母を鍛える。 - LIFE,LOVE&PAIN(旧)

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タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。(新URL:○ttp://lifelovepain02.blog.fc2.com/)
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母を鍛える。

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夏バテ続行。
ちゃんと食べていないのもあるんだろうな・・・。
こんなことじゃ、身体を壊してしまう。

将来のお金について、いろいろ悩んだ結果、大きなポイントの一つは、「母が何歳まで生きるか」なのだと、再確認した。
わたしが、母に寄りかかって生きるようになるんだったら、当然その結果になる。

わたしはいろいろ計算して、結局、いちばんいいのは、わたしが厚生年金基金をもらえるようになる、70歳つまり母が93歳まで、施設に入らなくてもいい程度の元気さでいてくれれば、なんとかふつうの貧乏で生きていられると思った。
ふつうの貧乏とは、たとえばガンになっても治療費が出せる、とかそのレベルである。

しかし、母は93歳まで元気でいてくれるだろうか。
わたしの曾祖母は、亡くなったのは96歳だったが、91歳までは一人で家事をしていた。
最後は病院でだったが、「家に帰りたい」と言って、意識はしっかりしていたようだ。
ううむ。
やっぱり、長いこと、自分で家事をやっていたことが、長生きの秘訣だったような気がするな。
うちの母も、身体が動くうちは、どんどん家事をやってもらおう。
とにかく、人間は動かなきゃ、退化する。

それから、わたしは数ヶ月前からしているんだけど、母と一緒に、毎日2km散歩している。
これは、やっているのとやっていないのでは、大違いのはずだ。
わたしは自分と母に言い聞かせている。
「昨日の続きが今日で、今日の続きが明日だから」
思うに、毎日これを続けていれば、急激に衰えたりはしないはずなのだ。
途中、階段もあるが、数日間雨などで、この昇り降りをしないと、母は「しんどくなってくる」と言う。
わたしは、もし本格的に昇れなくなったら、代わりにスクワットとかかと上げをしようと思う。

こうやって、密かに母を鍛えていけば、わたし自身の未来に繋がるんだと考えた。
母には、迷惑かもしれないけど・・・。
でも、一般的には、娘が母のことを思って、いろいろ鍛えてあげるって、いいことなんだよね。
問題があるとすれば、動機が不純ってところだな。
それから、施設に入ってもらうのも、お金がかかるので、わたしのことだから、ギリギリまで家で介護をするんじゃないかなと思う。
これも、一般的には献身的でいいことなんだけど、まったくもって動機が不純。

でもまー、たとえ動機が不純でも、母に長生きしてほしいっていうのは、いくら冷酷なわたしでも、考えるんだよね。
だって、わたしの周りには、誰もいなくて、母がいなくなったら、ほんとうの一人ぼっちになる。
これもわたしのエゴかもしれないけど、母も、ふつうに生きているうちに、死にたいとは思わないだろう。
ちなみに、彼女は尊厳死を望んでいるので、そういう状態になったら、彼女の思うとおりにしたいと思っている。

それにしても、「お母さんを大切にしよう」という言葉を、いまさらながらに痛感するわ。
そういうことだったのか。
お母さんを壊れ物のように扱って、優しくいたわって、・・・なるほどねえ。
こういうの、ふつうはもっと早くに気がつくんだろうな。
かなり遅いけど、心しておこう。

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