LIFE,LOVE&PAIN

LIFE,LOVE&PAIN

タイトルは Club Nouveau の80`sのアルバム名。人生っていろいろあるよね。
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末期ガンの父の帰省

yama3

昨日、夕食後に父が消えてから、母が聞いて、というように言った。
「4月にお父さんと田舎に帰るの、兄弟の人たちが、予定が合わないって・・・」
「え? 4月初旬は駄目ってこと?」
「いろいろあって、5月にしようって。去年もみんなで会ってるからって・・・」
「5月でもえーやん」
「そうやな・・・」

母の声は、怒っているのか悲しんでいるのか、よくわからなかった。
4月の帰省目的は、末期ガンの父のために、兄弟みんなで会おうというものだった。
しかし皆さん、いい歳のおじいさんなのに、予定が合わないってどういうことよ。
寒いからっていうのが、理由なんだろうな。
もしかしたら母は、「もう時間がないのがわかってるのに、こんなに軽くあしらうなんて・・・」と、悲しんでいたのかもしれない。

母が4月初旬にこだわるのは、新しい治療を始めるとしたら、4月中旬になるからである。
そのあとは、どんな副作用が出るかわからないし、副作用どころか、体調に異変が起きるかもしれない。
母はそのへんを考えて、あれこれ手を尽くしているのだが、兄弟ともに肝心の本人も、「兄弟に会わなくてもいい」と言うんだから、どうしようもない。
わたしはもう、好きにさせたら・・・、と思うけれど、母は家族のことを、自分の手足みたいに考えているから、最後まであきらめないだろう。
なんというか、根性があるんだよなー・・・。
一家の大黒柱は、うちの場合は父親じゃなくて、事実上、彼女なのよ。

治療の方は、本人は嫌がっているけれど、元彼Sちゃんに事情を聞くと、やはり抗ガン剤治療は受けておいた方がいいらしい。
「受けないと、副作用くらい我慢すればよかったって、後悔することになるかも」と、Sちゃんは怖いことを言った。
ほんとかな。Sちゃんの奥さんが亡くなったのは、何十年も前だから、古い情報かもしれないな。
だけど、もしほんとうだったら、いまの「手足が痺れる」なんかの副作用で、治療をやめようとするのは、早まっているよと言いたい。
あの人、緩和ケアに入ったら、安らぎ空間が来ると思っているから、そこだけは違うよと何回か正したのだが、全然受け入れようとしない。
嫌なことにならなければいいけどなあ・・・。
人が痛がっているのなんか、見たくないよ。

それにしても、あんなに田舎、田舎、って繰り返していた人が、なんでここに来て、「行かなくてもいい」になるのかな。
今日、昼ごはんを食べていると、父は「東京に行きたい」と言い出した。
「皇居を見たい」と言うので、母が「見たことあるでしょ」と返すと、ちょっと怒って「もう、動けんのや」と言った。
うーん・・・。もしかして、大分まで行くのが、すでにしんどいのかな?
考えたら、90台のおじいちゃんおばあちゃんが一同に集まって、お別れ会なんてしないよね。
父と兄弟たち、じつはもう解散しているのかな?
なんか、どっかのバンドかって感じだけど。

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しょーもない議論

kenka

昨日は、元彼Sちゃんが早々に連絡してきたので、お父さんのことを話したいんだろうなと思った。
しかし、こっちのお父さんも、まったく同じ状況にあるからな・・・。
一方的に、話を聞いてあげるということにはなるまい。

「父親の診察に行ってきたよ。肝臓に8センチのガンだって。正月を迎えられたら、奇跡だって」
「そうかー。いきなりなんだねー」
「最期は、ガンが破裂して即死か、肝硬変みたいな症状が出るかだって」
「まー、人は誰でも死ぬし、まったくの障害なしで死ぬわけじゃないからね」
「そうだけど。明日、妹たちが来て、本人とか母親に告知するかどうか決めるの。俺は、このまま放っておくのがいいと思うけどね」
「そうだね、その方が幸せかもしれないね。いま、元気に畑仕事しているんならね」

そこらへんで、わたしはうちの父のことも話しておいた。
「うちの父もね、今日ガン検診受けたんだけど、よくなくてね。本人がもう治療しないって言ってるから、そうなると来月にでも悪くなるらしいよ」
「んー。治療を決めるのは本人だから」
「でもねえ、抗ガン剤を怖がりすぎやねん。いま元気やねんから、やってみたらいいのに」

それから話は、またSちゃんのお父さんに戻った。
予想どおりだな・・・。
この人は傲慢だから、自分の思っていることだけをしゃべりたいのだ。
それにしても、なんでこんなに感傷的になっているんだ?
87歳の男親が死ぬって、そんなにショックなんだろうか。
それでいくと、うちの父は78歳なんだが・・・。
感受性の違いか?

結局、わたしが「ふーん」と話を聞く側になって、話がループしていたとき、ふと未来予想図がテーマになった。
そこで、わたしはやっちまった感で、人工知能を持ち出してしまった。
この人に、あるキーワードを与えたら、まえと同じことを、必ず最後まで延々と続けるから、これから聞かされ地獄になるのが、ハッキリとわかった。

「人工知能は、人間の生活を脅かすようなことはないよ。人間は、1次・2次産業は関わらないにしても、3次産業にはどうしても必要になってくるでしょ。人口増やしてるのは、後進国だよ」
「だからいま、先進国の話してるねん。いくら3次産業で必要だとしても、よそであぶれた人が、どうしても出てくるやろ」
「工場ではいまでも、人間がいないでしょ。いるのは監視の人間だけ」
「(わかってる!)それ、ロボットの話やろ! 人工知能はまったく別のものやんか!」
「スーパーでも、自動会計になってるでしょ。あれも、人が見てるだけでしょ」
「(だからそれも、ロボットやんか!)人工知能も、少しの技術者が見てるだけでしょ」
「そうじゃないよ。たくさんの人が見てる」
「??? 」
「どんな職種がなくなると思ってんの?」
「事務職、建築関係、窓口、レジ、・・・」
「それを人工知能が奪うことはないよ。窓口だって、人間がするし。人工知能のある世界は、明るいよ」
「Sちゃん、どこから情報得てんの?」
「・・・インテル」
「わたしはオックスフォード発。結局、玄人同士でも意見が分かれてるってことやね」
「オックスフォードなんか」
「東京大学よりましやろ!」

最後は、子どもの喧嘩であった。
こんなこと、素人同士で議論すること自体、間違っているのに。
でもわたしは、いつものようにSちゃんが持論を展開するのを、「ふーん」と聞いているのが、しんどかったのだ。
父親のガンの件だって、自分の方ばっかり話をするし・・・。
Sちゃんとスカイプしたあと、わたしは「インテルが何言ってんだよ」と思って、調べてみた。
それで、あっ! と自分のミスに気がついた。
インテルって、デジタルの会社そのものじゃん・・・。
当たり前だけど、人工知能を悪く言うはずがない。
ミスった! ここを突くんだった。
わたしは地団駄を踏んだが、あとの祭りであった。

母親に話したら(なんでも話す)、「なんか難しいわ・・・」と不安な顔をされた。
昔からだけど、その表情には、「キムズカシイ・訳がわからない・心配」あたりの意味が含まれている。
小さい頃、よく双子の妹との話がディベートになって、二人で激しくカードの叩き出し合いをしていたのだが(負けたら泣く)、母親にはよくわかっていなかったようだ。
でも二人のあいだでは、トランプの大富豪みたいなルールが、ちゃんとあったんだよね。
Sちゃんは、ルールを知ろうという気もないし、ただただ、自分の言っていることが正しいって、主張しているだけ。
つまりSちゃんと議論するっていうことは、負けてもいないのに、こっちが「そうですか」って言わなきゃいけないってことなのよ。

これからも、うちの父親よりも、自分の父親優先で、ガンの話をされるのかなーと、ぼんやり予想する。
あの様子だと、今後さらにピリピリしてくるだろうから、言葉を間違えられないな。
とにかく、しょーもない議論だけは絶対避けなければ。
桜とか孫とか、そっち系だな。
なんか、テーブルマナーみたいで、肩肘が張るな・・・。

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父のガン治療のゆくえ

saibou_gan

今日は、元彼Sちゃんのお父さんだけでなく、うちの父も、ガン検診に行ってきたのである。
結果はおもわしくなく、母によれば「新しい治療を始めないと、あと1ケ月くらいで異変が起こるかもしれない」とのことだった。

新しい治療って、鎖骨のへんを切開して、抗ガン剤を直接静脈に流し込むみたいなものらしいけど、これに父が異を唱えるのである。
「抗ガン剤は苦しいから、もうせん」
「苦しいって、手足が痺れるだけやろ? 先生もこのままじゃ勿体ないって言うてたやん」
「おまえらにはわからん。抗ガン剤は、俺はもうせん」

この人は異常に抗ガン剤を怖がる傾向があって、そもそも転移したのは、手術後の抗ガン剤を飲まなかったからだと思うくらいだ。
新しい治療で、どんな副作用が出るか、やってみないとわからないのに・・・。
わたしと母は、束になって、父にマシンガン攻撃を始めた。

「新しい治療で、どんな副作用が出るか、やってみなわかれへんやんか! 1回やってあかんかったら、やめたらいいやん!」
「4月半ばに田舎に帰るんやろ? そのときまで治療を伸ばしてたら、遅いやろ!」
「28日に運転免許の試験って何?! 俺は早く死ぬとか言うけど、(書き替えの)7月まで生きてる前提やんか! そのまえに死んだら、後悔するやろ?!」
「わたしらの世話になるとかなんとか、気にせんでえーねん!! そんなん、いずれなんとかなるねん!!」
「変な情報信じて、間違った判断してるねん! 子どもが間違った選択してて、親があかんってわかってても、子どもが言うから仕方ないって、そんな感じや!!」

その合間に、父はもごもごと同じことを繰り返していた。
聞いたところによると、「治療はしない」「4月に田舎に帰れなくてもいい」「長患いはしたくない」「1ケ月で死んでもいい」って感じだった。

む・・・。
運転免許を書き替える気でいたから、あと半年は生きられると思っていたはずなんだが・・・。
そんな人が、「あと1ケ月でもいい」って、どういうことなんだろう。
どうやら父は、苦しいのを飛ばして、早く緩和ケアを受けたいと考えているようだが、緩和ケアに至るまでの時間を短くしたら、そのぶん苦しみが減るわけではない気がするが。
新しい治療で、しんどい副作用が出なければ、7月には免許の更新をして、車の運転もできるって話じゃないのかな。

結局、父のあたまの大半は、「痛い苦しいは嫌だ!!」ってところなんだろうな。
わたしも同じ立場に立ったら、そう言うし。
でもまだ、食欲旺盛だし、グーグー寝ているし、相撲で大声上げているし、・・・医者が言うように、勿体ないんだよね。
新しい治療をしなければ、父の恐れている「痛い苦しい」が、早くにやってくるだけなんじゃないかな。

母と散歩しながら、父のことを話したが、彼女はまだ、新しい治療を始めることをあきらめていなかった。
わたしはもう、今日の言い合いで、すっかり疲れたけどね。
親とはいえ、人の命はこっちの口に出せない。
まー今後は、いままで通り、ふつうに暮らすって感じかな。

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人類の未来

kyuoryu

元彼Sちゃんが、土曜日に会う約束だったのを、キャンセルにしてくれと言ってきた。
「父親が、ガンの検査を受けたんだけど、医者がちょっと話したいことがあるからって」
「えー、そうなの?」
「うん、たぶんよくないんだよ。本人に言わないんだからね」
「そういうものなんだ。いくつだっけ?」
「87」
「87! 長生きやなー」

実際、Sちゃん一族には、訳がわからんほど、大量の親戚がいて、みんな長生きしているみたいだ。
そしてまた、Sちゃんにもすでに8人もの孫がいて、その繁殖力はすさまじい。
わたしはSちゃん一族を見ていると、強い個体だ・・・と思う。
生物の世界って、みんなそうだもんね。
強い子孫を残すのが使命だから、強い個体が生き残れるようにできているんだよ。

それでいくと、わたしは弱い個体で、結婚もしなかったし、なんだか理にかなっているなーと思う。
いま近所にいる叔父二人も独身だし、わたしが死んだら、綺麗に子孫はいなくなる。
人類の繁栄に役立たない人間か。
うーん。わかりやすいな・・・。

そんなことを考えていたら、電器屋の広告を見ていた母が、「最近の電器はわからんわ。ケータイからみるみるうちに進化したやろ。その前までは、これほどのスピードじゃなかったのに、おかしいわ」とこぼした。
わたしはそれを聞いて、あれ? とひらめいた。
なんかそれ、世界人口の増加率と似ていない?
世界人口増加の爆発的スピードと、インターネット・AI(人工知能)進化のスピード、どっちも指数関数的だ。
よくない感じがする・・・。

先進国にAIが乱入してくると、AIに負けた弱い個体は、子孫を残さず死んでいく。
強い個体は生き残れるが、先進国は限界まで人口を減らし、人類が築き上げた文化や芸術・科学は、ほんの一握りの人のものになる。
一方、アフリカなど世界の貧困層で、人口はこれまで以上に爆発的に増えていく。
やがて世界はわずかな富裕層と大多数の貧困層になり、貧困層のあいだで疫病や食糧難などが発生し、人類は大幅に数を減らす。
その合間を縫って、AIはますます進化し、人類は勝つことができない存在になる。

ここまでは、わりと真面目に考えていたのだが、その先がわからなくなったわたしは、ふーっとこころでため息をつきながら、「結局、人類は18世紀の蒸気機関車に始まって、21世紀のAIで終わるのよ。あのときが、人類の終わりの始まりだったのよ・・・」とファンタジーにふけった。
いや、最初から最後まで、ファンタジーか。
でも思うんだけど、人間とロボットの違いはファジーだから、なんとなく嫌な感じ、とかいうものは、これから大事にしなきゃいけないんじゃないかな。

Sちゃんのお父さんは、87歳にして、畑仕事をしていたが、最近は寝ていることも多かったらしい。
どこが痛いとか苦しいとか、いまのところはなさそうだ。
たとえ、ガンが進行していたとしても、調子が悪いからそのまま寝ているだけ、みたいな人じゃないかと想像している。
この一族は、妙に肝が座っていて、うちの父みたいに、病気でギャーギャー騒いだりしない。
やっぱり強いんだろうな。
いまの日本は、「子どもは金持ちの特権」と言われているが、由緒正しいSちゃん一族も頑張って生き延びてくれって感じ。

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精神病患者同士の会話

ribing

昨日は、デイケアに行ってきた。
そしたら、うつ病・不安神経症の@@さん(名前知らない・女性40代)が、親しく話しかけてくれた。

「わたしより、旦那の方がまいってしまって。ときどき、イライラして怒鳴ってしまうねん。もしかしたら躁なのかな」
「うーん、でもH先生ならわかるよ。わたしは一発で当てられた」
「えー? どうやって?」
「新しい抗うつ剤を飲んだら、すごく身体が軽くなって。先生、もとに戻りましたって言ったら、あかん、躁やって言われてん。なんか、目が違うらしいよ? キラキラしてるって」
「アハハ。躁って、楽しくなるの? イライラもあるんやろ?」
「イライラはあるな。楽しいというより、自分はなんでもできる! って感じになる」
「ああ、ゲーム8本も買ってたよね? なんで同じものをって思ったけど、アハハ」
「同じものを買うのが特徴やなー。服7万円買ったこともあるよ」
「えっ。やっぱり散財ってあるんやなあ・・・」
「あるねえ。それに、激躁になって、ものすごいことになったことがあるよ」

わたしは、6・7年前の激躁のときの、狂気の世界のことを話した。
「診察室に入ったら、H先生が二人おるねん」
「えっ」
「これは何かのテストやなと思って、前に進んだら、右の壁にいきなりドアが現れて、そこから母親が入ってきて、びっくりしてん」
「へー・・・?」
「それから、母親が言ったことに激怒して、ガーっとわめき散らしたら、先生がなんか訊いてきて答えたけど、自分でも辻褄が合ってないって思った」
「ふーん・・・?」
「そしたら先生が怖い顔して、”○○さん(わたし)、入院しますか!”って言うねん。わたしが”しません!”って言うたら、今度は”お母さん、どうします?”って訊いてきて、母親は”眠らせてくれたら、うちで面倒みます”って言うてん」
「うーん・・・」
「じつは、診察室の窓、割るつもりやってん。そのときはなんでか、その必要があると思っててん。あとで先生にそれ言うたら、”割られたら困ります”って言われた」

あのときは、薬が肌荒れの原因だと思って、勝手に断薬したんだよね。
やはり、精神障害のある人は、絶対薬をやめてはいけない・・・。
少なからず問題行動があると思うから、社会の迷惑になることだけは、絶対避けるように心がけないとね。

続いて、精神科では、毎度おなじみの自殺未遂の話。
患者歴17年のわたしが思うに、軽いうつ以外の精神疾患者は、一度は自殺未遂の未遂くらいはしているな。
「わたしは激躁のとき、助走をつけて13階から、華麗にクルクル回りながら、ジャンプしようと思ったことがあるよ」
「13階? そうやんなあ、中途半端な高さは、いちばんまずいよなあ」
「実際、それで身体障害者になった人、いるもんなあ」
「わたし、家の窓から下のぞいたことあるけど、ちょっと・・・」
「そやな、2階で死ねたらラッキーやで、アハハ」

ふつうの人が、顔をしかめるような話をしていると、わたしは楽になる。
誰かにいちばんしゃべりたいのは、病気のしんどい部分だもんな。・・・
あたまが狂っているってどんな感じだとか、元彼Sちゃん含むふつうの人は、わたしがいくら説明をしても、理解しない。
まーおぞましくて聞きたくないってところだろうな。
わたしもメガホンを当てて、耳元で叫ぶ気は、毛頭ないけど。

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障害者のパンとクッキー

kuki

知的障害者の方々の環境について、調べていたら(わたしは一つのことに取りかかると、何日間でもやっている)、「障害者のつくったパンやクッキーは食べられない」という人が、意外に多いことを知った。
ふーん・・・。
まーだいたいの人は、不衛生だと考えているんだろうな。
知的障害者と精神障害者は、汚い恰好をして、ヨダレを垂らしているものだと思っているもんね。
だからこそ、お洒落してヨダレを垂らしていないわたしは、「精神障害者だなんてウソだ」と批難されているんだもんね。

うちのデイケアでも、クッキーをつくっているけれど、見ていたら衛生面では問題ない。
ただ、大量生産に慣れた人たちにとっては、素人が手でこね回した生地っていうだけで、嫌な人もいるだろうな。
クッキーの型が悪くて、形が明瞭でないのもあるし・・・。
売り物にできるかというと、たぶん無理だろうな。

商品としては、企業がつくったものにかなう訳がないから、ちょっとでも食べてくれる人が増えるように、少し努力したらどうだろうと、わたしは思う。
最初から難しいことを言うけど、商品がパンやクッキーである必要があるのかな?
たぶん、「食べたくない」人の多くは、手で直に触られた商品だからじゃないかな。
そこは、「でも、美味しいんです」って言っても、耳を貸してもらえないだろう。
たとえば、なんでポテトチップスとかチョコレートじゃ駄目なの?
手でこねくり回した感がないから、抵抗が少なくなるんじゃないかと思うけど、現場的に、そんなのできないってことなんだろうか。
べつになんでもいいんだけれど、なにがなんでもパンとクッキーというのは、どうなんだろうか。

それと、デイケアのクッキーを見ていて思うのは、袋に芸がなさすぎなんだよね・・・。
透明なビニール袋に、かわいいシールを貼っているんだけれど、こういうラッピングって、売るためのお菓子に最適か?
お菓子売り場を見てみ。
みんな、たのしー! おいしー! 明るいー! ってものすごく主張してるぞ。
やっぱこういう商売っ気のあるものを、みんなは見慣れているわけで、なんだかパッとしない地味な障害者クッキーは、どうしても負ける。
せめて、プロの仕事をまねて、派手な袋にしたらどうだろうか。
中身ポテトチップスで、派手な袋で、激辛味とかじゃ、駄目なの?
商品づくりが、素人の自己満足で終わっていると消費者に判定されたら、すすーっと彼らは逃げていくと思うな。

さらに、ほんとうはここまでやらないと駄目だろうなと思う手口は、たとえば△△シェフに短時間来てもらって、「△△シェフ監修」と、袋に写真を張りつける方法。
とにかく、これは清潔だしプロが見ているんだ、と見た目にわかりやすくするのが目的。
まー実現はしないだろうけどね。
たぶん、これでもまだ何%かは「食べたくない」と言うだろうな。
そんな人に、「健常者のつくったものだって汚い」とか必死になって言って聞かせても無理だって。

なんだか偉そうなことを書いてしまったが、うちのデイケアのクッキーづくりを見ていて、なんで障害者ってクッキーばっかりつくってんだろうと思うんだよね。
ちなみに、わたしがやらないのは、あれは力仕事だとわかっているからである。
これは、わたしがスタッフに言ったら「またこの人、戯言を・・・」と思われるので言わないけれど、あれ、フォーチュンクッキーにしたらどうなのかな。
おみくじが出てきたらアタリで、もう一袋くれるとか、なんか遊びがないとお菓子ってつまんないんじゃないの?
できるかどうかはともかくとして、考えるのって大事じゃないかな。
たぶん何か仕掛けたら、「おや?」って見る人が、出てくるんじゃないかと思うんだけど。

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障害者のいる家

saku

昨日、ネットサーフィンしていたら、知的障害者をきょうだいに持つ人たちの、さまざまな言葉にぶつかった。
うーん・・・。
子どもに遺伝するかもしれない、親が死んだら誰が面倒を見るのか、結婚相手に恵まれない、うーん・・・、これは重い。
第三者が口をはさむ問題ではないな。

しかし、わたしも知っていたはずなのだが、知的障害者をきょうだいに持つ人たちが、結婚などで人より高いハードルを設けられることに、なぜ無関心でいられたのだろう。
テレビなどでも報道していない。
でも、考えたら昔からあった話のはずだ。
障害者は家のなかに隠して、外の人にはわからないようにする。
障害者がいる家とわかったら、婚姻関係を結ばない。

うーん・・・。
婚姻関係に関しては、現代もあまり変わっていないのかもな・・・。
だからと言って、わたしは社会に対して、「皆さん、それは差別です!」とは言えないな。
だって現実問題として、たとえば旦那の両親が死んで、奥さんが旦那の弟の面倒を見なきゃいけなくなったら、どうすんの・・・。
性的な対象にされて、奥さんが逃げていったというケースもある。
やっぱり、綺麗ごとじゃすまないよなあ・・・。

こんなことは、きょうだいに知的障害者を持つ人たちは、当たり前のように考えているだろう。
それを、大変だと思っているかどうかは、こっちでは決められない。
恋人のきょうだいに知的障害者がいて、親の反対で結婚できなかったとかいう話を聞くと、気の毒だなあと思うけれど、反対を押し切れない時点で、先行きは厳しかったかもなと思う。
子どもに遺伝するかもとか考えている人は、もっと駄目な感じがするな。
あくまでわたしという第三者の感じだけど、「皆さん、それは差別です!」という前に、このくらいは考えておきたい気がする。

おまけだが、わたしの友人だった故・Mのお母さんは、知的障害者だった。
「母親は、オヤジの言いなり」と冷たく言っていた。
わたしはちょっとひどいと思ったのだが、Mが事故で下半身不随になったとき、オヤジは出ていけと言い、母親はそれに従うのみだったという。
オヤジはもちろん人非人だが、母親は息子のことをどう思っていたんだろう。
無知ゆえの残酷さというか、言っちゃーなんだが、Mが可哀想すぎて、わたしは「あんまり知的レベルが低い人は、子どもを持たない方がいいのでは」と思ってしまった。
こういうことを書くと、優生保護法を持ち出してくる人がいるのかな。
わたしも人のことを言えないけれど、家族に障害者がいるということは、必ずしも楽ではないだろうと思う。

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会話してくれる人

catchball

わたしが家事手伝いを始めてから、両親といる時間がどうしても長くなって、ストレスが溜まるのである。
いちばんしんどいのは、会話。
父は、3年前に脳梗塞で倒れてから、ちょっと性格が変わって、言うことも間違っていたりする。
母は、それをあまり気にせず、アハハと笑いながら話をしているが、わたしはその時間が辛くて仕方がない。
三流スポーツ紙から取り入れた大袈裟な情報、どの俳優さんがなんとかかんとか。
わたしの興味の範囲外どころか、地球の裏側くらいに違うんだけど、これは年齢差のせいなのか。

元彼Sちゃんは、その空気抜きをしてくれるが、彼はあんまり人の言うことを、うんうん聞かない。
それでも、この人は正しいと思っていたから、黙って聞いていたけれど、先日わたしの治療に口をはさんで大チョンボをしたから、こっちも言うべきところは主張しないとなあと考え直した。
でも困ったことに、Sちゃんは自分が世界でいちばん正しいと思っているから、たぶんこれからも、わたしの言うことをはねのけて、話を聞かないだろうと思う。
正直、これって会話と呼べるんだろうか。
会話は、言葉のキャッチボールだと思うが、いまのところ、わたしはただの壁で、向こうが一方的にボールをぶつけてきているだけである。
つまるかつまらんかと訊かれれば、つまらん・・・。
それでもわたしにSちゃんが必要なのは、わたしが精神障害者でキチガイで、これまで全部の友人が離れていって、これからもどんどん失い続けるのがわかるからである。
まーそれなりの人間には、それなりの人間しか集まらないと考えて、あきらめるしかないんだろうな。
ちょっと自分が不遇である。

わたしが会話したいのは、自分の意見を押しつけてくる人でも、「ふーん」しか言わない人でもなく、こっちが投げたボールを二段飛ばしで投げてくる人である。
キャッチボールも、絶対ここに飛んでくるってわかっていたら、つまらないもんね。
そういう意味では、Sちゃんは直球しか持っていないし、たまに投げてきたとしても、ここに来るなってわかるから、それまでにため息の一つくらいはつける。

デイケアで、話が面白い人を見つけるのは、難しいと考えている。
やはりみんな、重めの症状を持っているので、精神活動が低下しているみたいだ。
デイケアでの会話は、会話というよりは、小さく流れるピアノのBGMくらいの感じ。
わたしがそこでスラングだらけのラップを始めたら、みんなすごく迷惑すると思うので、やっぱりおとなしくしているしかない・・・。

いまのところは、変な話だけれど、自分と自分で会話している。
あたまがムズムズする・・・。
それにしても、この状態はしんどいな。
哲学者みたいに、なにか生み出されるものがあれば、いいんだけどね・・・。

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精神科医とのお付き合い

moyamoya

元彼Sちゃんが、わたしの治療に口をはさんだことで、わたしはまだモヤモヤしていた。
だいたいプロの仕事に、素人が意見すること自体、無礼だよな・・・。
そんなことがわからないSちゃんじゃないはずなのに。
医者はとりわけプライドが高いから、H主治医、相当あたまに来たぞ。

まーもとはといえば、わたしが判断力を失っていて、人が言うことを、完璧に受け入れてしまったことが問題なわけだけど。
はーーっと、わたしはため息をついた。
Sちゃん、精神障害者のことを勘違いしているだけじゃなく、精神科の診察というものに対しても、勘違いしているんじゃないかな・・・。

確かに一見、わたしとH先生は、仲良しなのである。
「男の人へのメールには、ハートマークを入れるといいんですよー」「見せてみ(ニヤ―)」「どうぞ」「なんやこれ! しょーもない!」
とかまあ言っているが、これは立派な診察で、なんでかというと、躁うつ病の女性患者は、躁になるとメールにハートを入れたりするのだ。
だから、タダのおしゃべりしているようでも、H先生は無駄なことをしているわけではないし、患者とじゃれ合っているわけでもない。
でもたぶん、これを傍で見ている人からすれば、精神科の診察って楽よねー、なにもしてないじゃん、っていう話になるんだろうなと思う。

わたしはそんな、表向きのところだけを、Sちゃんに話してきた。
「H先生、キティちゃんが好きで、キティちゃんグッズだらけやねん。白衣にもキティちゃん、日焼け止めもキティちゃん」
「お腹が出たって言うたら、見せてみって言われて、おおこれはってポンポンされた」
「H先生は、わたしの過去の恋人を全部知ってるよ。いちいちアドバイスくれるよ」

こういうことを聞かされたら、やっぱり誤解するか。
そのこころは、患者とのふれあいだったり、肥満恐怖症の患者の診察だったり、躁女性の性的逸脱の有無など、医学的に意味のあることをしているはずなんだが。
プロに口をはさむSちゃんは、確かに傲慢だが、ほかの世間の人々も、なんか勘違いしている人がいるのかな。
適当にうつ患者(精神疾患=うつと思っている人が多い)と話をして、しんどそうだったら薬を出して、ましそうだったら薬を減らして、とか??
もしかしたら、精神障害者と同じように、精神科医も偏見の目に晒されているのかな。
確かに、聴診器を持っていないし、検査するわけでもないし。
なんか、誰でもできるように、勘違いされているのでは・・・。

だとしたら、絶対間違っているぞ!
あれは、長年の経験がないと診れない診療科目だよ。
わたしなんか、若い精神科医にかかる気は絶対ないもんね。
いま飲んでいる薬の組み合わせだって、教科書どおりだったら出ないよ。
そういう意味で、わたしはH先生を頼りにしているの。
おしゃべりが楽しいからでは、断じてない。

Sちゃんは頑固だから、またわたしがこの話を蒸し返すと、「いやそうじゃなくて」と、精神科に対する持論を、長々とわたしに語るんだろうな。
正直、めげる。
やっぱさー、病人に対する偏見って、後ろ指を指すことだけじゃなくて、自分で勝手につくったイメージを、その人に押しつけて、しかもその人の言うことを聞かないっていうことも含めてだと思うよ。
多いんだよね、このパターン。
「知り合いにもうつ病患者がいて、一時は大変そうやったけど、いまは治ってるよ」
わたしがうつ病じゃないって言っても、この手はまずわたしの言っていることを聞かない。
たぶんこういう人は、自分に理解不能なことはシャットアウトして、自分の情報以外を受けつけないんだろうな、って思っているけどね。

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社会復帰へのステップ

zizou2

昨日は、元彼Sちゃんに「(デイケアについて)Hドクターに、言われたとおり話をしたよ」と報告した。

「で?」
「素人やな、って言ってたよ」
「そりゃ、俺は素人だよ。当たり前でしょ」
「だから、ドクターに逆らったら駄目なんだって」
「でも、俺はゆみの様子を見て、そう言ってるわけだから」
「だからさー、精神障害者の社会復帰って、1年そこらのブランクならまだしも、10年以上も病んでる場合、医者を頂点とした専門家集団の力が必要なんだって」
「だけど、そこはね・・・」
「つまり、素人は口出すなってこと。意味わかるよね」

専門知識の塊の医者が、これでいいって言ってるんだから、もうそれ以上、口を出すのはやり過ぎだよね。
いつも正しいことを言うSちゃんだけど、今回ばかりは大チョンボだな。
「見た目、どこも悪くないじゃない。なんで働かないの? あなたなら、やればできるはず」って言葉、もう勘弁してくださいってくらい、聞かされてきたんだけど、今回のSちゃんも、たぶんそれなんだな。
この人は結構、精神病のことを理解していると思っていたが、やっぱり完全とはいかないよね。
まー仕方ない・・・、母によると、こういった病気を理解できるのは、一緒に住んでいる人だけだと断定している。
それを信じると、たぶん99%の人が、こころのなかで、「この人、サボってるだけ」と思っているんだろうな。
健常者と接するということは、自分の素性を明かすということだから、その度にわたしは、「仕事もせずに親に甘えている人」認定を受けるということだな。
なかなか、誇りを傷つけられるね・・・。
健康だったときの、成功イメージがあるだけに、屈辱ともいえる感覚だけど、そこを嘆いても仕方ない。

「デイケアって、遊んでるわけじゃないねん。れっきとした治療で、職場についたときを想定して、決まった時間に来て、プログラムをこなして、決まった時間に帰るってことをしてるねん」
「・・・」
「わたしはいつも人間関係のトラブルを起こして、半年以上続いたことがないねん。健康なときは、そんなことなかったで? だから、目標をつくるとすれば、半年以上続けるってことかな」
「・・・」

あら、なんだか無口になっちゃったよ・・・。
何を考えているのか、わからん。
ついでにデイケアの上にある、作業所のことも説明しておいた。

「作業所はAとBがあって、Aは最低賃金――、」
「最低賃金っていうのは・・・、」
「Bは、時給60円」(だいたい)

たぶん、Sちゃんに最低賃金のことを話させたら、またこれ独自の知識を展開して、「最低賃金でもがんばるべきだ」と言ってくる気がした。
だから最低賃金どころか、その下に、タダ働きの奴隷の世界があることを、先に言ったのだ。

「正確には、工賃っていうんだけどね。交通費を入れたら、足が出るよ。いままで社会に出たことがなくて、働き方とか人間関係を学びたい人にとっては、プラスがあると思うけど、そうじゃない人にとっては、地獄でしょ。そんなの、何年もできるかっての。働く喜びがなんとか言うなら、お金を出せよっていう感じ。仕組みはわかるけど、システムを変えないとどうにもならんよ」

さすがのSちゃんも、60円は知らなかったらしく、「言ってることは正論だね」と言った。
わたしは続いて、ちょっと愚痴をこぼしてしまった。
「わたしの価値って、60円に下がってしまったのかなあ。昔は稼いでたのに、いまは60円。まーあれは労働じゃないんだけどね・・・」

こういうことを、ふつうの人は知らないからな。
工賃60円の仕事でもまだ早いって言われているのに、それでもみんな、「なんで仕事しないの?」。
これから先の歩む道の長さを思うと、気が遠くなる。
障害者をあまり、追い詰めないでくれって思うこともあるな。