LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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華やかにみえる人々

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昨日、フェイスブックを見ていたら、ある高校の同級生が、北海道でトレッキングをしていた。
「うはー! この人趣味が広いし、いつ休んでんの?」と思う。

このMさんは、しょっちゅう画像をあげていて、たびたび仕事で外国を含め、どこかへ行っている。
見ると、豪華? な食事に酒やホテルが写っており、出張費ってナンボもらえるねん・・・、とただただため息をついてしまう。
べつにベンチャー企業などではなく、一般企業である。
この人の生活を見ていると、年収1千万円近くは、もらっているんじゃないのかと詮索したくなる。

それでふと思い出したのだが、いまの若い人が、「バブル世代はずるい」と書いていたことだった。
まー景気のいいときに就職して、順風満帆できて、いまも稼ぎまくっているから、という理由なのかな。
しかし、わたしはどうなんだろうかねえと思う。
バブル期に就職した人のすべてが、稼ぎまくっているわけじゃない。
ブルーカラーは、いつの時代にも存在する。
もっと言うと、いま新卒で非正規社員になる人は、バブル期でも、いい会社に入れたわけじゃないと思う。
バブル期だって、一部の一流企業は、ある偏差値以下の大学は採用しないって、社内で決まっていたもんね。
全部とはいわないけれど、いま一流企業にいる、バブル期のおじさんおばさんは、そこそこの大学出身だと思うよ。

わたしの時代は、Fランク大学というのがなくて、大学へ入るには、多少の学力は必要だった。
いまのFランク大学へ行っている人は、昔なら、高卒で昇進なしの仕事? というイメージかなと思う。
だから、新卒で非正規社員の人は、そのへんじゃないのかな。
終身雇用がないとか、ブラックだとか、現代ならではの問題があるけれど、学歴社会でいうと、そんな感じかなと思う。

というわけで、よくも悪くも、わたしはしょぼい進学校出身なので、周りにFラン級はいない。
だから、だいたいの人は、それなりの職を得ていると思う。
基本、同級生に貧乏な人はいない。
わたしみたいに、月1△万円しか収入がないと知ったら、みんな黙り込んでしまうだろう。

だから、わたしのフェイスブックは華やかにみえて、まったくため息が出て仕方ないのである。
タイだのベトナムだの外国への赴任・出張、美味しそうな高級店、ああ~・・・みんな明るいところにいる。
貧乏なわたしは、いいなあ・・・、とただ力が抜けるばかりである。
ゴージャスなものに憧れるんじゃなくて、経済的余裕・社会的立場に対して、うらやましいなと思う。

そういうわたしは、しばらくフェイスブックの更新をしていない。
どこにも行っていないし、なにも変わったことが起きないからだ。
ごくたまに、写真をアップしたりするが、病気になってから、一人で写っている写真がほとんど。
友だちという財産も、わたしは失ったんだなと思う。
ほんとうに、病気のまえには、学歴とか職業とか、なにもかも無力になるからね。
なにを考えても、最終的には「健康第一」に落ち着くんだよね。


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遺産相続のハナシ

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昨日は、浅ましいことを考えていた。
いつもの通り、将来のお金を計算(最近日課になってる)していたら、ふと「妹の遺産が、手に入るんじゃないか」と思いついてしまったのだ。
わたしのマンションが建て替えになって(妄想?)、どこにも行くところがなくなったら、社会的立場のある妹が保証人になってくれる、妹が死んでいたら、遺産が入っているはず・・・、という目論みである。

しかし妹の遺産って、ほんとうにわたしの手にはいるのだろうか。
妹の小姑は、人格者の兄にまったく似ず、結婚前会ったこともないのに、うちの妹と顔を合わせようとしなかったらしい。
妹の方も、「芸能人を追う俗物タイプで、まったく尊敬できない」と言っていた。
俗物さんねえ・・・。
たぶん、お義弟さんが先に死んで、うちの妹が続いたら、その財産を速攻奪っていくんだろうな。
死んでから、家に行ってみたら、すでに跡形もなかったりして。
まーそれはいいけど、もともと妹が独身時代からもっていた通帳まで持っていかれると、「それは不憫では・・・」と思う。

ということで、妹名義のものについては、こっちで検討させてもらいたいな。
そのほかはすべて、分けてくれとは言えないんだよね。
なんといっても、わたしは、旦那さんになにかを脅迫したらしく、迷惑をかけてしまった。
旦那さんは校長先生をしていて、物事を正確に捉えて、行動に間違いのない人だったが、珍しく一度、仕事をやめると言っていたことがあった。
よほど、仕事がきついんだと思う。
そういう人が築き上げたものを、横からかすめ取ってやろうというわけにはいかない。

――と、ここまで考えたとき、わたしはある重大な事実を思い出して、あー! と、自分のうっかりに驚いてしまった。
妹の旦那には、前妻との子どもがいたんだった!!
カーン。
話をするなら、こっちだよ。

願わくば、妹は、わたしの困窮を察して、生前贈与してくれないだろうか。
できたら税金がかからないよう、生命保険でわたしを受取人にして!
終身年金保険でそういうの、あるのかな?
あったら、そういうのお願いします!!

なんて言っても、妹はたぶん「面倒くさい」の一言で、人の一生をぶった切るに決まっているのだ。
自分にとって、まったく知りもしない前妻の子どものところに、遺産が引き継がれて、一緒に育ってきた肉親に一銭もいかなくても、たぶん平気なんだから。
やっぱり、あの妹はあてにできないな。
なんというか、経済的なこととか、温かみのある人間性とか、もっとしっかりした人ならよかったのにな。

そんなふうに考えごとをしていると、わたしはなんだか、「自分って、やっぱりおかしい」と気づいた。
妄想・・・、なのかな・・・?
なんかやっぱり妄想のなかの「貧困妄想」にあてはまる?
お金があるのに、お金がないって信じ込んでいる妄想だけど、そういえば遺産相続って、いつの話しているんだって感じだよね。
だからといって、妄想は「それ違うよ」と言われて解除されるような簡単なものではない。
正直、わたしはお金がなくて、ないから怯えていて、これが妄想だと言われても、どう信じろと? と思う。

これは明後日の通院日に、H主治医に話してみよう。
「妹の遺産をどうのこうの」って言い出した時点で、「あ、ちょっと壊れてきたな」って思われるかもだけど、わたしにとっては、楽になれるなら何でもいいや。
財産狙いのあさましい人であっても、あっちの方が正常なんだから、いつでもどこでも、変な主張はしない方がいいな。

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タマゴからかえる。

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長いあいだ、将来のお金について、悩んでいたわたしだが、なんか天啓がひらめいた。
「もし、父がガンで死ぬことがわかっていなければ、どんな生活だっただろう?」。

すると、あたまには、両親がいて、そのなかで守られている自分がいた。
わたしはおそらく、「暇だ」と言って、駅前の酒場で飲んでいる。
手元の所持金なんか、気にしていない。

だがいまは、とてもじゃないが、そんな気になれない。
わたしは、父がいなくなって、城壁の半分が崩れ、風が吹きすさぶさまを想像すると、とても心細いのだ。

そして、母はいえば、わたしを守ってくれるどころか、「あんたには介護が待っている」と言い始めたので、わたしはそれ以後、パニックに陥ってしまった。
しかしこれは母の言い方に問題があって、母は病気のわたしには、介護は無理だから、わたしは独居老人をするから、あなたは好きなようにしなさいよ、という意味だったと思われる。
わたしはそれを、「突き放された・・・」と感じたのである。

しかし、こういう考えが浮かんだのは、卵からカラを突き破って、ヒヨコがかえったようなものだな。
わたしは病気になってから、知らない間に、なんにも考えられない子どもに帰っていたんだと思う。

そしてわたしは、考えを進めた。
いままでわたしが恐れていたのは、年金額が減って生活できなくなったらどうしよう、マンションを売っても高齢なため、どこにも部屋がなかったらどうしよう、生活保護の窓口で追い返されたらどうしよう、というようなものだった。
だが、冷静になって考えてみると、わたしって精神障害者としては、あり得ないほど恵まれている。
親はいるし、障害年金は無年金にならないことは保証されているし、厚生年金基金を持っているし、自分名義のマンションはあるし。
お金がないどころか、あるのでは・・・。

また、高齢で部屋がない点も、もし探しまくってなければ、市役所で相談すればいいんでは?
自分と同じような人は、いっぱいいるはずだ、その人たちはどうしているの? と聞けばいいじゃない??
生活保護の窓口でも、追い返される人というのは、説明能力がない、制度について無知、働ける身体がある人、などがそうなると書いてあった。
言われてみれば、市民の血税を使っているのに、「ここに来たら、お金がもらえるって聞きました~」なんて言い方をすれば、「勉強して出直してください」って言われるかもしれないな。
でもわたしは、制度のことを知っているんだし、障害者なんだから、むしろ断られる理由がない。

よくよく考えてみたら、わたしには、一応考えるだけのあたまと説明能力があるんだから、あとはまっとうに生きていれば、おかしなことにはならないはずなのだ。
知識とか教養って、そういうときのために、使われるものなんだろうな。
治療費がなくてお金を借りちゃったとか、あーそういうことしたら、生活保護出ないよ、とかわかっているのといないのとで、人生変わるよね。

そんなことを考えたあとで、わたしは、「とにかく、まっとうな生活をして、然るべきところで、きちんと説明したら、なにも怖いことなんてないよ」と、思った。
知恵、知識、教養、説明能力。
裸になっても、これははがすことはできないもんね。
こういうのを蓄えて、自分を強くしていけたらなと思う。

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美容院とスマホ代

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さて、なんとなく貧困妄想から抜け出しつつある感じのわたしなのだが、それでもちょっと、不安になって、「月々、もう少し減らせるところはないのか」とチェックし始めた。
ほんと病気だ・・・。
しかし、どうしても気になるのが、美容院代とスマホ代なのである。

美容院代は、カット・カラーで8,000円/2ヶ月かかる。
この、カットは仕方ないにしても、カラーがなんか高すぎるような気がする。
たぶん、市販のもので染めたら、1,000円くらいなのでは・・・。
でも、わたしの母は、カラーのせいで、ひどいアレルギーができ、いまでもそれで苦しんでいるので、一生のことを考えると、そこはあまり安物にしない方がいいかもしれない。

だいいち、風呂場で自分で染めるなんて、面倒だろ・・・、自分にできるのか。
そう考えて、ああ楽がしたい、と思っていたら、そうか! とまた考えが浮かんだ。
「美容院は、半年に一回にすればいいんだ!」
どうせふだんのわたしは、クリニックと買い物くらいにしか外へ出ない。
同窓会なんかは、ゴールデンウィークとお盆にしか、やってこない。
そのときだけ、綺麗にしていればいいじゃん。
絶対、その方が合理的だし、身の丈に合っているというものだよ。

美容院の問題が解決すると、次はスマホの検討に入った。
わたしはキャリアの○Uなので、いまははっきり言って回線料が高い。
でも今度10月に、すべてのプランにおいて、2割引きにする発表がある、と聞きつけている。
もしそうだとすれば、やり方によっては、キャリアは格安スマホと変わらない料金になるんじゃないかな?
つまりわたしの場合、昔からの顧客なので、端末を買わずに、無料でバッテリー交換をしてもらえば、回線料だけでいうと、格安スマホの4年目以降と変わらない。
だからこれは、現状維持でいいのかなと考える。

そこまで計算し終わって、ざっと見渡すと、自分が70歳になったとき(!)には、おお! 40万円も浮く!!
素晴らしい~!!
こうなると、たとえガンになっても治療費が出るね。
わたしって、ガンになっても、身体のことじゃなくて、お金のことを気にしていそう。

さて、そろそろ計算をするのも終わりになるかなと期待するのだが、食欲が相変わらずなくて、やっぱり上の空なのかなあと思う。
今日、診察で診てもらうけど、妄想を抑える向精神薬は、わたしは副作用を気にして辞退するから、現状はあまり変わらないかもな。
母は、「前の暴れているときより、ずっといい」って言うけど、本人的には、エネルギーが内に向かってぶつけられているような感じで、外から見えるほどに、よくなっていないんだよね。
いろんな考えに囚われ、上の空でなにもできなくなってから、もうすぐ1年経つ。
そろそろ、まとまった考え・行動ができるようになりたいが、自分のコントロールがどうにもならないので、困ったなあと思っている。

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労働への意欲


昨日は診察で、H主治医に、最近お金の計算ばかりして、困っていることを話した。
すると先生は、あーそれはね、と、いとも簡単に説明した。

「暇で何もしていないから、罪悪感があるんですよ」
それを聞いてわたしは、あー! そうなんだよ!!
と思いついた。

わたしはずっと、外で働いている人たちを見て、みんなえらいなー、わたしは何もしていないなーと、罪悪感を持ち続けていた。
こんなわたしが、いつまでもまともに生きていけるはずがない、きっとどこかで挫折する、と心の どこかで感じていた。
それでも何とか生き延びようと、お金の計算をして、未来のツギハギをしようとしていたのだ。
そうか、不安の大元は、仕事をしていないことだったんだな・・・。

わたしはさっそく、先生が提案してくれた作業所 Aについて考えた。
わたしに誤解があったのだが、ここは1日4時間労働らしい。
しかも、一般の企業と違って、障害者に合わせた対応してくれる(考えたら当たり前)。
いままで、普通のバイトで失敗してきたわたしだが、これならやれるかもしれない?

そんなことを考えていたら、何だか自分の生活が、より正しいものになっていくような気がした。
朝出かけて、軽作業をやって、夕方帰ってきてごはんを食べる。
もしこれができたら、わたしは病気になって初めて、まともな生活ができると言えるんじゃないだろうか。
やってみたいなあ。

なのでこれからちょっと、情報を集めてみたいと思う。
先生曰く、いろっんな所があるとのことだった。
職種のことだろうか?
わたしは薬の副作用で、手が細かく震えているので、細かい作業はできないな。
いやでも、それも障害の1つだから、大目に見てくれるかな。

いままで、わたしの行くところは、どこも老人ばかりだな、それもそうだ、平日だななどと思っていた。
そして、この年でもう隠居するのかと、人生を寂しく思っていた。
でもやっぱり、こんな生活が続くのは嫌だ。
社会に参加して働いて、政治の事をみんなでブツブツ言いたい。

去年の10月、パンドラの箱が開いて、病気になってから、17年間も見えていなかったものが、一斉に飛び出し、わたしは恐怖に怯えていたが、これが最終地点なのかな?
発症して、長いあいだ、闇の中に閉じ込められていたが、そろそろ戻ってもいいですよということだろうか。
職場は、大企業から作業所へと、ちょっとしょぼくなってしまったが、途中ケガで戦線を離れてしまったのだから、仕方がない。
まだ何もしていないけど、これがうまく軌道に乗るといいな。

それにしてもH主治医、いつもいつも脱帽するわ。
わたしが何週間も悩んでいることを、一言で表現してしまうんだから。
どうも、人の頭の中が見えているみたいなんだよね。
あれは絶対、天才級のIQを持っているはず。
今後も、幼稚園の先生みたいに、わからないことがあったら聞きに行こう。

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AIが導入された未来



昨日は、AI(人工知能)が導入された後の、日本の
未来について考えた。
この十数年で、AIが完全に普及すれば、労働者の半分以上は、失業すると言われている。
じゃあ、その時の日本って、どうなっているの?

まず、あぶれないのは、教育関係・医師・看護師・ 介護士・整骨院などのコメディカル・美味しいラーメン屋、寿司屋などの料理人、ブティックなどの店員、ユーチューバー、その他個性を活かした仕事をしている人、移動の多い仕事をしている人。
事務と窓口業務が多い業種は、軒並みアウトかも・・・。
一流大学を出て、今年メガバンクに就職した人も、10年先はどうなっているかわからない。

さて、こんな人がどうするかというと、まずハローワークへ行くだろうが、すでにそこには仕事はなく、多くは親の年金に頼ることになるのではないだろうか。
だが、親はそのうち死ぬし、その頃には、年金はいまより40%ほども下げられている。
親に頼っていなかった人もろとも、生活保護に入るしかない。

そして街は、ちっちゃなマンションに住む、大量の人々が溢れ、 一流大学出身の人が、手ぶらで歩いていて、バッグを持って歩く人を見ると、みんなで指差して「あ、働いている人だ!」と言うのだ。
わたしなんか、障害者で高齢なのに、授産施設はまずなくならないだろうから、働いていて、そして働いていない健常者から、「あ、働いている人だ!」とか言われて、内心逆じゃないかと思っていたりなんかする。

生活保護に入っている人は、お金も自由もないので、多くはネットなどの仮想空間にはまっていたりする。
だがもともと、人間は仕事をして、生きがいを得るものだ。
生きる意味を見いだせなくなった人は、時折自殺する(本当)。
私が経験者だから言うけど、社会の中で役割を与えられなくなった人間は、ほんとうに辛い。

AIを考えた人は、わたしは、ただのマッドサイエンティストだと思っている。
人類のことなんか考えずに、自分の興味の赴くままに、正体のわからないものを造りあげて、イヒヒと笑っている人である。
でも、もうそれは、生み出されてしまった。
これから、先進国を中心に、大きな動きがあるだろうな。
AIは、どうも正直なことを言うようだから、北朝鮮のような共産国は、導入しないだろう。
勝ち組は、共産圏と後進国かもしれないな。

さて、わたしはといえば、いまのマンションを死ぬまで死守したいと思っているが、この状況下で、果たしてそれが、正しいことなのかどうか疑問に思えてくる。
いま、おりている障害年金が40%オフになり、企業年金もおりなければ(廃止を検討している企業がある)、生活費が全然足らない。
だから、諦めるまで働き続けることになるが、でもそのとき、多くの人は、小さくて自由のない生活とはいえ、医療費も介護費もタダで、とりあえず、困らない生活を送っているんだよね。
だからなんで、こんな無理してまで、不動産を守る価値があるんだろうって、悩んじゃうかもな。

そんなわけで、老人になって仕事をしていても、どっかで、力尽きそうな気もする。
作業所Aで働きたいと思っていた矢先だけれど、年金が半分、死ぬまで働けのプランを予想すると、なんだか力が抜けちゃうな。
AIに夢を持っている人って、一体どこを見ているんだろう。

働く人の生きがい、自由な生活、未来への展望

わたしはAIが、人間がいままで持っていたものを、次々と奪っていく気がする。
それを想像すると、ちょっとめげるな。
でも、案外人間はしぶとくて、AIに名前をつけて、「ナナちゃん、昨日こんなこと言ってたよ」とか笑い合ってるかもしれないけど。

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AIとニュータイプとか



だめだ、しんどい。
食事も睡眠も取れない。
お盆前だから、クリニックへ行った方がいいのかもしれないけど、それさえもしんどい。

昨日も、AI導入による、人間社会への影響を考えていた。
考えが、止まらないのである。
完全にノイローゼだと思うけど、仕事をしていないのが原因だと言うことで、さっそく作業所Aに連絡したいのだけれど、すでにヘロヘロになっているので、できるのかどうか、本末転倒になっている。

昨日は、AI導入によって、大量に解雇された人たちの行く末を、想像していた。
そして、最も悲惨といえるのは、家のローンを抱えていて、子どもまだ小さい人たちではないかと思った。
この時の失業は、いままでと違って、ハローワークに行けばなんとかなる、というものではない。
子どもを、大学から中退させなければいけないとかあったら、嫌だな。
仮設住宅で、部長と派遣が隣同士とか・・・。
そんな世界になったら、ほんとうに嫌だな。

そして突然、わたしは藤井四段の事を考えた。
あの人、小さい頃から、AIと一緒に対戦してきたんだよね。
たぶんあの人にとって、AIは遊び相手だったに違いない。
これからの子どもも、AIと一緒に遊ぶ子が出てくるかもしれないな。
そして、その子どもたちは、いままでの子より、一段出来が良かったりする。
だから蔭で、「あの人ニュータイプよ」「へーすごい」という会話を交わされる。
ニュータイプは、家がもともとお金持ちだということもあって、女の子は玉の輿狙いで、彼らに少しでも近づくこうとする。

はー。
我ながらなんて、つまらないことを思いつくんだろう。
これ、ヘロヘロになりながら考えたんだよ・・・。
記念に書いておくけど。

あとは、さらにずーっと考えて、AIって、まるでコンピュータウイルスのようだなと思った。
入り込んじゃうと、全部が蝕まれるんだよね。
AI導入によって、先進国では失業者が急増し、どこも似たような光景になる。
そんで勢力を増すのは、導入しなかった共産圏と後進国。
そのあたりで、人口が急激に増え、地球の勢力図が変わる。

日本国内も、いまは東京都一つで動いてるようなものだけど、これもガラッと変わるんじゃないかな。
仕事がないのに、家賃が高い場所に、住んでいられないもんね。
みんな、故郷に帰るんじゃないかなあ。
すると、東京の電車がガラガラとか、数年前ではありえない光景が、見られるかもしれないね。

そんな感じで、まだまだいっぱいあった気がするけど、この辺にしておこう。
あー疲れた。
何もしていない人間のあたまが、どうなるかっていうことの、一つの例です。
作業所Aが、わたしを救っていることを祈るわ・・・。

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ハローワークと作業所A



昨日は、作業所Aの求人を探すために、ハローワークへ行ってきた。
私が訳がわからず、ウロウロしていると、障害者担当のおじさんがやってきて、 ある一施設に決めてしまった。
他のは、遠すぎるらしい。

「ここに、電話して見学して、よかったらまた、わたしのところへ来てください」と、おじさんは言った。
それで、わたしはさっそく、電話を入れてみた。

「失礼します。わたしは〇〇(わたし)と申しますが、実はハローワークで・・・」
「ハイ、ハイハイハイ」
「見学させて頂きたいんですが」
「10時から3時半」
「え? いつでもいいんですか?」
「明日はいっぱい」
「そんなに多いんですか」
「多いですよ」
「じゃあ、どうさせていただけば・・・」
「あさって木曜日」
「じゃあ、お時間は」
「10時から3時」
「えっ、3時? 3時半??」
「3時半。火曜日」
「えっ、火曜日???」
「木曜日」

なんか変なのだ。
はっきり言って、すぐわかるぐらい、あたまが悪い。
こんな人がたった1人で、20人の従業員を束ねているとは・・・??

わたしは、胸がざわざわした。
こんなの、交通整理ができていなくて、治安が悪いに決まっているだろ。
それにしても、障害者用の授産施設って、いったい?
はきだめという言葉が、思い浮かぶ。
障害者になってから、わたしの行くところはすべて、はきだめに近いようなところばかりだった。
どんなに社会で一人前に働いていても、1歩間違えば、こんなものだ。
障害者の環境って、ふつうの人から見れば、やっぱり底辺だよね。

それでもわたしは、一応見学でもしておくかと思い、その旨を母に伝えた。
すると母はえ~? という感じで、難色を示した。
「あんた、軽作業とかやったら、イー! ってなるから、ちょっと・・・」
どうやら母は、わたしがまた、興奮状態に陥って、家で暴れ出すのではないかと恐れているようだ。
確かに・・・、暴れはしなくても、あまり病気に良くないかもしれない。
働いた分が、入院費に化けたら、それこそ本末転倒だ。

障害者の仕事は、一般企業の障害者雇用枠を除いて、ほぼ軽作業ばかりと考えていいと思う。
「わたしは軽作業が好き」と言う人もいるが、わたしは接客業が好きなので、母の言う通り、合わない仕事をしていると、そのうち爆発するかもしれない。
ということは、作業所という所で働くのは、無理なのか。
無理とは言わなくても、難しいかもしれないな。
さっきのおばちゃんの例で言うと、こっちの方がイライラして、怒鳴り散らしているような気がする。

そんなわけで、一時は期待した作業所勤めだったが、実態は厳しいものなので、わたしはちょっと 戸惑ってしまった。
いますぐお金に困っていないのに、奴隷船でオールを漕ぐ必要があるのか。
孤独と、暇地獄で苦しむのも辛いけれど、健常者のふりをして、この世界にとどまっていた方がいいのでは。

私は、ふーっとため息をついて、結局、こういう人のために、障害年金ってあるのかなーと思った。
病気のために、日常生活・社会生活を送るのが、困難な人。
障害者用の作業所でさえ、うまくやっていけない人。
確かにこれを、あるがままに診断書に書けば、障害2級が通るかもね。
お金がないって無理するよりも、自分はこうなんだからと、開き直る方がいいのかもしれない。

でもとりあえず明日、作業所へ見学に行ってみよう。
もちろん、作業現場や内容を見るけど、わたしが いちばん見ているのは、おばちゃんだろうな。
素直に、NPO法人が、なぜそのような人を派遣したのか気になる。
もしかしたら、明日からの考え事は、将来のお金じゃなくて、それになるのかもね。

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ノロノロの仕事

suika

やれやれ。
結局、作業所Aの見学へは、行かなかった。
母親が、「無理よ」とさらに反対するのである。
それは、「軽作業をすると、イライラして病気によくない」のほかにもあった。

「障害者ばっかりの施設で働くのは、しんどいと思うで」
「そう?」
「周りがノロノロしてるやろ。そんなところでやるの無理やで」

うーん・・・。
確かに、精神病患者って、トロイんだよね。
薬のせいもあるかもしれないけど、なんか目つきもトロ~ンとしていて。
人にあまり話しかけたりしないし、それぞれじーっと座っていて、なにを考えているんだろうと思う。

そういう人たちのなかで、働くことを想像してみた。
うーーん・・・・・・。
この感覚は、たぶん健常者の人たちと一緒。
周りがノロノロトロトロ・・・、えっ何やってんの? それいつから?? なんでそんなに遅いのよ!! やる気ないよね?!

そんで、わたしは毎日イライラして、やっぱり病気を悪くするんだろうな。
障害者の施設って、必ずしもいいばかりではないな。
やっぱり、そこに合った人とそうでない人がいるんだろう。

ということで、作業所のことを調べてみて、わたしは、自分が仕事をする場所がないことを悟った。
たまに、ネットとかリアルで、「障害者も仕事しろ」って言う人がいるけれど、そんなに世の中甘くないって。
障害者に仕事をくれるような、優しい一般企業はありませんよ。
まったく、世間知らずだなあと思う。

しかしそうとなると、わたしは覚悟が決まった。
もう、将来のお金の計算をしても、仕方がない。
いまの時点で、節約など、やれるだけのことはやっているんだ。
今後、どうなるかなんて、気を使っていられないよ・・・。

H主治医は、「暇でなにもしていないから、罪悪感があるんです」と言った。
じゃあ、今度はなにを見つければいいんだろう。
なんか、答えはすぐに出て来ない気がする。
でも、いつかなにかが変わると信じて、焦らず生活するしかないな。

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体調を崩してデロリン

kakigori

昨日・今日とも、しんどくて死んでいる。
将来のお金・計算地獄から解放され、疲れがどっと出たのだ。
一日中、ひとときの休憩もなく、計算し続けたもんな・・・。
ほんとうに、ノイローゼ以外、何者でもない。

でもいまも、明るく晴れやかな気分になったわけじゃなくて、どっちにしろ、楽しい未来なんか待っていないんだ・・・、と気落ちしている。
たぶん、ここなんだろうな、問題は。
わたしには、いつまでも仲よくできる肉親も、励まし合う仲間もいない。
ずーっと一人なんだな、と思うと、なにもかもが面白くなくなってくるのだ。
人間は一人になると、あたまがおかしくなるって、ほんとうなんだな。
わたしはずっと、双極性障害のほかに、こんなノイローゼみたいなのを抱えて、生きていくんだろうか。

明日は、大学の同窓会、その翌日は大学のダンスの会があるのだが、なんかちょっとしんどくなってきた・・・。
本末転倒だが、予定があるときに限って、なにかしら体調を崩すんだよね。
そのたびに、みんなはなんで、仕事をしながらこんなに元気に、酒盛りしてるんだって思う。
ふつうの人が、元気すぎる・・・。
精神力・体力が、桁違いに思えてくる。

そんなわけで、今日はわたしは、明日・明後日のために、一日中寝ていようと思う。
こういう努力? をしている精神病患者のことを、ふつうの人は知らない。
最近言ってくる人はいないけど、「どこも悪くないやん」って思われるんだよね。
まー確かにそう見えるだろうな、と思うけど、悪く見えないことで、こっちに余計な罪悪感が出て、始末の悪いことになる。
母によると、精神病は、一緒に住んでいる人にしかわからないそうだ。
それでいくと、ほとんどの人が、なにかしら誤解をしていると思う。

だからといって、わたしは健常者のみんなに、障害者をわかってくれと言うつもりはない。
ある芸能人が「障害者って、美しいとか健気だとか、メディアによって情報操作されているけど、間違いだ」と当たり前のことを、鬼の首を取ったかのように言っていて、「ほら、こんなコンタクトが取れた」といちいち挙げていくのがうざかった。
やっぱり立ち位置が、宇宙人との接触を試みる地球人、って感じがして仕方ないんだよね。
それで、成功して喜んでいるという・・・、たぶん相手は知的障害だろうな。
知的障害の人は、自分で判断できないから、お伝えできないけど、障害者はみんな、メディアの取材には乗らない方がいいよ、とだけ思うね。

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お盆の大学同窓会

icecafemocha

昨日も、しんどくてたまらなくて、一日中眠っていた。
よくこんなに、疲れを溜めたものだ。
泥の中でうごめきつつ、わたしはひたすら快復を待った。

あたまの中には、常に「明日と明後日の、大学の集まりをどうしよう」があった。
両方とも行けるとは思えない・・・。
午前中、同窓会のメンバーYから、「明日、会えるのを楽しみにしています」とラインが来る。
わたしは、「ちょっと具合が悪いんだけど」と、欠席を匂わせておいた。

ダンスの会の方は、断った。
これは、場所が遠いし、気を使うメンバーなので、いまの自分では無理だと判断したのだ。
わたしが行くと聞いて、すごく喜んでくれていたのにな・・・。
そこはこころが痛いが、無理して行くと、わたしが一週間寝込んだりするからね。
こういう場面で、「一週間前は、大丈夫そうだったのに」と不審に思われるような気がして、嫌なんだけど、でもほんとうにノイローゼ? が治って、急にバタッてきたんだから仕方ない。

その後、同窓会メンバーRちゃんから、「みんなで3時に、大阪駅で集合しよう」というラインが来たので、なんで3時なんだろう?? と思いながら、また寝た。
そして起きてみると、あー・・・、思い出した。
一個下との合同同窓会のまえに、同期女子だけで集まって、お茶しようって話になっていたんだった。

わたしは、ごろごろのたうちまわりながら、無理かも・・・と思い始めていた。
昼から夜までずっと人混み、おしゃべりの連続。
うーん・・・、いまのわたしには、しんどいだろうな。

でも、同期女子だけで集まるのは、すごく何年かぶりだ。
今回は、岡山・滋賀からも来るから、次回また、いつ会えるかわからない。
みんなに会って、お茶を飲みながら、いろんな話をしたいな。
それこそ、わたしがふだん、一人でいて、誰かとしゃべりたいというようなことを。
それなのに、なんでそういう機会に限って、体調を崩して、こういうことになるのか。
過去に何度もあったが、そのたびに、心底ガッカリする。

結局、こっちも「具合が悪い」と匂わせて、欠席もあり得ることを伝えておいた。
陸上部女子キャプテンのRちゃんは、わたしが病気で、あまり外に出れないことを知っているので、ドタキャンでも不快に思ったりしない。
とりあえず午前中、様子をみるしかないな・・・。
ああ、さえないな。

みんなが帰郷しているお盆。
だから、毎年みんなで集まっているのに、その流れに乗れないわたしは、やっぱり世間の隅っこって感じがする。
ふだんから、日にちも曜日も知らないんだからなー。
世間の波に乗れないって、自分のせいだけど、ちょっと寂しいな。
まったく、自分を生きていると、肉体的にも精神的にもダメダメで、めげるよ。

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大学同窓会欠席の巻

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昨日は、ついに大学同窓会に行かなかった。
午前中、ギリギリまで様子をみていたのだが、この状態では、電車に乗って帰ってくるのが難しいと、判断したからだ。
わたしは、メンバーのY、H、Rちゃんの3人に、欠席届を出した。
3人とも、ごく短いお見舞いラインをくれた。

「無理しないでね」
彼らはそう書いていて、有難いのだが、間違いなく、わたしは取り残された気分で、しょぼんと落ち込む。
まるで、風邪を引いて、遠足へ行けなくなった子どものようだな・・・。

それからわたしは、またうーーっと唸りながら、何回も読み返した本を読んで、ごろごろ苦しんでいた。
そしてたまに時計を見ては、「今ごろ、お茶を飲んでいるかな」と考えたりした。
ほんとうなら、そこにいたはずなのに。
数少ない、わたしが自然にいられる場所なのに。

そんな感じで、わたしはさえない一日を送った。
その間に、また将来のことを考えて、暗い気持ちになった。
「どうせ年金は、下がるに決まっている。いまでもギリギリなのに、いつかわたしのこの生活は、脅かされるんだ」
「こんな不安定な気持ちで、ずっと生き続けるなんて、しんどすぎる」

妄想なんだろうか。
わたしには、これが真実のように思えてならない。
でも、妄想を持っている人は、それが妄想であることを、絶対認めないらしいから・・・。
よくわからないけど、いま考えなくていいことを、考えているのは、事実らしい。

夕食後、わたしが両親の前で、「もう、休憩!」と言って、洗い物を放棄したら、二人そろって「それがいい!」と言った。
あれ? この勢い・・・。
ああ、朝、わたしが同窓会に行くのをやめた、と言ったあとで、「いつも一人なのに!」と呪いの言葉を吐いたからか。
外へ出たくても、思うように出られない娘を、いたわったというところなのかな?
親はよくわかっているな。

夜、眠剤を飲んで寝ようとしていたら、同窓会メンバーのHから、ラインが入った。
「いま、終わったところ。みんなM(わたし)が来なかったから、残念がってたよ」ということだった。
そうかあ。
それを聞いて、わたしはますます残念になった。
わたしが、人から必要とされることなんて、ほとんどないのに。
なんて、寂しい人生なんだろうな・・。

夏の暑さもあいまってか、思考も身体も、だるくて仕方ない。
甘いものはあんまり好きじゃないけど、アイスクリームでも舐めて、気分転換するか。
なんか、変わったことをしないと、なにも変わらないよな・・・。
でもとりあえず、それはあとの話で、いまはまだしんどいので、ごろごろと休みたいと思う。





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布団を抱きしめて

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昨日は、苦しくて、布団を抱えて唸っていた。
昼間から、しんどい夢・・・。
わたしは、母が買い物に行くかどうか尋ねられたとき、ひっくり返って「行けない」とつぶやくのが、やっとだった。
うつのときのようだ・・・。

自分の未来が、どうしようもなく悲惨なものになるような気がして、仕方ない。
誰も、助けてくれる人はいない。
極貧のなか、食べるものも節約して・・・、死ぬまでそんなことをしているとしたら、辛いだろうな。
うちは貧乏だが、欲しいものを買えなかったり、必要なものを手放したりする必要はなかった。
でも、そういう時代が来るとしたら。
ほんとうに、生きていることが苦痛になるんじゃないだろうか。

障害年金が3級に落ちたら、まず美容院を半年に一回にしよう。
周りの同級生が綺麗にしているのに、自分だけというのは嫌だが、どうせ同級生と会うのは、年2回くらいだ。
パソコンも必要性があるのか。
いまはもう、だいたいはスマホで用が足りる。
だが、調べてみたら、わたしの世代のパソコン所持率は意外と高くて、60~80%だった。
あんまり、どれもこれも我慢するのもなあ・・・。
きっと、ストレスが溜まって、べつの方向にいくだろうな。

そんなことを考えているわたしは、きっと周りから見たら滑稽なんだろうな。
「そんなに先のこと、まだわからないじゃない?」というところだろう。
確かに、年金が3級に落ちると決まったわけじゃない。
でも、そこが病気なんだと思う。
この、悲観的な考えのなかから、わたしも早く出たいと思っているのだ。

いまのわたしを鏡に写したら、ボサボサのあたまに、ガリガリの足。
このままでは、だんだんふつうの人と、かけ離れてしまうような・・・。
こんなときに、考えてしまうのが、富裕層に入った双子の妹。
あの人は、いまも将来も、きっとわたしの生活費以上のお金を払って、乗馬をやっていると思うよ。
そんでたぶん絶対、母親の世話は100%こっち持ちなんだよね。
なんだか、明るい未来なんて、ほんとうに見えてこない。

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パソコン所持の検討

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昨日は、うだうだ寝ながら、パソコンがほんとうに必要なのかどうかについて、考えた。
パソコンがなくても、このブログだって、ほぼ遜色なくスマホで書ける。
にちゃんねるだって、スマホ用の方が見やすいんじゃないかっていうくらいだし、いまはどこでもスマホ対応していないところはないな。
ほんとうに要るのか、パソコン・・・。

わたしはなんで、わたしの年代の60~80%もの人が、パソコンを持っているのかについて、考えた。
そして、もしや・・・、と思ったのが、エロ動画である。
パソコンを持っている男性は、全員観るって言うもんな。
確かにあれは、スマホじゃ迫力が出まい。
あとゲーム? は、中高年がそんなにやるのかって気がするしなあ。

よくわからないが、ほかには、元彼Sちゃんみたいに、もともと機械が好きな人がいるだろうな。
時計をバラして、喜んでいるタイプである。
そういう人は、永遠にパソコンを持ち続けたらいいと思うけど、わたしはそうじゃない。
いずれ、「もう、スマホでいいや」の時期が来るんじゃないかと思う。
そのとき、困るのが、Sちゃんとやっているスカイプである。
Sちゃんとのスカイプは、最近では月1回くらいしか、やっていない。
これのためだけに、回線料を払うというのは、ちょっと・・・なんだけど、それを言い出すと、向こうは「お金ないのか、じゃ遊べないな」と、離れていくような気がする。

これは、残酷なようでも仕方ない。
わたしだって、デイケアの生活保護を受けている人たちに、「ビール飲もう」と誘っても、誰もついてこないことに、不満を抱えていた。
この人たちとは、遊べないなあ・・・、という感じである。
がめついようだけど、お金がないと、趣味や遊びもできないんだよね。
これって、恵まれたなかでしか生きていない人には、あんまりわからないかなと思う。

夕方、母といつもの散歩に出かけたとき、「パソコン、やめようかなあ」と言うと、彼女はえ? という様子で「まだ、そんなこと決めんとき」と言った。
「好きなものまでなくしたら、なんにもなくなるで」
「んー、でも、いまはパソコンがなくても、だいたいのことはスマホでできるねん」
「んー。そうかー」
「まあ・・・、パソコンが壊れたら、そのとき考えるわ」
「そうやな、それがいいわ」

そのあとで、母は「年金が下がっても、1万円もいけへんやろ。企業年金かって、数百円ちゃうの」と言った。
そうかな・・・。
確かに、いませこいことをしていて、晩年になってやたらお金を持っていました、というのはバカバカしい。
それにしても、わたしはいつまで、遠い未来のことを心配している気だろうな。
老後の生活設計を考えるなんて、いまを生きていないようで、ほんとうにつまらないことをしているなと思う。

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スマホを快適化

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昨日は午前中、相変わらず体調が悪くて、死んでいたのだが、午後からましになり、ずっとスマホをいじっていた。
そもそも、「内部ストレージ」の残量が、なんでこんなに少ないんだ・・・、と不満に思ったところからである。

画像の数なんて、大したことないし、動画は入れてないし・・・、と調べてみると、あれって、ほとんどがアプリによって食われているんだね。
その、アプリで要らんのはないかと見てみたら、なんだか知らないけど「トクバイ」なんかが入っていて、さっそくアンインストールした。
そしてわたしは、ほかに要らんのはないか~と、あちこちチェックし始めた。

すると、ちょっとあたまに来るのが、人がやっているゲームだ。
このゲームは、わたしはやっていないのだが、友だちが送ってきて、いまはわたしの方から、アイテムを送るだけになっている。
それが手間なうえに、うちの内部ストレージを食っているとは、気に食わんやつ。
なんか、似たようなことを言っている人を、聞いたことがあるな。
ゲームを一方的に送られるのって、迷惑だよね。

でも、それをアンインストールするわけにはいかないので、ほかにはないか~と調べて、画像のだぶっているぶんや、要らないダウロードや、キャッシュを消した。
そうすると、だいぶスッキリして、内部ストレージはだいぶ増えた。
わたしは、一仕事終えて満足した。
スマホなんて、いままで使いっぱなしだったけど、たまには環境整備しなきゃダメだなー。

それからあとは、ずーっとスマホニュースを見ていた。
正直言って、つまらんわ・・・。
タイトルだけで、内容がわかるから、読む必要がないもん。
まー役に立つのもあるけど、情報の発信元がどこなのか、テェックが必要だね。

そういえば、なんかの拍子に、「ギャンブル依存症」について読んだんだけど、どーしてもこの依存症だけはわからん・・・、と思っていたら、確か「スマホ依存症」っていうのもあるんだったね。
テレビで、男の子たちがスマホぬきの生活を、合宿でやっているのを見たよ。
たぶん、ゲームのやり過ぎだったのかなあ。
しかし、ギャンブル依存症のように、脳が変性して、一生治らないものだったら怖い。

わたしは毎日が暇で、あんまりスマホばっかりいじっていると、なんか危ない気もするな。
ゲームをしないのが、せめてもの救いだけど。
早くなんとか、自分が打ち込めるものを、手に入れないといけないな。

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ジャズとかお出かけとか

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昨日は、まあまあ気分がよかったので、そういえば来月、元彼Sちゃんにどこへ連れていってもらおうかと、あれこれ考えた。
Sちゃんは、今月は忙しくて駄目なのだが、いつもわたしが、行きたいところを提示しないので、ちょっと文句を言っていたのだ。

わたしは、ひたすら「大音響でジャズが聴きたいな」と思った。
最近、Sちゃんもジャズを好んでいるようだし、どっかでライブかコンサートをやっていないかな。

あちこち調べたら、ライブはどこでもやっている。
でも、わたしも昔行ったことがあるけど、ライブって明るすぎて、どうもそれっぽい気分になれないんだよね。
もっと照明を落とせばいいのに・・・。
だいたい、言っちゃーなんだけど、日本人プレーヤーは、雰囲気がださいし服装がヘン。
普段着みたいな恰好とか、女性においては、そのファッション、おばさんですか? みたいなのばっかり。

コンサートになると、いろいろあるみたいだけど、どれがいいのかいまいちわからん・・・。
でも、あんまり女性ボーカルがいるのは、好きじゃないかな・・・。
スタンダードなら、ギリギリ許すくらいかな。

そんなことを考えて、あちこちスケジュールを見ていたら、あれ? 9月って、3連休があるのね。
じゃあ、このときにお泊りで、どこかへ遊びに行った方がいいのでは??

わたしは、まえにSちゃんが挙げていた、敦賀の観光について調べた。
だけど、敦賀ってあんまり何もない?
気比の松原くらい??
うーん。わざわざ行って、ウォーキングだけか。
いいんだろうか、これで・・・??

わたしは同時に、これもまえにSちゃんが言っていた、白浜温泉について検討してみた。
しかし、どう考えても、まだ9月残暑のなかの、温泉旅行は暑すぎる。
それをボツにして、わたしはいよいよ困った。
大阪からあんまり遠くなくて、そこそこ楽しめるところ。
Sちゃんは、観光はいいけど、レジャーと呼ぶものは嫌い。
東尋坊・三段壁・・・怖いからヤダ。お城・・・飽きるくらい見た。京都・奈良・・・外国人が多すぎて入れない。
温泉じゃないところ・・・。ない・・・。

だいたい、すぐ行ける範囲のところは、ほぼ全部行っちゃっているんだよね。
Sちゃんは、先日「なんかいつもバタバタするな」と言っていたので、わたしが「そりゃ土日の2日じゃね」とたしなめたのだが、まさにたった2日じゃ、どこもそんなに回れやしない。
「どこか行きたいところを決めろ」と言われてもねー。
わたしが、三沢基地のF-35を見たいって言ったら、どうすんの。
いや、マジで東北・北海道に行きたいし。
大阪に住んでいると、東日本の文化になかなか触れないので、新鮮に感じるんだよね。

そんな思案をいろいろしたが、結局昨日は、「ここへ行きたい」という明確な案は出なかった。
思えばわたしは、USJとか海水浴とか、体験型のレジャーが好きなんだよね。
たんに、Sちゃんと趣味が合わないってことか。
でもそれを告げると、どこへも連れて行ってもらえないから、なんか調べておかないとな。
家でじっとしているしかないわたしを、たまに外に連れ出してくれるのは、Sちゃんだけから、文句を言っていないで、ありがたく思わなきゃ。

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ドライブ行楽を考える

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昨日は、元彼Sちゃんに連れていってもらう場所について、「そうだ、ドライブで検索しよう」と考えた。
ドライブが行楽そのものという考えである。

これまた、近畿圏でいろいろ探す。
うーん・・・。
六甲山なんてもう飽きているし、金剛山なんかもっと飽きているし、京都は人が多いし、なんかあるようでないな。
わたしは、かなり昔に行った蒜山高原に行きたいんだけど、Sちゃんはレジャー感覚が苦手で、寺・神社・仏像が好きな人だから、きっと嫌がるだろうな。

結局、なんだかんだ言って、Sちゃんの気に入らなければ、わたしは意見を通すことができないんだよね。
そこは、連れていってもらう身分だから仕方ないんだけど。
それにしても、寺・神社・仏像っていったら、わたしが関心を持てない三大対象と言ってもいいかもよ。
子どもの頃から、興味がない。
いまでも、Sちゃんはあんなのなんで好きなんだろう? って不思議に思うよ。
日本の歴史に敬意を表している人は、みんなそうなのかな??
きっと、年表なんかも暗記しているんだろうから、偉いなと思う。

さて、そうは考えても、肝心のSちゃんがどう思うかわからない。
彼は今月中は大忙しで、あんまり遊びの話どころじゃないと思われる。
お盆は、地域のドンとして、盆踊りだの何だの、多忙を極めていたはずである。
まったく、田舎の古い家というのは・・・、休みの日まで、しがらみだらけだなんて、わたしならキーッと猿になって、遠くへ逃げ出しているかもしれないな。

そして、一通り考えが落ち着くと、わたしは沢木耕太○の「深夜特△」(○=郎、△=急)を再読した。
この小説は、著者が若い頃、デリーからロンドンまで乗り合いバスで旅し続けたときの、酔狂な物語で、わたし的に気に入っている。
インド、ロンドン、バス、っていうところが、なんかヒッピーを感じさせるわ。
著者自身はそういう人じゃないけど。
時代的にはたぶん、ヒッピーがインドで、マリファナを吸っていた頃だと思う。

しかしこれを読んで、たぶん多くの人が考えるのは、「旅っていいなー」だと思う。
わたしは、ここまでの非日常は求めないけど、正直言うと、どこかへ一泊して、いつもと違う空気を味わいたいわ。
どこか、異文化の土地・・・。
やっぱり、北海道かな・・・。
北海道って、降り立った瞬間、空気が違うのがわかるんだよね。
昔、ジャカルタの空港に降り立ったときもそうだった。
その瞬間、「ああ、べつの地に来たんだ」という感じがして、わくわくしたものだ。

そんなことをダラダラ考えながら、一日を終えた。
いつもの窓と猫を見ながら、「もうずーっと前から、日常しかないな」と、ちょっと寂しく思った。
Sちゃんに頼るのも情けないけど、このまま体調がよかったら、やっぱりどこかへ行きたいな。
ちょっと涼しくなった秋なんかに、タイミングが合えば幸せなんだけど。

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ワーキングプアについて

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昨日は、ワーキングプアについて考えた。
ワーキングプアの定義・・・、年収200万円以下の人。
つまり、月収15万円って書いてあるけど、素直に12で割ったら、16万6千円になるんだけど。
すごくいい加減ね!
ほんとうの貧困層からすれば、千円がどれほど大きいものか、わかっていない人が、適当に書いているんだな。

わたしは障害厚生年金で、早くも年金暮らしをしているが、これが泣けるほどに額が少ない。
正直言って、ワーキングプアの人を大きく下回る。
それでも計算したら、いまの額だと一ケ月間、なんとかいけるよ。
生活レベルっていうのは下げられないものだけど、もともと下の人は、そんなに困らないんだよね。

とはいえ、ワーキングプアの人は、激務なんだから、食事をつくったり節約したりする暇もないだろう。
必然的に、食費が上がってくるものと思われる。
わたしは食費1万5千円の計算だけど(!)、ふつうはその倍くらいは食べるのかな・・・。
嗜好品なんか、やっていられる場合じゃないね。
ストレス+嗜好品なしじゃ、ほんとうに精神がやられるよ。

社会が酷なのは、働ける人には生活保護を一切出しません、ってところかな・・・。
本気で仕事がなくて、ホームレスになっている人とか、いるのにね。
仕事が見つかるまで、ちょっとだけ出しますとか、低金利で貸しますとかじゃ駄目なのかなー。
そうすれば、不利な条件での就職を避けられるんじゃないかと思うんだけど。

まー夢みたいなことを言っているのかもしれないけど、生活保護に関して言えば、わたしも保護を受けた方が、どんなに楽かーって感じである。
だって、あれって障害者加算といって、障害者にはいくらか多く支給されるから、わたしはいまよりずっと楽な生活ができる。
しかも、保護費は基本貯金してはならないので、その月にパーッと使わなければならないというパラドックスが生じ(貯金している人もいる)、わたしならたぶん外食なんかのキエモノに使うな。
そんで、外の人たちから「あの人、なんで贅沢してんの」と陰口をたたかれたりして。
しかし生活保護って、じつはそう簡単なものでもなくて、健康保険証を取り上げられたり、人間扱いしてもらえなかったり、いろいろ嫌なことがあるみたいだから、諸手を上げて「受けたーい」とは、わたしは決して言わないけどね。

さて、そんなことをいろいろ考えていたのだが、一つ気になったのは、「ワーキングプアの定義である年200万円といっても、東京と地方とでは、条件がまったく変わってくるんじゃないか」ということである。
確かに、家賃の高い東京なら、年200万円は相当厳しいだろう。
でも、大阪の家賃は、うちの近所、つまり大阪駅から電車で40分くらいの街で、1DK=5万円くらいである。
東京の人からすれば、ビックリするくらいの安さじゃないだろうか。
だから、ワーキングプアの定義を、単純に「年200万円以下」とかにしないで、「生活保護費より○%下」とかに決めるべきじゃないのかな。
メディアってほんとうにいい加減だねー。

こういうことを語るときは、わたしは常に貧困層側である。
自分が貧困層なんだから、当然そうなるわけだが。
ワーキングプアの人々には、ほんとうにこころを痛めているのである。
もし彼らに一言、と言われたら、「辛いけど、そのなかに少しでも楽しみを見つけてください」と言うしかないな。
あと、「富裕層であるマスコミは信頼しない方がいいよ」とも。
元手のないワーキングプアに、「これからは自営業」とか、あたまがヘンなことを言っているんだから。

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診察室でアレコレ



昨日は、診察日だった。
作業所Aは、職員が本物のあたまの弱い人で、話にならない、しかも母親が、軽作業はあなたに向いていないから、無理だと言ったという事を話した。

H主治医は、それは違うよというように、首を振った。
「合わない仕事でもなれていかなきゃ。そういうものでしょ」
最近わたしは、先生の高速回転のあたまの中身を、チラ見することができるようになってきたのだが、これは真実の言葉じゃないことがわかった。
「確かにそれは言えるな。俺だって、障害者の仕事はできないし。でも、ここは患者のために、こう言っとかないとな」が本音である。

そこでわたしは、視線を横に向けて、黙り込む。
「先生が、しらばっくれているのは承知ですけれど、この件に関しては、わたしはNOです」。
先生の超高速回転あたまは、目を横に向けただけで、この考えを読み取る。
素晴らしい。

そんで先生は、話を変えて、デイケアだっていいじゃないですかーと言ってきた。
「えー。デイケアの人とは、話が合わないんですよ」
「話合ってるやろ?」←(また話を誘導している。)
「合いませんよ。皆さん、若い頃の発症じゃないですか。だから、話が高校時代くらいで止まっているんです。広がりがないんですよ」
先生は、あー言えばこう言う、と思っているに違いない表情で、カルテに何かを書いた。
待っているわたしは暇なので、性懲りもなく、壁に向かってブツブツ言った。
「綺麗ねー、可愛いねー。ぐるぐるぐる・・・話が先へ進まないんです」
これは女性陣のことなんだけど、本当に4.5人でやってるんだよ。
たまに聞いてみたら、30分以上・・・、あれ絶対楽しくないよな。
なんか、淡いつながりを求めてんのかな。

わたしがあんまり文句を言うので、押しても無駄だと判断した先生は、今度は男性関係について水を向けてきた。
双極性障害においては、躁のとき、異性関係が活発になることがあるので、そういう意味で聞かれると思われる。

「最近、新しい男性の方はどうなっていますか」
「いや、そういうの止めようかと。新しい人ができたら元彼がいなくなりますよね」
「新しい男性探しは、やり尽くしたんですね。新しい彼ができると、元彼は去っていきますか?」
「そりゃー、去っていきますよね?!」
最後の質問は、引っ掛けだ。
ここで去らないとと思います、と答えたら、男性関係が分かっていない、まだ躁の影響があるのではないかと診断されるのではないかと思う。

まー先生のあたまの中を読みつつ、本当かどうかわからないが、いろいろ考えられるのは、きっとわたしの双極性障害の症状が、良くなっているということだろう。
しかし男性関係はなー・・・。
若い年頃の女の子が、この人の年収はとか、頼りがいがありそう、とか言うのはわかるけど、わたしはいまになって この人は自分の人生にとって、必要かどうか、などと遅ればせながら、考えている。
なんか、ずれているんだよなー。
ちなみに元彼Sちゃんには、わたしは金銭的援助は、まったく期待していない。

病気になってからの元彼を、いろいろ思い出してみたが、総合して一番良かったなと思うのは、病気になりたてのとき付き合っていた恋人Sである。
この人は、異常に優しくて誠実で、うちの両親は、この人なしではわたしの看護はできなかったと言っている。
でもわたしは、当時まだうつ病の診断で、双極性障害の治療はされておらず、精神は荒れ、無茶苦茶になっていた。
いまぐらいの状態だったら、まともに話せたと思うんだけどね・・・。
でもやっぱり、巡り合わせというものがあって、病気になりたての時に、すぐ双極性障害は診断されなかったと思うし、だからといって、15年も経った今まで、その人がわたしと付き合えたとは思えない。
これが、運ってものだよなーと思う。

というようなことを考えつつ、わたしは、作業所Aもデイケアの話もぶっち切って、トコトコと一人帰ってきた。
診察って、元気なときほど、いろいろ訊かれて、疲れるな。
それにしても、作業所の話はもう終わると思うけど、男性関係については、これからもずっと訊かれるんだろうか。
別に構わないけど、今度の年金の診断書で、「ネットで知り合った元彼と称する男性と、しばしば遊び戯れている」とか書かれそう。
なんかちょっと、自分でもその人おかしいんじゃない? と思うけど、よくよく見たらやっぱり自分、みたいなのが診断書なんだよね。
前回も、凶悪な女に書かれていて、びっくりしたよ。

とまあ、いろいろあるんだけど、とにかく診断書の提出は1年半後です。
サボり人になるのか、男好きになるのか、凶悪な女になるのか知らないけれど、それが診察室で先生が見たわたしの姿なんだから、仕方ないよね。
なんだかんだ言って、わたしにとって精神科の診察室は、ありのままの自分を出せる心のオアシス。
これからも正直に、自分の心を吐きます。

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人の身を案じる。



昨日は、またしょうもないことを考えていた。
暇なんだろうな。

その内容は、むかしむかし付き合っていた恋人Sは、大丈夫なのかということである。
どう大丈夫じゃないかっていうと、その人は親父さんが零細企業を営んでいたのだが、もう歳がかなり上で、どう考えてもこのまま、この人が後を継ぐと、会社を潰すなと思えるところだった。
35歳ぐらいで途中入社したのだが、システムを独断で替えるなど、ぺーぺーがやってはいけないことをしていたので、ああ、この人は企業のトップダウン方式を知らないんだな、と思うと同時に、これでは周りとの軋轢は避けられないだろうと思ったのだった。

で、そこから妄想が始まったのである。
自分の企業が潰れたらどうなるの・・・?
ヘタをすれば、債務が回ってくるの・・・?
家が担保に入っていたら、家がなくなるの・・・?
家がなくなったら、ネカフェ難民が、ホームレスになるの・・・?
えーマジか。

わたしは、とても嫌な気分になった。
貧困層の人たちが、一歩踏み外せば、簡単にホームレスになってしまう時代なのだ。
あの人、大丈夫なのかなあと、わたしは再び思った。
そう簡単に返せないほどの、大きな恩があるので、 ちょっと気になる。

気になりついでにもっと気にすると、その人の履歴書は、わたしから見れば最悪だった。
なんでこんな履歴書を作っちゃったの? というぐらい、どんくさい生き方をしている。
これじゃあ、正社員はおろか、派遣社員だって通らないよ。
従ってバイトか、日雇い労働の2択になるんだろうな。
しかしそんなんで、部屋を借りれるのか?

そしてわたしは、薄暗いネカフェを思い出した。
帰ってきたかと思ったら、狭いところでごはん。
それが、一生続くかもしれない絶望。
嫌だなあ。万が一でも、あの人がそんな目にあってほしくないなあ。

「嫌な想像だな。待てよ。そういう場合、わたしのマンションに住んでもらうとか? ・・・いや、そう簡単にはいかないな」
じつはここは、親から逃げて、一人になるために買った場所である。
だから、常に人がいるのは困るのだ。

わたしは顎に手を当てて、さらにうーんと考えた。
「だいたいもし、相手がお金がないのに病気になった時、誰が払うんだ? お金がないなら、出ていけって言えないじゃない。ある意味、知人に部屋を提供するということは、その人の人生のいくらかを背負うことになるんだよな」

わたしは、ふうとため息をついた。
結局、やれる範囲だけのことをするとすれば、「ここをネカフェ代わりにして、空いているときだけ泊まってください」とか、そんなもんだろうな。
いくら恩人とはいえ、自分ができる以上のことをしてしまうと、関係にヒビが入るような気がする。

だけど、とわたしは例外を考えた。
「自殺の可能性があるときは、すべて例外だ! 何ヶ月間でも1年間でもいてもらう。親しかった友だちが2人も死んで、これ以上はたくさん。出て行く時は、心身ともにリフレッシュ! くらいでないとね」

ここまで思い至って、わたしはハタと我に帰って、アホか・・・と崩れた。
なんで、こんな夢想をしているの?
恋人Sが、ネカフェ難民をしているかもしれないという強い思い込みはどこから??
あーそっか。
わたしは去年の10月から、介護だの年金だの、いろんなことで思い込みをして、余計な悩みを抱えているのだった。
H主治医は、「暇なんや」と診断している。
うーん。確かに暇だけど。
でもじゃあなぜ、10月からなんだろうね?

まーとにかく言えるのは、この格差社会の中で、 わたしが知っているすべての人が、住居も仕事も失わないでほしい、ということだ。
みんな誰もが、ホームレスになって、苦しい思いをしてほしくない。
貧困に関して、あまり人のことは言えないんだけど、暇なわたしが何かをできるとすれば、もしかしてそっちの方面なのかもね。

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これからの職業

takoyakiya

一昨日・昨日と、マンションにいて、哲学者のように考えごとばかりしていたのだが、今日体重を量ってみたら、1kg減っていた。
たった2日で?
一日3時間くらいしか眠っていないし、これは躁かな?
躁は気分は平気なんだけど、身体がまいるんだよね。

さて、そんな感じで、わたしは今度は、これからの職業について考えた。
わたしはたびたび、「これから、人工知能が導入されると、労働者の半分以上は失業する」というので、「人間にしかできない仕事に就くべき」と言っているのだが、世間はだーれも騒いでいない。
ここに書いていても、「キチガイがなんか言っている」になるんだろうなと思っている。
でもわたしは、これとまったく同じ経験をしたことがあるから、言っているのよ。
バブルだ。
あのときだって、あたまのまともな人が「これはバブルに過ぎない」って、淡々と説いていたの。
それをわたしを含め、ほぼ全員が「バブルって何? こんなに素晴らしい世界がなくなるなんて、嘘でしょ」と、鼻から無視したのだ。
そんで、企業のエンジン部分にいなかったわたしは、あっさりとリストラされた。
まーわかっていても、職業を変えるなんて無理だったけど、次はどうしようって、考える時間ができたかもしれないよね。

だから、いま定職に就いている人には難しい話だと思うけど、バイトなんかで、あちこち行っている人は、レジ打ちなんかを極めている場合じゃないと思うのよ。
スーパーやコンビニのレジは、あと10年もしたら、完全にいなくなると言われている。
できることは、そのときまでに、ちょっとした技術を身につけておくことじゃないかな。
技術といったって、難しいことをするんじゃなくて、たとえばたこ焼き屋さんとかさ。
あれって、やっぱりちょっとした技術だよ。
慣れないとできないし、しかもあんなの、人間がやってくれないと食べる気にならない。
だから、世間ににリストラ地獄が来ても、わりと平然としていられるんじゃないかな。

それでさ、もっと話を広げると、いまからの人って、どうせほとんど年金がないわけじゃない?
だから若いうちに、たこ焼き屋で修行しまくって、食べ歩いて、もうほんとうにその道で食っていくんだって、覚悟を決めるの。
履歴書的にも、あちこち生きるためだけのバイトしかしていない人と、自分はこの道なんだって決めている人とでは、まったく印象が違うと思う。
そして、長年の努力のすえ、やっと独立できそうな資金が溜まったら、あとは死ぬまでたこ焼き屋のおやじ。
適当に仕事して、適当に生活して、まあこんなもんか、という老後を送るのである。

わたしのイメージだけど、近い将来は、大型店舗は寒々としていて、街は人間味のあふれる店があって、人々はその間を行き来しているような感じ。
生き残れるのは、人間味のあふれる店で、働いている人じゃないかなー。
たとえ、大手企業に勤めていても、リストラされたら終わりだもんね。
そういう人が、トボトボと歩いていると、道端のたこ焼き屋さんが、「お兄ちゃん、たこ焼きどうや?」と声をかけてくれて、「おまけしとくわ。がんばりや」とか励ましてくれて、いつの間にか下剋上になっていたりする。

そういうことで、あくまで例としてたこ焼きを挙げたが、ほかにもちょっとした技術がいる仕事って、あるんじゃないかな。
若い人なら、整骨院のマッサージとか、いまならふつうに求人があるし。
子どもの頃にちょっとかじっていた習い事だけど、磨けば使える、とかいうのもいいよね。
べつにわたしは誰の応援をするわけでもないけど、もし労働者が大量に失業したら、全員で熾烈な仕事の奪い合いになると思うから、あーやっぱりたこ焼き屋さんだよ、と考えてしまうのだ。

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父の後ろ姿

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昨日は、その前にも増して、身体が苦しかった。
なぜ・・・?
買い物もなにもかも、全部母親にまかせる。
75歳の彼女の方が、わたしよりはるかに丈夫だ。

そんなわけで、食事がほとんど食べられない。
ついに、ユンケル投入が始まった。
こうやって書いているのも、じつは辛いのだが、なるべくとっとと済ませる。

ところで我が家には、もう一人そんな人がいて、それは末期ガンの父なのである。
末期ガンと言われながら、けっこう長生きしているのだが、最近ついにという感じで、身体が痩せてきた。
見た目は元気なのだが、「食べられない」と言って、昼はお菓子やバナナをもぐもぐしている。
とくに背中が・・・、骨ばっていて、明らかにまえと違う。
これからどんどん、ガンにかかった芸能人たちのように、ガリガリになっていくのだろうか。

わたしは、じつは「秋ごろまでじゃないか」と睨んでいたのだが、案外もっているので、わたしのH主治医の言うとおり、年内? と考えを改めた。
そうしたら、11月末にある「グレンミラーオーケストラ」のコンサートに行けるかどうか、微妙である。
これは父が、珍しく「チケットを取りたい」と言うので、わたしが母のぶんと2枚取ったのだ。
そういえば、ブラスバンドジャズを聴きたいって言っていたなあ。
大音量っていうのは、こころが勇気づけられて、強くなるんだよね。
あれは、病気の人にはいいと思うよ。

だからなんとか、11月末にはもってほしいのだが、食欲がないのって、どうしようもないんだよね・・・。
わたしが小食でもともと食べられないから、苦しいってなるまで食べるのは、ほんとうに苦痛だっていうのもわかるのよ。
もう、おじいさんだし、無理をさせるのもどうかと思うしね。

しかし、気の強い母の方は必死だ。
本人が嫌がっているのに、「これは? あれは?」と次から次へと、食べ物を差し出す。
「俺は、俺のしたいようにやる!」と父は怒って、しょっちゅう喧嘩になっている。
わたしは、母がやり過ぎで、もう延命処置もしないって言っている人だから、それ以上やると、母親自身のエゴになっちゃうよ、と思うけどね。

そんな感じで、父の後ろ姿をみるのも、いつまでだろうと思うが、それがたった数ヶ月あとだなんて、ちょっと信じられないな。
この人、消えてなくなるのか・・・。
なんだか、不思議な気持ちだ。

父は、ぽわ~んとして何を考えているのかわからない人で、わたしはひそかにトトロみたい、と思っているのだが、トトロはここと言うときに、的確な意見を言う人だった。
わたしが発狂して、子どもに帰っていたとき、のんびりと「いま、小学生に帰ってるんやな」と、お見通しだった。
まだ死んでいないけど、ものすごい苦労をかけちゃったなあ・・・。
ほんとうは、ちゃんと一人前に働いて、自立しているはずだったけど、障害者になってしまいごめんなさいって感じ。
でも、思った通りにいかないのが人生、って考えるしかないんだけどね。
わたしが最後にできることは、トトロがこれからの時間を、おだやかに過ごせるような環境をつくることかな。

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多忙な人々

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昨日は、大学同級生のグループラインを見ていて、「みんな、なんて忙しいんだ」と思った。
今度また、9月に集まりがあるのだが、「23日でいいかな?」という問いに、それぞれが「その日は試合があるから」「○○の役員会で不参加」などと、いろいろスケジュールが忙しいのだった。
みんな、なんでそんなに体力があるの・・・。

わたしは、週に1回、外出するのがやっとだ。
ふつうの人の活動量を考えると、あまりに差があって、気が遠くなる。
なぜ、活動できないかというと、ふつうにしんどいから。
心身ともども、床に張りつくくらい疲れるのである。

最近は、暇のあまり、読書をしたりしているが、これも長続きはしない。
数ページ読んでは休み、の繰り返しである。
同じ本を読んでいると集中力がなくなるので、2~3冊を平行して読んでいる。
あとの時間は、スマホニュースを見たり、ボーッとしている。
なんの生産性もない・・・。

わたしは、ちょっと疲れてしまった。
こんなになにもできなくて、この先どうなるんだろう。
なにを生きがいにして、生きていけばいいのかな。
お金をギリギリに節約して、外に出ていくこともない閉鎖空間で、このまま生きていけるんだろうか。
それって、死ぬほど疲れるんじゃないかな。

みんながうらやましい、とつくづく思った。
ふつうの社会生活を送っている人々。
多忙だけど、メリハリのある生活、社会に参加しているという充実感。
そして、経済力。
わたしも、医療系国家資格を取得予定だったから、ふつうにやっていれば、いまこんなふうにはなっていなかったはずなのよ。
何がいけなかったと言えば、グループワークで全然動いてくれない人を、意地でもちゃんとやらせようとしてしまったところ。
ほっときゃよかったのに・・・。

ともかく、自分の完璧主義を人に押しつけたのが、病気の始まりだったのだ。
もうあんなことは二度としないって思うけど、そういう場所もなくなってしまったかな。
作業所Aは、昨日母に再打診してみたが、まったく乗り気ではなかった。
しばらく、わたしはなにをすればいいんだろう。

食欲もまったくなくて、なにか魂が抜けている感じがする。
こういう生活を送っていると、だんだん活気も失われていって、それなりの風貌になるんだろうな。
貧乏でしょんぼりしている障害者っていうか。
わたしがなりたいのは、そういう寂しい人間じゃなかったんだけどな。

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スマホニュースに毒される

aidoru

昨日は、一日中スマホニュースを見ていたら、あたまがヘンになってしまった。
夜、寝ようとしたら、あたまの中をぐるぐる、芸能人はじめ女性誌の内容みたいなのが、渦巻いているのである。

「錦織の彼女は最悪で、あのままじゃいけない、本人なんで気づかないんだろうな」、「ユーチューバ―ヒカルって、ほんとのお子ちゃまだな。株式市場のルールをなにも知らなかったのか」
とまあ、こんな具合に、世間を騒がせている噂話が、あたまをついて離れないのである。

暇の極限の末に、こんなことになってしまったのか。
スマホニュースって、あれだけを信用してはいけないし、のめり込まない方がいいな。
あれは決して、新聞ではない。
ずっと読んでいると、たぶんバカになると思う。

それと同時に、3・4ケ月前からなのだが、「こんなの忘れるはずがない」という単語が出て来なくて、ちょっとだけ恐怖を覚えている。
昨日は、「パーキンソン病」「バセドウ病」だった。
わたしにとっては、ポンと出て来る単語なのだが、それが、あたまの中に灰色の雲がもやけていて、言葉がどこを探しても見つからないのだ。
おかしい、なんかおかしい・・・。

わたしは正常な人と違って、さまざまなおかしな症状を出す。
認知症もどきとか、ヨダレが垂れてくるとか、交代人格が出てくるとか、なぜそんなことが起きるのか、わからないものばかりだ。
「物忘れがあまりにひどい」とかも出てくると、過去の経験からいって、ふつうじゃない精神病を抱えた自分が、なにかに反応しているんじゃないか、って考えてしまうんだよね。
わたし的には、やはり暇が原因じゃないかなーと感じる。
これを、解決するにはどうしたらいいか・・・。

作業所Aには行かないと決めた以上、次に行くべきはデイケアである。
しかしデイケアが嫌いなところは、正常なスタッフたちが、あーしてください、これは駄目です、と子どもみたいに指図することだ。
みんなは「大人の幼稚園」といってあきらめているが、わたしはどうもプライドを捨てきれない。
精神障害者は知的障害者じゃないんだから、羊を収容みたいな扱いをすると、誰だってわかるしイヤになるよ。

というわけで、いまのところ、デイケアは見送りにしたいと思っている。
しかし、どのみち精神障害者が行くところなんて、ふつうじゃないよ。
自分でも思うけど、身の回りのことができないし、仕事ができないし、こんな人間どこでも使えないもん。
もうね、死ぬほど繰り返し思うけど、障害者になった時点で、人生アウトなの。
これは、誰でも一緒なの。

さて、いろいろ文句を書いたが、いいニュースもあるのである。
昨夜、大学の同級生Yが、「明後日(明日)、大阪へ行くから飲みに行こう」と誘ってくれたのである。
行く行く! お酒飲まなくなったから、ちょっと楽しさ半減だけど。
どんな話が聞けるかな。
新しい情報をキャッチして、あたまを正常化しなきゃ。

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専業主婦のリスク

soujiki

にちゃんねるを見ていたら、よくある嫁・姑・旦那のハナシが出ていて、離婚がどーのとみんなで叩き合っていた。
うーん・・・。永遠のテーマですな。

まーわたし自身は、「働きたくないから、専業主婦になりたい」と言う人は、ちょっと考えが浅いなと思う。
だって、専業主婦って弱い立場ですよ。
経済的に自立していないから、旦那に浮気されても、どんなに理不尽なことを要求されても、のまなきゃいけないわけでしょ。
たとえ旦那が、自分の親だけを介護させて、ヨメの親にはするな、とか卑劣なことを言ってきても、ぐっと耐えるだけ。
理にかなっていないと思うどなー。

働きたくないから結婚して、結局離婚して、条件の悪いパートなんかで働く、ということになる人を、わたしはあんまり同情できない。
そもそも、ラクしようとしているところが間違いなんだろうな。
楽して稼ぐとか、なんでもラクしようとしたら、それなりのリスクが伴うってことなんだろう。
それでも、「働きたくないから、専業主婦になりたい」という女性は、そこそこいるらしい。
目のまえのことしか追えない人だ・・・。

うちの妹は専業主婦だが、これは旦那に頼まれてのことである。
しかしそれでも、わたしはヤバい橋を渡っているなーと思っている。
妹はたぶん気づいていないが、双極性障害という病気は、それだけで離婚理由となる。
ということは、明日にでも旦那が「双極性障害だから離婚する」と言えば、成立してしまうのである。
もしそうなったら、仕事がないのにどうする気だ・・・。
彼女は、結婚直後はグラフィックデザイナーのバイトをしていた。
そういうのを、リスクヘッジと言ったら悪いけど、持っておいた方がいいんじゃないかと思う。

さてまー、そうは言っても、子どもができたら、女性が専業主婦になるケースが多いのも事実だろう。
なかなか、女性に仕事を続けろっていうのは、難しいことだよね。
現代社会がなんといおうと、人間は基本、オスが働いてメスが子育て、という生物なのかな。
どうしようもない・・・。

だから当たり前のことを言うと、人間は理性のある生物なんだから、オスもメスもお互いいたわり合って、生活していくことが大事なんだろうな。
わたし的には、「俺の言うことを聞け」の男も、「毎日ランチしてブランド物」の女も、両方とも下品で、よく「結婚に向いている・向いていない」という訳のわからんスケールがあるけれど、それでいくと、二人とも向いていませんね、ということかなと思う。
ありきたりな言葉だけど、結婚は巣作りなんだから、お互い勝手にやってたらダメだよね。

とにかく結婚するときは、当然だが、相手を入念に見定めることが大事なのかなと思う。
いきなり専業主婦をしたいっていう女はどうなの? とか、逆に専業主婦しろっていう男ってどうなの? とか。
わたしは、どっちもヤバい感じがするけど。
いまの時代、あまりにも男女で役割分担があるのもね。

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大学同級生とおしゃべり



昨日は、大学の同級生Y(男・既婚)が、大阪に来たからと、飲みに誘ってくれたので、久しぶりに出かけて行った。
Yは、全国あちこち飛び回る仕事の人で、その先でたくさんの後輩や先輩たちと飲み歩いている。

そんなわけで、わたしたちは居酒屋でしゃべりまくった。
途中で、「ずーっと笑ってんな」と言われたが、わたしは自然に、「楽しいから!」と答えていた。
だってわたしは、いつも孤独で、周りにいるのは、H主治医・母親・元彼Sちゃんのたった3人で、日常会話をしてくれる人なんていない。
Yにそのことを言ったら、えー! とものすごく驚かれた。
それが、一般の反応だよな・・・。

それから、大学時代の先輩・同輩・後輩が、いまどうなっているかの情報を得た。
職種は別でも、もとは体育学部ということで、仕事上のつながりがある人は多く、あの人は、この人はと、いろいろ聞いた。
でも皆さん、順調に仕事をしているようでよかった。
わたしは最近、貧困層のことばかり見ていて、悲観にくれていたが、ここにはちゃんと富裕層(自分で言った)がいる。

それからわたしがもう一つ、気にしている年金のことについても尋ねてみた。
すると彼はのんきそうに、「しばらくは65歳からでしょ。70歳? 俺らんときは大丈夫やろ」と言った。
ネットでは、わたしたちの年齢だと、確実に70歳からと書いていたが、あんなのあてにしなくていいってことだろうか。
ネットって、嘘が多いよな・・・、こういうことを、まさに地に足がついた人から教えてほしいのだ。

それからわたしは、少し自分の病気の話をした。
「うつはわかるやろ。躁はわからんよな?」
「俺もそういうところあるから、わかるよ」←大抵の人は、こう言う。
「明るくなったり、楽しくなったりじゃないねん」
「えっ? 違うの?!」
「あたまににエネルギーが溜まって、どっかにぶつけたくなって、(壁を殴る仕草をすると、怪しい目で見られたのでやめる)、それからな、すごく気が大きくなって、自分はなんでもできるー! って思うねん」
「??」
「変なこと言うけど、13階から飛び降りようとしたことあるで。飛び降りする人って、無様に落ちていくやん? でもわたしはもっと、華麗にくるくる回りながら落ちてみせるわ! とか思って」
「なにそれ、意味わからん」

そう言いながらも、Yは嫌な顔はせず、ほんとうに難問を与えられて、首を捻っているという感じだった。
でも話をぐるぐるさせて、最後には「俺にも、そういうところあるで」と言った。

その続きでわたしは、Yが嫌っている同級生AとHと、わたしが絶縁したと話した。
「わたしが悪いねん。病気になりたての頃、記憶がなくて、なんかやったらしい」
「そうかー。あいつら、競技場で会っても、俺に全然目合わせへんねんで。あんなやつら、どうでもええやん」
「まー。とりあえず、そんな感じで、わたしの周りから人がいなくなってん」

その後、いろいろ話をして、わたしには周りに人がいなさすぎる、これから先を思うと、なるべく多くの人を配置したいんだと言うと、彼は「力になるで」と言ってくれた。
ありがたい。
わたしにとっては、誰かがたまに一緒に飲んでくれて、話をしてくれるだけで、砂漠のオアシスのように嬉しいんだよね。

そんなこんなで、なんと4時間もしゃべり倒していた。
あーいっぱいしゃべれて、スッキリした。
こんなことが、日常的にできたら最高なんだけどな。
ほんとうに、わたしは居酒屋で、どんなに楽しそうな顔をして、しゃべっていたんだろうと思うよ。

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薄っぺらいネット情報

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昨日いろいろ考えながら、同級生Yが言った言葉「年金は、俺らのときは大丈夫やろ」について、わたしはかつてない安心感を得ていた。
いままで、母・H主治医・元彼Sちゃんに同じことを言ってきたが、どれもわたしのこころを安定させてはくれなかった。
なぜだろう・・・って、たぶんみんな、わたしと立場が違うからだろうな。

Yは、同級生で横並びだし、お互い本音を言い合える。
わたしにとってYは、現役で社会に出ている希少な人だ。
そしてわたしは思ったのだが、現役で社会に出ている人の意見は、比較にならないほど、ためになるということだった。
わたしがふだん、ネットで得ている情報なんかとは、重みと厚さが違う。

わたしは考えた。
ふだん、わたしがしていることは、部屋に閉じこもり、ネットの薄っぺらい情報を信じ、自分一人でグルグル考えを張り巡らし、心配ばかりしているという、病的な生活だ。
こんな生活から抜け出したい。
わたしは、元彼Sちゃんじゃ、なぜ解決にならないんだろうと思った。
すると、それは彼の話し方にあるんだと思い当たった。
付き合い始めからずっと言っていたんだけど、Sちゃんは自分の意見をパッと言わないのだ。
知識はやたらめったらあるが、たいていその披露だけで終わってしまう。
たとえば、Yと同じように、年金の質問をしたら、こうなると思う。

「年金って、わたしの歳なら70歳給付になるって、書いてあったんだけど」
「・・・年金っていうのは、昭和○○年から△△という理由でできた制度で、□□に制度が変わってこういう名前になって、それからこうなって、えー、当時の給付金がだいたい※※で・・・」

冗談じゃなくて、ほんとうにこんなしゃべり方なのよ!!
わたしはいつもイライラして、いつ結論が出るのよ? と待っているのだが、最近はもう、こうなることは予測できるので、あらかじめしたい質問もしないのだ。
ある意味、せっかく知識を持っているのに、役に立っていない・・・。
あれはたぶん、誰からも「この人に聞いたら長い」と煙たがれて、話しかけるのを最小限にされているような気がする。
とにかくSちゃんに意見を求めても、まったく答えが返ってこないので、わたしはそこのところは、「この人は駄目だな」と残念に思っている。

だからといって、家にいるわたしが、社会で働いているほかの忙しい人たちと、そんなにしょっちゅうコンタクトを取れるはずもない。
自分の周りに、正常な人を配置する、というプロジェクトも、なかなか簡単じゃない。
でも、わたしは障害者同士、狭い知識のなかで、よどんでいるというふうにはなりたくない。
世間で起こっていることを何も知らず、意見も持たない、そんな人間にならないために、必死の抵抗をしたいのだ。

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父の病状の悪化

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はぁ~。
なんか、背中に重いものがのしかかってきた。

昨日夕食時、末期ガンの父が、「お腹が張る」と言うのである。
これはたまに言っていたので、ん? またか? と思っていたら、どうやらちょっと様子が違うようで、「痛みが出てきた」と言い出した。
それで、え? と父のお腹を見た。

「膨れてるやん。それ何?」
「腹水かな・・・」
「腹水って、いきなり溜まるんちゃうの」
「お父さん、ここ数日、全然食べてないやないの」←母
「食べられへんのや。錠剤でないか」
「錠剤でカロリーは摂られへんよ。カロリーメイトとかエンシュアとか・・・」

父は、どうやら水分もあまり受け付けないようだった。
なんだか急に・・・。
わたしはそれを聞いた瞬間、いきなり食欲がなくなり、食べていたトンカツを残してしまった。

「俺もそろそろやな」
そう言って、父は食卓から消えていった。
あとに残された母とわたしは、じーっと止まったまま、どうすればいいかを考えていた。
「あのままでは激やせするで」
「何が食べれんねんやろう・・・」
「カロリーメイトかエンシュア? エンシュアって点滴でも入れられるねんな」
「明後日、訪問看護があるから、そのときに点滴持って来てもらおうか」
「それがいいんちゃう?」

そうして、当面の対策は決まったが、わたしはなんだか胸がざわざわした。
わたしのストレスの出方は、本人がまったく意識していないところで、眠れなくなったり食べられなくなったりする。
昨日も、体重が42.5kgと、ちょっと前より1kg減っていた。
そういえば最近、食べられないんだよね・・・。食べていると、途中で気持ち悪くなるの。

わたしは、もしかすると知らないあいだに、父の病状にストレスを感じていたのかもしれないと思った。
なんだか、これからも、食べられない父をまえにして、パクパク食べられる気がしない。
元彼Sちゃんが、病人は夏を過ぎると、急に悪くなると言っていた。
そのシナリオ通りになってしまうのかな。
わたしのH主治医が言っていた「年内やな」というのも、ほんとうになってしまうのかな。
なんだか信じられない。
でも、病気は確実に進んでいるんだな。

わたしはよく、食べられなくなって身体にトラブルを起こすので、これから我慢して、しっかり食べなければならないと思う。
あーそれにしても気落ちするな。
母に「二人になったら不安やから、それで食べられないのかも」と言ったら、「いや、やっぱりお父さんのことやで」と言うので、そうなのかな・・・、と肩を落とす。

親との死別という大きな出来事は、人生のうちであまりないから、わたしは、それを受け止めるだけの精神力がないのかもしれないな。
これは・・・、情けないけど、H主治医に話して、なんとかしてもらおう。
たぶん、病状に影響が出ることもあると思う。
いきなり上がって、ぶっ飛ばなきゃいいんだけど。

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健常者≠障害者

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昨日は、なんだかとても疲れてしまった。
どこかに、「健常者と障害者が、ともに住む世界」なんて、書いてあったからだ。

欺瞞だなーと思った。
これを書いたのは、間違いなく健常者だよ。
たいていの障害者は、こんなことを言われたら、「なにもわかってないな」と思うからである。

障害者の住む世界は、いまも暗闇で、最底辺である。
テレビに出ている人は、0.000・・・1%の人である。
雇用はないし、それ以前に障害のため就労不可だったりする、それゆえ経済的に立ちいかなくなる、生活保護に頼るしかない、世間の片隅で細々と暮らすしかない。
それから、こんな弱った動物の周りには、ハイエナがたかってくる。
「ニート」「ひきこもり」「働け」「親のスネをかじって遊んでる」「税金泥棒」・・・
障害者には、国から補助金など一円も出ないのに、「俺らの税金を使って生きている」と喜んで思い込んで、さあだから俺らの思うとおりにしていいんだ、とばかりに石を投げてくるのだ。
こんな底辺人間と、日々つきあっていかなきゃいけないのよ、障害者は・・・。

健常者は、まさかそんな差別と偏見が、いまでも脈々と続いているとは、知らないんだろうな。
というか、もうそんなの、あんまりないだろ? って感じじゃないのかな。
確かに、道路を歩いていたら、車椅子の人も、いまはふつうに歩いていて、健常者となんら変わりないように見えるけど、彼らは彼らで、陰で人にぶつかられて、倒れているのにそのままにして去られるとか、考えられないような目にあっていたりするのだ。

だから、障害者は、障害者独特の口惜しさとかを、必ず経験しているんだよね。
大事なのは、そんな障害者に、健常者が勝手に「自分たちも障害者も同じだ」とか決めつけないことだよ。
悪口じゃなくても、自分の考えを押しつけることが偏見なんだよね。
わたしもよく、「躁うつ病って、気分が上がったり下がったりするんでしょ? そういうの自分にもあるよ」って決めつけられるんだけど、じゃあわたしは単なる気分の上がり下がりで、仕事をしていないんですか・・・と、いつも嫌な気分になる。
励ましてくれているのかもしれないけど、「自分とあなたは同じだよ」という言葉は、ときに障害者にとって、ムカーッとくるものなのである。

じゃあどうすればいいかって、よく言われるように、先入観なしに、どんな障害があるのか知ってもらうってことだよね。
障害者にとって、自分の障害を認めてもらうことは、自分を認めてもらうことなので、嬉しいものなのだ。
それからわたしの場合、精神障害だから、あたまがヘンになって陰でバタバタしているときなんかに、そっとしてくれていると有難い。
なんとなく、「この人、なんかいろいろあるみたいだな」くらいに思ってくれてたらいいのだ。

と、いろいろ書いてきたが、ほんとうのところ、わたしはこんな、障害者の世界が嫌でたまらないんだよね。
メインストリートを歩いている健常者の裏側で、底辺人間にボコボコにされて、当たり前だけど、いままでの自分の実績ってなんだったんだろうと考えてしまう。
健常者がうらやましくて仕方ない。
異常が楽しいわけないじゃん・・・、「障害者になってよかった」なんて強がりを言っている人を真に受けちゃ駄目だよ。
ふつうの生活が欲しかったなあ・・・。
ふつうに仕事して、生活して、仲間と交流して、社会の一員として生きる。
健常者に強い嫉妬を感じる。ほんとうは、悔しくて腹が立って仕方ないんだよね。

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おかゆと点滴

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昨日は、末期ガンの父のところへ、訪問看護が来て、点滴をしてくれた。
看護をしてもらうのが大好きな父は、とてもご機嫌だった。

「見て。点滴やで」と母も、上機嫌で言った。
わたしは、へんな気がしていた。
前になかったものがある・・・、これって「変化」だ。
昨日の続きが今日、今日の続きが明日だとすれば、物事が急に変わることはない、ってふだん思っているけれど、急に変わることだってあるよな。
この、点滴が加わったところを、動画にしてコマとして見た場合、「あ、ここで変わってる」とハッキリわかる。
こういうの、見逃せないよな・・・。

それから、夕食のときも、なんだか見慣れない釜が湯気を吹いているので、なにかと思ったら、おかゆをつくっているのだった。
「こんな釜、あった?」と尋ねると、「もう、20年前くらいの。ひいおばあちゃんが生きてた頃のやつな」と母は言った。
つまり、ひいおばあちゃんが亡くなる前、食べられなくなったときに使ったんだな。

わたしは、その釜を、これから毎日見ることになるのかなと思った。
食欲のない父のための、おかゆ釜。
これも「変化」だ。
いままでなかったものが、そこにある。
わたしは、父が着実に死に向かっていることを、実感した。

これからも、どんどん増えていくものがあるんだろうな、とわたしは漠然と思った。
父も母も、なんでもないことのように考えているけれど、その一歩一歩が、死への階段だろう。
もう決まってしまった運命に逆らえないが、その過程はやっぱり、あんまり愉快じゃないなと思う。

父は、出来上がったおかゆを、一杯食べた。
「ただ流し込んでいるだけ」ということだった。
あれ? いつの間にそんなふうになっていたの? と思う。
そして、あそっか、いちばん「変化」を知っているのは、病人本人だよね、と思った。
わたしはなにもできずに、それを見守るだけだ。
誰も、時間に逆らうことはできないからね。

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