだろうか。
その可能性はあるな。
とすれば、今後なにかの際に、わたしの需要があるのかな。
わたしは、人と繋がりたいわけだから、歓迎だけど。

結局わたしは、「白鳥は新潟で、田んぼを漁っているのを見てから幻滅」と書いておいた。
これに突っ込みどころがあったら、また白鳥の話が続くんだろうな。
というか、いまスマホを見たら、まだKちゃんが白鳥の話をしていた。
先生・・・、仕事前では・・・。

わたしに発言力があったら、別のネタを放り込むところだが、それはないので、この状態を黙って見届けるしかない。
なかなか、女性のおしゃべりは、忍耐を要するな。
もちろん、現時点で、男子はうんざりして見ているだろうな。
うーん。
もともとだが、女子の集まりって、よくわからん。

というわけで、グループLINEができて、リアルな人間関係が増えたー、と思って喜んでいたのだが、リアルな人間関係って、泥臭い部分とセットなんだった。
わたしの立ち位置は、先日の決意と変わらず、「出しゃばらない」だな。
なにしろ、ベースに精神病があるからね。
基本、いじられ役として、呼ばれたときだけ、登場しよう。

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白鳥のはなし

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昨日は、大学体育学部のグループLINEを、不思議な気持ちで眺めていたのである。
昨日、わたしが、「白鳥は、新潟で田んぼを漁っていて、幻滅した。どろんこでした」とトークしたら、「M(わたし)、期待通りのコメントをありがとう!」と感涙? されたのだ。

? なにが??
向こうが笑っているのは、明らかに、単純に面白いからじゃなくて、わたしが天然ボケだからである。
自分としては、事実を書いているだけなんだけど・・・。
しかし、わたしも天然ボケの人を知っているが、真面目な顔をして言えば言うほど、おかしさが増すんだよね。
本人はどうしようもなくて、すましているけど、わたしもそんな感じだな。

それにしても、じゃあほかの人が何を書いているかというと、
「白鳥に噛まれた」
「白鳥はふつう、人を噛めへんやろ」
「白鳥に気をつけなあかんで」
「白鳥はやさしい鳥です」
「白鳥は噛むって、生徒にも教えなあかん」

と、いまだ同じことのループだぞ?
まさか、まえに言ったことを忘れているわけじゃないだろうに?
なんか、おばあさんの話みたいだな。

でも、グル―プ内では、これらはほぼ既読になっているのである。
ほとんどが体育教師だが、こんなアホらしいやり取りを、どういう気持ちで眺めているんだろうか。

ちょっと予測してみると、これってやっぱ、みんなストレスを溜めているってことかな。
仕事モードオフのとき、いわゆる「ほたえる」(犬がワンワンじゃれあうようなもん)をやって、出勤前はテンションを上げる、帰宅後はストレスを爆発させる。
そのためには、内容なんか要らない。
ギャーギャー騒げれば、それでいい。

だから、この喧騒のなかで、「どろんこがどうの」と宙を見ている人は、「笑いをありがとう」になるのかな。
思えばその、わたしに「面白い質問して!」と言ってきた子は、通勤時間が長すぎてしんどいと言っていて、トークの内容を見ていると、なんかみんなに助けを求めているような感じがするんだよね。
それは、投稿時間とかでなんとなくわかるんだけど。

ほかの人たちも、昼の1時過ぎとかに既読がつくところを見ると、明らかに学校で見ているわけで、LINEがこころのオアシスになっている人がいるのかな。
子どもだけじゃなくて、先生まで、学校でLINEか。
先生も病んでいるのかなー。

今度、グループLINEが、いつ火がつくかわからないが、さすがにもう、白鳥の話は要らんわ。
わたし的には、白鳥の話が続くほど、世の先生方のストレスは膨大であると、認識する。
大切な同級生たちだけど、教育の現場がこんなだなんて? と対岸から眺めてしまう。

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精神科で LINE を語る

今日は、診察日だった。
とても混んでいて、H主治医はせわしない様子だった。

「調子はどうですか」
「薬を1錠にしてから、夜知らない間に、変な事をしなくなりました」
「そうですが。なにかと合わせたら、そういうこともありますからね。他にはありますか」
「ずっとグループlineをしてます」
「ああ、あれ僕もしてますよ。このまえ同窓会で 作ったんやけど」
「はあ・・・」
「11人。3年9組いうてな」
先生は、照れ笑いをした。

私は、思わず尋ねた。
「どんな話をするんですか」
「そらもう、おじんやから(言葉のセンスが古い)、引退した人の農作業をやろうとか」
「よく話されるんですか?」
「そんなことないよ。たまにや」

わたしは、自分の診察もそこそこに、先生の話を聞いて、診察室を後にした。
精神科医っていうのは、何でも聞ける・・・。

先日わたしは、グループlineについて、高齢でもアラフィフでないかと睨んだ。
しかし、やる人はやるんだな。
もっとも、先生の出身校は偏差値が高いから、知的好奇心が高いのかもしれないが。

しかし、先生の話を聞けばますます、グループlineのようなコミュニケーションツールは、あった方がいいような気がする。
でないと老後、みんなで集まって、農作業をしようといった相談もできない。
情報強者という言葉があるが、これはコミュニケーションツールにとってもあるのではないか。

そんなことを考えながら、薬局へ行き、スマホを取り出すと、また大学体育学部のグループlineが発動していた。
同じ陸上部だったUちんが、「白鳥がいないー!」と絶叫している。
彼女は昨日から、生徒を連れて、なんとかパークへ行っているのだ。
そもそも体育学部内で、白鳥の話が出たのは、大学時代にある同級生が、そこの白鳥に噛まれたという珍事件からで、この度彼女が、その白鳥を生徒に見せるという目的があるのだった。

白鳥いないのか・・・。
暑いからじゃないのかな。

とりあえず私は、「頑張って探して!」と言っておいた。
ふう。このぬるさがいいね。

でもわたしを始め、みんなは知っているのだ。
Uちんが、仕事が大変だと言いつつ、生徒のことが大好きであることを。
昨日は生徒が、バンジージャンプに成功したら大喜びし、自分が怖いアトラクションに乗せられて、泣いているところを生徒に慰められたり。
ほんとうに、教師っていう仕事が好きなんだなあ。
まったく感心するなー。

明日は週末で、おそらくストレスをためた先生方が集まって、ギャーギャー騒ぐのだろう。
これが、また見ものだ。
少し前まで、仲間がいなかったわたしけれど、遠い記憶の仲間の感覚に、小さく胸が踊る。
それにしても、みんな、ーー「みんな」って表現、このブログを立ち上げてから、一度もしたことがないよ。
孤独だったんだなーと思う。

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セミの声とともに考える

昨日から、自宅マンション泊まり。
朝起きだすと、蝉の声がシュワシュワして、爽やかな風が吹く。
実家の近所は木がないから、蝉が鳴かないんだよね。
あれはちょっと、残念な気がする。

わたしがこの頃、マンションに通うようになったのは、ひとつは、使っていないともったいないと思うのと、もう一つは、実家では、末期ガンの父が、ガンの話ばかりするからである。
それは仕方ないんだけど、精神を病んでるせいなのか、毎日のように、その声から逃れられないのは、少ししんどい。
3つ目は、父が死んで、この先母と二人になったとき、高齢者との二人きりの生活は、これまたしんどいだろうと思えるからである。
だんだん弱っていく人を見ていることの辛さ、介護の辛さ・・・、その時になってみないとわからないが、それを想像すると、やや暗い気持ちになる。

そんなわけで、いまわたしは、自分のやりたいことをやっておいた方がいいと思ったのだ。
長期的には、絶対その方がいい。
介護なんか、何年かかるかわからない。
数年前、新薬が効くまで、家の中で荒れ狂っていたわたしだから、ストレスを溜めたら、今後だってどうなるかわからない。

で、行動に移したわけだが、実家にいるときと同じで、マンションにいても何もすることがない。
古い本を読んで、ネットを見るくらいしか・・・。
最近、単語を忘れていることがあって、先日は「アドリブ」が出なかったので、かなりショックを受けた。
ちょっと、新しい本も読んで、あたまの活性化を図った方がいいんだろうな。
しかし、病気による集中力の欠如のために、読書を始め、いろんなことができなくなってしまっている。

去年秋から、わたしは、母の料理の手伝いをしているが、ちょっと切っては、は~しんどい、とすぐ休み、一向に進まない状態である。
こんな何もできなさが、母との二人暮らしで、不安に思える要素でもあるんだろうな。
1人前でも無理なのに、2人前の家事。
その事を想像すると、重い気持ちが、毎日のように訪れて、わたしを陥れる。
母は「そんな風に思うなら、独居老人になるからほっといて」と言うが、近くに住んでいながら、そんなこともできないだろう。
ーーとまあ、いろいろ考えていると、突然無性に、一人になりたくなる事があるんだよね。
要するに、わたしがいまやっていることは、逃避なのだろう。

さて大阪は曇りで、暑い日もささず、いい感じだ。
元彼Sちゃんは、セミは涼しい朝・夕にだけ鳴くんだと言った。
もうしばらくは、鳴いているかな。
なんだかちょっとだけ、子どもの頃の夏休みを、懐かしく思い出すな。
宿題のことが気になりながらも、家の外へ飛び出して、思うように遊んでいた夏休み。
わたしはいま、そこにいるのかもしれないな。

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本のシャワー を浴びて

昨日は、自宅マンションで、シャワーを浴びるように読書をした。
気持ちいい。
あっちの部屋、こっちの部屋へ移動しては、読書。

その中でわたしは、昭和40年頃の、いわゆる六畳一間のアパートを描いた漫画に、ふと目を奪われた。
うーむ。これは・・・。
衣服をどこに、収納するのだろう。

その他にも、いろんな不思議なところがあった。
クーラーはないのかなとか。
でも考えたら、わたしが住んでいた団地にも、なかったかもしれない。

あと、本棚を置くスペースがない。
でもこれを考えて、あれっと思った。
うちの父親は、雑誌しか読まない。
母親だって、ほんのわずかの本しか持っていない。
いままでに訪ねたどこの家だって、 本棚と呼ぶものは、見たことがないような・・・。
元彼Kくんに至っては、雑誌さえもなかったな。
ふつう本棚って、いらないのか。

思うにわたし自身が、本を持ちすぎているんだな。
なにしろうちは、本におけるゴミ屋敷だから。
六畳一間だと、絶対床が抜けている。
父は、わたしの二つの本棚を見て、これだけの内容が頭に入っているのか! と驚いた。
しかし、持っている人は、3000冊ぐらい持っているよ。
漫画のセリフを、ひとつひとつ覚えているのは、決してわたしだけじゃない。
わたし的には、ほんとうの読書家か否かの一線は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んでいるかどうかだと思っている。
読書家は、だいたいあれを絶賛する。
わたしは図書館で、1ページ読んでやめたもんね。

さて、わたしにとって、本は知識の源泉なのだが、本棚がない人たちにとっては、それがテレビである場合が多いのだろうか。
なんとなく、そばになければ困るもの・・・、どうなんだろう?
いずれにせよ、原始時代に帰れないわたしたちは、どこかで何らかの情報を得ないと、やっていけない。

そういうわけで、わたしの目下の悩みは、新しい情報を得るべく、新しい漫画を買うかどうかである。
先日、また欲しいものを、発見してしまったんだよね。
せっかく先日、本をだいぶ処理して、本棚が少し空いたのに。

でも、もともとの趣味が読書なんだから、しょうがない。
古い漫画の隅々までチェックしているわたしは、さながら、古文書を読み解く学者のよう。
これからも、本の山の中で窒息しながら、別世界と戯れます。

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マンションにこもる。

昨日は、実家に帰るつもりだったのだが、雷が鳴って雨が降り出してきたので、もう1日マンションにとどまることにした。
なんか遠足が、1日増えたようで嬉しい。

早速スーパーへ行って買物をし、部屋に戻ると、雨足が強まり、わたしはザーッという雨の音に包まれた。
こういうのは、嫌いじゃない。

夕食が終わってから、わたしは、まだ明るい曇りの空を、ぽかんと見ていた。
こんなふうに、雨に閉じ込められて、ゆっくり本や音楽を楽しむのって、大好きだ。
でも、こんなことを毎日続けていたら、それはわたしが、世間からドロップアウトして、隔絶されているということを意味するんだろうな。
こんなのが、何十年も続いたら、それはそれで虚しいだろうな。

それはともかく、わたしは、部屋の一角に座り、いまはとりあえず気に入っているこの部屋を、あと何年、維持できるんだろうなと考えた。
大きな出費がなければ、もしかすると20年くらい?
20年! 長い。嬉しい。
でもそれから先は、どうなるかわからないけれど・・・。
わたしは何回も、そんな先のことを考えてどうするんだよ、とあきらめた。
この頃わたしは、何度も何度も、しつこいぐらい、将来のことを考える。
障害年金という、いつ打ち切られるかもわからない年金を、一生背負うことになるためだ。
死ぬまでお金の心配をしなければならない、将来のビジョンが立たないというのは、それはそれで苦しい。

ふとわたしは、改めて部屋中を、ぐるぐる眺めた。
ここを買ったのは、20年前だ。
あの頃もいまも変わらないのって、家具だな。
家具は、あと20年経っても、変わらないとみていいのかな。
テレビは、ブラウン管からデジタルへ変わったな。
20年後はまた、改新しているかもしれない。
カーテンは、変わらないだろうな。
そんなことを考えながら、わたしは部屋の様子を、自分に染み込ませた。
実家には自然があって、いいところもあるけど、わたしはこっちに住みたいかもな・・・。

まーとうぶん、2泊3日とかで、マンションを別荘代わりにして、ときどき一人の時間を満喫したいと思う。
こういうのはたぶん、決断をしてこっちに移る、なんてものじゃないんだろうな。
なるようになるさって動いていたら、自然とどうにかなっているものなのかな。
わたしはちょっと、楽天家にならないといけないな。

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相撲が始まっている!

sumo

昨日、ようやく自宅マンションから実家へ帰ったのだが、夕食の時間になって、ショックを受けた。
――相撲が始まっている!!

わたしはじつは、相撲が大嫌いで、しかも食事中にあれがかかっていると、食欲が半減する。
というか、早く食べ終わりたくなる。
相撲がふつうに好きな両親は、これが始まると楽しみで観ている。
なにも文句は言えないんだけど・・・、でもどうなんだろう?
両親だって、自分たちの嫌いなバラエティが食事中に流れていたら、やっぱりうんざりするんじゃないのかな。
テレビで嫌いなものを見せられる苦痛感って、なんでも同じじゃないかと思う。

さて、まえにも書いたが、そんなわたしが相撲が嫌いな理由の一つが、「観ている人が、死にそうな大声を上げる」ところである。
なんで、あんな「ギャー!」とか叫んで、そのあと文句タラタラ、・・・もう趣味でない人からすれば、こんなはた迷惑な観客っていないよ。
ほとほと、うるさい。
だからわたしは昨日、思わず「わたしは二階で食べる」と言いそうになった。
でも、ガン末期の父親のたっての頼みで、食事は家族全員で、ということになっている。
このルール、じつにしんどいんだよね。
特に朝なんかは、わたしはおにぎり一個ぱくつけば、それでOKなので、いちいち顔を付き合わせて、いただきますをするのが、どうも辛くて仕方ない。

それはさておき、とりあえず、わたしは昨日は二階へ上がるのは我慢した。
両親も、「ギャー!」を言わなかったので、助かった。
しかし、こんなのが、あと一週間も続くの?
相撲って、一週間だっけか??

わたしは、この件に関し、ちょっと思うところがあるのだ。
もし、父が亡くなって母と二人になったとき、やっぱり母は相撲を観るだろうと思うのだが、そのとき、「黙って観て」とは言えないよな。
すると、母一人を残して、二階へ上がるのかというと、なんだか不貞腐れた子どものようで、恰好悪い・・・。
従って、相撲を必死で無視しながら、下を向いてごはんを食べる日々が続くのか。
うーん。テレビテレビ・・・、いっつもあれには悩まされるな。
音が出なきゃ、まだいいんだけどな。

父は昨日、「お腹が張って苦しい」と言っていた。
腹水が増えたのかな・・・。
そのせいで寝られないし、食欲もないと言っている。
一見、痩せていないし元気そうだけど。

でもあと1年はもたないと思う。
ちょっとしんどいが、わたしの相撲付き合いは、まだ続くのかな。
自分が、頓服を飲まなきゃいけないくらい無理してはいけないが、家族のなかでは、ときに妥協も必要だよね。
いまは、わたしがすべきことは、父にとって平穏な日常をつくることだと思うので、頑張らない程度にベストは尽くすことができたらなと思う。







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スマホをどうするか

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昨日は、なぜかスマホについて、ものすごく悩んだ。
じつは、わたしのいまのスマホの契約は、来年5月に切れるのだが、このとき、格安スマホに乗り換えるかどうかで、あたまを抱えているのだ。

それにしても、キャリア3社はなぜこんなに高いのか・・・、許せない!
よく、みんな我慢していると思うよ。
まー家族割引とか、学割とかで、安くなっている人もいるんだろうけど、それにしたって、5000~9000円とかって、高すぎる。
ちなみにわたしが払っているのは、月9000円で、端末代込みである。
わたしは、これから障害年金3級に落ちたときのために、貯金を少しでもしたいのだ。
だからこの金額、なんとかならないのか・・・。

そんで、いろいろ調べたのだが、どうしても格安スマホに目がいってしまう・・・のだが、これもあんまりすぐには飛びつかない方がいいな。
どうしても気になるのが、キャリアメールがなくなるっていうことなんだよね。
これだと、フリーメールであるGメールがメアドとなり、そういったメールを自動的に拒否している大勢の人には、わたしのメールが届かないことになる。
もちろん、SMS(Cメール)を使うという手もあるが、全員の電話番号を知っているわけじゃないし、ガラケーの人には画像を送れない。
いまは、連絡はLINEが主流とはいえ、メール機能も充実していないと、ちょっと面倒なことになるかなと思う。

一方、最近のニュースでは、○uが回線料を2割引きという、大胆な値下げに踏み切るようなので、期待できるかなと思う。
いま、○uを使っているんだよね。
だけど、2割下がっても、最初がバカ高いから、やっぱり格安スマホの方が安いな。
でもでも・・・、とわたしはあたまを捻りまくった。
「もしかして、バッテリーの交換をしたら、スマホって4年くらいもつんじゃないの?」

たぶんだけど、わたしはバッテリー交換タダの契約をしているから、端末を長持ちさせれば、バッテリー交換のできない格安スマホと、トントンになるのでは。
わたしはそう考えて、なんとか現状維持の方向を編み出そうとした。
なんだかんだ言って、キャリアは安心感があるので、そう簡単に離れたくないという気持ちがあるんだよね。

そうして、わたしはいろいろ計算した挙句、う~んと唸った。
どっちにしようが、やっぱり5500円以上はかかるな・・・。
コストは、とりあえずキャリアの新機種を買うまでなら、やっぱりトントンかな・・・。
そういう条件なら、キャリア維持ということになるのかな・・・。

それにしても、なんというか、こんな精巧なコンピュータを、たった2年で使えなくなるような状態で、市場に出回せているのが、おかしいね。
まだ、開発途上のものを、フライングで世の中に出しているみたいな感じ。
これから、性能は上がっていくだろうけど、2年おきに買い替えっていうのをなんとかしてもらわないと、貧乏人としては、ほんとうに負担が重すぎて困る。

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防犯について考える。

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昨日は、なぜか防犯について考えた。
わたしはつくづく、毎日べつのテーマで考えごとをしているな。

最初はたぶん、「自宅マンションの窓って、いつ誰が入ってくるかもしれないし、怖いよね」だったと思う。
わたしは、周りからとても神経質だと言われるのだが、どうも窓が気になって仕方ない。
閉めていたらなんとかなんだけど、開けているときに、誰かがいきなり入ってきそうな気がするのだ。
これは、外壁の大規模修理を行われたとき、足場からでっかい男性の声が聞こえて、ビックリ仰天したときからである。
事実、高層階であろうと低層階であろうと、プロの泥棒は入れるし、作業服を着ていたら、不審に思う人はいないかもしれない。

わたしはまず、侵入者にとって、どういう部屋が狙いやすいのかを調べた。
やっぱり、窓からの侵入が多い・・・、開けてある窓。
モノによっては、在宅中でも、使わない部屋は閉めておくこと、と書いてある。
えー・・・、そこまでするか? 一戸建てのこと??
マンションは、廊下側は人がウロウロするから、窓の柵を外したりなんかしたら、明らかに不審者とみなされると思うんだけど。

とりあえずわたしは、あちこちの窓を開けたままにしないようにしよう、と思った。
そして、問題は夜間。
窓のカギは補助鍵をつけ、できたら防犯シートとか、防犯ライトもと書いてある。
防犯ライト? ベランダにつけている人、いくらもいないと思うが・・・。
まえに、ものすごい音が出るやつを付けたことがあるが、あれじゃ駄目なのかな。
とにかく、侵入者にとっては、侵入までに5分かかったら、あきらめ物件らしい。
その5分をいかにつくるかだな。

それとよく言われるように、女性の一人暮らしと気づかれないことだろうか。
うちは、洗濯物は干していないので、住んでいる人の性別・年齢はたぶんわからないと思うが、プロだったら、どこで気づくかわからない。
とはいえ考えたら、うちのベランダは、すでに男が住んでますの様相になっているな。
元彼Sちゃんが出入りしているせいだと思うけど。
それにわたしも、もともとインテリアなどに対して、女性的趣味は持っていない。

それにしても、わたしのように、ここまで防犯を考えていたら、ほかの人たちはどうなるのって感じだよね。
もちろん、オートロックだからって、玄関のカギを閉めない人は論外だけど、ふつうに戸締りしていたら、そんなに被害に遭うこともないよな・・・。
そうなのよ。きっと、わたしの考えすぎ。
ここが病気のところなのかなあ。
でも毎年、窓を開ける季節になると、窓が気になって気になって、仕方ないんだよね。
まったく都会では、どこにいても、安全な場所ってないみたいで、なかなか気が疲れるわ。

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資産家と貧乏人のはなし

yashiki

昨日、元彼Sちゃんに防犯の話をしたら、彼ははなから、「盗るものがないような家には、入らないよ」と決めつけた。
む・・・。
そりゃ、うちの実家もマンションも、どうみても庶民の住宅だが、そうはいっても、実家の並びで、まえに夜中に空き巣があったのよ。
おじさんが寝ていたので、逃げたらしいけど。
Sちゃんは、自分ちのような屋敷だけ、泥棒に狙われると思ってんのかなあ?

わたしはSちゃんの認識を改めようとしたが、人の言うことを聞かないSちゃんはやっぱり駄目で、結局わたしは、「あなたには、お金もなにもないじゃないか」と言われただけになった。
Sちゃんは自分の言ったことに気づかなかったみたいだけど、こういうの、貧乏人からすると、すごく惨めになるんだよね。
でも、この話をこれ以上続けると、どんどん資産家による私見が繰り広げられるのがわかったので、あえてなにも言わなかった。

そしてその後、財産の話になったのだが、0.1%の利息で食っていくには・・・、と資産家ならではの話題になった。
するとSちゃんは、耳を疑うようなことを言った。
「××銀行にある預貯金を0.1%で回せば、○○○○万円になる」
「えっ、それって? Sちゃん、いくら持ってるの」
「・・・・・・」
「あっ、内緒?」
「でも、自由に使える金は、△△△万円くらいだよ」

えー・・・、その△△△万円があれば、わたしは年金と合わせて、一生食っていけるんですけど・・・。
金利が0.1%になったら、利息でマンションが買えるって・・・。
なんか、Sちゃんとの間に、スーッとスクリーンが下りてきた。
この人は、一生食べるのに困らないし、末代に渡って心配がいらないんだな。
いくら、お金持ちだって悩みがあるとはいえ、お金がない人のどうにもならなさっていうのは、どうにもならないよ。
ほんとうに、この世はお金なんだから。

わたしは、自分の境遇を悲しく思った。
わたしは、この先ずっと、障害年金が下りるかどうかで、お金の心配をし続けなければならない。
なにもかも、病気で働けなくなったせいだけど、もしそれなりに豊かな家だったら・・・と、「もし」の話を考えてしまう。
わたしの妹は、大学時代つきあっていたカレシがお医者さん一家だったのだが、なにを言われたのか、「なんでうちは、貧乏なの」と泣いていたことがあった。
あれは、親が困惑しただろうが、思春期の女の子には、自分とは関係ない家柄による差別は、辛かったことだろう。
やっぱね、格上から格下に向かって、「お金ないくせに」みたいなことは言っちゃ駄目だよね。

Sちゃんは、だいたい正しいことを言うけれど、こと庶民の生活については、なんにも知らないと言っていい。
うちの実家の預貯金の額なんか、たぶん信じないと思うよ。
だってそれ、△△△万円以下なんだから・・・。
もしかしたらこれは、Sちゃんに教えてやった方がいいかもしれないな。
そしたらいくらなんでも、「おまえはお金を持っていないじゃないか」って、事実そのままを放言できないんじゃないかな。

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貧乏にうんざり

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将来を案じ、金の亡者となったわたしは、「母は、ほんとうに介護費として、□□□万円持っているんだろうか」と強く気になり始めた。
あの人、話がこっちに行ったりあっちに行ったりするからな・・・。
ここは、自分の精神衛生上、ちゃんと確認しておいた方がいいのかもしれない。

そんなことを考えていると、母が「車で買い物に出かけてくる」と言った。
わたしは、「あら? 意外と早くチャンスが・・・」と思った。
そして、母が出ていったあとで、引き出しをゴソゴソと怪しく探ったのである。

通帳をチェックしてみると、ふ~ん・・・、なるほど□□□万円はある。
しかもあの人、つましく暮らしていけば、年金が毎月わずかに残るから、それを貯金していけば、5年後にはもっと増えているはず。
母に関しては、なんとかなりそう・・・。
やっぱり、問題はわたしなんだな。

わたしはそれから、元彼Sちゃんの資産家ぶりに、ちょっとうんざりした。
これは嫉妬なんだろうな。
所持しているお金のケタが違いすぎて、ほんとうに惨めになる。
そりゃ、室町時代からの旧家と、田舎から出てきた団地族じゃ、まったく住んでいる世界が違うわけだけどさ。

人はみんな平等だ、って言っている人、わたしはちょっと間違っていると思うよ。
だって、人の幸せって、究極は「衣食住」が足りていることでしょ。
だから、これらが満足していない人は、概ね不幸。
あとは、お金を持っていようがいまいが、不幸になる確率は、ケネディ一族でなければ、関係ないはず。
「大金持ちでも、病気になったら終わり」っていう人、計算がおかしくない?
「極貧だって、病気になったら終わり」でしょ?
大金持ちも極貧も、平等だって、わたしには思えないけどね。

そんなわけで、夕方、母と散歩しながら、わたしは重い気持ちで彼女に言った。
「Sちゃん、利息でマンションが買えるって、すごいなー。利率が4%のときなんか、どうやってんやろ・・・」
「あるところにはあるってことやな。まあ、収入がなくなっても、1年食べていくだけの貯金があればいいっていうから」
「それ、働ける身体がある人の話やろ」
「・・・・・・」
「いまじゃなくて、わたしは将来の心配をしてるねん」
「・・・・・・」
「こんな、細かいお金の計算、ほんまに嫌になるわ」
「そうやなー。ほんまに嫌になるわ」

母も、少ないお金のことで、ずっとあたまを痛めてきたのだろう。
それを思うと、わたしはますますめげてきた。
そもそも、母に老後資金がないのは、わたしが病気になって、親の財産を食いつぶしたからなのだ。
そのことで、わたしは自分にふがいなさを感じるし、自分の人生に嫌気がさしている。

かえすがえすも、ないお金の計算をしながら、チビチビ貧乏をしていく生活って、辛いなあと思う。
なんか、暗いトンネルで、穴を掘っているみたいなイメージ。
一生、こんなことが続くのかなあ・・・。
学生が、一時的に貧乏をしているのとは、訳が違うからなあ。

将来、一人になったら、一個100円のチキンハンバーグとか、56円のセミ餃子を、水で食べているのかなあ。
それだって、消費税が上がっているだろうし。
そんなとき、Sちゃんは、「俺だって庶民してるよ」アピールで、「スーパーで、親父の好きなナントカを買ってきた」とか言って、わたしに「それ値段見てないだろ・・・」とか思われるんだろうな。

何度もブツブツぼやいているけど、昔、働いていたころは、こんな貧困になるなんて、思いもよらなかった。
上ばっかり見ても仕方がないって言われそうだけど、下ばっかり見るのも嫌だし、同級生はやっぱり上だし、経済状態に関しては、同調できる人がいない。
歳をとると、ますます上との格差が広がるんだろうし、それもまたしんどいな。

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読書のはずが


昨日は、元彼Sちゃんが自宅マンションに遊びにやってきた。
この日の予定は、読書と居酒屋に行くことである。
わたしたちは、午後の間ずっと、ジャズを聴きながら、ゆったりと読書をした。
なかなか、楽しいひとときだった。

それから居酒屋へ行って、たくさん食べて。
Sちゃんは、焼酎を飲んでいた。
でも、なんだかここから、雲行きが怪しくなってきたのである。

またマンションに戻ってから、二人でBSを見ていたのだが、Sちゃんが自分の横に来いと言う。
「いやだよ」 と言ったのだが、いいからいいからと手招く。
結局、ぴったりと身体をくっつける形となった。
Sちゃん、酒臭い・・・。

わたしは、そういうのは不本意なので、「ちょっとやめてよ」 と逃げたのだが、逃げては捕まえられるというのの繰り返しで、わたしはついに、頭に来た。

「Sちゃん、触り方が変やから、嫌やって言ったやんか! こそばゆいねん!!」
彼氏時代で嫌だったのは、そこもあるんだよね。いきなり、痴漢みたいな触り方をするんだよ。
あの嫌な感じは、男性にはよくわからないか。
それにしてもやっぱ、女性に近づく時は、雰囲気作りは、大事じゃないだろうか。

それでも酔っ払っているSちゃんは、懲りなかったので、わたしはついに、さっさと和室に布団を敷いて寝ることにした。
冷房が利いていないので、暑い・・・。

それにしても、Sちゃんが酒に酔って、あまりに強引だったので、わたしはまたまた、Sちゃんについて、うんざりした。
経済的な力関係が、あまりにも大きすぎることもある。
まかり間違えばわたしは、居酒屋代で、大金持ちに身体を要求されても、「誘われただけマシじゃん」と言われそうな身の上。
Sちゃんにこんなことを言ったら、激怒されるだろうけどね。
○億円長者が、しょぼい年金受給者に望むことは、やっぱり女性性なのかななどと考えてしまう。

また、ぐずぐず考えてしまうが、もしわたしが、発病前のように仕事を続けていられたら、Sちゃんとの関係をいまのように、続けていられただろうか。
・・・無理だろうな。
私の周りには、おそらく同年代で、経済的に同じぐらいの人が集まっているような気がする。
世の中には、唸るような大金持ちに、近づきたい女性もいるようだが、わたしはそうではない。

8月はSちゃんは、忙しいから会えないと言っていたけれど、わたしもなんだか、しばらく会いたくないな。
また、迫られたら嫌だし。
Sちゃんはわたしの人生にとって、大事な存在だが、男女関係と引き換えであるとすれば、わたし自身が惨めで情けないし、そのときはバッサリ、友だち付き合いを切るしかないな。

あんまり考えたくないけど、経済状態によって、人付き合いって、変わってくるよな。
Sちゃんと、こんなにも経済格差がなければ、わたしもややこしいことを考えないのに。
貧困な女性という弱い立場は、人を選ぶ余地が狭くて、嫌になる。
来世は、強い雄ライオンにでも生まれてきたいな。

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ジャズの日

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さて、一昨日から昨日にかけて、元彼Sちゃんと、「ジャズを聴きながら読書」というテーマで過ごしたわけだが、こういうことをやりたい、と言ってきたのは、Sちゃんの方だった。
それを聞いたとき、わたしは「また、前回と同じことがやりたいわけか」と思った。

前回、Sちゃんは、古本屋で本を調達したあと、部屋で「音楽がないからなあ・・・」と、不満げにつぶやいてくれたのである。
え? ないって、どういうこと??
CDをかけてほしいんだったら、言ってくれればいいのに。
うちには、R&Bを中心に100枚くらいのCDがある。
一方、Sちゃんは音楽オンチで、「好きなアーティストは?」って聞いたら、「美空ひばり」「坂本冬美のジャズ版」「矢代亜紀のジャズ版」、「ダイアナ・ロス」「シュープリームス」くらいしか、たぶん聞いたことがない。

CD100枚は、音楽好きってほどじゃないけど、Sちゃんよりは、知識があると思う。
でも彼は、いつも自分の話ばかりするから、わたしは自分の好みの音楽について、ただの一言も語ることができずにいた。
おまけに、CDラックはタダの棚のように見えるから、Sちゃんは部屋にCDがあることに、気づかなかったのかもしれないな。
それで、わたしを音楽オンチに仕立げて、得意げに音楽を語っていたのかー。
うーん。
「音楽がない」と文句を言ったとき、いったいどんな音楽を所望していたのだろう。
演歌は間違いなくないし、スーパーのBGMになっているラリー・カールトンみたいなやつ?

それで結局、たまたまCDプレーヤーに入っていて流したのが、ジャズだったのである。
なんかわたしは、自分はR&Bの人かと思っていたが、ジャズも結構持っていて、それはスタンダードその他いろいろなのだった。
Sちゃんはスタンダードが気に入ったみたいだけど、わたしはキース・ジャレットが、うぉおお! と叫びながらピアノを弾いていたりするのも好きだな。
でもそういうの、Sちゃんに解説すると、ぜったい独自の理論で逆襲してくるから、面倒くさいのでしない。

ところで、こんなことがあった帰りの車の中で、珍しくSちゃんはR&Bをちょっとだけ、かけた。
それは、スローな、気怠いラップだった。
「あれー? なんでこんなん、聴いてんの?」
「ちょっと、ごちゃごちゃしてたら、出てきたから」
ふーん・・・。
でもこれ、きっと前回のジャズに触発されているよね。

それで、わたしはもう一歩踏み込んでみた。
「こんなスローなラップって、80年代以降かな」
「んー」
「80年代でも後半かな」
「うん」

じつは、デタラメを言っているのである。
いや、正解かもしれないけど。
まーわかったことは、歩くグーグルSちゃんでも、音楽については、知らないことが多いってことだ。
でも、わたし的には、助かることだよ。
音楽に対して、あまりに視野が狭いSちゃんが、あちこち模索くれるようになったら、話題が広がる。

そんな感じで、「わたしにはこういう趣味があるんだ」とわかってもらえるのは、幸せなことだなあと思った。
自分を理解してもらうってことだもんな・・・。
あんまり必死になる必要はないけど、ちょっとした機会に、「自分は、こんなことが好きです」って、つぶやくのは悪いことじゃないなと思う。

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R&Bを聴きながら

supika

昨日の昼過ぎ、無性に音楽が聴きたくなって、自宅マンションへ行く。
実家にもあるけれど、80年代のポップスばかりで、めちゃくちゃ軽いので、そういう気分になれなかったのである。

それで、今度、元彼Sちゃんが来たときのために、スローなR&Bをより分けていた。
とともに、自分も聴いていた。
うわー! 懐かしい!!
なぜかわたしは、大音響で音楽を楽しむという趣味を忘れていて、「あーそうそう、これはこんな曲だった」と、ほれぼれしていたのだった。
でもこれ、Sちゃんの気に入るかな・・・。
ダイアナ・ロスの時代とは、もう全然音も変わっているし。
わたしが聴いていた80年代の流行は、バスドラムとシンバルの対比を大きした、人工的な音だった。
これが、わたしは好きだったんだけど。

80年代アメリカのR&Bは、じつは「小室ファミリー」みたいな集団がいて、小室さんがつくったものはどれも売れて、でもどれも同じじゃん? って感じだった。
アメリカ国内でも、真似っこが出ていたくらいだから、日本に飛び火したのは、このへんの時代なのかな?
それにしても聴いていて、ほんとJ-POPって、洋楽のパクリが多いよなーと思った。
自分で、手法を編み出すってことを、はなから考えていないよなって感じ。
わたしが聴いていて、いちばん恥ずかしいのがラップなの。
まえにも書いたけど、「ヘイ! ヘイ!」「アーン」「ヨウ!」とかって、日本語でしゃべるときに、絶対でてこないじゃない?
それなのに、悦に入っているのが、すごく恥ずかしい!!

付け加えると、わたし的にはEXILEも恥ずかしい。
ダンスが・・・、なんでこう、みんな黒人になろうとするの?
服装とかも、頑張り過ぎていて、めちゃ恥ずかしい!!
スタイルだけ真似ても、ソウルがない・・・、あれが好きだって言う人は、本物を知らないんだと思う。

あとですね、これを書くと、非難ごうごうがわかっているんだけど、わたしはSMAPさえ、「真似だ!」って思ったの。
だって、アメリカに「SNAP」っていうグループがいたんだもん。
わたしはそれのコンサートに行って、前座が「電気グルーブ」だった。
ほんとうに、名前まで真似しなくても~、と思ったけど、どうやら勘違いみたいでよかった。

もう一人、気になる人は、黒人じゃないけど、浜崎あゆみ。
この人はいま、マライア・キャリーを目指しているんじゃないかと思う。
本物のマライアは、世界的セレブで、デブだがそれをものともせずに、ゴージャスな自分を見せびらかしている。
なんか、そっくり~と思うのは、わたしだけ??
でも、マライアは世界中で通用する、正真正銘の歌姫だけど、浜崎あゆみはしょせん国内・アジアだけ。
あの、メディアのまえで堂々と男をとっかえひっかえし、「アタシが世界で、いちばんの女よ!!」と、大輪の笑みを浮かべる女王さまとは、スケールが全然違うよ・・・。
マライアがあゆを見たら、鼻先で笑うだろうなと思うと、これまた恥ずかしい!!

さて、またしても好き勝手なことを、つらつら書いてしまったが、日本のR&Bに絶望を抱いているわけではない。
最近、FMを聴いていたら、RIR○という17歳の女子高生が、なんかすごい歌唱力で歌っていた。
これは本物かなあ? と思う。
ただこの人、残念ながら、世界を目指しているそうだから、あんまり国内では活躍しないのかも・・・。
いい素材はやっぱり、狭い池から出ていきたいだろうな。
歌といえば、AKBとか真似っこばかりの、日本の音楽シーンは、音楽というより芸能っていうのがふさわしいのかなと、わたしは思う。

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2○25年問題について

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昨日は、2○25年問題について、調べていた。
なんで、伏字になっているかって・・・、こういうワードって、結構ヒットするんだよね。
そんで、知り合いにこのブログを知られたら、困るからね。

さて、いろいろ調べているうちに、これは脅しじゃなくて、ほんとうに深刻な問題なんだと、暗い気持ちで受け止めた。
団塊の世代が、後期高齢者(75歳以上)になる2○25年に、介護・医療などの社会保障費が、一気に膨れあがり、介護の手が足らなくなる、病院にも行けなくなる・・・、という日本の8年後の未来だ。
もちろん、この負担は、働く世代の人々にとって、重くのしかかる。
わたしのような中途半端な人間でも、年金給付の年齢が上がるだろうとか、移民が入ってきて治安が悪くなるんじゃないかとか、悪いことばかり考えてしまう。

いますでに、介護も医療も「在宅でお願いします」になっているけど、日本はとっくに大家族時代じゃなくなっているのに、一人の人が介護とか、独居老人とか、よくそんなのをスタンダードにして、素知らぬ顔をしておけるなと思う。
老老介護とか、認認介護とか、明らかに無理があるでしょ。
こんなになる前に、財源を確保する手立てはあったんじゃないのかな。

働く世代になる子どもを減らしてしまった原因は、わたしは、女コドモに優しくない男性社会にあったと思う。
たとえば、「保育園おちた」後のいまなら、会社に託児所を設けることに、みんな反対しないかもだけど、以前は「会社に子どもなんて、とんでもない!!」という強い風潮があった。
まー会社という男の戦場に、お母さんと生ぬるいミルクの匂いを、持ち込まれたくない、という気持ちはわからんでもないが。
ただ、男性社会において、女性が子どもを産むと不利益になる、という考えの人たちに対して、政府が早く対策を取ればよかったんじゃないかという気がする。

さてそんな世情のなか、うちの母は、後期高齢者だが、まだ元気である。
しかし、弱って歩けなくなるようになったら、在宅での介護をどうしよう、といまから悩んでいる。
「いまは、介護サービスも施設もあるよ」という人は、あんまり介護のことを考えたことがないんじゃないのかな。
介護サービスを受けていても、毎日家にいなきゃいけないんだし、「いつ終わるかわからない展望のなさ」を考えると、わたしの障害のある精神がもつかどうか、絶望的になる。
施設なんか、数年間待つか、お金がなければ入れない。
介護保険は、万能じゃないのだ。

2○25年問題などを考えていると、これからの日本は、みんなが辛い時代になるのかなあ、と思ったりする。
一億総中流社会だった、懐かしい昭和の日々。
そんな時代には、二度と戻れないと試算が出ているので、いまのうちに日本の夕焼けを、ゆっくり眺めるのもいいかもしれないね。
2○20年東京オリンピックの花火。
日本を背後に、笑顔で去っていく外国人たち。
用意したかのようなタイミングで宴があって、終わり方としては、充分じゃないかと思う。

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永○(○=久)認定率

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昨日、ダラダラ年金関係を、ネットサーフィンしていたら、えっ! と希少な資料を発見してしまった。
精神障害年金の、永○(○=久)認定率である。

健常者にはつまんないことだと思うが、障害者の年金受給者にとっては、これからの生き方が変わるほど、大きな問題である。
ネット上では、わかんない人同士で、精神障害者には出ないとか、いや何年受給したら出るとか、あてのない噂ばかりが行き交っていたので、わたしは、こりゃ年金機構の方で、情報が絶対洩れないようにしているんだなと思っていた。
ところが、なんの偶然か、見つけてしまったのである。
元彼Sちゃんは、じつに嗅覚が利いて、ググるのも早いのだが、そんな感じだったのかな。

それによると、永○(○=久)認定(←一生障害年金を受給できる)は、障害国民年金で28%、障害厚生年金で4%だった。
わたしは厚生年金だから、たった4%の確率? である。
遠い・・・。
国民年金の方が多いのは、該当者がたぶん、10代発病で病歴が長い、予後がよくない、などの原因なのかなあと思う。
でも、国民年金の受給額って、月66,000円だから、一生もらえても自立は難しい。
わたしの周りにはいっぱいいるけど、生活保護で決まりかなって感じ。
要するに、障害年金だけで、一生食っていける人なんて、ほとんどいないのだ。

わたしはまた、「やっぱり一生、お金の心配をし続けなきゃいけないのか・・・」と、ガックリきた。
もう、ここから逃れたい。
生きるのがしんどい、死んだ方が楽かも、と思うが、いや生きるのが仕事だろ・・・、と肩を落とす。

夕方、母にこのことを話すと、何回目かの同じ話をされた。
「もう、長いこと2級が通ってんねんから、いまさら(等級落ち)って話にはならんと思うよ」
「そうかなあ」
「ふつうに働けるようになりました、とかやったら、ともかく」
そうかなあ・・・。

Sちゃんも同じようなことを言って、落ち着きはらう。
「まず、ゆみはいまの状態だったら、落ちないと思うよ」
「そうかなあ・・・」
「いまの状態だったらね」
そうかなあ・・・。

結局、わたしがしんどいのは、一生約束された年金がないってところなんだろうな。
「だと思う」で安心できはしない。
これから、寿命も上がっていくんだし、貯金の切り崩し生活じゃ、足らなくなって、早く死ななきゃってこともあり得るし。

健康だったときは、「なに、お金がない? 働こう!」と、なんでも楽しくやったが、いまは稼げる身体がなくて、ほんとうに残念だ。
昔は、求人広告を見るのが好きで、数々のバイトをして、いろんな体験をしてきた。
いまでも、求人広告は好きだ。介護職ばっかりで面白くないけど。
これからの時代、ふつうの人でも、足らない年金を補うために、働きましょう! ってみんなで言っているのに、わたしは参戦できなくて、ますます疎外感にかられる。
貯金するしか生きる道がないなんて、そんな消極的なやり方、わたしじゃない。

結局、最悪のことを考えておくと、高齢になってから、わたしは経済的に行き詰って、生活保護を受けなければならないこともあり得る。
精神障害者の生活保護率は高い。
割り切ってしまえばいいんだろうけど、そして現になんとも思っていない人はいるけれど、わたしは生活保護っていうのは嫌なんだよね。
身辺整理をして、タンス預金して、ケースワーカーに来訪されて・・・、なんか侘しいじゃない。

それにしても、障害厚生年金の永○(○=久)認定率が、たった4%だって知っただけで、こんだけ落ち込むんだから、これからずーっと金欠アレルギーは続いていくんだろうな。
発想の転換をするか、なんらかの収入を得る方法を考えるか。
このままじゃ、ほんとうに、人生が楽しくなくなってヤバい。

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一生の貧乏の重さ

ajisai-uchiwa

今日は、しんどい・・・。
お金の心配ばかりしていたら、ちょっと人生が辛くなってしまった。
診察日だけど、こういう話は、薬で解決しないしなあ・・・。

とはいえ、こういった話は、精神科医はカルテに書く。
患者の家庭とか経済状況が、症状に影響してくるのは、精神科ならではってところか。
1億円あったら、うつ病は治るっていわれるくらいだもんね。
世の中、たいていのことは、お金があったら解決するのかもしれない。

わたしはいままで、女性が経済的に豊かな男性を求めるのをバカにしていたが、彼女らを完全否定することもできないと思う。
やっぱりなんだかんだ言って、配偶者の稼ぎによって、生活が変わってくるもん。
うちの妹の旦那は、3000万円とは言わずとも、1000万円以上は稼いでいるが、この妹は、旦那が亡くなったあとでも、わたしのように一桁の生活費で耐えぬくこともなく、のんびり乗馬クラブにでも通っていると思う。
わたしと同じ双極性障害で、一銭も稼いでいないのに。

妹の場合は、そういう男性がいいって言って結婚したんじゃないけど、わたしみたいな、一生に及ぶ貧乏はしたくない、と思う女性に、「金のない男はイヤだとかいう女は最低」って言いきれるか・・・。
そんなの、人の勝手じゃんってなるよね。
ただ、収入が高ければ高いほどいいって思っている女性は、やっぱりバカだけどね。
どんなに収入があっても、稼いでいる人が、病気で倒れたら終わりなんだから。
実業家なんかの場合、負債ができて、一生奥さんパートってこともあり得るもんね。

しかしこういう、お金のなさってやがて、風体にも現れてきて、いつか妹とはまったく見た目が変わってくるんだろうな。
女性にとって、お金があるかないかで、外見が変わってしまうというのは、惨めなことだよ。
死ぬ間際に、「一生、貧乏との闘いだったなあ・・・」って思うのも、辛いな。
たった一回の人生なのに。

そんなわけで、わたしは貧乏生活の辛さループに入り込んでしまっているので、脱出するために、気分転換をしなきゃいけないと思っている。
ただ、人には会いたくないな。
一人で、なんかボーッとしたいな。
ついでに、どっかに消えてしまいたいような気がするな・・・。

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ホワイトカラーとの別れ



昨日は診察日で、わたしはお金の不安を、H主治医にぶちまけた。
「将来、切り崩しの生活は、精神衛生上よくないです」
「作業所Aで働くとか」
「Aですか・・・」
「どこに問題があるねん」

それは、週休2日フルタイムですから。
なんで就労支援は、バイト程度の軽い段階がないんだろうな。
仕事の内容じゃなくて、拘束時間などが、辛い理由なんだけどな。

うだうだ話していると、何かの際に、先生が「お嬢さんやろ?」とわたしのことを言った。
お嬢さん??
いえ、わたしの家は貧しいですけど。

どうして先生がそんな事を言ったのか、気になったので、帰宅してから考えてみた。
先生が知っている過去のわたしは、先日お見せしたアルバムから、推し量るしかないだろう。
だとすれば、アルバムには、どんなわたしが写っていた?

高校時代の仲間と、陸上競技をしている写真があった。
職場の様子や、その飲み会での写真があった。
職場で誘われて行った山の会で、登山をしている写真があった。
これのどこがお嬢さんの生活・・・?

わたしは、デイケアに来ている障害者の人たちを思い浮かべた。
でも意外に、生まれつき貧困の人って少ない。
なかには、いまでも両親に大切に世話されている、お嬢さんと言える人もいる。
あれとわたしの、どこが違う??

そしてわたしは、あーっとひらめいた。
ホワイトカラーなんだ!
あのとき周りにいた人も、わたしもみんな。
変な言い方だけど、趣味が高尚なんだよ。
学生時代からやっている競技を、社会人になってからも続けていますとか、総勢70人の登山の会で、異業種の人と交流を深めていますとか。
なにか周辺を含めて、知性があってきちんとしてるんだよね。
デイケアにいる人にないのは、それなんだよ。

だがそのことを思いついたとき、わたしは冗談なくめまいがした。
わたしは昔、ホワイトカラーだったんだ。
でもそれは過去だし、いまからは?

母が言っていた。
ある清掃のバイトに行ったとき、本当にこの世の中には、底辺人間がいるものだと。
そんなことを言う母ではないので、よほど凄かったんだと思う。
わたしは、自分の身の上を案じた。
底辺人間と仕事をしたことのないわたしは、ある意味、先生の言う通りお嬢さんだ。

作業所Aって、大丈夫なのか。
フルタイムの仕事はできないので、予め無理だと
わかっているが、仕事をするにしても、この先どんな環境が、わたしを待ち受けているんだろうか。
わたしは、障害者になってから、落ちてしまった穴の深さを、ズシリと感じた。
もう、普通の人とは仕事できない・・・。
周りは恐い人ばかりになる?

ここでわたしは、すべてから逃げ出したくなった。
自殺・・・、いやそれは駄目だ。
お金がないって、どうしたら・・・。

いろいろ考えた末、わたしは、また考え着いた。
社会復帰で苦労している、デイケアの人々が持っていなくて、わたしが持っているものといえば、人脈だ。
いま考えただけでも、バイトないかな? と尋ねたら、ちょっと調べてみる、ぐらいは言ってくれそうな友人が二人ほどいる。
もしかしたら、障害者雇用枠で入れてくれるという、大当たりもありえる。
ただ、やっぱりフルタイムは無理なのと、ツテで入ると、失敗した時に申し訳ないというリスクが伴う。

まーどっちにせよ、いま目の前にある危機じゃないのに、あれこれ悩んでるわたしは、やはり異常なのだろう。
貧困妄想っていう症状があるんだけど、それなんだろうか?
今度、先生に聞いてみよう。
こんなしんどい悩みが、ただの妄想だとしたらいいんだけどな。

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振り返ったとき



昨日も、自宅マンションで考え事をしていた。
そしてなんかの拍子で、よく言われている、ある命題を思い出した。
「もし、目の前に津波が来て、死ぬ! となったとき、後ろを振り返ったら、そこに誰がいて欲しいか?」だ。

わたしは、津波が迫ってくる様子を、うーんと想像し、それからやぶからぼうに、パッと後ろを振り返った。
ところがあれ? 誰もいない・・・。

ここに、両親や妹が来ないことはわかっていた。
でも、えー? 誰もいないの??
私は2回、同じことを繰り返した。
だけど、そこには襖があるだけで、やっぱり誰もいない。

しまいにわたしが見たのは、津波から逃れるべく、より生存率の高そうな場所へ逃げている自分だった。
わたしは最後まで、自己中心的で、一人なのか。
なんだか寂しい人だな。

昔、「ディープインパクト」というアメリカ映画があったが、そこでは各々が、どの人と生きるか死ぬかで、大波乱を起こしていた。
彗星が落ちてくるんだけど、いきなりこの人! じゃないんだよね。
家族だったら、全員大事だろうし。
この命題を考えた人は、独身だったのかもしれないな。
そしてきっと、ロマンチストだ。

そんなことを考えながら、ふと、先日読んだものを思い出した。
それは、「死ぬ前に、思い残したこと」の一覧だった。
わたしはそのなかの、「会いたい人に、会えなかった」というのに目を奪われた。
ふーん。
わたしに、特別に会いたい人なんて、できるのかな。

これから先、わたしは多くの出会いが、期待できるわけじゃないから、いま、知っている人を大事にして、会える時には会う、という形でいいのかな。
そして津波が来たとき、振り返ったら、そこに大勢の人達がいるという・・・。
まーいいけど、それもちょっと寂しい話だね。
わたしにとってはこの人でも、向こうにとっては、大事な人の、一人でもないんだから。
独身を貫いた人の、宿命かな。

そしてさらに、考えを広げた。
実際わたしが死ぬときは、誰が最後にいるんだろう。
わたしは、マンションを買った、20年前にいた人たちのことを思い浮かべた。
それから、現在周りにいる人のことを。
もう全然、入れ替わっている・・・。
たぶん、これからもずっと入れ替わり続けて、だけど、まったくの一人ぼっちには、ならないんじゃないかな。
たとえ一人でも、誰かがいるような気がする。
でもそこにあるのは、一抹の不安だ。
強く、誰かに向かって、さよならと言えない、中途半端な気持ち。
この世との別れなのに、寂しい気持ち。

もっとも、まだ寿命が来るまで長いし、この時点で いろんなことを諦めるのは、早いだろう。
ちなみに、べつにわたしは、孤独死を恐れているわけではない。
むしろ、わたしらしい気もする。

でも、周りにいっぱい人がいる人は、肉親を含めた付き合いのなかで、どの人が自分にとって大事なのか、ときどき後ろを、振り返ってみるのもいいかもしれないね。
もし、その人と目が合えば、それは幸せなことだと思う。

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世代を超えた自分



昨日も、オッド付きチェアに沈み込んで、考え事をしていた。
そして、母が死んでも、実家を売っても、最終的にわたしが守りたいのは、このマンションと死ぬまでに十分な、お金なんだと思った。

そんなことを考えながら、ふとダイニングテーブルを見ると、被っていた夏の帽子が見えた。
ふーん。
あれ、20年前のマンションを買った当時のわたしが見たら、どう思うだろうな。

20年前のわたしは、このダイニングテーブルの前で、すごく綿密な家計簿をつけて、将来の自分を描いていた。
その計画によると、わたしは52歳の今年、新しいマンションを買うことになっていた。
と同時に、52歳のわたしは、どうなっているんだろうと、気が遠くなるような思いで考えた。

52歳って、れっきとしたおばさんだよなあ。
想像もできないけど、多分スカして、世の中を堂々と歩いているんだろうな。
悪友たちと、行ったり来たりして。
新しいマンションは、たぶん大阪城周辺で買っているだろうな。
なんといっても、美しい景観が、永久にあるような場所がいいよ。

それから彼女は、テーブルの上にある帽子を見て思う。
「え? 52歳でこういう帽子って、どうかぶるの?」
いまのわたしが答える。
「こうかぶって、このシャツとブカパンをセットにするんだよね」
「あー、なるほど! そういう流行りなのか」
そして、32歳のわたしは、ひそかに思う。
「あれー? 意外とおしゃれじゃん。雑誌に載っているセンスのいいおばさんって感じ。いまのわたしなら着ないけど」

その後で、彼女は聞くのだ。
「どんな人が、周りにいるの?」
そこで私は動揺する。
答えたくない・・・。

「CとHとOとは、友達関係切ったよ」
「エエエーー!!?」
「いろいろ、うまくいかないことがあってね」
「・・・!」
「将来あなたは、病気になるんだよ。躁うつ病」
「そんな」
「遺伝的な病気だからね」

それ以上のことは、到底言えないだろう。
言ったらたぶん、彼女は人生に絶望して、うつ病になり、自殺を考える。
発狂してキチガイになる未来なんか、誰も受け入れられるわけがない。

わたしは、そのダイニングテーブルに座ってみた。
ここで、52歳のわたしってどんなの? と考えていたわたし、こんなのだよ。
いまのあなたには、耐え難い環境だと思うけど、 もともと人生は、辛くて苦しいものなんだから、その中で少しの楽しみを見つけていくしかないね。

そしてわたしは、また考えた。
20年後の、72歳のわたし。
いま、わたしはお金の事で悩んでいるが、彼女はこれをどういう風に考えるだろうか。

「マンション? もうすぐ売るわよ」
「エエエーー!!?」
「いまのあなたには、悲しいことかもしれないけど、お金がないの。マンションがあっても、食べていけなきゃ、どうしようもないでしょ」
「そんな」
「わたしは、高齢者アパートへ行きますからね」

そして、彼女のあたまは考える。
「20年先のことを考えても、仕方がないのが分かったと思うのに、まだ悩んでいるのね。困った人だわ」
それで、72歳にしては、おしゃれなお婆さんの服装して、スカしているわたしは、強い人かもしれない。

こうやって、いろんな経験を経て、人間は徐々に強くなっていくのかもしれないな。
いまのわたしは、あまりにも弱すぎる。
どんな局面にも、立ち向かえる強さを、身につけなければ。

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夏バテの始まり

higasa

しまった、夏バテした。
実家に帰って一晩寝たら、朝、起き上がれない・・・。
睡眠時間は足りているのに、まぶたが重くて、肩にどっと重力を感じる。

そういえば、マンションにいる間、ずっとクーラーをかけたままだったもんな。
ちょっと寒いなと思っても、20分間以内に点けたら、逆に損になると聞いたから、寒いまま震えていたのだ。
あの環境は、よくなかった・・・。
夏バテするなんて、考えてもみなかった。

そういうわけで、朝ごはんも食べれない。
じつはこのところ、ただでさえ、朝ごはんは面倒くさくて、食べたり食べなかったりしていたのだ。
とにかく、食欲がない。
朝ごはんに限らず、ごはんは時間が来たから食べているだけなのだ。
マンションにいるときも、食べていたのは、朝:おにぎり1個、昼:菓子パン2個、夜:280円の弁当、だった。
ほんとうに、食べるのは、どーでもいいって感じ。
夏バテは、もうすでに始まっていたのだろうか。

そして体重は、43kg。
わたしの人生のなかでは、軽い方だ。
一時は54kgで、妊娠7ケ月になっていたが、あのときは、よくビールを飲んだな。
お酒を飲まなくなったことと、食欲が減退したことは、関係あると思う。
お酒を飲んでいるときは、空腹感じゃなくて、飢餓感みたいなものが来るから、パクパク食べれちゃうんだよね。
だからって、また飲み始めようとは思わないけど・・・。
だけど今朝、ウイスキーを間違って飲んで、「知らない間に、また飲めるような身体になった!」って喜んでいる自分の夢をみた。
ほんとうは、やっぱり飲みたいのかな?

それはさておき、このしんどいまま、まだ残っている夏を過ごすのは、大変なのだ。
じつは、ガンの父も、今朝から腹痛を訴えていて、ごはんを食べないのである。
それを知るまえに、わたしが夏バテの話をしたので、母は二重苦になってしまい、大変そうであった。
父・・・、大丈夫なんかな。
抗ガン剤治療をやめて、2ヶ月。
これからが、本格的な闘病だからな・・・。

「お父さん、夏が過ぎたら、要注意やで。ガクッと衰えるからな」と、元彼Sちゃんが言っていた。
そうかもしれない・・・、この暑さと冷気。
母だけが元気なのだが、わたしまでダラ~となっていたら、いけないな。
とにかく、ちゃんとごはんを食べなきゃ・・・。
夏の苦難は、まだまだ続くのである。

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将来に待つ貧困生活

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引き続き、夏バテにより、しんどい。
なんとか、朝ごはんは食べたが、気持ち悪くてムカムカする。

昨日は、いつものように、老後の心配をして一日が終わった。
昔でいうところの、ノイローゼかな。
こういうのを「うつ」って呼ぶ人がいるんだろうけど、軽躁患者でもなるんだから、これはまずうつではないな。

どうしても、情報集めをしてしまうのだが、いまの4人に1人の高齢者が、貧困高齢者だって読んで、えーっと思った。
貧困高齢者の定義は、年収200万円以下。
しかし・・・、その程度で貧困と呼ぶの?
わたしなんか、140万円以下だよ。
200万円もあれば、わたしから見れば、贅沢しなきゃ生きていけるでしょって感じがするけどな。
母と言っているんだけど、だいたい、あーゆう基準を決めている人が、すでに富裕層だから、その感覚で、老後の資金は8000万円とか言うんだろうなと。
下町の庶民をバカにしているよ、まったく。

それから、いまの生活保護のうち、高齢者が半数以上という情報にも、暗い気持ちになった。
みんながそうなんだから、自分も生活保護を受ければいいじゃん、っていう気持ちにはなれない。
そうなるまでに、培ってきた財産を失わなければならない。
わたしは、自分には厚生年金基金がおりるものと思っていたが、それも現代では確実ではなく、廃止を検討しているところもあるらしい。
そんな・・・、老後に出るものと期待していたお金が、出ないとなると、その先の話がまったく変わってくる。
つまり、わたしの場合、基金がおりなくて、障害年金の等級が3級に落ちたら、後期高齢者までに、不動産以外の貯金を食いつぶすことになる。
お金がなくなるのを、じっと待つ生活・・・。
辛いだろうな。

そんなことを調べている最中に、ネット民が障害者について、すごい勘違いをしているのを見てしまった。
なんか、障害者になったら、国から、助成金みたいなものがおりると思っている人がいるんだね。
一銭も出ないよ・・・。
国民年金や厚生年金に加入していたら、そこから障害年金がおりるけど、生活できる額じゃない。
よって、障害者の大半は、親に頼るか生活保護になっているのだ。
障害者は、いつだって世の片隅と決まっているんだから。

わたしは、一生世の片隅と決まっているんだけど、小さな自分の部屋で、わずかに陽を浴び、ささやかな生活をしていれば、それで満足なんだけどな。
いまの世の中は、いろんな人から、いろんな夢を奪っていくな。
ワーキングプアの人に訪れた苦難も、わたしに訪れた不幸も、本質的には変わらない。
レールから一歩外れたら、とことん落ちるってことだよね。
いったいなんのために生きているんだろう。
長生きなんかしたくないって思っちゃうね。



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家計の縮小

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今日も、朝起きられず。朝食ぬき。
完全に夏バテである。
昼も、ぐったりしている。

昨日も、懲りずに電卓と友だちになっていた。
将来の生活費・・・。
なんとか、安心できる方向に、もっていけないものか。

すると、わたしのあたまに、アレ? といい案が浮かんだのだった。
パソコンをなくせばいいじゃん。
そしたら、回線料が、そのままお小遣いにはなる。
しかも、高いパソコンを買わなくてすむ。

しかし、これには一つ、難点があるのだった。
元彼Sちゃんとのスカイプだ。
人と会って話をする機会のないわたしにとって、スカイプは生活必需品だ。
人とのコミュニケーションを断ってまで、生きることを優先させるなんて、よっぽどの事態だと思う。

困ったな・・・、と考えているうちに、わたしはふと、またひらめいた。
あ、そうか。Sちゃん、いつまでも生きているわけじゃないんだ。
わたしより、7歳年上だし、男だし。
長寿家系だけど、まさか90歳までは生きているわけじゃないよね。

だから、Sちゃんが死んだら、わたしはさっそくパソコンをやめて、貯金切り崩し人生をやめたらいいんだ。
とにかく、貯金が出ていく一方の不健全な家計が嫌なんだよね。
死刑台に向かって、一歩一歩、歩を進めていく感じ。
お金がない恐怖って、ほんとうに苦しいものだ。

生活保護の人が、なにを嫌がるかって、ケースワーカーの訪問らしいんだよね。
みんな口をそろえて、「ネチネチ部屋を調べられるのが嫌」という。
金目のものがあったら、訊かれるのはもちろん、100円の花を飾ってあるだけで、「いい身分だな」と言われたり。
やっぱりちょっと、まともな人間扱いされないのかなと思ったりもする。
ほんとうに、間違っても、あの入口だけでも立ちたくないよ。

はあ・・・。
こんな暗いことを考えているから、よけい具合が悪くなるのかな。
世の中に、どれくらい同じ悩みを抱えている人がいるんだろう。
きっと、数えきれないほど、いっぱいだろうな。
胸に重苦しいものが、乗っかる。
夏休みの青い空、水玉、ひまわりなんて、いまは遠い世界だな。



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母を鍛える。

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夏バテ続行。
ちゃんと食べていないのもあるんだろうな・・・。
こんなことじゃ、身体を壊してしまう。

将来のお金について、いろいろ悩んだ結果、大きなポイントの一つは、「母が何歳まで生きるか」なのだと、再確認した。
わたしが、母に寄りかかって生きるようになるんだったら、当然その結果になる。

わたしはいろいろ計算して、結局、いちばんいいのは、わたしが厚生年金基金をもらえるようになる、70歳つまり母が93歳まで、施設に入らなくてもいい程度の元気さでいてくれれば、なんとかふつうの貧乏で生きていられると思った。
ふつうの貧乏とは、たとえばガンになっても治療費が出せる、とかそのレベルである。

しかし、母は93歳まで元気でいてくれるだろうか。
わたしの曾祖母は、亡くなったのは96歳だったが、91歳までは一人で家事をしていた。
最後は病院でだったが、「家に帰りたい」と言って、意識はしっかりしていたようだ。
ううむ。
やっぱり、長いこと、自分で家事をやっていたことが、長生きの秘訣だったような気がするな。
うちの母も、身体が動くうちは、どんどん家事をやってもらおう。
とにかく、人間は動かなきゃ、退化する。

それから、わたしは数ヶ月前からしているんだけど、母と一緒に、毎日2km散歩している。
これは、やっているのとやっていないのでは、大違いのはずだ。
わたしは自分と母に言い聞かせている。
「昨日の続きが今日で、今日の続きが明日だから」
思うに、毎日これを続けていれば、急激に衰えたりはしないはずなのだ。
途中、階段もあるが、数日間雨などで、この昇り降りをしないと、母は「しんどくなってくる」と言う。
わたしは、もし本格的に昇れなくなったら、代わりにスクワットとかかと上げをしようと思う。

こうやって、密かに母を鍛えていけば、わたし自身の未来に繋がるんだと考えた。
母には、迷惑かもしれないけど・・・。
でも、一般的には、娘が母のことを思って、いろいろ鍛えてあげるって、いいことなんだよね。
問題があるとすれば、動機が不純ってところだな。
それから、施設に入ってもらうのも、お金がかかるので、わたしのことだから、ギリギリまで家で介護をするんじゃないかなと思う。
これも、一般的には献身的でいいことなんだけど、まったくもって動機が不純。

でもまー、たとえ動機が不純でも、母に長生きしてほしいっていうのは、いくら冷酷なわたしでも、考えるんだよね。
だって、わたしの周りには、誰もいなくて、母がいなくなったら、ほんとうの一人ぼっちになる。
これもわたしのエゴかもしれないけど、母も、ふつうに生きているうちに、死にたいとは思わないだろう。
ちなみに、彼女は尊厳死を望んでいるので、そういう状態になったら、彼女の思うとおりにしたいと思っている。

それにしても、「お母さんを大切にしよう」という言葉を、いまさらながらに痛感するわ。
そういうことだったのか。
お母さんを壊れ物のように扱って、優しくいたわって、・・・なるほどねえ。
こういうの、ふつうはもっと早くに気がつくんだろうな。
かなり遅いけど、心しておこう。

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チョコレートパフェの日

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昨日は、母と繁華街へ出向き、チョコレートパフェを食べ、コーヒーを飲んだ。
母は、たまに都会へ出たがるのだ。
家にしか関心がないより、ずっといいと思う。

わたしはこの日も、朝食が食べられず、甘いものもあまり欲しくなかったのだが、どうせなにか食べなきゃいけないんだし、パフェを食べた。
まあまあの味だった・・・、わたしはなぜか、甘いものを食べるスピードが異様に早い。

そして、繁華街のショッピングモールをウロウロして、いつもと違う若者の群れを見た。
うーん・・・? 最近、すごくオシャレ! っていう人を見ないんだけど、なぜだろう。
そういう人は、土日にいるのかな。
平日にいるのは、あまりお金のない学生だろうしな。

母は、夏に普段着として着れる、おばあさんスカートを探していた。
いまワイドパンツが流行っているから、それなりのものがありそうなのだが、母の体格はチビちゃんなので、どれも、足が短すぎた。
規格に合わない人は、なかなか苦労するな。
しかし、高齢の女性で、チビな人はいっぱいいると思うんだが。

結局、敷パットを買って、疲れたからコーヒーを飲もうと言って、カフェに入った。
母は先日、父とスターバックスに入って、なにがなにやらわからなくて、出てきたそうだ。
そうだなあ・・・、彼らは横文字が苦手だから・・・。
わたしは勝手に母にラテを頼み、二人で落ち着いたところで、取りとめのない話をした。

「はあ~。こういうところへ来ると、面白いわ。店がたくさんあって、信じられへんわ」
「そうやなあ」
「人が多いしなあ」
「あのな、中国人いっぱいおるで。駅のコンコースのアナウンス、中国語と英語だけになってるで」
「えー! ほんまか。そんなにおるんか」
「集団になってるのは、そうかも」

と、余計な知識を入れるのも、老人のあたまに風を入れるという意味でいいのだろう。
わたしは、自分の老後のことが心配になっているので、支えとなる母に、世間を勉強し続けてもらいたいと思っているのだ。
ニュースでは知っているけど、実際は知らない、じゃもったいない。
肌で感じて、より若い感性でいなければ。

帰りの電車のなかで、母は「月に一回くらい、都会に出てこなあかんな」と言った。
それはいいことだ、と思った。
わたしが救いなのは、母は75歳にしては、心身ともに若くて、いろんなことに好奇心があるし、まだまだ実行できると思っているところである。
帰宅後、わたしが「老人を鍛えるための、階段昇りマシーン」(躁の発想?)を考案していたら、母が「あんた、そんなんなくても、ひいばあちゃんは、90歳でも家の階段昇ってたんやで」と言うので、びっくりした。
そうなんや・・・。
じゃ、母もこのままふつうに動いていれば、あと10年どころか、もっといけるな。

わたしは、さらに、母をこれから鍛えようと決心した。
動機は激しく不純だが!
一緒に散歩して、階段を昇って、月1くらいで都会へ出て、家事も一緒にやって。

――でも、もしかしたらそのまえに、わたしは自分の健康管理の方を、気遣った方がいいのかもしれないね。
現在のところ、夏バテでくたばっているわたしより、母の方が、よっぽどはつらつとして元気だよ。
わたしの方が、お荷物にならないように、しっかりしなくては。


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節約生活へ目覚め

seisen

なんとなく、ネットのあちこちをパラパラしていたら、あるところに「一人暮らしの生活費」というのが書いてあって、わたしはその内訳に興味を持った。
わたしが試算した生活費と、だいたい合っているのかな。

すると、えっとびっくりしたのは、食費が「2万円」と書いてあった項目だった。
えー? そんなのでいいの?
わたしは、2.5万円で試算していたんだけど。

でもこの額には、とても個人差があるらしく、多い人では5万円とかだった。
まあそうか。
収入がそれぞれ、違うからな。

そしてわたしは、2万円という額について考え、なにをどうしたら、そのくらいになるのか、これまた試算した。
ううむ。
全然、不可能じゃない。
それどころか、嗜好品を削除し、2・3日同じものを食べる作戦でいけば、月1.5万円だっていけるぞ。

それからわたしはワクワクし始め、将来にわたるお金の計算を始めた。
月1万円浮くと、未来が全然変わってくる・・・!
そもそもわたしは、仕事をしているときから節約精神がすごくて、その当時も食費は1.5万円だった。
スーパーへは、日曜日に行って、1週間ぶんの食料を買ってくるのである。
確か、一回の買い物は、4,000円台だった。
消費税は5%だった気がするけど、チマチマ食費を節約することは、苦ではなかった。

そうかあ。
あれをまた、やればいいだけの話なんだ。
美食家には耐えられない日々だろうけど、わたしはべつに食べ物なんかなんだっていいし、ビールをやめたいま、嗜好品もない。
でも、健康を損なわないために、ちゃんと食べるだけは食べよう。
主食はしっかり摂って、昼は食パン、夜は120円の肉・魚と、50円ぶんの野菜。
なんで50円ぶんの野菜かっていうと、一人暮らしの場合、たとえば一袋100円のピーマンを買っても、一回で食べきれないからね。
野菜は、2日に一回買う程度でじゅうぶん。
あとは、月に一度はじゃがいも抜きのカレーをつくって、何日か食べて、冷凍保存する。
肉も魚も、残ったぶんは、ぜーんぶ冷凍保存。

こんなことを言うと、すごくせこいように聞こえるが、いまの時代、一部の裕福な人を除いて、みんな似たようなことをしなければならないんじゃないのかね?
いや、いつの時代にも、生活をする人々は、賢いやりくりをしていたはず。
わたしも、母がいなくなったら、それをやるんだ。
菓子パンは週に1回と決めて、ささやかな楽しみを味わう。
こういう貧乏は、わたしは大好き。

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