小学2年生の殺意 - LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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小学2年生の殺意

knife

昨日のエントリーを書いてから、具合が悪くなってしまった。
幼少時のことを、思い出してしまったのだ。
母の顔色を後ろから伺い、ビクビクと話しかける自分、意味もなく家の外に出され、お向かいのおばちゃんが「中に入り」と庇ってくれたこと、創価学会の部屋に引きずり込まれて、ワンワン泣いて助けを求めているのに、せせら笑って見ていた母への絶望、憎々しげに歪んだ鬼の形相と、毎日のように繰り返される怒号の嵐。
気のせいじゃないよな・・・。

呪縛だ・・・。
いまはもう、母も優しいおばあさんになっているのだが、彼女がニコニコと笑っていると、ほくそ笑んでいるように見える。
この人を守らなきゃとか、この病気になってから、さんざん暴れたから、もう気はすんだでしょ、とか考えるのだが、幼少時の呪縛ってすごい。

わたしは暗いこころで、小学2年生のとき抱いた、母への強烈な殺意について考えた。
次の瞬間、「ヤバッ!!」と思った。
いまのわたしには、解離による交代人格がいて、そのなかにはH先生には言っていないけれど、「暴れる人(わたし命名)」がいるのだ。
この人はとても厄介で、母に暴言を吐くわ、妹夫婦を脅迫するわで、そのたびにわたしは「知らん」と言っていたのだが、「忘れるはずがないやろ!」と憎しみを込めて言われるので、いまは「ふーん」と言うことにしている。
言い添えておくと、わたしは解離性同一性障害(多重人格)ではない。
いまのところ、診断名は「解離性障害」である。

ヤバいと考えたのは、「暴れる人」が、もし小学2年生のときの「大人になったら必ず、母親を殺す」を実行したらどうすんの!? ということである。
その想像に、わたしはゾーッとした。
じつはその日の夕食時も、両親に一切触れたくなくて、ごはんも半分しか食べていないし、「もう、この場所から逃げたい!」というストレスで爆発しそうだった。
そして、真っ先に自室にこもり、ゾワゾワと過去を思い出して、「ヤバい、ヤバい・・・」と考えたのだ。

とにかく、この家にこのままいたら、まずい! という気持ちが先行した。
デイケアに行く・・・、いや、もっと一人になれるところがいい。
わたしは、自分のマンションに、ちょっと帰ってみようかと考えた。
できれば一泊くらいして・・・、はぁ・・・。
だけど、こんなことを、ずっと続けることになるんだろうか。

わたしは、ガンの父が死んだら、母と仲良くやっていこうと思っていた。
でも、なんかとても不安に思えてきた。
そして、「ああ、自分はなにもかも放り出して、一人になりたい!」と思った。
そもそも、嫌いな母親からすぐに逃げ出すため、社会人になってからマンションを買い、とっとと実家を出て、自由を満喫していたのだ。
あの頃みたいに、自由になりたい。
でも、いまは実家に猫がいるしなあ・・・、経済的にはギリギリアウトくらいだなあ・・・。

とりあえず、今日はマンションに行ってみる。
なんといっても、この病気は浮き沈みがあるし、また日が経てば、気が変わっているかもしれない。
家事手伝いとか、慣れないことをしていたから、疲れたのかもしれないし。
でも、母のことが好きになれないっていうところは、たぶんこれからも変わらないだろうな。
うまく折り合いをつけるか、別々になるか、どっちかだろうな。

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