失われた自主性 - LIFE,LOVE&PAIN

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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失われた自主性

josei15

昨日は、自分の自主性について、考えた。
自主性なんか・・・、病気になるまえは、当たり前に持っていたものだ。
でもいまは違う。
脳に障害を負い、判断力がなくなっているのだ。

病前は社会人として、ふつうに働き、友だちもふつうにいて、みんなと楽しく交流していた。
旅行に行ったり、家でパーティをしたり、ドライブしたり。
笑顔の集まるグループが、絶えずわたしの側にいた。
一人での生活も充実していた。
なんでも自分で決めて、自分で行動し、自分の人生を切り開いていたのだ。

病気で倒れてしばらくは、混迷を極めた。
記憶があまりない・・・。
そこから、わたしの判断力は失われた。
周りからの非難を浴びる。
自分は正しいことをしているつもりなので、頑固に押し通す。
あきれられて、見捨てられる・・・。

いまのわたしは、間違ったことばかりするので、誰かの判断を仰がなければ、不安だ。
たぶん、この状態は一生続く。
周りは全部、わたしより目上の人。
母、H主治医、デイケアスタッフ、元彼Sちゃん。

しんどいのだ・・・。
一生、わたしは誰かの下で、言うことを聞かなければならないのかと思うと、胸が塞がる。
なにかしたいと思っても、それ、間違ってるよと言われれば、わたしはためらうだろう。
我慢ならないのは、自分の子どもくらいの歳の女の子に、「それ間違われたら、困ります」と、上から目線で言われることである。
たぶん彼女にとっては、わたしはもともと、会議の資料を忘れて、手ぶらで退室するようなボケた中年女性なんだろうと思う。
でも、よく考えたら、そんな人が13年間も社会人が勤まるわけがないのだ。
知らないのか、想像力がないのか、たぶんあれはずっとああだろうな。
給料をもらっているわけでもないのに、なんでそんな人の言いなりにならなきゃいけないんだ。

曇り空の下、パンを買うために自転車をこいでいたら、ふと「一人になりたいな」と思った。
すると、切り開かれた真青な空と川と、風を受けているサングラス姿の自分が、浮かび上がった。
たった一人で、近場であちこち出かけて、気ままに生きているおばあさん。
ふーん。それもいいかもね。
そうなるためには、どうすればいいのかな・・・。

たぶん、わたしの自主性は、人とのつながりを閉ざすことでしか、成立しないと思う。
わたしの場合、自分から動けば動くほど、アリ地獄のように周囲に迷惑をかけるからだ。
でもじゃあ、どうすればいいか、まるで答えが出て来ない。
しかし、このまま負け続けているわけにはいかない。
まずは、自分のコントロールの仕方をマスターしなきゃ。
友だち同士、楽しく老後を迎える夢は消えたけど、一人でもそれなりの人生だったって、最後は締めくくれるようになりたい。

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