スーパーでの買い物 - LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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スーパーでの買い物

kato
この数か月間、ほぼ毎日、母親と自転車に乗って、買い物に行っているのである。
母は、たくさんの大阪のおばちゃんと話をして、楽しそうだ。
大阪のおばちゃんは、誰にでも声をかける。
昨日も、母が知らないおばちゃんと話し始めて、その人が81歳であることを知り、「えーー! お若い!!」と思わずわたしもびっくりしたら、彼女は嬉しそうにべらべらと次々しゃべり出し、「これから事業を始めるの」とおっしゃったのを聞いて、また驚いた。
なんか、車の暴走を止めるやつ? らしい。(←よくわかんなかった。)
そんで、たいがいしゃべり倒したあとは、さらっとさよならするんだよね。
大阪のおばちゃんは、観察していて面白い。

まえも思ったけれど、母が死んで一人になっても、大阪の下町にいる限り、淋しい思いをせずにすみそう。
なんだか、わたしも生活が楽しくなってきたな。
具体的には、まだこれからだけど、発病後、なにもできず感じることも見ることも聞くこともできなかった檻の中から、ようやく抜け出したような気がして、これから健常者に近づいていけるのかなあと期待する。

まだあたまがこんがらがっているけれど、スーパーで、わたしは値段の高い安いはわかる。
病前は、ふつうに働いて家事をしていたから、そのへんの金銭感覚はある。
障害年金の診断書の項目に、「金銭感覚はあるか」というのがあるので、たぶんそれがない人がいるんだと思う。
そういう人は、年金額が上がってラッキー・・・というよりは、結局ドバーッと使ってしまって、困ったことになっているんじゃないかと思う。
そういう意味で、わたし金銭感覚があって、ラッキーということである。

物の価値がわかる自分に、安心する。
一人立ちするには、絶対必要だ。
「今日の太刀魚は安い・・・」と思ったら、母も「これ、安いな。これにしようか?」と言うので、今日の晩ごはんは太刀魚に決まった。
まー、一人のときは、太刀魚なんて高いもの、買わないけどね。
だいたいわたしは、赤魚・かれい・鮭・さんま、と決まっているのよ。
一切れ100円くらいで買えるやつ。
わたしから見れば、母は贅沢にモノを買い過ぎである。

でも、買い物も料理も、ほかの家事全般も、まだ感覚を全然取り戻していない。
なにしろ、16年間もなにもできずにいたのだ。
わたしの身体に何が起こったのかわからないが、これから徐々に、ふつうの生活を取り戻さなければ。

しかし長いなー、16年間。
長すぎるわ・・・。わたしの人生って、ここまではかなり不幸よ。
幸福なんてもう自分には関係ないと思っているけれど、万が一、そんなものを手にいれられることがあればいいな。

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