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LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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両親の呪縛

taijukei3

今朝、体重を量ったら、42.5kg(-2.0kg/Mくらい?)になっていた。
ほんとに、なんかじわじわと減っていくな。

そのせいか、とても寒い。
今日って、寒い日なの? わたしは思わず、電気ファンヒーターのスイッチを何回か捻りかけてしまったよ。
「ああ、いけない、いまは春のはずだ」とか思ってやめたけれど。
ちなみに、ロケーションは大阪である。

このところ、転院のことでかなり体力・精神力を消耗しており、そのストレスで食欲不振に陥っていると、わたしは分析している。
昨日、食べたものって、なんだっけか…。
煮魚半分と、広島菜の煮びたし少々と、トマト1個? それから、たらこスパゲティの2日目(←すごいよな)を1/3人前くらいか?
ビールは4・5缶飲んでいた気がするな。
とにかく、買い物・料理どころじゃねーって感じ。
広島菜、まだ残っているよ…、もう食べたくないよ、つくって3日くらい経ってるぞ?
そういえば今晩はなにを食べようかと、さっき冷蔵庫を覗いたら、もやしの煮たのも入っていた。
これも、つくって3日目くらいじゃないかな?
ほんっとに食べる気がしない。
いつになったら、なくなってくれるの。

なんで、転院でこんなに悩むかっていうと、いろいろ理由はあるけれど、最後の関門は『両親からの呪縛』だと思うのだ。
彼らは、わたしがうつ病で廃人状態になってから、わたしの記憶のないところで、いっぱい苦労をしてきた。
だから、なにかと言えば、最後には「わたしらが、どんだけ苦労してきたと思ってるの…」と涙ながらに訴えられる。
当時、解離の診断をも受けていたわたしにとっては、裸で外に出ようとしたとか、警察を呼ぼうとしたとか、○○病院に連れていってあげたじゃないの、とか言われても、全然自分の記憶のないことで、「それはわたしじゃない」って感じなんだけれど、やっぱそう言われるからにはそういうことをしたんだろうな、だけどやっぱりそれはわたしじゃないし…と、困惑するばかりなのである。

そういう苦労をしてきた両親が、最後に辿り着いたのが、現担当医Kっちの大病院であり、それまで通っていたクリニックでは、どんなに両親が疲弊していても「どこの病院もベッドが空いていません」と親身になってくれなかったのが、Kっちときたら「おっしゃ、今日から入院しましょう!」と簡単に引き受けてくれたのだ。
両親が、院長・Kっちに多大な尊敬・信頼・感謝を胸に抱いたのは言うまでもない。
その後、両親は、あまり状況を飲み込めない状態だったわたしに(金銭管理も出来ないレベルだった)、「この病院は絶対変えるな!」と刷り込まれた。
「こんな、すぐに入院を引き受けてくれる病院はほかにはない、先生も院長だししっかりしている、もう絶対に離すな!」

最近、わたしは両親と断絶状態にあるので、たまに向こうから電話がかかってきたりするが、用件だけで、もちろん転院の話はしていない。
もし、知ったら、両親は「なんてことを!!」って、また悲観にまみれるだろうな。
だから、これは呪縛なのだ。
彼らは、いまのKっちの薬の処方がいかに面妖であるとか、そういったことは一切わからない、「お医者様は神さまだ」みたいな古い考えの人たちなので(つっか無知だよな)、このあたりは、どんなに説明しても、たぶん理解出来ないだろう。
「なんで、あんなにいい病院を変えたりするの?! わたしらが、どんだけ苦労してきたか(以下リピート)」になるに決まっているのだ。

それがなあ…わたしの心に重くのしかかるんだよなあ…。
それくらい、強い刷り込みをされたのだ。
次に行く予定のクリニックが、これまた実際通ってみないと、100%こっちの方がよかった! と言える確信はないし。
わたしは、不安でたまらないのだ。
両親に二度と頼るつもりはないが、いまの自分だって、どれだけの判断力を持っているかわからない。
もしかしたら、のちのちに重大な問題を抱えることになるようなことを、わたしはしようとしているのかも知れない。

そんなことを考えていたら、1日なんて、あっという間に過ぎてしまう。
気がついたら、なんも食べていない、なんもしていない、そんな感じ。

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