LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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末期ガンの父に思う。

700kei

昨日は、両親が福岡へ出向いた。
末期ガンの父が、兄弟に会うためである。

父はいま、腹水が溜まり始めていて、最後ともいえる治療を始めようとしている。
ふつうに歩いているが、食欲がなく、お腹が張るという。
なんとなく、あと数ヶ月じゃないか・・・と思えてくる。

元彼Sちゃんちのお父さんもガンで余命宣告されているが、こっちはえらい気の使いようである。
「毎日、好物を買って帰るんだ」という。
「そんなに大袈裟なことしたら、勘のいい人なら気づくんじゃないの」とわたしが切り捨てたら、向こうは必死で、「いや、いつもこんなふうに、会社帰りに買ってきたりするんだ。いいところだけ食べて、残したりもするんだよ」と口数が多くなるのだった。
ふーん・・・、87歳だっけ? のお父さんでも、やっぱり死ぬとわかると、子どもは動揺するのかなあ。
人のことはわからないけれど、わたしは、父がガンでもう治りませんとわかってからも、平静である。
これって、躁うつ病だからなのかな・・・。
だとしたら、うつ期に入ったとき、不幸かもな・・・。

もう一つ、わたしが非情なのは、いまから葬式のことを考えているところである。
葬式には、同じく躁うつ病の妹がやって来るだろう。
お互い、会えば火花どころか爆発する、危険物のようなものである。
どんな顔をして、立ち会えばいいのだろう。
わたしにとっては、社会的地位のある義弟に、脅迫を行ったという事実があるので(←覚えていない)、この人になにを言えばいいのか。
やっぱり、黙ってやり過ごした方がいいのかな・・・。
父には悪いが、葬式は、険悪なムードになるかもしれないな・・・。

さらにわたしには、まだまだ考えなければならないことがある。
躁うつ病は、葬式や災害などにより、一夜にして大躁転することがある。
なのでいまのうちに、H主治医に状況を話して、軽躁を落ち着かせて、脳みそを安定させなければならない。
父の看病で忙しいときに、入院沙汰になったりなんかしたら、大変だよ。
でも実際、そういう例があるから、注意しないといけない。

と、勝手にこんなことを考えているが、父はなんか・・・、もういまのわたしを半分諦めている感じがする。
彼がほんとうに愛しているのは、病気になるまえのわたしじゃないかな。
先日、わたしの20・30代の写真をかき集めて見ていたが、40代の写真は取り除かれていた。
病気とはいえ、暴言・暴力を繰り返し、警察を呼ぼうとするところまでいった娘を、男親としては許容できないのかもしれないな・・・。
父のこころの中で消された、いまの自分に胸が少し痛むな。

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自分を嫌がる人々

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「双極性障害(躁うつ病)の人は、相手が嫌がっているのに気づかず、前に仲良くしてくれたときのその人と、同じだと勘違いしている」
昨日、当人が書いてあるものを読んでいたら、えっと反応してしまった。
・・・そんなことを言ってたら、わたし、いっぱい心当たりあるよ・・・。

10数年間、親友だと思っていた女友だちたちは、「仕事で忙しい」と言い始めて、だんだん離れていった。
あれはまさしく、彼女らが嫌がって逃げていたのを、わたしが気づいていなかったケースだろう。
あちらとしては、「こんだけ嫌がっているのに、なんで気づかないの?」って感じだったんだろうな。
わたしの方は、なにをした記憶もないので、なんだか前と雰囲気が違うなと思いながら、ふつうにしていた。
「桜の木は英語でなんと言うでしょう?」とキャッキャと誰かが質問したとき、わたしが答えたら、みんなが白けて無言でわたしを置き去りにした。
串カツを食べたあとで、「ラーメンを食べに行こう」という話になった瞬間、「ああ、ゆみがいるからな・・・」とみんなが沈んだ。
どこが悪いんだろう?
わたしからすれば、向こうがおかしいって感じなんだけれど、そういう病気なので、どうやらわたしの方が間違っているらしい。
もう、さんざんやらかしたあとなので、この子は昔のなじみで誘ってやっているだけ、って感じだったのかな。

元彼KJは、突然、連絡を絶やして、ほんとうにひどい人だと思ったが、あれももしかして、わたしの方が悪かったのか?
たいがい問題のある人だと思っていたが、人間関係って、相手を鏡のように映すっていうよね。
わたしが彼に、うんざりするような言動をしたんだろうか。
いまとなってはわからないが、その可能性はある・・・。
わたしは知らないうちに、近い人から順に、呆れるようなことをしたりするのだ。
すると、彼からのメールが、スケジュールだけの素っ気ないものになったのも、「もう気持ちが離れていること、気づけよ」っていうサインだったのだろうか。
東京―大阪の遠距離だったから、そのうち消えていくと考えたのかな。
わたしから、彼に会う手段はなかったからな・・・。

そうすると、考えずにいられないのは、元彼Sちゃんだ。
Sちゃんはこのまえ、わたしのことを「支離滅裂が半分、正常が半分」だと言った。
そんなの、ふつうだったら付き合いきれない。
Sちゃんは、去年11月頃から、腰が痛いのを理由に、毎日のスカイプをやめている。
しかも、いまはSちゃんからではなく、こちらが一方的に連絡を取っているだけだ。
前例からいうと、Sちゃんもわたしを嫌がっているかもしれないな・・・。
でも、キチガイで可哀想だからという理由で、相手にしてくれているのかもしれない。

するともしかしたら、いままで接してきた人すべてが、わたしのことを嫌がっているのかもしれない。
わたしはつくづく、もう今後の新しい人付き合いは無理だと思った。
いろんな理由をつくられて、騙される自分が惨めだ。
しかし、付き合いをやめると言っても完全にはいかないから、これからは相手の表情とか、出方を見て、こちらが反応しなければならないと思う。

それにしても、自分が正しいと思ったことがすべて間違っていて、相手の方が正しい世界って、誰か想像してみてくれるかな。
身動きできなくなるよね。
「自分を信じて」っていう言葉があるけれど、自分が信じられなくなったら、半分自殺したも同じよ。
他人がポジで、自分がネガ。
まるで、他人の人生を送っているみたい。

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将来への空恐ろしさ

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昨日の昼、あんまりあたまの中が、考えや音楽でうるさいので、頓服薬を飲んだ。
すると、はじめソワソワしてじっとしていられなくなり、次に眠気が襲ってきた。

だるい・・・。
今朝も、起きられなかった。
まー躁うつ病は、軽いうつくらいの方がいいので、これでいいんだと思うが、もしこれが本格的うつになったら、やっぱり辛いだろうな・・・。

軽躁になって3年経つので、うつのことはだいぶ忘れたが、とにかくしんどくて、布団から出られなかった。
あの状態で、家事をやれっていうのは、勘弁してくださいって感じだろうな。
母親の世話とか必要になったら、どうなるんだろう・・・。
躁のときも、うつのときも、無理だろうな。

躁のときに家事ができないのは、あたまの中で考えが一日中ぐるぐる回っていて、手元がおろそかになるからである。
スーパーに行くまではいいが、店内に入ると、値札や商品が目に入らない。
あらぬところを、目がキョロキョロ見ているだけなのだ。
躁の患者は、なんでもできるようで、じつはなにもできない。

こんな、なにもできない自分を引っさげて、一生生きていくのは、大変だろうな。
なにもできないばかりか、躁で、ご近所を何度もウロウロして怪しまれたり(←両親がいなければ、もうやっている)、興奮して電話で変なことを叫んだり(←元彼Sちゃんが被害者)、「あの人、変」のレッテルに耐えなければならない。
より楽に生きるためには、早めに躁転を察知して、薬の変更をしてもらうことだ。
躁の大きさと、うつの大きさは、比例している。

元彼Sちゃんは、わたしの躁時代のことしか知らないのだが、先日わたしのことを、「支離滅裂が半分、正常が半分」だと言った。
わたしはビックリして、「そんなに正常が少ないの?!」と言ったら、Sちゃんは黙ってしまった。
えー? そうなの??
それは少なすぎる・・・。
でも思い出せば、H主治医に「元彼さんとは、どういう関係なんですか」と訊かれたとき、わたしは「たまに食事をおごってあげて、楽しい会話をするキャバ嬢ですかねえ」と言ったら、納得したようであった。
ということは、やっぱりそういう関係なのだ。
わたしの判断力がなくなっているのに対し、H先生は普通の人以上に、間違った判断はしない。

わたしは、周りに、ほんとうにわたしを正しく認識してくれる人がいないんだと思った。
というより、もう正常なわたしは、どこにもいないんだろう。
常に、危うい糸の上をブレながら落っこちている人。
これからの人生に、空恐ろしいものを感じるけれど、躁のキチガイ状態とうつの苦しみを我慢しながら、無難に生きていくしかない。

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失われた自主性

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昨日は、自分の自主性について、考えた。
自主性なんか・・・、病気になるまえは、当たり前に持っていたものだ。
でもいまは違う。
脳に障害を負い、判断力がなくなっているのだ。

病前は社会人として、ふつうに働き、友だちもふつうにいて、みんなと楽しく交流していた。
旅行に行ったり、家でパーティをしたり、ドライブしたり。
笑顔の集まるグループが、絶えずわたしの側にいた。
一人での生活も充実していた。
なんでも自分で決めて、自分で行動し、自分の人生を切り開いていたのだ。

病気で倒れてしばらくは、混迷を極めた。
記憶があまりない・・・。
そこから、わたしの判断力は失われた。
周りからの非難を浴びる。
自分は正しいことをしているつもりなので、頑固に押し通す。
あきれられて、見捨てられる・・・。

いまのわたしは、間違ったことばかりするので、誰かの判断を仰がなければ、不安だ。
たぶん、この状態は一生続く。
周りは全部、わたしより目上の人。
母、H主治医、デイケアスタッフ、元彼Sちゃん。

しんどいのだ・・・。
一生、わたしは誰かの下で、言うことを聞かなければならないのかと思うと、胸が塞がる。
なにかしたいと思っても、それ、間違ってるよと言われれば、わたしはためらうだろう。
我慢ならないのは、自分の子どもくらいの歳の女の子に、「それ間違われたら、困ります」と、上から目線で言われることである。
たぶん彼女にとっては、わたしはもともと、会議の資料を忘れて、手ぶらで退室するようなボケた中年女性なんだろうと思う。
でも、よく考えたら、そんな人が13年間も社会人が勤まるわけがないのだ。
知らないのか、想像力がないのか、たぶんあれはずっとああだろうな。
給料をもらっているわけでもないのに、なんでそんな人の言いなりにならなきゃいけないんだ。

曇り空の下、パンを買うために自転車をこいでいたら、ふと「一人になりたいな」と思った。
すると、切り開かれた真青な空と川と、風を受けているサングラス姿の自分が、浮かび上がった。
たった一人で、近場であちこち出かけて、気ままに生きているおばあさん。
ふーん。それもいいかもね。
そうなるためには、どうすればいいのかな・・・。

たぶん、わたしの自主性は、人とのつながりを閉ざすことでしか、成立しないと思う。
わたしの場合、自分から動けば動くほど、アリ地獄のように周囲に迷惑をかけるからだ。
でもじゃあ、どうすればいいか、まるで答えが出て来ない。
しかし、このまま負け続けているわけにはいかない。
まずは、自分のコントロールの仕方をマスターしなきゃ。
友だち同士、楽しく老後を迎える夢は消えたけど、一人でもそれなりの人生だったって、最後は締めくくれるようになりたい。

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躁の症状

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昨日は元彼Sちゃんと、久しぶりに話した。
しかし、軽躁のわたしは、ペラペラ早話になっているので、Sちゃんの会話の遅さに疲れた・・・。

躁患者のペラペラ話は、ひどくなると、しまいに何をしゃべっているのか、意味不明になることがある。
わたしはまだ、そこまでではないが、Sちゃんが一息呼吸している間に、かなりのワードをしゃべる。
そして、もっと早く! もっと早くしゃべり終えてくれ! と話が終わるのをイライラして待っている。
「わたしはもう、結論が知りたいから、早くしゃべってくれへんかなあ?」とお願いしたところ、「ふつうは相手を怒らせないように、周りからじっくりと、申し訳ありませんが、とか言いながらしゃべるもんでしょ」と言われてしまった。
うーん・・・、そんなもんかなあ・・・。
最近のわたしは、自分の障害をなんとなく把握して、大抵のことは、自分の方が間違っているんだと思っている。

それで、Sちゃんが、わたしの父のガンの話をしているのに、即座に自分の父親のガンの話に切り替えたことにも、じっと我慢して耐えていた。
あーしゃべりたい・・・。
Sちゃんは、自分の会話を遮られるのが大嫌いなので、わたしは仕方なく「そこんとこ、はしょれるだろ」と椅子をくるくる回していたが、やがて一方的に情報が入るのが苦痛になって、脳が勝手に思考停止してしまった。
わがまま言うけど、躁患者が黙っているのって、相当苦しいんだよ。
なんでそんなSちゃんと話さなければならないかというと、たんに友だちがいないからである。
親友を失くしたのは、たぶん妄想と解離性障害のせい。
妄想って、わたしの場合、一つのことをグルグル考えていると、次第に大きくなって、「~かも」「~に決まっている」「~しなければならない」という具合に、発想が飛躍して、とんでもないことをするのだ。
内田裕也が愛人宅に忍び込んだって聞いたら、わかるわ~って思う。
なんとなく、妄想を起こした躁患者がやりそうな感じ。

躁のときはほかにも、単語がポンポン出てきて、あたまが回っているような気がする。
ときに躁患者は、ユーモアにあふれるという話もある。
しかし、それもどこか軽々しい感じだと思う。
じっくり話をしてみたら、なんだかあんまり考えていないよなー・・・、とか、そんなのできるわけないでしょ・・・、とかいう雰囲気になると思う。

そういうわけで、わたしはどーも、軽躁の時期が長すぎるし、春からあまりにフワフワして、なにかとんでもない失敗をしそうなので、近いうちにH主治医に相談しようと思う。
人から軽蔑されたりバカ扱いされる躁の時期より、人間らしい判断のできるうつ期の方が、自由に生きられるよ。
うつはうつで、ものすごくしんどいんだけどね・・・。
ほんとうに、フラットな状態の健康な身体に戻れたらって思うよ。

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プライドを賭けたもの

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まだ一日中、考え事である。
もう、H主治医に言って、薬を増やしてもらった方がいいのだろうか。
でも、副作用がハンパないので、それも嫌だなあ・・・。
うつのときは軽躁になりたいが、躁のときはうつになりたいと 願うものである。

昨日も、自分のプライドについて、グズグズ考えていた。
わたしにとって、陸上競技は人生の半分なのに、デイケアでは誰もそのことを知らなかった。
言っていなかったから当たり前なんだけど、そうだとすれば、いままで10年間、わたしは誰だと思われていたんだ??
なんかゾッとする・・・。もしかしてわたしは人格について、大きな勘違いされていたのか。

人は、ほんとうに自分がプライドを賭けてやっていることは、案外誰にも言わない気がする。
「いい声ですね、コーラスやったらどうですか」とある男性にたまたま言ったら、「じつはもうやってて、学生時代は東京芸術大学で一緒にやらせてもらってた」とかいう人が出てくる。
その人に、「いまはどんなのをやってるんですか」と訊いても、もう教えてくれない。
「これ、イタリア語ですか」
「うん、まあね」
って感じである。

そういえば、元彼Sちゃんはどうだろう。
あの人は、わたしが人生の半分を賭けた陸上競技について、なんにも知らないと思う。
Sちゃんは、これからのわたしの人生の道標なのに、わたしの半分を知らないなんて残念だ。
けれどSちゃんは、陸上競技を、中学生のクラブ活動と一緒にするのは、目に見えている。
だから、コーラスをやっていた人と同じく、言ってもわからない人には言わないのだ。

ところで、わたしが100メートルのタイムを言いたがらない理由がもう一つある。
古いのだ・・・。
もう時代が過ぎて、女子100メートルは、11秒台の世界に入っている。
あんまり書くとバレてしまうが、じつはわたしの▽歳下に、11秒台の日本新記録を樹立した人がいて、それがしばらくの間、大阪記録になっていた。
つまり、わたしの選手時代から、すでに女子は11秒台だったのだ。

それが、一般の男性からすれば、「12″△ってすごいね」という誉め言葉になる。
いや、違うんです、・・・と元選手は、笑顔と別に下を向く。
誰もわかってくれないよな・・・、誉めてくれているんだから、ちゃんと感謝しないと。
でもやっぱり、本人としては、恥ずかしいのである。

だから贅沢を言うと、陸上競技をやっていました、タイムはこんだけです、まではいいんだけれど、「自分はこれだけ(だからあなたはすごい)」と言われると、いやそれ競技じゃないし、女子にはもっとすごいのがいるんですよ、という羞恥心が駆け巡るのである。
うーん。やっぱりなんか、わたしが熱くなりすぎなのかもな。
でも、プライドを賭けたものだったら、どんな人でも、そのことに触れられると、簡単にペラペラ喋らないし、わりと謙遜しつつ相手の出方を見たりするんじゃないかな。
よくわからないけれど、わたしはそんな気がする。
昨日も書いたけれど、自分のメダルとか宝物って、ホイホイ人に見せないんだよね。

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陸上選手生活

starting_blocks
昨日も、考え事。
もう、ほんとうに躁だな・・・。
あたまから、考えが次々湧いてくるんだよね。

H主治医に、わたしの20・30代の写真を見せたわけだが、そのとき先生は「陸上選手であった」ということに、興味を示していた。
それ、わかるんだよね。
一流大学医学部に入るような人にとって、ふつうの有名大学に入った人なんてどうでもよくて、むしろスポーツで大学に入りました、の方が「ほお」になる感じ。

わたしはH先生が、デイケアの精神保健福祉士(以下スタッフ)に、「○○さん(わたし)、短距離選手やったって」といかにも言いそうな気がした。
Hクリニックは、医師・看護師・デイケアスタッフの連携が強く、とにかくどんな情報でも共有し合っているのだ。

もしそんなことがあれば、たぶん・・・、スタッフの頂点にいる40代男性が、驚愕しそうだな。
だってあの人、自分がスポーツ好きで、なんでもやれることを、ちょっと自慢していたからな。
まさかあの、あたまがおかしくてチャラチャラ着飾っている中年女が、元陸上選手で、100メートルが12″△(←そこらへんの男子には勝つ)だったなんて思っていない。
さりげなく筋肉を見せびらかしていた人だから、10年間、騙されていた感じになるかもな・・・。

だけど仮に、そうだったとしても、そんなの、普段から患者の経歴について無頓着なのが悪いと思うよ。
昨日も少し書いたけれど、患者の社会復帰を目指すなら、そもそもその人が、どういう人だったのかを知らないと、本人の特性が生かしきれないわけじゃん。
わたしは陸上選手のあと、フィットネスルームでインストラクターをしていたが、そういう仕事はないにしても、この人はアクティブだから、とかいろいろ考えようがあると思う。

わたしがこの10年間、陸上選手生活を黙っていた理由は、たんに訊かれなかっただけである。
職業を訊いてくれたら、その話に繋がったかもだけど・・・。
「言ってくれればよかったのに」ともし言われたら、「そんなの自分から言うわけないだろ」って思う。
競技選手にとって、タイムはいわばメダルなので、「見せて」と言われたら見せるけど、価値のわからん人に、自分からホイホイ見せないものである。

なんかケチくさい話になってしまったが、もう一つどうでもいいことを書くと、過去において、男性がわたしのタイムを訊いてきたとき、必ず「自分は50メートル・6″×」だったって、言い返してくるんだよね。
でも、テレビで陸上競技を見てもらったらわかるように、あれは体育の授業じゃないんだよ・・・。
それで、少しリアクションに困るんだよね。
だから万が一、スタッフになにか言われたら、へへへって笑ってごまかそう。
それは、正常だった自分を守るためでもある。
陸上選手だったときのことを、キチガイのわたしがキチガイ語でしゃべったら、過去の自分の名誉に傷がつく。

デイケアでは、ボーリングなどのスポーツもあるが、わたしはほぼ参加していない。
もしも、スタッフがわたしの陸上選手生活を知ったとすれば、「なぜスポーツしないんですか」と言われるかもしれない。
でもそれはなぜかって・・・、スポーツと競技は違うからですよ。・・・
スポーツは楽しむもので、競技はパフォーマンスを出すために頑張るもの。
わたしは、スポーツはあんまり好きじゃないんだよね。
まーもともと、団体競技向きではなかったけれど。

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