LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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タマゴからかえる。

hiyoco2

長いあいだ、将来のお金について、悩んでいたわたしだが、なんか天啓がひらめいた。
「もし、父がガンで死ぬことがわかっていなければ、どんな生活だっただろう?」。

すると、あたまには、両親がいて、そのなかで守られている自分がいた。
わたしはおそらく、「暇だ」と言って、駅前の酒場で飲んでいる。
手元の所持金なんか、気にしていない。

だがいまは、とてもじゃないが、そんな気になれない。
わたしは、父がいなくなって、城壁の半分が崩れ、風が吹きすさぶさまを想像すると、とても心細いのだ。

そして、母はいえば、わたしを守ってくれるどころか、「あんたには介護が待っている」と言い始めたので、わたしはそれ以後、パニックに陥ってしまった。
しかしこれは母の言い方に問題があって、母は病気のわたしには、介護は無理だから、わたしは独居老人をするから、あなたは好きなようにしなさいよ、という意味だったと思われる。
わたしはそれを、「突き放された・・・」と感じたのである。

しかし、こういう考えが浮かんだのは、卵からカラを突き破って、ヒヨコがかえったようなものだな。
わたしは病気になってから、知らない間に、なんにも考えられない子どもに帰っていたんだと思う。

そしてわたしは、考えを進めた。
いままでわたしが恐れていたのは、年金額が減って生活できなくなったらどうしよう、マンションを売っても高齢なため、どこにも部屋がなかったらどうしよう、生活保護の窓口で追い返されたらどうしよう、というようなものだった。
だが、冷静になって考えてみると、わたしって精神障害者としては、あり得ないほど恵まれている。
親はいるし、障害年金は無年金にならないことは保証されているし、厚生年金基金を持っているし、自分名義のマンションはあるし。
お金がないどころか、あるのでは・・・。

また、高齢で部屋がない点も、もし探しまくってなければ、市役所で相談すればいいんでは?
自分と同じような人は、いっぱいいるはずだ、その人たちはどうしているの? と聞けばいいじゃない??
生活保護の窓口でも、追い返される人というのは、説明能力がない、制度について無知、働ける身体がある人、などがそうなると書いてあった。
言われてみれば、市民の血税を使っているのに、「ここに来たら、お金がもらえるって聞きました~」なんて言い方をすれば、「勉強して出直してください」って言われるかもしれないな。
でもわたしは、制度のことを知っているんだし、障害者なんだから、むしろ断られる理由がない。

よくよく考えてみたら、わたしには、一応考えるだけのあたまと説明能力があるんだから、あとはまっとうに生きていれば、おかしなことにはならないはずなのだ。
知識とか教養って、そういうときのために、使われるものなんだろうな。
治療費がなくてお金を借りちゃったとか、あーそういうことしたら、生活保護出ないよ、とかわかっているのといないのとで、人生変わるよね。

そんなことを考えたあとで、わたしは、「とにかく、まっとうな生活をして、然るべきところで、きちんと説明したら、なにも怖いことなんてないよ」と、思った。
知恵、知識、教養、説明能力。
裸になっても、これははがすことはできないもんね。
こういうのを蓄えて、自分を強くしていけたらなと思う。

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