自分を決めつけられる - LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
-

自分を決めつけられる

yellowcard

昨日、「~してもらわないと困ります」とデイケアスタッフに言われたとき、わたしは「大人の人間扱いをしていない」と少々と立腹していたのだが、ずっと考えていると、「もしかして、わたしの方が変なのでは・・・」と思えてきた。
その若い精神保健福祉士は、とてもこころの優しい、落ち着いた人で、そんな人が入社して早くも意地悪を言ってきたりするはずないのだ。

・・・・・・、確かに、ミ―ティングが終わって、目の前の紙を、そのままにして帰ってしまう行動はおかしい。
わたしなら、絶対しないミスだ。
答案用紙をひっくり返すのを忘れて、退室するなんて、あり得ない。
でも、周りから見ればどうだろう。

「○○さん(わたし)、ミーティング表を置いたままにしてるわ。困った人やなあ・・・」
「スケジュールとか、わかってるんですかね?」
――花見当日――
「え? 今日はお花見の日なのに、来ちゃったんですか。困ったなあ」
「4月の予定表を忘れてたでしょう。持って帰ってもらわないと困ります」
「(スケジュールくらい、ちゃんとあたまに入れとけよ・・・)」

そういうことなのかな。
わたしって、周りからみれば、行動がだらしなくて、まとまりがなくて、ちょっとした簡単なミスをやらかす、お子ちゃま精神障害者?
まえにわたしにつときまとっていたTさんも、先日スタッフから「そんなの、いま話さなくてもいいじゃありませんか」と、Tさんが昔よくしていたゴルフについて、子どものように注意されていた。
でもTさんは昔、日常的にゴルフをするくらいなんだから、発狂前はふつうの会社員かなにかだったはず。
そこまで本人が話したがっている過去の栄光を、「そんなのどうでもいいんです」とバッサリ切り捨てなくてもいいんじゃないだろうか。

精神障害者は、まともだったときの自分を知っているから、過去の栄誉を傷つけられると、ショックを受ける。
わたしが今回された、「~○○してもらわないと困ります」も、その一環なんじゃないかな。
「この人、持って帰るのが面倒だから、わざとスケジュール表を置いていったんだな」という前提での注意。
でもわたしは本来、完璧主義で、ルールに反することは嫌いで、人に文句を言われるくらいなら多少の無理はする、という人間なのだ。
そんな、だらしなくてゆるい人間だと思われることが屈辱だ。

確かにデイケアには、社会に出たことのない世間知らずな人もいるんだけれど、仕事や学業で優秀だった人もいる。
そういう人たちが、十把ひとからげにされて、みんながみんな「理解が悪い人」「人間社会のルールがわかっていない人」などと決めつけられると、こころが凍る。
ここは、檻の中じゃないだけで、やっぱり精神病院なんじゃないだろうか・・・。
看護師がいて、皆の容態をチェックする、規則正しい生活を送らせる、ときどき話をかける。
その人が、昔どんな人だったのかはどうでもいい。
どうも、そんな感じがするな。気のせいだろうか・・・。

今日は診察日なので、もしかしたらそのあたりを、H主治医に話すかもしれない。
とりあえず、わたしが今後一人でいるつもりだ、という点と、デイケアにはちょっと苦痛がある、くらいかな。
それにしても、たぶんスケジュール表を忘れたのは、去年10月から始まっている「考え事が次々と浮かんできて、なにも手につかない」という躁の症状のせいじゃないかと思うけどね。
どっちにしても、正常だった頃の自分を知らない人が、わたしのことを「だらしない人」って決めつけるんだったら、わたしはその人の目のまえにもう出たくない。

該当の記事は見つかりませんでした。