過去の薬の山積 - LIFE,LOVE&PAIN(旧)

LIFE,LOVE&PAIN(旧)

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
-

過去の薬の山積

tokei

今日は精神科の診察日だったのである。
わたしは診察室に入ったとたん、「困ったことになりました」とH主治医に告げた。

「アカシジアとジストニア(副作用)が2か月ほど前から出ていたらしいです。わたし、抗精神薬が入ってるの知らなくて、両親から首曲がってるとか言われても、聞き流してました」
「調子よかったのにな。・・・じゃあ・・・、割って半分だけ・・・」
「ジストニア(首が曲がる)って、治らないこともあるじゃないですか。そんな薬、飲むの嫌です!」
「・・・んー。でも、セトウス(抗精神薬)でそんなん出るかなあ・・・たった25mgやし・・・。んー。もしかして、過去の薬の山積かもな」
「過去の薬の山積って、アカシジア(じっとできない)もですか?」
「ん~~~。わからん!!!」
「過去の山積ということは、セトウス切っても治らない可能性があるってことですか?」
「その可能性はあります!!」

というわけで、H主治医もちょっとやりにくそうであった。
でも、患者として聞いておくべきことは聞いておかないとな。

何年もまえに飲んだ抗精神薬の副作用が、突然出現することがある話は、聞いたことがある。
いつ飲んだなんの薬なのか特定できないので、医師も患者もどうすることもできないのだ。
H主治医は言った。「医療の限界です」。
これはその通りで、薬の副作用というよりは後遺症を残してしまった人が、表に出れない姿になってひきこもりになったという気の毒な話もちゃんとある。
だからわたしは、医師にわがままを言って、抗精神薬をできる限り避けて通ってきた。
でもわたしの病気には必要なこともあって、どうしても処方されてしまうことが多かった。
統合失調症の人に比べたら、量はわずかだが、出てはいけない副作用が次々と出るので、わたしはほんとうに抗精神薬を嫌がっていたのである。

首が曲がっているのだって、いまの角度ならまだ許せるが、もう少し悪化すれば、外に出たとき「あら?」と思われるだろう。
アカシジアだって治らなければ、わたしはバス亭でさかんに足踏みしている変な人である。
精神病の患者って、奇妙な外観をしている人が多いけれど、そのなかの多くは副作用を出している人だと思うよ。
暖かく見守ってね。

ダイエット中のわたしだが、病院から帰ってきてからまったく食欲を感じず、パンをぼそぼそ食べて終わりにした。
気が滅入るなあ。
一生治らない副作用ってなによ。
副作用のせいで外出もできなくなったら、なんのために治療したのかわからないじゃない?
小声で言うけれど、精神医学って、まだまだ原始時代なのよ。
当てずっぽうで脳みそいじってるようなもん。
患者が後遺症で社会生活送れなくなりましたーっていうことになっても、「これが医療の限界です」で終わりなの。
そういう世界にいなければならないのが、心底苦痛だわ。

該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。