いとしい彼のこと - LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
-

いとしい彼のこと

woman2

Paris Matchを聴き続けている。
一曲、まさにわたしとKJの関係のようだと思える曲があって、それをfacebookにリンクを貼って、「この曲を聴くと胸が痛い、元彼はこんなふうに、好きだけど自分勝手で冷たい人だった」と書いて、隅っこに「※爆弾発言:元彼=KJ」とつけておいたら、KJとわたしと同じ高校陸上部の先輩が黙って「いいね!」を押してくれていた。
ありがとう、先輩。
わたしが、表面だけいい人のKJに、どれだけ振り回されていたか、少しでもわかってくれる人がいればいいの。

あの人とは、高校陸上部の恩師の退職祝いのとき、30年ぶりに再会した。
とても明るくて元気な人なのに、じつは深刻な不眠を抱えていることを打ち明けられ、誰にもわかってもらえないとわたしに話した。
わたしは眠剤の知識は豊富だったから、何を飲んでいるのか尋ねただけで、容態の悪さがわかった。
ふいに、彼が「今度、食事でもしようか」と言い出して、躁状態だったわたしは「いきましょう!」と二つ返事した。

でも、二人きりで待ち合わせてみると、もうすでにカップルだった。
彼は満面の笑みを浮かべて、空港バスからいちばんに飛び降りてきた。
その瞬間、恋をしたと思う。
焼肉屋でふたりビールばかり飲み、二軒目のバーで彼は、流れているジャズがどこで何年に録音されたものか、ご主人に言い当てた。
わたしは、彼が絵画を観る趣味もあると知り、喜んで京都の美術館へ誘った。

それから海遊館にも行った。観覧車にも乗った。
海遊館で、後ろから抱きしめられたまま動けないので、わたしは目のまえのエイだけを見ていた。
「これから、つきあってください」と彼が言った。
「はい」と答えて、その後また一緒にビールを飲んだ。

彼は毎週、東京から飛行機で大阪までやってきた。
「飛行機なんか、自転車みたいなもん」という彼の言い分は事実で、ANAを乗り回していた。
それから、何日も楽しい日々が続いて。
彼は会議中だというのに、いけないメールを送ってきたり。
Paris Matchを教えてくれたのも彼だった。
彼は、何千枚もの音楽CDの収集家で、音楽のことなら何でも知っていた。

そしてある日、突然告げられた。「来月から忙しくなる」。
それは、いままでのようには会えないよ、という意味だとわかったが、何日か経つにつれ、メールの内容が徐々に事務的になってきた。
わたしがなにかを書いても、それに答えてくれない・・・。
送られてくるのは、彼のスケジュールばかり。

何ヶ月も待った。でも、様子は一向に変わらない。
彼が身体を壊していることを知っていたので、無理を言うわけにはいかない。
でもやっとある日、「この日に会おう」と言ってくれて、楽しみにしていたのに、災害が起こり、彼はその対応に行かなければならなくなった。
「すまない」の一言。わたしの我慢は限度を越していた。
災害は、神さまがわたしに何かを訴えているのかも知れない。

わたしは、ついに別れを告げた。
別れのときも、彼は冷たかった。なんの動揺もみせなかった。
高校のときは、あんなに素敵な先輩で、みんなで慕っていた人なのに、裏側はこんなだったなんて。
悲しかった。辛くてたまらなかった。でも、最後まで嫌いになれなかった。

最初に戻るけど、外面のいい彼をわたしがどう思っていたか、他の先輩に知ってもらってよかった。
あとはどうでもいい。
また、センチな気分で、「Paris Match - 東京ベイ」を聴こう。

該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。