106歳のときと10年前 - LIFE,LOVE&PAIN(旧)

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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106歳のときと10年前

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ぎゃー。
今日は、自分が106歳のときのことを考えていた。
アホか・・・。日本がもうないぞ・・・。

でも昨日は、自分の10年前のことを考えていたのである。
10年前、わたしはひどい状態で、まだ入退院を繰り返していた。
その頃は、うつ病の診断だったから、いま思えば適切な治療がされていなかったのである。
激鬱のなか、わたしは必死に同居人S(元婚約者)と、鬱の嵐に見舞われていた。
同居人Sもひどい鬱病だったが、この人は家事をやると言いながら、なんにもしなかったので、結局わたしが家事全般をやらさられたのである。

わたしの闘病仲間に、統合失調症のIちゃん(♀)という人がいるが、その人の「体調が悪くてどうしても買い物に行けなくて、戸棚の隅にあったカップスープで飢えをしのいだ」というのを聞いたとき、えーっと思ったが、わたしは同じことをしていた。
冷蔵庫を眺めては、「ピノしかない」という状態で、買い物に行けず「ピノ」で飢えをしのいでいたのである。

あんな悲惨な闘病生活があっただろうか。
母の証言でも、あの頃はもう思い出したくない、というくらいひどかったそうである。
入院状態の身体で、床を這って、ごはんを作って、苦しい苦しいと唸りながら。
その当時の主治医は、適切な診断をしている。
「休みたければ休んだ方がいい。酒はやめた方がいい。入院はほかの病院でよければ紹介する」

もう二度と、あんな苦しいうつは、経験したくない。
この数年間は、ある気分安定剤がよく効いて、うつがなくてすごく助かっている。
ほんとうは躁うつ病は、軽いうつにもっていくのがあるべき治療なのだが、わたしは躁を抑える薬に、よくない副作用を次々出すので、「この処方にならざるを得ない」という処方になっている。
その結果、軽い躁が続いている。
患者としては、ありがたい話だ・・・。
だけど将来的に、H主治医が引退して、べつの医師に変わったときはどうしよう。
いまの処方通りでないと、またあのうつが来るんじゃないだろうか・・・。
当たり前だが、患者から医師に薬のリクエストはできない。
そのときを待つしかないか・・・。

同居人Sとは、その後別れたが、あの人ももともとは悪い人じゃなかったんだと思う。
わたしもそうだけど、もとは善良なふつうの社会人。
病気が原因で壊れちゃってる人だったんだね。
精神病って恐ろしいなあ・・・、人が変わっちゃうんだもんね。

そんなわけで、ありし日の10年前を思い浮かべたのだが、わーあれって、どんだけ過去なんだ。
やっぱ10年って長いなあ!
これから先の10年なんて、ほんとにわからん。
でもたぶん、こうやって将来の心配をしていたことは、覚えているんじゃないかと思うよ。

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