介護へのあきらめ - LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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介護へのあきらめ

kaki2

診察に行ってきたのである。
わたしはH主治医に、「足元からくるゾクゾク感が、消えないんです」と言った。

「この心配事の起源は、母親の言葉からなんです。母親はわたしに、”介護は大変やねんで。あんたには絶対できへん。無理心中する人もおるねんで”と脅したから、そのときゾーッとして、それ以来ゾクゾクがおさまらないんです」
「お母さんが? ほんとに?」
H主治医は、明らかにわたしの言葉を疑っていた。
そうだった、先生的には、わたしの方がキチガイで、母親の方がまともで可哀想なお母さんなのだ。
「言いましたよ! それに、自分は特養の多床型に入るって。でも特養って、不潔で虐待もあるところじゃないですか。いくらなんでもそんなところに、母親を入れられませんよ!」
不潔で虐待があることについて、H主治医は否定しなかった。
「そのくせして、カレーは1回つくったら、3日は食べられるからな、とか、わたしに介護を示唆するようなことを言うんですよ。わたしは3日続けてカレーでもかまわないですけど、人にまで強要できないですよ。わたしは、自分のことだけで精一杯なんです。人の人生まで背負えないんです。無理なんですよ」
「まだ先のことやんか・・・。妹さんは?」
「母が、嫁いだ娘をあてにできないって・・・、どういう意味ですか?」
「まあそれは・・・、一緒にいるわけやから・・・」
「妹は同じ双極性障害ですけど、Ⅱ型で軽いんです。家事もしてるし、(障害者)自立支援も受けてないくらいですよ。裕福だし、あっちならいい老人ホームに入れられますよ」

H主治医は、「お母さんは、あと10年もしたら、要介護3になりますよ」と恐ろしいことを言った。
なんでそんなことを、わざわざ言うんだろう??
H主治医は無駄なことはしない。
なにか考えがあるはずなのだ。

「まあ、愚痴やな」。
そう言って、H主治医は診察を終えた。
わたしはあたまが混乱して、どうしようもなかった。
じつは、母がパフェを食べたいというので、診察のあとで待ち合わせをしていた。
待ち合わせのあと、パフェを食べて、母の洋服を見て・・・、そんなわたしたちは、仲睦まじい親子だったと思う。
でもわたしのあたまの中は、「この人が、わたしの人生をどこかの時点で破壊する」という思いで、足元がゾクゾクしていた。

帰りにスーパーに寄り、ぷらぷら歩いているときに、ちょっとしたきっかけでわたしは言った。
「わたしには介護は無理や~・・・。ふつうの人が100%やってヘトヘトになるんやったら、わたしは25%でヘトヘトになる。もうそれ以下しかできへん」
「わかってるって。わかってる」
「もうあてにせんといてな・・・。無理やねん」
「できへんのはわかってるって。それより、お父さんに優しくしてあげな」

母親は、最近ボケている父親について言った。
あの人か・・・。倫理観の欠如に腹が立つんだよな。
あーでも、ボケた人にこういう非情な態度を取るから、母は余計に自分が心配になるんだろうな。

わたしの無慈悲さは、若いときからのもので、よく両親から「薄情」「冷たい」と言われてきた。
これは直らないな・・・。
でもわたしは、人道上まずいことはしない。
母にわたしによる介護はあきらめてもらって、なんか部屋にときどき入ってくるゴキブリくらいに思ってもらうしかない・・・。

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