暖かい家庭に幸せをみる - LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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暖かい家庭に幸せをみる

setsubun_akaoni

昨日も、元彼Sちゃんとスカイプで話した。
「腰、ゆっくり治すといいよ」と言うと、「節分までには治す」と言う。

「あー、豆まき?」
「・・・」
「鬼になる人、いないもんね(娘さんの旦那は、全国を飛び回っている)」
「んー」
「あっ、Sちゃん、鬼の仮面、めっちゃ似合うよ! ! あはは、絶対似合う!!」

Sちゃんがあまり話したがらないのは、孫との行事が、ほんとうに楽しみで仕方ないからだ。
この前も、腰痛で起き上がれないとき、孫が外で雪だるまをつくっているのを、ずっと見ていたと言っていた。
もちろんだが、参加したかったらしい。
そういうのを聞くと、わたしは「幸せな家庭っていいなー」と思うが、だからといって「自分も欲しい」とは思わない。
小さい頃から、家庭なんて女が損するばかりじゃないか、イラネーと思ってきたからである。
でもまー、病気になって一人になってからは、失敗したかもと考えている。

Sちゃんの幸せな家族が、わたしの近くにいるんだと思うと、なんかホッとする。
他人事でも、ホッとする。
だって、障害者仲間の話は悲惨だから。
このまえは、統合失調症で、現在生活保護を受けているIちゃん(40代?♀)とメールのやり取りをした。
最後に辿り着いた結論は、「お互い、孤独死は決定だね」である。

「地震とか来ると、ああ、このまま一人で死ぬのかなーって思うよ」
「わたしも妹夫婦を脅迫したらしいから、一人だよ」
「大家さんに迷惑かけるなーと思って。人に迷惑をかけるような死に方はしたくないわ」
「いま、独居老人が多いから、大家さんも気にしないよ。みんな慣れてるんじゃない?」
「甥がいるけど、なにもしてくれないだろうな・・・。最後はやっぱり無縁仏かな・・・」
「死んだらどうこうって考えてたら、しんどくなるよね」

Iちゃんとわたしで共通しているのは、もう自分は生きている意味がないし、早く死にたい、と思っているところである。
正確にいうと、「運命づけられた寿命が、早く来ればいいのに」である。
重い精神障害者は、少なからずそう思っているんじゃないかな。
病気がゆえに、人間関係・社会関係が築けない、孤独になっていく、貧困になっていく、まったく未来に展望が持てない・・・。

でも、周りが全員これだと気が滅入るんだけど、わたしにはいまのところ、Sちゃんがいるから大丈夫。
ふつうの暖かい家庭を見ていると、こころが和むなあ・・・。
幸せを分けてもらっている感じかな?
あったかいSちゃん家族という一般社会と繋がっていれば、わたしは孤独にならずにすむような気がする。

しかしこれ、Sちゃんに頼らず、自力で孤独から脱して、幸せを掴む方法ってないのかな。
日常・社会生活に支障が出ているわたしに、なにかできることがあるんだろうか。
たぶんみんな、「まずはデイケアに行け」って言うだろうな。
それは正論なんだけど、あそこに来ている人たちも、やっぱり苦しい精神障害者だから、Sちゃんみたいに癒されたりはしないんだよね。
なんか、絶望はあっても幸せはないような・・・、うん、ない。

わたしは、友だちが欲しいけれど、精神障害者ばかりじゃ駄目だと思うんだよね。
社会の窓となってくれる健常者が、少しはいないと。
もちろん、わたしは歩く迷惑人間なので、あまり近づきすぎてはいけないが、もしかしたら問題は、健常者の方でわたしに近づいてこないかもということである。
だって、経歴が怪しすぎるよね。
十何年間も精神病で家にこもってましたって、なんだそれって感じじゃない?

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