パラリンピックに思う - LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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パラリンピックに思う

paralympic

世間では、障害者を叩いたら、人非人扱いされてしまうから、ちょっとおかしいなと思うことがあっても、ニッコリと生温かく見守るという人がほとんどじゃないだろうか。
だから、オリンピックをけなす人がいても、パラリンピックをけなす人って、たぶん少ないと思う。
でもさー、わたし自身が障害者だから言いやすいのかもしれないけれど、あれなんかちょっと変だよ。
はっきり言えるのは、代表選考の仕方。

わたしには、かつて身体障害者の彼氏がいて、彼は水泳でリオのパラリンピックを目指していた。
彼が言うには、代表になるためには、年一回開催される国体で勝つこと、であった。
ここまでならいい。
でも変なのは、その国体に出られるのは、4年にたった1回というシステムだってところだった。
つまり、チャンスは4年に1回だけ。
それって、あまりにも少なすぎじゃない?
そんなんで、誰が一番かなんてわかるの??
それに、最盛期を過ぎた4年前の優勝者を代表にすることもあるってこと?
ヘン!!
健常者スポーツなら、まずありえない選考でしょ。

どっかで、運営側の手抜きを感じてしまうのは、わたしだけだろうか。
こんな、針の穴を通すような選考基準を用いられたら、頑張っている選手が浮かばれんわ。
そんでわたしは、少なくとも水泳に関しては、なんだかな~と思って観ているのである。

もう一つ、なんだかな~と思って観ていたのが、68歳の卓球選手。
これはわたしの偏見かもしれないけれど、やっぱさ、競技スポーツなんだから、おばあちゃん世代が代表になるのはどうかと思う。
「障害者スポーツなんだし、ほほえましいよね」という生温かい視線で見るぶんには勝手である。
でもこれから、パラリンピックがオリンピックに並ぶくらいの大会になろうとするならば、これはいただけないよ。
この人、4大会連続出場っていうから、よほど後継者がいないのかね?
それとも、代表になるための秘訣でもあるんだろうか。

それと、これはどうしようもないけれど、競技人口の少なさに伴う選手層の薄さ。
わたしの好きな陸上でも、100mと400mの両方をやる選手がいるっていうことは、よほど枠が空いているということだと思う。(ふつうこの掛け持ちはない。)
それを裏付けるかのように、脂肪でお腹ぷっくりの短距離選手・・・。
もっと、選手には強くて多彩になってほしいもんだねー。
まー障害者スポーツはお金がかかると言われているから、そう簡単ではないだろうけれど。
東京オリンピック・パラリンピックでは、オリンピックの選手だけじゃなくて、パラリンピックの選手の強化もしてほしいもんだねー。

とまあ、ズケズケと書いてきたが、わたしのスタンスは、「障害者だからって、うすら生温かく見守ってんじゃねーよ! ヘンなものはヘンでいいっつーのバカ!!」である。
これは、なにもパラリンピックに限ったことではない。
障害者への対応すべてにおいてなのだ。

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