大阪のおばちゃん - LIFE,LOVE&PAIN(旧)

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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大阪のおばちゃん

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最近、「母が死んで、一人になったら生きていけるのか」という思いが、ときどきよぎるのだが、昨日買い物に行ったら、「大阪に住んでいる限りは、そんなに一人ぼっちにはならないかも」とふと思った。

だって大阪のおばちゃんは、いきなり知らない人にでもタメ口で話しかけてくるから。

昨日、スーパーで食パンを見ていたら、横にいたおばちゃんが、突然「今日何日?」と家族に話しかけるみたいに尋ねてきた。
「あー・・・、ちょっとわたしも、わからないです・・・あっでも、このパン賞味期限で20日って書いてあるから、20日かも」←かも、のことまで言わんでいい。
「わたしは、パンは3・4日やないとあかんからねー」
「19日じゃないの? あっちょっと待って。(ケータイを出す)19日やわ」←母。
「そう。(立ち去る)」

こんな光景は、大阪下町のスーパーでは、当たり前である。
隣の人は、お友だち。
「どの弁当がええかなあ?」と大声で尋ねられたこともある。
全部、「知らんがな」の世界である。

彼女らが、どうやって解脱して、隣の人に話しかけるようになったのか知らないが、大阪に住んでいるんだから、いずれわたしもああなるのかもしれない。
淋しくなって、誰かと話したいなあと思ったら、スーパーに行って「奥さん、それ買わはるのー? いやー、わたしも買うて、揚げもんにでもしよかな」とコテコテの大阪弁でしゃべりかければ、絶対無視はされないと思う。
でも、そうするには、あんまりお洒落していると、ちょっと違和感があるな・・・。
みんなと同じように、ダウンジャケットを羽織って、毛糸の帽子をかぶっていないと、一体感が生まれないかもな・・・。

外国の市場を見ていると、その国ならではの普段着を着た人々が行き交い、生活感豊かに買い物をしている。
うちの近所じゃ、みんながみんな自転車に乗って、狭い道路をよけつつ、お互い同胞として気づかい合いながら、食糧や日用品を買い求めている。
これが、地域で生活するっていうことなのか。
この人々の塊にいるうちは、なんだか自分は一人じゃないって、思えるかもしれない。
その頃には独居老人が増えているだろうし、わたしと同じような身の上の人も多いだろう。
なんか、ちょっとだけ希望の光の糸が見えたかもしれない。

わたしはこの頃、ずっと遠い自分の将来について悲観していたけれど、言い聞かせてみたら、10年先のことなんてほんとにわからないね。
だから、少しでも明るい未来を描いていたい。
いつか大阪のおばちゃんになって、人に話しかけ話しかけられながら、そこそこの人生を過ごせればいいなと思う。

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