フランス・テロ事件の蔓延 - LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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フランス・テロ事件の蔓延

france

昨日、フェイスブックのお友だち一覧を見たら、数少ないうち、3人ものプロフィール写真が、フランス国旗になっていた。
なんだよう~~これ~~。
こんなの、流行ってんのかよ~~~。

わたしは急に、不機嫌になった。
ハイハイ、要するに「我々はテロに屈しない」って言いたいわけね。

でもさ。
いまのところ、日本政府は、もしテロリストに人質を取られた場合、なんとか奪回を目指すよね。
だけど、「我々はテロに屈しない」と主張するんであれば、たとえ政府が、「我々はテロリストとは交渉しない」と発表しても、文句は言えないってことだよね?
つまりは見殺し。
だ~れも助けに来ないよ?

そういうこと考えて、日本人は「テロに屈しない」っていう言葉を、発しているのかねえ?
わたしには、大方は、外国で起こるテロに対して、「許せん!」って言っているだけのように感じる。
たとえば日本人は、アメリカ人みたいに、大統領の発言「我々はテロに屈しない=人質は見捨てる」を真摯に受け止め、大事な人が戻ってくるのをひたすら待つだけ、なんて状況に耐えうるのかな?
わたしはむしろ、国会議事堂に嘆願書とか持って集会して、「人質を助けてあげて!」ってやりそうな気がするけれど。

ちなみに、わたしの旧友が、「テロに屈することなく、パリとの結束を示しましょう」っていう、ワンクリックの気持ち悪いリンクを貼っていたので、思わず「ISクソコラグランプリを、また開催したらいいんじゃない?」とコメントしたら、彼は本気だったらしく、わたしのことを「どっちのゆみ?」と聞いてきたので、「1号だよ。ねー、テロに屈しないってどういうこと? それって、日本政府に働きかけるべきじゃないの?」と再度コメントしたら、しばらく応答がなかった。

あれー。どうして?
そんなの、当たり前のことじゃないの??
じゃ、テロに屈しないって、どうやって屈しないつもりなの??
個人じゃ、どうにもならんでしょーが。
もし、「我々はテロに屈しない」を掲げるんであれば、「テロリストとは、一切交渉しない」とか、「あとで報復してもよい」とか、そういう法律があってもいいんではないの。

それと、興味深いのは、あんたら、いつまでフランスをプロフィールに張りつけておくつもり? というところ。
テロとの闘いって、これからもずっと続くわけじゃん。
でもまさかずっと、フランスを張りつけているわけじゃないでしょ?
わたし的には、外すときが恥ずかしい。
なーんだ、やっぱり流行でやってただけじゃん、ということが、明るみになるときである。

フランス人、フランスとともにISを空爆している国の人たち、ヨーロッパ先進国の人たちが、「明日は我が身?!」と心配して、フランス頑張れ! をやるのは、理解できるんだけどねー。
ISから遠く離れたアジアの片隅、空爆には参加せず、テロにはすぐ屈しちゃう国が、世界のみんなと「我々はテロに屈しない」って言っても、あんまり説得力がないよなーと思う。

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