大和撫子なんていない。 - LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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大和撫子なんていない。

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あー嫌な夢をみた。
昔の男が、カワイイ女の子と一緒に3人で旅行へ行こうと誘ってくれるのだが、じつは彼は女の子を落とすのが目的で、わたしには「おまえ、食べたぶんは自分で払えよ」なんて言うのだった。
ひどい話だけれど、近い経験はしているので、すごーく気分が悪い。

だいたいわたしは、カワイイ女の子に自分の男を取られるってケースが多いのよ。
わたし自身が男っぽいせいでしょうかねえ。
婚活パーティなんか行ってみ。
男性の多くが、いかにしとやかでカワイイ女性を求めているか。
そういうのを求めているからもてないのかどうか知らんが、とにかく婚活パーティは、カワイイスカートを穿いていくに限るのである。

友人Mも、「俺は大和撫子でないと嫌だ」という人であった。
もう死んでしまったから書いちゃうけれど、彼は30歳になってから、事故で胸から下が麻痺している状態だった。
でもそんなことにはめげず、事故のリハビリ中に、リハの助手をしていた彼女にアタックして見事モノにした。
彼女は才媛で、家事から仕事から、なんでもできる人だったらしい・・・。
Mは、彼女にぞっこんだった。
しかしM曰く、「いざ結婚しようとしたら、彼女の親に反対されて、破談になった」ということであった。

ここまでなら、「障害者だからって、気の毒に・・・」なのだが、この話を何回も聞かされたわたしは、「なんかちょっと違うんでないか」と思うようになったのである。

Mと彼女は、結婚に向けて、障害者用の住居に二人住まいをすることになった。
実際、3ヶ月の間は一緒に暮らしていたのである。
その最中だ、結婚話が破談になったのは。
わたしがおかしいなと思うのは、一緒に暮らしていることを彼女のご両親は当然知っていたはずで、その時点では結婚に反対ではなかった、というところである。
なぜ、3ヶ月の間に状況が変わったのか。
それは、彼女自身の問題に他ならないのではないか、とわたしは考えるのである。

「大和撫子でないと嫌だ」というMは、たぶん家では家事もなにも一切しなかったに違いない。
いわば、偉そうにふんぞり返っていたのではないか。
でも、彼女には、これから本格的に理学療法士として活躍するという未来があったし、それに向けて夜にバイトもしていた。
誰の目からみても、こんな人がこんな障害者と暮らして、その人の世話までするのは無理である。
彼女は頑張ったと思う・・・、だけど、恋人同士だった2年間と明らかに違う生活の変化に、ついていけなかった、そしてこれからもこんな生活を続けるのは不可能だ、と考えたのではないかと想像するのである。

Mにはその想像は話さなかった。
Mは、ひたすら「いい子だったなー」と懐かしんでいた。
わたしは一度、彼の家に泊めてもらったのだが、ほんとうに何もしない奴で、それは障害者だからできないというよりは、家事は全部人にまかせるようにしているんだ、という感じだった。

残念だが、Mには「大和撫子なんかこの世にはいないんだよ」と言うしかない。

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