手痛い善意
鬱病によるのろのろ亀歩きが治らないまま実家から入院先へ帰る車中、父が言った。
「あのマンション、3年ほど貸したらどうや?」
え?いきなり聞き捨てならないことを…とわたしは、自分の城の身売り話に不穏な表情を浮かべた。
そんな様子を、前で運転中の父が察するはずもない。
「…でも家具は?」
「ああ、それなら倉庫があってな」そう言って彼はダッシュボードから一枚の紙を出してきた。実家近くのトランクルームのパンフレットだ…。ここまで用意していたのか。
「3年貸せばあとは俺がなんとかしてやる、そしたら楽やろ」
父はのんびりと言った。心中わたしを喜ばせようとしているのだ。
だが、わたしの腹わたは煮えくりかえっていた。
この人は!いつもそうなのだ。
わたしにとって自宅マンションの賃貸は人生の重大な決定事項であり、「ちょっと話があるんやけど」とお互い向き合って話すべき内容じゃないのかと思う。ナンダッテこんな車の前後で両者表情も読めずに決めなきゃならないのだ?!
わたしの沈黙をどう受け取ったのか知らないが、父は「まあ、ゆっくり考えてください」と言った。
それでわたしは爆発した。
「療養先へ行く途中でこんな大きな課題を与えられて、わたしはまたあたまを抱えなきゃならないのか!」
「経済的にそうしてほしいならわたしは従うのみだ、だがなぜいまこのタイミングなんだ!?」
父は驚いた様子で、謝った。
だがもう、聞いてしまったものを忘れてくれと言われても無理である。
わたしは病院の庭で小雨に降られながら、柱にコーラのボトルをぶつけてあたった。
そして結局、病棟でイライラ薬を2倍量飲んで気分を落ち着かせた。
働けないんだから、いずれは父の申し出を受けなければならないのだろう。
でもなんで、この隔絶された場所でそれを再認識し続けなければならないのだ。
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