過去とこれから - LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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過去とこれから

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昨日、入院している、父のいない食卓で、母と二人で夕食を摂った。
わたしがテレビを嫌うのを知ってか、母はそれを点けようとはしない。
しばらく、しーんとしたなかで、黙々と食べていた。

なにかのはずみで、わたしは気になっていることを口にした。
「Sっていう抗精神薬やねんけど・・・、あれ怖いねん・・・」
「なんで?」
「足にこんなケガするし、これからもやりそうな気がするし、だいいちネットが怖いわ。睡眠薬を飲んでるときって、理性がぶっ飛んでるから、あの調子でネットを触られたら困る」
「でも、このまえ二階で電気が点いてたのは、ただ点けて寝てただけかもしれんやないの」
「そんなこと、ママさんする?」
「でも・・・、病気やから」

病気だって、起きて電気をつけて、なにもせずに寝たりしないよ。
でもそのあたりは、恐ろしい想像をしたくないらしく、どうしてもその意見を通したいようだった。
正常な人は、自分に理解できないことは、自分の意見を患者に押しつける。
これ以上、あたまのおかしい方が主張すると、言い合いになるな・・・。

「・・・・・・、これっていう、バッチリな薬が見つかれば、いいけどな」
「そうやなあ。RMっていう薬が入ってから、ようなったな」
「ひどいうつがなくなったからなあ。あれを飲んでから、たぶん波が小さくなって、躁も浅くなってるねんで」
「そうやなあ。まえは、ほんまにひどくて」

ここからは、母とわたしの二人とも、もう思い出したくない悪夢だ。
わたしが病気になりたての、30代後半、ほんとうにひどい嵐の中で、家の中も外も、すさまじかった。
わたしには、記憶のないことがたくさんだ。
母は、まさに病人を抱えて、髪を振り乱していたという。
当然、自殺未遂もやっているし、訳のわからない衝動で、家では暴れ、病院でも暴れ(たらしい)、誰が見てもひどいことになっていた。
転機が訪れたのは、RMという精神安定薬を飲み始めてからである。
それまで重かったうつ期がなくなり、寝込むようなことがなくなった。
その反動で、暴れるような躁期がなくなったのである。

さまざまな困難を乗り越えて、わたしは患者歴17年目にしてようやく、双極性障害(躁うつ病)の患者は、どうすべきなのか知った。
要は、自分より相手の方が正しいんだと常に考え、慎重に物事を考え、人と親しくしない、ってところだ。
いま、わたしは「死にたい」なんて口にしている精神病患者に、「甘いね・・・」とハッキリ言うことができる。
そういうのは、口に出している時点で、やる気がないって、よく言われる通りだと思うよ。
苦しいのは確かなんだろうけれど、脱出口は自分で見つけるしかないのかもな、と思う。

しかしこんな偉そうなことを言っても、病気は簡単にはいかないもので、軽躁のわたしはつい、いたずら心を出して、ここまでは大丈夫なのかなと思ったことを、母に話してみた。
「わたしときどき、お坊さんのお経が聞こえる幻聴があるねん」
「知ってる」
「それでな、いまもし、葬式でお坊さんのハゲを見ながら、お経とポクポクを聞いたら、絶対笑うねんやんかー」
「・・・・・・」
「変?」
「変やわ・・・・・・」
母は、予想外に異様な顔で、わたしを見つめた。
あれ・・・、やっぱりそんなに? これ以上は話さない方がいい。
「外で、人としゃべらん方がいいな」
「そうやな」
父の葬式のときにやったら、それこそ自殺ものなのかもしれんな。
双極性障害における自殺は、だいたいは、躁のときやったことを、鬱のとき後悔して実行する。

気まずい雰囲気を取り払うために、わたしはべつの話をふってみた。
「じつは、いまの薬の量でも、あたまがボーっとするねん」
「そうなん?」
「スーパーで、数字とか商品がわかれへんねん。見てるんじゃなくて、眺めてるだけ。あたまの中で、考えがぐるぐる回ってるから、視覚から入る情報を脳が処理できへんねん」
「へえ・・・。じゃ、献立どうする、とかわからへんの?」
「わからへん」
「・・・・・・」
「障害者やな」
「障害者やな・・・」

結局、わたしはおかしな障害者として、生きていくことに間違いはないのだ。
父がガンで死んだあと、母とこうして静かに住んで、買い物はわたしがポカーンとついていくだけ。
母が亡きあとは、家も散らかして、適当なものを食べて、気ままにやって。
昔からある、精神障害者が家にこもり、訳のわからないことを言って、へんな恰好をして、でも本人は幸せそうに虚空を見ている、みたいな感じになるのかな。
あんまり、人間として充実した人生とはいえないが、自分が幸せだったら、まあいいか・・・。

わたしは、そんなことをあたまに浮かべて、ふと口にした。
「わたし、ずっと一人で生きていくねん」
「そうし」
母が、当然のように言った。
母からも認めてもらえる、狂人としての孤独な生き方。
自分なりに、楽しく精一杯やったっていえるものになるといいな。

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