大腸ガン手術・2 - LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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大腸ガン手術・2

hanataba

父の大腸ガン手術が終わった。
切り取った大腸・小腸・リンパ節を見せてもらったが、うは・・・腫瘍、でかい・・・。
卓球のボールよりも、やや大きいくらいだろうか。
執刀医は、「ここの、リンパ節が腫れているのが気になりますので、病理に出して、顕微鏡で見てもらいますね」と言った。
わかるのは2週間後以上経ってからだ。
これでもし、リンパ節に転移していたら、抗がん剤を使う治療になる。
そうなったら、本人も、ステージ3だったということがわかるので、どう言い訳するのか、母と話し合っていた。
ちなみに、術前に出した同意書? みたいな書類には、本人は、「結果を告知しない」にマルをつけている。
つまり、転移がわかっても、知らせてくれるなということだ。
これは、やや難問だと母とわたしは、術中、あたまを悩ませた。

「リンパ節は、全部綺麗に取り除いたから、(抗がん剤を用いても)これはあくまで、予防的治療だということにすれば・・・」
「うーん」
「だって、ほかに言い方がないやん」
ほんと、医師に「どんな言い訳が妥当か」を尋ねてみたい気がする。

目を覚ました父は、「う~~う~~」と唸っていて、どないしたんや? とこっちは思った。
そしたら、「生きていたいままでで、一番痛い」んだそうである!
え~~? そんなに手術って痛いか?
わたしが数年前に卵管腫瘍を取ったときは、終わって3時間後には、あぐらをかいて、トイレにも自力で行っていたぞ。
――でも、切り取った大きさが格段に違うので、やっぱり別物なんだろう。

そんで、病室に戻ってから、痛み止めを増やしてもらったりしながら、彼は、「痛い、痛い」と苦しんでいた。
それで、母とわたしは帰るに帰れず、しばらく話しかけたりしながら、「こんなに痛がるとはなあ」と意外に思っていた。
だが、徐々に背中から入れている麻酔が効いてきたのか、ときに居眠りしたりしながら、「だいぶ痛みがましになった」と安堵の声を出すようになり、母とわたしに「もう帰ってもいいよ」と言った。
それで、母とわたしは、「また明日来るからな」と言って、その場を立ち去った。
「まあ、痛みがましになってよかったわ」と母が言った。

近頃の病院ってすごいもので、あんな状態なのに、もう今日から歩く練習をさせるんだって。
無理だろ、絶対~。
寝返りもままならない状態なのよ~。
でもまー、高齢者は、長く寝ていると、血栓が出来て、肺塞栓症になって死んじゃったりすることがあるので、動くに越したことはないわね。
父には、あと少し、頑張ってもらいましょう。
わたしもしばらくは、病院通いになりそうである。

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